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裁判例


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○ 主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
○ 事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し昭和四五年一二月一六日付でなした控訴人の昭和四四年分
所得税についての更正決定処分および加算税の賦課決定処分は、国税不服審判所長
が昭和四七年四月三日付裁決により取り消した部分を除き、これを取り消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の主張および証処関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実
摘示のとおりであるから、これを引用する。
一、控訴人の主張
(一) 信用取引とは、投資家が証券取引所に上場されている株式を買う場合の買
付資金または売る場合の売付株券を証券会社から借り受け取引所を通じて行なう取
引をいうのであるが、取引所の取引としては、普通取引という実物取引の一形態と
して行なわれるもので(この点において戦前行なわれた精算取引とは異なる)、売
買約定日(信用取引委託日)後四日目に右取引の決済は終了し、あとは、買付資金
または売付株券についての貸借関係が証券会社と顧客との間に残るだけとなる!そ
して、右貸借の決済は、売買約定日より六か月以内に、顧客が手持資金をもつて証
券会社に買付資金の返済をして株券の引渡を受け(現引)もしくは同銘柄の手持株
券を証券会社に引き渡して借り株を返済する(現渡)方法により、または、買付の
場合に証券会社に担保として預託してある買付株券を転売しその代価をもつて借入
金の返済にあてるかもしくは売付の場合に担保として預託してある売却代金をもつ
て同一銘柄の株券を買い付けて借入株券の返済にあてる方法(反対売買による決
済)によつて行なわれる。
(二) このような信用取引は、原判決のいうような投機性の強いものではない。
右のように、信用取引は、取引所の場においては何ら特異な取引ではなく、実物取
引の裏付けのもとに行なわれる取引であり、ただ顧客と証券会社間における信用の
決済に六か月の猶予期間があるにすぎないのであるから、現株を購入して六か月後
に売却しあるいは手持株式を売却して六か月後に同一銘柄の株式を購入するという
いわゆる株式投資の場合(株式投資のローテイシヨンも上場企業の決算期にあわせ
て六か月間とするのが常道である)と何ら差異はなく、したがつて、その投機性も
同様に稀薄である。そして、信用取引を行なつて利得をしさらにはそれによつて生
計を維持している者も少なくないのであり、当初は赤字を伴うとしても、相当長期
間の取引を経験することにより、安定した利益を継続的に得ることは十分可能であ
つて、事業としても存立しうるものである。
(三) 原判決が事業性を否定するために挙げたその余の理由も正当でない。
(1) 信用取引の顧客は、証券会社に一定の委託証拠金を差し入れるが、それ以
外の取引上の資金はすべて証券会社から融通を受けるのであり、右証拠金も代用有
価証券で足りるのであるから、平素かなり有価証券を保有している者は、手許資金
だけで多額の取引が可能なのであつて、そのうえにことさら他からの資金調達をし
なければならないものではない。控訴人が投下している資金は四、五千万円にのぼ
つていて、事業性を認定しうるに十分な資金量である。一般に、事業を行なうにつ
いては自己資本で賄うのが本来の姿であつて、必ず資金調達を必要とするものでは
ないばかりでなく、信用取引においては証券会社から信用の供与を受け、金利を支
払うのであつて、かえつて必ず資金調達を伴い、ただ調達先に特殊性があるにすぎ
ない。
(2) 証券取引法によれば、証券業を行なうものは免許を受けた株式会社でなけ
ればならず(二八条)、営利の目的をもつて反覆継続して株式の売買を行なうこと
は証券業にあたると解される(二条八項)。したがつて株式売買のために人的物的
設備をすることは、同法に違反することとなるし、いずれにせよ上場株式の取引は
取引所の正会員たる証券業者に委託してしなければならないから、そのような設備
は無用である。一般に、株式投資により多額の利益を得ている者も、そのために特
別な人的物的設備を構えているわけではなく、要するに、株式取引の性質上、いか
に多額の取引をしてもさほどの時間、労力、費用を必要としないのである。
(3) 証券業者の中でも、専門の調査研究機構を所持しているのは、取引所の正
会員の中で、四大証券およびそれにつぐ中堅業者のみであつて、それ以外の正会
