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平成24年1月31日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(ワ)第44027号実施料等請求事件
口頭弁論終結日平成23年12月8日
判決
東京都大田区〈以下略〉
原告A
訴訟代理人弁護士田中治
同三船憲司
東京都千代田区〈以下略〉
被告ケンテック株式会社
訴訟代理人弁護士加藤伸樹
主文
1被告は,原告に対し,283万5000円及びこれに対する平成
22年11月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払
え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余は
被告の負担とする。
4この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,444万4815円及び内金283万5000円に対
する平成22年11月1日から,内金160万9815円に対する同年12月
19日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,原告が,特許出願中の発明について,被告との間で,独占的通常実
施権を被告に許諾し,被告が費用を負担して当該特許出願の審査請求を行うこ
となどを内容とする契約を締結したとして,被告に対し,上記契約に基づく約
定の実施料として283万5000円及びこれに対する約定の支払期限経過
後の遅延損害金の支払を求めるとともに,主位的に上記契約に基づく審査請求
費用として160万9815円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の
遅延損害金の支払を,予備的に審査請求義務の債務不履行に基づく上記審査請
求費用相当額の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の
全趣旨により認められる事実である。)
(1)原告の特許出願等
ア原告は,平成19年1月22日,発明の名称を「ボイドスラブの構築
方法」とする発明について,特許出願(優先権主張日平成18年8月7日,
優先権主張国日本,特願2007-11627号。以下「本件出願」とい
う。)をした(甲1)。
本件出願に係る特許請求の範囲は,次のとおりである(以下,請求項1
ないし9に係る各発明を「本件発明」と総称する。)。
「【請求項1】
基板に上端筋と下端筋をトラス鉄筋を介して配設したデッキプレート
のトラス鉄筋に,両側面に溝を形成した発泡樹脂製のボイド型枠を横方
向から押し込んで溝内にトラス鉄筋を収容して仮固定し,接続するデッ
キプレートのトラス鉄筋を仮固定したボイド型枠の反対側の溝に押し
込んでボイド型枠を固定すると共に基板同士を継手で連結し,この作業
を繰り返して所定の大きさに組み立て,この組み立て体を建築物の所定
の位置に設置してコンクリートを打設するボイドスラブの構築方法。
【請求項2】
薄鋼板の基板に上端筋と下端筋をトラス鉄筋を介して配設したデッキ
プレートのトラス鉄筋の間に,両側面に溝を形成した発泡樹脂製のボイ
ド型枠を上から押し込んで溝内にトラス鉄筋を収容させて固定し,接続
するデッキプレートの基板同士を継手で連結し,この作業を繰り返して
所定の大きさに組み立て,この組み立て体を建築物の所定の位置に設置
してコンクリートを打設するボイドスラブの構築方法。
【請求項3】
請求項1または2において,短尺のボイド型枠を間隔をあけてトラス鉄
筋に取り付け,この空間に梁用の鉄筋を配筋して格子状のスラブとする
ボイドスラブの構築方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかにおいて,番線を使用してボイド型枠をトラス
鉄筋に固定して浮き上がりを防止するボイドスラブの構築方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかにおいて,トラス鉄筋の上部にボイド型枠を固
定する押さえ鉄筋が設けてあるボイドスラブの構築方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかにおいて,デッキプレートを組み立てた後に上
端筋と下端筋に直交する鉄筋を配設する二方向ボイドスラブとするボ
イドスラブの構築方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかにおいて,デッキプレートの組み立てを建築物
近傍もしくは建築物内外の平坦部でおこない,組み立て後に建築物の所
定の位置に搬入するボイドスラブの構築方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかにおいて,ボイド型枠は,楕円形(円形,球形
も含む),四角形,面取した四角形のいずれかの断面の柱状体であるボ
イドスラブの構築方法。
【請求項9】
請求項8において,ボイド型枠の底面にコンクリート打設の際に底面に
貯留する空気を逃がすための複数の溝がボイド型枠の表面に形成して
あるボイドスラブの構築方法。」
イ原告は,平成22年1月19日,本件出願について審査請求をした(
甲6)。
(2)原告と被告間の本件発明の実施許諾等に関する契約の締結
原告は,平成19年10月1日,建築用の金属製品の製造,販売等を業と
する被告との間で,同日付け「契約書」(甲2。以下「本件契約書」という。)
を作成し,これをもって,原告の被告に対する本件発明についての独占的通
常実施権の許諾及び特許登録を条件とする専用実施権の設定等を内容とす
る契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約書には,以下の条項の記載がある(各条項における「甲」は「原
告」,「乙」は「被告」をいう。)。
「第1条(定義)
本契約において,下記の用語は次の定義に従うものとする。
「本件発明」とは,Aが発明し特許申請したボイドスラブの構築方法
(特願公開番号2007-011627,・・・)をいう。
「契約製品」とは,本件発明に包含される一切の製品をいう。
「許諾地域」とは,日本国及び特許出願国をいう。」
「第2条(実施権の許諾)
1甲は乙に対し,本契約の実施期間中,許諾地域において,本件発明
についての独占的通常実施権(以下,「本実施権」という)を許諾する。
2乙は前項の規定に基づき,本発明に基づく契約製品の製造,及び同
製造に基づくボイドスラブの販売並びに施工を行うことが出来る。
3甲は,本契約の実施期間中,許諾地域において,乙以外の第三者に
対して本発明の実施権を与えてはならない。
4乙は,第1項に基づき許諾された実施権を,第三者に対して再実施
権を許諾してはならない。」
「第3条(専用実施権)
甲と乙は,特許申請中の本件発明が特許設定登録されたことを条件に,
同登録と同時に,本契約内容と同一条件で,同特許にかかる専用実施権
を甲から乙に与える旨の専用実施権設定契約を締結したものとする。」
「第4条(本件発明の利用目標)
本件発明の休眠化を防止するため,販売目標を,初年度5万平米,翌
年度15万平米,翌々年度30万平米と設定する。
但し,甲・乙は,景気の動向,建築法令の改定,建築件数の増減,競
争デッキの趨勢や価格等の諸要因を検討協議の上,同販売目標数量を変
更することができる。」
「第5条(対価)
1乙は甲に対し,本実施料として,ボイドデッキ出荷量につき平米当
たり金壱百円を支払うものとし,これを毎月末日締めの翌月末日限り,
甲指定の口座宛に振り込んで支払うものとする(消費税別,以下同様)。
2本契約締結日の当該月の月末から3ヶ月経過後,前項の月額実施料
が金壱五万円に達しない場合は,4ヶ月目からは最低実施料として,乙
は甲に対し月額金壱五万円を支払う。
なお,月額実施料が金壱五万円を超える場合は,この最低実施料を支
払うことを要しない。」
「第7条(対価の不返還)
