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平成20年10月30日判決言渡
平成20年(行ケ)第10017号審決取消請求事件(特許)
口頭弁論終結日平成20年10月23日
判決
原告シージェイチェイルジェダンコーポレーション
(審決上の表示)
シージェイコーポレーション
原告ベストファースンカンパニーリミティッド
両名訴訟代理人弁理士平木祐輔
同関谷三男
同橋本康重
被告特許庁長官
指定代理人鈴木洋昭
同亀丸広司
同森川元嗣
同小林和男
主文
1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004−11258号事件について平成19年9月3日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告らが発明の名称を「弾力性の優れた高度テーパリング歯ブラシ毛が
植毛された歯ブラシ,及びその製造方法(平成19年7月13日付けで「弾力性」
の優れた高度テーパリング歯ブラシ毛が植毛された歯ブラシ」と補正。甲3)とす
る特許の出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求を
したが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案であ
る。
争点は,本願発明(上記補正後の請求項1記載のもの)が,特開平11−290
134号公報に記載された発明(以下,この文献を「引用例」といい,この発明を
「引用発明」という。甲1〔ただし,平成14年10月25日付け手続補正書を除
いた部分。以下も同様)との関係で進歩性を有するかどうか(特許法29条2。〕
項)である。
1特許庁における手続の経緯
原告らは,平成14年2月22日,特許出願(特願2002−47007号。以
下「本願」という。平成14年9月17日出願公開,特開2002−262940
号〔甲2。優先日平成13年2月23日,優先権主張国韓国)をしたが,特許〕
庁は,平成16年2月24日,上記出願に対する拒絶査定をした。
これに対し,原告らは,上記拒絶査定に対する不服の審判請求をしたので,特許
庁は,この請求を不服2004−11258号事件として審理し,その中で平成1
9年7月13日,上記補正がされたが,特許庁は,平成19年9月3日「本件審,
判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄本は平成19年9月18日原。
告らに送達された。なお,原告らのため90日の出訴期間が附加された。
2本願発明
上記補正後の本願の特許請求の範囲は,請求項1,2から成るが,このうち請求
項1(本願発明)は次のとおりである。
【請求項1】
弾力性の優れた高度にテーパリングされた歯ブラシ毛が植毛された歯ブラシであ
って,
前記歯ブラシ毛の材質は,ポリエチレンテレフタレートまたはポリブチレンテレ
フタレートであり,
前記歯ブラシ毛は,その末端部分の直径が0.0005㎜∼0.02㎜で,テーパ
リングされた部分が前記末端部分から2.8㎜∼3.0㎜未満であることを特徴とす
る歯ブラシ。
3審決の内容
(1)審決の内容は,別紙審決のとおりである。
その理由の要点は,本願発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をす
ることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,
というものである。
(2)審決が認定する引用発明の内容,本願発明との一致点並びに相違点1及び
2のうちの相違点2は,次のとおりである。
<引用発明の内容>
「高度にテーパリングされた毛が房付けされた歯ブラシであって,
前記毛の材質は,ポリブチレンテレフタレートであり,
前記毛は,その先端直径が0.01㎜で,テーパが形成された部分が前記先端部
分から8.0㎜未満である歯ブラシ」。
<一致点>
「高度にテーパリングされた歯ブラシ毛が植毛された歯ブラシであって,
前記歯ブラシ毛の材質は,ポリエチレンテレフタレートまたはポリブチレンテレ
フタレートであり,
前記歯ブラシ毛は,その末端部分の直径が0.0005㎜∼0.02㎜である歯ブ
ラシ」。
<相違点2>
本願発明の歯ブラシ毛は「テーパリングされた部分が前記末端部分から2.8㎜
∼3.0㎜未満である」のに対し,引用発明の歯ブラシに用いられる毛(歯ブラシ
毛)は「テーパが形成された部分が前記先端部分から8.0㎜未満である」点。
第3原告ら主張の取消事由
審決には,以下に述べるとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべき
である。
1取消事由1(相違点2の認定の誤り)
審決は「…比較例1においては,高度のテーパが形成された部分の長さは8mm,
未満であるものと認められる。したがって,…引用例には,次の発明…が記載され
ていると認められる『…テーパが形成された部分が前記先端部分から8.0mm未。
満である歯ブラシ(4頁22行∼29行「相違点2)…引用発明の歯ブラ。』」),(
シに用いられる毛(歯ブラシ毛)は『テーパが形成された部分が前記先端部分から
8.0mm未満である』点(5頁16行∼20行)とするが,誤りである。。」
(1)すなわち,引用例(甲1)には誤記があり,引用発明については,本願発
明の優先日である平成13年2月23日より1年8月後の平成14年10月25日
に手続補正書が提出され,明細書全文を対象として補正がなされている。しかし,
審決で引用された引用例(甲1)は,本願発明の優先日前の平成11年10月26
日に出願公開された公開公報である。
(2)引用例(甲1)には【0010】の直前に,次の記載がある。,
「針先のような高度にテーパの形成された先端を有するPBTまたはPET製の歯
ブラシ用毛を製造するために,硫酸溶液を使用してテーパを形成するための方法は,
本発明の発明者により開発され大韓民国特許第130932号として特許されてい
る。この技術について説明すると,この技術は下記の工程により構成されてい
る(0009)。」【】
上記の記載から,この記載に続く【0010】の記載は,大韓民国特許第130
932号の技術に関するものであることが明らかであるところ,そこには,切断さ
れた線条体の先端から「約8∼9mm」を垂直に硫酸溶液に浸漬し,その後の処理を
経て形成された「線状体は,あたかも切削されたかのように短くされ,両端の直径
は0.03mm以下となり,図4に示すように,針先のように見える」と記載されて
いる。ここで,図4をみると,ほぼ先端の位置に「0.06㎜」との記載があるか
