弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
 原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和六〇年一一月一九日、同庁昭和五五年審判
第一四九一八号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とす
る。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項及び第二項同旨の判決を求
めた。
第二 請求の原因
 原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
 原告は、一九七三年(昭和四八年)九月二四日、アメリカ合衆国特許商標庁に対
し、名称を「フユーズ用一線式ホルダ及び同ホルダを製作する方法」とする発明に
ついて特許出願をし、右発明の明細書は、一九七四年(昭和四九年)一〇月二二日
アメリカ合衆国特許公報に特許第三、八四三、〇五〇号として掲載された。原告
は、右公報掲載の日から六月以内である昭和五〇年四月二一日、特許庁に対し、右
と同一の発明(以下「本願発明」という。)について、特許法第三〇条第一項の適
用を受けることを求めて特許出願(昭和五〇年特許願第四八五五四号)をしたとこ
ろ、昭和五五年四月三日拒絶査定を受けたので、同年八月一九日、これを不服とし
て審判の請求をし、昭和五五年審判第一四九一八号事件として審理されたが、昭和
六〇年一一月一九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本
件審決」という。)があり、その謄本は、昭和六一年一月二二日原告に送達された
(出訴期間として九〇日付加)。
二 本件審決理由の要点
 本願発明の要旨は、本願発明の明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの
「フユーズ用一線式ホルダ及び同ホルダを製作する方法」にあるものと認められる
ところ、これに対する原査定の拒絶理由の概要は、本願発明は、その特許出願日前
に米国内において頒布された米国特許第三、八四三、〇五〇号明細書に記載された
発明であるから、特許法第二九条第一項第三号の規定に該当し、特許を受けること
ができないというものである。
請求人(原告)は、審判請求の理由において、「米国特許第三、八四三、〇五〇号
明細書は、本願について特許法第三〇条第一項の規定を申請するに当たり、同条第
四項の規定に基づいて提出した刊行物であるから、本願について当然同条第一項の
規定の適用がなされるべきものである。しかるに、この刊行物を引用して本願につ
き拒絶すべきものとした原査定の拒絶理由は、違法である。」旨主張している。し
かしながら、東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件判決(昭和五七年六
月二二日言渡し)に、出願に係る発明が米国特許明細書に掲載されて公表された場
合、その出願に対して特許法第三〇条第一項の規定の適用はできない旨判示されて
いるから、本願発明について特許法第三〇条第一項の規定の適用を認めることがで
きない。そして、本願発明は、前記米国特許第三、八四三、〇五〇号明細書に記載
されたものと認められるので、特許法第二九条第一項第三号の規定に該当し、特許
を受けることができないものと認める。
三 本件審決を取り消すべき事由
 本願発明が米国特許公報に掲載された特許第三、八四三、〇五〇号明細書記載の
発明と同一であることは認めるが、本件審決は、審査便覧に違背し、また、特許法
第三〇条第一項の規定の解釈適用を誤つた結果、本願発明は、右明細書記載の発明
と同一であるから特許を受けることができないとの誤つた結論を導いたものであ
り、違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 審査便覧違背について
 審査便覧は、特許庁が、特許制度及び実用新案制度を運用するに当たり、すべて
の出願についての審査が一定の基準に従つて公平妥当、かつ、迅速に行われること
が最も必要であるとの見地に立つて、審査の実務上必要な関係法令等を解説し、そ
れを一定の分類によつて整理したものであるところ、昭和四七年九月一日改訂発行
の同便覧一〇・三八Aには、国内又は外国で発行された「特許公報」を「図書、雑
誌、新聞」とともに具体的に例示し、これら刊行物発表に係る発明について特許出