本契約に基づき乙から甲に支払われた対価は,本件発明が登録されな
かった場合でも,また,いかなる事由による場合でも,乙に返還されな
いものとする。」
「第10条(期間)
本実施権の許諾期間は本日より3年間とし,特許庁による本件発明の
特許設定登録の可否が下されても本契約内容に変更なきものとする。
なお,期間満了の3ヶ月前までに甲乙いずれからも書面による何らの
意思表示がないときは,本契約は更に1年間更新するものとし,その後
も同様とする。」
「第13条(特許審査請求等の義務)
1乙は,甲の了解を得て,若しくは甲の要請により,本件発明の特許
審査請求を行う。
但し,本件発明の特許審査請求費用は乙の負担とする。
2本件発明につき特許設定登録がなされた場合,乙は,第3条に基づ
き単独で同特許にかかる専用実施権設定登録申請を乙の費用で行うこ
とができる。なお,その場合,甲は乙からの要請あった後2週間以内に,
登録申請に必要な一切の書類を乙に交付するものとする。」
(3)被告による実施料の支払
被告は,平成20年3月7日から平成21年4月30日までの間,原告に
対し,本件契約5条2項に定める最低実施料(消費税分を含む。)として,
15回にわたり各15万7500円(合計236万2500円)を支払った。
なお,本件発明の実施許諾期間(平成19年10月1日から3年間)を対
象とする本件契約5条2項に定める最低実施料(33か月分)の合計額から
被告の上記既払額(15か月分)を控除した残額(消費税分を含む。)は,
283万5000円となる。
3争点
本件の争点は,本件契約の錯誤無効の成否(争点1),本件契約の合意解除
の成否(争点2),本件契約に基づく被告の審査請求義務の有無及びその債務
不履行の成否並びに被告が負担すべき審査請求費用額又は原告の損害額(争点
3),原告の本訴請求(本件契約に基づく最低実施料請求,審査請求費用請求
及び債務不履行に基づく損害賠償請求。以下同じ。)の権利濫用の成否(争点
4)である。
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(本件契約の錯誤無効の成否)について
(1)被告の主張
ア要素の錯誤
被告は,本件契約締結前の交渉段階において,原告の夫で,かつ,原告
の代理人であるBという。)の説明を聞いて,被告が従来から製造販売し
ていた鉄筋トラス付きデッキ(製品名「スーパーフェローデッキ」。以下
「被告従来品」という。)に本件発明をそのまま適用したボイドスラブ工
法を行うことにより,価格及び施工の容易さにおいて他社のボイドデッキ
よりも優位なボイドデッキを作ることができるとの認識を持ち,また,B
から,このような本件発明の優位性があれば,ボイドデッキ市場における
最大手である「栗本鐵工所」の少なくとも半分の受注が取れる,最低でも
5万平米の受注が見込めるなどと説明を受け,被告従来品に本件発明を適
用した製品は,月額15万円の最低実施料を超える受注(1平米当たり1
00円換算で月1500平米を超える受注)を見込めるものと信じ,原告
との間で,本件契約を締結した。
しかし,本件契約締結後,被告従来品に本件発明をそのまま適用するこ
とは困難であり,これを適用する場合には価格優位性や施工の容易さが大
きく損なわれることが判明し,上記認識に係る前提事実は存在せず,上記
認識は誤りであったことが判明した。すなわち,本件契約締結後の耐火試
験などを通じて,被告従来品の長さが伸びると,被告従来品の2列のトラ
ス筋の波の左右対称性が失われ,左右の波にずれが生じ,左右対称に成形
されたボイド(発泡スチロール製)の溝に被告従来品の2列のトラス筋が
はまらないことが分かり,被告従来品に本件発明をそのまま適用すること
は困難であることが判明した。加えて,被告従来品に本件発明を適用する
には,相当の費用を投資して被告従来品の製造に関する設備を改良するか,
工事現場でボイドを手作業で削るなどの手間をかけて施工するしかなか
ったが,前者の方法は,かなりの投資額が新たに必要となり,後者の方法
は,施工に時間を要し,かつ,施工賃が増加してしまい,これらの方法で
は価格優位性や施工の容易さが大きく損なわれることが判明した。
また,本件契約締結後,本件発明を適用したボイドデッキに対する需要
もなかった。
以上のとおり,被告は,原告の代理人であるBの説明によって,上記認
識に係る前提事実が存在するものと誤信し,本件契約を締結したものであ
るところ,上記前提事実は,重要な意味を有し,これが存在しなければ被
告は本件契約を締結しなかったものであるから,本件契約における被告の
意思表示には,法律行為の要素に錯誤があったものというべきである。
したがって,本件契約は,被告の錯誤により無効(民法95条本文)で
あるから,原告の本訴請求は,いずれも理由がない。
イ被告の重大な過失の不存在
原告は,後記のとおり,仮に本件契約に被告主張の錯誤があったとして
も,被告は従来からボイドデッキを取り扱っている業者であることからす
ると,被告には重大な過失(民法95条ただし書)があったといえるから,
被告は本件契約の錯誤無効を主張することはできない旨主張する。
しかし,本件契約締結前の被告のボイドデッキに関する経験は,仲介す
る設計者の要望に沿ってデッキを製作した程度であり,本件発明のような
発泡スチロールを用いたボイドデッキを取り扱った経験はなかったのに
対し,業界最大手の会社で設計をしていた経歴を有するボイドデッキの専
門家であるBが本件発明を持ち込み,技術面すべての面倒をみるという状
況の下で,被告が原告の代理人Bの説明により,前記アの認識を持つに至
ったことは,不自然なことではなく,被告に重大な過失があったものとい
えないから,原告の上記主張は失当である。
(2)原告の主張
ア要素の錯誤の不存在
(ア)被告が,被告従来品に本件発明をそのまま適用することができるた
め,追加の設備投資が不要であり,本件発明を適用した製品に月150
0平米を超える売上げがあると信じて,本件契約を締結したとしても,
それらの事情は,本件契約締結の動機にすぎず,それらが原告に表示さ
れていない以上,本件契約における被告の意思表示に法律行為の要素に
錯誤があったとはいえない。
(イ)仮に本件契約締結の被告の上記動機が表示されていたとしても,追
加の設備投資が必要となる可能性や売上げの予測は,被告の経営判断の
問題であり,その判断が結果的に誤まっていたとしても錯誤には当たら
ない。新しい発明を利用した製品を販売するのであれば,様々なリスク
を伴うことは明白であり,そういったリスクを互いに認識していたから
こそ,原告は,契約期間中の支払保障を求め,被告はそれを了解して,
本件契約における最低実施料の約定が定められたのである。このような
状況の下で,被告主張の錯誤を認めることは,取引の安全を著しく害し
相当でない。
また,原告と被告は,平成18年8月ころ,本件発明の有効性を検証
することなどを目的として検証作業契約を締結し,本件契約締結前の平
成19年5月31日,上記検証作業契約に基づいて,被告従来品に本件
発明を適用して,E邸の工事を施工したところ,同工事において,ラチ
スのずれにより発泡スチロールがトラス筋にうまくはまらないという
問題が生じた。そのため,Bは,本件契約締結時に,被告代表者に対し,
被告従来品の製品精度を高めるよう要請した。このように被告従来品に
本件発明を適用する場合に,ラチスのずれにより発泡樹脂がトラス筋に
うまくはまらないという問題が生じることは,本件契約締結前に発覚し,
被告代表者は本件契約締結時にこの問題を認識していたことからする
と,被告が,本件契約締結時において,追加の設備投資を必要とするこ
となく,被告従来品に本件発明をそのまま適用できるものと考えていた
とはいえない。
イ被告の重大な過失
被告は,昭和16年の創業以来,建築用金属製品の製造,販売等を行っ
てきたこと,被告代表者は,前記ア(イ)のとおり,本件契約締結時にラチ
スのずれの問題を認識していたことからすると,被告は,本件契約の締結
に際し,被告従来品に本件発明を適用する場合に追加の設備投資が必要と