ら「0.03mm以下」の記載か,図4の少なくともいずれかが誤記であり,かつ,,
「針先のように見える」という記載から,上記で「図4に示すように」とあるの。
は正しくは図3であると推測される。
(3)これに対し,本願明細書(甲2,3)には,以下の記載がある。
130,932「このような問題点を解決する方法として,本発明者による韓国特許第
号(以下「先行技術1」と称する)に提示された,薬品によるテーパリング加,。
工方法を挙げることができる。この先行技術1による技術は,ポリブチレンテレフ
タレートまたはポリエチレンテレフタレート材質のモノフィラメントを,テーパリ
ングするべき必要な長さから1∼4mm程長く切断した後,硫酸に垂直に浸漬して余
分な長さを溶解除去すると共に,必要な長さにテーパリングする方法である。図3
は,この先行技術1によって得られる歯ブラシ毛の断面を示しており,図3に示し
た通り,上記先行技術1による歯ブラシ毛は,末端部分から4∼10mm程のところ
からテーパリングされ始めており,その末端部分の直径は約0.01mmの高度テー
パリングがなされている(0006)。」【】
「図3に示される先行技術1による歯ブラシ毛は,末端部分が0.01mmの直径
を有するようにするためにそのテーパリングされた部分が末端部分から4∼10mm
となり,通常7∼8mm程に比べ長くなる。その理由は,歯ブラシ毛を薬品に浸漬す
ると薬品が末端部分のみを選択的に腐蝕させるのではなく,全体的に腐蝕させてし
まうからである。そしてこの結果,歯ブラシ毛の弾力性が低下してしまう(0。」【
018)】
(4)以上を前提として,本願明細書(甲2,3)の図と引用例(甲1)の図を
比較してみると,本願明細書(甲2,3)の先行技術1を示す図3は,歯ブラシ毛
の直径「0.2」mmの記入の有無を除いて,引用例(甲1)の図3とほとんど同一
であり,本願明細書の【0006】の記載からみても,本願明細書(甲2,3)に
記載された先行技術1とは,引用例(甲1)の【0010】に記載された技術に外
ならないことになる。
そうすると,引用例(甲1)によれば,切断された線条体(歯ブラシ毛)を垂直
に硫酸溶液に浸漬する長さは,先端(本願発明の「末端)から約8∼9mmである」
のに対し,本願明細書(甲2,3)の【0006】の記載によれば,テーパリング
され始める位置は,末端部分から4∼10mmのところとなる。すなわち,浸漬され
た長さを超える長さのテーパが形成される可能性があることが認められる。このよ
うになる理由は,本願明細書(甲2,3)の【0018】中に記載されているよう
に,歯ブラシ毛を硫酸に浸漬すると,歯ブラシ毛の硫酸中に漬けられた部分だけで
なく,硫酸面から露出した部分も腐蝕を受け,そこがテーパリングされて,テーパ
部分の一部となり得るからである。
しかるに審決は,比較例1から引用発明を認定しているが,この比較例1は,引
用例(甲1)の【0010】に記載された方法と基本的には同じ方法により歯ブラ
シ毛を製造している。そうすると,比較例1においては,毛の束の一端の8mmを硫
酸中に浸漬しているが,テーパリングされる部分が8mm未満となるとは限らない。
そして,比較例1と基本的に同じ技術である先行技術1において,ポリブチレンテ
レフタレート(以下「PBT」ということがある)又はポリエチレンテレフタレ。
ート(以下「PET」ということがある)製の毛の末端から約8∼9mmを硫酸溶。
液に浸漬すると,末端から4∼10mm程の高度のテーパリング部が形成されるとい
う事実を参酌すれば,比較例1においても,一端部の8mmを硫酸溶液中に浸漬する
のであるから,約4∼10mmの高度のテーパリング部が形成されるといえる。
(5)引用例(甲1)には,比較例1の歯ブラシ毛の高度のテーパが形成された
部分の長さについて明示の記載がないところ,審決は,要するに,毛の(束の)端
部の8㎜が硫酸溶液中に浸漬されるのであるから,高度のテーパが形成される部分
の長さは,8㎜未満であると認定したものである。しかし,この認定は,技術的に
みて,以下に述べるように誤りである。
アまず「8㎜未満」の上限についてであるが,硫酸溶液の液面からは硫酸の,
蒸気が発生すること,また,毛の束には毛細管現象が生じるので硫酸は液面より上
昇すること,これらの理由から,毛の束は,液面に浸漬された部分の長さ8㎜を超
えて,硫酸の影響を受けて溶かされるのである。それゆえ,審決の「8㎜未満」の
上限値についての認定は誤りである。
イ次に「8㎜未満」とは,下限が0まで含む認定であるが,テーパが形成さ,
れる部分が,例えば,末端部分に極めて近い短い長さである場合を考えてみると,
硫酸溶液中に浸漬させる毛の先端(末端)部分の長さ8㎜からいたずらに材料を損
失するだけのことになるので,そのように短い長さの場合は,想定されていないと
考えられる。換言すると,仮に,テーパ部分の長さが0㎜に近い長さのものを製造
する場合,硫酸溶液中に浸漬させる毛の先端(末端)部分の長さを8㎜とすること
はなく,もっと短くするのが技術常識である。
ウそして,引用例(甲1)には,本願の発明者により開発された技術について,
「まず(i)所望の長さから1∼4㎜程度長い長さとなるようにPBTまたはP,
ET製の線状体を切断し(ii)切断された線状体の先端から約8∼9㎜を垂直,
に60%∼98%の濃度で80∼200℃の硫酸溶液に浸漬し・・・(001」【
0)と記載されており,この記載に照らせば,引用例(甲1)の比較例1におい】
て,硫酸溶液に浸漬されることにより失われる長さは,最大で4㎜程度であり,そ
れゆえ高度のテーパが形成された部分の長さは,最短でも4㎜程度であるものと認
められ,これより短い場合は,想定されていないというべきである。
エそして,前記(4)で述べたように,引用例(甲1)の比較例1の技術は,同
じ発明者による本願明細書(甲2,3)に記載された先行技術1と同じ技術である
から,審決が,相違点2について「引用発明の歯ブラシに用いられる毛(歯ブラ,
シ毛)は『テーパが形成された部分が前記先端部分から8㎜未満である』点」と認
定したことは,誤りである。
(6)被告は,原告らの主張は,引用発明を,引用例(甲1)の記載事項のみな
らず,該引用例に記載の技術に近似した事項が示されているとする本願明細書(甲
2,3)にも基づいて認定するものであり,これは,引用発明の認定を,引用する
刊行物の記載事項から逸脱して行うことにほかならないから失当であると主張する。
しかし,引用例(甲1)に記載された事項について,出願後に頒布された別の刊行
物の記載を参酌して事実を認定することは許され,裁判例にも,出願時以降の刊行
物中に出願前の技術に関する記述があるという理由により,これを出願前の技術水