願をし、特許法第三〇条第一項の規定の適用を受けようとするときには、特許出願
に係る発明が刊行物に発表した発明であることを証明する書面を提出しなければな
らないとし、外国で発行された特許公報記載の発明について、特許法第三〇条第一
項の規定の適用があることを明記していた。このように、審査便覧が、特許公報を
特許法第三〇条第一項に規定する刊行物と認め、右公報の提出方法まで定めてお
り、しかも、審査便覧自体が特許出願等の審査の基準として公表されているのであ
るから、出願人は、該基準に全面的に依拠して特許出願をし、したがつて、当該特
許出願等の審査が完了するまですべからく該便覧の明示しているところに従つて処
理して始めて当事者間の信頼関係を維持することができるものである。このよう
に、審査の基準として十分検討したうえで公表し、出願人等も全面的に信頼してい
るところを、後に至つて突然何の予告もなく出願日に遡つて変更することは、一定
の基準としての審査便覧の果たしている意義を根底から否定することになるのであ
つて、到底認めることができない。手続の準則としての特許法は、その改正に当た
り、常にこの点に留意し、改正法の適用は、爾後の新規出願からに限り、継続中の
特許出願については、すべて従前の例によるのが常であつた。してみると、審査便
覧の定めるところも同様の建て前に従つて適用されるのが正しく、本願発明に対
し、出願後に至り外国特許公報を特許法第三〇条第一項の刊行物に当たらないと
し、審査便覧に反する扱いをすることは、出願人に不当に不公平な負担を課するだ
けでなく、公に表明した取扱いに反するものであつて、手続上許されないところで
あり、本件審決は、この点で取消しを免れない。なぜなら、本願発明に適用される
出願時の審査便覧による定めがそのまま適用されていれば、本願発明には特許法第
三〇条第一項の規定の適用が認められ、本願発明の対応する米国特許出願に係る特
許公報が引用されることはなかつたからである。
2 法令の解釈適用の誤り
 本件審決において、本願発明に対する特許法第三〇条第一項の規定の適用を否定
した理由は、具体的に何ら示されておらず、
東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件に係る昭和五七年六月二二日言渡
しの判決を示すのみであるから、右指摘の判決理由を本件審決理由に置き換えたも
のと解して右判決理由について検討するに、右判決において、特許公報に掲載公表
されたことが特許法第三〇条第一項の刊行物発表に該当しないとする理由は、「け
だし同条にいう「発表」とは、特許を受ける権利を有する者が自らの発表せんとす
る積極的な意思をもつて発表することであり、他人が発表することを容認するよう
な消極的な意思が存在するだけでは同条にいう「発表」とはいえないからであ
る。」というものである。ここでは「積極的意思」と「消極的意思」の区別がされ
ているが、特許出願人は、すべからく特許を得ることを希望して出願をし、その過
程において出願公告を経て始めて特許となるのである。したがつて、特許を得よう
とする出願人は、特許公報に掲載されるよう積極的意思は持つているが、不幸にし
て特許要件を満たさないものと審査において判断された場合は、出願人の意思にか
かわらず、特許公報に掲載してもらえないにすぎない。したがつて、「積極的」あ
るいは「消極的」という主観的要件によつて適用が左右されるのであれば、発明者
及びその承継人である出願人は、「積極的」に米国特許公報に掲載されることを希
求していたのであるから、なお特許法第三〇条第一項の規定の適用は、認められな
ければならない。次に、右判決は、「出願公告は、特許庁長官が特許公報に所定事
項を掲載して行なうものであつて(特許法第五一条)、出願人(特許を受ける権利
を有する者)の出願に係る発明を発表しようという積極的な意思に基づいてなされ
るものではない。特許を受ける権利を有する者が特許出願をするのは、それによつ
て特許権を取得するか、他人の特許権取得を阻止する(審査請求をしない場合)こ
とにあり、特許公報による出願公告又は出願公開により、出願に係る発明を発表す
ることを意図してなされるものではないというべきである。」とし、特許公報によ
る発明の発表に関する理は、「日本特許公報であつても、米国特許公報であつても
異なるところはない。」としている。しかしながら、本件における問題は、米国に
おける特許公報掲載であり、それは決して日本における特許公報掲載と同じ手続で
なされているものではない。すなわち、米国特許法第一二二条は、特許商標庁の出
