弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告ストウフアー・ジヤパンは、別紙目録(一)記載の物件を製造し、輸入
し、使用し又は譲渡してはならない。
二 被告ストウフアーは、前項記載の物件を製造し、使用し又は譲渡してはならな
い。
三 被告らは、第一項記載の物件につき、財団法人日本植物調節剤研究協会をして
除草剤としての薬効、薬害、残留性に関する試験をさせてはならない。
四 被告らは、第三項記載の試験結果を資料に用いて、農薬取締法の定める農薬登
録申請をしてはならない。
五 被告らはその所有する第一項記載の物件を廃棄せよ。
六 被告らの請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用はすべて被告らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
 主文同旨
二 被告ら
1 原告は、被告らに対し、原告の有する登録第一〇七五一三一号の特許権に基づ
き別紙目録(二)記載の物件の製造・販売又は試験の差止めを求める権利を有しな
いことを確認する。
2 原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はすべて原告の負担とする。
第二 当事者の主張
〔甲、丙事件〕
一 原告の請求の原因
1(一) 原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を
「本件発明」という。)を有する。
特許番号 第一〇七五一三一号
発明の名称 除草剤
出願日 昭和四六年一〇月二二日
優先権主張日 一九七一年三月一〇日、同年八月九日(いずれもアメリカ合衆国へ
の特許出願に基づく。)
公告日 昭和五六年二月一〇日
登録日 昭和五六年一一月三〇日
(二) 本件発明の特許出願の願書に添附した明細書(以下、「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲(以下、「本件特許請求の範囲」という。)の記載は、次
のとおりである。
「一般式
〈12685-001〉
〔式中、Rは
-OH、
-NR4R5(式中R4およびR5は、各々水素原子、低級アルキル基、低級ヒド
ロキシアルキル基および低級アルケニル基からなる群から選択されるか、あるいは
それらが結合する窒素原子と共にモルホリノ基、ビペリジル基またはピロリジル基
を形成する)、
-OR3(式中R3はアルキル基、シクロヘキシル基、ハロ低級アルキル基、低級
アルケニル基、低級アルコキシ低級アルキル基、ハロ低級アルコキシ低級アルキル
基、低級アルコキシ低級アルコキシ低級アルキル基およびフエノキシエチル基から
なる群より選択される)および
-OR6{式中、R6は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、銅、亜鉛、アンモニ
ウム、有機アンモニウム(但し、上記有機基がアリール基である場合には、このア
ンモニウム塩は第一級アミンである)およびそのような塩の混合物の陽イオンから
なる群より選択される塩形成陽イオンである}
からなる群より選択され、そして、
R1およびRは、
各々
-OH、低級アルコキシおよび-OR6(R6は前記の意味を有する)からなる群
より選択される(但しR、R1およびR2の2個より多くは、低級アルコキシであ
ることはできず、R6がアンモニウムあるいは有機アンモニウムである場合には、
R、R1およびR2の2個より多くは-OR6ではない)〕
の化合物、ないし上式の化合物の強酸塩(式中、R、R1およびR2は-OHであ
り、この強酸は、二・五あるいはそれ以下のpkを有する)を有効成分としてなる
ことを特徴とする除草剤。」
2 本件特許請求の範囲に記載されている一般式において、R、R1、R2にすべ
て-OHを選んだ左記構造式で示される化合物
〈12685-002〉
は、Nーホスホノメチルグリシンなる化学名で呼ばれ、一般名をグリホサートと称
される物質である(以下、「グリホサート」という。)。本件発明の化合物とし
て、グリホサートを選択した場合、本件発明の要件は、「グリホサートを有効成分
としてなることを特徴とする除草剤」となる。
3 被告らは、別紙目録(一)記載の除草剤(以下、「被告除草剤」という。)の
製造、輸入、使用、譲渡を開始すべく(ただし、被告ストウフアーについては輸入