準を認定する資料とした事例もある。これらに照らせば,本願明細書(甲2,3)
に記載された先行技術1は,引用発明に関するものであるから,引用発明の認定に
際して,これを参酌することは許されるというべきである。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)
審決は「…相違点2に係る本願発明の発明特定事項は,当業者が容易に想到で,
きたものである(6頁5行∼6行)とするが,誤りである。。」
(1)ア上記のとおり,相違点2は,歯ブラシ毛のテーパリングされた部分の末
端からの長さについて,本願発明では「2.8mm∼3.0mm」であるのに対し,引,
用発明では「約4∼10mm」であるとすべきである。
イしかるに,本願明細書(甲2,3)は,引用発明と基本的に同じ技術である
先行技術1について,次のとおり記載している。
「…上記先行技術1による歯ブラシ毛は次のような問題点を有している。
1)従来のナイロン材質歯ブラシの弾力性に慣れている使用者にとっては,上記先
行技術1による歯ブラシ毛があまりにも柔らかであるため,歯ブラシ感が劣ると感
じられる。
2)上記先行技術1による製造方法では,歯ブラシ毛を薬品に浸漬させて完全にテ
ーパリングさせるため,濃度・温度・時間などの作業条件が非常に複雑となり,規
格品の製品を得るまで不良率が50%以上発生する(0008)。」【】
ウまた,本願明細書(甲2,3)は,先行技術1における,歯ブラシ毛の弾力
性の低下という問題を解決した先行技術2の問題点について,次のとおり記載して
いる。
「…先行技術2による歯ブラシ毛は,弾力性が良好であるため上記先行技術1の
弾力性が足らないという問題点は解決できるが,その末端部分の直径が0.04∼
0.08mmで,上記先行技術1によるものより太いため,歯周ポケット内の歯石除
去に不利であるいう問題点と,先行技術2の方法では上記先行技術1による歯ブラ
シより値段が1/4に過ぎなくなるため低級品であると誤認され易いという問題点
とを有している(0010)。」【】
エ本願発明は,先行技術1,2の上記の各問題点を解決したものであり,先行
技術1との関係でいえば,歯ブラシ毛の弾力性の低下を防止し,かつ,従来のナイ
ロン材質の歯ブラシに慣れた使用者には,歯ブラシ感が柔らかすぎることのない適
度の弾力性を具備し,使用者に与える微妙な歯ブラシ感を改良したものである。
すなわち,歯ブラシ感覚には,歯ブラシを歯茎に当てた際の毛の柔軟性(たわみ
性)が大きな影響を与える。毛の材料が同じ歯ブラシを前提としても,毛の柔軟性
に影響を与えるファクターとして,毛の断面形状と大きさ,例えば断面形状が円で
あればその径,毛の長さ方向における断面形状の変化,毛の先端形状,毛の表面の
加工状態等が挙げられ,これらが使用者の歯ブラシ感覚に微妙な影響を与える。ま
た,歯ブラシ毛には,その他歯周ポケット内の歯石の除去性,耐久性,製造の容易
性,経済性も求められる。特に,歯ブラシ感覚の向上は,その中でも最も実現に工
夫を要するところである。
すなわち,引用例(甲1)に記載された比較例1の歯ブラシでは,毛があまりに
柔らかであるため,歯ブラシ感が劣るという問題を解決するため,毛の柔軟性を弱
めようとする場合,多数の方法が考えられる。例えば,引用例(甲1)の「…前記
浸漬してから10分経過すると,2分毎に毛はピンセットに引き上げられて溶かさ
れた端部が拡大視される。浸漬から約21分経過すると,各毛の端部は長さを短く
するために溶かされる(0040)によれば,ここで特定された10分と2分」【】
という時間を,適宜,短くすることにより,テーパリングされる部分の長さを基本
的に変えないで,溶かされて失われる材料を減少することにより,柔軟性を低下さ
せる(毛の剛性を上げる)ことも可能である。また,1回のピンセットの操作で引
き上げられる毛の長さを適宜調節することも可能である。さらに,加工前の材料と
して取り上げるポリエチレンテレフタレート又はポリブチレンテレフタレート製の
ブラシ毛について,より細い径のものを選択することも,一つの解決の方向性を示
す。どの程度にするかという具体的な数値を考えると,ほとんど無数の選択肢があ
るところ,次々と試行を重ね,歯ブラシ感覚の向上を図りつつ,歯ブラシ毛に求め
られるその他の要求,例えば,耐久性,製造の容易性,経済性も満たすように検証
しつつ,理想の歯ブラシを開発するには,多大の時間,コスト,労力が不可欠であ
る。こうした努力と汗の結晶を,単に容易想到と簡単に片付けることは,技術分野
の実態を無視した判断であるといわざるを得ない。
そして,引用例(甲1)には,本願発明の「2.8mm∼3.0mm未満」の数値範囲
内の長さを示唆するような記載は一切ない。したがって,上記のような微妙な数値
が問題となる歯ブラシの技術分野においては「4∼10mm程度」の数値範囲内の,
長さから上記の範囲内の長さが容易想到であるとすることはできない。
(2)仮に,審決の認定した相違点2を前提として考えてみると,本願発明の
「2.8mm∼3.0mm未満」という数値範囲は,引用発明の「8mm未満」という数値
範囲に含まれることになる。そうすると,相違点2について,審決が「テーパ部分
の長さを短くして,適宜な弾力性を具備させることに困難性はない」と記載するの
は,要するに「8mm未満」という数値範囲から,その中に含まれる「2.8mm∼,
3.0mm未満」という数値範囲を選択したことの容易想到性をいうものと解さざる
を得ない。
アしかるに,審決は「また,材料力学に基づく技術常識からみて,歯ブラシに
用いられる毛(歯ブラシ毛)の強度はテーパ部分の長さに応じて連続的に変化する
ことが明らかであるから,本願発明で特定されている『2.8mm∼3.0mm未満』と
いう数値範囲に臨界的意義があるものとも認められない(6頁1行∼4行)と。」
するが,意味不明であり,強度と剛性(こわさ)を混同している。すなわち「機,
械工学事典(社団法人日本機械学会,年,868頁〔甲9)によれば「強」〕,1997
度(」とは「外部負荷に対する抵抗力」のことであり「引起される現strength),,
象の駆動力が応力の場合,その限界値で表される」ものである。そして「材料力,
学要論(ティモシェンコほか著,コロナ社,昭和年,33頁〔甲10)によ」〕42
れば,材料が破壊に到る際の最大引張応力が極限強さ()であultimatestrength
る。これに対し,使用者が受ける歯ブラシ感覚には,このような材料が破壊する際
の限界又は最大の力ではなく,材料の剛性,すなわち「こわさ(」が関stiffness)
係するのである。
イまた審決は「本願発明で特定されている『2.8mm∼3.0mm未満』という,
数値範囲に臨界的意義があるものとも認められない」とするが,その前に記載さ。