願の秘密保持義務について、「出願人又は特許権者の同意なしにその出願に関する
いかなる情報も漏らしてはならない。」とその基本原則を規定している。したがつ
て、出願の審査請求後は、出願人の意思とかかわりなく審査の手続過程が進行し、
出願公告も出願人の意思にかかわりなくされる日本の特許法とは全く異なつた態様
で進行する。そして、日本の出願公告と本質的に異なるところは、米国において
は、それに対応する出願公告制度がなく、かえつて、同特許法第一五一条の特許証
の発行に関する規定において、一〇〇パーセント出願人の意思で発行がされる建て
前になつており、同条第一パラグラフにおいては、「出願人が、法律に基づいて特
許を受ける資格を有すると認められるときは、出願について特許通知書が出願人に
交付又は郵送される。この通知書には、発行料金又はその一部を構成する金額が明
記されている。この金額は、その後三か月以内に納付されなければならない。」と
規定し、指定金額の納付を専ら出願人の意思にゆだねている。そして、納付の効果
については、同条第二パラグラフで、「この金額の納付後速やかに特許証が発行さ
れる。しかし、所定の期間内に納付されないときは、その出願は、放棄されたもの
とみなされる。」と規定し、特許証の発行が出願人の指定料金の納付に係るもので
あることを明記している。すなわち、料金の納付が出願人の意思によつてなされる
と明細書を特許公報に掲載し、それと同日付で該公報を添付して特許証が発行され
るのであつて、この公報掲載は、出願人が自己の明細書を公報に掲載して公表する
ことの代償として特許証を受けるという積極的意思のもとに料金を納付して公報に
掲載したものであり、日本国特許法のもとにおける公告とは本質的に性質を異にす
るものである。したがつて、本件審決引用の前記判決が「右の特許公報による発明
の公表に関する理由は、日本特許公報であつても、"
米国特許公報であつても異なるところはない。」との前提のもとになした判断は、
本件には適用の余地のないものであることが明らかであつて、米国特許公報の明細
書の掲載については、特許法第三〇条第一項の規定の適用があるとするのが正しい
解釈である。次に、法律の文言からみても、特許法第三〇条第一項は、同法第二九
条第一項第三号に規定する「刊行物」と全く同じ概念を採用したものであり、後者
の刊行物の典型が特許公報であるところからすると、新規性に関する同法第二九条
と第三〇条の「刊行物」を同一範囲のものとするとして規定していると解するのが
法律の解釈として正しい態度である。更に、現行特許法第三〇条第一項が旧法(大
正一〇年法律第九六号特許法をいう。以下同じ。)の該当規定になかつた事項を加
えた趣旨は必ずしも明らかでないが、旧法にはなかつた発明者(出願人)保護の規
定が積極的に加えられ、しかも、規定の文言上も特許公報を当然含む法律概念を採
用するに至つたことにかんがみると、立法の経緯、一般学説、法律の文言解釈、審
査便覧のいずれによるも、米国特許公報における特許明細書の掲載をもつて同条項
の規定の適用ありと解するのが妥当である。また、以上のことを「発表」という点
からみても、日本国特許法に基づいて特許出願をした場合には、出願人が審査請求
をした後は、審査官による審査がなされ、明細書の記載に関する特許法第三六条、
特許要件に関する同法第二九条等所定の要件が職権で判断され、拒絶理由が存在し
ないことが確かめられて始めて出願公告をすべき旨の決定がされ、特許公報に掲載
されることになつており、このため、特許法のもとにおける特許出願公告は、出願
人が当初考えた明細書の内容と相当程度の変更を受け、かつ、実際に公告される時
期も出願人の考えている時期と大幅に変わつて来る場合が多く、したがつて、特許
公報に掲載されることをもつて、出願人が出願に係る発明を「発表」するというに
は、通常の意味からややかけ離れたものであると感ぜざるを得ないところがあるの
に対し、米国特許法における特許公報掲載は、日本におけるそれと本質的にその態
様を異にするものであることは、前述のとおりであつて、許可通知書が出願人に交
付される段階で明細書の内容は確定しており、公表される明細書の内容はこのよう
に確定しているため、特許料納付により発行される公報が出願者の意向と無関係に
変更されることは全くないのみならず、その発行も特許証と同日付で発行され、し
かも、特許証の発行は、特許料の納付後速やかになされるのである。このように、
米国における特許公報は、最終的に明細書の内容が確定し、その確定した内容の明
