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平成18年(ネ)第10003号著作権存在確認等請求控訴事件(原審・東京地方
裁判所平成12年(ワ)第27552号)(平成18年9月19日口頭弁論終結)
判決
控訴人X
被控訴人宇宙開発事業団訴訟承継人
独立行政法人宇宙航空研究開発機構
被控訴人株式会社CRCソリューションズ
両名訴訟代理人弁護士熊倉禎男
同田中伸一郎
同竹内麻子
同補佐人弁理士越柴絵里
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
()原判決を取り消す。1
()主位的請求2
控訴人と被控訴人らとの間において,別紙1の「著作物目録」(ただし,
原判決別紙1の「著作物目録」中,番号12の「収録資料の名称等」欄の
「別紙4」を「原判決別紙4」に,番号13の「収録資料の名称等」欄の
「別紙6」を「原判決別紙6」に改めたほか,同目録の記載と同じ〔なお,
本判決において,別紙4及び6は欠番〕。以下「別紙著作物目録」とい
う。)の各プログラムについて,控訴人が著作権及び著作者人格権を有する
ことを確認する。
()予備的請求3
ア控訴人と被控訴人らとの間において,別紙著作物目録記載2のプログラ
ムについて,控訴人が,同プログラムを二次的著作物とし,別紙著作物目
録記載11のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを
確認する。
イ控訴人と被控訴人らとの間において,別紙著作物目録記載3のプログラ
ムについて,控訴人が,同プログラムを二次的著作物とし,別紙著作物目
録記載13のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを
確認する。
ウ控訴人と被控訴人らとの間において,別紙著作物目録記載5のプログラ
ムについて,控訴人が,同プログラムを二次的著作物とし,別紙著作物目
録記載19のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを
確認する。
()訴訟費用は,第1審,第2審とも,被控訴人らの負担とする。4
2被控訴人ら
主文と同旨
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,平成15年10月1日に,第1審共同被告(訴訟承継前)宇宙開発
事業団(以下「事業団」という。)の権利義務を承継し,独立行政法人として
成立した被控訴人独立行政法人宇宙航空研究開発機構(以下「被控訴人機構」
という。)の職員であり,別紙著作物目録記載の各プログラム(以下「本件各
プログラム」という。)の作成時において事業団の職員であった控訴人が,被
控訴人機構,及び事業団に対してプログラム等の作成支援を行っていた被控訴
人株式会社CRCソリューションズ(以下「被控訴人CRC」という。)に対
し,控訴人と被控訴人らとの間において,主位的に,本件各プログラムについ
て控訴人が著作権及び著作者人格権を有することの確認,予備的に,別紙著作
物目録記載11,13及び19のプログラム(以下,個別のプログラムについ
て,同目録に付された番号に対応して,「本件プログラム1」などという。)
の著作権を有することを前提に,本件プログラム2,3及び5を二次的著作物
とし,本件プログラム11,13及び19をそれぞれ原著作物とする原著作者
の権利を有することの確認を求めたのに対し,被控訴人らが,本件各プログラ
ムのうち5,11ないし13及び15のプログラムについてその著作物性を争
うとともに,本件各プログラムの作成者が控訴人であることを争い,さらに,
控訴人作成に係るプログラムであったとしても,著作権法(以下「法」とい
う。)15条(以下,昭和60年法律62号〔昭和61年1月1日施行〕によ
る改正前のものを「旧15条」,同改正後のものを「現行15条」ともい
う。)の規定に基づき,事業団の職務著作として事業団が著作者となり,事業
団の権利義務を承継した被控訴人機構にその著作権があると主張して争ってい
る事案である。
原判決は,本件プログラム4,5,1,2,6及び3(注,作成日順であ
る。)については,控訴人が創作したものではなく,仮に,控訴人が創作した
ものであるとしても,上記各プログラムを含む本件各プログラムは,いずれも,
事業団の職務著作が成立し,事業団の権利義務を承継した被控訴人機構に著作
権があるとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不
服として,その取消し及び上記著作権等の確認を求めて控訴したものである。
2前提となる事実等及び争点
原判決の「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の1及び2に記載のと
おりであるから,これを引用する。
第3当事者の主張
次のとおり当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄
の「第2事案の概要」「3争点についての当事者の主張」に記載のとおり
であるから,これを引用する。
1控訴人の主張
()本件各プログラム全体について1
ア控訴人は,本件各プログラムの作成や解析などの原点すなわち「発意」
は,控訴人の個人研究テーマ,すなわち,大学院で想定した「ロケット燃
焼中の機体挙動と設計影響の研究」にある。控訴人は,多数の基礎文献を
勉強し,主要文献を所蔵し,スピンダイナミックス(本件プログラム1,
4,6関連の技術),状態量推定(本件プログラム3,5,12,13,
19関連の技術),静的安定性(本件プログラム2,11関連の技術),
軌道力学(本件プログラム15関連の技術)などといった各技術分野に対
応する本件各プログラム作成のための基礎及び必要な方程式の検証と導出
などを,大学院時代に既に身に着けていた。控訴人が,事業団において,
独力で,かつ,容易に,本件各プログラムを作成することができたのは,
そのためである。上記個人研究テーマは,控訴人が,大学院時代に自己に
課した「ライフワーク」であり,本件各プログラムは,控訴人の「個人の
自由な研究活動」の成果であり,たまたま事業団の職員となったからとい
って,その成果が侵害されてよいものではない。原判決は,このような事
実及び本件各プログラム作成の原点すなわち「発意」が既に大学院時代に
研究者としての控訴人に存在していたことを全く無視している。
被控訴人らは,控訴人が大学院において宇宙工学を学んだからこそ事業
団に技術者として採用され開発部員として勤務してきた旨主張するが,控
訴人がたまたま事業団に採用されたからといって,被控訴人に「個人の全
人生や自由な研究活動」を売り渡した覚えはないし,その気もない。
イ控訴人のフランス共和国(以下「フランス」という。)の国立宇宙研究
センター(,以下「CNES」という。)CentreNationald'EtudesSpatiales
への留学中に,プログラム作成では反対し無関与であった上司が,事業団
の正規の手続を経ずに,メーカーに無償で横流しした。また,事業団は,
人工衛星やロケットや追跡管制に関して,多くの設計改修やシステム構築
などの提案をしたが,これに反対し,控訴人を左遷したり,職務外しなど
をした後,控訴人に内緒で,控訴人の解析結果や提案やプログラムなどを
無断流用した。さらに,事業団は,控訴人が個人管理していた本件各プロ
グラムにつき,控訴人との協議を持つこともなく,一方的に消去した。こ
の無断消去は,控訴人が本訴を提起する直接の動機となった事柄であり,
個人の知的活動へのぼうとくであるとともに,古代の奴隷制も同然である。
原判決が,これらの事情を無視しているのは,不当である。
ウ控訴人は,本件各プログラム関連の設計評価(チェック&レビュー)な
どのために,①ECSミッション解析計画,②ECS,ECS−b失敗の
原因究明解析,③人工衛星解析ソフトウエア整備解析計画,④アポジモー
タ燃焼時の衛星動力学解析計画,⑤ETS−Ⅴミッション解析計画,⑥E
TS−Ⅴのリアルタイム推定の計画,⑦ETS−Ⅴ運用解析計画,⑧静止
衛星ミッション解析計画,⑨静止衛星のスピンダイナミックス/AMF誤
差設定の解析計画,⑩静止衛星のリアルタイム推定の計画等の概念検討な
どで,本質的提案をしてきたが,ことごとく反対され,事業団の業務でな
いとして握りつぶされた。それゆえ,控訴人は,独力で,大学院時代に設
定したテーマに従って,個人研究を続けていたところ,事業団は,控訴人
の個人研究の成果の一部である本件各プログラムを,無断で横流ししたり,
流用したり,消去したりし,控訴人が異議を唱えると,控訴人を左遷した。
このような事業団による無支援,反対,冷遇等の処遇は,控訴人の人権を
侵害するものであり,このような特殊な職場は,「古代の奴隷的」ともい
うべき職場実態である。
エ事業団は,研究機関ではなく,予算とスケジュールのみを管理し,技術
は受託業者任せであり,このような事業団の業務実態の下で,職員の「個
人の自由な研究活動」を,業務と切り離し,緩やかに容認しており,特に,
職員による解析などは,非職務,個人研究として黙認していた。したがっ
