弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を全部破棄する。
     本件を名古屋地方裁判所に差戻す。
         理    由
 本件控訴の趣意は、名古屋地方検察庁検察官検事鎌田好夫作成名義の控訴趣意書
に記載されているとおりであり、これに対する弁護人の答弁は、弁護人野島達雄、
同大道寺徹也の両名の共同作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、
いずれもこれらをここに引用する。
 控訴趣意第一について。
 所論は要するに、原判決は、別紙記載の各公訴事実に関し、右各公訴事実全部、
ならびに、被告人が右各道路交通法違反の行為の都度、取締りに当つた警察官か
ら、運転免許証の提示を求められ、大型自動車の免許を受けていないのに、該免許
が存する旨を記載した運転免許証を呈示したため、同警察官から無免許運転者であ
ることを発見されず、即時それぞれ反則行為として告知を受け、反則金相当額仮納
付の期限内に当該反則金相当額各六、〇〇〇円を仮納付し、静岡県、あるいは滋賀
県各警察本部長により右各反則金納付の公示通告がなされ、当該各反則金を納付し
たものとみなされたが、昭和四七年三月三日付でいずれも右各県警察本部長より道
路交通法第一二七条第二項に基づく告知是正措置と各反則金の還付手続がなされた
ことを認定したうえ、右各県警察本部長の通告には瑕疵が存するとしながら、右各
通告の瑕疵は、その内容からみて、同各通告(行政処分である)を当然に無効とす
るような重大な瑕疵ではなく、また該各通告は右各県警察本部長の権限内で決定表
示されたものであり、これが被告人の不正行為に基因してなされてもこれを理由に
当然無効となり得ないし、本件では単に被告人の不正手段のみに基因するのではな
く、部下警察官にもこれを看過した過失を認むべきであるから、本件各通告は当然
無効ではないとし、さらに行政処分を取消すには、瑕疵の重要性の程度、取消さな
ければならない公益上の必要性の程度、取消すことによって関係人に及ぼす利害の
程度等を考慮し、取消を必要とする公益上の理由が既存の秩序破壊の不利益を上廻
る場合でなければならず、とくにその取消により国民の既得の権利、利益が侵害さ
れる場合にはその取消は重大な制限を受けるものと考えるべきであるところ、これ
らの観点から本件をみると、右各道路交通法違反の各所為に関し被告人の有する公
訴不提起の利益を侵害し、既存の秩序を破壊してもなお、本件通告を取消さねばな
らない程重大な瑕疵や重大な公益上の必要性は認められないので、前記各通告は有
効かつ取消し得ないものであり、結局前記各公訴事実に関しては公訴提起の手続が
道路交通法第一二八条第二項の規定に違反しており本件公訴は無効であるとして、
該公訴を棄却している。しかしながら、前記各通告の瑕疵は交通反則通告制度の予
定していない非反則行為について、もしくは非反則者に対し誤つて通告が行われ、
その反則金が納付されたというものであるところ、交通反則通告制度制定の趣旨に
照せば、右の瑕疵は重大であつて、かかる瑕疵の存する通告を有効と解し、本件の
ような悪質行為、悪質行為者に対する公訴権の消滅を認めることは著しく正義に反
するばかりでなく、被告人が大型自動車の運転免許を有していないことは客観的に
明白であり、このような者に対し、同人が大型自動車免許を有するものと誤認して
反則金納付の通告をした本件各通告には、重大かつ客観的に明白な瑕疵が存するも
のというべく、本件各通告はいずれも無効と解すべきである。かりに本件各通告が
無効ではないとしても、道路交通法の定める警視総監または道府県警察本部長の通
告は、行政法上の単なる通知行為であり、このような単なる通知行為の取消、撤
回、変更は元来合理的な範囲で国が自由にできることであり、本件においては静岡
県、および滋賀県警察本部長が告知是正通知の形式によつて、誤つてなした本件各
通告を取消した後に、本件各公訴を提起しているのであるから、その公訴提起は適
法であると解される。またかりに右通告の取消について原判決が判示するような制
限があるとしても、本件各通告にはその内容において重大な違法が存するのみなら
ず、その違法な通告は被告人の計画的欺罔行為に起因するものであつて、これを取
消すことによつて、通告に関する法規を適正に執行するという公益上の理由があ
り、被告人が不当に得た利益の収奪以外に国民の既得の権利、利益を侵害すること
もなく、また公共の福祉を害するものでもないから、県警察本部長は職権によつて
