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令和2年12月24日判決言渡
令和2年(行ケ)第10023号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年11月10日
判決
原告株式会社タカギ
訴訟代理人弁護士藤本英二
富永夕子
金順雅
訴訟代理人弁理士藤本英夫
西村幸城
株式会社ゴールドウインテクニカルセンター訴訟承継人
被告株式会社ゴールドウイン
被告トラタニ株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士今西康訓
宇津呂修
渡邉りつ子
細場健太
上記両名訴訟代理人弁理士鈴江正二
木村俊之
吉村哲郎
渡辺容子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2018-800085号事件について令和2年1月16日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)株式会社ゴールドウインテクニカルセンター(以下「ゴールドウインテク
ニカルセンター」という。)と被告トラタニ株式会社(以下「被告トラタニ」
という。)は,発明の名称を「下肢用衣料」とする発明について,平成17
年8月22日を国際出願日とする特許出願(特願2007-514943号。
以下「本件出願」という。)をし,平成20年11月7日,特許権の設定登
録(特許第4213194号。請求項の数5。以下「本件特許」といい,本
件特許に係る特許権を「本件特許権」という。という。)を受けた(甲1,
乙1)。
(2)原告は,平成30年7月10日,本件特許について特許無効審判を請求し
た。
特許庁は,上記請求を無効2018-800085号事件として審理を行
い,令和2年1月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達
された。
(3)原告は,令和2年2月21日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
被告株式会社ゴールドウインは,同年4月1日,ゴールドウインテクニカ
ルセンターの吸収合併により,ゴールドウインテクニカルセンターの本件特
許権の持分権を承継し,その旨の持分移転登録(受付日同年6月11日。乙
1)を経由した後,本件訴訟におけるゴールドウインテクニカルセンターの
訴訟上の地位を承継した。
(4)ア被告トラタニは,平成26年8月13日,原告及び株式会社名古屋タカ
ギ(以下「名古屋タカギ」という。)によるショーツの製造及び販売が本
件特許権の侵害に当たる旨主張して,原告及び名古屋タカギに対し,上記
ショーツの製造,販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,本件特許権
侵害の不法行為に基づく損害賠償として原告につき1億2350万26
10円,名古屋タカギにつき3002万3136円及び遅延損害金の支払
を求める訴訟(大阪地方裁判所平成26年(ワ)第7604号事件。以下
「関連侵害訴訟」という。)を提起した。
大阪地方裁判所は,平成30年3月12日,被告トラタニの上記差止等
請求を損害賠償請求の一部を認容する旨の判決(以下「別件1審判決」と
いう。甲10)を言い渡した。
被告トラタニ,原告及び名古屋タカギは,別件1審判決を不服として控
訴(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10031号事件)を提起し
たが,知的財産高等裁判所は,同年11月20日,被告トラタニ,原告及
び名古屋タカギの各控訴を棄却する旨の判決(以下「別件控訴審判決」と
いう。甲69)を言い渡した。
被告トラタニ及び名古屋タカギは,別件控訴審判決を不服として,上告
及び上告受理の申立て(最高裁判所平成31年(オ)第448号,同年(受)
第542号)をしたが,最高裁判所は,令和元年10月31日,上告棄却
及び上告受理の申立てを受理しない旨の決定をし,別件1審判決は,確定
した。
イ原告は,関連侵害訴訟が係属中の平成27年7月17日,本件特許につ
いて特許無効審判(無効2015-800152号事件。以下「別件無効
審判」という。)を請求した。
特許庁は,平成28年2月16日,別件無効審判の請求は成り立たない
旨の審決(以下「別件審決」という。甲11)をし,その後,別件審決は,
確定した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5の記載は,次のとおりである
(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件発明1」などと
いう。甲1)。
【請求項1】
大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた前身
頃と,この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形成部に
連続する足刳り形成部を有した後身頃と,前記前身頃と前記後身頃の各足刳り
形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有し,前記前身頃の足刳
り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し,前記後身頃の足刳り形成部
の下端縁は臀部の下端付近に位置し,前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳
り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし,前記足刳り形成部の湾曲部分
の幅よりも前記山の幅を広く形成し,取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツ
が前記前身頃に対して前方に突出する形状となることを特徴とする下肢用衣料。
【請求項2】
前記後身頃のウエスト部から股部までの長さは,前記前身頃のウエスト部か
ら股部までの長さよりも長く形成され,前記大腿部パーツに大腿部を挿入した
状態において,大腿部が前身頃に対して前方に突出した状態で,前記後身頃に
大きな張力が掛からない形状であることを特徴とする請求項1記載の下肢用衣
料。
【請求項3】
前記足刳り形成部は,身体の転子点付近から腸骨棘点付近を通り股底点脇付
近に至る湾曲した足刳り部分と,前記転子点付近から股底点脇まで膨らんだ曲
線で臀部裾ラインを包み込み,且つ臀部裾部分に密着する形状であることを特
徴とする請求項1記載の下肢用衣料。
【請求項4】
前記大腿部パーツは,裾部で折り返された1枚の生地の両側縁部が互いに重
ねられ,前記前身頃の足刳り形成部と前記後身頃の足刳り形成部とに積層状態
で接続され,前記大腿部パーツの折り重ねられた生地同士が相対的に摺動可能
に形成されていることを特徴とする請求項1記載の下肢用衣料。
【請求項5】
前記大腿部パーツは,股下から踝付近までの間の適宜の長さに形成されてい
ることを特徴とする請求項1記載の下肢用衣料。
3本件審決の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。
その要旨は,原告(請求人)が主張する①本件発明1ないし5についての
本件出願前に公然実施をされた品番「GT5681/UN5681Mサイ
ズ」の下肢用衣料(以下「先行製品A」という。)に係る発明を主引用例と
する新規性の欠如(無効理由1-A1)及び進歩性の欠如(無効理由1-A
2及び1-A3),本件出願前に公然実施をされた品番「D296ONM
サイズ」の下肢用衣料(以下「先行製品B」という。)に係る発明を主引用
例とする進歩性の欠如(無効理由1-B1及び1-B2),本件出願前に公
然実施をされた品番「D346UNMサイズ」の下肢用衣料(以下「先行
製品C」という。)に係る発明を主引用例とする新規性の欠如(無効理由1
-C1)及び進歩性の欠如(無効理由1-C2及び1-C3),②明確性要
件違反(無効理由2-1,2-2及び5-1),③サポート要件違反(無効
理由3,4及び5-2),④実施可能要件違反(無効理由6,7-2及び7
-3),④特許法29条1項柱書違反(無効理由7-1)の無効理由は,い
ずれも理由がないというものである。
なお,本件審決は,上記無効理由の判断に当たり,本件発明1ないし5の
構成要件を次のとおり分説した。
(本件発明1)
A大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた
前身頃と,
Bこの前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形成部に
連続する足刳り形成部を有した後身頃と,
C前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する
大腿部パーツとを有し,
D前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し,
E前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
F前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さより
も低い形状とし,
G前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し,
H取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突
出する形状となることを特徴とする
I下肢用衣料。
(本件発明2)
J前記後身頃のウエスト部から股部までの長さは,前記前身頃のウエスト
部から股部までの長さよりも長く形成され,前記大腿部パーツに大腿部を
挿入した状態において,大腿部が前身頃に対して前方に突出した状態で,
前記後身頃に大きな張力が掛からない形状であることを特徴とする請求
項1記載の下肢用衣料。
(本件発明3)
K前記足刳り形成部は,身体の転子点付近から腸骨棘点付近を通り股底点
脇付近に至る湾曲した足刳り部分と,前記転子点付近から股底点脇まで膨
らんだ曲線で臀部裾ラインを包み込み,且つ臀部裾部分に密着する形状で
あることを特徴とする請求項1記載の下肢用衣料。
(本件発明4)
L前記大腿部パーツは,裾部で折り返された1枚の生地の両側縁部が互い
に重ねられ,前記前身頃の足刳り形成部と前記後身頃の足刳り形成部とに
積層状態で接続され,前記大腿部パーツの折り重ねられた生地同士が相対
的に摺動可能に形成されていることを特徴とする請求項1記載の下肢用
衣料。
(本件発明5)
M前記大腿部パーツは,股下から踝付近までの間の適宜の長さに形成され
ていることを特徴とする請求項1記載の下肢用衣料。
⑵本件審決が認定した先行製品Aに係る発明(以下「先行発明A」という。),
本件発明1と先行発明Aの一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア先行発明A
a-1大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を
備えた前身頃と,
b-1前身頃に接続され臀部を覆うとともに,前身頃の足刳り形成部に
連続する足刳り形成部を有した脇身頃と,脇身頃に接続され臀部を
覆う後身頃と,
c-1前身頃と脇身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する
足口レースを有し,
d-1前身頃及び脇身頃によって構成される足刳り形成部の湾曲した
頂点があり,
e-1脇身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
f-1足口レースには山があり,
h-1足口レースは取り付け状態で筒状である,
i-1ショーツ(GT5681/UN5681Mサイズ)。
イ本件発明1と先行発明Aの一致点及び相違点
(一致点A)
「A-1大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成
部を備えた前身頃と,
B-1前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形
成部に連続する足刳り形成部を有した身頃パーツと,
C-1前記前身頃と前記身頃パーツの各足刳り形成部に接続され大
腿部が挿通する大腿部パーツとを有し,
D-1足刳り形成部の湾曲した頂点があり,
E-1前記身頃パーツの足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位
置し,
F-1大腿部パーツに山があり,
H-1取り付け状態で筒状の大腿部パーツである,
I-1下肢用衣料。」である点。
(相違点A-1)
本件発明1の構成要件Bにつき,本件発明1は,「後身頃」が「足刳り
形成部」を有したものであるのに対して,先行発明Aは,足刳り形成部は
脇身頃に形成されており,後身頃には足刳り形成部が形成されていない点。
(相違点A-2)
本件発明1の構成要件Cにつき,本件発明1は,大腿部パーツが「前記
前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され」るものであるのに対し
て,先行発明Aは,足口レースが前身頃と脇身頃の各足刳り形成部に接続
されるものである点。
(相違点A-3)
本件発明1の構成要件Dにつき,本件発明1は,「前記前身頃の足刳り
形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」ているのに対して,先行
