弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人弁護士石川金次郎上告理由第一点について。
 論旨は、原審が本件、農地の賃貸借の解約の合意について当事者からD農地委員
会に対し農地調整法九条三項の通知をしたか、否か、並びにその通知の有無が本件
合意解約に及ぼす法律上の効力を何等審理しなかつたことは法律の適用を誤つた違
法があるというのである。しかし本件農地の賃貸借の解約の合意がなされた昭和二
〇年一〇月末当時に施行されていた農地調整法九条三項の通知がなされたか否かは
本件農地の賃貸借の合意解約の効力に何等の影響を及ぼさないものであると解する
のが相当であつて、従つて原審は本件解約に関する右通知の有無及びその通知の有
無が本件賃貸借の解約に及ぼす法律上の効果につき、特にこの点について原審にお
いて上告人の主張のない以上、判示する必要はない。それ故論旨は理由がない。
 同第二点について。
 論旨は原審が被上告人及びその妻の証言を採用しながら村農地委員会の会長及び
書記の証言を採用しないのみならず甲第一号証(訴願裁決書)を何等の理由を示す
ことなく排斥したのは、いずれも経験則違反であり、又行政訴訟特例法九条による
職権調査をしなかつたのは違法であるというが原判決は「他に前記認定を左右する
に足る証拠はない」として甲一号証を排斥しているばかりでなく、論旨は、結局原
審の裁量に属する証拠の取捨判断を非難するに帰し、また行政事件訴訟特例法九条
は、証拠につき充分の心証を得られない場合、職権で、証拠を調べることのできる
旨を規定したものであつて、原審が証拠につき十分の心証を得られる以上、職権に
よつて更に証拠を調べる必要はないのである。それ故論旨はいずれも理由がない。
 同第三点について。
 論旨は本件農地の賃貸人は被上告人であつてその妻ではないから被上告人の妻と
小作人との間に合意による有効な本件農地の賃貸借の解約の成立しうるためには、
右妻にその権限がなければならないのであるが、右妻は本件合意解約の当事者資格
もなく、代理権も明かでないのにも拘らず、原審が右妻と小作人との間に本件合意
解約の成立したものと認定したのは、法律の解釈を誤つた違法があるというのであ
る。しかし原判決挙示の証拠である原審における被上告人本人訊問に対する供述に
よれば小作人Eと本件農地の賃貸借の解約の話をしたのは被上告人及びその妻との
三人であつたことが認められるし、原判決が所論の判示事実を認定したのは所論の
被上告人の妻の証言だけによつたものではなく、その他に被上告人本人の第一審と
原審における本人訊問の結果並びに第一審証人阿部喜志の証言その他書証等のいろ
いろの証拠によつたものであることは判文上明らかなところであるから原判決には
所論の違法は存しない。
 同第四点について。
 論旨は原判決は本件農地の賃貸借解約の合意の日時内容につき漠然たる認定判示
をしているのであつて、かゝる認定判示は本件農地の賃貸借の合意解約を認定する
について経験則上判断究明すべき事実を判断究明せず従つて採証の法則に違反した
ものであるというのである。しかし本訴において農地の賃貸借の合意解約について
確定すべき必要の事実は合意の対象となつている農地がいずれであるか、その合意
並びに合意の履行された時期が昭和二〇年一一月二三日以前であるか否かであつて、
所論のような、合意当時小作料の未払の存否とか離作に因る賠償及び暗渠施設費の
補償等の事実は本件判決の結果に影響なきものであり、従つて原審がこれらを確定
するの要がないものといわなければならぬ。原判決は本件農地賃貸借の解約の合意
の対象たる農地のいずれであるかということ、解約の合意並びにその履行の各時期
がいずれも昭和二〇年一一月二三日以前であることを確定判示しているのであるか
ら、本件農地の賃貸借の合意解約についての判示として缺くる所はなく、所論は理
由がない。
 同第五点について。
 所論は被上告人は司法書士を職業とする者で耕作の業務を営むものではなく、ま
た本件農地は自作農創設特別措置法二条の自作地でないのにも拘らず原判決が被上
告人は自作農であり本件農地は自作地であると認定したのは違法であるというが所
論の法条に耕作の業務を営むとは必ずしも耕作の業務を専業とするに限る趣旨では
ないのみならず、耕作の結果が経済的に直接帰属する経営主の義と解するのが相当
であるから被上告人が昭和二〇年一〇月末本件農地の返還を受け二一年度以降これ
を耕作している判示事実に基ずき原審が被上告人を自作農と認定し、本件農地を被
上告人の自作地と認定したのは相当であつて、論旨は理由がない。
 上告代理人弁護士石川金次郎、伊藤俊郎の上告理由第一点について。
 論旨(一)はFの証言によるも、また本件農地所在の地方では一〇月末頃は未だ
田の「はせ」の取片付を終らぬのが普通であるから、田の耕作者が仮令かゝる時期
にその田を地主に返還することを約しても耕作者はこの「はせ」を片付けてしまう
までは少くとも従前通りその田の占有を継続する意思を有し且つ現実に占有の継続
をしているものと認めるのが通常の事態に合すると考えられる点からも、原審がこ
れ等の点を審究しないで単にその挙示する証拠だけで本件農地に対する賃貸借契約
の合意解約の時期において本件農地の占有の移転が行われたものと認定したのは証
拠によらずして事実を認定した違法又は理由不備の違法をあえてしたものであると
いうのである。しかし原判決挙示の証拠を総合するときは所論の原判示事実の認定
はこれを肯認することができるのであつて、論旨は結局原審のなした事実認定を非
難するに帰し、採用できない。
 論旨(二)の(イ)は原判決は本件農地の賃貸借の合意解約は所有者たる被上告
人から解約の申入をなし小作人Eにおいて何等異議なかつた結果成立したものであ
る旨判示しているがその挙示する証拠である原審の証人Fの証言と被上告人の原審
における本人訊問に対する供述とが矛盾しているのにも拘らずこれらの証拠によつ
ては原判示事実を認定した原判決には理由齟齬の違法があるというのであるが、多
数の証拠によつて事実を認定する場合にその証拠相互の間に多少矛盾する部分のあ
ることは必ずしも異とするに足らないことがらであつて、かゝる場合に矛盾する部
分のいずれを採りいずれを捨てて事実を認定するかは事実審たる原裁判所の裁量に
属するところであつて原判決には所論の違法は認められない。
 論旨(二)の(ロ)は被上告人からの本件農地の賃貸借の解約申入は農地改革の
直前のことであり殊に小作人Eは多大の労費を投じて本件農地の客土工事や暗渠排
水工事を施行している事実があるのであるから、小作人Eにおいて被上告人からの
解約の申入を唯々諾々として承認する筈がないといわなければならぬのにこれ等の
点について原審が審理判断することなく本件農地の賃貸借解約の合意の成立を認定
したのは審理不尽乃至採証法則違反であるというが所論の事情は小作人Eが被上告
人からの解約の申入に同意することを法律上不可能とする事由とは認められないの
みならず原判示によれば原審は本件農地の返還を小作人Eから被上告人に昭和一六
年頃から再三申出た事実をも認定しているのであつて、原判決の挙示する証拠によ
れば、小作人Eが被上告人の解約の申入を承認し本件農地を返還した事実を肯認す
ることができる。されば原判決には所論の違法は認められない。
 同第二点について。
 論旨の理由のないことは代理人石川金次郎の上告理由第一点について説明したと
おりである。
 よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとお
り判決する。
     最高裁判所第一小法廷
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    岩   松   三   郎
 裁判長裁判官沢田竹治郎は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    斎   藤   悠   輔

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