なる可能性があることを容易に把握することができたはずであり,このよ
うな可能性を考慮し,契約締結を留保するなり,当該問題を解決できなか
った場合の対処について契約に定めるなど,何らかの対応をとるべきであ
ったものであり,また,売上げについても,製品の需要を見込んだ上で,
最低実施料を設定するなどの対応をとることができたはずである。
しかるところ,被告は何らの措置をとることなく漫然と本件契約を締結
したのであるから,仮に被告主張の錯誤が法律行為の要素の錯誤に当たる
としても,被告にはその錯誤につき重大な過失(民法95条ただし書)が
あったというべきである。
ウ小括
以上によれば,被告の本件契約の錯誤無効の主張は,理由がない。
2争点2(合意解除の成否)について
(1)被告の主張
ア被告は,平成21年4月,原告の代理人Bとの間で,同月末日をも
って本件契約を解除する旨の合意(以下「本件合意解除」という。)をし
た。
本件合意解除の成立の経緯ないし根拠は,以下のとおりである。
(ア)平成21年4月の初めころ,被告の事務所内において,被告代表
者,被告従業員のC及び原告の代理人Bの3名で会合を持った。その席
上で,被告代表者は,Bに対し,被告従来品を改良してラチス部(2列
のトラス筋)を完全に左右対称とすることは困難であること,本件発明
を適用した製品が売れない以上,これを商品として扱うことはできず,
本件契約に基づく支払を続けることはできないことを告げ,本件契約に
基づく最低実施料の支払を来月分(平成21年5月分)の支払を最後に
打ち切って,本件契約を解除したい旨申し入れた。これに対しBは,特
に意見を言わず,黙ってうなずいていた。
(イ)被告は,平成21年4月末日,原告に対し,同年5月分の最低実施
料(15万7500円)を支払った後,本件契約に基づく最低実施料の
支払を行わなかった。しかし,被告は,上記支払から約1年半後の平成
22年10月11日に至るまで,原告あるいは原告の代理人Bから,最
低実施料その他の本件契約に基づく請求をされたことはなかった。
(ウ)契約の解除を伝えられた者が解除に反対である場合には,異議を述
べるなど何らかの行動をとるのが通常であるし,さらに契約に基づく継
続的な支払が止められた場合には,催告等の手続をとるのが通常である。
しかるところ,原告の代理人Bは,被告代表者から本件契約の解除の
申入れを受けた際に,解除に反対であれば通常とるべき行動をとらず,
ただ,うなずいていただけであり,かつ,その後,毎月の最低実施料の
請求をやめ,約1年半にわたり請求を行わなかったという事情は,Bが
本件契約の合意解除を前提として行動していたことを示すものであり,
平成21年4月に本件合意解除が成立したというべきである。
イしたがって,本件契約は,平成21年4月に本件合意解除により消滅
したから,原告の本訴請求は,いずれも理由がない。
(2)原告の主張
被告主張の本件合意解除の事実は否認する。
被告が本件合意解除が成立したことの根拠として挙げる諸点は,以下に述
べるとおり,いずれも失当である。
ア被告が主張するように,原告の代理人Bが平成21年4月に被告の
事務所を訪問し,被告代表者と面談した際,被告代表者からBに対し,本
件契約の解除の申入れがあったことは事実であるが,これを受けたBは,
すぐに本件契約に反するとの意見を述べ,上記申入れに応じていない。B
は,同日の面談の際,被告代表者から,本件発明に係るボイドスラブの営
業活動を継続するよう求められたため,その日は,本件発明に係るボイド
スラブ製品(製品名「スーパーアローボイドデッキスラブ」)のカタログ
を受け取って帰った。このような状況で,Bが本件契約の解除について合
意などするはずがない。
イまた,被告が主張するように,原告は平成21年4月末日に本件契約
に基づく最低実施料の支払を受けた後,平成22年10月11日に至るま
で最低実施料の請求を行っていないが,これは,Bが自ら売り込んだ本件
発明に係る製品の販売が振るわないという負い目もあったことから,なか
なか実施料の請求ができずにいたにすぎず,被告代表者による本件契約の
解除の申入れを了解していたからではない。
さらに,本件契約においては,期間や解除事由などを含め,本件契約書
に詳細な条項の記載があるが,他方で,被告が主張する本件合意解除につ
いては,その成立を裏付ける書面は何ら存在しない。
3争点3(本件契約に基づく被告の審査請求義務の有無等)
(1)原告の主張
ア本件契約13条1項に基づく審査請求費用請求
(ア)本件契約13条1項は,本文で「乙は,甲の了解を得て,若しくは
甲の要請により,本件発明の特許審査請求を行う。」と規定し,ただし
書で「本件発明の特許審査請求費用は乙の負担とする。」と規定してい
る。
しかるところ,本件契約13条1項本文において,原告の利益となる
と考えられる特許出願の審査請求について被告が「義務」として「行う」
と規定されていること,一方で,被告の利益となる専用実施権設定登録
申請についての規定である同条2項では,被告は「行うことができる。」
と規定されていることからすると,同条1項本文は,主に原告の要請が
ある場合に被告に審査請求義務を負わせることを想定していたものと
解される。
また,同条1項ただし書は,被告に対し独占的通常実施権を許諾する
ことを内容とする本件契約において,前提行為ともいえる審査請求手続
については,被告が費用を負担する旨を規定したものである。
以上によれば,本件契約13条1項は,本文で原告から審査請求の要
請があった場合の被告の審査請求義務を定め,ただし書で被告の審査請
求費用負担義務を定めたものと解すべきである。
(イ)原告の代理人Bは,平成21年4月ころ,被告に対し,本件出願
の審査請求を要請した。しかし,被告は,原告の代理人Bの上記要請に
応じなかった。
しかるところ,本件出願の審査請求ができる期間は平成22年1月2
2日までであり,その期間内に審査請求がなかったときは,本件出願は
取り下げられたものとみなされ(特許法48条の3第4項),原告は本
件発明について特許権を取得できなくなる。
そこで,原告は,やむを得ず平成22年1月19日に自ら本件出願の
審査請求をしたのであるから,被告は,本件契約13条1項に基づき,
本件出願の審査請求費用を原告に支払うべき義務がある。
(ウ)原告は,既に本件出願の審査請求料及び納付手数料として合計21
万0900円を支出し,今後,審査請求に関する費用として,甲5の見
積書記載の合計160万9815円(上記既払分を含む。)を負担する
ことになるのであるから,その費用は,被告が負担すべきものである。
したがって,原告は,被告に対し,本件契約13条1項に基づく審査
請求費用として160万9815円及びこれに対する平成22年12
月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分
の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
イ審査請求義務の債務不履行に基づく損害賠償請求(予備的主張)
仮に原告の前記アの請求が認められないとしても,被告が本件契約13
条1項本文に基づく審査請求義務を履行しなかったことから,原告は,や
むを得ず自ら審査請求を行い,その費用相当額の損害を被った。
したがって,原告は,被告に対し,上記審査請求義務の債務不履行に基
づく損害賠償及び遅延損害金として前記アと同額の支払を求めることが
できる。
(2)被告の主張
ア特許権を取得するために必要となる審査請求費用は,本来,特許権を
取得して利益を受ける原告が負担すべきものであるから,被告に審査請求
費用を負担させる合理的な理由が存在しない限り,本件契約13条1項の
解釈は,厳格な文言解釈によるべきである。
しかるところ,本件においては,被告は,本件発明を実施した製品が一
度も売れなかったにもかかわらず,原告に対し,最低実施料として合計2
36万2500円の支払をし,原告は,既に本件発明の独占的通常実施権
の許諾に対する十分な対価を受け取っていることなどからすると,上記合