右各通告を取消すことを得べく、また、本件において右各通告の取消は相当期間内
に適正な手続によつて行われているから、本件各通告はその取消により遡つてその
効力を失い、公訴不提起の効力も生じていないものというべきである。したがつ
て、前記のように、本各通告が有効であり、かつ、取消し得ないものとして、本件
各公訴を棄却した原判決は明らかに道路交通法第一二八条第二項の解釈適用を誤つ
て不法に本件各公訴を棄却したものであるというのである。
 所論にかんがみ検討すると、先ず、原判決書理由中の「本件公訴事実中信号無視
および追越違反の各道路交通法違反の点につき、いずれも公訴を棄却した理由」欄
の二、において挙示した各証拠ならびに当審で取調べた交通反則公示通告書謄本二
通、交通反則告知是正通知書二通によれば、別紙記載の各公訴事実を優に認めるこ
とができるほか、被告人が同各公訴事実記載の各行為をした際、それぞれ、そのと
き交通取締に従事していた警察官から、運転免許証の提示を求められ、さきに、被
告人において普通自動車運転免許に併せて大型自動車運転免許が存するように改ざ
んした運転免許証(以下本件運転免許証と称する)を呈示したため、被告人におい
て大型自動車の運転免許を有するものと誤認した同各警察官から右各公訴事実に関
し、それぞれ反則者の反則行為として告知を受け、これによつて被告人が反則金相
当額を仮納付し、ついで、静岡県あるいは滋賀県警察本部長からそれぞれ公示通告
(道路交通法第一二九条第二項による。以下本件通告と称するのは、この方法によ
る通告を指す)がなされたところ、その後被告人が右各行為の際大型自動車の運転
免許を有しなかつたことが発覚したので、静岡県あるいは滋賀県警察本部長から、
告知是正措置を採られ、納付にかかる右各反則金の還付手続がなされた経過の詳細
が、原判決書理由中の前回欄に記載されているとおりであることが認められ、右各
認定を左右するに足る証拠はない。
 そこで、右認定事実に基づき、右各公訴事実についての本件各公訴提起が有効で
あるかどうかに関する問題点を順次取上げて、判断を進める。
 (一) 道路交通法第一二八条第二項にいう「当該通告の理由となつた行為に係
る事件」の意義について、
 道路交通法第一二八条第二項によれば、反則金納付の通告に従つて所定期限内に
反則金を納付した者(反則金を仮納付し、反則金を納付したとみなされた者を含
む)は、当該通告の理由となつた行為に係る事件について公訴を提起されない旨規
定されているが、もとよりそれは、裁判機関の審判を経たことにはならないから、
確定判決を経たのと同一の効力が付与されるというのではなく、また右の「当該通
告の理由となつた行為に係る事件」の通告の理由とは特定の種別に属する反則行為
となるべき事実ならびにそれに適用される罰条を指すと解されること、(なお同法
施行令第四一条、同法施行規則第四一条参照)同法の通告手続と類似した通告手続
を規定している国税犯則取締法、関税法では、右の「当該通告の理由となつた行為
に係る事件」という文言に照応するものとして、「同一事件」という文言を用いて
おり、その両者の文言の差異から、前者については、特段の解釈がなされるべきで
はないかとの疑が存すること、などから考えると、反則金納付による公訴不提起の
効力は、当該通告の理由とされた特定の種別に属する反則行為たる事実に及ぶだけ
で、これと種別を異にする反則行為たる事実はもとより、その行為自体は当該反則
行為と同一であつても、それが非反則行為、あるいは非反則者による行為である場
合には右の公訴不提起の効力が及ばないと解されないでもないが、一旦、通告を受
けて適法に反則金を納付し、同事件については手続を完了したと信じている者に対
し、警察本部長において、単に事実を誤認する等通告に誤りがあつたとの理由のみ
で社会観念上同一事実と見られる事実に関し、新たな認定のもとに自由に別個の種
別の反則行為を理由とする通告をし、又は公訴を提起できると解することは(通告
の無効、取消の問題は、ここに論ずるところとは別個の問題であり、これについて
は後述する)吾人の法律感情に照して堪え難いところであることと、警察官は、反
則行為に関して告知ならびに報告の手続をとるばかりではなく、同事件について司
法上の捜査の権限をも有することを併せ考えれば、反則金納付による公訴不提起の
効力は、当該通告の理由となつた特定の種別に属する反則行為たる事実と基本的事
実の同一性を有する事実に及ぶと解するのを相当とし、本件において、被告人が反
則行為たる事実として通告を受けた別紙記載の各公訴事実が、被告人において、そ