細書が公表されることの代償として特許権を得ようと決意した出願人(米国の場
合、出願人は常に発明者である。)が特許料を納付することにより、速やかに発行
されるものである。以上のように、米国における特許公報掲載は、出願人が公表さ
れることを認容した内容そのままの明細書が、その後速やかに発行されているの
で、発明者がいわゆる専門誌あるいは研究機関誌に掲載して発表する場合と何ら変
わりのないもので、「公表」の典型的一事例である。また、特許法第三〇条第一項
は、単に「刊行物に発表し」と規定し、発表の対象が「刊行物」であることを規定
するのみで、そこに発表する発明者の主観的意図については何も規定していない。
したがつて、発明者の主観的意図を推定したうえで、その内容により同項を適用し
たり、不適用とすることは違法である。もともと、特許権を取得することは、一方
において当該発明の実施に関する専用権を取得するとともに、他方においては、当
業者が容易に実施をすることができる程度に記載した当該発明の明細書を公開する
ことをその代償とするものであり、特許出願に係る明細書は、一方において権利取
得の対象となる発明の内容を記載すると同時に、専用権取得の代償としての技術公
開の書面でもあるわけであつて、特許出願に係る明細書については、常に当該発明
の内容を公開するための書面であることを発明者は当然の前提として意識してお
り、この点を無視して、特許出願に係る明細書の公報は特許法第三〇条第一項の規
定の適用の対象外であるとするのは、法律の規定文言を無視した解釈で許されな
い。本件の場合、先の特許出願をしたのは米国においてであり、当該出願が特許さ
れても、日本国における権利取得は何もできないのであるから、これを目して、権
利取得に係るものであるから特許法第三〇条第一項の規定の適用はないということ
は、この点においても誤つたものであることが明らかである。
第三 被告の答弁
 被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因一、二の事実は、認める。
二 同三の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のよう
な違法の点はない。
1 審査便覧違背の主張について
 審査便覧は、審査便覧のはしがき(甲第四号証の二)に記載されているとおり、
特許及び実用新案制度を運用するに当たり、すべての出願について、その審査が一
定の基準に従つて、公平妥当、かつ、迅速に行なわれるために、審査の実務上必要
な関係法令、例規、取決め、文例などを解説したものであつて、その「一定の基
準」は、法律、規則、命令のいずれでもなく、単に特許庁内部の運用基準にすぎな
い。したがつて、審査便覧違背があつたと仮定しても、法令違反ではないから、本
件審決が審査便覧に違背したことを理由にその取消しを求める原告の主張は、理由
がない。ちなみに、特許庁において制定した審査便覧について展望すると、特許法
第三〇条第一項の「刊行物に発表し」に関する取扱いについては、一〇・三八A
(甲第四号証の三)において、「特許を受ける権利を有する者が、国内または外国
で発行された図書、雑誌、新聞、特許公報等の刊行物に発表し」と記載されていた
が、特許公報に掲載されることが、同条項にいう「刊行物に発表」したことに該当
しないとする取扱いが漸増し、昭和五二年に右審査便覧一〇・三八Aの項は削除さ
れた。また、出願に係る発明が特許公報に掲載されて公表されることは、特許法三
〇条第一項にいう「刊行物に発表し」には該当しない旨の特許庁の審決に対して、
これを支持する東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件判決(昭和五七年
六月二二日言渡し)が確定しており、その取扱いは、定着している。
2 法令の解釈適用の誤りの主張について
 原告は、米国特許明細書に発明を掲載したのは、出願人の積極的意思によつてな
したものであり、同公報掲載については、特許法第三〇条第一項の規定の適用があ
るとするのが正しい解釈であり、この見地からみても、本件審決は取り消されるべ
きである旨主張する。しかし、米国特許法第一五一条の規定は、特許証の発行費用
の負担義務が出願人にあることを明らかにしたものであつて、米国特許商標庁の特
許料金に関する手続を定めたものである。したがつて、出願人による同法条に定め
る料金の納付行為は、出願人による右義務の履行であつて、特許証取得のためのも
のにすぎない。すなわち、米国特許商標庁は、法令に従つて、所定期間内における