理的な理由は存在しない。
そして,本件契約13条1項の文言及び本件契約書には被告が審査請求
を行わない場合に原告が審査請求を行った上でこれに要した費用を被告
に請求できる旨を定めた条項が存在しないことに照らすならば,本件契約
13条1項は,被告が同項本文により自ら審査請求を行った場合に限り,
同項ただし書により審査請求費用を負担する旨を定めたものと解すべき
である。
また,同項本文が原告の「了解を得て」と規定している以上,被告は,
あくまで任意に審査請求を行うものであり,被告が審査請求を行う義務を
負っていたと解すべきではない。なぜなら,原告の了解を得なければ履行
できない義務というのは想定しづらいからである。
そうすると,本件契約13条1項は,被告において原告が行った審査請
求に要した費用を負担する根拠となるものではないし,また,そもそも被
告に審査請求義務がない以上,被告がその債務不履行責任を負うこともな
いから,原告の本件契約に基づく審査請求費用請求及び債務不履行に基づ
く損害賠償請求は,いずれも理由がない。
イ仮に被告が本件契約に基づいて審査請求費用負担義務を負うとして
も,原告が本件出願の審査請求に関して支出したのは21万9000円に
すぎないから,原告主張の審査請求費用額(160万9815円)は過大
である。
4争点4(権利濫用の成否)について
(1)被告の主張
ア最低実施料請求について(争点4-1)
原告は,被告が月額15万円の最低実施料の支払を停止した平成21年
4月末日以降,本件契約の期間満了直後の平成22年10月に至るまで被
告に対し,最低実施料の支払を求めなかった。
しかるところ,原告は,被告の最低実施料の不払の債務不履行により本
件契約を解除し,第三者に本件契約と同一条件で本件発明の実施許諾をす
ることができたにもかかわらず,これをせず,平成21年4月末日以降,
被告が本件発明を実施していないことを知りながら,本件契約の契約期間
満了時まで最低実施料の未払残高を累積させたものであり,原告の本件契
約に基づく最低実施料請求は,権利の濫用に当たり,許されない。
イ審査請求費用請求等について(争点4-2)
原告は,実際には平成22年1月19日に本件出願の審査請求を行って
いたにもかかわらず,あたかも審査請求を行っていないかのように装って,
審査請求期限経過後の同年10月11日に,被告に対し,本件出願の審査
請求を行うよう要請するとともに,その要請に応じない場合には審査請求
費用を請求する旨の書面(甲3)を送付し,さらに,本件訴状の作成日付
(平成22年11月25日)よりも後の作成日付(同年12月1日)の審
査請求費用に関する見積書(甲5)を作成して証拠として提出した。原告
のかかる行為は,極めて背信的といわざるを得ない。
したがって,原告の本件契約に基づく審査請求費用請求及び債務不履行
に基づく損害賠償請求は,権利の濫用に当たり,許されない。
(2)原告の主張
被告の主張は争う。
第4当裁判所の判断
1前提事実
前記争いのない事実等と証拠(甲1ないし6,9,10,乙1ないし9,証
人B,証人C,被告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認
められる。
(1)ア原告は,平成18年8月7日に本件出願の優先権主張の基礎となる発
明の特許出願(特願2006-214823号)をした後,平成19年1
月22日,本件出願(特願2007-11627号)をした。
イ本件出願に係る明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,本件発明が
解決しようとする課題,その課題の解決手段,本件発明の効果等に関し,
次のような記載がある。
(ア)「この発明は,コンクリート製の床版を軽量化するボイドスラブ工
法に関し,基板と鉄筋が一体化されたデッキプレートを使用してボイド
スラブを構築する方法に関する。」(段落【0001】),「【背景技
術】ボイドスラブ工法は床版にボイド(空洞)を形成するものであり,
ボイドを形成するために中空金属管または発泡樹脂を床版内に設置し
てコンクリートを打設している。・・・打設コンクリートによる浮力が作
用してボイド型枠が浮き上がるので,別途ボイド型枠の移動を押さえる
ための固定具を設置しなければならず,施工が煩雑であった。また,・・・
床版型枠に上端筋4,41と下端筋5,51を格子状に配設し,各格子
内に発泡樹脂製のボイド型枠1を配置して押さえ鉄筋で移動を防止し,
コンクリートを打設することが提案されている。」(段落【0002】)
(イ)「【発明が解決しようとする課題】発泡樹脂や中空管を床版内に
ボイド型枠として設置してコンクリートを打設すると,ボイド型枠に浮
力が作用して所定の位置からずれてしまう。このため,ボイド型枠の移
動を抑止するため固定具で押さえるが,発泡樹脂のEPS(ExpandedPoly
-Styrene)等の材料は,強度が大きくなく,固定具の間隔を大きくする
とボイド型枠が波打ってしまい,ボイドを正確な位置に形成することが
できなかったり,また,強度が大きくない発泡樹脂製のボイド型枠が折
れることもあった。」,「コンクリート打設による浮力の作用による浮
き上がりを止めるには,図13に示すように固定具30を鉄筋に取り付
けることがおこなわれている。また,床版型枠にフック等を固定してボ
イド型枠の浮き上がりを防止する方法が採られているが,一般に,床版
型枠の大きさは90×120cm程度であるので,ボイド型枠に作用す
る浮力によって床版型枠が上に引き上げられるが,この引き上げ力が
個々の型枠に均一に作用しないので型枠の継ぎ目に目違いを起こしや
すく,コンクリート硬化後に補修が必要となり,手間がかかってしま
う。」,「また,従来工法では,鉄筋工事の途中にボイド型枠を下端筋
上に敷き込んだ後,また上端鉄筋を配筋するという鉄筋工事作業の重複
が必要であり,若しくは,小径ボイドを挿入できるように間隔を空けた
上下端鉄筋の工事完了後にボイド型枠をその鉄筋間に入れ込むといっ
た,2つの職種の作業員を必要とする,そのため現場管理も面倒であり,
2つの職種にまたがるので作業効率が悪く,コスト上昇の要因となって
いた。」,「この発明は,発泡樹脂製のボイド型枠の所定の位置への取
り付けが簡単にできるようにすると共に,建物内での作業を極力減らし,
作業の効率を上げてコストを削減するものである。」(以上,段落【0
003】)
(ウ)「【課題を解決するための手段】基板に上端筋と下端筋をトラス
鉄筋を介して配設したデッキプレートのトラス鉄筋に,両側面に溝を形
成した発泡樹脂製のボイド型枠を横方向から押し込んで溝内にトラス
鉄筋を収容して仮固定し,接続するデッキプレートのトラス鉄筋を仮固
定したボイド型枠の反対側の溝に押し込んでボイド型枠を固定すると
共に基板同士を継手で連結し,この作業を繰り返して所定の大きさに組
み立て,この組み立て体を建築物の所定の位置に設置してコンクリート
を打設するボイドスラブを効率よく,低コストで構築するものである。」
(段落【0004】)
(エ)「【発明の効果】この発明は,デッキプレートを使用し,デッキ
プレートのトラスを押さえ具として利用するものであり,側面に溝を形
成したボイド型枠をデッキプレートのトラス鉄筋がボイド型枠の溝に
嵌めこまれるようにして固定し,別のデッキプレートを接続することに
よってデッキプレートの継手部にボイド型枠が位置するようにしたも
のであり,基本的に使用するものはトラス鉄筋を有するデッキプレート
とボイド型枠のみであり,その他の固定具等を必要としないので施工が
容易であると共に効率的である。」(段落【0005】),「ボイド型
枠の押さえ位置の間隔が従来の方法に比較して短いのでボイド型枠に
浮力が作用しても1箇所あたりに作用する力が小さいのでボイド型枠
の変形量を小さくでき,移動も殆どなく,所定の位置にボイドを形成す
ることが可能である。また,デッキプレートにボイド型枠を組み付ける
作業を構築中の建物近傍もしくは建物内外の平坦部でおこない,一定面