の際、大型自動車の運転免許を有しなかつたといういわば行為者の属性に関する事
情の存在によつて事実の同一性を欠くに至るものとは解することができない。(も
つとも、その際の被告人の各無免許運転行為は、これと併合罪の関係に立つ別の事
実であつて、本件公訴不提起の効力が及ばないことはもちろんである)従つて、道
路交通法第一二八条第二項にいわゆる「当該通告の理由となつた行為に係る事
件、」の解釈から右各公訴事実に関する本件各公訴が、適法かつ有効と解するわけ
にはいかない。
 (二) 通告の無効、取消について。
 道路交通法第一二七条に規定する警察本部長のなす通告は、反則者に対し、通告
の理由となつた反則行為の内容、反則金額等を知らしめるとともに、その通告が有
効になされたことを要件として、これに基づき、所定期間内に反則金を納付した者
(さきに告知を受けて反則金相当額を仮納付し、反則金を納付したとみなされた者
を含む)に対し、その通告の理由となつた行為に係る事件について公訴を提起する
ことができなくなり、(同法第一二八条第二項)一方、右所定期間内に反則金を納
付しない者に対しては、右期間の経過を待つて、当該反則行為に係る事件について
公訴を提起できることとなる(同法第一三〇条)等の効果、換言すれば、その通告
に従つて反則金の納付が履行された場合には反則者に対し、刑事処分ではないけれ
ども、一種の行政上の制裁を課する結果を生じ、それが履行せられない場合には刑
事手続に連なるという重大な効果を生ずるのであるから、その法的安定性の要請が
強いというべく、これらの性質からみて、右の通告は狭義の行政行為に準ずるもの
として、その無効取消の問題も一般の行政行為と同様な基準によつて判断するのが
相当であると解する。従つて、右の通告を行政法上の単なる通知行為であるとし
て、その取消変更を合理的な範囲で国が職権によつて自由になし得るものであると
の所論は採用できない。
 (イ) 通告の無効について。
 行政行為の無効原因を概括的に考察すれば、(1)その行政行為をした行政機関
が該行政行為をなす権限を有しないか、あるいは、その行政行為をするについての
意思決定に欠陥があり、その行政行為が当該行政機関の意思に基づかないでなされ
たと認められるようなとき、(2)当該行政行為の内容に重大かつ明白な瑕疵があ
り、もしくはその内容が不明確で実現が不能であるようなとき、(3)その行政行
為がなされるに至つた手続に重大な欠陥があつたとき、あるいは、その行政行為の
形式に重大な不備があつたときに大別することができるが、本件の場合において、
原審が取調べた各証拠によれば、本件各通告は権限を有する静岡県あるいは滋賀県
各警察本部長から発せられ、またその意思決定に関しては、大型自動車の運転免許
証を有しない被告人につきこれを有するものと誤認し、別紙の各公訴事実記載の行
為が反則者による反則行為であると誤認した点で錯誤があり、その錯誤は後記の如
く被告人の不正行為に基づくものではあるけれども、右各警察本部長において全く
その意思に基づかないで右各通告をしたものとは到底認められず、さらに、その各
通告の内容それ自体には、とくに不明確な点が存せず、かつ、右各通告に至つた手
続あるいはその通告の形式についても別段の瑕疵が認められないから、問題は本件
各通告の内容の瑕疵が重大かつ明白な瑕疵であるかどうかの点に帰する。ところ
で、何が重大かつ明白な瑕疵であるかは、それぞれ具体的な事案に即し、適用され
るべき法規の目的趣旨を考慮して判断せられなければならないが、一応原判決が説
示するように、行政行為の内容が、社会観念上、又は法律構成上、実現不能と認め
られるような場合をいうものと解される。そこで本件についてみると、本件各通告
の瑕疵は、被告人が別紙の各公訴事実記載の行為をした際、大型自動車の運転免許
を受けておらず、従つて被告人の右各行為は反則行為にあたらないのに、この点を
誤認して、これを反則者による反則行為として扱つた点に存するところ、被告人が
右各公訴事実記載の各行為をしたこと、本件各通告が、行為者である被告人に宛て
て行われそこに人違いなどが存しないこと、本件各通告に示された各反則行為たる
事実は右各公訴事実に一致し、その種別ならびにこれに対する反則金額にも誤りが
存しないこと、少なくとも右各通告の内容を外観的に見れば、それ自体からはその
内容に前記のような瑕疵が存することを発見できないことなどは本件各証拠に照し
ていずれも明らかであつて、これらの事情からすれば、本件各通告が結局は違法で
あつたとはいえ、被告人が右のような通告に従つて、反則者として反則金納付の手