て,このような業務実態の中で作成された本件各プログラムは,個人的な
ものであって,事業団の業務から切り離され,業務管理の対象外とされて
いたから,本件各プログラムの著作権及び著作者人格権は,作成者である
控訴人個人に帰属するというべきである。
このことは,控訴人が,所定のプログラムが個人的な権利であると考え,
著作権の帰属の検討を申請した際,事業団が,「業務連絡」において,控
訴人の個人的な権利であると認めたことからも裏付けられる。
オ控訴人は,事業団において,技術管理体制を整備すべき旨提案し,控訴
人が開発したプログラムについては,控訴人が管理保存し,他の職員が控
訴人に使用許可を申請すべきこと,上記プログラムの名称,作成年月日等
を明記して磁気テープに記録することなどを取り決めた上,上記取決めに
従って,控訴人開発のプログラムの使用申請に対し,控訴人が著作権者で
あることを明記して,使用を許可していた。控訴人が著作権者であること
は,事業団の各部門の部長らが認めていた公知の事実であったのであり,
事業団は,本件各プログラムの著作権及び著作者人格権が控訴人に帰属す
ることを認めていたというべきである。
()本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕),2
19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム〔B061プログラ
ム〕)について
本件プログラム15及び19は,控訴人が,大学院時代に購入した多数の
文献に基づいて,新たに創作した,一般的で複雑な軌道伝播プログラムであ
り,「個人の自由な研究活動」の継続により,独力で作成したものである。
事業団は,昭和53年度以降,「ECSミッション解析」の予算要求をし
ているが,昭和52年度の予算要求書(乙100)と認可書(乙88)には
「ECSミッション解析」の項目がないから,事業団は,「ECSミッショ
ン解析」作業を想定しておらず,控訴人の職務とされていなかったのである。
したがって,昭和52年度に控訴人が担当した「ECSミッション解析計
画」は,控訴人の職務ではなく,事業団にとって不必要な業務とされていた
のであり,控訴人は,個人研究として,本件プログラム15及び19を完成
したものである。
本件プログラム15及び19における作成の「発意」は,大学院時代の控
訴人の研究テーマであったのであり,被控訴人らに指示されたことによるの
ではない。控訴人の職場である試験衛星設計グループの開発部員のa(以下
「a」という。)が控訴人に対して本件プログラム15及び19の作成を指
示したことはあっても,その指示内容は,簡易なものであって,具体的なも
のではなく,作成期限も定められていなかった。これに対して,控訴人は,
実用に耐える精度を持ち,新規で詳細な軌道伝播に係る本件プログラム15
及び19を独力で完成したのである。
()本件プログラム4(SPD),5(DOPPLER〔B063〕)につい3

本件プログラム4及び5の作成の実態は,いずれも,事業団と被控訴人C
RCとの契約は委託とはいえない部分的な単純作業の単価契約であり,事業
団は,本件プログラム4及び5の作成費用の一部を負担したのみであったか
ら,事業団による創作性のあるプログラムの作成とはいえない。
また,本件プログラム5は,本件プログラム19の派生物というべきプロ
グラムであるから,本件プログラム19の二次的著作物であり,その著作権
及び著作者人格権は,控訴人に帰属する。
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル6次元〕)について4
ア控訴人のフランス留学は,事業団の正規の留学でなく,控訴人の個人留
学であった。すなわち,控訴人は,昭和54年度フランス政府給費留学生
試験に個人的に応募し,筆記試験は合格したが,面接試験は不合格であっ
た。この不合格は,フランス受入れ機関の内定が得られなかったこと,ま
た,フランス留学が個人的なものであって,事業団が全く支援しなかった
ことによる。その後,控訴人の恩師の好意及び尽力で,フランスの受入機
関が内定し,この内定後,事業団は,控訴人の個人留学を渋々認めたもの
である。
このように,控訴人のフランス留学は,個人的な留学であったのであり,
フランス留学時の控訴人の身分はフランス政府給費留学生であった。控訴
人の留学について,フランス政府が身分保証して滞在費を支給し,個人研
究(プログラム作成も含む。)では,CNESが文献提供や計算機使用な
どの費用負担を行っている。また,控訴人の留学の目的は,「国外の文化
を学び国際人として広く知見を深める」などであって,事業団の業務と切
り離されていたのが実態であった。
上記のとおり,控訴人の個人的な留学により,事業団を休職中に,控訴
人は,個人の自由な研究活動の継続として,独自に,本件プログラム12
を作成したものであり,かつ,控訴人が,プログラム作成の全ステップを
行ったものである。事業団は,本件プログラム12の作成費用及びCNE
Sの大型コンピュータ使用料を負担しておらず,所定の休職時の社会保険
が支給されたが,これは,プログラム作成費用ではない。
事業団は,前記()エのとおり,控訴人がフランス留学中に作成したプ1
ログラムについて,著作権を始めとする,著作者としてのすべての権利が
控訴人に帰属することを認めていた。
イ本件プログラム12の作成は,控訴人の休職中にされたものであって,
事業団からの作成についての指示などは全くなく,控訴人の自由意思に基
づき,本件プログラム12及び「CNES計画のSOLARISプロジェ
クトのためのアプローチフェーズ・ランデブーの予備的ミッション解析」
と題する控訴人名義の論文(甲5)を作成し,CNESに公表したもので
あり,上記論文が控訴人名義の単名論文であったことは,その内容とプロ
グラムに関する一切の責任を控訴人が負う意思であった。そして,上記の
とおり,事業団自身が控訴人に本件プログラム12の著作権が帰属するこ
とを認めるとともに,控訴人が,終始,本件プログラム12を個人的に管
理してきたものである。したがって,「職務著作の規定は,業務従事者の
職務上の著作物に関し,法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し,法
人等がその著作物に関する責任を負い,対外的信頼を得ることが多いこと
から・・・職務の範囲が明確で,その中での創作行為の対象も限定されて
いる場合であれば,そこでの創作行為は職務上当然に期待されているとい
うことができ,この場合,特段の事情のない限り,当該職務を行わせるこ
とにおいて,当該業務従事者の創作行為についての意思決定が,法人等の
判断に係らしめられていると評価することができ,間接的な法人等の発意
が認められると解するのが相当である。」(116頁下から7行目ないし
117頁8行目)とする原判決の判断は,誤りである。
()本件プログラム13(KALMAN〔オリジナル,9次元〕)について5
本件プログラム13も,控訴人の「個人の自由な研究活動」の継続として
独自に作成し,控訴人が本件プログラム13の全ステップの作成を行ったも
のである。
原判決は,「本件プログラム13は,前記のとおり,原告が,事業団の衛
星設計第1グループに所属し,開発部員として,MOS−1(注,海洋観測
衛星1号『もも1号』〔MOS−1〕〔別紙7(原判決別紙7と同じ。)の
「昭和50年から平成9年ころまでの間に打ち上げられた人工衛星」一覧表
(以下「別紙人工衛星表」という。)番号18〕)の設計開発を担当してい
た際に作成されたものであり,その内容からも,当時の原告の職務に深く関
連するものである。」(123頁2行目ないし5行目)と判示するが,誤り
である。
本件プログラム13は,MOS−1とは無関係であり,そもそも,MOS
−1は,大きな軌道変換用のロケットを搭載していない。そして,事業団は,
本件プログラム13に反対しており,その作成費用を支出してもいない。
()本件プログラム11(STAT〔オリジナル〕)について6
本件プログラム11に係る解析は,事業団の誘導制御部門が担当すべき業
務であり,また,具体的には受託業者である三菱電機株式会社(以下「ME
LCO」という。)が行うべき業務であった。控訴人は,MELCOを監督
する立場にあったが,控訴人が指摘をしても,それをMELCOの担当者が
理解せず,事業団もMELCOも反対以外何もせず,かえって,控訴人の責
任を問うてきたので,控訴人は,好意から解析を行い,本件プログラム11
を作成したものである。
本件プログラム11は,式も量も簡単なプログラムであるが,公知の基礎
方程式を自由に計算し,解析できるようにしたものであり,作成した時点で,
このようなプログラムはなかったのであるから,著作物性が認められるべき
である。
()本件プログラム1(DYNA),2(STAT),6(DYNA−A)に7
ついて
ア本件プログラム1は,控訴人個人の自由な研究・発想により,本質部分
を作成していた。控訴人は,全ステップの作成を行い,控訴人の指揮の下
で,被控訴人CRCの担当者が一部の単純作業に当たるステップの作成を
行った。当初,本件プログラム1には,プログラム構造上の欠陥があった