積組み上げたものをクレーンで運び上げることができるので効率的に
作業がおこなえ,コストを低減することができる。」(段落【0006】)
(2)ア原告の夫であるBは,平成18年の終わりころないし平成19年の
初めころ,原告の代理人として,被告の建築本部部長のCに対し,本件発
明を使用すれば,被告従来品であるデッキプレート(製品名「スーパーフ
ェローデッキ」)のラチス部分(トラス筋)に発泡スチロール(ボイド)
を削ってはめ込むことだけで,金物の固定具を使わないでボイドスラブを
形成することができるので,販売単価の高いボイドスラブを低コストで製
作することが可能となるなどと述べて,被告において本件発明を実施する
ことの提案をした。
その当時,被告は,20年以上にわたりデッキプレートとコンクリート
が一体化した合成スラブ用のデッキプレートの製造販売を行ってきた実
績を有していたが,ボイドスラブについては,他社からの依頼を受けて,
中空管(オーバル管)をボイド型枠に利用したボイドスラブ用のデッキプ
レートを製作したことがあったものの,発泡スチロールをボイド型枠に利
用した製品を製造販売した実績はなかった。
イ(ア)原告と被告は,平成19年3月ころまでに,本件発明の効果等を検
証するために各種試験等を行うことを内容とする検証作業契約(乙3)
を締結した。
その後,被告従来品を基に製作された本件発明の実施品のサンプルを
用いて,上記検証作業契約に基づいて,同年3月30日に「浮上試験(発
泡材のトラス筋めり込みの確認)」が,同年4月5日に「封空量実測(ボ
イド下部の封空量の確認)」が,同年5月31日に個人住宅(E邸)に
おいて「施工試験(ボイド取付け施工確認)」が行われた。
なお,E邸の上記施工試験の際,デッキプレートの一部において,デ
ッキプレートの左右に配置された上端筋と下端筋をつなぐ山形状に連
続して配置されたトラス筋(ラチス)の間隔(ピッチ)が,デッキプレ
ートの左右で異なっていたことから,発泡スチロール製ボイド型枠に左
右対称に形成された溝にトラス筋がうまくはまらない部分があった。
(イ)平成19年7月14日以降,E邸に取り付けられたボイドスラブ
について「LH試験(重量衝撃音の測定)」及び「LL試験(軽量衝撃
音の測定)」が行われ,さらに,同年9月18日ころ,被告の工場にお
いて,被告従来品に発泡スチロール製ボイド型枠を組み込んでコンクリ
ートを打設し,「蟹孔位置」を確認し,「蟹孔位置」のボイド形状を確
認する「蟹孔検証試験」(乙5)が行われた。
(3)ア原告の代理人Bは,平成19年9月13日,被告の「D会長」(
被告代表者)及び「F社長」あてに,パイプをボイド材として使
用する「栗本鐵工所」のボイドデッキ製品よりも,発泡スチロールを使用
する本件発明を適用したボイドデッキ製品の方が,販売価格が安くなり,
価格的に優位であることを具体的な価格の算定例を示して説明したメー
ル(乙4)を送信した。
被告代表者は,その当時,Bがボイドスラブの最大手の株式会社栗本鐵
工所で設計の仕事をしていた経歴もあり,ボイドスラブに関する技術情報
及び営業情報に詳しい人物であると考え,Bの説明を実現可能な魅力のあ
るものと感じた。
イ原告の代理人Bは,平成19年9月ころ,被告に対し,本件契約に
係る素案を交付し,早期に契約を締結するよう求めた。被告は,社内でそ
の素案の内容を検討し,Bと数回にわたり交渉をし,その結果,当初の素
案では月額50万円とされていた最低実施料が月額15万円(本件契約5
条2項)に減額となった。
その後,原告と被告は,同年10月1日,本件契約書(甲3)を作成し,
本件契約を締結した。
(4)ア被告は,本件契約締結後,Bの協力を得て,被告従来品に本件発明
を適用した被告製品(製品名「スーパーアローボイドデッキスラブ」(略
称「SAVDS」。以下,この製品を単に「SAVDS」という場合があ
る。)の営業用のカタログ(乙6)を作成した。
また,被告は,本件契約締結後,BからSAVDSの設計指導,販売の
協力等を受けるため,Bが代表取締役を務める有限会社T&S構造計画
(以下「T&S」という。)との間で,顧問契約を締結し,T&Sに対し,
毎月顧問料を支払うようになった。一方,Bは,被告の「建築本部顧問」
の肩書きでSAVDSの販売の営業活動を行うようになった。
イ被告は,平成20年5月,B立会いの下で,SAVDSの試作品に
ついて耐火試験を行った。その際,試作品のデッキプレートを長くすると,
発泡スチロール製ボイド型枠の左右に形成された溝にデッキプレートの
トラス筋がうまくはまらないという問題が生じたため,被告は,Bに相談
したところ,Bは,デッキプレートのトラス筋の形状を溝と一致させるよ
うトラス筋の溶接の精度を高めるよう被告に求めた。
その後も,被告は,Bの同行を得るなどして,SAVDSの販売の営業
活動を続けたが,本件契約締結後,一度もSAVDSを販売することはで
きなかった。このような状況の下で,Bが被告の事務所を訪れることが少
なくなっていった。
一方,被告は,本件契約締結後の平成20年3月7日,同月31日,4
月30日,5月30日,6月30日,7月31日,8月29日,9月30
日,10月31日,11月28日,平成21年1月5日,2月2日,3月
2日及び同月30日に,本件契約5条2項に定める最低実施料(消費税分
を含む。)として,原告に対し,それぞれ15万7500円を支払った。
(5)ア平成21年4月の初めころ,被告の事務所内において,被告代表者,
C及び原告の代理人Bの3名で会合を持った。その席上で,被告代表者は,
Bに対し,通常製品は売り出せば半年ほどで相当量売れるが,本件発明を
適用した被告製品(SAVDS)は営業を行っても販売できていないこと,
被告従来品のデッキプレートを改良してラチス部(2列のトラス筋)を完
全に左右対称とすることは困難であること,Bが被告に顔を出さないこと,
本件発明を適用した製品が売れない以上,これを商品として扱うことはで
きず,本件契約に基づく支払を続けることはできないし,また,本件出願
の審査請求をすること自体無意味であることなどを告げ,本件契約に基づ
く最低実施料の支払を来月分の支払を最後に打ち切って,本件契約を解除
したい旨申し入れた。
イ被告は,平成21年4月30日,原告に対し,本件契約5条2項に定
める最低実施料(消費税分を含む。)として15万7500円を支払った
のを最後に,最低実施料の支払をしていない。本件契約締結後,平成21
年4月30日までの間の被告の最低実施料の支払総額は,236万250
0円(15か月分)となる。
(6)ア原告は,平成22年1月19日,本件出願について自ら審査請求をし
た。
イ(ア)原告は,平成22年10月12日到達の書面で,被告に対し,30
日以内に本件出願の審査請求を行うことを要請し,被告が上記期限内に
審査請求の手続をとらない場合には,本件契約13条1項ただし書に基
づき審査請求に関する費用として161万0175円の支払を求める
とともに,14日以内に,本件契約の契約日(平成19年10月1日)
から契約満了日(平成22年9月30日)までの間の本件契約5条の最
低実施料の未払額315万円(消費税分を含む。)の支払を求めた。
これに対し被告は,平成22年10月18日付け書面で,原告に対し,
本件契約は,平成21年4月にした本件合意解除により,同月30日を
もって終了したものと考えており,また,被告のデッキプレートと本件
発明のボイドとを一体化することは難しいことが判明したため,活用で
きない審査請求はできないなどとして,原告の請求のいずれにも応じら
れない旨回答した。
なお,原告は,平成21年4月30日に最低実施料の最後の支払を受
けた後,平成22年10月12日到達の書面による上記請求をするまで,
被告に対し,最低実施料の請求をすることはなかった。
(イ)原告は,平成22年11月25日,本件訴訟を提起した。
2最低実施料請求について
前記争いのない事実等(2)及び(3)によれば,被告は,原告及び被告が平成1
9年10月1日に締結した本件契約5条2項に基づいて,原告に対し,平成2