員、準会員や会員外の証券業者は、一般の顧客と同様、右大業者の調査発表する資
料のほか、経済雑誌、株式新聞等と永年の経験による勘に基づいて商いをしている
にすぎない。証券会社以外の者が特別の調査研究をすることは不可能であつて、右
のような業者の調査資料に頼らざるをえず、またその方が安全でもあつて、調査に
長時間を費す必要はない。したがつて、特別の調査研究をしていないからといつ
て、余暇に投機をしているにすぎないと断ずることは誤りである。
(四) 以上のように、株式取引を業とする場合の営業のあり方は多分に特異性を
有するのであり、被控訴人の援用する通達およびこれに全面的に依拠する原判決
は、右の特異性を正当に認識していないものである。株式取引の実態と機能を正当
に認識するならば、控訴人の本件株式信用取引も事業と認めて然るべきである。
二、被控訴人の主張
(一) 信用取引においては、六か月以内に必ず貸借の決済をしなければならない
が、その場合に手持資金もしくは手持株券を返済する例は僅少で、大部分は、担保
として預託してある買付株券の転売代金をもつてあるいは預託してある売却代金で
購入した同銘柄の株券をもつて決済されるのであり、したがつて、六か月を経過し
た時点における株価に応じて、さらに時機を待つとか、他の銘柄の株式の取引をす
るとかの選択をする余地はなく、この点において普通の株式投資(それには、必ず
しも六か月等の定まつたローテイシヨンがあるわけではない)との間に重大な差異
がある。その結果六か月間の株価の変動はそのまま顧客の損益となつてはねかえる
こととなり、しかも、一定の委託保証金を提供するだけで多額の株式の売買が可能
となることから、損失額も莫大なものとなる危険があり、著しく投機性の強いもの
となるのである。
(二) 株式取引が事業といいうるためには事業としての社会的客観性を要し、そ
の要素の一つとして収益の継続性が予定されていなければならない。しかるに、信
用取引を行なつている者の大半が最終的には損失に終わつており、信用取引によつ
て生計を維持している者も存在しないのが現実であり、控訴人が、株式取引につき
長年の経験を有しながら、昭和四三年から同四六年の四年間において約四、八〇〇
万円もの損失を被つている事実自体が、その証左である。したがつて、このように
投機性が強く損失の危険性も大きい信用取引は事業になじみがたいものである。
(三) (1)信用取引を行なうには、委託証拠金が必要であり、また損失が発生
した場合の填補のための資金も必要である。信用取引が継続的収益を保証するもの
ならば、他の企業経営と同様、他からの資金の融通を受けてまで、信用取引に精を
出すことが可能であるが、損失を生ずる場合には、他人の資金を利用していると損
失の金額も莫大なものとなる。控訴人が自己資金の範囲内でのみ信用取引をしてい
たということは、十分な資金量を運用していたということよりは、むしろ、継続的
収益の確たる見通しがなく危険が大きいため、会社経営という本来の職務の余暇に
投機的目的で資金を運用していたことを物語るものである。
(2) 証券取引法違反の成否は、人的物的設備の有無に左右されるものではない
し、また、所得税法上の事業所得にあてはまるか否かの判断にも直接関係がない。
要するに、控訴人の信用取引が営業としてなされず、本来の仕事の余暇を利用して
単なる投機的目的でなされていて、取引の手続きや情報の収集等はすべて証券業者
に依頼していたからこそ、特に人的物的設備を必要とするに至つていないのであ
る。
(3) 調査研究機構を所持する四大証券等以外の証券業者であつても、顧客との
取引に際しては、当然指導と資料の提供を行なうはずであり、そのためにはそれな
りの調査研究を行なつているはずである。ところが、控訴人の場合には、資料の入
手方法は、株式新聞や四季報を読みあるいは証券会社の外務員の情報を聞くという
程度で、証券会社の単なる一般的顧客の域を出ず、業者としてなすべきより積極的
な情報収集活動は見られないのである。
(四) 以上いずれの点からみても、控訴人の信用取引行為には事業性を認めるこ
とはできず、これによる所得を雑所得金額の計算上生じたものと解したことは正当
である。
三、証拠関係(省略)
○ 理由
当裁判所の判断は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示と同一であるか
ら、これを引用する。
(一) 一定の経済的行為が反覆・継続して行なわれることによつて事業としての
社会的客観性が認められうるというためには、相当程度安定した収益を得られる可
能性がなければならないと解される。しかるに、株式の信用取引においては、取引
から六か月後に、その当時の株価如何にかかわらず決済を強制されるため、その間
の株価の変動によつて損失を生ずる危険が大きく、また、当初に委託証拠金として