続を採ることは不可能でなく、また現にその手続が履践されているのであるから、
かりに所論のごとく、所要の調査をすれば、被告人において大型自動車の運転免許
を有しないことが判明する筈であるとしても、前叙のような瑕疵をもつて、本件各
通告の効力の発生を当初から全く無視してよいというほどの重大明白な瑕疵と認め
ることはできない。
 従つて、本件各通告が当然無効であることを前提として、別紙の各公訴事実に関
する各公訴の提起が有効であるとする所論は採用できない。(なお反則金を納付後
無免許が発覚して、当該事件について公訴が提起され、一審において有罪判決があ
り、当該被告人から控訴、上告があつたがいずれも棄却された例として所論が引用
する最高裁判所決定、名古屋高等裁判所、名古屋地方裁判所の各判決の対象となつ
た事案は、当該被告人が第三者名義で告知通告を受けその第三者名義で反則金を納
付し、しかもその反則行為とされた事実が全く架空虚偽であつたという事案であつ
て、本件と同一には論ぜられない)
 (ロ) 通告の取消について。
 行政行為の瑕疵は、それが無効原因となる場合を除いて、すべて取消原因となる
と解されるから、本件各通告の瑕疵は、右各通告の取消の原因となる。しかし、一
般に行政行為は、それを基礎として新たな法律秩序が形成され、単に行政行為に瑕
疵があるという理由だけで無条件にこれを取消すことは既存の法律秩序を破壊し、
法律生活の安定を阻害するおそれがあり、とくに、道路交通法に規定する反則金納
付の通告は、さきに述べた如く、これが存在を要件として、国民に対する一種の制
裁である反則金の納付、ひいては当該事件についての公訴権の消滅という重大な効
果を発生するものであり、その通告の基礎となる告知ならびに報告手続を行う警察
官は、行政上の右手続を行うことに併せて、当該事件につき司法上の捜査権限をも
有するのであつて、右通告の法的安定性は相当に強く要請されるものといえるか
ら、これを取消すについては、条理上、その瑕疵の程度、当該通告によって発生し
た当事者もしくは関係人の権利あるいは利益の喪失と、当該通告を取消すことによ
つて、達成せられる公共の利益との比較衡量、ならびにその取消による公共の福祉
の侵害の程度等を検討のうえ、なおその取消が必要と認められる場合にこれが許さ
れるものと解すべきである。
 <要旨>そこで、本件各通告について考えると、先ず本件各通告の内容には前叙の
ような瑕疵があり、これが該通告の無効原因となるものとまでは認められな
いけれども、いわゆる反則行為でないものを、反則行為と認め、道路交通法の反則
金制度に従つて手続を進める意思のもとに、その反則行為および反則金額を通告し
たというその瑕疵は、同法の反則金制度の趣旨目的から考えて相当重大な瑕疵とい
わねばならない。次に右各通告の内容に存する右瑕疵は静岡県あるいは滋賀県各警
察本部長において、被告人が反則者でないのに反則者と誤認したという錯誤による
ものではあるが、右の錯誤は、被告人がそれぞれ取締に当つた各警察官に対し、自
己が大型自動車の運転免許を有しないのにこれがあるように装い、かつ、本件運転
免許証を提示して各警察官らをして、被告人が真実大型自動車の免許を有する旨誤
信せしめその趣旨のもとに告知、ならびに報告手続を採らせたという被告人の欺罔
行為に基づくものである。
 ところで、通告に従つて反則金を納付した者は当該反則行為とされた事実に関
し、公訴の提起をされないという利益を有し、この利益が尊重されなければならな
いことはいうまでもないけれども、それが本件のごとく、当該反則行為をしたとさ
れる者の積極的な不正行為(本件では犯罪行為である。すなわち検察官は、右各警
察官に対する本件運転免許証の行使罪について公訴を提起していないが、同一の免
許証を他の警察官に行使した行為を偽造有印公文書行使罪として起訴し、原判決も
その理由中の罪となるべき事実第一においてこれを変造有印公文書行使罪と解しな
がらも有罪と認定している)によつて不当に取得されたような場合には、それほど
丁重な保護に値いしないものと考えられ、そのほか本件各通告によつて、被告人以
外の者が権利を取得し、法律上の利益を得たということは認められない。そして他
面において当事者の利益不利益にかかわらず、行政上の制裁あるいは、刑事処分の
適正をはかるという公益上の必要性は、決して、軽視せられるべきものでなく、し
かも、本件各通告を取消すことによつて一般公共の福祉を害するとも考えられな
い。これらの点に関し、原判決は、被疑者は自己に不利益な事実を隠ぺいする本能
を有するものであり、また、本件運転免許証を虚偽のものと看破できなかった警察