出願人による右義務の履行後、特許明細書を発行し、右義務の履行がなければ、出
願は放棄されたものとみなし、特許明細書を発行しないだけのことである。その際
には、出願人において、出願に係る発明を積極的に発表する意思の有無にかかわり
なく、特許を受ける意思さえあれば(手続を完遂しさえすれば)特許明細書は発行
されることになるのである。また、出願人による特許証の発行料金又はその一部を
構成する金額納付後、特許商標庁長官の権限により、特許明細書を掲載した特許公
報が印刷されるのであつて、同公報の発行は、発明を公表するために特許商標庁が
行うものであつて、出願人の、出願に係る発明を発表しようという積極的な意思に
基づいてなされるものでないと解される。してみれば、本件審決が、東京高等裁判
所昭和五六年(行ケ)第二二号事件(昭和五七年六月二二日判決言渡し)において
判示された理由をもつて、本願発明に対し特許法第三〇条第一項の規定の適用を認
めないとしたのは正当である。更に、特許法第三〇条第一項の規定の趣旨は、特許
出願をすることなく、自ら発明を公開した者が、その後、その発明について特許出
願をした場合、特許を受けることができないとすることは、その者にとつて酷であ
り、また、産業の発達に寄与するという特許法の目的に反する結果となることか
ら、同条項の要件を具備した場合には、
発明が公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないことを明らか
にしたものであると解される。したがつて、同条項の解釈、適用は、その趣旨に合
うよう必要な限度に留めるべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般
に不測の損害を与える結果を生じさせることがあつてはならない。そこで、米国特
許明細書についてみると、外国に特許出願をした者が、当該発明について日本国に
特許出願をするに当たり、パリ条約第四条所定の優先期間が経過したにもかかわら
ず、外国において出願公開のために発行した特許公報を特許法第三〇条第一項にい
う刊行物であるとして、同条項の適用を認めた場合、特許を受ける権利を有する者
に対して、優先権主張の利益のほか、更に重ねて保護を与えることになり、他面、
当該発明の日本語による公開が日本国における出願日から一年六月を経過した後に
なされることによつて、優先権主張を伴う特許出願がなされた場合と比較して遅延
し、それだけ第三者に不利益を与える弊害を生ずることになる。してみれば、特許
を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願をした結果、その発明を
公開すべく特許公報に掲載されることは、特許法第三〇条第一項にいう「刊行物に
発表し」には該当しないものと解すべきである。そして、この理は、米国特許明細
書に対しても該当する。
第四 証拠関係(省略)
       理   由
(争いのない事実等)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が原告主張の
とおりであることは、当事者間に争いがなく、本願発明が原告の特許出願に係る本
件米国特許公報記載の発明と同一であることは原告の認めるところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件における実質的な争点は、帰するところ、原告主張の本件米国特許公報が
特許法第三〇条第一項にいう刊行物に当たるか否かにある。よつて、審案するに、
特許法第三〇条第一項は、同法第二九条第一項の新規性喪失に関する規定の例外規
定と解せられるところ、同法第三〇条第一項の規定によると、刊行物で新規性喪失
の例外となるものは、「特許を受ける権利を有する者」が「発表し」た刊行物に限
られるのであつて、ここに、特許を受ける権利を有する者が発表したとは、同法条
の文言に照らし、その発表の態様から、特許を受ける権利を有する者が主体的にそ
の発明について発表行為(公表行為)をしたものと社会通念上認め得る場合をいう
ものと解するを相当とし、当該刊行物の発表の態様が社会通念上叙上の趣旨に当た
らない場合は同条項の発表に該当せず、その規定の適用を受け得ないものというべ
きである。このことは、同条項において新規性喪失の例外をなすものとして上記例
と並列的に示されている「特許を受ける権利を有する者」が「試験を行い」又は
「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもつて発表す