が,被控訴人CRCの担当者は,これを解決することができず,控訴人に
おいて,全計算ステップを再点検し,欠陥を洗い出し,再コード化やアル
ゴリズム・計算フローを再構築し,控訴人にしかできない物理的検証を行
って,解決したのである。被控訴人CRCの担当者は,控訴人の眼前で,
控訴人が提示した再コードや指示に従って,計算機への打込みなどの単純
作業を行ったにすぎない。
イ本件プログラム2は,本件プログラム11の派生物というべきプログラ
ムであって,控訴人が解析し,被控訴人CRCは,図化機能を付加したの
みであるから,本件プログラム11の二次的著作物であり,その著作権及
び著作者人格権は,控訴人に帰属する。
ウ控訴人は,本件プログラム1の大規模な改修を行い,発展させたのが本
件プログラム6である。控訴人は,本件プログラム6の本質的部分である
基礎方程式を検証し,組み立て,アルゴリズムと計算フローを新たに作り
上げた。被控訴人CRCの担当者は,控訴人が導き出した基礎方程式を,
控訴人の指示どおりに,単純な制御文の間に機械的に組み込んだだけであ
り,被控訴人CRCの創作あるいは表現行為というものはない。事業団は,
何の作業もせず,被控訴人CRCの単純作業に対して費用を一部負担した
のみであった。つまり,本件プログラム1及び6は,その作成のために,
控訴人が全作業を行い,費用負担したというのが実態であった。
()本件プログラム3(KALMAN−1)について8
本件プログラム3は,控訴人の指示の下で,被控訴人CRCの担当者が,
入出力整備と自動図化機能の陳腐なプログラム付加の単純作業をしただけで
ある。そもそも,誰も理解しなかった「推力飛行中の状態推定」分野の解析
経験のない,単純作業の役務をしている被控訴人CRCの担当者が,本件プ
ログラム3のような独創的なプログラムを作れるわけがない。
また,本件プログラム3は,本件プログラム13の派生物というべきプロ
グラムであるから,本件プログラム13の二次的著作物であり,その著作権
及び著作者人格権は,控訴人に帰属する。
2被控訴人らの主張
()本件各プログラム全体について1
ア控訴人は,同人が,大学院時代に,本件各プログラムに係るスピンダイ
ナミックス,状態量推定,静的安定性,軌道力学などといった各技術分野
について勉学してきたため,本件各プログラムを作成することができたの
であるから,控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果であり,たまたま
事業団職員となったからといって,その成果が侵害されてよいものではな
い旨主張する。
しかし,控訴人が大学院において宇宙工学を学んだからこそ事業団に技
術者として採用され開発部員として勤務してきたものであり,控訴人が,
事業団に雇用された後においての,ロケットや人工衛星の推力・飛行推定
・動的安定性などの理論的な研究や具体的な計算式の導出の研究を強調し
ても,このような研究は,そもそも,事業団の開発部員としてすべき職務
である。それにもかかわらず,控訴人は,これらの研究・開発は,事業団
の業務とも控訴人の職務とも関係のない個人研究にすぎないと主張するも
のであって,このような主張が許されないことは明白である。
また,控訴人は,原判決は,このような事実及び本件プログラム作成の
原点すなわち「発意」が既に大学院時代に研究者としての控訴人に存在し
ていたことを全く無視していると主張する。
しかし,本件で問題とされているのは,法15条の要件該当性の有無で
あるから,大学院時代の研究に「原点」を求め,これを「発意」という控
訴人の主張は,「発意」の意味をはき違えており,それ自体失当である。
イ控訴人は,控訴人の開発したプログラムを,上司がメーカーに無償で横
流しし,また,事業団が,控訴人に内緒で無断流用したり,控訴人との協
議の機会を持つこともなく一方的に消去した旨主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,事実に反する上,著作権の帰属を争う本
件訴訟において議論されるべき問題ではない。
控訴人の無断流用の主張は,開発部員である控訴人が提案したETS―
Ⅴの設計変更の提案を,いったん事業団が反対した後に結局は採用したと
いう非難であって,どのような法律的主張をも構成しない。
また,無断消去の主張は,事業団が昭和62年以来保管してきた磁気テ
ープの量が膨大となり,保管場所と費用を考慮して,このような磁気テー
プを廃棄したことをいうものであるが,上記磁気テープは,事業団の費用
で購入した磁気テープにプログラムを記録したものであって,その物理的
な所有権が事業団に帰属していたことは明らかである。そればかりでなく,
そもそも著作権等の帰属のいかんにかかわらず,プログラムの媒体が廃棄
されたからといって,プログラムに対する著作権等が害されるわけではな
い。
さらに,無断流用の主張は,控訴人のフランス留学前に控訴人が作成し
た本件プログラム15,19,4及び5を事業団が第三者に使用させたと
いう非難であるが,上記各プログラムの作成において控訴人の関与があっ
たとしても,その管理及び利用する権限は事業団が有するのであって,開
発部員として関与した控訴人の同意の有無いかんは,上記各プログラムの
事業団への帰属に影響を及ぼすものではない。
ウ控訴人は,本件各プログラム関連の設計評価(チェック&レビュー)な
どのための,ECSミッション解析計画,ECS,ECS−b失敗の原因
究明解析,人工衛星解析ソフトウエア整備解析計画等を,ことごとく反対
され,事業団の業務でないとして握りつぶされたとし,事業団による処遇
は,控訴人の人権を侵害するものであり,このような特殊な職場は,「古
代の奴隷的」ともいうべき職場実態である旨主張するが,控訴人自身の理
由のない被害者意識に基づく感情的な主張にすぎない。
エ控訴人は,事業団内部において,技術管理体制を整備すべき旨提案し,
控訴人が開発したプログラムについては,控訴人が管理保存し,他の職員
が控訴人に使用許可を申請すべきことなどを取り決めた上,上記取決めに
従って,控訴人開発のプログラムの使用申請に対し,控訴人が著作権者で
あることを明記して,使用を許可していたとし,本件各プログラムが控訴
人に帰属することを事業団が認めていた旨主張する。
しかし,控訴人のいう使用許可というのは,人工衛星開発本部,ロケッ
ト開発本部(H−Ⅱロケットグループ),N−Ⅱ,H−Ⅰロケットグルー
プ,システム技術開発部,技術試験衛星グループ等の事業団の組織間で作
成され交換された業務連絡(甲81ないし86)であって,控訴人個人の
使用許諾書でないことは明白であり,控訴人の上記主張は,失当である。
()本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕)2
及び19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム〔B061プログ
ラム〕)について
控訴人は,本件プログラム15及び19が,控訴人の「個人の自由な研究
活動」の継続から独力で作成したものである旨主張するが,事実は逆であっ
て,ECSミッション解析の作成計画の進行中に,控訴人が該当部門に異動
して,初めて事業団のプログラムの作成に関与するようになったものである。
控訴人は,昭和52年度に控訴人が担当した「ECSミッション解析計
画」は,事業団の業務ではなく,事業団にとって不必要な業務とされていた
旨主張する。
しかし,控訴人の所属部門の「人工衛星の設計」業務は,ミッション解析
を含む概念である。すなわち,ミッション解析とは,衛星の設計を進める上
で,軌道や姿勢等に関連して必要になる一連の解析の総称であり,当然に衛
星の設計に関係するものである。
()本件プログラム4(SPD),5(DOPPLER〔B063〕について3
本件プログラム4は,控訴人が,昭和54年2月6日に打ち上げられた実
験用静止通信衛星「あやめ」(ECS)(別紙人工衛星表番号8)(以下
「ECS」ともいう。)の電波途絶のトラブルを受け,その原因究明及び特
定のための解析を行うこととし,アポジモータ燃焼(,ApogeeMotorFiring
以下「AMF」ともいう。)時の衛星挙動を解析するプログラム作成に着手
し,そのための定式化,アルゴリズムを作成し,事業団において認可され,
事業団と被控訴人CRCの間でプログラム化についての契約が締結された。
本件プログラム4の作成は,被控訴人CRCの技術担当者らが行い,同人ら
が基礎数式の理解からはじめコーディングまでを行い,昭和55年3月,報
告書(紙媒体)にプログラムを記載して,事業団に納入したものであって,
事業団が著作権を有するものである。以上のことは,本件プログラム5も全
く同様である。
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル6次元〕)について4
ア控訴人は,自己の個人的な留学により,事業団を休職中に,個人の自由
な研究活動の継続として,独自に,本件プログラム12を作成した旨主張
する。
しかし,控訴人がCNESに留学中に作成したプログラムの職務著作性
は,単に留学中か否かによって決定されるべきものではなく,控訴人の留
