弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人大橋光雄の上告理由第一点ないし第五点について。
 原審は、本件運送品の一部である本件タイルの九五パーセントが、その船積後荷
揚前にも運送人である上告人またはその使用する者の取扱中に損傷をこうむつた旨
の事実(以下単に「運送中の損傷である旨の事実」という。)を認定したのである
が、原判文によれば、右の事実認定は次の三つの観点からされていることが、明ら
かに看取される。すなわち、(一)本件タイルの荷受人であり、船荷証券所持人であ
つた訴外D(以下単にDという。)は、本件タイルの受取の日(一九五九年(昭和
三四年)一〇月二二日)から三日以内である同月二三日に、上告人のA代理店あて
の書面により本件タイルの損傷を通知し、その通知書は国際海上物品運送法一二条
一項所定の要件を充足するものであるから、同条二項に定める推定が働くことなく、
本件タイルが損傷なくDに引き渡されたものと推定することはできないとし、(二)
次いで、上告人が本件船荷証券に「運送品を外観上良好な状態で船積した」旨を記
載したにもかかわらず、荷揚当時には相当数の荷造箱その他の包につき外部からも
中味のタイルが破損している異常を認めうる状態にあつたから、かような場合には、
特段の事情が認められないかぎり、中味の本件タイルの損傷はすべて運送人たる上
告人の取扱中に生じたものと推定すべきであるとし、(三)さらに、原判決二二枚目
裏六行目ないし二三枚目表四行目に挙示する証拠と弁論の全趣旨とを総合して、直
接、前示の「運送中の損傷である旨の事実」を認定しているのである。
 そこで、論旨について、右の三つの観点に則して順次考察する。
 まず、(一)について審按するに、国際海上物品運送法一二条一項の規定によれば、
荷受人または船荷証券所持人(以下単に荷受人等という。)が運送品に損傷があつ
た場合に運送人に対して発する通知書には、「損傷の概況」を記載しなければなら
ないこととなつている。これは、荷受人等は運送品の受取に際して運送品の点検を
するのが通例であり、運送品に異常があるときは通知書に基づき運送人をして証拠
の保全その他の善後策を講じさせる趣旨に出たものであるから、右通知書には、必
ず、荷受人等が運送品の点検をした結果知りえたその損傷の種類および程度の概略
が「損傷の概況」として記載されなければならないものと解するのを相当とする。
運送品がタイルであり、また荷造されている運送品であるからといつて、別異に解
すべき理由はない。ところが、原審の認定するところによれば、本件通知書(甲第
三号証はその写である。)には、本件運送品の損傷につきその概況というほどの具
体的記載はなく(甲第三号証によれば、本件運送品の本件タイルの損傷であるか、
その他の運送品の損傷であるかの記載すらないことが窺われる。)、ただその際予
定されていたE代理店の損害検査に立会いを求める旨の記載があるにすぎない、と
いうのである。したがつて、本件通知書は「損傷の概況」の記載を欠くものという
べく、原審は他に同条一項所定の通知があつたことを認定していないのであるから、
その通知がなかつたものとして、同条二項の規定により本件タイルを含む本件運送
品は損傷なくDに引き渡されたものと推定すべきである。右と見解を異にする原審
の判断には、誤つて同条を解釈した違法があるものといわなければならない。
 なお、原判決は、Dが本件運送品の引渡を受けた当時、相当数の荷造箱その他の
包につき外部からも中味のタイルが破損している異常を認めうる状態にあつたとい
う事実を認定しているが、この認定の当否についてはしばらく措くとして、もしそ
のような事実があつたとするならば、Dは、同条一項但書所定の期間をおくまでも
なく、本件運送品の受取の際直ちに上告人に対して同条一項本文所定の通知書を発
しなければならなかつたはずである。しかるに、原審の認定するところによれば、
本件運送品は一九五九年一〇月二二日Dを代理するF株式会社によつて受け取られ、
Dが右通知書を発したのは翌二三日であつたというのであるから、本件通知書が本
件運送品の受取の際発せれたものでないという点においても、同条一項所定の通知
がなかつたものというべきである。原判決は、一方において、Dが本件運送品の引
渡を受けた当時、外部からも中味のタイルが破損している異常を認めうる状態にあ
つたという事実を認定しながら、他方において、その翌日に右通知書が発せられた
ことをもつて同条一項所定の通知があつたとしているのであるから、この点におい
て、理由にくいちがいがあるものといわなければならない。
 次に、(二)について審按するに、船荷証券上の「運送品を外観上良好な状態で船
積した」旨の記載は、国際海上物品運送法七条一項三号所定の記載であつて、運送
品が包装ないし荷造されていて運送品自体を外部から見ることができない場合にお
いては、右包装ないし荷造が外観上異常がなく、かつ、運送品を目的地に運送する
に十分な状態であるとともに、運送品そのものが相当な注意をもつてしても外部か
らはなんらの異常も感知できない状態であることを運送人が認めたものではあるが、
進んでそれ以上運送人において相当の注意をしても外部から感知できない運送品そ
のものの状態に異常がないことまでも承認するものでないことは、原判決の判示す
るとおりであり、また、右のような記載のある船荷証券の所持人において荷揚当時
