弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、弁護人小野清一郎・同竹内誠が連名で差し出した控訴趣意
書と弁護人近藤航一郎・同土屋公献・同高橋功が連名で差し出した控訴趣意書とに
記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対して次のように判断する。
 小野・竹内両弁護人の控訴趣意第二点および近藤・土屋・高橋三弁護人の控訴趣
意第一・第二について。
 論旨は、要するに、名誉毀損罪における事実の証明は自由な証明の方法によるこ
とができるうえに、罪となるべき事実を認定する場合のように高度の確信に至るこ
とを必要とせず、証拠が有力であれば足りる、という前提のもとに、本件において
は真実の証明があるのに原判決がその証明なしとしたのは、法令に違反し事実を誤
認したものだ、というのである。
 <要旨第一>思うに、刑法第二三〇条ノ二にいう「真実ナルコトノ証明」というの
が被告人の罪となるべき事実の認定に必要な程度の証明を指すのかそれ
ともそれよりも弱い程度のもので足りるのか、換言すればいわゆる「合理的な疑い
をいれない」程度の証明を必要とするのかいわゆる「証拠の優越」の程度で足りる
と解すべきかは、一つの問題だということができよう。しかしながら、人の名誉を
毀損する事実の中でも、本件で摘示されているような犯罪にあたる人の非行事実に
ついていえば、本来それは国がその存否を確定し処罰すべき性質のものであるが、
その場合にはいうまでもなく合理的な疑いをいれない程度にその事実の存在が証明
されることを必要とする。しかるに、もし私人が、それほどの十分な証明をするこ
とができず、たかだか「証拠の優越」と呼ばれる程度の証明しかすることのできな
いようなこの種の事実を一般に公表・流布しても、それが許されるとすれば、結果
において、国の裁判によつては犯罪者と断定することのできない者に対しても事実
上犯罪者としてのらく印を押し、その事項の性質上その者を社会的に葬り去つて、
あたかも刑罰を科せられたのに似た状態に置くことも可能となるであろう。この場
合、その者が真に犯罪者であればまだしもであるが、証明の程度が右のように比較
的弱くても足りるとすると、犯罪者でない者が犯罪者とされる危険性もおのずから
相当程度存在するわけで、かくては不当に名誉を侵害された者がそのまま泣き寝入
りをしなければならない場合をある程度認めることとなり、名誉の保護の観点から
いえばいちじるしく不完全となるといわざるをえない。もとより強制捜査の権限を
もたない私人の側で合理的な疑いをいれない程度にそれを証明することがかなり困
難であることは所論のとおりだといえよう。しかし、特に摘示事実が他人の犯罪行
為である場合には、その名誉侵害の度のきわめて高いことにかんがみ、証明の困難
を理由として証明の程度が比較的低くてもよいとすることにはやはり重大な疑問が
あるとしなければならない。そして、この理は、その摘示者が報道機関である場合
においても異なるところはなく、むしろ一般的にいえば、報道機関であればこそこ
の種の事項を公表するには一層慎重な態度で確実な根拠に基づくことを要するとも
いえるのである。
 ところで、本件の場合、もし合理的な疑いをいれない程度の証明を必要とすると
すれば、到底その事実の証明があつたといえないことは以下の説明からおのずと明
白であるが、かりに前記の見解を離れて所論のようにいわゆる「証拠の優越」とい
う程度の証明で足りるとしてみても、本件では、一件記録および証拠物によつて原
裁判所の取り調べた証拠を十分に検討し、かつ念のため当裁判所みずから事実の取
調をした結果を考慮しても、被告人らの摘示した各事実が真実であることについて
は、その程度の証明すら成立していないといわざるをえない。すなわち、右の各摘
示事実の内容は、AがBに対して述べたもので、このことはC、DらもAから聞い
たようであり、昭和三四年八月一四日にはE電力株式会社の当時の社長Fの秘書G
が直接右Aと面談してこれを確めたことが認められるのであるが、その後Aは前言
をひるがえしてこれらの事実の存在を否定するに至つているのである。そして、こ
れらの事実に関しては、これを認めるに足りる具体的な資料としてはAがかつて述
