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平成18年12月8日宣告殺人被告事件
平成18年第18号
主文
被告人を懲役17年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
押収してある洋包丁1本(平成18年押第3号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,従前妻子ある身であったが,結婚前に交際していたことがあるXと,
平成8年ころ再会したことを契機に不貞関係となり,その後自ら離婚し,Xも当時
の夫と離婚して,平成10年8月,2人は結婚した。被告人は,Xの子であったY
及びZと養子縁組をしたため,X,Y及びZはいずれもA姓となった。被告人は,
Xとの結婚に当たり,実子の引き取りをあきらめ,自宅を処分し,Xが被告人の前
妻から請求された慰謝料も用立てるなどし,結婚後は,料理人としてホテル等に勤
務しながら,Xと円満な夫婦生活を送り,Y及びZとも実の親子のように暮らして
いた。平成16年5月,被告人は,念願であった飲食店を開業したところ,店の経
営を軌道に乗せるため極めて多忙となったため,今までのように親子で夕食を食べ
たり,会話をする時間はほとんどなくなるようになり,家族間のコミュニケーショ
ンが希薄になっていった。ところで,このような状況の中,Xは,同店の経理や配
膳等をして被告人を支えていたが,店の経営の経験がなかったことから次第にこれ
らの仕事に追われ,これを負担に感じるようになり,被告人の態度に不満を抱き,
平成17年5月ころ以降は,慢性的に体調不良の状態となった。そのような体調で
あったため,Xは,被告人からの夫婦生活の求めに応じないでいたところ,被告人
からは浮気をしているのではないかと疑われるようになり,被告人に対する不満を
ますます募らせていった。そして,平成18年1月に至り,Xは,自分に手術を要
する疾患が見つかったこともあって,店の経営のみの,時間に追われるような被告
人との生活に疲れ,被告人に対する気持ちも離れていき,同年2月ころには,被告
人との離婚を真剣に考えるようになり,Y及びZにも相談したところ,両名が離婚
に賛成したことから,離婚に向けて,アパートを探すなどの準備を始めた。そのこ
ろ,被告人は,Xの態度が冷たくなったと感じ,同人の負担を減らすため,パート
従業員を増やすという対処はしたものの,店は家族のためにやっているのだとして
仕事のやり方を変えず,Xの仕事に対する態度が気に入らないとして同人に手をあ
げたり,自分の気持ちを分かってくれないXが悪いとの思いを強く持つようになっ
た。
同年6月8日夜から同月9日未明にかけて,Xは友人と飲食した際,被告人から
十数回も電話されるなどしつこく干渉されたことに嫌気が差し,被告人との離婚を
決意し,同日のうちに離婚届用紙を入手して自己の名前を署名し押印して書類を整
えた。
同月10日午前8時30分ころ,被告人は,自宅兼店舗1階のダイニングキッチ
ンで,Xとささいなことから口論となったところ,Xから突然上記離婚届用紙を差
し出された。被告人は,Xが離婚を考えているとは全く予想していなかったので大
きな衝撃を受け,同人に対し思いとどまってくれるよう頼んだが,既に離婚の意思
を固めているXは,被告人の期待するような優しい返事をしなかった。また,被告
人は,Xとの口論の間,ずっと同じ室内にいたYが,既にXから離婚の相談を受け
ていたことを知り,実の息子同様に接してきたはずのYも被告人とXの離婚に賛成
しているのかと思い,同人から裏切られたとの思いを抱いた。
同日午前10時前ころ,被告人は,仕事のためいったん話を止め,その後の昼食
の席で,再び,Xに対し,離婚を考え直すよう頼んだ。しかし,同人の気持ちは変
わらず,被告人は,離婚が現実のものとなったとして大いに不安になると共に,X