支出する資金の量に比して多額の取引が可能であるため、損失の額も大きなものと
なりうるのであつて、この点において、その他の株式投資との間の差異は、控訴人
主張のように軽視しうるものではないと解される。もとより、信用取引によつて一
時的に利益を挙げることは可能であり、これを目的として取引がなされるのである
が、右のような損失の危険を考えるとき、相当程度の期間継続して安定した収益を
得ることはかなり困難なことであつて、このように収益の見込が不確実で損失の危
険が大きいという意味において投機性の著しいものとみるほかはなく、これを生計
の主たる手段とするようなことはきわめて危険なことと考えられる。当審証人Aの
証言も、この判断を左右するに足りない。
控訴人が主として会社の経営に労力を費やし、所得あるいは生活の資の多くの部分
を右会社から得ていて、その余暇にのみ本件株式取引を行なつていたにすぎないと
いう事実についても、このような信用取引の特性との関連を考えるべきものであつ
て、このような形態で行なわれる信用取引がなお事業として成立するためには、取
引の反覆・継続の事実のほか、さらに特別の事情が認められなければならないもの
というべきである。
(二) 特別の資金調達手段の存在、人的物的設備の具備、専門的な調査研究の実
行等は、その各個が、事業の成立のための必須の要件であるということはできない
が、事業にあたるか否かは、前記引用の原判決の挙示する諸般の事情を総合するこ
とにより、事業としての社会的客観性が認められるか否かによつて決すべく、右の
諸点もそのような事情の一つとして考慮することを要するものであつて、これらの
点についての事実関係が原判決認定のとおりであることは、前記(一)の事情に加
えて、本件信用取引が事業にあたるものと認めることをいつそう困難にするものと
いうべきである。
要するに、本件における一切の事情を総合してみるとき、本件株式取引は事業とは
認められないものというほかはない。
したがつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由
がないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文
のとおり判決する。
(裁判官 大野千里 野田 宏 中田耕三)
(原裁判等の表示)
○ 主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告に対し、昭和四五年一二月一六日付でなした、原告の昭和四四年
分所得税についての更正および過少申告加算税の賦課決定は、国税不服審判所長が
昭和四七年四月三日付裁決により取消した部分を除き、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
原告の請求原因
一 原告は、昭和四五年三月、昭和四四年分所得税について、純損失の金額を一、
三六五万九、〇三八円(明細は別表第一〇記載のとおり)、源泉徴収税額を二六五
万五、二七九円として、被告に確定損失申告をした。
二 被告は、昭和四五年一二月一六日、総所得金額を一、二七九万一、一〇〇円
(明細は別表第一(二)記載のとおり)、所得税額を四七一万九、八〇〇円とする
更生(以下本件更生という)、および過少申告加算税二三万五、九〇〇円の賦課決
定(以下本件賦課決定という)をした。
そこで、原告は、右各処分に対して異議申立をしたが被告はこれを棄却する旨の決
定をなしたので、更に原告は審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和四
七年四月三日、総所得金額に変更はないが、所得税額を四四九万九、七〇〇円(配
当控除額が、更正では三七万五、〇〇〇円であつたのに、裁決では五九万五、〇五
〇円に増額されたことによる)、過少申告加算税額を二二万四、九〇〇円とする旨
の一部取消の裁決をなした。
三 ところで、原告は、昭和四四年度において、別表第二〇記載のとおり、一三四
回にわたり継続的に合計九七万六、〇〇〇株の株式の信用取引(以下本件株式取引
という)を行ない、二、六四五万〇、一三八円の損失が生じた。そこで、原告は、
昭和四四年分所得税の確定申告において、本件株式取引による右損失は事業所得の
金額の計算上生じたものであるとして、所得税法第六九条第一項の規定に基づき、
別表第一〇記載のように、その損失金二、六四五万〇、一三八円を他の所得金額と
損益通算して申告したのに対し、被告は、本件株式取引による前記所得(損失)
は、雑所得に該当し、その損失は、事業所得の金額の計算上生じたものといえない
から、損益通算はできないとして、本件更正および賦課決定をなしたのである。
四 けれども、本件株式取引による右損失は、事業所得の金額の計算上生じたもの