を除く。以下同じ。)、被告除草剤について農薬取締法二条による農林水産大臣の
農薬の登録を得るため、登録申請に必要な除草剤としての薬効、薬害、残留性に関
する試験を訴外財団法人日本植物調節剤研究協会(以下、「訴外協会」という。)
に委託し、被告除草剤の製造、輸入、使用、譲渡の準備を進めている。また、被告
ストウフアー・ジヤパンは、既に右試験遂行のために被告除草剤を輸入し、訴外協
会による右試験において被告除草剤を使用させている。
4(一) 本件特許請求の範囲に記載の一般式に包含されるグリホサート以外の化
合物は、一般式におけるR、R1及びR2の定義から明らかなようにすべてグリホ
サートの誘導体である。本件特許請求の範囲には、前記一般式と共に、グリホサー
トの強酸塩(この強酸は、二・五以下のpkを有する。)が、本件発明の除草剤の
有効成分として掲げられているが、このグリホサートの強酸塩も、グリホサートの
誘導体に属する。したがつて、本件発明の除草剤の有効成分は、グリホサートとグ
リホサートの誘導体とに大別される。
 本件発明には二つの技術的態様が含まれている。第一は、グリホサートという化
合物が強力な除草作用を示すという新しい知見に基づいて、グリホサートそのもの
を除草剤の有効成分として用いるということであり、第二は、グリホサートはこれ
を誘導体の形に導いても除草作用が失われず、しかもそれらの多くは水溶性に富
み、除草剤としての実用性を高めるという知見に基づいて、グリホサートの誘導体
を除草剤の有効成分として用いるということである。
(二) 被告除草剤は、別紙目録(一)記載のとおり、グリホサートをトリメチル
スルホニウム塩の形にしたものの水溶液からなる除草剤であつて、水溶液中におい
て次のように解離する。
〈12685-003〉〔式Ⅰ〕
 本件発明の除草剤は水溶液の形態をとりうる(本件明細書の実施例Ⅰ参照)が、
グリホサートは、水溶液中において次のように解離する。
〈12685-004〉〔式Ⅱ〕
式Ⅰと式Ⅱとを比較すると、被告除草剤中にも、本件発明の除草剤たるグリホサー
トの水溶液中にも、共に、グリホサートイオン(前記各式の陰イオン)が存在して
いることが明らかである。そして、グリホサートの水溶液が除草剤として作用する
のは、水溶液中のグリホサートイオンに基づいている。右から明らかなように、被
告除草剤は、本件発明において、グリホサートを有効成分として用い、これを水溶
液の形態とした除草剤と同じく、グリホサートイオンを含む水溶液であり、被告除
草剤には本件発明の除草剤の有効成分がそつくりそのまま含まれている。
(三) 被告除草剤は、約二九・一パーセントのグリホサートイオンと約一五・一
パーセントのトリメチルスルホニウムイオンとからなる水溶液である。グリホサー
トイオンとトリメチルスルホニウムイオンとの右含量は、モル比に換算すると、約
一対一・一三となる。
 ところで、本件明細書の詳細な説明には、「本発明の除草剤組成物は、少くとも
一種の活性物質および佐薬を液体あるいは固体の形態で含有する。」(別添特許公
報(以下、「本件公報」という。)一六頁三二欄五行ないし七行)及び佐薬の例と
して、「希釈剤、増量剤」(本件公報一六頁三二欄八行)、「表面活性剤」(同欄
二六行)、「肥料、除草剤および植物生長調整剤、殺虫剤」(同一七頁三四欄一
行)、「分散剤、懸濁剤および乳化剤」(同一六頁三二欄二九、三〇行)等、種々
のものが例示されている。
 そこで、除草剤の有効成分としてグリホサートを、佐薬としては、除草効果を有
し、他の除草剤とも併用しうるものとして本件発明の優先権主張日に公知のトリメ
チルスルホニウムイオンを生ぜしめる化合物である水酸化トリメチルスルホニウム
を選択し、両物質を水に加えて混合し、水溶液としたものは、「グリホサートを有
効成分としてなることを特徴とする除草剤」との要件を充足し、本件発明の除草剤
に当たることは明らかである。そしてこの水溶液の組成は、水とグリホサートイオ
ンとトリメチルスルホニウムイオンとからなつており、しかも両化合物を水に添加
する割合を調節することにより両イオンのモル比を被告除草剤と同じく一対一・一
三とすることもできる。それ故、被告除草剤は、本件発明の実施態様に当たる右除
草剤と同一の構成といえるのである。
 また、被告除草剤は、グリホサートに水酸化トリメチルスルホニウムを反応させ