学(海外研修)前の事業団における職務,留学(海外研修)中の研修の目
的・内容,留学(海外研修)より帰国した後の職務等を全体的・総合的に
考慮すべきものである。
すなわち,控訴人が和55年7月30日付けで事業団に提出した「海外
研修計画」(乙70に添付)においては,(ア)事業団における従前の
「(8)経歴」として,「f.ECS−a,−bミッション解析業務」,
「g.静止衛星のアポジモータ燃焼中のスピンダイナミックス解析」,
「h.実測ドップラーデータによるアポジモータの性能推定および姿勢変
動推定」,「i.人工衛星ソフトウェア体系化計画の業務」を掲げ,
(イ)「(3)研修の目的」においては,「本研修は,現在,早急にその確立
が必要とされる,将来をも含めた人工衛星,宇宙船のシステムの設計/運
用に必須な「軌道力学を主体としたミッション解析法」について,宇宙先
進国から,幅広く,その技術を習得」するとし,(ウ)「(4)研修の内容」
においては,「Ⅱ技術研修(Stage)」の項に「(A)②アリアンロ
ケットあるいはスペースシャトルで規定される重量の深宇宙探査機のミッ
ション解析の問題について,パッチド・コニック法及びフライバイ法等の
手法を用いて解析を行なう。③固体或いは液体のアポジモータ燃焼中に於
る,静止衛星のダイナミックス問題について,ジェットダンピング,液体
のスロッシングの効果を考慮して,解析を行なう」などといった事項を列
挙し,(エ)「研修の効果」の項においては,「今後の人工衛星,宇宙船
及び大規模宇宙構造物等に対する『ミッション解析』を行う上で,更に,
現在計画中である『人工衛星ソフトウェア体系化計画』の長期/短期構想
の立案の上で,研修計画を反映させたいと考える」と記載している。
そして,控訴人は,「衛星設計第1グループ副主任開発部員」の地位
において,幹部会において,昭和57年2月26日の「海外研修報告」
(乙72の2)によって研修の報告をしたが,そこでは,「1研修課題」
を「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」にあったとし,その
「課題1」として「CNESのランデブ計画に対する1つの予備的ミッシ
ョン解析」を挙げ,「(1−2)マヌーバ計画作成の為のシミュレーショ
ン」の項において,「前述のStrategyに従って決まるランデブ迄のマヌー
バシーケンスに基づいて,Ariane投入軌道誤差の全体推移のシミュレーシ
ョンを実施した。これにより,マヌーバ点での軌道誤差増大傾向並びに誤
差伝播傾向,及び,地上局/静止衛星局(TDRS)からの可視に従って
のKalmanフィルタによる軌道/誤差推定,誤差共分散の収束傾向が把握さ
れた」,「尚,本解析プログラムは,約16000ステップが新規開発さ
れた」と述べ,カルマンフィルタによる解析プログラムについて海外研修
の成果として報告している。
そうすると,本件プログラム12は,職務著作に当たるというべきであ
る。
イ控訴人は,控訴人のフランスのCNESのツールーズ宇宙センターへの
留学が個人留学であった旨主張する。
しかし,控訴人の留学期間中の研究は,事業団の業務及び留学前後の控
訴人の職務と無関係に行なわれたものではなく,海外研修自体がその職務
の延長線上において行なわれたものであり,研修目的に掲げられたプログ
ラム作成も職務であった。
ウ控訴人は,留学に際し受け入れ先を個人的に探したとか,事業団が推薦
状を出さなかったと述べているが,個人的な被害者意識の表現でしかない。
控訴人は,フランス留学につき,恩師の好意及び尽力で,フランスの受
入機関が内定し,この内定後,事業団は,控訴人の個人留学を渋々認めた
旨主張する。
しかし,控訴人は,昭和55年7月31日の留学に関する決裁(乙7
0)に先立ち,昭和54年の事業団内部の留学生試験に合格しており,事
業団のb(以下「b」という。)総務部長が同年11月22日付けで「X
君は,本留学生試験に合格することを条件に,NASDA内部の留学生審
査に合格し,来年度は留学することを認められています」と明記した推薦
書(乙70別添資料9)をフランス大使館科学部あてに発行しており,個
人留学が確定してから事業団が渋々認めたとの控訴人の上記主張は,事実
に反する。
エ控訴人は,本件プログラム12及び論文を作成し,CNESにおいて公
表した旨主張する。
しかし,上記論文は,いずれも,ミッション解析に関する計算式・理論
式の研究の発表に関するものであって,本件プログラム12のソースコー
ドやオブジェクトコードを公表したものではないから,これらの論文発表
をプログラムの著作物の公表ということはできない。
()本件プログラム11(STAT〔オリジナル〕)について5
本件プログラム11は,ルミヤンステフの計算式をFORTRAN言語で
表現したものであり,別紙2に示されるように,わずか1頁に16行をもっ
て記載された極めて単純なものである。したがって,原審において主張して
いるとおり,本件プログラム11は,著作物とするに足りないものというべ
きである。
()本件プログラム1(DYNA),2(STAT),6(DYNA−A〔A6
BM燃焼フェーズの動的解析プログラム〕)及び3(KALMAN−1〔9
次元〕)について
本件プログラム1,2,6及び3は,いずれも,被控訴人CRCの担当者
の創作であって,控訴人の創作に係るものではない。そして,本件プログラ
ム1,2,6及び3が,事業団の業務におけるETS−Vミッション解析プ
ログラムの一環として作成されたことは明らかである。
第4当裁判所の判断
1本件各プログラム作成経緯について
本件各プログラムは,事業団の権利義務を承継した被控訴人機構の職員であ
る控訴人が,事業団在職中に関与した一連のプログラムであり,相互に関連性
があるので,これらのプログラムが作成された背景事情について検討すると,
前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理由」欄の「1前提とな
る事実等」及び証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。なお,枝番のあるもの
は,特に断らない限り,各枝番を含む。以下同じ。)によれば,以下のとおり
認められる。
()事業団の組織及び業務の内容1
ア事業団は,旧事業団法(昭和44年法律第50号)に基づき,昭和44
年10月1日に「平和の目的に限り,人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケ
ットの開発,打上げ及び追跡を総合的,計画的かつ効率的に行い,宇宙の
開発及び利用の促進に寄与すること」を目的として設立した法人である。
平成15年10月1日,被控訴人機構の成立に伴い,事業団は解散し,事
業団の一切の権利及び義務(被控訴人機構の業務を確実に実施するために
必要な資産以外の資産として国が承継するものとされた資産を除く。)は,
被控訴人機構に承継された(機構法附則10条1項,2項)が,事業団の
業務の範囲は,次のとおりとされていた(旧事業団法22条)。
①人工衛星等の開発並びにこれに必要な施設及び設備の開発
②その開発に係る人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方
法,施設及び設備の開発
③①の開発並びに人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方
法,施設及び設備の開発で,委託に応じて行うもの
④①ないし③に掲げる業務に附帯する業務
⑤①ないし④に掲げるもののほか,旧事業団法1条の目的を達成するた
め必要な業務
イ事業団の設立から昭和59年度まで(注,事業団の事業年度は毎年4月
1日から翌年3月31日までである。)の時期は,利用機関からの要請に
基づき,アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)からの技術導入か
ら始まり,やがて,自主開発へと発展していった。事業団では,気象,通
信,放送等の実用衛星の打上げが目標とされるとともに,人工衛星,打上
げ用ロケットの開発に必要な信頼性・品質管理,プロジェクト管理などの
基本的技術管理手法の習得が行われたほか,試験施設等の整備が進められ
た。技術獲得を主眼とする目的に合わせて,ロケット設計,衛星設計,誘
導制御,構造開発等の各グループが,それぞれの業務を分担するとともに,
「マトリックス制」と称する,各部門が業務を行うに際し,グループ内の
みならず,グループが横断的にも連携する組織体制が採用されていた。昭
和60年度以降は,広範かつ多様な宇宙活動を安定的に遂行するために独
自の技術力を確立すること,及び,的確かつ自在に宇宙開発活動を展開す
るための高度な技術力を保持することを基本方針とし,技術の一層の向上,
信頼性・安定性の確立等を目標とするとともに,業務の効率化,責任体制
の明確化,技術蓄積の強化のために,ロケット,人工衛星ごとに開発本部
制を採用し,プロジェクトの実行組織を統一化,簡略化した。
(乙1,2,7,29)
ウ事業団内部でプログラムが作成されるようになったのは,昭和47年こ
ろからであるが,昭和48年ころからは,ロケットや人工衛星の全体的把