べたこと以外にないのであるから、問題の要点は、はたしてAの前に述べたところ
が真実か、虚偽かという一点にかかつているといつてよい。ところで、Aが前言を
ひるがえしたのちに同人の言うところによれば、当時同人の経営していた会社の営
業が不振に陥つた際、監査役であるBにその原因を説明せざるをえなくなつたとこ
ろから、ことさらに虚偽の事実を告げたというのであり、それがその後他人に伝わ
り重大問題化してきたのに驚き、真実を述べるようになつた、というのである。そ
こで、同人の言つたという本件摘示事実についてその裏づけとなるものを検討して
みると、まずH発電所工事およびI発電所工事に使用する高淀セメント納入の割当
に関しJまたは同人とKとの両名に金員を贈つたとの事実については、証拠によれ
ば、この納入割当はメーカーであるL製鉄またはM化学の側でこれを決定していた
もので、需要者であるE電力株式会社側がこれに関与していたと認むべき節は発見
することができないから、この割当に関連してE電力の取締役であるJ・KにN・
Aらが金員を贈るということははなはだ不自然であり、ことにそのうちのH発電所
工事に関してNがJに二〇〇万円を贈つたという事実は、そもそもAが直接見聞し
たわけでなく、Nから聞いた事実として物語られているのである。また、東京赤坂
におけるM化学の幹部およびその代理店側の者とJ・Kとの会見の事実も、これを
I発電所工事に使用する高炉セメントの納入割当と結びつけるだけの証拠はなく、
単なる儀礼的あいさつのための会見だつたという関係者の証言に別段不自然な点は
認められない。次に、I発電所のダム工事中セメントにひび割れが生じたことにか
らむいわゆる裏金要求の事実についても、Aの言つたことを信ずる以外にあえてこ
れを裏づけるほどのものは存在せず、当審での事実の取調の結果によつても、この
事実を証明するに足りるものが発見されたとはいえない。そこで、このような傍証
の状態を前提としてAのかつての発言とその内容を否定している現在の供述とを比
較してみるのに、一件記録に現われたところばかりでなく、当裁判所が親しく同人
を証人として尋問してみたところによつても、はたしてそのいずれを信用すべきか
については、少なくとも同人のかつての発言のほうを信用すべきだとの心証を抱く
には至らず、むしろいずれかといえばそれを虚偽であり創作であつたと述べている
現在の説明のほうに真実性が強いと感ぜられるのである。それゆえ、原判示各摘示
事実が真実であるとの証明はないとした原判決の判断は、証拠の優越で足りるとす
る見地に立つても結局正当だといらべきであつて、採証法則の適用を誤つた違法は
なく、事実の誤認があるともいえない。また、そのほかに被告人らの行為を刑法第
三五条の「正当ノ業務ニ因リ為シタル行為」にあたるとみるべき理由も存在しな
い。したがつて論旨は採用することができない。
 同第一点について。
 論旨は、原判決がその判示第一の(一)と(二)の所為を合して一個の行為と
し、第二の(一)と(二)の所為をも同様に合して一個の行為としたのは誤りであ
ると同時に、第一の所為と第二の所為とを併合罪としたのは誤りで、原判示所為は
全部を包指的に観察してこれを一罪と解すべきだ、というのである。
 しかしながら、原判決の法令の適用を検討してみると、「判示第一の(一)
(二)及び第二の(一)(二)の各所為はそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に
触れる場合であるから、同法第五十四条第一項前段第十条によりそれぞれ犯情の最
も重いと認める各判示Kに対する名誉段損の罪の刑に従い処断すべく、以上被告人
両名の所為は、同法第四十五条前段の併合罪であるから、………犯情の最も重いと
認める判示第一の(一)のKに対する名誉段損の罪の懲役刑に併合罪の加重をし…
…」と記載されており、この記載と罪となるべき事実についての原判示とを対照す
れば、原判決は所論のよらにその判示第一の所為および第二の所為をそれぞれ一個
の行為とみたのではなく、第一の(一)、第一の(二)、第二の(一)、第二の
(二)の四個の行為を認め、かつそのそれぞれの行為が同時に三名または二名の者
の名誉毀損にあたるところから、その四個の行為がそれぞれ刑法第五四条第一項前