ることによつてトリメチルスルホニウム塩の形にしたものであり、グリホサートの
優れた除草作用を維持しつつ、その水溶性を高めたものであるが、本件発明の右実
施態様とは製法を異にするとしても、本件発明は物の発明であるから、被告除草剤
が本件発明の右実施態様と同一の構成である以上、本件発明の「グリホサートを有
効成分としてなることを特徴とする除草剤」との要件を充足することは明らかであ
る。
よつて、被告除草剤は本件発明の技術的範囲に属する。
5(一)(1) 被告らは、日本において被告除草剤を製造、輸入、使用、譲渡す
るため、被告除草剤について農薬取締法上必要とされる農薬登録の申請(同法二条
一項)をしようとしており、また、右登録申請には試験成績を記載した書類を提出
することが義務付けられている(同法二条二項)ので、その資料に用いるため、訴
外協会に委託して、除草剤としての薬効、薬害、残留性に関する試験を行わせてい
る(なお、農薬登録申請は適用分野毎にすることができるので、被告らは、既に申
請に必要な試験結果がそろつた適用分野については現に農薬登録申請をしようとし
ており、他の適用分野については委託試験を続行している。)。
 原告は、被告らの試験の委託行為、右試験結果を用いての農薬登録申請行為の禁
止を、第一に特許権侵害予防請求権に基づいて求める(特許法一〇〇条一項、二項
末段)。
 一般に、予防的差止めの場合は、直接の侵害行為以外の行為でも、それを防止す
ることが将来の権利侵害に対する予防手段として有効で、他により適切な手段がな
く、また相手方にその行為をなすにつき保護に値する利益がない場合には差止めの
対象とすることができると解される。
 本件において、被告らの前記行為は、将来の侵害行為すなわち製造、輸入、使
用、譲渡のための固有の準備行為であることは疑いない。すなわち、農薬取締法に
基づく農薬登録申請に必要な試験は、農林水産省の行政指導により、日本国内の公
的試験機関における試験であることが必要とされているのであり、被告ストウフア
ーが英国において既に被告除草剤の販売を開始し、他の諸国においても販売許可を
得るに必要な各種試験を進め、既に十分な資料を蓄積しているにもかかわらず、訴
外協会に試験を委託するのは、農薬取締法における農薬登録を受けるに必要な試験
成績の収集のためにほかならない。
 また、被告らは、自ら差止請求権不存在確認請求訴訟を提起し、被告除草剤の製
造等が本件特許権を侵害するものであることを争つているのであるから、農薬登録
が得られるや被告除草剤の製造、輸入、使用、譲渡を開始するものと考えられ、こ
れを未然に防ぐためには、その固有の準備行為たる試験の委託及び農薬登録申請の
禁止を求める必要がある。一方、被告らにとつて、試験を委託し、農薬登録申請を
なすことは被告除草剤を販売するための法律上の要件を整えるという以外に意味の
ない行為である。しかも、被告らの試験は、後述のように特許法六九条の「試験又
は研究」に当たらず、それ自体本件特許権を侵害する違法なものであり、農薬登録
申請もその違法な試験の結果を用いて行おうとしているのであるから、これについ
て被告らを保護すべき理由はない。
(2) 仮に、被告らが、本件特許権存続期間満了後直ちに被告除草剤の製造、輸
入、使用、譲渡をなしうるようにその期間内に準備行為をするという場合であつて
も、特許期間中にかような準備行為をする利益は、右に述べたとおり試験自体が本
件特許権を侵害するものであるという理由から法的保護に値する利益といえず、ま
た、以下に述べる理由からも法的保護に値する利益とはいえない。
 すなわち、農薬に関する特許では、特許出願後特許権者が現実に農薬の登録を受
け、その製造、販売により利益を享受しうるようになるまでは相当の長期間を要
し、この間特許権者は特許の利益を享受できない。現に、本件発明の出願日は昭和
四六年一〇月二二日であるが、訴外日本モンサント株式会社が農薬登録申請のため
の試験を終了して登録申請を行つたのは、昭和五〇年一二月一五日であり、農薬登
録を得たのは同五五年九月二二日である。本来特許法は、特許権者の特許発明の独
占的実施の利益とその競争者の他人の発明を自由に利用しうる利益との対立を、特
許権の存続期間だけ特許権者に独占的実施の利益を保障することによつて調和させ
たはずである。それにもかかわらず、競争者の方が予め特許権存続期間中に農薬の
製造、販売のための準備を完了できるとなると、それは特許法が意図した特許権者