発明Aは,足刳り形成部の湾曲した頂点が前身頃にあるのか脇身頃にある
のかが不明であり,また,立位着用状態での足刳り形成部の湾曲した頂点
の位置と腸骨棘点との位置関係がどのようになっているかが不明である
点。
(相違点A-4)
本件発明1の構成要件Fにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツの
山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」てい
るのに対して,先行発明Aは,足口レースの山の高さと,前身頃及び脇身
頃で形成される足刳り形成部の前側の湾曲深さがどのような関係になっ
ているか不明である点。
(相違点A-5)
本件発明1の構成要件Gにつき,本件発明1は,「前記足刳り形成部の
湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」ているのに対して,先行発
明Aは,前身頃及び脇身頃で形成される足刳り形成部の湾曲部分の幅と,
足口レースの山の幅の関係が,縫い付けられる全ての箇所においてどのよ
うになっているか不明である点。
(相違点A-6)
本件発明1の構成要件Hにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツが
前記前身頃に対して前方に突出する形状」となっているのに対して,先行
発明Aは,足口レースが前身頃に対して前方に突出する形状となっている
か否かが不明である点。
⑶本件審決が認定した先行製品Bに係る発明(以下「先行発明B」という。),
本件発明1と先行発明Bの一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア先行発明B
a-2前身頃と,
b-2後身頃は,大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳
り形成部を備えるとともに前身頃に接続され臀部を覆い,
c-2後身頃の足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する足口レース
を有し,
d-2後身頃によって構成される足刳り形成部の湾曲した頂点があり,
e-2後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
f-2足口レースには山があり,
h-2足口レースは取り付け状態で筒状である,
i-2ショーツ(D296ONMサイズ)。
イ本件発明1と先行発明Bの一致点及び相違点
(一致点B)
「A-2前身頃と,
B-2この前身頃に接続され臀部を覆うとともに足刳り形成部を有し
た後身頃と,
C-2足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有
し,
D-2足刳り形成部の湾曲した頂点があり,
E-2前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
F-2大腿部パーツに山があり,
H-2取り付け状態で筒状の大腿部パーツである,
I-2下肢用衣料。」である点。
(相違点B-1)
本件発明1の構成要件Aにつき,本件発明1は,「大腿部が挿通する開
口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた前身頃」であるのに対
して,先行発明Bは,足刳り形成部は後身頃のみに形成されており,前身
頃には足刳り形成部が形成されていない点。
(相違点B-2)
本件発明1の構成要件Bにつき,本件発明1は,「前記前身頃の足刳り
形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃」であるのに対して,先行
発明Bは,前身頃に足刳り形成部がないため連続していない点。
(相違点B-3)
本件発明1の構成要件Cにつき,本件発明1は,大腿部パーツが「前記
前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され」るものであるのに対し
て,先行発明Bは,前身頃に足刳り形成部がなく,足口レースが後身頃の
足刳り形成部にのみ接続されるものである点。
(相違点B-4)
本件発明1の構成要件Dにつき,本件発明1は,「前記前身頃の足刳り
形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」ているのに対して,先行
発明Bは,前身頃に足刳り形成部がなく,また,立位着用状態での足刳り
形成部の湾曲した頂点の位置と腸骨棘点との位置関係がどのようになっ
ているかが不明である点。
(相違点B-5)
本件発明1の構成要件Fにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツの
山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」てい
るのに対して,先行発明Bは,足口レースの山の高さと,足刳り形成部の
前側の湾曲深さがどのような関係になっているか不明である点。
(相違点B-6)
本件発明1の構成要件Gにつき,本件発明1は,「前記足刳り形成部の
湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」ているのに対して,先行発
明Bは,足刳り形成部の湾曲部分の幅と,足口レースの山の幅の関係が,
縫い付けられる全ての箇所においてどのようになっているか不明である
点。
(相違点B-7)
本件発明1の構成要件Hにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツが
前記前身頃に対して前方に突出する形状」となっているのに対して,先行
発明Bは,足口レースが前身頃に対して前方に突出する形状となっている
か否かが不明である点。
⑷本件審決が認定した先行製品Cに係る発明(以下「先行発明C」という。),
本件発明1と先行発明Cの一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア先行発明C
a-3大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部
を備えた前身頃と,
b-3この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り
形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と,
c-3前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が
挿通する足口レースとを有し,
d-3前身頃及び後身頃によって構成される足刳り形成部の湾曲した
頂点があり,
e-3後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
f-3足口レースには山があり,
h-3足口レースは取り付け状態で筒状である,
i-3ショーツ(D346UNMサイズ)。
イ本件発明1と先行発明Cの一致点及び相違点
(一致点C)
「A-3大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成
部を備えた前身頃と,
B-3この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り
形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と,
C-3前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が
挿通する大腿部パーツとを有し,
D-3足刳り形成部の湾曲した頂点があり,
E-3前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,
F-3大腿部パーツに山があり,
H-3取り付け状態で筒状の大腿部パーツである
I-3下肢用衣料。」である点。
(相違点C-1)
本件発明1の構成要件Dにつき,本件発明1は,「前記前身頃の足刳り
形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」ているのに対して,先行
発明Cは,足刳り形成部の湾曲した頂点が前身頃にあるのか後身頃にある
のかが不明であり,また,立位着用状態での足刳り形成部の湾曲した頂点
の位置と腸骨棘点との位置関係がどのようになっているかが不明である
点。
(相違点C-2)
本件発明1の構成要件Fにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツの
山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」てい
るのに対して,先行発明Cは,足口レースの山の高さと,前身頃及び後身
頃で形成される足刳り形成部の前側の湾曲深さがどのような関係になっ
ているか不明である点。
(相違点C-3)
本件発明1の構成要件Gにつき,本件発明1は,「前記足刳り形成部の
湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」ているのに対して,先行発
明Cは,前身頃及び後身頃で形成される足刳り形成部の湾曲部分の幅と,
足口レースの山の幅の関係が,縫い付けられる全ての箇所においてどのよ
うになっているか不明である点。
(相違点C-4)
本件発明1の構成要件Hにつき,本件発明1は,「前記大腿部パーツが
前記前身頃に対して前方に突出する形状」となっているのに対して,先行
発明Cは,足口レースが前身頃に対して前方に突出する形状となっている
か否かが不明である点。
第3当事者の主張
1取消事由1-1(1)(本件発明1ないし5についての先行発明A(公然実施発
明)を主引用例とする新規性の判断の誤り)(無効理由1-A1関係)
(1)原告の主張
本件審決は,①先行製品Aが本件出願前に販売されたことを認めるに足り
る証拠はないから,先行製品Aに係る発明(先行発明A)は,本件出願前に
日本国内又は外国において公然実施されたものと認められない,②仮に先行
発明Aが本件出願前に公然実施されていたとしても,先行発明Aは,相違点
A-3に係る本件発明1の構成(「前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂
点が腸骨棘点付近に位置し」との構成)を備えていないから,その余の相違
点について検討するまでもなく,本件発明1と同一の発明とはいえない,③
本件発明2,3及び5は,本件発明1の発明特定事項を全て含み,更に限定
するものであるから,上記②と同様に,先行発明Aは,本件発明2,3及び
5と同一の発明とはいえない旨判断したが,以下のとおり,本件審決の判断
は誤りである。
ア公然実施発明該当性
甲6の7(販売実績データ),甲44(販売実績データ品番+サイズ別),
甲24の1(UN5681の品質検査報告書),甲24の2(縫製検査報告
書),甲98(本件審判における証人A(以下「A」という。)の陳述を記
載した書面)の段落[038],[046]及び[049]によれば,原告
が本件出願前の2002年2月及び4月に先行製品A(「GT5681/
UN5681Mサイズ」)を販売したことは明らかである。
したがって,先行発明Aの公然実施発明該当性を否定した本件審決の判
断は誤りである。
イ相違点A-3の認定の誤り
本件審決は,本件発明1と先行発明Aの相違点A-3(本件発明1の構
成要件Dに関する相違点)は,先行発明Aの足刳り形成部の湾曲した頂点
の位置と腸骨棘点との位置関係についての相違点であるから,形式的な相
違点ではなく,実質的な相違点である旨認定した。
しかしながら,先行製品Aの構成を生地以外の点で正確に再現した甲4
0の1,2を使用した甲55の1の検証結果を見れば,先行発明Aにおい
て,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置」するこ
とは明らかである。
また,先行製品Aを着用した被験者の上前腸骨棘,下前腸骨棘,転子点
の各位置を確認したところ,甲99の1(「14.先行製品Aのサンプル」)
のとおり,被験者のいずれの着用状態においても,前身頃の足刳り形成部
の湾曲した頂点は,上前腸骨棘及び下前腸骨棘に近い位置,すなわち,前
身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点にあった。
以上によれば,相違点A-3は,本件発明1と先行発明Aの相違点に該
当しないから,本件審決の上記認定は誤りである。
ウ小括
以上によれば,本件発明1が本件出願前に公然実施された先行発明Aと
同一の発明とはいえないとした本件審決の判断は,誤りである。
同様に,本件発明2,3及び5が本件出願前に公然実施された先行発明
Aと同一の発明とはいえないとした本件審決の判断も誤りである。
(2)被告らの主張
ア公然実施発明該当性の主張に対し
甲98の原告の従業員Aの陳述は,客観的証拠による裏付けを欠くもの
であり,また,甲6の7(販売実績)及び甲44(販売実績品番+サイ
ズ別)は,本件審判のために作成された二次的資料にすぎないから,甲6
の7及び甲44自体が信用性に欠けるものである。
したがって,先行製品Aが本件出願前に販売されていたものとは認めら
れないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ相違点A-3の認定の誤りの主張に対し
先行製品Aに実際に使用されていた生地がどのような生地であったか,
同製品の設計時に想定されていた着用状態がどのようなものであったか
