弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人熊谷正治の上告理由第二点について。
 本件訴訟において、被上告人は、本件土地はもと訴外Dの所有であつたが、昭和
九年六月六日右訴外人より被上告人がこれを買い受け、その所有権移転登記手続を
上告人A1の先代Eに依頼していたところ、Eはほしいままに自己名義にその所有
権移転登記を受け、その後上告人A1は昭和二七年三月二二日Eの死亡による家督
相続の所有権移転登記を経、次いで上告人A2は右同日売買によるその所有権移転
登記をなし、更に上告人A3は同月二五日売買によるその所有権移転登記をなした
ものであると主張し、上告人らとの間に、本件土地が被上告人の所有であることの
確認を求めるとともに、上告人A2及び同A3に対し、右各所有権移転登記の抹消
を、上告人A1に対し、被上告人への所有権移転登記をそれぞれ求め、上告人らは、
被上告人が訴外Dより本件土地を買い受けた事実を否認したうえ、仮に被上告人主
張のように同人が買い受けたものであるとしても、その所有名義をEとしたのは、
被上告人とEとの合意に基づくものであつて、右合意は両者通謀してなした虚偽の
意思表示によるものであるから、被上告人はその無効を善意の第三者である上告人
A2及び同A3に対抗しえない旨の抗弁を提出したことは、一見記録に徴し、明ら
かなところである。
 ところで、原判決は、被上告人は訴外D所有の本件土地を買い受けることとし、
その姉の夫にあたる司法書士のE(上告人A1の先代)に右買受の交捗をまかせ、
昭和九年六月上旬頃Eが被上告人の代理人となつてDとの間に本件土地の売買契約
を締結し、被上告人はその代金四〇〇円をEに交付し、同人よりこれをDに支払つ
たこと、ところが、Dは同月一四日頃急死したため、右売買につき争が生じ、任意
の所有権移転登記の履行を求めることができなくなり、他方被上告人は、Eより売
渡証書を取り寄せてみたところ、買受人をE名義にしてあつたので同人に不法を責
めるとともに、訴訟費用は被上告人が支出することとし、E名義でDの家督相続人
Fを被告として本件土地の所有権移転登記手続請求の訴を提起させ、昭和一一年四
月三〇日E勝訴の判決があつて確定し、Eは、右判決に基づき自己に対する所有権
移転登記をしたが、被上告人の屡々の要求にもかかわらず被上告人に対する所有権
移転登記を怠つていたことを認定しているのであつて、右認定事実によれば、Dの
家督相続人Fより上告人A1の先代Eに対する本件土地の所行権移転登記は、前記
のような事情により、被上告人がE名義で出訴せしめたる上確定判決に基づいて同
人名義で所有権移転登記をすることを許したものであるから、それはひつきよう被
上告人の意思に基づきE名義に所有権移転登記をなさしめたものであつて実質的に
はあたかも被上告人が、Eと通謀して同人名義に虚偽仮装の所有権移転登記をなし
た場合とえらぶところはなく、民法九四条二項の法意に照し、被上告人はEが本件
土地の所有権を取得しなかつたことをもつて善意の第三者に対抗しえないと解する
のが相当である。
 しかるに、原判決は、上告人A2及び同A3が右にいわゆる善意の第三者に該る
か否かを審理判断をすることなく、被上告人がEに前記訴を提起させるため本件土
地の譲渡を仮装した事実は証拠上認められないとの理由により、たやすく前示上告
人らの抗弁を排斥し、被上告人の本訴請求を認容しているのであつて、原判決には
法令の解釈適用を誤りひいては審理不尽、理由不備の違法があるといわざるをえず、
論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。
 よつて、爾余の論点に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、裁判官河
村大助、同山田作之助の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決
する。
 裁判官河村大助、同山田作之助の意見は次の通りである。
 特定の法律行為を為すことを委任された代理人が本人のためにすることを示さず
して為した意思表示は自己の為めに為したものと看做される結果(民法一〇〇条本
文)代理人は自ら法律行為の当事者として権利・義務を取得するものである、のみ
ならず本人のためにする意思であつたことを証明して錯誤又は虚偽の意思表示の無
効を主張することも許されないものと解すべきであつて、かかる場合においても代
理人は委任者のために自己の名を以て取得した権利を委任者に移転する義務あるこ
とは民法六四六条二項の定めるところである。
 本件につき原判決の確定するところによれば、被上告人(原告)は訴外F所有の
本件土地買受けのため、訴外Eに右売買の交捗を委任し同人は被上告人の代理人と
なつて売買契約を締結したこと、然るに売渡証書には買受人を右E名義としたため
被上告人はEにその不法を責め結局Eをして同人名義を以て売主Fの相続人に対し
右土地所有権移転登記請求の訴を提起させ、E勝訴の確定判決を得て、Eは右判決
に基づき自己に対する所有権移転の登記を了したというのである。すなわち、代理
人であつたEは本人のためにすることを示さず自己を買受人として売買が行われた
ものと見られるのであるから、売主たるFにおいてEが被上告人のためにすること
を知り又はこれを知ることを得べかりし特段の事情のない限り、本件売買はEとF
との間に成立したものと看做されるのであつて、委任者たる被上告人を法律上真実
の買主と解する余地はないのである。ことにEは自己を原告とする所有権移転登記
請求の確定判決によりその取得登記を了した本件においては、Eが買受名義を仮装
して確定判決を得たというような異例の事実を、確証なくし軽々に断じ得べきもの
ではない。そして本件売買が上記の如くEが自己のために為したものと看做される
ものである以上、Eは正当に所有権を取得しこれを委任者たる被上告人に移転すべ
き義務を負つていたものと解すべきである(受任者が委任者の名を秘し自己を買主
として取得する事例は世上極めて多い、この場合受任者の内心の意思如何に拘らず、
受任者自身の行為と看做されるのは取引の安全を保護するためである)。
 然るにE及びその相続人は被上告人に対し本件土地の所有権移転登記をすること
なく、上告人(被告)A2に売買による移転登記をしたのであるから、その法律関
係は恰も二重売買において、売主が第二の買主に所有権移転登記をなした場合第二
の買主が完全な所有権を取得すると同一の法理に基づき被上告人は所有権取得を以
て右上告人等に対抗し得ないものといわざるを得ない(仮りに本件売買が民法一〇
〇条但書の適用を受ける事案であつて、被上告人が売買の当事者であるとすれば、
同人がEをして同人名義で確定判決を受けさせた行為は、売買により被上告人の取
得した所有権をE名義に仮装する合意に基づくものと見るべきか又は訴訟其の他の
便宜上被上告人からEに信託的に譲渡されたものと見るべきかは事案の真相を究明
して決せらるべき問題であろう)。
 以上の理由により原判決は法律行為の解釈を誤りかつ審理不尽の違法があるとい
わざるを得ない。従つてその理由は異るが多数意見の原判決破棄の結論には賛同す
る。
     最高裁判所第二小法廷
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
 裁判長裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    池   田       克

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