であるから、他の各種所得の金額と損益通算すべきであり、被告のなした本件更正
および賦課決定(但し、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により取消
した部分を除く)は違法であるから、その取消を求める。第三 被告の答弁および
主張
一 請求原因一ないし三の事実は認め、四は争う。
二 本件株式取引により生じた損失は、以下述べるように、事業所得の計算上生じ
たものではなく、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、損益通算
は許されず、本件更正および賦課決定(但し、国税不服審判所長が前記裁決により
取消した部分を除く)は、適法である。
1 有価証券の取引による所得は、原則として非課税とされ、有価証券の売買を行
う者の最近における有価証券の売買の回数・数量または金額、その売買についての
取引の種類および資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、
営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得等については、例外
として課税の対象となる(所得税法第九条第一項第一一号イ、同法施行令第二六条
第一項)。
そして、有価証券の取引による所得が右の要件を充たし、課税の対象となる場合
に、それが事業所得になるか雑所得になるかは、右取引が事業所得の基因となる事
業といえるかどうかで決せられるところ、所得税法第二七条第一項・同法施行令第
六三条第一二号は、対価を得て継続的に行う事業から生じた所得は、事業所得に該
当すると規定している。
そこで、事業所得の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為で、一般社
会通念上事業と認められるものをいうと解せられ、対価性のほかに事業としての社
会的客観性を要するのであり、有価証券の営利を目的とした継続的取引から生じる
所得については、その取引のための人的、物的設備の有無、その職業、その他諸般
の事情に照らし、その所得者が常業として株式の取引を行なつていると認められる
ときは事業所得とし、そうでないときは雑所得とすべきである(昭三六直所一-八
五長官通達)。
2 原告の行なつた本件株式取引は、次に述べる諸事実から、いまだ社会通念士事
業とはいえない。
(一) そもそも事業は、その事業自体のうちに、事業存立の経済的基礎をなす経
常的な収益の方途が機構的に保証されて、はじめて、自立的存立が可能となる。し
かるに、株式の信用取引は、株式市場における株価の急激な変動を利用して売買差
益を利得する機会をもつという極めて投機性の強いものである。そのため収益性も
極めて低く、それを行なつている者の大半が損失に終わつている(原告も、昭和四
三年が二二三万九、五二七円、昭和四四年は二、六四五万〇、一三八円、昭和四五
年は一七六万四、二七三円、昭和四六年は一、八三〇万九、四六〇円の欠損に終わ
つている)。このように所得の発生が偶発的、投機である株式の信用取引は、特段
の事情がないかぎり、事業存立の基礎を欠くものであつて、事業所得を生すべき事
業には社会通念上なじみ難い。およそ経済人としては、利益を得るか損失を蒙るか
わからないような不安定な投機的行為を業とすることは通常考えられないことであ
る。
(二) 原告は、資本金二、〇〇〇万円、従業員数約八〇名の各種金属の熱処理加
工とそれに付帯する業務を目的とする会社で、約六億円の年間売上高のある日之出
金属熱錬株式会社の代表取締役であり、その総所得あるいは生活の資のほとんど大
部分を右会社から得ている。
(三) 原告は、休日以外の毎日午前七時三〇分頃前記会社に出勤し、午後六時三
〇分頃まで勤務していて、本件株式取引は、原告が前記会社の職務の余暇に業界新
聞や業界雑誌を参考にして、証券会社との電話連絡、あるいは会社を訪れた証券会
社係員に口頭で連絡するといつた簡易な方法で行なつているにすぎず、勿論、右取
引を反覆継続して行うための人的、物的設備は設けない。
(四) 本件株式取引のための資金は、原告の自己資金の範囲に限られており、信
用取引上の借入のほかは銀行借入等の積極的な資金調達はみられず、右取引のため
の必要経費も、有価証券の売買に直接要した費用のみであつて、通常事業に付随す
る必要諸経費が皆無である。
(五) 原告は、昭和四三年六月頃右会社の近隣に日之出証券株式会社が進出した
際、同証券会社の外務員の勧奨と助言により、自己の経営手腕をためすつもりで株
式の信用取引を始め、同年中に二二二万九、五二七円の損失を出しているが、所得
税法第二二九条に定められた事業の開始に関する届出をしておらず、また同年分の
所得税申告書に株式取引による所得について何ら申告していない。