が重要であるから,仮に原告のサンプル(甲55の1)が生地以外の点で
正確に再現されていたとしても,生地が異なっていれば,それは先行製品
Aそのものとはいえないし,先行製品Aが実際にどのような着用状態を想
定されていたのかが分からなければ,対比の基準も明らかではない。
したがって,このようなサンプルをもって,先行発明Aにおいて,「前身
頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置」するかどうかを
判断することはできないから,相違点A-3は実質的な相違点であるとし
た本件審決の認定に誤りはない。
ウ小括
以上によれば,本件発明1が本件出願前に公然実施された先行発明Aと
同一の発明とはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,同様に,本
件発明2,3及び5が本件出願前に公然実施された先行発明Aと同一の発
明とはいえないとした本件審決の判断にも誤りはない。
2取消事由1-1(2)(本件発明1ないし5についての先行発明A(公然実施発
明)を主引用例とする進歩性の判断の誤り(無効理由1-A2及び1-A3関
係)
(1)原告の主張
本件審決は,先行発明Aにおいて,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘
点付近に位置するような形状(相違点A-3に係る本件発明1の構成)に変
更することは,当業者が容易になし得たものということはできないから,そ
の余の相違点について検討するまでもなく,本件発明1に係る本件特許は,
特許法29条2項に違反してされたものではなく,本件発明2ないし5に係
る本件特許も,これと同様である旨判断した。
しかしながら,前記1(1)イで述べたとおり,相違点A-3は相違点に該当
しないから,本件審決の上記判断は,その前提において誤りがある。
次に,人の胴と下肢の間の屈曲部位が,身体の外側から触知できる骨盤の
最側上部の突起,すなわち上前腸骨棘より下であることは顕著な事実である
から,身頃と足口パーツの縫合の位置を人の着用状態で上前腸骨棘付近に設
定して,足口パーツが前身頃に対して足の屈曲方向に向くように取り付けれ
ば,特に足の屈曲時には屈伸抵抗が少なくなるとの理屈も一般人が想定する
常識の範囲であり,特別な技術思想を必要とするものではない。
加えて,衣類一般について,例えば,シャツの袖が,肩のからおろした腕
の向きに沿うよう下向きかやや下向きの方向に取り付けられているように,
人体の屈曲部分を含んで覆うパーツを屈曲方向に取り付ければ屈曲時に屈伸
抵抗が少なくなることは,何らかの示唆がなければ想起できない理屈ではな
く,既に存在する衣類として当然の構造であることからすると,当業者が,
先行発明Aにおいて,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置す
るような形状(相違点A-3に係る本件発明1の構成)に変更することを容
易になし得たものである。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(2)被告らの主張
原告の主張は争う。
3取消事由1-2(本件発明1ないし5についての先行発明B(公然実施発明)
を主引用例とする進歩性の判断の誤り)(無効理由1-B1及び1-B2関係)
(1)原告の主張
本件審決は,①先行製品Bが本件出願前に販売されたことを認めるに足り
る証拠はないから,先行製品Bに係る発明(先行発明B)は,本件出願前に
日本国内又は外国において公然実施されたものと認められない,②仮に先行
発明Bが本件出願前に公然実施されていたとしても,先行発明Bは,相違点
B-4に係る本件発明1の構成(「前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂
点が腸骨棘点付近に位置し」との構成)を備えておらず,先行発明Bにおい
て,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するような形状(相
違点B-4に係る本件発明1の構成)に変更することは,当業者が容易にな
し得たものということはできないから,その余の相違点について検討するま
でもなく,本件発明1に係る本件特許は,特許法29条2項に違反してされ
たものではない,③本件発明2ないし5に係る本件特許も,上記②と同様で
ある旨判断したが,以下のとおり,本件審決の判断は誤りである。
ア公然実施発明該当性
甲6の7(販売実績データ),甲44(販売実績データ品番+サイズ別),
甲25(Bの陳述書),甲26(税理士Cの陳述書),甲98(本件審判に
おける証人Aの陳述を記載した書面)の段落[074]ないし[076],
[080]ないし[083]によれば,原告が本件出願前の2003年(平
成15年)から2005年(平成17年)までの間に先行製品B(「D29
6ONMサイズ」)を販売したことは明らかである。
したがって,先行発明Bの公然実施発明該当性を否定した本件審決の判
断は誤りである。
イ相違点B-4の認定及び容易想到性の判断の誤り
本件審決は,本件発明1と先行発明Bの相違点B-4(本件発明1の構
成要件Dに関する相違点)は,先行発明Bの足刳り形成部の湾曲した頂点
の位置と腸骨棘点との位置関係についての相違点であるから,実質的な相
違点であるとした上,先行発明Bおいて,足刳り形成部の湾曲した頂点を
腸骨棘点付近に位置するような形状(相違点B-4に係る本件発明1の構
成)に変更することは,当業者が容易になし得たものということはできな
いから,その余の相違点について検討するまでもなく,本件発明1に係る
本件特許は,特許法29条2項に違反してされたものではなく,本件発明
2ないし5に係る本件特許も,これと同様である旨判断した。
しかしながら,先行製品Bの構成を生地以外の点で正確に再現した甲4
1の1,2を使用した甲55の1の検証結果をみれば,先行発明Bについ
て,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近にあること」は
一見して明らかであり,相違点B-4は相違点に該当しないから,本件審
決の上記判断は,その前提において誤りがある。
(2)被告らの主張
ア公然実施発明該当性の主張に対し
前記1(2)アで述べたように,先行製品Bの販売を裏付ける資料が本件
審判のために作成された二次的資料及び原告従業員の陳述しかない以上,
これらから原告が本件出願前に先行製品Bを販売した事実を認めること
はできない。
したがって,先行製品Bが本件出願前に販売されていたものとは認めら
れないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ相違点B-4の認定及び容易想到性の判断の誤りの主張に対し
前記1(2)イで述べたのと同様の理由により,相違点B-4が実質的な相
違点であるとした本件審決の認定に誤りはないから,原告の主張は理由が
ない。
4取消事由1-3(本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)
を主引用例とする新規性及び進歩性の判断の誤り)(無効理由1-C1ないし
1-C3関係)
(1)原告の主張
ア本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)を主引用例
とする新規性の判断の誤り(無効理由1-C1)
本件審決は,①先行製品Cが本件出願前に販売されたことを認めるに足
りる証拠はないから,先行製品Cに係る発明(先行発明C)は,本件出願
前に日本国内又は外国において公然実施されたものと認められない,②仮
に先行発明Cが本件出願前に公然実施されていたとしても,先行発明Cは,
相違点C-1に係る本件発明1の構成(「前記前身頃の足刳り形成部の湾
曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」との構成)を備えていないから,そ
の余の相違点について検討するまでもなく,本件発明1と同一の発明とは
いえない,③本件発明2ないし5は,本件発明1の発明特定事項を全て含
み,更に限定するものであるから,上記②と同様に,先行発明Cは,本件
発明2ないし5と同一の発明とはいえない旨判断したが,以下のとおり,
本件審決の判断は誤りである。
(ア)公然実施発明該当性
甲6の7(販売実績データ),甲44(販売実績品番+サイズ別),
甲24の3(D346UNの品質検査報告書),甲98(本件審判におけ
る証人Aの陳述を記載した書面)の段落[104],[112],[114]
及び[122]によれば,原告が本件出願前の2004年3月から20
05年4月までの間に先行製品C(「D346UNMサイズ」)を販売
したことは明らかである。
したがって,先行発明Cの公然実施発明該当性を否定した本件審決の
判断は誤りである。
(イ)相違点C-1の認定の誤り
本件審決は,本件発明1と先行発明Cの相違点C-1(本件発明1の
構成要件Dに関する相違点)は,先行発明Cの足刳り形成部の湾曲した
頂点の位置と腸骨棘点との位置関係についての相違点であるから,形式
的な相違点ではなく,実質的な相違点である旨認定した。
しかしながら,先行製品Cの構成を生地以外の点で正確に再現した甲
42の1,2を使用した甲55の1の検証結果をみれば,先行発明Cに
ついて,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近にある
こと」は一見して明らかであり,相違点C-1は相違点に該当しないか
ら,本件審決の上記認定は誤りである。
(ウ)小括
以上によれば,本件発明1が本件出願前に公然実施された先行発明C
と同一の発明とはいえないとした本件審決の判断は,誤りである。同様
に,本件発明2,3及び5が本件出願前に公然実施された先行発明Cと
同一の発明とはいえないとした本件審決の判断も誤りである。
イ本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)を主引用例
とする進歩性の判断の誤り(無効理由1-C2及び1-C3)について
本件審決は,当業者が,先行発明Cにおいて,足刳り形成部の湾曲した
頂点を腸骨棘点付近に位置するような形状(相違点C-1に係る本件発明
1の構成)に変更することは,当業者が容易になし得たものということは
できないから,その余の相違点について検討するまでもなく,本件発明1
に係る本件特許は,特許法29条2項に違反してされたものではなく,本
件発明2ないし5も,これと同様である旨判断した。
しかしながら,前記ア(イ)で述べたとおり,相違点C-1は相違点に該
当しないから,本件審決の判断は,その前提において誤りがある。
(2)被告らの主張
ア無効理由1-C1について
(ア)公然実施発明該当性の主張に対し
前記3(2)アで述べたのと同様の理由により,先行製品Cが本件出願
前に販売されていたとは認められないとした本件審決の判断に誤りはな
い。
(イ)相違点C-1の認定の誤りの主張に対し
前記3(2)イで述べたのと同様の理由により,相違点C-1が実質的な
相違点であるとした本件審決の認定に誤りはないから,原告の主張は理
由がない。
イ無効理由1-C2及び1-C3について
原告の主張は争う。
5取消事由2(明確性要件の判断の誤り)(無効理由2-1関係)
(1)原告の主張
本件審決は,①無効理由2-1は,別件1審判決と別件審決とで本件発明
1の構成要件Dの「腸骨棘点付近」の解釈が異なることは,構成要件Dが多
義的に解釈され,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であることを
示すものであるから,構成要件Dは,明確とはいえないというものであるが,
別件審決及び別件1審判決の解釈により,請求項1の記載,本件明細書の記
載及び本件出願当時における技術常識の内容が変わるものではなく,別件1
審判決及び別件審決は,無効理由2-1を基礎づける事実や証拠に当たらな
いから,無効理由2-1は,確定した別件審決の無効理由と「同一の事実及
び同一の証拠」に基づくものであり,特許法167条の規定によりその審判
を請求することができない,②仮にそうでないとしても,「上前腸骨棘の最も
下縁の点」に近い位置であって,立位での下方向に「下前腸骨棘」が存在す
ることは技術常識であることからすると,別件審決における「腸骨棘点付近」
の解釈と別件1審判決及び別件控訴審判決における「腸骨棘点付近」の解釈
は,何ら齟齬するものではないから,無効理由2-1は,その前提において
理由がない旨判断した。
しかしながら,①については,原告は,別件無効審判において,構成要件
Dに関し,当業者が通常使用し得る用語として存在しない「腸骨棘点付近」
の特定の困難性によれば,本件発明1が不明確であるとの「事実」を主張し,
その「証拠」は,甲4であるのに対し,無効理由2-1の「事実」は,甲1
1(別件審決),甲10(別件1審判決)及び甲69(別件控訴審判決)が示
す「腸骨棘点付近」の多義的解釈の余地の存在であり,その証拠は,甲10,
11及び69であるから,無効理由2-1は,別件無効審判において審理判
断された無効理由とは異なる実質的に新たな主張を含むものである。
したがって,無効理由2-1は,別件審決の無効理由と「同一の事実及び
同一の証拠」に基づくものではない。
②については,構成要件Dの「腸骨棘点付近」の解釈に関し,甲11では,
「腸棘点(上前腸骨棘の最も下縁の点)及びその付近であって,「腸棘点(上
前腸骨棘の最も下縁の点)」に近い位置にある場所」と解釈されたのに対し,
甲10では,「上前腸骨棘付近及び下前腸骨棘付近のいずれをも含む」と解釈