る」との行為態様と対比し、十分に肯認することができる(なお、付言するに、こ
のように解することは、「刊行物」の意義を特許法第二九条第一項第三号のそれと
別異に解するものでないことはいうまでもないところであり、未頒布の刊行物が同
条項第三号に該当しないのとの同断である。そして、叙上の意味で特許法第三〇条
第一項の刊行物に該当しないものであつて、それが特許を受ける権利を有する者の
意に反して発表された場合は、同条第二項の規定によりその発明は救済を受け得る
こととなる。)。ところで、本件米国特許公報は、原告がアメリカ合衆国特許商標
庁に特許出願をし(右出願行為が特許権の取得を目的とするものであつて、発表行
為に当たらないことは論ずるまでもない。)、特許権取得の過程において同国特許
商標庁が発行した刊行物であつて、その発表の態様からみると、本件米国特許公報
は、原告の特許出願に係る発明の明細書として、同国特許商標庁が発表した刊行物
と認められ、本件特許公報をもつて社会通念上前説示の意味で特許を受ける権利を
有する原告が発表した刊行物とは到底認め得ないものというべきである(なお、米
国特許公報が特許を受ける権利を有する者の意思に反して発行されたものといい得
ないことは論ずるまでもないところである。)。原告は、米国特許公報が我が国の
特許公報と同視し得ないもので、特許法第三〇条第一項の刊行物に当たる旨るる主
張するが、米国特許公報がその主張の手続経過のもとに発行されるものであつて
も、我が国の特許公報が特許庁が主体的に発行する刊行物と認められるのと同様、
その発行態様において同視し得るものというべく、米国特許公報をもつて前段認定
と異なる性質の刊行物と認めることはできない。そうすると、本件米国特許公報に
ついて特許法第三〇条第一項の刊行物に該当せず、同条項の規定の適用がないとし
た本件審決の判断に誤りはないというべきである。なお、原告は本件審決が特許庁
編集に係る審査便覧に記載したところに違背し、本件米国特許公報について特許法
第三〇条第一項の規定を適用しなかつた点を取消事由として主張するが、審査便覧
は、法令的性格を有するものではなく、特許庁が特許制度等を運用するに当たつ
て、出願に対する審査が一定の基準に従つて、公平妥当、かつ、迅速に行われるこ
とが必要であるとの観点から、実務上必要な関係法令、例規、取決め、文例などを
解説し、これを一定の分類によつて整理したものであつて、いわば特許庁内部にお
ける審査、審判の運用基準にすぎないものであるから、たとい、審査便覧が外部に
公表されたとしても一般の参考に供する以上の意義を有するものとは認めることは
できない。したがつて、審査便覧に記載された基準と異なる取扱いがなされたとし
ても、その取扱いが法令違背となる場合には、その法令に違背する点を端的に争え
ば足りるものというべく(現に、原告は、この点について前判示のとおりその主張
をしている。)、単に審査便覧に違背したことそれ自体は何ら審査、審判を違法な
らしめるものということができない。それゆえ、この点に関する原告の主張は、採
用する限りでない。
 そうであるとすれば、本件審決には、原告主張の違法の点はなく、本件審決の認
定判断はその結論において正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由
に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。
よつて、これを棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法第七条及び民
事訴訟法第八九条の規定を、上告のための付加期間の付与について同法第一五八条
第二項の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 武居二郎 高山晨 川島貴志郎)

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独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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職種 事務職
時給 当社規定による
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応募方法
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