と競争者との公平に反することになる。したがつて、競争者が特許権存続期間中に
準備行為をする利益は法的保護に値しない。特許法一〇一条も、実施の準備をする
者が本来の実施行為を特許期間経過後に行う意図であると否とを問わず、一定の準
備行為を特許権侵害とみなし、その差止めを許しているのである。
(二) 原告は、第二に、前記委託試験の実施が本件特許権を侵害するものである
ことから、現在の侵害を理由として、被告らに対し、試験の委託の禁止を求め、ま
た、侵害組成物の廃棄請求として、試験結果を用いて農薬登録申請をすることの禁
止を求める。
(1) 被告らは、前記のとおり農薬登録申請の資料として用いるために訴外協会
に試験の実施を委託しているのであるが、右のような行為は、被告らが被告除草剤
を販売するための法律上の条件を得るためになす専ら商業目的の行為であり、より
良い発明の開発を目的とするものではないから、試験という名称は付されていても
特許法六九条の「試験又は研究」には当らない。したがつて、被告ストウフアー・
ジヤパンが適性試験遂行のため被告除草剤を輸入した行為、及び被告らの委託によ
り訴外協会が被告除草剤に関する試験を実施し被告除草剤を使用する行為は、本件
特許権を侵害するものである。
(2) 被告らは、自己の農薬登録申請に用いることを目的として、被告除草剤に
関する試験を訴外協会に委託している。訴外協会は準公的機関であつて、農薬の試
験の委託があつた場合には、試験を委託された農薬が特許権を侵害するものである
かどうかとは無関係に、これを受託し、試験を行うのであり、このような場合、原
告は試験を直接実施している訴外協会に対して試験の禁止を求めうるばかりでな
く、訴外協会に試験を委託し、試験を実施せしめている被告らに対してもその禁止
を求めることができると解すべきである。
(3) 訴外協会の被告除草剤についての試験の実施は、前記のとおり本件特許権
の侵害に当たるから、その試験データは特許法一〇〇条二項の侵害行為を組成した
物として、原告はその廃棄を求めることができる。
 侵害行為を組成した物とは、通常は物の発明についてはその物自体であることが
多いが、本件のように試験データを得ることを目的とした試験の実施が特許権侵害
行為である場合には、侵害者が得た試験データは侵害行為の必然的内容をなす物と
して侵害行為を組成した物というべきである。しかも、本件の試験データは、農薬
登録申請に用いられ、次の侵害行為たる製造、販売を招くものとして使用されよう
としており、再び侵害行為がなされることを予防しようとした特許法一〇〇条二項
の趣旨からしてもその廃棄を認められるべきものである。そして、廃棄とは物の使
用をやめ、物を捨て去ることを意味するから、本件の場合には廃棄のうち物の使用
をやめることの一態様として、原告は、被告らに対し、試験結果を資料に用いて農
薬登録申請をすることの禁止を求める。
(三) 農薬登録申請は、私人の公法上の行為に属するが、これをなすか否かは、
法律上義務付けられている出生届等とは異なり、行為者の自由に委ねられている。
したがつて、公法上の行為であることは、原告が被告らに対し、本件特許権に基づ
いて農薬登録申請の禁止を求めることの障害となるものではない。
6 原告は、被告らが日本国内において所有する被告除草剤について、被告ストウ
フアー・ジヤパンが既に輸入した物については特許法一〇〇条二項の「侵害の行為
を組成した物」として、被告ストウフアーが将来の譲渡等のために所有している物
については、同条同項の「その他の侵害の予防に必要な行為」として、それぞれの
廃棄を求める。
7 よつて、原告は、被告らに対し、本件特許権に基づき、被告除草剤の製造、輸
入、使用、譲渡及び訴外協会に対する試験の委託と右試験結果を用いての被告除草
剤の農薬登録申請の各差止め並びに被告除草剤の廃棄を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 認否
(一) 請求の原因1、2及び3の第一文記載の事実は認める。ただし、被告除草
剤の化学式は別紙目録(二)のとおり表記されるべきである。
(二) 同4の事実は否認する。
(三) 同5は争う。
2 主張
(一) 本件特許請求の範囲記載の一般式R、R1及びR2にいずれもーOHを選
択した化合物、すなわちグリホサート
〈12685-005〉
と、被告除草剤の有効成分たるグリホサートのトリメチルスルホニウム塩