れた「材料力学に基づく技術常識からみて,歯ブラシに用いられる毛(歯ブラシ
毛)の強度はテーパ部分の長さに応じて連続的に変化することが明らかであるか
ら」との前後関係が意味をなしていない。
ウ以上のとおり,審決は,引用発明の「8mm未満」という数値範囲から,その
中に含まれる「2.8mm∼3.0mm未満」という数値範囲を選択したことの容易想到
性と,その臨界的意義を判断したにすぎないのであるが,前記1で述べたとおり,
その前提である引用発明の「8mm未満」という数値範囲の認定が誤りであるから,
相違点2についての判断も誤りである。
3取消事由3(本願発明の奏する顕著な効果の看過)
,,審決は,本願発明の奏する下記の顕著な効果を看過し「本願発明による効果も
引用発明に基づいて当業者が予測し得た程度のものであって,格別のものとはいえ
ない(6頁7∼8行)とするが,誤りである。。」
(1)本願発明が,先行技術1等の従来技術に対し,弾力性,柔軟性,歯ブラシ
感,歯石除去能力などにおいて優れた特性を示すものであることは,本願明細書
(甲2,3)の【0032】∼【0036】に記載されている。しかるに,審決の
上記の判断の前提となった引用発明について,前記1に記載したとおり審決は誤認
しているのであるから,上記審決の判断は,まずその前提で誤りである。
(2)そして,本願発明は,そもそも引用発明(先行技術1)の問題点を解決す
る目的でなされたものであり,引用発明と比較して,歯ブラシ毛の「末端部分から
2.8㎜∼3.0㎜未満」という限定された範囲にのみテーパリングを施し,歯茎に
直接的に接触するこの限定された短い長さの部分のみに柔軟性を付与することを特
徴とするものであり,これにより,歯ブラシ感の改良と歯茎の損傷の防止,不良率
の低下,材料の損失の防止,歯周ポケット内の歯石除去の適合性等についても,優
れた効果を奏するものであるところ,審決は,本願発明のこうした顕著な効果を看
過している。
第4被告の反論
1取消事由1(相違点2の認定の誤り)に対し
(1)本願発明と対比される引用発明の認定は,引用する刊行物に記載された事
項に基づいて行われるべきである。ところが,原告らの主張は,引用発明を,引用
例(甲1)の記載事項のみならず,該引用例に記載の技術に近似した事項が示され
ているとする本願明細書(甲2,3)にも基づいて認定するものであり,これは,
引用発明の認定を,引用する刊行物の記載事項から逸脱して行うことにほかならな
いから,失当である。
また,引用例(甲1)には,線条体(歯ブラシ毛)の一端部の8mmを硫酸溶液中
に浸漬したときに歯ブラシ毛に約4∼10mmのテーパリング部が形成されるとの記
載は一切存在せず,原告らが主張するところの,線条体(歯ブラシ毛)に浸漬され
た長さを超える長さのテーパが形成されるという現象に関する記載は存しない。
このように,原告らの上記主張は,引用発明の認定を,引用する刊行物の記載事
項を超え,本願発明の明細書の記載をも援用して行うという誤った論理を前提とし
て展開するものであるから失当である。
(2)そして,引用例(甲1)の【0010】及び【0040】の記載(…浸「
漬から約21分経過すると,各毛の端部は長さを短くするために溶かされる。その
とき,高度にテーパが形成された毛は前記溶液中より取り出される」との記載。
等)を参酌すれば,毛の束の一端部が硫酸溶液中に浸漬されることにより,毛は溶
かされてテーパが形成されることは明らかであり,さらに,そのテーパ形成に際し
ては,毛の先端部から順に硫酸溶液へ浸漬され,後に徐々に引き上げられるから,
当然のこととして,毛全体でみれば,その先端部へ向かうほど硫酸溶液への浸漬時
間は長くなり,その結果,毛の先端部に向けて少しずつ細くなるテーパが形成され,
同時に,その細くなった先端部では,硫酸溶液によるさらなる浸食によって,テー
パ部分を含めた毛自体の長さは徐々に短くなっていくことは,技術常識に照らして
も自明である。
このように,毛の先端から8mmの部分を硫酸溶液に浸漬したならば,その結果と
して形成されるテーパ長さは,その浸漬した長さよりも短くなる,すなわち,毛の
先端から8mm未満となることは明らかであるから,審決において,引用発明につい
て「テーパが形成された部分が前記先端部分から8.0mm未満である」と認定した
ことに誤りはなく,したがって,引用発明の認定に基づく相違点2の認定にも誤り
はない。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対し
(1)引用例(甲1)の【0005【0006】及び【0011】には,ポリ】,
ブチレンテレフタレートの歯ブラシ用の毛の先端にテーパを形成することにより,
柔軟性が付与される旨が【0014】には,高度にテーパが形成された毛は,使,
用者によってはあまりに軟かいと感じられる旨が【0016】には,高度にテー,
パを形成された毛の長さが長いと,歯ブラシの使用中に容易に変形させられる旨が,
それぞれ記載されているから,これらの記載に接した当業者にとって,歯ブラシの
使用中における毛の変形を抑制し,また,高度にテーパが形成された毛はあまりに
軟かいと感じる使用者の歯ブラシ感を想定して,歯ブラシ毛のテーパリングされた
部分の長さを,例えば,本願発明のように毛の末端部分から「2.8mm∼3.0mm未
満」程度と短めに設定し,歯ブラシ毛に適度な弾力性を具備させようと試みること
は,何ら困難なこととはいえない。
(2)そして,本願発明において,歯ブラシ毛のテーパリングされた部分の長さ
をその末端部分から「2.8mm∼3.0mm未満」との数値としたことについて,本願
明細書(甲2,3)をみても【0014】及び【0020】において,単に,上,
記テーパリングの長さを「2.8mm∼3.0mm未満」とした旨が記載されているにと
どまり,その長さがいかなる根拠によって見いだされたものであるのかなど,その
ような特定の数値に限定することの技術的意義を具体的に説明する記載は一切なく,
さらに,材料力学に基づく技術常識からみて,歯ブラシに用いられる毛(歯ブラシ
毛)の強度は,テーパリングされた部分の長さに応じて連続的に変化し,ある値を
境として急に変化するような性質のものではないことや,そもそも,歯ブラシ毛の
弾力性や歯ブラシ感といった特性は,単に,歯ブラシ毛の末端部分の直径やテーパ
リングされた部分の長さのみならず,その他の多くの要素,例えば,歯ブラシ毛の
全長やその根元付近の直径(太さ)の大きさなどによっても当然に左右され得るも
のであるところ,本願発明においては,それら他の要素については一切特定されて
いないことをも併せて考慮すれば,本願発明で特定されている上記「2.8mm∼3.