握とシステム運用・ミッション達成のために,各種プログラムの開発も必
要であるとの認識の下で,技術系職員は,プログラム作成のために,コン
ピュータ言語の講習を受け,実際にプログラムを作成するなどして,プロ
グラム作成技術に習熟するよう務めるようになり,やがて,相当数の者が
簡単な予測解析から複雑なシミュレーションなどまでプログラムを作成で
きるようになっていった(乙205の1,206の1,207の1)。
エ昭和48年から昭和51年までの間,事業団において,人工衛星の設計
及びこれらに付帯する研究等を所掌する試験衛星設計グループと,ロケッ
トの設計及びこれらに付帯する研究等を所掌するロケット設計グループと
が,衛星の軌道投入解析,姿勢予測・変更解析,可視・蝕時間解析等のミ
ッション達成に必要な事前の技術検討のため,国外から導入することの困
難なプログラムについても開発を進めていたが,その際,事業団は,外部
の企業に委託するほか,事業団内部でもプログラム作成を進めていた(乙
118,119,205の1)。
オ事業団では,一定の基準で業務の一部を外部企業に委託することができ
ることとされていたが(旧事業団法23条),業務の一部を委託する場合,
必要に応じ受託者から当該委託業務の進行状況等を報告させ,又は必要な
指示を与える等委託業務の実施管理上必要な措置を講ずるものとし(業務
委託基準8条),作業別に実施計画書を作成し,職員の中から現場の指示
監督を行う監督員を選任しており,契約した外部企業がプログラムの作成,
解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするものとされ,完成されたプ
ログラム等は,磁気テープ等の記憶媒体で納品されるとともに,プログラ
ムのソースコード等を書面にまとめた成果報告書も併せて納品されていた
(乙1,29,191,205の1)。
カ昭和50年9月9日に,技術試験衛星Ⅰ型(ETS−Ⅰ)「きく」(別
紙人工衛星表番号1)(以下「ETS−Ⅰ」という。)が打ち上げられ,
次いで,昭和52年2月23日に,技術試験衛星Ⅱ型(ETS−Ⅱ)「き
く2号」(別紙人工衛星表番号3)(以下「ETS−Ⅱ」という。)が打
ち上げられ,いずれも打上げは成功した。ETS−Ⅱは,我が国が初めて
打ち上げる静止衛星であった。
(乙6,7)
()本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕)2
作成の経緯
ア控訴人は,昭和49年3月に名古屋大学大学院工学研究科修士課程航空
学専攻を卒業し,同年4月1日,事業団に任用され,開発部員として辞令
を受け,その後,昭和52年1月11日,飛行安全管理室から試験衛星設
計グループに異動となった。試験衛星設計グループの業務は,昭和51年
6月1日改正の宇宙開発事業団組織規程30条において,①人工衛星の設
計,これらに付帯する研究及び試験並びにこれらのための施設及び設備に
関すること(実用衛星設計グループの所掌に属することを除く。),②人
工衛星の製作のとりまとめに関すること(実用衛星設計グループの所掌に
属することを除く。),③人工衛星の運用計画(管制の実施に係るものを
除く。)の作成に関すること(実用衛星設計グループの所掌に属すること
を除く。)と規定され,静止気象衛星(GMS,ひまわり,別紙人工衛星
表番号4),実験用中容量静止通信衛星(CS,さくら,別紙人工衛星表
番号5)及び実験用中型放送衛星(BS,ゆり,別紙人工衛星表番号7)
を除く人工衛星の開発を内容としていた。
(甲9,乙119)
イ事業団の職制上,開発部員は,上司の命を受けて開発業務を行う者とし
て,副主任開発部員は,主任開発部員を補佐し,その命を受け,開発業務
を行い,かつ,開発部員を指導する者として,それぞれ位置付けられてい
た(本社の開発部員等について,宇宙開発事業団組織規程53条〔昭和6
0年4月5日改正の規程より149条〕,筑波宇宙センターの開発部員等
について,同規程61条の3〔昭和60年4月5日改正の規程より163
条〕)(乙2,118ないし127)。
ウ昭和52年4月には,事業団の開発業務に係るソフトウェアの開発及び
整備に関する業務を有効かつ適切に実施するため,ソフトウェア委員会が
設けられ,ここに「ソフトウェア」とは,事業団の開発業務に係るコンピ
ュータプログラム並びにその開発及び運用に必要なデータ,理論及び方法
をいうものと定義付けられた(乙196)。
エ事業団は,上記ETS−Ⅱの打上げの成果を踏まえて,静止衛星を利用
したミリ波等の周波数の通信実験などを行うECS(実験用静止通信衛星
「あやめ」,別紙人工衛星表番号8)のプロジェクトを推進させることと
なった。衛星プロジェクトにおける解析は,数式を用いて計算機又は手計
算で行うが,大きく分けると「ミッション解析」,「運用解析」,「デー
タ解析」の3種類に分けられ,「ミッション解析」は,衛星設計を進める
上で,軌道,姿勢等に関連して必要となる一連の解析を総称するものであ
り,衛星開発担当が行う業務であった。元来,ETS−ⅡとECSとは,
一つのプロジェクトであり,ETS−Ⅱのための各種解析及び作成された
プログラムを基礎にして,ECS用に必要なプログラムを加え,打ち上げ
前のミッション解析作業を行うものであった。そこで,ETS−Ⅱ用に作
成された静止衛星ミッション解析用プログラムをECS用に改修する作業
が,試験衛星設計グループの副主任開発部員のaを中心に進められた。a
は,上司から,同グループの副主任開発部員として,控訴人の技術指導を
するように指示を受けたところ,当時,軌道伝播解析については追跡管制
部が行っていたが,試験衛星設計グループとして,簡易な軌道伝播解析に
関するプログラムが入用であったこと,また,控訴人に解析プログラムの
作成に習熟させる意図もあって,控訴人に対し,ECS用に,軌道伝播解
析に関するプログラムの作成を指示した。
(乙12,13,30,116,205の1,205の2の9)。
オ控訴人は,aの指示を受けて,昭和52年4月8日付けで,「軌道伝播
公式について」(乙10)と題する文書を作成し,次いで,同年6月28
日付けで,軌道伝播に関する「№12プログラム」の機能,取扱い及び検
証の結果を示した「№12プログラムマニュアル」(乙11)と題する文
書を作成した(乙10,11,205の1)。
カ試験衛星設計グループにおいて,既存のプログラムを改修し,あるいは,
新規にプログラムを作成して,ECS用のミッション解析プログラム群を
作成することは,正式には,昭和52年6月20日付けの「静止衛星ミッ
ション解析用プログラムの開発状況および作業範囲/分担」(乙13)と
題するaと控訴人連名の文書によって提案され,同年10月12日に認可
された。また,控訴人は,同年8月19日付けの「ECSソフトウェアの
体系」(乙12)と題する文書,同年10月15日付けの「ECS,AB
M燃焼時解析(NORADデータ評価)」(乙18)と題する文書を作成
し,事業団の認可を得ていた。
(乙12,13,18,205の1,205の2の9)
キ控訴人は,昭和52年8月末にフランスのCNESのツールーズ宇宙セ
ンターに留学したaの後任として,ECS用ミッション解析プログラム群
の作成,とりまとめを担当した。そして,昭和53年6月16日の組織改
正により,試験衛星設計グループは,衛星設計第1グループに名称変更さ
れ,実用衛星及び地球観測衛星を除く人工衛星の開発を所掌することとさ
れたが,控訴人は,「ECSソフトウェアの体系」と題する文書を作成す
るなどして,その後のプログラム作成等を進め,aから指示を受けて作成
を始めた軌道伝播に関するプログラムである本件プログラム15を,同年
10月20までに完成させ,そのころ,これらの本件プログラム15を含
むプログラム群を用いたECSミッション解析が行われ,その解析結果を
まとめた「ECSミッション解析(最終版)」(乙14)と題する文書が,
同年11月24日に認可された。
(乙10ないし14,120,205の1,209)
ク本件プログラム15は,ECSの設計の妥当性の検討及び静止衛星にお
ける各種技術の取得を目的として開発された,ECSミッション解析プロ
グラム群に含まれる,軌道伝播解析プログラムである。本件プログラム1
5は,衛星軌道面座標系と慣性座標系により座標変換する式,
による軌道伝播要素の公式を基礎として,「地球重力によP.M.Fitzpatrick
る摂動」,「大気抵抗による摂動」,「大気密度」を考慮しつつ,衛星軌
道要素の時間的変化を求めるものである。本件プログラム15は,「GE
NPER」(131ステップ),「MEAN」,「KEPLER」(47
ステップ),「EULER」,「TIMEE」など12個のサブルーチン
からなっている。
(甲127,乙10,209,213,弁論の全趣旨)。
()本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム〔B3
061プログラム〕)作成の経緯
ア控訴人は,昭和54年3月9日までに,ドップラーデータ等を用いてE
CSのアポジモータ燃焼時解析を行い,「ECSのAMF時解析」と題す
る文書(乙15の1)にまとめて提出した。