〈12685-006〉
とは、明らかに異なる。
(二) 原告はグリホサートを水に溶かしたとき
〈12685-007〉
と解離し、被告除草剤もグリホサートイオンを含む水溶液であるから、本件発明の
技術的範囲に属する旨主張するが、本件特許請求の範囲は、例えば「Nーホスホノ
メチルグリシンイオンを含有する水溶液を有効成分として含む除草剤」とは記載さ
れていないのであるから、原告の主張は失当である。また、本件特許請求の範囲に
包含される物質にはイオン化するものとしないものがある。例えば、左記の物質は
〈12685-008〉
いわゆるキレート化合物を形成し、水溶性ではあるがイオン化しない。更に、グリ
ホサートのイソプロピルアミン塩は、水溶液中において、
〈12685-009〉
となり、グリホサートイオンを含有するが、原告は本件特許請求の範囲において、
これをグリホサートとは別の物質として記載しているのである。
(三) 本件明細書には本件発明の実施例として多数の化合物(本件特許公報一〇
頁ないし一三頁中のⅠないしⅩⅩⅩⅣ及び1ないし40の番号の化合物)が記載さ
れているが、被告除草剤の有効成分たるグリホサートのトリメチルスルホニウム塩
がこれらのいずれとも異なることは明らかである。化学の分野における発明は実際
の実験によりその反応と効果が確認されることにより発明が完成されるのであり、
理論的解明は必要とされていないが、それ自体経験的なものである。本件発明の出
願時においてスルホニウムイオン
〈12685-010〉
が除草効果を持つことが公知であつたとしても、本件発明の発明者は無数ともいう
べきモイエテイ(グリホサートの片方の結合物)を試験しながら、グリホサートの
スルホニウム塩については全く考慮していないのであり、これを実験もせず、後に
なつて単に佐薬であるということはできない。
(四) 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない
(特許法六九条)。被告除草剤の薬効性等の試験を訴外協会に委託すること及び農
林水産大臣に対し農薬登録の申請をすることは、市場に製品を出すわけではなく、
特許権者の独占的利益を阻害するものではないから、右の試験、研究のためにする
実施と同様に本件特許権の効力が及ばない。
 更に、原告の請求は実質的に特許権の存続期間を延長させることになり不当であ
る。農薬として登録されるためには、少なくとも三、四年の試験期間が必要とさ
れ、仮に特許権存続期間中は試験ができないとすると、特許権消滅後も三、四年は
特許権の独占状態が続いてしまうのである。これは一定の技術の開示の代償として
一定期間独占権を付与するという特許権の本質に反する。
〔乙事件〕
一 被告らの請求の原因
1 原告は本件特許権を有している。
2 被告らは、被告除草剤すなわち別紙目録(二)記載の除草剤を製造、販売し、
又は被告除草剤につき農林水産大臣に農薬登録申請をするための試験を行う予定で
ある。
3 原告は被告らの前項の行為が本件特許権を侵害する旨主張している。
4 前記甲、丙事件二2被告らの主張のとおり、被告除草剤は本件発明の技術的範
囲に属しないし、また、被告除草剤に関する農薬登録申請のための試験はその性質
上本件特許権の侵害に当たらない。
5 よつて、被告らは原告に対し、原告が本件特許権に基づき被告らの第2項の行
為の差止めを求める権利を有しないことの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否及び原告の主張
1 認否
(一) 請求の原因1ないし3の事実は認める。ただし、被告除草剤の化学式は別
紙目録(一)のとおり表記すべきである。
(二) 同4の事実は否認する。
2 主張
 甲、丙事件、一原告の請求の原因に記載のとおり、被告除草剤は本件発明の技術
的範囲に属する。また、被告除草剤に関する農薬登録申請のための試験は本件特許
権の侵害に当たる。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 甲、
丙事件の請求の原因1及び3の第一文記載事実並びに乙事件の請求の原因1、2の
事実は、被告除草剤の化学式の表記法の点を除き、当事者間に争いがない。
 ところで、被告除草剤の特定については、別紙目録(一)又は(二)記載のとお
り、グリホサートのトリメチルスルホニウム塩の化学式をイオン形で表記するか否