0mm未満」という数値には,臨界的意義が存しないといわざるを得ない。
(3)したがって,相違点2に係る本願発明の発明特定事項は,引用発明から当
業者が容易に想到できたものであるとする審決の判断に誤りはない。
3取消事由3(本願発明の奏する顕著な効果の看過)に対し
原告らが本願発明において優れていると主張する弾力性,柔軟性,歯ブラシ感,
歯石除去能力といった特性は,例えば,引用例(甲1)の【0002】∼【001
7】にも示唆されるとおり,いずれも,本願出願前から歯ブラシ毛にごく一般的に
求められているものであり,当業者が設計上当然に認識し得る技術的事項にすぎな
い。そして,上記2で述べたように,本願発明において,歯ブラシ毛のテーパリン
グされた部分の長さをその末端部分から「2.8mm∼3.0mm未満」との数値範囲と
したことについて,本願明細書(甲2,3)の記載をみても,その数値範囲内にお
いて,上記弾力性,柔軟性,歯ブラシ感,歯石除去能力といった歯ブラシ毛の特性
が,その数値範囲外のものと比較して飛躍的に向上することを裏付けるに足りる具
体的な説明は一切なく,そもそも,それら歯ブラシ毛の特性は,単に,歯ブラシ毛
の末端部分の直径やテーパリングされた部分の長さのみならず,その他の多くの要
素,例えば,歯ブラシ毛の全長やその根元付近の直径(太さ)の大きさなどによっ
ても当然に左右され得るものであるところ,本願発明においては,それら他の要素
については一切特定されていない。
そうすると,上記「2.8mm∼3.0mm未満」という数値が臨界的意義を有し,上
記歯ブラシ毛の特性について顕著な効果を生じさせるものであるということはでき
ないから,本願発明によって奏せられる効果は顕著なものではなく,審決が「本願
発明による効果も,引用発明に基づいて当業者が予測し得た程度のものであって,
格別のものとはいえない」と判断したことに誤りはない。。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(相違点2の認定の誤り)について
(1)引用例(甲1)には,次の事項が記載されている。
ア「ポリブチレンテレフタレート(以下PBTと略称する)のようなポリエス
テル化合物やポリエチレンテレフタレート(以下PETと略称する)が歯ブラシ用
毛としての線状体に使用されることもある。これらはナイロンより安く,丈夫で水
を吸収しにくいという点でナイロンより優れている。しかしながら,これらのPB
TおよびPETは,非常に固く曲がらなく,柔軟性に欠けている。…(000」【
5)】
イ「PBTまたはPETにより製造された歯ブラシ用毛の利点を維持し,不利
な点を排除するため,PBTまたはPET製の歯ブラシ用毛の先端に針形をなすよ
うにテーパを形成する方法が提案されていた。…(0006)」【】
ウ「まず(ⅰ)所望の長さから1∼4mm程度長い長さとなるようにPBTま,
たはPET製の線状体を切断し(ⅱ)切断された線状体の先端から約8∼9mmを,
垂直に60%∼98%の濃度で80∼200℃の硫酸溶液に浸漬し,その後線状体
,,の他端を同様に処理し(ⅲ)テーパの形成された線状体を冷水に浸漬して冷却し
(ⅳ)30∼70%の濃度の苛性ソーダまたはカリウム水酸化物溶液にテーパを形
成された線状体を浸漬し中和し(ⅴ)線状体を水洗いし(ⅵ)線状体を乾燥さ,,
せる。このようにして形成された線状体は,あたかも切削されたかのように短くさ
。れ,両端の直径は0.03mm以下となり,図4に示すように,針先のように見える
この針先のように見える形状を「高度にテーパが形成された」と称する(00。」【
10)】
エ「PBTまたはPETのこわさは,高度にテーパが形成された毛を製造する
前述した特許の技術によってかなり減少された。また,このことにより,毛は歯ブ
ラシ使用中に歯茎を傷つけなかった。さらに,歯根膜の凹部内の歯苔は,高度にテ
ーパが形成された毛によって歯ブラシ使用中に除去することができた(001。」【
1)】
オ「…高度にテーパが形成された毛は,ナイロン製の毛の適当なたわみ性に慣
れていた使用者には,あまりに軟かいと感じられた。この結果として,使用感が低
く評価されていた(0014)。」【】
カ「…高度にテーパを形成された毛の長さが11.5mmを超えると,それらは
歯ブラシの使用中に容易に変形させられる傾向があった(0016)。」【】
キ「比較例1
濃度が98%の硫酸溶液が,1000mlのビーカ内に底から1cmの高さに
なるまでサンドバス(sandbath)とともに入れられる。溶液の温度は120℃に維
持される。東レ株式会社(日本)により製造された直径が0.2mmのPBT(52
0)製毛の束は長さを30mmに切断される。前記束の一端部の8mmが前記硫酸溶液
中に鉛直に浸漬させられる。前記浸漬してから10分経過すると,2分毎に毛はピ
ンセットに引き上げられて溶かされた端部が拡大視される。浸漬から約21分経過
すると,各毛の端部は長さを短くするために溶かされる。そのとき,高度にテーパ
が形成された毛は前記溶液中より取り出される。毛は冷水によって30分間冷却さ
れる。その後,テーパが形成された毛の反対側の8mm部分に前記と同様の加工が施
される。…乾燥された毛は「辻村社(日本」製のLPB房付け機を用いることに)
より歯ブラシのヘッドに房付けされ,毛の根からの長さが8から9mmで,先端直径
が約0.01から0.03mmの高度のテーパが形成された毛を有する歯ブラシが製造
される(0040)。」【】
,(2)以上によれば,引用発明には,歯ブラシ用毛たるPBTの柔軟性を確保し
歯ブラシ使用中に歯茎を傷つけず歯根膜の凹部内の歯苔を除去するため,毛の先端
が針先のように見える形状とする,すなわち高度にテーパを形成するようにする歯
,ブラシとすること,このように高度にテーパを形成するため,上記(1)キのように
直径が0.2㎜で長さが30㎜のPBTの束の両端部の各先端から8㎜を所定の濃
度,温度の硫酸溶液に鉛直に浸漬して溶かし,2分毎に溶かされた端部を拡大視し,
浸漬から約21分経過すると各毛の端部は長さを短くするために溶かされ,毛の根
からの長さが8から9㎜で先端直径が約0.01から0.03mmの高度のテーパが形
成された毛を有する歯ブラシを製造すること,が開示されている。
したがって,引用発明においては,PBTの先端から8㎜を硫酸溶液に鉛直に浸
漬して溶かすことにより毛の先端が針先のように見える形状とするのであるから,
