弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人の控訴を棄却する。
         理    由
 一 第一審裁判所は、「被告人は、(一)昭和四六年六月四日ころ、大阪市a区
b町c番地AことB方二階において、賭博場を開張し、Cら一〇名位の賭客を集合
させ、引き札、張り札等を使用して俗に手本引と称する賭銭博奕をさせ、同人らか
ら寺銭を徴収して利を図り、(二)同月八日ころ右賭博場において、自ら胴師とな
り、金銭を賭し、DことEほか八名位の張り客を相手に引き札、張り札等を使用し
て俗に手本引と称する賭銭博奕をした。」との事実を認定して、被告人を有罪とし
た。
 原裁判所は、被告人の控訴を容れ、第一審判決には判決に影響を及ぼすことが明
らかな訴訟手続に関する法令違反があるとして、これを破棄し、被告人を無罪とし
た。その理由の要旨は、次のとおりである。
 (一) 第一審判決が証拠として挙示しているメモ写し(司法警察員作成の「暴
力団F組員を主体とした手本引博奕開張の資料入手について復命」と題する書面に
添付されているもの。以下「本件メモ写し」という。)の原物であるメモは、いわ
ゆる暴力団であるGの組員である被告人らが、昭和四六年四月二四日ころから同年
六月一七日ころまでの間、連日のように賭博場を開張し、俗にいう手本引博奕をし
た際、開張日ごとに、寺師や胴師の名前、張り客のうちいわゆる側乗りした者の名
前、寺銭その他の計算関係等を記録したものであつて、本件とは別の恐喝被疑事件
の捜索差押許可状に基づき差し押えられたものであるが、その差押は、同許可状に
差押の目的物として記載されていない物に対してされた違法なものである。すなわ
ち、(イ)昭和四七年二月八日奈良県天理警察署司法警察員は、DことEに対する
恐喝被疑事件につき、奈良簡易裁判所に対し捜索差押許可状の発付を請求し、その
請求書に、被疑事実の要旨として、「暴力団Gの若者頭補佐であるE及び同組と親
交のあるHが共謀のうえ、右Eにおいて、昭和四七年二月二日午前八時ころ、奈良
県天理市d町e番地の県会議員I方に赴き、同人に対し『俺とお前の友達のJとは
昔からの友人や。Jは今金がなくて生きるか死ぬかの境目や。Jを助けるために現
金二、〇〇〇万円をすぐ準備せよ。俺は生命をかけて来た。』と申し向けて所携の
拳銃を同人の胸元に突きつけ、さらに『金ができるのかどうか二つに一つの返事や。
金ができんのならJも死ぬやろう。俺も死ぬ。お前も死んでもらう。』と申し向け、
右要求に応じなければ射殺する勢を示して脅迫し、よつて同日同所で同人から現金
一、〇〇〇万円の交付を受けてこれを喝取した。」旨を記載していた。(ロ)同日
同簡易裁判所裁判官は、捜索すべき場所を「大阪市南区f町g番地G事務所及び附
属建物一切」、差し押えるべき物を「本件に関係ある、一、暴力団を標章する状、
バツチ、メモ等、二、拳銃、ハトロン紙包みの現金、三、銃砲刀剣類等」と記載し
た捜索差押許可状を発付した。(ハ)天理警察署及び奈良県警察本部の司法警察職
員は、右許可状に基づき、同年二月一〇日前記G事務所において、同組組長Kの立
会のもとに、F名入りの腕章、ハツピ及び組員名簿等とともに本件メモ写しの原物
であるメモ一九六枚を差し押えた。(ニ)同年四月ころ、奈良県警察本部は、右メ
モ一九六枚の写しを作成し、これをG組員による賭博ないし賭博場開張図利の容疑
事実の資料として所轄の大阪府警察本部に送付し、同府警及び大阪地方検察庁にお
いて右メモ写しに基づいて捜査を遂げ、同年一〇月一八日本件公訴が提起されたも
のであつて、右メモ一九六枚中に本件公訴事実の賭博場開張及び賭博を記録した八
枚が含まれていたのである。これは、賭博の状況ないし寺銭等の計算関係を記録し
た賭博特有のメモであることが一見して明らかであり、前記許可状請求書記載の被
疑事実から窺われるような恐喝被疑事件に関係があるものとはとうてい認められず、
また「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」に該当するものとも考えられないか
ら、その差押は、許可状に差押の目的物として記載されていない物に対してされた
違法なものといわざるをえない。