かの点でのみ争いがあるが、いずれも成立に争いのない甲第一五号証の一ないし一
六によれば、被告除草剤中の右化合物は水溶液中においてグリホサートイオンとト
リメチルスルホニウムイオンとに解離することが認められるから、同化合物を別紙
目録(一)又は(二)記載のいずれの化学式で表記しても差支えないというべく、
右目録(一)と(二)記載の物は、化学式の表記の仕方に差異があるだけで全く同
一の物と認められる。
二 当事者間に争いがない本件明細書の本件特許請求の範囲の記載と成立に争いの
ない甲第二号証によれば、本件発明の構成要件は、
「一般式
〈12685-011〉
(式中、R、R1、R2は本件特許請求の範囲の記載と同一である。)の化合物な
いしグリホサートの強酸塩(この強酸は、2.5あるいはそれ以下のpkを有す
る。)を有効成分としてなることを特徴とする除草剤」であることが認められる。
したがつて、右の化合物として一般式のR、R1、R2にすべて本件請求の範囲記
載のーOHを選択して得られる化合物すなわちグリホサートを選んだ場合の本件発
明の要件は、「グリホサートを有効成分としてなることを特徴とする除草剤」とな
る。
三 前掲甲第二号証によれば、本件発明は、既知の物質であるグリホサートと、新
規物質であるグリホサートの誘導体(本件特許請求の範囲記載の物)に優れた除草
効果があるとの知見に基づき、グリホサートないしはその誘導体を有効成分とする
有用な除草剤を提供したものであることが認められる。
 ところで、被告除草剤が水溶液状の除草剤であり、水溶液中において、グリホサ
ートイオンとトリメチルスルホニウムイオンとに解離することは、前記のとおりで
ある。
 前掲甲第二号証、第一五号証の一ないし一六によれば、本件明細書の発明の詳細
な説明には、本件発明の実施例1として、グリホサートの水溶液を除草剤として用
いることが記載されており(本件公報六頁一二欄三一行以下参照)、本件発明の右
除草剤が水溶液の形態をとつた場合には、グリホサートが水溶液中においてグリホ
サートイオンと水素イオンに解離し、グリホサートイオンが除草剤の有効成分とし
て機能することが認められるが、他方、水溶液である被告除草剤中にも右のグリホ
サートイオンが存在していることは前記のとおりである(なお、水溶液であるか
ら、被告除草剤中には水素イオンも存在していることは自明である。)。
 次に、被告除草剤には前記のとおりトリメチルスルホニウムイオンも含まれてい
るのであるが、前掲甲第二号証によれば、本件発明はその有効成分たる化合物のほ
かに佐薬として他の除草剤をも含みうることが認められ(本件公報一七頁三三欄四
四行ないし三四欄三行)、そして成立に争いのない甲第一六号証によれば、被告除
草剤中のトリメチルスルホニウムイオンは、本件発明の最先の優先権主張日におい
て他の除草剤と併用しうる除草剤として公知であつたことが認められるのである。
すなわち、前掲甲第二号証によれば、本件発明の除草剤の有効成分に当たるグリホ
サートと、佐薬の除草剤として、本件発明の最先の優先権主張日に公知の除草剤で
あつたトリメチルスルホニウムイオンを生ぜしめる水酸化トリメチルスルホニウム
(この点は前掲甲第一五号証の一ないし一六により認められる。)を水に加えてで
きる水溶液は、「グリホサートを有効成分としてなることを特徴とする除草剤」と
の要件を充足するものであつて、本件発明の一つの実施態様であることが明らかで
あるが、右の水溶液は、前掲甲第一五号証の一ないし一六によれば、グリホサート
イオンとトリメチルスルホニウムイオンとにより構成されており、被告除草剤はこ
の水溶液とその構成において同一であること、しかも被告除草剤のグリホサートイ
オンとトリメチルスルホニウムイオンとのモル比は約一対一・一三であるが、本件
発明の実施態様たる右水溶液もグリホサートに加える水酸化トリメチルスルホニウ
ムの量を調節することによつてグリホサートイオンとトリメチルスルホニウムイオ
ンとのモル比を被告除草剤のそれとほぼ同一にしうることが認められる。
 以上によれば、被告除草剤は、除草剤の有効成分としてグリホサートを、佐薬た
る除草剤として水酸化トリメチルスルホニウムを含有する本件発明の一つの実施態
様である前記水溶液と同一の構成であり、「グリホサートを有効成分としてなるこ
とを特徴とする除草剤」との本件発明の要件を充足するから、本件発明の技術的範
囲に属する。
 もつとも、成立に争いのない甲第五号証によれば、被告除草剤は、グリホサート