後記(3)の説示に照らしても,審決が,引用発明につき,テーパが形成された部分
,が先端部分から8.0㎜未満であると認定したことに誤りはないというべきであり
審決の相違点2の認定にも誤りはないというべきである。
(3)原告らの主張について
ア原告らは,引用例(甲1)には誤記があり,引用発明については,本願発明
の優先日である平成13年2月23日より1年8月後の平成14年10月25日に
手続補正書が提出され,明細書全文を対象として補正がなされているが,審決で引
用された引用例(甲1)は,本願発明の優先日前の平成11年10月26日に出願
公開された公開公報である,と主張する。
しかし,引用例(甲1)が本願発明の優先日以降に補正される前の内容を記載し
た公開公報であったとしても,かかる補正前の公開公報に記載の開示内容から引用
発明を認定することができないということにはならないから,原告らの上記主張は
主張自体失当である。
イ原告らは,本願明細書(甲2,3)の図と引用例(甲1)の図を比較してみ
ると,本願明細書(甲2,3)の先行技術1を示す図3は,歯ブラシ毛の直径「0.
2」mmの記入の有無を除いて,引用例(甲1)の図3とほとんど同一であり,本願
明細書の【0006】の記載からみても,本願明細書(甲2,3)に記載された先
行技術1とは,引用例(甲1)の【0010】に記載された技術にほかならないこ
とになると主張する。
しかし,引用例(甲1)の図3と,本願明細書(甲2,3)の先行技術1を示す
図3とがほとんど同一であったとしても,歯ブラシ毛を硫酸溶液に浸漬した長さと
いう重要な技術事項につき,本願明細書(甲2,3)の【0006】には記載がな
いのであるから,引用例(甲1)の【0010】に記載された約8∼9㎜という長
さと一致するかどうか比較することができない。したがって,原告らが指摘する事
項をもってしても,両者につき,当然に,同一技術に関する同じ事実について記載
されたものということはできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ原告らは,引用例(甲1)によれば,切断された線条体(歯ブラシ毛)を垂
直に硫酸溶液に浸漬する長さは,先端(本願発明の「末端)から約8∼9mmであ」
るのに対し,本願明細書(甲2,3)の【0006】の記載によれば,テーパリン
グされ始める位置は,末端部分から4∼10mmのところとなる,そのようになる理
由は,本願明細書(甲2,3)の【0018】中に記載されている,と主張する。
しかし,引用発明の内容は,あくまで引用例(甲1)の記載から把握される技術
内容に従って認定されるべきであり,これを本願明細書(甲2,3)の内容を参酌
して認定できるとすれば,本願明細書(甲2,3)の記載内容のみから本願発明の
進歩性を判断できることにもなりかねない。さらに,そもそも上記イに説示したよ
うに同一技術に関する同じ事実について記載されたものとはいえないにもかかわら
ず,引用例に開示される引用発明の内容を,本願発明(甲2,3)の先行技術1の
記載を参酌して認定することもできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
エ原告らは,審決が引用発明を認定した比較例1は,引用例(甲1)の【00
10】に記載された方法と基本的には同じ方法により歯ブラシ毛を製造している,
そうすると,比較例1においては,毛の束の一端の8mmを硫酸中に浸漬しているが,
テーパリングされる部分が8mm未満となるとは限らず,比較例1と基本的に同じ技
術である先行技術1において,PBT又はPET製の毛の末端から約8∼9mmを硫
酸溶液に浸漬すると,末端から4∼10mm程の高度のテーパリング部が形成される
という事実を参酌すれば,比較例1においても,一端部の8mmを硫酸溶液中に浸漬
するのであるから,約4∼10mmの高度のテーパリング部が形成されるといえる,
と主張する。
しかし,上記イ,ウに説示したとおり,歯ブラシ毛を硫酸溶液に浸漬した長さと
いう重要な技術事項につき,本願明細書(甲2,3)の【0006】には記載がな
いのであり,同一技術に関する同じ事実について記載されたものとはいえないにも
かかわらず,引用例に開示される引用発明の内容を,本願発明(甲2,3)の先行
技術1の記載を参酌して認定することはできない。また,仮に毛の束の一端の8㎜
を硫酸中に浸漬したとき,テーパリングされる部分が8㎜未満になるとは限らない
としても,前記(1)キの「…前記浸漬してから10分経過すると,2分毎に毛は,
ピンセットに引き上げられて溶かされた端部が拡大視される。浸漬から約21分経
過すると,各毛の端部は長さを短くするために溶かされる。…」との記載からも明
らかなとおり,毛の束の端部は硫酸に溶かされて短くなりかつテーパが形成される
ものであり,これを考慮すると,テーパリングされる部分は8㎜未満になるとみる
のが自然である。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
オ原告らは,審決の,毛の(束の)端部の8㎜が硫酸溶液中に浸漬されるので
あるから高度のテーパが形成される部分の長さは8㎜未満であるとの認定は,技術
的に見て誤りであるとして,その根拠について主張するが,これについて検討する
と,以下のとおりである。
(ア)原告らは,審決の「8㎜未満」の上限値についての認定は,硫酸溶液の液
面からは硫酸の蒸気が発生すること,毛の束には毛細管現象が生じるので硫酸は液
面より上昇することから,毛の束は,液面に浸漬された部分の長さ8㎜を超えて,
硫酸の影響を受けて溶かされることからすると誤りであると主張する。
しかし,硫酸溶液の液面から硫酸の蒸気が発生すること,毛の束には毛細管現象
が生じるので硫酸は液面より上昇し,毛の束は,液面に浸漬された部分の長さ8㎜
を超えて,硫酸の影響を受けて溶かされることを前提にしても,上記エの説示に照
らせば,高度のテーパが形成される部分の長さが8㎜未満になるとみるのが自然で
あるから,原告らの上記主張は採用できない。
(イ)原告らは「8㎜未満」とは,下限が0まで含む認定であるが,テーパが,
形成される部分が,例えば,末端部分に極めて近い短い長さである場合を考えてみ
ると,硫酸溶液中に浸漬させる毛の先端(末端)部分の長さ8㎜からいたずらに材
料を損失するだけのことになるので,そのように短い長さの場合は,想定されてい
ないと考えられる,仮に,テーパ部分の長さが0㎜に近い長さのものを製造する場