され,甲69では,「上前腸骨棘を中心としつつ,下前腸骨棘付近をも含む」
と解釈されたものであるところ,甲10及び69の解釈に基づく人の身体の
位置ないし範囲が,甲11の解釈に基づく人の身体の位置ないし範囲より広
範であることは文言上一見して明白である。しかも,甲11の解釈は「立位
での着用者」に基づくものであるのに対し,甲10及び69の解釈は「軽く
前屈みになった姿勢」と「深く屈む動作をするとき」に基づくものであり,
このような違いからも,甲10及び69の解釈に基づく人の身体の位置ない
し範囲が,甲11の解釈に基づく位置ないし範囲より広範であることは明ら
かである。そして,甲11の解釈に基づけば構成要件Dを充足しないが,甲
10又は甲69の解釈に基づけば構成要件Dを充足してしまう形状の製品に
ついて,当業者は製造販売が可能か否か判断できないから,当業者がリスク
を判断できないような構成要件Dは,不明確であるといわざるを得ない。
以上によれば,本件審決の上記判断は誤りである。
⑵被告らの主張
甲10(別件1審判決)及び甲11(別件審決)は,無効理由2-1を基
礎づける事実や証拠に当たらないから,無効理由2-1は,確定した別件審
決の無効理由と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものである。
また,甲11(別件審決)は,「下前腸骨棘付近」を含まないとは判断して
いないこと,「下前腸骨棘」が「上前腸骨棘の最も下縁の点」に近い位置であ
って立位での下方向に存在することは技術常識であることからすると,甲1
0(別件1審判決)及び甲69(別件控訴審判決)の解釈に基づく範囲が甲
11(別件審決)の解釈に基づく範囲より広範であることを前提とする原告
の主張は失当である。
したがって,本件審決における明確性要件の判断に誤りはない。
6取消事由3(サポート要件の判断の誤り)(無効理由3,4及び5-2関係)
(1)原告の主張
本件審決は,①本件発明1の構成要件F及びGにおいては,足刳り形成部
の「前側の湾曲」深さ及び「湾曲部分」の幅と大腿部パーツの「山」の高さ
及び幅との関係を定めるものの,「山」すなわち大腿部パーツの裾部とは反対
側の縁部に形成された膨出部分が「前側」のみに位置し,これを超えて延び
ない旨を明示的に定めるものではなく,また,本件出願の願書に添付した明
細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲1)の発明の詳細な説
明にも,上記膨出部分が「前側」のみに位置し,これを超えて延びないもの
と解すべき記載は見当たらないから,無効理由3(構成要件Fの「山」は,
「前側」を超えて延びる膨出部の一部である場合を含むが,本件明細書の発
明の詳細な説明にその場合の記載がないから,本件発明1ないし5はサポー
ト要件に違反するというもの)は理由がない,②本件発明1は,臀部ダーツ
の有無にかかわらず,構成要件F~Hによって,「股関節の屈伸運動が円滑に
行われ,運動に適した下肢用衣料を提供すること」という課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるから,無効理由4(本件発明1は,臀部ダー
ツ等を設けない場合を含むのに対して,本件明細書は,臀部ダーツ等を必須
とする記載となっているため,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説
明に記載したものではないから,本件発明1ないし5はサポート要件に違反
するというもの)は理由がない,③本件発明1の構成要件F及びGは,図3,
6ないし8に示されるような,パターン図上(縫合前)での「山の高さ」,「前
側の湾曲深さ」,「山の幅」,「湾曲部分の幅」の関係を特定するものであり,
また,「湾曲深さ」,「湾曲部分の幅」は,パターン配置によることなく特定が
可能であることからすると,前後身頃が隙間なく合致せず,湾曲(部分)が
前後身頃にわたる場合の記載が本件明細書及び図面になくとも,当業者は,
パターン図上(縫合前)における構成要件F,Gを理解することができるか
ら,無効理由5-2(本件発明1の「湾曲」(構成要件F)及び「湾曲部分」
(構成要件G)は,前身頃と後身頃に前側の「湾曲」,「湾曲部分」がわたっ
て延びるとき,かつ前身頃と後身頃がパターン図において隙間なく合致しな
い場合を含むのに対して,その場合の前身頃と後身頃のパターン配置を発明
特定事項として規定しておらず,一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,
その場合の記載がないから,本件発明1ないし5はサポート要件に違反する
というもの)は理由がない旨判断した。
しかしながら,①については,本件発明1には,構成要件F,Gに係る「山」
が膨出部の一部である場合が含まれるが,本件明細書には,この場合につい
ての記載がなく,当業者が本件発明1の課題を解決できると認識することは
できない。
②については,本件発明1には,臀部ダーツ等を設けない場合が含まれる
が,本件明細書には,この場合についての記載がなく,当業者が本件発明1
の課題を解決できると認識することはできない。
③については,大腿部パーツの「山」に対応して縫い付けられる身頃側の
位置が,必ずしもパターンの「前身頃」パーツに存在するとは限らず,パタ
ーンの「後身頃」パーツに含まれる場合は,前身頃パーツ及び後身頃パーツ
のパターン配置のし方が問題になり,パターン配置が決まらなければ,互い
に縫い付けられる同じ位置間それぞれの箇所を特定することができない。そ
うすると,前身頃と後身頃が隙間なく合致せず縫合後に立体化される前身頃
及び後身頃にわたって「湾曲(部分)」が延びる場合,パターン図上(縫合前)
で構成要件F,Gの関係を適用することは,本件明細書の記載を考慮しても
困難である。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
⑵被告らの主張
本件明細書の記載から,膨出部の一部が「山」である場合や,臀部ダーツ
等を設けない場合であっても,構成要件F~Hを含む,本件発明1のすべて
の構成要件を充足していれば,「本発明の下肢用衣料は,大腿部を屈曲した姿
勢に沿う立体形状に作られ,股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく,
生地にかかる張力が小さい状態で運動を行うことができる。これにより,屈
伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運
動することができる。」(【0011】)との効果を奏することを容易に理解で
きるから,「股関節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢用衣料を提
供すること」(【0006】)という本件発明1の課題を解決できると認識する
ことができる。
したがって,本件審決におけるサポート要件の判断に誤りはない。
7取消事由4(実施可能要件の判断の誤り)(無効理由6関係)
(1)原告の主張
本件審決は,無効理由6に関し,本件明細書の発明の詳細な説明の記載か
ら,「前記足刳り形成部の前側の湾曲深さ」,「前記足刳り形成部の湾曲部分の
幅」,「大腿部パーツの山の高さ」,「前記山の幅」がどのようなものであるの
か理解できるし,「前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側
の湾曲深さよりも低い形状とし」(構成要件F),「前記足刳り形成部の湾曲部
分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」(構成要件G)とすることを実施でき
る旨判断した。
しかしながら,構成要件F及びGの「山」及び「湾曲(部分)」をどのよう
に設ければよいのか,また,これらの高さ・深さや幅をどのように特定すれ
ばよいのかが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技
術常識に基づいて理解することができないから,本件発明1を実施すること
はできない。ましてや「湾曲深さ」,「湾曲部分の幅」をパターン配置によら
ずに特定することは,到底理解できない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
⑵被告らの主張
本件明細書の【0023】及び【0024】には,下肢用衣料の一実施形
態であるスパッツ10の製造方法が記載されており,【0027】には,図4
及び5を用いて,スパッツ10の使用状態について説明されている。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技
術常識に基づいて,当業者が過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1
の下肢用衣料を製造し,使用することができるから,本件明細書の発明の詳
細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記
載されているといえる。
したがって,本件審決における実施可能要件の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1本件明細書の記載事項について
(1)本件明細書(甲1)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する
図1ないし8については別紙を参照)。
ア【技術分野】
【0001】
この発明は,大腿部を覆う形状のインナーやスポーツウエア等の下肢用
衣料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,市場に出ているスパッツ類の大半は,下胴部と大腿部が一枚の布
で繋がっており,運動性は素材の伸びに頼っているものが大半である。そ
の中で,大腿部の動きを阻害しない工夫としては,高い伸縮性を有する素
材を使用する程度であった。
【0003】
その他,例えば所定形状のパーツを縫い合わせて着用感を良好なものに
するスパッツとして,特許文献1の運動用被服がある。この運動用被服は,
着用者のウエスト周辺と脚部等を確実にサポートし,筋肉を保護すると共
に運動能力を向上させるものである。
イ【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来のスパッツ類は,基本が直立姿勢に合わせたパターンであるた
め,これら個々の工夫では股関節の屈曲運動への追従は不十分であった。
特に,前屈みになる姿勢をとったり,足を前に上げたりしゃがんだりして,
股関節を大きく屈伸することが多いスポーツ種目では,より身体の動きに
対応した形状が求められていた。
【0005】
また,従来のスパッツ類は,臀部には生地が伸びて張力が発生して圧力
がかかり,大腿部にも押さえられる方向に力がかかり,運動を妨げる抵抗
が身体に生じていた。その他,足刳り部を切り替えて下胴部と大腿部を別々
のパーツとし,繋ぎ合わせた製品も提案されているが,伸縮性や運動追従
性が十分なものではなかった。同様に,特許文献1の運動用被服も,股関
節を大きく屈伸する際の運動追従性等を向上させるものではなかった。
【0006】
この発明は,上記従来の技術の問題点に鑑みてなされたものであり,股
関節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢用衣料を提供すること
を目的とする。
ウ【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は,大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成
部を備えた前身頃と,この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身
頃の足刳り形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と,前記前身頃
と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツ
とを有し,前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位
置し,前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,前
記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低
い形状とし,前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形
成し,取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方
に突出する形状となる下肢用衣料である。
【0008】
前記後身頃のウエスト部から股部までの長さは,前記前身頃のウエスト
部から股部までの長さよりも長く形成され,前記大腿部パーツに大腿部を
挿入した状態において,大腿部が前身頃に対して前方に突出した状態で,
前記後身頃に大きな張力が掛からない形状である。
【0009】
前記足刳り形成部は,身体の転子点付近から腸骨棘点付近を通り股底点
脇付近に至る湾曲した足刳り部分と,前記転子点付近から股底点脇まで膨
らんだ曲線で臀部裾ラインを包み込み,且つ臀部裾部分に密着する形状で
ある。
【0010】
また,前記大腿部パーツは,裾部で折り返された1枚の生地の両側縁部
が互いに重ねられ,前記前身頃の足刳り形成部と前記後身頃の足刳り形成
部とに積層状態で接続され,前記大腿部パーツの折り重ねられた生地同士