0年1月1日から平成22年9月30日までの間,月額15万円(消費税分別
途)の最低実施料の支払義務を負ったこと,上記最低実施料(33か月分)の
合計額から被告の既払額を控除した残額(消費税分を含む。)は,283万5
000円であることが認められる。
そこで,以下において,被告主張の抗弁(争点1,2及び4-1)について
順次検討する。
(1)本件契約の錯誤無効の成否(争点1)について
ア被告は,原告の代理人Bの説明によって,被告従来品に本件発明を
そのまま適用したボイドスラブ工法を行うことにより,価格及び施工の容
易さにおいて他社のボイドデッキよりも優位なボイドデッキを作ること
ができるとの前提事実が存在するものと認識し,被告従来品に本件発明を
適用した製品は,月額15万円の最低実施料を超える受注(1平米当たり
100円換算で月1500平米を超える受注)を見込めるものと信じて,
原告との間で本件契約を締結したが,実際には被告従来品に本件発明をそ
のまま適用することは困難で,これを適用する場合には価格優位性や施工
の容易さが損なわれ,上記前提事実は存在せず,上記認識は誤りであった
ところ,上記前提事実は,重要な意味を有し,これが存在しなければ被告
は本件契約を締結しなかったものであるから,本件契約における被告の意
思表示には,法律行為の要素に錯誤があり,本件契約は,被告の錯誤によ
り無効である旨主張する。
(ア)aそこで検討するに,前記1の認定事実を総合すれば,原告の代理
人Bは,本件契約締結前に,被告代表者に対し,本件発明は,デッキ
プレートのトラス筋に発泡スチロール製のボイドを削ってはめ込む
ことだけで,金物の固定具を使わないでボイドスラブを形成すること
ができるので,被告従来品に本件発明を適用したボイドデッキ製品は,
ボイドデッキ製品業界の最大手の「栗本鐵工所」の中空管(パイプ)
をボイド材として使用する製品よりも,販売価格が安くなり,価格的
に優位であることを具体的な価格の算定例を示して説明するなどし
て,本件契約の締結を勧誘したことが認められる。
bそして,被告代表者の陳述書(乙8)中には,被告が本件契約を
締結した動機に関し,①被告代表者は,Bの説明どおり,被告従来品
を用いて手間をかけずにボイドデッキを作れるのであれば,間違いな
くボイドデッキ市場における一定のシェアを獲得できるだろうと思
ったから,本件契約を締結することにした,②当初,Bは,最低実施
料として月に50万円程度の支払を求めており,この条件では契約で
きないと考えていたが,その後の交渉で,本件契約の条件である15
万円になったので,本件契約を締結することにした,③Bから,平成
13年のボイドデッキの市場は190万平米程度であり,平成19年
当時はもっと増えているなどと説明を受けたこともあり,15万円で
あれば最低実施料分のボイドデッキの販売は十分可能ではないかと
考えたからである旨の記述部分がある。
また,本件契約4条(本件発明の利用目標)には,「販売目標を,
初年度5万平米,翌年度15万平米,翌々年度30万平米と設定す
る。」との記載があるが,この条項は,Bの提案により本件契約書に
盛り込まれた条項であること(証人B)からすると,Bは,被告に対
し,被告従来品に本件発明を適用したボイドデッキ製品の売上げは,
月額15万円の最低実施料を超える受注(1平米当たり100円換算
で月1500平米を超える受注)を見込まれる旨説明していたことが
うかがわれる。
c以上を総合すると,被告は,本件契約の締結に先立ち,原告の代
理人Bから勧誘を受け,Bの説明から,被告従来品に本件発明を適用
したボイドデッキ製品は,価格及び施工の容易さにおいて他社のボイ
ドデッキ製品よりも優位であるとの認識を持ち,月額15万円の最低
実施料を超える数量(1平米当たり100円換算で月1500平米)
の本件発明を適用した上記ボイドデッキ製品の販売が十分可能であ
ると判断し,本件契約の締結を決意したものと認められる。
しかるところ,本件契約10条に定める契約期間(平成19年10
月1日から平成22年9月30日まで)内に,被告従来品に本件発明
を適用した被告製品(SAVDS)の売上げが一切なかったこと(争
いがない。)からすれば,被告の上記判断は,結果的に誤りであった
ものといえる。
(イ)この点に関し被告は,本件契約締結の際,被告従来品に本件発明を
そのまま適用することができ,これを適用したボイドデッキ製品は,価
格及び施工の容易さにおいて他社のボイドデッキ製品よりも優位であ
るとの前提事実が存在しないのに,これが存在すると誤信した錯誤があ
った旨主張し,具体的には,①本件契約締結後の耐火試験などを通じて,
被告従来品の長さが伸びると,被告従来品の2列のトラス筋の波の左右
対称性が失われ,左右の波にずれが生じ,左右対称に成形されたボイド
(発泡スチロール製)の溝に被告従来品の2列のトラス筋がはまらない
ことが分かり,被告従来品に本件発明をそのまま適用することは困難で
あることが判明し,②被告従来品に本件発明を適用するには,相当の費
用を投資して被告従来品の製造に関する設備を改良するか,工事現場で
ボイドを手作業で削るなどの手間をかけて施工するしかなかったが,前
者の方法は,かなりの投資額が新たに必要となり,後者の方法は,施工
に時間を要し,かつ,施工賃が増加してしまい,これらの方法では価格
優位性や施工の容易さが大きく損なわれることが判明した旨主張する。
しかしながら,被告の主張は,以下のとおり理由がない。
a被告主張の上記①の点について
前記1の認定事実によれば,原告と被告は,本件発明の効果等を検
証するための検証作業契約を締結し,本件契約締結前に,被告従来品
を基に製作された本件発明の実施品のサンプルを用いて,「浮上試験
(発泡材のトラス筋めり込みの確認)」,「封空量実測(ボイド下部
の封空量の確認)」,E邸における「施工試験(ボイド取付け施工確
認)」,「LH試験(重量衝撃音の測定)」,「LL試験(軽量衝撃
音の測定)」及び「蟹孔検証試験」を行った上で,平成19年10月
1日に本件契約の締結に至ったこと,E邸における上記施工試験(平
成19年5月31日実施)の際,デッキプレートの一部において,デ
ッキプレートの左右に配置された上端筋と下端筋をつなぐ山形状に
連続して配置されたトラス筋(ラチス)の間隔(ピッチ)が,デッキ
プレートの左右で異なっていたことから,発泡スチロール製ボイド型
枠に左右対称に形成された溝にトラス筋がうまくはまらない部分が
あったことが認められる。
そして,被告代表者の供述中には,①被告代表者は,E邸における
施工試験から2か月位経過した後に,「工事屋」から,上記施工試験
で用いた材料について,ラチス材の波のずれによりボイドの溝がラチ
ス材を入れるのに大分苦労したという意味で,「手間随分食う材料で
すね」と言われた,②平成19年10月1日の本件契約の締結の際に,
Bから,デッキプレートのラチス材を誤差のないように作ってくれと
いう要望があったが,それは無理ですよということでお断りした,③
本件契約締結の時点では,発泡スチロール製ボイドが未完成であり,
ボイドを加工していけば何とかなるのではないかという思いがあっ
たことから,ボイドの溝がラチス材にうまくはまらない問題について
あえて踏み込んで本件契約に何か条件をつけることは考えなかった,
④本件契約締結後,長尺の被告従来品を用いて耐火試験を行った際に,
ボイドの溝とラチス材のずれがかなり出ることが判明し,被告従来品
を製造する機械のメーカーにラチス材のずれが生じないような精度
を出すことができるかどうか問い合わせたところ,機械的に無理であ
り,できないと言われた旨の供述部分がある。
しかるところ,被告代表者の上記供述部分を前提とすると,被告代
表者は,本件契約締結前に実施されたE邸の施工試験の試験結果を認
識し,その試験結果から,被告従来品を本件発明に適用する場合,被
告従来品(デッキプレート)に山形状に連続して配置された左右のト
ラス筋(ラチス)のずれによりトラス筋が発泡スチロール製ボイドの
溝にうまくはまらない問題が生じ得ることを認識しながら,ボイドを