と水酸化トリメチルスルホニウムとを一定の条件下で反応させて、グリホサートの
トリメチルスルホニウム塩としたものであり、本件発明の前記実施態様のように単
にグリホサートに水酸化トリメチルスルホニウムを混合したものではないことが認
められる。しかし、本件発明は製法の発明ではなく、物の発明であるから、被告除
草剤が本件発明の前記実施態様と異なる製法によつて製造されるとしても、被告除
草剤が本件発明の前記実施態様の除草剤と同一の構成の水溶液である以上、製法の
差異は前記結論を左右すべきものではない。
 被告らは、被告除草剤が本件発明の技術的範囲に属しないことの理由として、被
告除草剤が本件発明の構成要件を文言どおりには充足しないこと及びグリホサート
のスルホニウム塩については本件明細書において具体的な開示がないこと等を主張
するが、被告除草剤が本件発明の除草剤の有効成分としてグリホサートを選択した
場合の要件を文言どおり充足することは、右にみたとおりであり、また、被告除草
剤が本件明細書に具体的に開示されていないとしても、グリホサートを有効成分と
しうること及び佐薬として他の除草剤を加えうることが本件明細書に開示されてい
ること、並びにトリメチルスルホニウムイオンが本件発明の最先の優先権主張日に
公知の除草剤であることは前記のとおりである以上、被告らの主張はいずれも前記
認定を覆すべきものではない。
四1 被告らが、被告除草剤を日本において製造、輸入、使用、譲渡すべく、農薬
取締法二条に基づく農薬登録申請に必要な被告除草剤の薬効等についての適性試験
を訴外協会に委託していることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と原本
の存在、成立とも争いのない甲第九ないし第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、
被告ストウフアーは、既に英国において被告除草剤の販売を開始し、更にアメリカ
合衆国、西独、ニユージーランドにおいても被告除草剤の販売を開始すべく農薬登
録に必要な適性試験を進めてきており、これに対し原告が試験又は販売等の差止め
を各国の裁判所に求めたこと(英国、西独、ニユージーランドにおいては原告が既
に請求認容の判決又は決定を得ていること)、したがつて、被告ストウフアーは被
告除草剤の適性試験については既に十分な資料を収集しているにもかかわらず、そ
の子会社である被告ストウフアー・ジヤパンをして被告除草剤を輸入させ、訴外協
会に被告除草剤の適性試験を実施させていることが認められる。また、成立に争い
のない甲第二二号証によれば、農薬取締法二条に基づく登録申請に必要な適性試験
のうち、薬効、薬害及び残留性の試験については、農林水産省の行政指導により、
日本国内の公的試験機関において試験を実施することが必要とされていることが認
められる。以上によれば、被告らが被告除草剤について既に十分な試験結果を有し
ていても日本における農薬登録を得るためには日本の公的機関での適性試験が必要
であること、すなわち被告らの日本における被告除草剤についての公的機関への適
性試験の委託は新たな除草剤開発のための試験、研究の委託ではなく、専ら被告除
草剤を日本において販売するために必要な農薬登録を得ることを目的とするもので
あることが認められる。
 特許法六九条は「特許権の効力は試験又は研究のためにする特許発明の実施に
は、及ばない。」と規定しているが、右規定の立法趣旨は、試験又は研究は本来技
術を次の段階に進歩せしめることを目的としたものであつて、特許に係る物の生
産、譲渡等を目的としたものではないから、特許権の効力をこのような試験、研究
にまで及ぼしめることは、かえつて技術の進歩を阻害するということであり、同条
の右立法趣旨からすれば、本件のような農薬の販売に必要な農薬登録を得るための
試験は、技術の進歩を目的とするものではなく、専ら被告除草剤の販売を目的とす
るものであるから、特許法六九条にいう「試験又は研究」には当たらないというべ
きである。
 したがつて、被告らが、前記のとおり右試験のために被告除草剤を輸入し、使用
することは本件特許権を侵害するものである。
 もつとも、本件においては、前記のとおり、被告らが直接試験を実施するわけで
はなく、公的機関である訴外協会に委託して、被告除草剤についての試験を行わせ