が相対的に摺動可能に形成されている。
エ【発明の効果】
【0011】
本発明の下肢用衣料は,大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ,
股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく,生地にかかる張力が小さ
い状態で運動を行うことができる。これにより,屈伸運動等の際に生地に
よる抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる。
オ【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下,この発明の実施形態について図面に基づいて説明する。図1,図
2はこの発明の一実施形態を示すもので,この実施形態の下肢用衣料は,
ウエストから大腿部の中間付近に達する半ズボン形のスパッツ10である。
スパッツ10は,伸縮性を有する編地等の生地で作られている。スパッツ
10は,下胴部の前側から両脇までを覆う前身頃12と,下胴部の後側を
覆う後身頃14と,前身頃12の下端部の中心と後身頃14の下端部の中
心を連結する股部パーツ16から成る。さらに,前身頃12と後身頃14,
股部パーツ16で形成され大腿部が挿通する開口部に,大腿部を覆うよう
に筒形に形成された一対の大腿部パーツ18が設けられている。
【0015】
次に各パーツの形状について説明する。図3はスパッツ10を展開した
状態を示したものであり,前身頃12は,ウエスト部20と,ウエスト部
20の両側の大腿部付け根の腸骨棘点a付近で,ウエスト部20に対して
ほぼ直角に裁断された腰部前側縁22が設けられている。腰部前側縁22
の身体前中央側には,腰部前側縁22の下端部から連続して切り欠かれた
一対の足刳り部を形成する足刳り形成部24が各々設けられている。
【0016】
足刳り部は,スパッツ10を縫製したときに大腿部が挿通する開口部と
なるもので,後述するように,後身頃14にも,その側縁から下端縁に繋
がって足刳り形成部25が形成されている。一対の足刳り形成部24は,
前身頃12の下端部の中心寄り位置から,ウエスト部20に近づくにつれ
て互いに離れるように傾斜して形成されている。一対の足刳り形成部24
の間の縁部は,股部パーツ16が連結される前股部26となっており,僅
かに上方に湾曲する曲線で形成されている。
【0017】
後身頃14は,大きく開いた略V字形に形成された縁部のウエスト部2
8が設けられ,ウエスト部28の中央にV字状に切除されたウエストダー
ツ29が設けられ,ウエスト部28の両端から,ウエスト部28に対して
ほぼ直角に離れる方向に延出するほぼ直線の腰部前側縁30が設けられて
いる。腰部前側縁30は,前身頃の腰部前側縁22と等しい長さで,ウエ
スト部28から離れるに従い,僅かに互いに離れるほうへ広がっている。
【0018】
腰部前側縁30の下端には,後身頃14の下端へ向かう足刳り形成部2
5が形成され,足刳り形成部25の身体中央側端には,V字状に切除され
た臀部ダーツ31が設けられている。臀部ダーツ31の身体中央側端には,
足刳り形成部32が一対設けられている。足刳り形成部32は,スパッツ
10を縫製したときに前身頃12の足刳り形成部24に連続して大腿部が
挿通する開口部を形成するものである。
【0019】
一対の足刳り形成部32の間は,股部パーツ16が連結される後股部3
4であり,僅かに上方に湾曲する曲線で形成されている。そして,後身頃
14のウエスト部28から後股部34までの長さは,前身頃12のウエス
ト部20から前股部26までの長さよりも長く形成されている。足刳り形
成部24,25により形成される足繰りの形状は,ウエスト部20に一番
近いところを頂点とする略三角形状であり,ウエスト部20に近い頂点は
丸く湾曲して設けられている。
【0020】
大腿部パーツ18は,僅かに内側に湾曲する曲線で形成された裾部36
が設けられ,裾部36の両端部から裾部36に対してほぼ直角に離れる方
向に延出するほぼ直線の大腿部後側縁38が形成されている。各大腿部後
側縁38間の,裾部36とは反対側の縁部には,外側になだらかに膨出す
る山40aが形成された足付根部40が設けられている。足付根部40は,
スパッツ10を縫製したときに前身頃12の足刳り形成部24,後身頃1
4の足刳り形成部25,32,股部パーツ16も足刳り形成部46が連続
して形成する開口部に縫い合わされるものである。足付根部40の山40
aの縁部は,前身頃12の足刳り形成部24と等しい長さに形成され,足
刳り形成部24に縫い合わされる部分である。ここで,足付根部40の,
足刳り形成部24,25に取り付ける山40aの高さをh1とし,足刳り
形成部24,25の湾曲深さをh2とすると,h1はh2よりも低い形状
である。また,足付根部40の山の幅をw1とし,足刳り前部24,25
の湾曲部分の幅をw2とすると,互いに縫い付けられる同じ位置間で,w
1はw2よりも広い形状となっている。
【0021】
股部パーツ16は,一方向に長い略鼓状に形成され,長手方向の一端部
は前身頃12に連結される前身頃連結部42であり,長手方向の他端部は
後身頃14に連結される後身頃連結部44である。いずれも外側に湾曲す
る曲線で設けられている。股部パーツ16の長手方向に沿う両側縁部は,
足刳りの一部を形成し大腿部パーツ18に連結される足刳り形成部46で
あり,内側に湾曲する曲線で設けられている。股部パーツ16は,前身頃
連結部42よりも後身頃連結部44が長くなるように,後身頃連結部44
に近づくほど足刳り形成部46が徐々に離れて幅広に形成されている。
【0022】
そして,後見頃14の足刳り形成部25,32及び股部パーツ16の足
刳り形成部46の股底点までの型紙での長さが,人体上の長さで転子点b
からヒップ裾ラインを通り股底点脇に至るまでの長さよりも短いものであ
る。
カ【0023】
この実施形態のスパッツ10の製造方法は,まず,左右の臀部ダーツ3
1及びウエストダーツ29を縫い合わせる。次に,前身頃12の前股部2
6に股部パーツ16の前身頃連結部42を取り付ける。前身頃12と後身
頃14の,左右の腰部前側縁22と腰部前側縁30を縫い合わせる。そし
て,一連に連結された各足刳り形成部24,25,32,46に大腿部パ
ーツ18の足付根部40を縫い合わせる。このとき,大腿部パーツ18の
片方の大腿部後側縁38と足付根部40の成す角の部分が,前身頃12に
既に取り付けられている股部パーツ16の後身頃連結部44と足刳り形成
部46が成す角部分に位置する。また,大腿部パーツ18のもう片方の大
腿部後側縁38と足付根部40の成す角部分が,後身頃の後股部34と各
足刳り形成部32の成す角部分に位置する。
【0024】
次に,片方の大腿部パーツ18の大腿部後側縁38同士を縫い合わせ,
そのまま連続して後身頃14の後股部34と股部パーツ16の後身頃連結
部44を縫い合わせ,更に連続してもう片方の大腿部パーツ18の大腿部
後側縁38同士を縫い合わせる。最後にウエスト部20,28,裾部36
の仕上げ処理及び縫い端の処理をする。なお,縫い合わせる順番はこれに
限定されず,適宜変更可能である。
【0025】
縫い合わされたスパッツ10は,後身頃14の足刳り形成部32が丸く
下方に回り込み,筒状に形成された大腿部パーツ18が前方の斜め下方に
突出する立体形状となる。即ち,基本の立体形状が,着用者が前屈みに軽
く屈曲した姿勢に沿う形状になっており,足の運動性に適した形状に形成
される。
【0026】
縫製されたスパッツ10を着用したとき,前身頃12の足刳り形成部2
4は,図1に示すように,股底点脇から上方に延出して足の付け根の腸骨
棘点a付近を通過し,大腿部外側上方の転子点b付近の上方を通過して湾
曲し,後側下向きに延出して,後身頃14の足刳り形成部32に連続する。
後身頃14の足刳り形成部32は,臀部の下端部に沿って股底点付近に達
している。足刳り形成部24の一番高いところは腸骨棘点a付近である。
また,臀部ダーツ31の縫合線は,臀部の一番高いところよりも僅かに側
方に位置して上下に通過している。
【0027】
この実施形態のスパッツ10によれば,伸縮性のある素材を使用し,臀
部の生地分量を確保し,足刳りのパターンの形状の工夫により,身体の腸
骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため,着用時に
股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく,疲れにくいものである。
即ち,臀部に関しては,股関節の屈曲時に臀部に過度の生地張力が掛から
ないように生地分量を十分に多く取り,且つヒップ裾ラインがずれないよ
うヒップ裾ライン長を短くしている。特に,このスパッツ10は,着用者
が軽く前屈みになった姿勢に沿う立体形状に作られ,この姿勢では生地に
あまり張力が発生しないため身体が圧迫されず,またさらに深く屈む動作
をするときの負荷も少なく抑えられるものである。また,大腿部パーツ1
8が前方に盛り上げられた立体形状になるため,図4,図5に示すように
足を上げたりしゃがんだりする動作のとき,大腿部にかかる生地の抵抗が
小さく,容易に運動することができる。さらに,生地が身体の動きに追従
するため,衣服ズレも軽減することができる。また,後身頃14が前身頃
12よりも上下に長く形成されているため,図4,図5に示すように足を
上げたりしゃがんだりする動作のとき,後身頃14に大きな張力がかから
ず,このことからも円滑に運動することができ,後見頃14が摺り上がる
こともない。
【0028】
その他,臀部ダーツ31の縫合線は,臀部の一番高いところよりも僅か
に脇のほうへ移動した位置を通過しているため,屈伸時の臀部の動きに追
従する生地分量を十分に持つことができる。また,縫合線は周囲の生地よ
りも伸縮性がやや落ちるため,このことによる着用時の違和感もなくすこ
とができる。
キ【0029】
なお,この発明は上記実施形態に限定されるものではなく,図6に示す
ような各パーツ形状でも良い。この実施形態の下肢用衣料もスパッツにつ
いてのもので,互いに対称に2分された形状の後見頃48,49を有し,
ウエスト部にウエストパーツ50を設けたものである。そして,上記実施
形態の臀部ダーツを無くし,後見頃48,49の上端縁中央付近とウエス
トパーツ50の中央下部との間の一対のダーツにより,臀部の形状を立体
的に形成している。これにより,上記実施形態と同様の効果を得ることが
でき,さらに,ウエストパーツ50に張力の強い生地を用いることにより,
腰部のホールド感を向上させることができる。
【0030】
また,図7に示すように,上記臀部ダーツを無くし,前身頃12と後見
頃14の間の腰部前側縁22,30による一対のダーツにより,臀部の形
状を立体的に形成しても良い。さらに,前身頃12の側縁部に張力の強い
素材を使うことで,ヒップホールドとヒップアップ効果を持たせることが
出来る。
【0031】
さらに,図8に示すような展開図形状のものでも良い。この実施形態で
は,上記臀部ダーツとウエストダーツを繋いで,前身頃12と後見頃14
の1本の切り替えラインにすることで,上記実施形態と同様の効果を得る
ことができるとともに,より多くの臀部部分のゆとりを自然な形状で持た
せることができる。
【0032】
また,大腿部パーツ18は,図3に示す形状の裾部36の端縁を対称軸
とした生地形状に形成し,その裾部36の対称軸で折り返された1枚の生
地で構成しても良い。そして,折り返した状態で裾部36に対する両側縁
部である2枚の足付根部40を互いに重ね合わせて,前身頃12の足刳り
形成部24や後身頃14の足刳り形成部32等に縫い付けても良い。この
場合,折り重ねられた大腿部パーツ18の生地同士は,相対的に摺動可能
に形成されている。
【0033】
これにより,図5に示すような動作の連続屈伸運動においても,大腿部
パーツ18が大腿部の上方に摺り上がるのを防止し,より良好な着用感を
得ることができる。
【0034】
その他,裾の長さやウエストの位置など変更可能であり,用途も球技や
水泳等のスポーツ用の衣料や,下着等いろいろな物に利用することができ
る。各パーツの形状も,スポーツの種類や着用者の体形等に合わせて変更
可能である。
⑵前記⑴の記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発
明1に関し,次のような開示があることが認められる。
ア大腿部を覆う形状の従来のスパッツ類は,基本が直立姿勢に合わせたパ
ターンであるため,股関節の屈曲運動への追従は不十分であり,特に,股
関節を大きく屈伸することが多いスポーツ種目では,より身体の動きに対
応した形状が求められ,また,臀部には生地が伸びて張力が発生して圧力
がかかり,大腿部にも押さえられる方向に力がかかり,運動を妨げる抵抗
が身体に生じていたという問題があった(【0001】ないし【0005】)。
イ「本発明」は,従来の技術の問題点に鑑みてされたものであり,股関節
の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢用衣料を提供することを目
的とし,その課題を解決するための手段として,前身頃と,後身頃と,大
腿部パーツとを有する下肢用衣料において,前身頃の足刳り形成部の湾曲
した頂点が腸骨棘点付近に位置し,後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部
の下端付近に位置し,大腿部パーツの山の高さを足刳り形成部の前側の湾
曲深さよりも低い形状とし,足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも山の幅を
