弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人石島泰、同鶴見祐策の上告理由第一点について。
 一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合に
は、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右
一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当
である(当裁判所昭和三五年(オ)第三五九号、同三七年八月一〇日言渡第二小法
廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)。ところで、記録によれば、所論の前訴
(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第九五〇四号、東京高等裁判所同三三年(ネ)
第二五五九号、第二六二三号)における被上告人の請求は、被上告人主張の本件不
法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同三五年五月
二五日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであると
ころ、本件訴訟における被上告人の請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のよ
うな経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要
した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事
実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確
定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存
しない。所論は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用するこ
とができない。
 同第二、三点について。
 原審の確定するところによれば、本件不法行為により被上告人が受傷した後にお
ける治療の経過は原判示のとおりであり、被上告人の右受傷による後遺症である右
足の内反足に対しD医師のなした本件植皮手術が果して効果のある治療方法である
かどうかは、被上告人の受傷当時は勿論、その後内反足の症状が現われた後におい
ても、医学的には必ずしも異論がなかつたわけではないというのである。ところで、
被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損
害であつて当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、
すべて被害者においてその認識があつたものとして、民法七二四条所定の時効は前
記損害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきではあるが、本件の場合
のように、受傷時から相当期間経過後に原判示の経緯で前記の後遺症が現われ、そ
のため受傷時においては医学的にも通常予想しえなかつたような治療方法が必要と
され、右治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたつた等、原審認定
の事実関係のもとにおいては、後日その治療を受けるようになるまでは、右治療に
要した費用すなわち損害については、同条所定の時効は進行しないものと解するの
が相当である。けだし、このように解しなければ、被害者としては、たとい不法行
為による受傷の事実を知つたとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治
療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求するに由なく、ために
損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちにその消滅時効が開始することとなつ
て、時効の起算点に関する特則である民法七二四条を設けた趣旨に反する結果を招
来するにいたるからである。
 このような見地に立つて本件を見れば、原審が、その認定した事実関係に基づき、
前記の趣旨のもとに上告人主張の消滅時効は未だ完成していないと判断したのは正
当であり、原判決に所論の違法は存しない。所論の実質は、ひつきよう、原審の認
定にそわない事実を前提とし、独自の見解に基づき原審の前記判断を非難するもの
であつて、採用することができない。なお、記録によれば、本件植皮手術による治
療費支払債務の弁済ないし右債務の負担による損害が被害者たる被上告人以外の者
に生じたとする所論については、原審においてその主張立証がなされていないから、
この点に関する所論も採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎

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