イ控訴人は,昭和54年9月ころまでに,ドップラーデータ等を用いたE
CSのアポジモータ燃焼時解析について,本件プログラム15のサブルー
チンをそのまま用いたり,あるいは,既にaが作成していたプログラム及
び本件プログラム15の他のサブルーチンを改修,発展させ,14のサブ
ルーチンからなる,ドップラー変化による衛星運動解析を行うための本件
プログラム19を作成した(甲124,125,155)。
ウ本件プログラム19は,本件プログラム15と同様,ECSの設計の妥
当性の検討及び静止衛星における各種技術の取得を目的として開発された
ECSミッション解析プログラム群に含まれるプログラムである(乙20
9)。
()本件プログラム4(SPD)作成の経緯4
ア昭和54年2月6日に,実験用静止通信衛星であるECS(あやめ)
(別紙人工衛星表番号8)が打ち上げられたが,衛星搭載ロケットモータ
(アポジモータ)点火後に電波が途絶した(乙7の2〔73頁〕)。
イ事業団は,ECSの電波途絶のトラブルを受け,その原因究明及び特定
のため,アポジモータ燃焼時の衛星挙動を解析する作業に着手したが,そ
の一つとして,静止軌道投入のために人工衛星に搭載されたアポジモータ
燃焼中の衛星の運動を解析する作業があり,その解析のために作成された
プログラムが本件プログラム4であった(甲9,13,112,乙30)。
ウ本件プログラム4作成の計画は,昭和54年7月ころまでには,事業団
において認可され,衛星設計第1グループの控訴人,ロケットの開発担当
部門のc(以下「c」という。)が担当とされ,また,事業団と被控訴人
CRCとの間で,プログラム作成と計算等についての委託契約が締結され
た。この契約は,毎月の実績ベースで被控訴人CRCに対価を支払うとい
う単価契約であり,その支払が事業団より被控訴人CRCに対して行われ
た。被控訴人CRCの担当者は,d(以下「d」という。),e(以下
「e」という。)及びf(以下「f」という。)であった。
(乙21,30,31,216,223,224,弁論の全趣旨)
エ控訴人は,本件プログラム4のためのアルゴリズムを詳細に検討し,衛
星データ,ABM(注,)質量特性変更データ等の入ApogeeBoostMotor
力条件を決定するための作業を行った。被控訴人CRCのdらは,昭和5
4年8月初旬,控訴人らとの間で,本件プログラム4の開発について打合
せをし,その際,控訴人から,本件プログラム4の基礎となる数式が記載
されたトムソンの論文を示され,それを理解することから作業を開始した。
cからは,統合されるプログラムのエンジン部分の概略設計も示され,ま
た,プログラム使用の段階で入力するデータの態様,データ出力の形式を
確認した上,具体的なプログラミング,すなわち,コーディングを行った。
プログラムが一応作成された段階で,被控訴人CRCのdらは,控訴人及
びcと検証作業を行い,座標の取り違え,計算結果の評価不良等が発見さ
れたので,一緒にソフトウェアの改修,機能検証確認,計算を行った。そ
して,昭和55年3月,被控訴人CRCは,報告書(紙媒体)に記載する
方法で,本件プログラム4を事業団に納入した。
(甲9,112,乙21,31,32,223)
オ本件プログラム4は,昭和55年3月までに作成されており,上記のと
おり,アポジモータ燃焼中の衛星の運動を解析するプログラムであるが,
より具体的には,アポジモータ燃焼中の衛星の挙動を把握することを目的
とし,現実の衛星・モータのABM質量特性変更データ等のダイナミック
ス条件に忠実かつ詳細なスピン・ダイナミックス・シミュレーション・プ
ログラムであった(甲9)。
()本件プログラム5(DOPPLER〔B063〕)作成の経緯5
アaは,昭和55年1月,CNESのツールーズ宇宙センターでの留学か
ら戻り,衛星設計第1グループに復職した(乙205の1)。
イ同年2月22日に,実験用静止通信衛星「あやめ2号」(ECS−b)
(別紙人工衛星表番号9)(以下「ECS−b」という。)が打ち上げら
れたが,アポジモータ燃焼中に電波途絶という結果となった(乙7の2)。
ウ事業団では,ECS−bの原因解明と検証の作業が行われ,aは,温度
解析による不具合原因の解明に当たり,一方,控訴人は,ドップラーデー
タからの,決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量の推定を試みるこ
ととし,同年3月ころには,本件プログラム5作成のための推定アルゴリ
ズムを作成し,入出力条件を検討した(甲9,乙205)。
エ同年4月には,本件プログラム5作成の計画が,事業団において認可さ
れ,事業団と被控訴人CRCとの間で,プログラム作成と計算等の支援に
関する契約が締結された。控訴人は,事業団の担当者として,被控訴人C
RCのe及びgを指示監督した。すなわち,控訴人は,同年4月初旬,被
控訴人CRCのeらと本件プログラム5の開発について打合せをし,アル
ゴリズムと入出力条件を指示した。eらは,具体的なプログラミング,す
なわち,コーディングを行い,ドップラー周波数より軌道,姿勢,推力誤
差を決定するプログラムを新規に作成し,軌道,姿勢,推力誤差からドッ
プラー周波数を決定するプログラムについては,従前に作成されていたプ
ログラムを改修して使用した。プログラムが一応作成された段階で,控訴
人は,被控訴人CRCと共同でソフト機能検証確認及び計算を行った。同
年5月,本件プログラム5は,報告書の形で,事業団に納入され,その対
価の支払が,事業団より被控訴人CRCに対して行われた。
(甲9,乙25の2,25の3,乙30,217,223,弁論の全趣
旨)
オ本件プログラム5は,上記のとおり,ドップラーデータからアポジモー
タ燃焼中の衛星状態量推定を試みる目的のプログラムであって,サブルー
チン49個,1709ステップからなり,公知の「Ⅰ3局のドップラデ
ータによるABMによる速度増分ベクトルΔVおよび加速度ベクトルAの
計算式」,「Ⅱドップラ周波数の計算式」,「Ⅲ多項回帰式による最
小二乗法」及び「Ⅳラグランジェの多項式」のアルゴリズムと入出力条
件を基礎に,「軌道摂動力とモータ燃焼中のABM推力による軌道伝播計
算」,「ABM推力」,「ドップラー周波数の計算」,「入力データ読
込」,「推定結果の印刷」,「所期データ設定の計算コントロール」など
といった作業を行うプログラムである(甲7ないし9,126,155,
乙222ないし225)。
カ同年5月12日,事業団において,ECS−bについての不具合調査・
対策報告書(その6)が作成され,異常事象として,ABMケース上部テ
レメトリ温度急上昇,ドップラー周波数異常増加等が検討され,不具合の
原因について考えられる要因が抽出された。不具合対策委員会では,決定
的な原因解明は,aの検討していた温度解析によるものとし,控訴人のド
ップラー解析は,補完的なものと位置付けられた。
(乙205の1及びその添付資料31,32)
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル,6次元〕)作成の経緯6
ア控訴人は,昭和54年3月ころ,大学院時代の指導教授を介してCNE
Sに働きかけ,フランス政府給費留学生試験の受験準備を行い,事業団の
h参事及びb総務部長の推薦状を得て,フランス政府給費留学生試験に応
募し,昭和55年2月合格した。控訴人は,事業団の理事長の推薦状を添
えて,フランス大使館に給費申請をした。一方,事業団では,外国政府等
の援助資金を得て留学する場合に,外国出張として取り扱うことができる
かどうかは,留学規程により,当該留学の内容や事業団の業務との関連性
を考慮して行われることとされていたところ,控訴人は,昭和54年10
月に実施された事業団の海外研修生選考試験に合格し,昭和55年度の海
外委託研修生候補者に選定され,事業団が承認した「昭和55年度海外委
託研修計画」に基づいて,昭和55年度海外委託研修生として,同時に,
フランス政府給費留学生として,昭和55年8月14日から,フランスの
CNESのツールーズ宇宙センターに留学した。
(甲9,乙70)
イ事業団の海外委託研修計画に基づく留学生の派遣期間(外国出張として
認められる期間)は,12か月以内が原則であり,控訴人についても,留
学期間として,1年間の研修期間に,往復に必要な旅行日数を加算した3
69日間が認められていたが,目的達成までにさらに1年間の研修期間が
必要であると思われることと,フランス政府給費留学生として1年間の給
費留学期間の延長が認められる見通しがついたことを理由として,控訴人
から留学期間延長の願い出がされ,これを受けて,事業団が控訴人を休職
の措置とすることで1年間の延長が認められた。そして,上記休職期間中,
控訴人は,通常の金額の100分の70に減額されるものの,給与の支払
が行われ,健康保険法,雇用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いも変更
されなかった。一方,フランス政府からは,研修給費として月額1900
フランを給付された。なお,控訴人は,上記留学中の昭和56年4月1日
付けで,開発部員から副主任開発部員に昇格した。
(乙30,70,71)