加工することにより何とかなると考え,あえてこの問題を取り上げず
に,本件契約を締結したというのであるから,被告代表者は,本件契
約締結の時点で,被告従来品に本件発明を適用するには,少なくとも
上記問題に対処するために発泡スチロール製ボイド側の加工が必要
であることを認識していたというべきである。
そうすると,被告は,本件契約締結の時点で,被告従来品に本件発
明をそのまま適用できるものと認識していたものということはでき
ない。むしろ,被告においては,上記問題に対処するためには,相応
の費用負担が必要となることを容認していたものとうかがわれる。
したがって,被告の上記①の主張は,採用することができない。
b被告主張の上記②の点について
被告は,被告従来品に本件発明を適用した被告製品の価格優位性や
施工の容易さが大きく損なわれることの根拠として,被告従来品に本
件発明を適用するには,被告従来品の製造に関する設備の改良のため
の設備投資が必要となるか,工事現場でボイドを手作業で削る手間が
かかり,かつ,その施工賃が増加することを挙げる。
しかし,本件においては,被告従来品に本件発明を適用する場合の
前記aの問題について,発泡スチロール製ボイド側を加工することで
対処することが技術的に困難であることや,その加工作業等を行うこ
とによる作業時間の長期化又は加工費用の販売価格への上乗せによ
り,被告従来品に本件発明を適用した被告製品の価格優位性や施工の
容易さが大きく損なわれることを客観的に裏付ける証拠は提出され
ていない。
また,本件全証拠によっても,本件契約10条に定める契約期間内
に,被告従来品に本件発明を適用した被告製品(SAVDS)の販売
に至らなかった理由が,SAVDSの価格が他社製品の価格よりも高
額であったこと,SAVDSの価格競争力が劣るために取引の相手方
がその購入を躊躇したことにあることなどをうかがわせる具体的事
情も認められない。
したがって,被告の上記②の主張は,採用することができない。
cその他の事情について
前記(ア)c認定のとおり,被告は,原告の代理人Bから勧誘を受け,
Bの説明から,被告従来品に本件発明を適用したボイドデッキ製品に
ついて月額15万円の最低実施料を超える数量(1平米当たり100
円換算で月1500平米)の販売が十分可能であると判断し,本件契
約の締結を決意したものである。
しかるところ,Bの勧誘ないし説明において,本件契約を締結する
か否かの判断に影響を及ぼすべき情報に関し,被告に対し虚偽の情報
を提供するなど被告の判断を誤らせるような不適切な行為があった
ものと認めるに足りる証拠はない。
かえって,①被告は,Bから勧誘を受けた当時,20年以上にわた
りデッキプレートとコンクリートが一体化した合成スラブ用のデッ
キプレートの製造販売を行ってきた実績を有し,ボイドスラブについ
ても,発泡スチロールをボイド型枠に利用した製品を製造販売した実
績はなかったものの,他社からの依頼を受けて,中空管(オーバル管)
をボイド型枠に利用したボイドスラブ用のデッキプレートを製作し
たこと(前記1(2)ア)からすると,ボイドスラブ業界に関する情報
を自ら収集し,そのような情報とBから提供された情報とを基に合理
的な経営判断をする能力を有していたものとうかがわれること,②被
告は,Bとの交渉により,Bから当初交付された契約書の素案では月
額50万円とされていた最低実施料を,本件契約では月額15万円に
減額させていること(前記1(3)イ)に照らすならば,被告は,本件
契約を締結することにより期待される利益とリスクとを衡量した上
で,本件契約を締結したものと推認することができる。
そうすると,被告従来品に本件発明を適用したボイドデッキ製品に
ついて月額15万円の最低実施料を超える数量の販売が十分可能で
あると判断したことが,結果的に誤りであったとしても,そのこと自
体が本件契約における被告の意思表示に法律行為の要素に錯誤があ
ることの根拠となるものではないというべきである。
イ以上によれば,本件契約は被告の錯誤により無効であるとの被告の主
張は,理由がない。
(2)合意解除の成否(争点2)について
ア被告は,平成21年4月,原告の代理人Bとの間で,本件合意解除
をした旨主張する。
(ア)被告代表者が,平成21年4月の初めころに行われた被告代表者,
被告の建築本部部長のC及び原告の代理人Bの3者の会合の席上で,B
に対し,本件契約に基づく最低実施料の支払を来月分の支払を最後に打
ち切って,本件契約を解除したい旨申し入れたこと,被告は,同年4月
30日,原告に対し,本件契約5条2項に定める最低実施料(消費税分
を含む。)として15万7500円を支払ったのを最後に,最低実施料
の支払をしていないことは,前記1(5)のとおりである。
被告は,原告の代理人Bが,上記会合で被告代表者から本件契約の解
除の申入れを受けた際に,解除に反対であれば通常とるべき行動をとら
ず,ただ,うなずいていただけであり,かつ,その後,毎月の最低実施
料の請求をやめ,約1年半にわたり請求を行わなかったという事情は,
Bが本件契約の合意解除を前提として行動していたことを示すもので
あり,平成21年4月に本件合意解除が成立した旨主張する。
(イ)そこで検討するに,被告代表者の供述中には,被告代表者が上記会
合で,本件契約の解除の申入れをした際,Bは,特に異論はなく黙って
聞いていたので,了解してもらったと思った旨の供述部分があり,証人
Cの供述中にも,これと同旨の供述部分がある。他方で,証人Bの供述
中には,Bは,上記会合の際に,被告代表者から,本件契約の解除の申
入れがある一方で,それとは反対に,引き続きボイドの営業を行うよう
要請があり,被告代表者が何を言わんとしているのか分からない状態で
そのままにしておいたものであって,本件契約が解除されたとは思って
いない旨の供述部分がある。
これらの供述部分を総合すると,Bは,被告代表者から,本件契約の
解除の申入れがあった際に,特段反対の意思表示をすることなく,黙っ
て聞いていたものと認められる。
しかしながら,他方で,本件契約は書面(本件契約書)を作成するこ
とによって締結され,しかも,本件契約書(甲2)中には本件契約の期
間満了の3か月前に原告及び被告のいずれからも書面による何らの意
思表示がないときは本件契約は1年間更新するものとするとの条項(1
0条)があることからすれば,原告と被告は,本件契約締結の時点にお
いては,本件契約の存続等に関わる事項に関しては,書面で明確にする
意思を有していたものとうかがわれるところ,被告主張の本件合意解除
について書面は作成されておらず,また,被告から原告に対し,そのよ
うな書面の作成を求めた形跡もない。
かえって,原告は,平成22年10月12日到達の書面で,被告に対
し,本件契約に定める期間満了日(平成22年9月30日)までの間の
最低実施料の未払額の支払を求めていること,上記書面が上記期間満了
日から1か月以内に送付されていることは,原告が本件契約の解除の申
入れに応じる意思がなかったことの証左であるといえる。
また,原告が平成21年4月30日に被告から最低実施料の支払を受
けた後上記書面を送付するまでの間,原告あるいは原告の代理人Bから,
被告に対し,最低実施料の請求を行わなかった点について,証人Bは,
本件発明を適用した被告製品の販売が上向きになったときに再度請求
すればよいと考えていた旨供述していることに照らすならば,上記期間
中原告は最低実施料の請求を控えていたにとどまるものであって,その
ような請求がなかったからといって本件契約の解除の申入れに応じた
ことの根拠となるものではないというべきである。
他に原告と被告間で本件合意解除が成立したことを認めるに足りる
証拠はない。
イ以上によれば,本件契約は原告と被告間の本件合意解除により消滅し
たとの被告の主張は,理由がない。
(3)権利濫用の成否(争点4-1)について
被告は,原告は,被告の最低実施料の不払の債務不履行により本件契約を
解除し,第三者に本契約と同一条件で本件発明の実施許諾をすることができ