ているのであるが、訴外協会は委託があれば特許権侵害か否かにかかわりなく、専
門的見地から適性試験を実施する公的機関であり、このような場合は被告らは公的
機関である訴外協会を自らの手足として利用し、試験を実施させているものとみて
差支えない。
2 被告らは、本訴において、被告除草剤が本件発明の技術的範囲に属しない旨主
張し、原告においてその製造、販売の差止めを求める請求権を有しないことの確認
を求めているのであり、右の点及び前記のとおり被告らが既に英国、アメリカ合衆
国、西独、ニユージーランドにおいて被告除草剤の販売又は適性試験を開始してい
て、原告と各国の裁判所において係争しているとの事実に鑑みれば、被告らが農薬
登録を取得すれば、本件特許権の存続期間内においても直ちに被告除草剤の製造、
輸入、使用、譲渡を開始するおそれのあることは明らかである。また、被告除草剤
についての適性試験の委託が新たな技術の研究、開発を目的としたものではなく、
専ら被告除草剤の日本における販売を目的とした行為であることは前記のとおりで
あり、更に被告除草剤についての農薬登録申請も、被告除草剤の日本における販売
を直接の目的としたものであることは明らかであるから、右の試験の委託及び農薬
登録申請はいずれも被告除草剤の製造、輸入、使用、譲渡のための準備行為、すな
わち客観的には将来の被告らの侵害行為のための準備行為であり、かつ右以外には
何らの意味も有しない行為であると認められる。
 ところで、特許権者は現在の侵害行為の差止めだけでなく、将来の侵害行為につ
いて、そのおそれがある場合その予防を請求することができる(特許法一〇〇条一
項)のであるから、本件の場合、原告は被告らに対し、本件特許権に基づき、被告
除草剤の製造、輸入、使用、譲渡の予防的差止め及び訴外協会への適性試験の委託
の停止を求めうる。また、特許権者は、侵害の停止又は予防を請求するに際し、
「侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の
予防に必要な行為を請求することができる。」(同法一〇〇条二項)のであるが、
右規定は、侵害組成物の廃棄又は設備の除却等によつて、同条第一項の規定に基づ
く差止命令を実効あらしめようとしたものである。そして、被告らによる訴外協会
への試験の委託及び農薬登録の申請は、前記のとおり、被告らによる被告除草剤の
製造、輸入、使用、譲渡を目的とした準備行為であり、かつ右の目的以外には何の
意味も有しない行為であるから、その差止めを求めることは、正に将来の侵害の予
防に必要な行為であり、同条第一項の規定による製造、譲渡等の差止命令を実効あ
らしめるものであるから、原告は試験の委託及び農薬登録の申請を同法一〇〇条二
項末段により求めうると解すべきである。
3 被告ストウフアー・ジヤパンが既に輸入し、現在所有している被告除草剤につ
いては、前記のとおり適性試験のために輸入したものであつても本件特許権を侵害
するものであるから、「侵害の行為を組成した物」として、原告はその廃棄を求め
うる(特許法一〇〇条二項)。またこれまでに認定したところによれば、被告スト
ウフアーが現在日本国内において所有している被告除草剤は、将来の譲渡等のため
に所有しているものと認められるから、「その他の侵害の予防に必要な行為」とし
て、原告はその廃棄を求めうる(同法同条二項)。
五 以上によれば、原告の被告らに対する被告除草剤の製造、輸入(輸入について
は被告ストウフアー・ジヤパンについてのみ)、使用、譲渡及び訴外協会への試験
の委託、農薬登録申請の差止め並びに被告ら所有の被告除草剤についての廃棄請求
はいずれも理由があり、被告らの差止請求権不存在確認請求はいずれも理由がな
い。
 よつて、原告の請求をいずれも認容し、被告らの請求を棄却し、訴訟費用につい
ては民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安倉孝弘 小林正 設楽隆一)
別紙 特許公報(省略)
目録(一)
左記構造式に示すNーホスホノメチルグリシンのトリメチルスルホニウム塩を含有
する濃縮水溶液状の除草剤
〈12685-012〉
目録(二)
左記構造式に示すNーホスホノメチルグリシンのトリメチルスルホニウム塩を含有
する濃縮水溶液状の除草剤
〈12685-013〉

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