ウ控訴人は,昭和55年7月30日付けで事業団に提出した「海外研修計
画」(乙70の別添資料5)において,研修の目的,内容及び効果として,
以下の記載をしていた。
研修の目的
「・・・将来の宇宙開発は,多種多様なミッション志向となり,技術的に
極めて高度なものが要求されて行くと考えるが,この各種のミッション達
成に必要な,人工衛星の設計/運用に係るシステム工学としての『ミッシ
ョン解析』についての応用自在な能力を培うことは,将来の宇宙分野に於
る日本の地歩を確立する上からも,国際協力,共同開発の度合の強まって
いる今日,最も重要不可欠と考える。・・・本研修は,現在,早急に,そ
の確立が必要とされている,将来をも含めた人工衛星,宇宙船のシステム
の設計/運用に必須な『軌道力学を主体としたミッション解析法』につい
て,宇宙先進国から,幅広く,その技術を習得し,将来の深宇宙探査機,
大規模宇宙構造物までをも含めた,日本の宇宙開発に資することを目的と
する。」
研修の内容(技術研修(Stage))
「(A)軌道上での人工衛星の力学に関する研究;下記の3つのテーマか
らなる。①地球周回或いは,月周回軌道に対する,ランデブ・ドッキン
グの問題について,時間,燃料等の制約条件下での,最大最小法及びエン
ケの摂動法を用いて,解析を行う。②アリアンロケット或いはスペース
シャトルで規定される重量の深宇宙探査機のミッション解析の問題につい
て,パッチド・コニック法及びフライバイ法等の手法を用いて,解析を行
う。③固体或いは,液体のアポジモータ燃焼中に於る,静止衛星のダイ
ナミックスの問題について,ジェットダンピング,液体のスロッシングの
効果を考慮して,解析を行う。
(B)CNESで計画中のプロジェクトに関する調査研究;①アリアン
ロケットで打上げられる人工衛星の解析運用ソフトウェアのシステムに関
する調査研究。②スペースラブ,宇宙ステーションに関する将来プロジ
ェクトの調査研究。」
研修の効果
「人工衛星の設計/運用に係る『ミッション解析』は,NASDA,ひい
ては,我が国の宇宙開発に於て,立ち遅れている分野の一つである。それ
故,今後の人工衛星,宇宙船及び大規模宇宙構造物等に対する『ミッショ
ン解析』を行う上で,更に,現在計画中である『人工衛星ソフトウェア体
系化計画』の長期/短期構想の立案の上で,研修成果を反映させたいと考
える。」
エところで,昭和57年当時,アメリカのNASAや我が国の事業団にお
いて人工衛星の軌道決定のプログラムとして最も広く用いられていたのは,
バッチ・イタレーション法であったが,かなりの処理時間を要するもので
あり,この欠点を解決するための方法として,定係数線形フィルタを用い
る方法とカルマンフィルタ(非線形フィルタ)を用いる方法が考えられて
いた。カルマンフィルタは,1960年に,アメリカのカルマンが,弾道
弾の着弾点の推定計算式として発表して以来著名となった計算式であり,
ノイズを除去して現時点の最適な推定値を求めるとともに,時系列に変化
する情報の履歴から次にとる値を予測するものであった。人工衛星の軌道
は,非線形方程式によって規定されるため,軌道推定も,本質的には非線
形推定問題であり,理論的には,カルマンフィルタ(非線形フィルタ)を
用いるのが適当であって,これに関する多数の論文及びプログラムが発表
されており,宇宙飛行体の状態推定の技術分野において高い関心が持たれ
ていたが,応用面では,宇宙航行システムの状態を確率モデルとして表す
ことが難しいとされ,なお適応性等について検討の余地が十分にあるもの
とされていた。事業団では,システム計画,システム開発研究に関する部
門で,昭和47年ころから,軌道推定プログラムとして,定係数線形フィ
ルタの開発が進められていたが,その際,当時知られていた非線形のカル
マンフィルタも検討され,定係数線形フィルタとカルマンフィルタとを比
較した場合,カルマンフィルタは,高精度な値を求めることができる反面,
計算ステップ及び記憶容量が大きくなるという欠点があったので,ETS
等の打上げのためには,飛行軌道を簡単な計算で瞬時に求めることの可能
な定係数線形フィルタが適すると考えられており,その上で,定係数線形
フィルタにおいて,精度を上げるための努力がされていた。また,上記部
門では,昭和49年ころからは,非確率型カルマンフィルタのプログラム
の開発も行われていたが,パラメータの値を正確に定義付けられず,設計
者の主観に左右されるという欠点があるとされ,設計の際にパラメータの
決定に不安を抱くことが多く,応用範囲に限界があると考えられていた。
このように,当時の事業団においては,軌道推定プログラムとして,カル
マンフィルタを用いるより定係数線形フィルタを用いるべきであるとする
のが優勢であった。
(乙206,206の2の3,215の1,215の2の2)
オ上記のとおり,当時,人工衛星の軌道推定方式としてバッチ・イタレー
ション法が広く用いられ,非線形フィルタであるカルマン・フィルタを用
いた状態量推定解析は実用化されていなかったところ,控訴人は,CNE
Sにおいて,ミッション解析,モータ燃焼中のダイナミックス及び推定な
どの技術を学ぶとともに,より精密に人工衛星の軌道を推定する方式とし
てカルマン・フィルタの研究を進め,その理論を適用する対象としてCN
ESのSOLARIS衛星を選び,昭和56年10月,ランデブー解析プ
ログラム「TAKAKO」を作成し,また,昭和57年1月に,「CNE
S計画のSOLARISプロジェクトのためのアプローチフェーズ・ラン
デブーの予備的ミッション解析」と題し,留学前の身分である「日本宇宙
開発事業団衛星設計第1グループ技師」との肩書を付した控訴人名義によ
る英文の論文(甲5)を完成させ,上記論文を,CNESのツールーズ宇
宙センターにおいて,CNES技術者たちを対象にして発表した。本件プ
ログラム12は,ランデブー解析プログラム「TAKAKO」の一部分を
構成するもので,30個のサブルーチンからなり,特徴的なサブルーチン
は,「ANGLE」(16ステップ),「ELM1」(20ステップ),
「ELM2」(76ステップ),「EULER」(19ステップ)である。
控訴人は,留学を終えて帰国する際に,上記「TAKAKO」のソースプ
ログラムを,留学先のフランスのツールーズ宇宙センター内の大型計算機
からプリントアウトするとともに,磁気テープに複写して持ち帰り,個人
的に保管していた。
(甲5,9,10,13,14,45,119,120,155,156,
弁論の全趣旨)
カ控訴人は,昭和57年2月17日に留学を終えて帰国し,翌日には,衛
星設計第1グループ副主任開発部員として復職し,同月26日に留学先で
行った研究成果について報告するための,「海外研修報告」(乙72の
2)を提出した。そして,同年4月2日の事業団幹部会において,同報告
書に基づく報告をしたが,その中で,「1研修課題」を「軌道力学を主体
としたミッション解析法の習得」にあったとし,「課題1」として「CN
ESのランデブ計画に対する1つの予備的ミッション解析」を挙げ,「マ
ヌーバ計画作成の為のシミュレーション」の項において,「Strategy(注,
軌道マヌーバのStrategy)に従って決まるランデブ迄のマヌーバシーケン
スに基づいて,Ariane投入軌道誤差の全体推移のシミュレーションを実施
した。これにより,マヌーバ点での軌道誤差増大傾向並びに誤差伝播傾向,
及び,地上局/静止衛星局(TDRS)からの可視に従ってのKalmanフィ
ルタによる軌道/誤差推定,誤差共分散の収束傾向が把握された。」,
「以上から,Solarisプロジェクトのシステムサーチに対する1つのデー
タ提供と共に,現在,CNESでは,最小二乗法による軌道決定が現用で,
SPOTミッションに際して,更に精度の高い決定法の検討を行って居る
が,これに対する1つの新しい方法の提供/確立が成されたと考える。」,
「尚,本解析プログラムは,約16000ステップが新規開発された。」
と述べ,カルマンフィルタを利用したCNESの衛星のランデブー解析プ
ログラムを作成し,その有用性を確認したことについて海外研修の成果と
して報告しており,これを更に発展させてカルマンフィルタを用いた本件
プログラム13を昭和58年1月に作成したことは,後記(7)のとおりで
ある。
(甲155,乙72)。
キ控訴人は,上記のとおり,カルマンフィルタを利用したCNESの衛星
のランデブー解析プログラムを作成したことを報告していたが,それが本
件プログラム12であることを明らかにしておらず,個人的な管理を続け
ていた。
控訴人は,本件訴訟において,当初,「KALMAN」というプログラ
ム(実測ドップラーデータから確率論的に〔カルマンフィルタを用いて〕
衛星状態量及び誤差共分散が推定されるプログラム)について著作権及び
著作者人格権の確認を求めていたが,その後,本件プログラム12及びこ
れを発展させた本件プログラム13について著作権及び著作者人格権の確
認を求めるに至り,事業団及び被控訴人機構は,初めて,本件プログラム
12の存在を知った(弁論の全趣旨)。
()本件プログラム13(KALMAN〔オリジナル,9次元〕)作成の経緯7
ア控訴人は,昭和57年7月20日に作成した,昭和57年度の業務計画