合,硫酸溶液中に浸漬させる毛の先端(末端)部分の長さを8㎜とすることはなく,
もっと短くするのが技術常識であると主張する。
しかし,前記(1)ウによれば,両端の直径が0.03㎜以下の針先のように見える
テーパを形成するために,所望の長さから1∼4㎜程度長い長さとなるように線状
体を切断し,この線状体の先端部を硫酸溶液に浸漬することが行われており,これ
によれば,毛の先端部分を硫酸溶液に浸漬してテーパを形成する方法では,所望の
テーパを形成するために,毛の先端部分のある程度の長さをあえて損失させている
ということができる。そうすると,毛の先端の短い長さにテーパを形成する場合に
おいて,浸漬した毛の長い部分が損失されることがいたずらに材料を損失するだけ
のことということはできない。また,前記(1)キにおいても,PBTの束の溶かさ
れ具合,テーパの形成のされ具合は必ずしも均一でないことが記載されているとこ
ろ,硫酸溶液の濃度や温度(前記(1)キでは98%,120℃と設定,毛を浸漬)
してからピンセットでの毛の引き上げ開始までの時間(前記(1)キでは10分と設
定,ピンセットでの毛の引き上げの時間間隔(前記(1)キでは2分毎と設定,浸))
漬してから,各毛の端部の長さを短くするために溶かされるようにするまでの時間
(前記(1)キでは21分と設定)を適宜調整するとともに,硫酸溶液中に浸漬させ
る毛の先端(末端)部分の長さをどのような長さにするかにより,テーパが形成さ
れ具合も左右されると考えられる。そうすると,たとえテーパ部分の長さが短いも
のを製造する場合であっても,そのような場合には当然に硫酸溶液中に浸漬させる
毛の先端(末端)部分の長さが短ければ短いほどPBTの束において所望の高度の
テーパが形成された毛が形成されやすいとする根拠はないというべきであるから,
テーパ部分の長さが0㎜に近い長さのものを製造する場合,硫酸溶液中に浸漬させ
る毛の先端(末端)部分の長さを8㎜とすることはなくもっと短くするのが技術常
識であるということもできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
(ウ)原告らは,引用例(甲1)の比較例1において,硫酸溶液に浸漬されるこ
とにより失われる長さは最大で4㎜程度であり,それゆえ高度のテーパが形成され
た部分の長さは,最短でも4㎜程度であるものと認められ,これより短い場合は,
想定されていないと主張する。
しかし,たとえ引用例(甲1)に「所望の長さから1∼4㎜程度長い長さとなる
ようにPBTまたはPET製の線状体を切断し」という記載が存したとしても,,
あくまで「程度」という記載であり,また,この記載は,引用例(甲1)中の,大
韓民国特許第130932号の技術に関するものであり,比較例1として記載され
たものと同一技術に関する同じ事実であるということはできない。そうすると,比
較例1において,損失される長さは最大で4㎜程度ということはできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
カ原告らは,引用例(甲1)に記載された事項について,出願後に頒布された
別の刊行物の記載を参酌して事実を認定することは許され,裁判例にも,出願時以
降の刊行物中に出願前の技術に関する記述があるという理由により,これを出願前
の技術水準を認定する資料とした事例もある,本願明細書(甲2,3)に記載され
た先行技術1は,引用発明に関するものであるから,引用発明の認定に際して,こ
れを参酌することは許されると主張する。
しかし,前記イ,ウに説示したとおり,引用発明の内容は,あくまで引用例(甲
1)の記載から把握される技術内容に従って認定されるべきであり,これを本願明
細書(甲2,3)の内容を参酌して認定できるとすれば,本願明細書(甲2,3)
の記載内容のみから本願発明の進歩性を判断できることにもなりかねず,さらに,
そもそも本願明細書(甲2,3)に記載された先行技術1と引用発明とを当然に同
一の技術ということはできないにもかかわらず,引用例に開示される引用発明の内
容を,本願発明(甲2,3)の先行技術1の記載を参酌して認定することもできな
いのであって,このことと,出願時以降の刊行物中に出願前の技術に関する記述が
ある場合にこれを出願前の技術水準を認定する資料とすることとは全く別の事項で
ある。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
(4)よって,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
(1)前記1(1)ア,イ,エによれば,引用例(甲1)には,歯ブラシ用のPBT
の毛の先端にテーパを形成することにより柔軟性が付与されることが記載されてい
る。一方,前記(1)オ,カによれば,引用例(甲1)には,高度にテーパが形成さ
れたPBTの毛は,使用者にとってあまりに軟らかいと感じられ,その長さが長い
と,歯ブラシの使用中に容易に変形させられることが記載されている。
そうすると,これらの記載に接した当業者が,歯ブラシ用のPBTの毛に適度の
柔軟性を付与させて良好な歯ブラシ感を持たせるために,テーパリングされた部分
の長さを,引用発明の「8.0㎜未満」という数値内において,例えば本願発明の
ように「2.8㎜∼3.0㎜未満」程度と短めに設定し,歯ブラシ毛の上記の問題点
を解決しようとすることは困難なことではないというべきである。
しかも,本願発明において,末端部分の直径やテーパリングされた部分の長さの
ほか,歯ブラシ毛の柔軟性,歯ブラシ感を大きく左右すると考えられる歯ブラシ毛
の全長,その根元付近の直径等についての特定はないから,テーパリングされた部
分の長さがある特定の範囲であることのみをもって上記柔軟性等の決め手になるこ
との根拠がなく,また「現代材料力学(平修二監修,株式会社オーム社,昭和,」
47年,5頁及び48頁∼53頁〔乙1)によれば,材料力学上のはりの曲げ剛〕
性は,断面円形のテーパ状のはりの場合,テーパ部分の長さに応じて連続的に変化
する断面直径に応じて変化することが認められるから,歯ブラシ毛の上記柔軟性等
は,テーパリングされた長さに応じて連続的に変化するとみるのが自然である。し
かるに,本願明細書(甲2,3)において「2.8㎜∼3.0㎜未満」との数値と,
した根拠や技術的意義は何ら記載されていない。
以上によれば,本願発明のように歯ブラシ毛のテーパリングされた長さを「2.