以上の事実を考慮すれば、原告の行なつた本件株式取引は、原告が趣味と実益を兼
ねて行なつたいわゆるサイドワーク的なもので、いまだ常業として行なつたものと
は認められないから、右取引から発生した所得は、事業所得ではなく雑所得であ
る。
従つて、右取引によつて生じた損失について、所得税法第六九条第一項の規定によ
る損益通算をすることはできない。
第四 被告の主張に対する原告の答弁および反論
一 被告の主張二の1、について
事業所得の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為であつて、社会通念
上事業と認められるものを指称すると解すべきであり、この要件を充す限り、これ
を職業として行う場合であると副業的なものとして行う場合であるとを問わず、ま
た人的、物的施設などを具備する必要もないのである。
二 同二の2について
株式の信用取引により、昭和四三年中に二二三万九、五二七円、昭和四四年中に
二、六四五万〇、一三八円の損失が生じたこと、原告が、日之出金属熱錬株式会社
の代表取締役であること、本件株式取引を行うための人的・物的施設を設けておら
ず、資金も自己資金の範囲に限られており、信用取引上の借入のほかは銀行借入等
の積極的な資金調達をしていないこと、右取引のための必要経費も、有価証券の売
買に直接要した費用であつて、通常事業に付随する必要諸経費をほとんど要しなか
つたことは認めるが、その余の事実は否認する。
株式の信用取引は、投機性の強いものではあるが、株式市場の機能を円滑化するう
えで証券市場に不可欠の存在であり、社会的評価として常業と認め得る要素を十分
に持つている。
原告は、昭和四三年以来今日まで、別表第二記載のとおり、継続的に株式の信用取
引をしていて、原告が右取引に投下している資本は、四、〇〇〇万円ないし五、〇
〇〇万円もの多額に及んでおり、昭和四四年三月には、事業として株式取引を行う
意図のもとに、昭和四四年分以降の株式取引上の所得の申告につき、青色申告の承
認の申請をなした(右申請に対して、被告は同年一二月三一日までなんらの意思表
示をしなかつたので、所得税法第一四七条の規定により右申請に承認があつたもの
とみなされた。)。このような原告の株式信用取引の数量・回数・金額等の客観的
事実と、青色申告の承認の申請にみられる原告の主観的意図とを併せ考えれば、本
件株式取引は、被告が主張するように原告が趣味と実益を兼ねて行なつたサイドワ
ーク的なものではなく、所得税法第二七条第一項・同法施行令第六三条第一二号に
いう事業というべきである。
株式の信用取引においては、一定の証拠金(株式市場が比較的平静に推移している
ときの証拠金の提供比率は、取引額の三〇パーセントが普通で、その証拠金も、必
ずしも現金を必要とせず、株式・国債その他の債券類の提供でこれにかえることも
できる。)を提供することによつて、取引を成立せしめることができるので、比較
的僅少の自己資金で、金融機関よりの借入れに頼ることなく、多額の取引が可能と
なる。原告が、あえて銀行借入等の積極的な資金調達をしていないのは、このため
である。原告は、株式の信用取引を行うに際し、自己が代表取締役をしている日之
出金属熱錬株式会社の人的・物的設備を利用しているが、それ以外に特別な人的・
物的設備は設けていない。個人が株式の信用取引を行う場合、それがための特別な
人的・物的設備は必要でなく、右取引には、証券会社との電話連絡、証券会社の担
当外務員による助言と決済関係の仕事の補助があれば十分である。
従つて、また、株式の信用取引において必要とする経費は、電話料・担当外務員を
含めて証券会社との交際費・交通費ぐらいで、その額も取引額に比較して僅少であ
る原告も、右のような必要経費は出捐しているが、少額なのであえて計上していな
い。被告は、このような株式信用取引の特殊性なり、そのシステムを全く無視して
いる。
第五 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件においては、配当所得、不動産所得、給与所得の各金額については当事者
間に争いがなく、本件株式取引により生じた二、六四五万〇一三八円の損失(これ
だけの損失が生じたことは当事者間に争いがない)が、事業所得金額の計算上生じ
たものか、それとも雑所得金額の計算上生じたものか、が唯一の争点である。
1 所得税法第九条第一項第一一号によれば、有価証券の譲渡による所得は、原則
として非課税とされているが、同号イ、同施行令第二六条第一項によれば、有価証
券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買
についての取引の種類および資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況