が自分勝手な理由で一方的に自分に離婚を押しつけていると感じ,怒りと悔しさを
募らせた。また,被告人は,同じ部屋にいて被告人とXのやりとりを聞いていたY
に対しても,自分を裏切ったとの思いを強くし,Xに対するのと同様の怒りを覚え
た。
同日午後3時10分ころ,被告人は,Yと共に料理の配達に出かけようとするX
に対し「仕事が手に付かない」とこぼしたところ,同人から,離婚話をされて平,。
気な人はいない旨返答された。被告人は,いたわりあるいは謝罪の言葉を期待して
いたため,この返事に激怒し,先刻来の怒りや悔しさを募らせ,Xに対し激しい憎
悪を抱くようになった。また,被告人は,このころ,同日夜は来客が多いのが分か
っているのに,離婚話のため全く営業の準備ができていないことに気づいたが,そ
れでも仕事は手に付かず,焦り追い詰められた気持ちになった。
同日午後3時30分ころ,X及びYが帰宅したため,被告人は,再度Xに考え直
すよう話をしたいと思ったが,先程のような冷たい態度をされることを恐れ,躊躇
していたところ,Xは,被告人の姿を認めても話しかけず,すぐに別室に行ってし
まった。被告人は,Xから無視されたと思いこみ,同人を失う不安を募らせると同
時に,自分は,Xと一緒になるため,実の子と別れる等様々なものを犠牲にしたの
に,Xはそんな自分の愛情や献身を少しも分かろうとせず,自分を用済みのように
捨てようとしている,Xと離婚したら,自分には何も残らないのに,XにはYやZ
が残るのは不公平だ,どうして自分だけこんなつらい思いをしなければならないの
だ,等の思いが改めてこみ上げてXへの憎悪が増した。そのころ,Xが被告人の側
を通って自宅2階へ上がっていったが,やはり,被告人に対し言葉をかけなかった
,,,,ことから被告人は改めてXに尽くしてきた自分の人生を全否定されたと感じ
Xを殺し自分も死のうとも考えたが,まだXへの愛情があった上,同人を殺してし
まうと,自分の上記のような様々な思いをXに思い知らせることができないと思い
直した。そして,被告人は,Xを死なせてしまうより,ひとりぼっちになってしま
,,う苦しみや悲しみ被告人自身がどれだけXに尽くしてきたか等を分からせるには
一生苦しめてやるのがよいとの気持ちを抱き,そのためには,命の次に大切なもの
を奪えばよいと思った。その時,被告人はとっさに,自分がXから用済みと思われ
たのは,Xが自分ではなくYを頼りにしているからだと考え,Xを殺す代わりに同
人が大切にしているYを殺し,Xを一生苦しめてやろう,Yを殺せば,Xは頼りを
,。,,,失い自分のありがたみが分かるだろうと思いついたまた被告人はYに対し
自分を裏切ってXの味方をしたという強い憎しみを感じていたこともあって,Yを
殺害することを決意した。
そこで,被告人は,自宅に併設してある店のカウンター上に普段使用している洋
包丁(刃体の長さ約14センチメートル,平成18年押第3号の1)が置いてある
のを目にすると,店に行ってこれを手にし,右手に隠し持って,1階ダイニングキ
ッチンにいたYに近づいた。
(罪となるべき事実)
被告人は,平成18年6月10日午後3時37分ころ,山形県鶴岡市ab番地c
所在の被告人方1階ダイニングキッチンにおいて,同所の長いすから立ち上がり,
(),被告人の入ってきた部屋の出入り口に向かおうとしていたY当時17歳に対し
殺意をもって,同人の左肩辺りに自分の体の正面をぶつける形で相対し「Xの代,
わりに死んでくれ」と言いながら,上記洋包丁を振り上げ,大きく反動を付けて。
。,,Yの上半身左側をめがけ振り下ろし同人の背部左側を突き刺した被告人はYが
「何するんだ,この野郎」等と叫び,しりもちをつくようにその場で仰向けに倒。
れ,Xに助けを求め大声を上げたことから「父さん」ではなく「この野郎」と呼,
,,,ばれたことに激高し更に殺意を強めて倒れたYに覆い被さるような姿勢をとり