広く形成し,取り付け状態で筒状の大腿部パーツが前記前身頃に対して前
方に突出する形状となる構成を採用した(【0006】,【0007】)。
「本発明」の下肢用衣料は,大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作
られ,股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく,生地にかかる張力
が小さい状態で運動を行うことができることにより,屈伸運動等の際に生
地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動することがで
きるという効果を奏する(【0011】)。
2取消事由1-1(1)(本件発明1ないし5についての先行発明A(公然実施発
明)を主引用例とする新規性の判断の誤り)(無効理由1-A1関係)について
⑴公然実施発明該当性の判断の誤り
ア認定事実
(ア)証拠(甲5,6,23,24,43(枝番のあるものは,いずれも
枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a原告は,平成12年2月頃から先行製品Aの開発に着手し,同月4
日,商品設計書(甲6の1)を作成し,同年7月31日,甲6の1に
係る製品パターンの各パーツを示す書面(パターンファイルシート。
甲6の3)を作成し,その頃,システムから出力できるものとして甲
6の1に係るパターンを制作した。
b原告の関連会社である名古屋タカギは,平成12年8月30日,財
団法人日本繊維製品品質技術センター(以下「品質技術センター」と
いう。)に対し,納入先をユニー株式会社とする製品の品質検査の依頼
をし,同年9月6日までに合格との判定を受けた(甲24の1)。
原告は,その頃,品質技術センターに対し,縫製検査の依頼をし,
同月14日までに合格の判定を受けた(甲24の2)。
c原告は,平成12年秋頃,先行製品Aの製造及び販売を開始した後,
平成14年2月に株式会社ベイシア(以下「ベイシア」という。)に対
し先行製品A●●●(●●●●●●●相当)を,同年4月に株式会社
タカハタ(以下「タカハタ」という。)に対し先行製品A●●●(●●
●●●●●相当)を販売した。
(イ)これに対し被告らは,甲98の原告の従業員Aの陳述は,客観的証
拠による裏付けを欠くものであり,また,甲6の7(販売実績)及びこ
れを整理した甲44(販売実績品番+サイズ別)は,いずれも本件審
判のために作成された二次的資料にすぎないから,甲6の7及び甲44
自体が信用性に欠ける旨主張する。
しかしながら,甲98の原告の従業員Aの陳述には,品質検査及び縫
製検査に合格したことを原告において確認した後,先行製品Aの販売を
開始したことを述べる部分があるほか,各検査の合格後に先行製品Aの
販売を中止したというような事情はなく,原告の製品一般において,製
品製造後販売前に品質検査及び縫製検査のほかに行う検査はないこと,
甲6の7(販売実績)及び甲44(販売実績品番+サイズ別)のとお
り販売されたことを述べる部分がある(段落[048]~[050])が,
その陳述内容は具体的である。原告は,前記(ア)a及びbのとおり先行
製品Aの販売に向けた準備を進めており,このような段階に至りながら,
その販売をしないといった事態は考え難いことからすれば,甲6の7(販
売実績)の記載内容が事実と大きく異なるものと認めることはできない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。他に前記
認定を覆すに足りる証拠はない。
イ検討
前記アの認定事実によれば,原告は,本件出願前の平成14年2月にベ
イシアに対し,同年4月にタカハタに対し,それぞれ先行製品Aを販売し
たことが認められる。
そして,当業者は,先行製品Aを分析することにより,その製造パター
ンを知り得る状況にあったものと認められるから,先行製品Aに係る発明
(先行発明A)は,本件出願前に公然実施されていたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りである。
⑵相違点A-3の認定の誤りについて
ア構成要件Dの「腸骨棘点付近」の意義について
(ア)本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載から,本件発明1の
「前身頃」は,「大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳り」となる「足
刳り形成部」を備え,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点
付近に位置」することが理解できる。また,本件発明1の「前身頃の足
刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置」するにいう「腸骨棘
点付近」は,その文言から,「腸骨棘点」の「付近」であることを理解で
きる。一方で,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「腸骨棘
点」又は「腸骨棘点付近」の意義について規定した記載はない。
次に,本件明細書には,「腸骨棘点」又は「腸骨棘点付近」に関し,①
「前記足刳り形成部は,身体の転子点付近から腸骨棘点付近を通り股底
点脇付近に至る湾曲した足刳り部分と,前記転子点付近から股底点脇ま
で膨らんだ曲線で臀部裾ラインを包み込み,且つ臀部裾部分に密着する
形状である。」(【0009】),②「次に各パーツの形状について説明する。
図3はスパッツ10を展開した状態を示したものであり,前身頃12は,
ウエスト部20と,ウエスト部20の両側の大腿部付け根の腸骨棘点a
付近で,ウエスト部20に対してほぼ直角に裁断された腰部前側縁22
が設けられている。」(【0015】),③「縫製されたスパッツ10を着用
したとき,前身頃12の足刳り形成部24は,図1に示すように,股底
点脇から上方に延出して足の付け根の腸骨棘点a付近を通過し,大腿部
外側上方の転子点b付近の上方を通過して湾曲し,後側下向きに延出し
て,後身頃14の足刳り形成部32に連続する。後身頃14の足刳り形
成部32は,臀部の下端部に沿って股底点付近に達している。足刳り形
成部24の一番高いところは腸骨棘点a付近である。」(【0026】),④
「この実施形態のスパッツ10によれば,伸縮性のある素材を使用し,
臀部の生地分量を確保し,足刳りのパターンの形状の工夫により,身体
の腸骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため,着
用時に股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく,疲れにくいも
のである。」(【0027】)との記載がある。また,スパッツ10を着用
した直立姿勢の者の正面図である図1(別紙参照)には,前身頃12の
足刳り形成部24の一番高い位置の下方に腸骨棘点a,腸骨棘点aの更
に下方に転子点bが図示されている。もっとも,本件明細書には,「腸骨
棘点付近」の用語を定義した記載はない。
しかるところ,「腸骨棘」には,人体の正面側に,「上前腸骨棘」と「下
前腸骨棘」があること,「上前腸骨棘」は,「腸骨稜の前縁にある突起部。
腰に手を当てたときに指先が触れるとがった部分。」(デジタル大辞泉)
をいい,「下前腸骨棘」は,股関節に近い側の腸骨の突起部を意味するこ
とは,本件出願当時の技術常識であることが認められる。
(イ)以上の本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細
書の記載及び本件出願当時の技術常識を総合すると,構成要件Dの「腸
骨棘点付近」とは,上前腸骨棘を中心としつつ,下前腸骨棘付近をも含
むものと解される。
イ先行発明Aの構成要件Dの具備について
原告は,先行製品Aの構成を生地以外の点で正確に再現した甲40を使
用した甲55の1の検証結果及び甲99の1によれば,先行製品Aの「前
身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点」が「腸骨棘点付近」に位置すること
を確認できるから,先行発明Aは,構成要件Dの「前身頃の足刳り形成部
の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」との構成(相違点A-3に係る
本件発明1の構成)を備えている旨主張する。
(ア)そこで検討するに,甲55の1(A作成の報告書)には,先行製品A
((GT5681/UN5681のMサイズ)のパターンから再現した
サンプル(以下「サンプルA」という。甲40の1,2)を「トルソー」
に穿かせた状態を正面,側面及び背面から撮影した写真とレントゲン写
真(甲55の2,3)とを対比し,サンプルAにおける「前身頃の足刳
り形成部の湾曲」した「頂点」の位置を検証した結果,サンプルAの「頂
点」の位置がレントゲン写真の上前腸骨棘の位置に一致した旨の記載が
ある。
しかるところ,ショーツの各パーツの生地が異なれば,引き上げる等
して着用する際の各パーツの生地の伸び具合が異なるため,引き上げ可
能な程度や,引き上げた際の足刳り形成部の変形度合いが異なることは
自明であるところ,少なくともサンプルAの生地が先行製品Aの生地と
同一であることを認めるに足りる証拠はないから,サンプルAは先行製
品Aを再現したものと認めることはできない。
(イ)次に,甲99の1,2(弁護士藤本英二作成の写真撮影及び動画撮影
報告書)は,医師Dが原告の製品と先行製品Aのサンプルを着用した女
性被験者3名の上前腸骨棘,下前腸骨棘,転子点の位置を特定する様子
を撮影した写真及び動画の撮影報告書であり,上記撮影報告書には,先
行製品Aのサンプルを着用後の被験者における上前腸骨棘,下前腸骨棘,
転子点をシールで特定した写真が記載されている。
しかるところ,甲99の1,2から,先行製品Aのサンプルの作成経
過についての記載がないのみならず,上記サンプルAの生地が先行製品
Aの生地と同一であることを認めるに足りる証拠はないから,前記(ア)
と同様に,上記サンプルは先行製品Aを再現したものと認めることはで
きない。
(ウ)以上によれば,甲55の1の検証結果及び甲99の1から,先行製
品Aが,構成要件Dの「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘
点付近に位置し」との構成(相違点A-3に係る本件発明1の構成)を
備えていることを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠
はない。
そうすると,先行発明A(先行製品Aに係る発明)が相違点A-3に
係る本件発明1の構成)を備えているものと認められないから,本件審
決における相違点A-3の認定に誤りはない。
したがって,原告の前記主張は理由がない。
⑶小括
以上のとおり,先行発明Aは相違点A-3に係る本件発明1の構成を備え
ているものと認められないから,その余の相違点について判断するまでもな
く,本件発明1は先行発明Aと同一の発明であるとは認められない。また,
本件発明2ないし5は,本件発明1(請求項1)の構成を発明特定事項に含
むものであるから,同様に,先行発明Aと同一の発明であるとは認められな
い。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由1-1(1)は理由がない。
3取消事由1-1(2)(本件発明1ないし5についての先行発明A(公然実施発
明)を主引用例とする進歩性の判断の誤り(無効理由1-A2及び1-A3関
係)について
(1)相違点A-3の容易想到性の判断の誤りについて
原告は,人の胴と下肢の間の屈曲部位が,身体の外側から触知できる骨盤
の最側上部の突起,すなわち上前腸骨棘より下であることは顕著な事実であ
るから,身頃と足口パーツの縫合の位置を人の着用状態で上前腸骨棘付近に
設定して,足口パーツが前身頃に対して足の屈曲方向に向くように取り付け
れば,特に足の屈曲時には屈伸抵抗が少なくなるとの理屈も一般人が想定す
る常識の範囲であり,特別な技術思想を必要とするものではないこと,衣類
一般について,例えば,シャツの袖が,肩からおろした腕の向きに沿うよう
下向きかやや下向きの方向に取り付けられているように,人体の屈曲部分を
含んで覆うパーツを屈曲方向に取り付ければ屈曲時に屈伸抵抗が少なくなる
ことは,何らかの示唆がなければ想起できない理屈ではなく,既に存在する
衣類として当然の構造であることからすると,当業者が,先行発明Aにおい
て,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するような形状(相
違点A-3に係る本件発明1の構成)に変更することを容易になし得たもの
であるから,これを否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,先行製品Aそれ自体には,足刳り形成部の湾曲した頂点を
腸骨棘点付近に位置するような形状(相違点A-3に係る本件発明1の構成)
とすることについての動機づけの示唆はない。
また,人の胴と下肢の間の屈曲部位が,身体の外側から触知できる骨盤の
最側上部の突起である上前腸骨棘より下であることから,直ちに先行製品A
において,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するような形
状(相違点A-3に係る本件発明1の構成)とすることについての動機づけ
があるということはできない。