段の観念的競合になるとし、そのうえで、この四個の科刑上一罪が併合罪になると
判断したものであることが明らかである。これに対し、論旨は、以上を包括して一
罪と解すべきだと主張するのであるが、名誉毀損罪はその被害者ごとに犯罪が別個
に成立すると解すべきで(大審院昭和八年(れ)第七七二号同年八月一日第四刑事
部判決、刑集一二巻一四〇三頁参照)、本件では被告人らの所為は三名または二名
の者の名誉を毀損するものであるから、その点からしてもこれを包括一罪と解する
ことができないばかりでなく、それを別としても、原<要旨第二>判示第一の
(一)、同(二)、第二の(一)、同(二)を合して被告人らの所為が包括一罪を
構成するものということはできない。けだし、原判示第一の(一)は昭
和三五年五月二〇日付の「自民党通信」、第一の(二)は同年三月二八日付の「株
主通信」、第二の(一)は同年五月二日付の「株主通信」、第二の(二)は同年五
月二三日付の「株主通信」にそれぞれ掲載された記事に関するもので、その行為の
日時にある程度の隔たりがあると同時に、掲載誌もすべて同種ではなく、また、こ
れによつて名誉を毀損される被害者も、第一の(一)と(二)とではJ、K、Nの
三名であり、第二の(一)と(二)の場合はJとKとの二名である。しかも、この
四種のパンフレットに掲載された記事の内容は、第一の(一)にI発電所工事の際
のセメントのひび割れに関連する三〇〇万円の裏金に関する事実が附加して記載さ
れている以外はすべて同趣旨で、H発電所工事の際のJへの金員贈与の事実とI発
電所工事の際のJ・Kへの金員贈与の事実とがくり返し掲載されているのであつ
て、いいかえれば、各誌の記事はそれぞれ一つのまとまつた内容をなしているので
ある。そこで、これらの点から判断すると、以上四種のパンフレットヘの記事掲載
ならびに頒布は、機会を異にしてなされたもので、刑法上、その都度別個の決意に
基づいてなされた四個の行為があると解するのが相当であり、したがつてこれを合
して包括的に一個の名誉毀損行為があつたとみるべきものではない。もとよりこの
四個の決意は相互に無関係なものではなく、その基底にJ・Kらを糾弾しようとす
る被告人らの志向が存在し、それが具体化して右の四個の決意として現われたもの
であろうことは否定できないけれども、刑法上の罪数決定の基準となる行為の決意
とは右のような抽象的な志向をいうのではなく、現実の行為と直接に結びついた具
体的な行為の決意でなければならないから、その根底に右のような一つの志向があ
つたことは、これを四個の犯罪とみることの妨げにはならないのである。
かつて、大審院は、明治四五年(れ)第一一一五号同年六月二七日第二刑事部判決
(刑録一八輯九二七頁)で、「毎日発行スル新聞紙上ニ包括的ニ一人ノ名誉ヲ段損
スヘキ一箇若クハ数個ノ事実ヲ掲載シ之ヲ発行シタルトキハ一箇ノ名誉段損罪成立
スルニ過キサレハ」云云と判示したが、判決録によつてその事実関係をみると、こ
れは同一新聞紙に某外国人の非行に関する記事を五月二八日から六月六日まで一〇
日間連載した事案で、全体として一つにまとまつた記事を紙面の都合などで分割連
載したものと認められる。このような場合は、あたかも多量の物品を窃取するにあ
たつて事実上これを一回に運び出すことができないため数回にわたつて運び出す場
合にも匹敵するもので、全体を包括して一罪を構成することに疑いはない。しか
し、本件の場合はこれとは趣きを異にし、四回にわたつて掲載された各記載が各回
ごとに独立したまとまつた内容のものであることは前述したとおりであつて、その
こと自体その各回の行為を別個の決意に基づく別個の行為と評価する根拠となるば
かりでなく、その行為の間の時間的間隔その他前記の諸事情をもあわせて判断すれ
ば、そこに刑法上四個の行為が存在し、したがつて四個の罪(正確にいえばそれぞ
れ観念的競合である四個の科刑上一罪)が併合罪の関係に立つとした原判決の罪数
判断は正当だといわなければならない。それゆえ、この点の論旨も理由がないとい
うほかはない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 判事 伊東正七郎)

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