官に落度が存するというけれども、自己に不利益な事実を黙秘することはともか
く、積極的に不正手段を用いて事実を隠ぺいすることまでも擁護するのは相当でな
く、さらに押収にかかる自動車運転免許証(当裁判所昭和四七年押第九九号の符第
一号)の大型自動車免許の部分を、それが虚偽であることを念頭において精査すれ
ば、改ざんされたものと認めることができるけれども、先入観なしに、一見してこ
れを看破することは必ずしも容易ではないと思われ、現に警察官が両名までもこれ
を真正なものと見誤り、原審で取調べた被告人の司法警察員に対する昭和四七年二
月二四日付供述調書Aの司法警察員に対する昭和四七年二月二五日付供述調書の謄
本二通の各記載によれば、被告人の勤務先であるB有限会社C営業所所長Dも、被
告人を雇入れるに際し、同免許証を手にとつて一見しながら、虚偽を発見しなかつ
たことが認められから、本件に関し、警察官に重大な落度があったということもで
きない。
 以上認定の通りであるから、本件各通告の取消を許さないとする特段の理由がな
く、該各通告をした静岡県あるいは滋賀県各警察本部長において、これを取消し得
るものと解せられる。ところで、道路交通法では、通告の取消については何ら規定
を置いていないが、当該通告をした道府県警察本部長において、その通告の相手方
に対し、当該通告を取消す旨の意思表示をすることによつてこれをなすべきものと
解するのが相当である。
 そこで本件においては別紙の(一)記載の公訴事実に関しては、昭和四六年九月
一日、公示通告がなされたところ、同四七年三月三日、静岡県警察本部長により、
道路交通法第一二七条第二項に基づく、告知是正措置がなされそのころ、当該反則
金六、〇〇〇円の還付手続がなされたこと、さらに別紙の(二)記載の公訴事実に
関しては、昭和四六年一一月一六日公示通告がなされたところ、同四七年三月三
日、滋賀県警察本部長により同法第一二七条第二項に基づく、告知是正措置がなさ
れ、そのころ、当該反則金六、〇〇〇円の還付手続がなされていることは前記認定
のとおりであるが、右の同法第一二七条第二項前段の定める告知是正措置は警察本
部長が報告を受け、未だ通告をしない前に、その報告にかかる告知を受けた者が当
該告知に係る種別に属する反則行為をした反則者でないと認め、その理由を明示し
てその旨を通知する措置であつて、本件の場合の如く、すでに通告がなされた後
に、その通告を是正する場合に関するものではないから、本件における前記の各告
知是正措置なるものは、同法第一二七条第二項所定の措置としては何らの効力も有
しないものである。しかし本件の右各告知是正措置は、右各県警察本部長におい
て、被告人の前記各行為が非反則行為であつたとの理由を示し、従前の告知をその
趣旨において変更する旨を表示したものであり、これに併せて前記のように、被告
人においてすでに仮納付し、納付したとみなされた反則金各六、〇〇〇円の各還付
手続がなされていることを考慮すれば、これによつて同各県警察本部長から被告人
に対し、本件各通告を取消す旨の意思表示がなされたものと解して差支えないもの
と思われ、しかも、本件各通告、ならびに前記のような各告知是正措置および、前
記反則金の還付手続がなされた日時はそれぞれ前叙のとおりであつて、本件各通告
の取消はいずれも相当の期間内になされたものとみることができる。
 そうとすれば、本件各通告は、静岡県あるいは滋賀県各警察本部長からいずれも
有効に取消されたものであり、この各取消によつて、本件各通告は、その当初に遡
つて効力を消滅するものと解すべきであるから、検察官の前記各公訴事実に関する
公訴の提起は有効であり、これを無効として右各公訴を棄却した原判決は、右指摘
の点に関し、法令の解釈を誤つて不法に右各公訴を棄却したものであることは明ら
かである。本論旨は理由がある。
 よつて、本件控訴は右の点において理由があり、本件は右の部分と原判決中のそ
の余の有罪部分とを合一して確定しなければならない事案であつて、原判決はその
余の論旨について判断をするまでもなく、全部破棄を免れないから、刑事訴訟法第
三九七条第一項第三八〇条第三七八条第二号に則り、これを全部破棄したうえ、同
法第三九八条によつて本件を名古屋地方裁判所に差戻すこととする。
 以上の理由によつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 井上正弘 裁判官 杉田寛 裁判官 吉田誠吾)
別 紙
<記載内容は末尾1添付>

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