さらに,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するような形
状(相違点A-3に係る本件発明1の構成)とすることが本件出願当時周知
であったことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,先行製品Aに接した当業者において,先行製品Aにおいて,
相違点A-3に係る本件発明1の構成とすることの動機づけがあるものと認
められないから,原告の上記主張は,採用することができない。
(2)小括
以上のとおり,本件審決における相違点A-3の容易想到性の判断に誤り
はないから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1は,先行
発明Aに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認めら
れない。また,本件発明2ないし5は,本件発明1(請求項1)の構成を発
明特定事項に含むものであるから,同様に,当業者が容易に発明をすること
ができたものとは認められない。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由1-1(2)は理由がない。
4取消事由1-2(本件発明1ないし5についての先行発明B(公然実施発明)
を主引用例とする進歩性の判断の誤り)(無効理由1-B1及び1-B2関係)
について
⑴公然実施発明該当性の判断の誤りについて
ア認定事実
(ア)証拠(甲5,6,23,24,43(枝番のあるものは,いずれも
枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a原告は,平成14年11月頃から先行製品Bの開発に着手し,同月
28日,商品設計書(甲6の8)を作成し,平成15年1月14日,
パターンファイルシート(甲6の11)を作成し,その頃,システム
から出力できるものとして甲6の8に係るパターンを制作した。
b原告は,その後,平成15年1月27日付けで製品規格書(甲6の
14)及び縫製仕様書(甲6の15)を作成するなど,製造及び販売
の準備をした。
c原告は,平成15年春頃,先行製品Bの製造及び販売を開始し,同
年3月に,株式会社大西(以下「大西」という。)に対して●●●●の
先行製品Bを,株式会社ヒゼン(以下「ヒゼン」という。)に対して●
●の先行製品Bを販売した。
(イ)前記認定に反する原告の主張は,前記2⑴ア(イ)で述べたのと同様
に採用することはできず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
イ検討
前記アの認定事実によれば,原告は,本件出願前の平成15年3月,大
西及びヒゼンに対し,それぞれ先行製品Bを販売したことが認められる。
そして,当業者は,先行製品Bを分析することにより,その製造パター
ンを知り得る状況にあったものと認められるから,先行製品Bに係る発明
(先行発明B)は,本件出願前に公然実施されていたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りである。
(2)相違点B-4の認定及び容易想到性の判断の誤りについて
原告は,本件審決は,相違点B-4(本件発明1の構成要件Dに関する相
違点)は,先行発明Bの足刳り形成部の湾曲した頂点の位置と腸骨棘点との
位置関係についての相違点であるから,実質的な相違点であるとした上,先
行発明Bおいて,足刳り形成部の湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するよ
うな形状(相違点B-4に係る本件発明1の構成)に変更することは,当業
者が容易になし得たものということはできないから,その余の相違点につい
て検討するまでもなく,本件発明1に係る本件特許は,特許法29条2項に
違反してされたものではない旨判断したが,先行製品Bの構成を生地以外の
点で正確に再現した甲41の1,2を使用した甲55の1の検証結果をみれ
ば,先行発明Bについて,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点
付近にあること」は一見して明らかであり,相違点B-4は相違点に該当し
ないから,本件審決の上記判断は,その前提において誤りがある旨主張する。
そこで検討するに,甲55の1(A作成の報告書)には,先行製品B(D
296ONのMサイズ)のパターンから再現したサンプル(以下「サンプル
B」という。甲41の1,2)を「トルソー」に穿かせた状態を正面,側面
及び背面から撮影した写真とレントゲン写真(甲55の2,3)とを対比し,
サンプルBにおける「前身頃の足刳り形成部の湾曲」した「頂点」の位置を
検証した結果,サンプルBの「頂点」の位置がレントゲン写真の上前腸骨棘
の位置に一致した旨の記載がある。
しかし,ショーツの各パーツの生地が異なれば,引き上げる等して着用す
る際の各パーツの生地の伸び具合が異なるため,引き上げ可能な程度や,引
き上げた際の足刳り形成部の変形度合いが異なることは自明であるところ,
少なくともサンプルBの生地が先行製品Bの生地と同一であることを認める
に足りる証拠はないから,サンプルBは先行製品Bを再現したものと認める
ことはできない。
したがって,甲55の1の検証結果から,先行製品Bが,構成要件Dの「前
身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」との構成(相
違点B-4に係る本件発明1の構成)を備えていることを認めることはでき
ず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,先行発明B(先行製品Bに係る発明)が相違点B-4に係る
本件発明1の構成を備えているものと認められないから,原告の上記主張は
理由がない。
(3)小括
以上によれば,本件発明1は,先行発明Bに基づいて,当業者が容易に発
明をすることができたものとは認められない。また,本件発明2ないし5は,
本件発明1(請求項1)の構成を発明特定事項に含むものであるから,同様
に,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。これと
同旨の本件審決の判断に誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由1-2は理由がない。
5取消事由1-3(本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)
を主引用例とする新規性及び進歩性の判断の誤り)(無効理由1-C1ないし
1-C3関係)について
⑴公然実施発明該当性の判断の誤りについて
ア認定事実
(ア)証拠(甲5,6,23,24,43(枝番のあるものは,いずれも
枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a原告は,平成15年9月頃から先行製品Cの開発に着手し,同月2
6日,商品設計書(甲6の17の1,2)を作成し,同年11月14
日,パターンファイルシート(甲6の20)を作成し,その頃,シス
テムから出力できるものとして甲6の17の1,2に係るパターンを
制作した。
b原告は,その後,製品規格書(甲6の23)及び縫製仕様書(甲6
の24)を作成するなど,製造及び販売の準備をした。
c原告は,平成16年春頃,先行製品Cの製造及び販売を開始した後,
同年3月に名古屋タカギに対し●●●●●の先行製品Cを,同年4月
にヒゼンに対し●●の先行製品Cを販売した。
(イ)前記認定に反する原告の主張は,前記2⑴ア(イ)で述べたのと同様
に採用することはできず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
イ検討
前記アの認定事実によれば,原告は,本件出願前の平成16年3月に名
古屋タカギに対し,同年4月にヒゼンに対し,それぞれ先行製品Cを販売
したことが認められる。
そして,当業者は,先行製品Cを分析することにより,その製造パター
ンを知り得る状況にあったものと認められるから,先行製品Cに係る発明
(先行発明C)は,本件出願前に公然実施されていたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りである。
⑵本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)を主引用例と
する新規性の判断の誤り(無効理由1-C1)について
ア相違点C-1の認定の誤りについて
原告は,先行製品Cの構成を生地以外の点で正確に再現した甲42を使
用した甲55の1の検証結果によれば,先行製品Cの「前身頃の足刳り形
成部の湾曲した頂点」が「腸骨棘点付近」に位置することを確認できるか
ら,先行発明Cは,構成要件Dの「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点
が腸骨棘点付近に位置し」との構成(相違点C-1に係る本件発明1の構
成)を備えている旨主張する。
そこで検討するに,甲55の1(A作成の報告書)には,先行製品C(D
346UNのMサイズ)のパターンから再現したサンプル(以下「サンプ
ルC」という。甲42の1,2)を「トルソー」に穿かせた状態を正面,
側面及び背面から撮影した写真とレントゲン写真(甲55の2,3)とを
対比し,サンプルCにおける「前身頃の足刳り形成部の湾曲」した「頂点」
の位置を検証した結果,サンプルCの「頂点」の位置がレントゲン写真の
上前腸骨棘の位置に一致した旨の記載がある。
しかし,ショーツの各パーツの生地が異なれば,引き上げる等して着用
する際の各パーツの生地の伸び具合が異なるため,引き上げ可能な程度や,
引き上げた際の足刳り形成部の変形度合いが異なることは自明であると
ころ,少なくともサンプルCの生地が先行製品Cの生地と同一であること
を認めるに足りる証拠はないから,サンプルCは先行製品Cを再現したも
のと認めることはできない。
以上によれば,甲55の1の検証結果から,先行製品Cが,構成要件D
の「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」との
構成(相違点C-1に係る本件発明1の構成)を備えていることを認める
ことはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,先行発明C(先行製品Cに係る発明)が相違点C-1に係
る本件発明1の構成)を備えているものと認められないから,原告の上記
主張は理由がない。
イ小括
以上のとおり,先行発明Cは相違点C-1に係る本件発明1の構成を備
えているものと認められないから,その余の相違点について判断するまで
もなく,本件発明1は先行発明Cと同一の発明であるとは認められない。
また,本件発明2ないし5は,本件発明1(請求項1)の構成を発明特定
事項に含むものであるから,同様に,先行発明Cと同一の発明であるとは
認められない。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(3)本件発明1ないし5についての先行発明C(公然実施発明)を主引用例
とする進歩性の判断の誤り(無効理由1-C2及び1-C3)について
原告は,本件審決は,当業者が,先行発明Cにおいて,足刳り形成部の
湾曲した頂点を腸骨棘点付近に位置するような形状(相違点C-1に係る
本件発明1の構成)に変更することは,当業者が容易になし得たものとい
うことはできないから,その余の相違点について検討するまでもなく,本
件発明1に係る本件特許は,特許法29条2項に違反してされたものでは
なく,本件発明2ないし5も,これと同様である旨判断したが,相違点C
-1は相違点に該当しないから,本件審決の判断は,その前提において誤
りがある旨主張する。
しかしながら,本件審決における相違点C-1の認定に誤りはないこと
は,前記⑵アのとおりであるから,原告の上記主張は,理由がない。
(4)まとめ
以上によれば,原告主張の取消事由1-3は理由がない。
6取消事由2(明確性要件違反)(無効理由2-1関係)について
(1)明確性要件の適合性について
原告は,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件Dの「腸骨
棘点付近」について,別件審決(甲11)と別件1審判決(甲10)及び別
件控訴審判決(甲69)との間で解釈が異なることは,多義的解釈の余地が
存在することを示すものであり,構成要件Dの「腸骨棘点付近」の記載は,
明確でなく,本件特許は,明確性要件に違反するから,これを否定した本件
審決の判断は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,前記第2の1(4)の事実と甲11によれば,原告は,平
成27年7月17日,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件
Dの「腸骨棘点付近」の記載が明確でないことなどを理由に明確性要件違反
を無効理由とする別件無効審判を請求したこと,特許庁は,平成28年2月
16日,別件無効審判の請求を不成立とする別件審決をし,その後,別件審
決は,確定したことが認められる。
しかるところ,原告の上記主張に係る無効理由2-1は,不明確であると
する特許請求の範囲の記載が別件無効審判の無効理由と同一であり,また,
別件審決(甲11),別件1審判決(甲10)及び別件控訴審判決(甲69)
の記載内容は,特許庁又は裁判所の判断をそれぞれ示したものであって,事
実認定を基礎づける実質的な証拠に当たらない。
そうすると,本件審判の無効理由のうち,無効理由2-1は,確定した別