同洋包丁で同人の左脇腹や左腰付近を狙って数回突き刺した。その後,Yの悲鳴を
聞いてXが駆けつけたため,被告人はその場に立ち上がったところ,Xは,被告人
,,「。」とYの間に割り込み同人をかばうように同人に覆い被さりながら何すんなや
等と叫んで被告人をにらみつけた。被告人は,Xの言動から,更に同人に対する怒
りを募らせたものの,同人を傷付けることは避けて,再度Yの上半身左側に切りつ
け,同人がこれを防ごうと左腕を持ち上げると,その腕をめがけ数回切りつけた。
以上の行為の結果,被告人は,Yに対し,左肩甲間部刺創等の傷害を負わせ,よっ
て,同日午後6時10分ころ,同市de番f号所在のB病院において,同人を上記
刺創等に基づく外傷性血気胸により死亡させて殺害した。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
罰条刑法199条
刑種の選択有期懲役刑を選択
未決勾留日数の本刑算入同法21条
没収同法19条1項2号,2項本文
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が,妻から離婚話を切り出されたことに激高し,妻から子を奪う
ことにより妻を苦しめようと企て,妻の実子であり被告人の養子であった被害者を
殺害した事案である。
被告人は,犯行の動機につき,自分は妻であるXを愛し,すべてを捨てて尽くし
てきたのに,同人が被告人の愛情や献身を分かろうとせず,身勝手な理由で離婚を
,,,,,,要求し被告人を捨てようとしたので同人に対する怒り憤り悲しさ悔しさ
憎悪の余り,同人をより苦しめ思い知らせるため,同人自身ではなく,同人の実子
であるYを殺害した旨供述する。しかし,夫婦間にどのような事情があろうと,そ
のために何の罪もない子どもを巻き添えにし犠牲にすることがわずかでも正当化さ
れることはない。そもそも,被告人とXの夫婦関係がうまくいかなくなったのは,
被告人の開いた飲食店の経営に疲れ果て体調を崩したXに対して「店は家族のた,
めにやっている」という被告人の論理を押し通し,Xの心情を慮ることなく,同。
人の不満の原因を十分理解しようともせず,自分はXのためにすべてを犠牲にし,
尽くしていると思いこみ,自己満足していた被告人の独善的態度にも大いに原因が
あるというべきである。それにもかかわらず,被告人は,自分の問題性に目を向け
ず,夫婦不和の原因をひたすらXのみに求めた上,犯行直後,多量の出血に苦しむ
Yを前にしたXに対し「Xは殺さない。一生苦しめてやる」旨言い放ったことか,。
らも明らかなように,離婚の意思を変えないXに復讐するため,同人に対する憎悪
や攻撃の矛先を,その場にいたにすぎないYに向け,殺害に及んだのであって,被
告人の発想は卑劣の極みというほかはない。なお,被告人は,Yが数年にわたり父
と慕ってくれたはずの自分を裏切り,Xに味方をしたことでY自身にも怒りを覚え
たというが,このような怒りが,身勝手かつ理不尽極まりないものであることはい
うまでもない。以上のとおり,本件犯行動機には,一片の同情の余地もなく,格別
に厳しい非難に値する。
被告人は,Yへの殺意を固めると,直ちに,目に付いた洋包丁を凶器として選ん
でいる。この洋包丁は,刃体の長さが約14センチメートル,峰厚最大1.4ミリ
メートルある,被告人自身が普段十分に手入れをし調理に使用していた鋭利で丈夫
,,。な刃物であったところ本件犯行によりその刃体は大きく曲がってしまっている
殺害の態様は,全く無警戒であったYに対し,被告人が洋包丁を背後に隠して近づ
き「Xの代わりに死んでくれ」と言いながら,一撃で殺害しようとして,大きく,。
反動をつけ体の枢要部である背中を思い切り突き刺した上,驚きの叫びを上げ,倒
れ込んでXに助けを求めているYに対し,ためらうことなく,とどめを刺すため,
同人に覆い被さり,左脇腹や左腰付近を狙って数回突き刺し,さらに,駆け付けた