8㎜∼3.0㎜未満」程度に設定することは当業者が容易に想到できる事項である
といわざるを得ず,審決の相違点2の判断に誤りはないというべきである。
(2)原告らの主張について
ア原告らは,引用例(甲1)には,本願発明の「2.8mm∼3.0mm未満」の数
値範囲内の長さを示唆するような記載は一切ないから,微妙な数値が問題となる歯
ブラシの技術分野においては「4∼10mm程度」の数値範囲内の長さから上記の,
範囲内の長さが容易想到であるとすることはできないと主張する。
しかし,原告らの上記主張は,引用発明における歯ブラシ毛のテーパリングされ
た部分の末端からの長さが「約4∼10mm」であると認定できることを前提とする
ものであるところ,前記1に説示したとおり,引用発明におけるその長さは「約4
∼10mm」と認定できるものではないから,原告らの主張はその前提を欠くもので
ある。
イ原告らは,審決の認定した相違点2を前提として考えてみると,審決は,要
するに「8mm未満」という数値範囲から,その中に含まれる「2.8mm∼3.0mm,
未満」という数値範囲を選択したことの容易想到性をいうものと解さざるを得ない
として,その根拠について主張するが,これについて検討すると,以下のとおりで
ある。
(ア)原告らは,審決は「また,材料力学に基づく技術常識からみて,歯ブラシ
に用いられる毛(歯ブラシ毛)の強度はテーパ部分の長さに応じて連続的に変化す
ることが明らかであるから,本願発明で特定されている『2.8mm∼3.0mm未満』
という数値範囲に臨界的意義があるものとも認められない(6頁1行∼4行)。」
とするが,意味不明であり,強度と剛性(こわさ)を混同していると主張する。
確かに「機械工学事典(社団法人日本機械学会,1997年,868頁〔甲,」
9)によれば「強度(」とは「外部負荷に対する抵抗力」のことであ〕,),strength
り「引起される現象の駆動力が応力の場合,その限界値で表される」ものである,
こと「材料力学要論(ティモシェンコほか著,株式会社コロナ社,昭和42年,,」
32頁∼35頁〔甲10)によれば,材料が破壊に至る際の最大引張応力が極限〕
強さ()であることが認められる。しかし,審決のいう「強ultimatestrength
度」は「こわさ「柔軟性」等のことばに正されるべきとしても「8mm未満」と」,
いう数値範囲から,その中に含まれる「2.8mm∼3.0mm未満」という数値範囲を
選択したことの容易想到性の検討に影響を与えることはないというべきであるから,
この点における誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(イ)原告らは,審決は「本願発明で特定されている『2.8mm∼3.0mm未満』
という数値範囲に臨界的意義があるものとも認められない」とするが,その前に。
記載された「材料力学に基づく技術常識からみて,歯ブラシに用いられる毛(歯ブ
ラシ毛)の強度はテーパ部分の長さに応じて連続的に変化することが明らかである
から」との前後関係が意味をなしていないと主張する。
しかし「強度」ということばは「こわさ「柔軟性」等のことばに正されるべ,」
きとしても,前記(1)に説示したとおり「現代材料力学(平修二監修,株式会社,」
オーム社,昭和47年,5頁及び48頁∼53頁〔乙1)によれば,材料力学上〕
のはりの曲げ剛性は,断面円形のテーパ状のはりの場合,テーパ部分の長さに応じ
て連続的に変化する断面直径に応じて変化することが認められるから,歯ブラシ毛
の柔軟性は,テーパリングされた長さに応じて連続的に変化するとみるのが自然で
あって,このことは「2.8mm∼3.0mm未満」という数値範囲に臨界的意義があ,
ると認められないとの審決の認定を導く根拠となり得るものである。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
(3)よって,取消事由2は理由がない。
3取消事由3(本願発明の奏する顕著な効果の看過)について
(1)原告らは,審決が引用発明の認定を誤っていることを前提として,本願発
明が,弾力性,柔軟性,歯ブラシ感,歯石除去能力などにおいて優れた特性を示す
ものであることを主張する。しかし,審決に引用発明の認定誤りが認められないこ
とは,前記1に説示したとおりであるから,かかる主張は,そもそもその前提を欠
くものである。
(2)また原告らは,本願発明は,歯ブラシ毛の「末端部分から2.8㎜∼3.0
㎜未満」という,歯茎に直接的に接触するこの限定された短い長さの部分のみに柔
軟性を付与することを特徴とするものであり,これにより,歯ブラシ感の改良と歯
茎の損傷の防止,不良率の低下,材料の損失の防止,歯周ポケット内の歯石除去の
適合性等についても,優れた効果を奏すると主張する。
しかし,前記2(1)の説示に照らせば,歯ブラシ毛の柔軟性等は,テーパリング
された長さに応じて連続的に変化するとみるのが自然であるし,本願明細書(甲2,
3)を精査しても,歯ブラシ毛につき,歯茎に直接的に接触する程度に短い長さを
テーパリングすることが,それより長い長さをテーパリングすることと比べて,歯
ブラシ感の改良等の点において特に優れ,格別の作用効果を有するという根拠は見
いだせない。そうすると,前記2(1)の説示に照らし,本願発明が,歯ブラシ毛の
「末端部分から2.8㎜∼3.0㎜未満」という部分に柔軟性を付与することにより,
他の部分に柔軟性を付与した場合と比較して,歯ブラシ感の改良と歯茎の損傷の防
止,不良率の低下,材料の損失の防止,歯周ポケット内の歯石除去の適合性等につ
いて,進歩性が肯定されるような優れた効果を奏するということはできない。
以上によれば,原告らの上記主張は採用することができない。
(3)よって,取消事由3は理由がない。
4結語
以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
本多知成
裁判官
田中孝一

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