 (二) 右の違法の程度は、憲法三五条及び刑訴法二一九条一項所定の令状主義
に違反するものであるから、決して軽微なものとはいえない。
 (三) そのうえ、弁護人は、本件メモ写しの証拠調につき異議を述べていた。
 (四) このような証拠を罪証に供することは、刑事訴訟における適正手続を保
障した憲法三一条の趣旨に照らし許されない。
 (五) 第一審判決の挙示する被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調
書の記載は、形式的には本件メモ写しとは独立した自白であるが、内容においては
その説明に過ぎないものと認められるので、これもまた証拠として利用することが
許されない。
 (六) 第一審判決が挙示し又は第一審において取り調べたその余の証拠によつ
ては本件公訴事実を認定することはできない。
 二 本件メモ写しの原物であるメモが前記捜索差押許可状の目的物に含まれるか
どうかが、上告趣意全体の前提となる論点であるから、まずこの点につき職権によ
り検討すると、右メモが右許可状の目的物に含まれていないのでその差押は違法で
あつたとする原判断は、法令に違反したものというべきである。
 すなわち、右捜索差押許可状には、前記恐喝被疑事件に関係のある「暴力団を標
章する状、バツチ、メモ等」が、差し押えるべき物のひとつとして記載されている。
この記載物件は、右恐喝被疑事件が暴力団であるGに所属し又はこれと親交のある
被疑者らによりその事実を背景として行われたというものであることを考慮すると
きは、Gの性格、被疑者らと同組との関係、事件の組織的背景などを解明するため
に必要な証拠として掲げられたものであることが、十分に認められる。そして、本
件メモ写しの原物であるメモには、Gの組員らによる常習的な賭博場開張の模様が
克明に記録されており、これにより被疑者であるEと同組との関係を知りうるばか
りでなく、Gの組織内容と暴力団的性格を知ることができ、右被疑事件の証拠とな
るものであると認められる。してみれば、右メモは前記許可状記載の差押の目的物
にあたると解するのが、相当である。
 憲法三五条一項及びこれを受けた刑訴法二一八条一項二一九条一項は、差押は差
し押えるべき物を明示した令状によらなければすることができない旨を定めている
が、その趣旨からすると、令状に明示されていない物の差押が禁止されるばかりで
なく、捜査機関が専ら別罪の証拠に利用する目的で差押許可状に明示された物を差
し押えることも禁止されるものというべきである。そこで、さらに、この点から本
件メモの差押の適法性を検討すると、それは、別罪である賭博被疑事件の直接の証
拠となるものではあるが、前記のとおり、同時に恐喝被疑事件の証拠となりうるも
のであり、F名入りの腕章・ハツピ、組員名簿等とともに差し押えられているから、
同被疑事件に関係のある「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」の一部として差
し押えられたものと推認することができ、記録を調査しても、捜査機関が専ら別罪
である賭博被疑事件の証拠に利用する目的でこれを差し押えたとみるべき証跡は、
存在しない。
 以上の次第であつて、右メモの差押には、原判決の指摘するような違法はないも
のというべきであるから、これと異なる原判決の判断は法令に違反するものという
ほかなく、その違反は原判決に影響を及ぼしており、これを破棄しなければ著しく
正義に反するものと認められる。
 三 そこで、上告趣意に対し判断をするまでもなく原判決は刑訴法四一一条一号
により破棄を免れず、なお、第一審判決は正当であつて被告人の控訴は理由がない
と認めて同法四一三条但書、四一四条、三九六条によりこれを棄却するのが相当で
ある。
 よつて、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
 検察官栗本六郎 公判出席
  昭和五一年一一月一八日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    団   藤   重   光

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