Xが,Yをかばってその体に覆い被さっている状態になった後にも,Xを避け,Y
の上半身左側をめがけて数回にわたり切りつけている。
Yの負った傷害は,背面左肩甲間部に,左肺に達する深さ約10センチメートル
の刺創1個,背面左肩甲下部に,後腹膜腔内結合組織に至る深さ約10センチメー
トルの刺創1個,左肘付近に長さ2.4センチメートルないし6.2センチメート
ルの切創6個,その他左拇指等に切刺創数個であるが,背面の2個の刺創はいずれ
も深く重篤なものであった。そして,Yは,左肩甲間部刺創に起因する肺損傷がも
たらした外傷性血気胸により死亡した。
これらの事情は,いずれも,被告人の殺意の強固さ,攻撃の執拗さ及び強力さを
十二分に示すものであり,本件は極めて悪質な犯行であったというべきである。
もとより,被害者であるYに何ら落ち度はない。同人は,素直で優しい真面目な
青年であり,家族,級友,学校の先生,被告人の店の客らに愛され,平成10年以
来8年間にわたって被告人を父と慕い,将来は被告人と同じ料理人になりたいと言
っていた時期もあり,被告人の店の手伝いも嫌がらず,むしろ積極的にメニューを
作ったりして,被告人に協力してきたのである。17歳,高校3年生という,将来
に大きな夢を抱き青春を謳歌している時に,長年家族として暮らし父として慕って
きた被告人から突然刃物で刺され,多量出血のうちに意識が遠のきながらも,母の
問いかけに「死なね」等と答えながら死を迎えていった悔しさ,恐怖は想像を絶。
するものであっただろうし「Xの代わりに」という理不尽極まりない理由で殺害,。
,。,,され将来を奪われた無念さは察するに余りある最愛の息子を自分の代わりに
という理由で夫に殺害され,更に,息子の最期の場面に居合わせることになったX
の悲しみ,苦しみ,怒り等の心情は,推し量ることも困難なものであり,その悲嘆
は限りないものといえよう。遺族であるX及びZが,被告人に対し厳罰を希望して
いるのも当然というべきである。
以上のとおり,被告人の刑事責任は極めて重大である上,被告人は,現在も,自
ら命を奪ったYへの謝罪より,Xに自分の気持ちを理解させることを最優先してい
ると思わざるを得ない態度が見られることからすると,自分の犯した罪にどこまで
真摯に向き合っているのか疑問なしとしない。
このような諸事情にかんがみると,被告人に有利に斟酌できる事情,すなわち,
被告人は,本件犯行後自ら警察に出頭し,一貫して事実を認めていること,Yに対
しては申し訳ないことをした旨一応述べており,被告人なりの反省の念がうかがわ
れないとはいえないこと,本件は計画的な犯行であるとまでは評価できないこと,
,,被告人には前科前歴がないことなどの事情を最大限考慮しても被告人に対しては
相当長期の実刑をもって臨むほかはない。
なお,弁護人は,被告人が警察に出頭したのは,自ら犯罪事実を捜査機関に申告
して処分を委ねようという心理状態であったのであるから,自首が成立する場合と
同様の評価をするべきであると述べる。しかし,本件では,被告人が警察へ出頭す
る以前に,Xから110番通報がなされていることからすれば,被告人が出頭した
時点で,被告人が罪を犯したことは捜査機関に明らかになっている。自首による減
軽は,捜査機関が未だ犯人を把握できていない段階で,犯人自らが進んで犯罪事実
を申告し,捜査,処罰を容易ならしめる点を評価してなされるものであることから
すれば,被告人の心理状態のみに重きを置き,本件において犯行発覚後の被告人の
警察への出頭を自首と同様に評価することはできない。
よって,主文のとおり量定する。
(求刑懲役18年,洋包丁1本没収)
平成18年12月8日
山形地方裁判所鶴岡支部
裁判長裁判官横山巌
裁判官武宮英子
裁判官藤原典子

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