に照らし、営利を目的として継続的行為と認められる取引から生じた所得について
は、課税の対象となるとされ、さらに、同法施行令第二六条第二項は、その年中に
おける株式等有価証券の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の
同条第一項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の株式等
の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とすると規定し、一号において、
その売買の回数が五〇回以上であること、二号において、その売買株数等の合計が
二〇万以上であることと定めている。
そして、有価証券の取引により所得が右の要件を充たし、課税の対象となる場合
に、それが事業所得となるか雑所得となるかについては、所得税法第二七条第一
項・同法施行令第六三条第一二号の規定により、「対価を得て継続的に行う事業」
から生じた所得と認められる場合にのみ事業所得に該当することが明らかである。
ところで、具体的な株式等の取引行為が右の「対価を得て継続的に行う事業」に該
当するか否かは、結局、一般社会通念に照らしてきめるほかないと思われるが、そ
の判断に際しては、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無のほかに事業と
しての社会的客観性の有無が問われなければならず、この観点からは、当然にその
取引の種類、取引における自己の役割、取引のための人的・物的設備の有無、資金
の調達方法、取引に費した精神的、肉体的労力の程度、その者の職業・社会的地位
などの諸点が、検討されなければならない。
2 そこで、以上の見地から、本件株式取引が右の事業といえるかどうかについ
て、検討する。
(一) 原告が、日之出金属熱錬株式会社の代表取締役であること、原告は、本件
株式取引を行うために特別な人的・物的施設た設けていなかつたこと、本件株式取
引のための資金は、原告の自己資金の範囲に限られており、原告は、信用取引上の
借入のほかは銀行借入等の積極的な資金調達をしていなかつたこと、右取引のため
の必要経費も、有価証券の売買に直接要した費用であつて、通常事業に付随する必
要諸経費をほとんど要しなかつたことは当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない乙第二ないし第六号証の各一・二、証人Bの証言、並び
に原告本人尋問の結果によればイ、日之出金属熱錬株式会社は、昭和三二年一〇月
に設立された、金属の熱処理加工とそれに付帯する業務を行うことを目的とする同
族会社で、資本金は二、〇〇〇万円、従業員数は約八〇名、年間売上高は五、六億
円の会社で、その経営面は原告がひとりで取仕切つていたこと、原告は、別表第三
記載のように、その所得あるいは生活の資のほとんどを右会社から得ていたこと、
原告は、本件課税年度においては、日之出証券株式会社八尾営業所を介して株式取
引をしていたが、休日以外は毎日午前七時三〇分頃右会社の事務所に出勤し、午後
六時三〇分頃まで勤務していたので、取引の注文は、右会社の事務所から会社の電
話を利用し、あるいは右会社の事務所を訪れた証券会社の係員に口頭で行ない、金
銭も通常、証券会社の担当外務員が原告方に出向いて受渡しをしていたこと、原告
は、取引をするに際しては、経済新聞、株式新聞、株式四季報などを読み、また証
券会社のセールスマンの提供する情報を参考にし、さらに一般経済界の動きなどを
みて、銘柄、売買の別・株数等を自分で決めていたこと、昭和四四年当時、本件株
式の信用取引のための証拠金として、総額約五、〇〇〇万円の株式その他の債券類
を証券会社に提供したが、現金を提供したことは殆んどなかつたこと、が認められ
る。
(三) 原告が、昭和四三年中に株式の信用取引により二二三万九、五二七円の損
失を蒙り、本件課税年度の昭和四四年中には、一三四回にわたり、合計九七万六、
〇〇〇株の信用取引を行い、二、六四五万〇、一三八円の損失を蒙つたことは当事
者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証の一・二、前顕乙第二ないし第六
号証の各一・二、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二・
第三号証、同第四号証の一・二、同第五号証の一ないし三、証人Bの証言、原告本
人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和二四、五年頃から現物取
引を主体に株式取引を始め、昭和二七年頃から昭和三〇年頃にかけて一時信用取引