外部から運送品そのものにつき損傷等の異常を認めうる状態にあつたときは、特段
の事情がないかぎり、運送品そのものの損傷等の異常が運送人の運送品取扱中に生
じたものと推定することができることも、原判決の判示するとおりである。ところ
で、原審は、甲第三号証、甲第五号証および甲第七号証によつて、本件運送品の引
渡当時(荷揚当時の趣旨と解せられる。)、相当数の荷造箱その他の包につき外部
からも中味のタイルが破損している異常を認めうる状態にあつたとの事実を認定し
ているのであるが、右認定は、たやすく首肯することができない。すなわち、甲第
七号証は、一九五九年一〇月二六日にE代理店の検査員が本件運送品の検査をした
損害検査報告書であるが、右報告書には、本件運送品が検査の場所に持ち込まれた
際の荷造の外部的状態として、外観上良好(apparently sound)
との記載があるのであつて、この記載は、本件船荷証券上の外観上良好な状態で(
in apparent good order and condition)
との記載とその趣旨において異なるものではないと解するのが相当であり、原判示
の右報告書中の他の記載を考慮しても、これと別異に解すべき理由はないというべ
きである。そして、甲第五号証は、F株式会社名義の本件運送品の倉庫受取書であ
るが、その作成日付は一九五九年一〇月二六日であつて、E代理店の検査員が本件
運送品を検査した日と同日であり、また、その記載自体からは、必ずしも荷揚当時
(同月二二日)本件運送品のうち本件タイルが破損している異常を外部から認めう
る状態にあつたと即断することはできない。さらに、甲第三号証は、前示のように
Dの発した損害通知書であるが、これには損害の概況の記載がなく、また本件運送
品のうち本件タイルにつき損傷があつた旨の記載もないことは前示のとおりである
から、同号証によつても、荷揚当時外部から本件タイルが破損している異常を認め
うる状態にあつたとすることはできない。したがつて、原審は、甲第七号証の記載
の趣旨を誤解し、ひいて証拠によらないで違法に事実を認定したことに帰するもの
というべく、また、本件タイルの損傷が上告人の取扱中に生じたものと推定するこ
ともできないといわざるをえない。
 もとより、船荷証券上に「運送品を外観上良好な状態で船積した」旨の記載があ
り、かつ、同様の状態で荷揚された場合においても、包装ないし荷造された運送品
について荷揚当時中味の損傷していることがありうべきであるが、この場合には、
その損傷による損害賠償を請求する側において、運送品そのものが健全な状態で船
積されたことを立証しなければならないものと解すべきところ、原審は右事実を認
定していないのであるから、この点からみても、本件タイルの損傷が上告人または
その使用する者の取扱中に生じたものとすることはできないのである。
 さらに、(三)について審按するに、前記の原判決挙示の証拠および弁論の全趣旨
によつて原審が認定した事実は、きわめて概括的に本件タイルの九五パーセントが、
その船積後荷揚前に、運送人である上告人またはその使用する者の取扱中に損傷を
こうむつたというのみであつて、その損傷を生じた原因を具体的に認定するもので
はないから、少なくとも、前示の証拠および弁論の全趣旨から、本件タイルが健全
な状態で船積されたことおよび本件タイルが損傷して荷揚されたことを窺い知るこ
とができなければならないところ、前示の証拠および弁論の全趣旨のうちには、本
件タイルが健全な状態で船積されたことを認めしめるものがないのである。したが
つて、原審が前示の証拠および弁論の全趣旨によつて、前示の「運送中の損傷であ
る旨の事実」を直接認定したことには、経験則に反した違法があるものといわなけ
ればならない。
 そして、債務不履行に基づく損害賠償を請求する訴訟における一般原則に従うと
きは、本件のような国際海上物品運送契約における運送人の債務不履行による損害
賠償請求訴訟においても、運送品の損傷が運送人の船積後荷揚前に生じたことの立
証責任は、債権者の側にあるものと解するのを相当とするから(本来、債権者は運
送品の損傷が運送人の受取後引渡前に生じたことの立証責任を負うのであるが、本
件では、船荷証券に、運送品の船積前荷揚後に生じた損傷については運送人が免責
される旨の約款が記載されていることは原審の認定するところであり、右約款は同
法一五条三項の規定により有効であるから、債権者は運送品の損傷が船積後荷揚前
に生じたことの立証責任を負うに帰するのである。)、前示の「運送中の損傷であ
る旨の事実」が認められないことによる不利益は、被上告人の負担に帰すべきもの
である。したがつて、前記の違法は、被上告人の本訴請求を認容すべきものとした
原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由
があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、原
審においてさらに審理を尽くさせるのを相当とするから、本件を東京高等裁判所に
差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決す
る。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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