件審決と同一の主張及び事実に基づくものであるから,特許法167条の規
定により,本件審判において無効理由として主張することは許されない。
また,前記2(2)ア(イ)で説示したとおり,本件発明1の特許請求の範囲(請
求項1)の記載及び本件明細書の記載及び本件出願当時の技術常識を総合す
ると,構成要件Dの「腸骨棘点付近」とは,上前腸骨棘を中心としつつ,下
前腸骨棘付近をも含むものと解されるから,「腸骨棘点付近」の内容は明確で
ある。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(2)小括
以上によれば,本件審決における明確性要件の判断に誤りはないから,原
告主張の取消事由2は理由がない。
7取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)(無効理由3,4及び5-2関
係)について
(1)サポート要件の適合性について
原告は,①本件発明1には,構成要件F,Gに係る「山」が膨出部の一部
である場合が含まれるが,本件明細書には,この場合についての記載がなく,
当業者が本件発明1の「股関節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下
肢用衣料を提供すること」という課題を解決できると認識することはできな
い(無効理由3),②本件発明1には,臀部ダーツ等を設けない場合が含まれ
るが,本件明細書には,この場合についての記載がなく,当業者が本件発明
1の上記課題を解決できると認識することはできない(無効理由4),③前身
頃と後身頃が隙間なく合致せず縫合後に立体化される前身頃及び後身頃にわ
たって「湾曲(部分)」が延びる場合,パターン図上(縫合前)で構成要件F,
Gの関係を適用することは,本件明細書の記載を考慮しても困難である(無
効理由5-2)として,本件特許は,サポート要件に違反する旨主張するの
で,以下において判断する。
ア本件発明1の技術的意義
前記1(2)認定の本件明細書の開示事項によれば,本件発明1は,「股関
節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢用衣料を提供する」こと
(【0006】)を課題とし,この課題を解決するための手段として,前身
頃と,後身頃と,大腿部パーツとを有する下肢用衣料において,前身頃の
足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し,後身頃の足刳り形
成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し,大腿部パーツの山の高さを足刳
り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし,足刳り形成部の湾曲部分
の幅よりも山の幅を広く形成し,取り付け状態で筒状の大腿部パーツが前
記前身頃に対して前方に突出する形状となる構成を採用したことにより,
大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ,股関節の屈伸運動に対し
て生地の伸張が少なく,生地にかかる張力が小さい状態で運動を行うこと
ができることにより,屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にか
かる負担が少なく円滑に運動することができるという効果を奏することに
技術的意義があるものと認められる。
イ無効理由3関係
特許法36条6項1号が,特許請求の範囲の記載について,「特許を受け
ようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合し
なければならないと規定し,サポート要件を定めた趣旨は,発明の詳細な
説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されてい
ない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆
からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを
生じ,特許制度の趣旨に反することになることによるものと解される。そ
うすると,特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比して判断すべき
ものであり,サポート要件の適合性を争う場合には,特許請求の範囲の具
体的な記載(発明特定事項)との関係で主張する必要がある。
しかるところ,原告主張の無効理由3は,本件明細書の発明の詳細な説
明に,構成要件F,Gに係る「山」が「膨出部」の一部である場合につい
ての記載がないというものであるが,「膨出部」は本件発明1の発明特定事
項ではないから,特許請求の範囲の具体的な記載に基づかない主張である。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「大腿部パーツ18は,僅か
に内側に湾曲する曲線で形成された裾部36が設けられ,裾部36の両端
部から裾部36に対してほぼ直角に離れる方向に延出するほぼ直線の大
腿部後側縁38が形成されている。各大腿部後側縁38間の,裾部36と
は反対側の縁部には,外側になだらかに膨出する山40aが形成された足
付根部40が設けられている。」(【0020】)との記載があるところ,上
記記載中の「外側になだらかに膨出する山40a」との記載は,「山」その
ものを「膨出する」部位として表現しているものと理解されるから,「山」
が「膨出部」の一部である場合との意味は不明である。
したがって,原告主張の無効理由3は,その主張自体理由がない。
ウ無効理由4関係
原告主張の無効理由4は,本件明細書の発明の詳細な説明に,「臀部ダ
ーツ等」を設けない場合についての記載がないというものであるが,「臀
部ダーツ等」は,本件発明1の発明特定事項ではないから,特許請求の範
囲の具体的な記載に基づかない主張である。
また,本件明細書記載の本件発明1の技術的意義(前記ア)に照らすと,
本件発明1の「股関節の屈伸運動が円滑に行われ,運動に適した下肢用衣
料を提供する」ことという課題は,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂
点が腸骨棘点付近に位置し,後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端
付近に位置し,大腿部パーツの山の高さを足刳り形成部の前側の湾曲深さ
よりも低い形状とし,足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも山の幅を広く形
成し,取り付け状態で筒状の大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突
出する形状となる構成」(構成要件DないしH)を採用したことにより解
決したものであるから,本件明細書の発明の詳細な記載から,「臀部ダー
ツ等」(本件明細書の【0026】記載の「臀部ダーツ31」)を設けない
場合であっても,上記課題を解決できることを認識できるものと認められ
る。
したがって,原告主張の無効理由4は,理由がない。
エ無効理由5-2関係
原告主張の無効理由5-2は,本件明細書の発明の詳細な説明に,大腿
部パーツの「山」に対応して縫い付けられる身頃側の位置が「後身頃」パ
ーツに含まれる場合には,パターン配置が決まらなければ,前身頃と後身
頃が隙間なく合致せず,パターン図上(縫合前)で構成要件F,Gの関係
を適用することは困難であるが,この場合のパターン配置の記載がない旨
をいうものと解されるところ,縫合前の「パターン配置」は,本件発明1
の発明特定事項ではないから,特許請求の範囲の具体的な記載に基づかな
い主張である。
したがって,原告主張の無効理由5-2は,その主張自体理由がない。
⑵小括
以上によれば,本件審決におけるサポート要件の判断に誤りはないから,
原告主張の取消事由3は理由がない。
8取消事由4(実施可能要件の判断の誤り)(無効理由6関係)について
(1)実施可能要件の適合性について
原告は,本件発明1の構成要件F及びGの「山」及び「湾曲(部分)」をど
のように設け,高さ・深さや幅をどのように特定すればよいのか,当業者は,
本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識に基づい
て理解することができないから,本件特許は,実施可能要件に違反する旨主
張する。
そこで検討するに,本件明細書の発明の詳細な説明には,①スパッツ10
の製造方法について,「この実施形態のスパッツ10の製造方法は,まず,左
右の臀部ダーツ31及びウエストダーツ29を縫い合わせる。次に,前身頃
12の前股部26に股部パーツ16の前身頃連結部42を取り付ける。前身
頃12と後身頃14の,左右の腰部前側縁22と腰部前側縁30を縫い合わ
せる。そして,一連に連結された各足刳り形成部24,25,32,46に
大腿部パーツ18の足付根部40を縫い合わせる。このとき,大腿部パーツ
18の片方の大腿部後側縁38と足付根部40の成す角の部分が,前身頃1
2に既に取り付けられている股部パーツ16の後身頃連結部44と足刳り形
成部46が成す角部分に位置する。また,大腿部パーツ18のもう片方の大
腿部後側縁38と足付根部40の成す角部分が,後身頃の後股部34と各足
刳り形成部32の成す角部分に位置する。」(【0023】),「次に,片方の大
腿部パーツ18の大腿部後側縁38同士を縫い合わせ,そのまま連続して後
身頃14の後股部34と股部パーツ16の後身頃連結部44を縫い合わせ,
更に連続してもう片方の大腿部パーツ18の大腿部後側縁38同士を縫い合
わせる。最後にウエスト部20,28,裾部36の仕上げ処理及び縫い端の
処理をする。なお,縫い合わせる順番はこれに限定されず,適宜変更可能で
ある。」(【0024】),「縫い合わされたスパッツ10は,後身頃14の足刳
り形成部32が丸く下方に回り込み,筒状に形成された大腿部パーツ18が
前方の斜め下方に突出する立体形状となる。即ち,基本の立体形状が,着用
者が前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状になっており,足の運動性に適し
た形状に形成される。」(【0025】)との記載があること,②構成要件F及
びGに関し,「大腿部パーツ18は,僅かに内側に湾曲する曲線で形成された
裾部36が設けられ,裾部36の両端部から裾部36に対してほぼ直角に離
れる方向に延出するほぼ直線の大腿部後側縁38が形成されている。各大腿
部後側縁38間の,裾部36とは反対側の縁部には,外側になだらかに膨出
する山40aが形成された足付根部40が設けられている。足付根部40は,
スパッツ10を縫製したときに前身頃12の足刳り形成部24,後身頃14
の足刳り形成部25,32,股部パーツ16も足刳り形成部46が連続して
形成する開口部に縫い合わされるものである。足付根部40の山40aの縁
部は,前身頃12の足刳り形成部24と等しい長さに形成され,足刳り形成
部24に縫い合わされる部分である。ここで,足付根部40の,足刳り形成
部24,25に取り付ける山40aの高さをh1とし,足刳り形成部24,
25の湾曲深さをh2とすると,h1はh2よりも低い形状である。また,
足付根部40の山の幅をw1とし,足刳り前部24,25の湾曲部分の幅を
w2とすると,互いに縫い付けられる同じ位置間で,w1はw2よりも広い
形状となっている。」(【0020】)との記載があることが認められる。また,
スパッツ10の展開図である図3(別紙参照)には,足刳り形成部24,2
5に取り付ける山40aの高さ(h1)は,足刳り形成部24,25の湾曲
深さ(h2)よりも低い形状であること,足付根部40の山の幅(w1)は,
足刳り前部24,25の湾曲部分の幅(w2)よりも広い形状となっている
ことが示されている。
そして,当業者は,本件明細書の上記記載から,構成要件F(「前記大腿部
パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」
との構成)及び構成要件G(「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山
の幅を広く形成し」との構成)に係る技術内容を理解し,過度の試行錯誤を
要することなく,構成要件F及びGを備えた下肢用衣料を製造することがで
きるものと認められるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本
件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものと認
められる。
したがって,本件特許は,実施可能要件に適合するから,原告の上記主張
は採用することができない。
(2)小括
以上によれば,本件審決における実施可能要件の判断に誤りはないから,
原告主張の取消事由4は理由がない。
9結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は,
縷々主張するが,いずれも理由がない。
したがって,本件審決にこれを取り消すべき理由は認められないから,原告
の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官大鷹一郎
裁判官小林康彦
裁判官高橋彩
(別紙)
【図1】【図2】
【図3】
【図4】【図5】
【図6】
【図7】
【図8】

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