たにもかかわらず,これをせず,平成21年4月末日以降,被告が本件発明
を実施していないことを知りながら,本件契約の契約期間満了時まで最低実
施料の未払残高を累積させたものであり,原告の本件契約に基づく最低実施
料請求は,権利の濫用に当たり,許されない旨主張する。
しかしながら,本件契約上,被告による本件発明の実施の有無又は原告か
らの催告の有無にかかわらず,被告は原告に対し本件契約の期間満了日まで
の最低実施料の支払義務を負うのであるから(本件契約5条2項),被告が
主張するような原告の不作為により最低実施料の未払残高を累積させたと
いうことにはならない。また,原告が被告に最低実施料の不払の債務不履行
があった場合に本件契約を解除するかどうかは原告の自由な判断に委ねら
れるべき事項であって,原告がその解除権を行使しないことが本件契約にお
ける信義則に反するものともいえない。
以上によれば,原告の本件契約に基づく最低実施料請求は権利の濫用に当
たるとの被告の主張は,採用することができない。
(4)小括
以上のとおり,被告主張の抗弁はいずれも理由がないから,原告は,被告
に対し,本件契約に基づく最低実施料として283万5000円及びこれに
対する約定の支払期限経過後の平成22年11月1日から支払済みまで商
事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができると
いうべきである。
3審査請求費用請求等について
(1)本件契約に基づく被告の審査請求義務の有無等(争点3)について
ア原告は,本件契約13条1項は,本文で原告から審査請求の要請があ
った場合の被告の審査請求義務を定め,ただし書で被告の審査請求費用負
担義務を定めたものであるところ,被告が,原告の代理人Bから審査請求
の要請があったにもかかわらず,これに応じなかったため,原告は,やむ
を得ず自ら本件出願の審査請求をしたのであるから,被告は,本件契約1
3条1項に基づき,原告が負担する審査請求費用を原告に支払う義務があ
る旨主張する。
(ア)本件契約13条1項は,原告を「甲」,被告を「乙」とし,「乙
は,甲の了解を得て,若しくは甲の要請により,本件発明の特許審査請
求を行う。但し,本件発明の特許審査請求費用は乙の負担とする。」,
2項は,「本件発明につき特許設定登録がなされた場合,乙は,第3条
に基づき単独で同特許にかかる専用実施権設定登録申請を乙の費用で
行うことができる。なお,その場合,甲は乙からの要請あった後2週間
以内に,登録申請に必要な一切の書類を乙に交付するものとする。」と
規定している。
上記の本件契約13条1項の文言によれば,同項は,被告は,原告の
了解を得た場合には,自己の費用で本件出願の審査請求をすることがで
き,原告から要請があった場合には,被告の費用で本件出願の審査請求
をする義務があることを定めたものと解される。
(イ)ところで,本来,出願人が特許出願の出願審査を開始することを欲
する場合には,自ら出願審査の請求(審査請求)を行い(特許法48条
の2,48条の3第1項),その審査請求費用は,審査の結果特許査定
を受けたときに利益を得る出願人が負担すべきものといえる。
そこで,原告から要請があった場合に被告が自己の費用で本件出願の
審査請求をする義務があることを定めた本件契約13条1項の規定が
設けられた趣旨について,本件契約の各条項(前記争いのない事実等
(2))を踏まえて検討するに,被告は,本件契約2条1項により,本件
契約の期間中,原告から,本件発明についての独占的通常実施権の許諾
を受けていることからすると,被告においては,本件発明が特許査定さ
れるかどうかにかかわらず,上記許諾に基づいて,本件発明を独占的に
実施することができるのであるから,この独占的実施を行うという観点
からは,本件出願について被告が自己の費用で審査請求を行う必要性が
あるとはいえない。
また,本件契約7条は,被告が本件契約に基づき原告に支払った対価
については,本件発明が特許登録されなかった場合を含めて,いかなる
事由による場合でも,被告に返還されない旨定めていることからすると,
本件発明が特許査定されるかどうかは,被告による本件契約に基づく実
施料の支払及びその額について影響を及ぼすものとはいえない。
一方で,本件契約13条2項が,本件発明が特許登録がされた場合に
は,被告は,単独で本件発明の特許に係る専用実施権の設定登録申請を
行うことができる旨を定めていることに鑑みれば,被告において自己の
費用で本件出願の審査請求を行うことについて合理的意味を有するの
は,本件発明が特許査定されて,その設定登録がされた場合に被告が専
用実施権の設定を受けられることにあるものと考えられる。
これらの規定及び事情を総合考慮すると,本件契約13条1項は,被
告において本件発明が特許査定されたときに専用実施権の設定を受け
る意思があることを前提とした規定であると解するのが,当事者の合理
的意思に合致するというべきである。
しかるところ,前記1(5)のとおり,被告は,平成21年4月に,原
告の代理人Bに対し,本件契約の解除の申入れをし,同月30日に最低
実施料15万7500円を支払ったのを最後に,最低実施料の支払をし
なかったのであるから,本件契約の解除の申入れをした時点以降,被告
において本件発明に係る専用実施権の設定を受ける意思がなかったこ
とは明らかである。
このような事情の下においては,本件契約13条1項を適用する前提
を欠くものというべきであるから,原告から被告に審査請求を行うこと
の要請があったとしても,被告が同項に基づいて被告の費用で本件出願
の審査請求をする義務を負うことはないと認めるのが相当である。
そうすると,上記のとおり被告において被告の費用で本件出願の審査
請求をする義務があったものと認められない以上,被告が審査請求の要
請に応じなかったため原告がやむを得ず自ら本件出願の審査請求を行
ったとの原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用すること
ができない(なお,原告は,平成22年10月12日到達の書面で,被
告に対し,30日以内に本件出願の審査請求を行うことを要請し,被告
が上記期限内に審査請求の手続をとらない場合には,本件契約13条1
項ただし書に基づき審査請求に関する費用として161万0175円
の支払を求めているが(前記1(6)イ(ア)),上記書面による審査請求
の要請をした時点では,本件出願の日(平成19年1月22日)から3
年以内の出願審査請求期間(特許法48条の3第1項)は経過し,また,
原告は,上記出願審査請求期間内の平成22年1月19日に,本件出願
の審査請求をしていたものである(前記1(6)ア)。これらの事情は,
被告が審査請求の要請に応じなかったため原告がやむを得ず自ら本件
出願の審査請求を行ったとの原告の上記主張と相反するものといわざ
るを得ない。)。
したがって,原告の本件契約13条1項に基づく原告の審査請求費用
請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
イ前記アで認定したとおり,被告には本件契約13条1項に基づき被告の
費用で本件出願の審査請求をする義務があったものと認められない以上,
上記義務が存在することを前提とする原告の債務不履行に基づく損害賠
償請求も理由がない。
(2)小括
以上のとおり,原告の審査請求費用請求及び債務不履行に基づく損害賠償
請求は,いずれも理由がない。
4結論
以上のとおり,原告の請求は,283万5000円及びこれに対する平成2
2年11月1日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限
度で理由があるからこれを認容することとし,その余は理由がないからこれを
棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官大鷹一郎
裁判官上田真史
裁判官石神有吾

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