を行なつたこともあつたこと、その後信用取引は中止していたが、再び昭和四三年
になつて日之出金属熱錬株式会社からの収入も増加したので、利殖の目的で大規模
に信用取引を開始し、同年中には、日之出証券株式会社本店八尾営業所を介して、
五六回にわたり、合計二五万八、〇〇〇株(金額一億二、〇二八万五、〇〇〇円)
の信用取引を行ない、本件課税年度以後も日本勧業角丸証券株式会社東大阪支店を
介して、別表第二(ハ)、(ニ)、(ホ)記載の各信用取引を行ない、昭和四五年
度は一七六万四、二七三円、昭和四六年度は一、八三〇万九、四六〇円の各損失を
蒙つたとして確定申告したが、昭和四七年度には一八五万四、八六八円の利益を申
告していること、事業所得を生ずべき事業を開始した際には、所得税法第二二九条
により、一カ月以内に税務署長に対し、開業の届出書を提出しなければならないと
ころ、原告は、この届出書を提出しておらず、ただ昭和四四年三月、事業として株
式の信用取引を行う意図のもとに、昭和四四年分以降の株式取引上の所得の申告に
つき青色申告の承認の申請をなしたところ、被告は同年一二月三一日までになんら
の意思表示もなさず、所得税法第一四七条の規定により、右申請は承認があつたも
のとみなされたこと、昭和四三年分所得税申告の際には株式取引による所得(損
失)についてなんら申告をしていないが、昭和四四年分から昭和四七年分までの所
得税の確定申告書には、自己の職業欄に会社役員のほか有価証券売買と記入し、株
式の信用取引により生じた前記損失や利益を、原告の事業所得として申告をしてい
ることが認められる。
(四) 証人Bの証言、および原告本人尋問の結果によれば、株式の信用取引は、
短期間(原則として六カ月以内)における株価の変動を利用して、売買差益を利得
するという投機性の強いもので、長期間それを行なつている者の大半が最終的には
損失に終わつていること、株式の信用取引を行うためには、証券会社に一定の証拠
金を提供することを要し、右証拠金の提供比率は、市況に応じて変動するが、株式
市場が比較的平静に推移しているときは取引額の三〇パーセント程度で、その証拠
金も、必ずしも現金を必要とせず、上場株式・国債、社債その他の債券類でこれに
かえることができ、従つて、株式の信用取引は、比較的僅少の自己資金で、金融機
関より借入れに頼ることなく、多額の取引が可能となり、法人よりはむしろ個人に
信用取引を利用する者が多いことが認められる。
(五) 以上の事実に基づき、考えるに、本件株式取引における売買回数を売買株
数、それに原告は、昭和四三年以来今日まで、多額の資本を投入して、継続的に株
式の信用取引をしており、昭和四四年三月には、事業として株式の信用取引を行う
意図のもとに、青色申告の承認申請もなしていることを考慮すると、営利性、有償
性および継続性、反覆性については充分これを具備しているといいうる。しかしな
がら、本件株式取引が事業といいうるためには、前叙のとおり、さらに事業として
の社会的客観性を要するところ、そもそも株式の信用取引は、短期間における株価
の変動を利用して売買差益を稼ぐという投機性の強いもので、それを長期間行なつ
ている者の大半が最終的には損失に終わつていることから考えて、本来事業になじ
みがたい性格を有するものであること、原告は、日之出金属熱錬株式会社の代表取
締役として、毎日同会社の職務に専念しており、生活の資の大部分を同会社から得
ていて、本件株式取引は、原告が同会社の職務の余暇に株式新聞等を参考にして投
機的目的で行なつているにすぎないこと、さらに右取引を反覆継続して行うための
人的物的設備もないこと、右取引のための資金も原告の自己資金の範囲に限られて
いること、右取引に要した必要経費もほとんど有価証券の売買に直接要した費用の
みであることなどを考えれば、本件株式取引は、一般社会通念に照らしいまだ事業
と認められないと解するを相当とする。
されば、本件株式取引によつて生じた所得(損失)は、事業所得金額の計算上生じ
たものとは認められず、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、所
得税法第六九条第一項の規定により、他の各種所得の金額と損益通算することはで
きない。
三 以上のとおりであるから、本件更正およびそれに付随してなされた本件過少申
告加算税の賦課決定(但し、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により
取消した部分を除く)は、いずれも適法であり、その取消を求める原告の本訴請求
は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、
主文のとおり判決する。

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