明細書(甲48)において,「静止衛星燃料バジェット推定法の統一化に
対するアポジモータ燃焼に伴う軌道/姿勢誤差の推定」を件名として,ド
ップラーデータに基づき,カルマンフィルタを用いた解析実施を提案した。
また,衛星設計部門会議資料とするため,他の職員との連名で,同年8月
10日作成の「アポジモータ燃焼時の衛星動力学解析の実施について」と
題する文書(甲47)において,同様の提案をした。これらの提案は,控
訴人が留学中に作成した,本件プログラム12を発展させたプログラムを
想定するものであった。これらの提案のうち,後者については認可された
ものの,前者のカルマンフィルタを用いた解析実施の提案については,認
可されなかった。
(甲13,47,48,156)
イ控訴人は,上記のとおり,事業団の認可はなかったが,昭和58年1月,
本件プログラム13を作成した。本件プログラム13は,飛行中の衛星等
の状態量(位置,速度,加速度)を,ドップラーデータ等のアポジモータ
燃焼中の観測データに基づき,カルマンフィルタを用いて推定し,その推
定値の誤差分散も求めるプログラムであり,別紙5に記載された23個の
サブルーチン・プログラムより構成され,原判決別紙6で示されるプログ
ラムである。本件プログラム13は,公知の確率論的手法であるカルマン
フィルタを基礎とするものであるが,「ANGLE」,「DENPA1」,
「ELM1」,「ELM2」,「EULER」,「MOTOR」,「TM
XA」のサブルーチンに特徴があり,特に「TMXA」は,169ステッ
プの大きなサブプログラムで,誤差変換行列(9次元)の計算を行ってい
る。
(甲13,15,112,121,155,156)
ウ控訴人は,昭和58年1月21日,「カルマンフィルタにKalmanFilter
よるABM燃焼中の衛星動特性推定及び投入ドリフト軌道推定解析」を作
成し,カルマンフィルタを用いた解析実施を提案したが,同年2月ころ,
この提案に対して,筑波宇宙センターの追跡管制開発室から,本件プログ
ラム13は,パラメータ,バイアス誤差に問題があり,このままでは,ア
ポジモータ燃焼中のリアルタイム的な推定には使えない旨の意見が出され,
変更を求められた。しかし,控訴人は,同年3月3日,これを政治的思惑
に基づく論議であるとして変更を拒否し,本件プログラム13を用いて解
析を行い,その結果をもとに技術資料を作成して提案を行い,筑波宇宙セ
ンター追跡管制開発室と交渉を行った(甲123,132)。
エ原判決は,「本件プログラム13は,前記のとおり,原告が,事業団の
衛星設計第1グループに所属し,開発部員として,MOS−1(注,海洋
観測衛星1号『もも1号』〔MOS−1〕〔別紙人工衛星表番号18〕)
の設計開発を担当していた際に作成されたものであり,その内容からも,
当時の原告の職務に深く関連するものである。」(123頁2行目ないし
5行目)と判示し,甲13には,控訴人がMOS−1の設計に関与してい
た旨の記載があるが,証拠(乙232)によると,控訴人がこれに関与し
た形跡はなく,控訴人がフランス留学に際して作成した「海外研修計画」
(乙70)の「現在従事している業務」欄には,「MOS−1ミッション
解析業務」と記載されているが,結局,控訴人がMOS−1の設計に関与
していたと認めるに足りない。
()本件プログラム11(STAT〔オリジナル〕)作成の経緯8
ア事業団は,昭和58年3月,3軸姿勢制御方式の技術試験衛星Ⅴ型「き
く5号」(ETS−V)(昭和62年8月27日に打ち上げられた。〔別
紙人工衛星番号19〕)の開発を決定した。MELCOが,その設計及び
製造を受託し,システム設計を開始した。控訴人は,昭和58年4月から,
衛星設計第1グループにおいて,ETS−Vの開発に,MELCOの監督
員の立場で関与することとなった。
(甲9,11,13,乙67の3,乙117)
イ昭和58年4月5日及び同月6日,受託業者であるMELCOが,事業
団による概念設計に基づいて行ったシステム設計(ダイナミックス設計や
軌道設計や構造設計などの各種サブシステム設計をとりまとめた全体設
計)の結果を報告し,事業団の審議を仰ぐ意味のシステム設計報告会が行
われ,控訴人も,監督員として同報告会に出席した。設計報告会では,事
業団から業者に対する問題点の指摘がされ,これに業者が回答し,更に審
議されることになるが,控訴人は,前記システム設計報告会において,M
ELCOに対し,ETS−Vは従来の静止衛星に比較して慣性モーメント
比(MOIR)が低く(1.05),静的スピン安定性が低いこと,最大
5年分の液体燃料を搭載できるタンクに1.5年分の燃料しか搭載しない
ことから,タンク内の液体燃料のスロッシングが,固体推薬のアポジモー
タ燃焼中に,衛星の動的ダイナミックスに悪影響を与える可能性があるこ
と,すなわち,動的スピン安定性に問題があることを指摘した。しかし,
MELCOは,控訴人の指摘した静的スピン安定性について,小規模の変
更をしたのみであった。
(甲9,乙117)
ウ控訴人は,静的スピン安定性について,昭和58年6月,学術論文
「」(乙20StabilityofSpinningSpacecraftwithPartiallyLiquid-FilledTanks
3)をもとに,ルミヤンステフの計算式を用いて計算するために本件プロ
グラム11を作成し,これを用いて,ETS−Vについての静的スピン安
定性を解析し,それをMELCOに提示した。MELCO及び事業団は,
控訴人による解析に難色を示していたが,同年7月ころ,設計変更が行わ
れた(甲9,11,112,乙203)。
()本件プログラム1(DYNA)及び2(STAT)作成の経緯9
ア控訴人は,受託業者であるMELCOに対し,ETS−Vの動的スピン
安定性についても解析作業をするよう促すとともに,昭和58年6月,ミ
ッション解析の業務計画明細書(甲54)を提出したが,受託業者である
MELCOにおいて解決するよう監督すべきであるとして,事業団では認
可されなかった。そこで,控訴人は,MELCOに対し,動的解析作業の
実施を促したが,納得する結果を出すことはできず,納得するような対応
もしなかったので,控訴人は,自ら,スロッシングの問題を解析するプロ
グラム作成のための方程式導入,定式化,アルゴリズム作成に着手した。
(甲9,54)
イ控訴人は,動的スピン安定性の問題について十分な解析が行われていな
いと考え,同年7月27日に,「ETS−Vの現設計に於るダイナミック
ス上の問題点」と題する技術資料(乙44)を作成して問題点の解決を訴
え,同年8月12日にも,「RCS燃料スロッシング影響を考慮したAB
M燃焼中のスピンダイナミックス定式化について」と題する技術資料(乙
45)を作成し,ABM燃焼中の衛星スピンダイナミックスと投入軌道に
及ぼす影響をシミュレーションするための定式化について,トムソンの直
線運動量方程式及び角運動量方程式を紹介し,これを発展させた衛星全体
の直線運動量方程式及び角運動量方程式により解析を行うべきであると提
言した。しかし,事業団において特段の改善はされず,控訴人に対し,前
記業務計画明細書(甲54)の書き直しが命じられるなどするのみで推移
した(甲9,54,55,乙44)。
ウ控訴人は,同年10月14日に,「第154回衛星設計部門会議用資料
3」として,「ETS−Vスピンダイナミックスの検討及びミッション解
析の実施について」と題する技術資料(乙46)を作成し,スロッシング
解析のために,球面振り子のモデルを用いることを提案した。そして,控
訴人は,再度,業務計画明細書を改訂(甲56)するとともに,同月28
日,静的解析及び動的解析を含めたETS−Vのミッション解析に関する
技術資料「ETS−VのMOIR/RCS液体燃料スロッシングに関する
静止化ダイナミックスの検討について」(乙22)を提出した。これらの
控訴人の検討及び提言の結果,同年11月ころ,控訴人提案に係る業務計
画「技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)」が認可
された。
(甲9,10,56,57,乙22,46)
エ事業団は,上記業務計画の認可を踏まえて,「技術試験衛星V型(ET
S−V)ミッション解析(その1)」業務計画の支援のため,昭和58年
12月,被控訴人CRCとの間で,控訴人提言に係るプログラムの作成に
関するCDC系等電子計算機計算等委託契約を締結した(契約名称は,
「技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)支援」であ
った。)。控訴人は,被控訴人CRCの担当者のf,k(以下「k」とい
う。)に対し,控訴人の論文(甲3,4)や海外の文献,資料を交付し,
控訴人が導出した数式を説明するなどして指示を与えた。f,kは,控訴
人の論文や海外の文献,資料を読み込み,数式の理解をした上で,プログ
ラムの概念設計を行い,控訴人の確認を得た上で,詳細設計を行い,事業
団の承認を得てから,具体的なプログラミングを行った(甲3,4,乙3
2,47,48の1)。
プログラムが一応作成された段階で,控訴人の検証を受けたが,当初,
意図した結果が出ず,控訴人は,ソースコードをチェックするなどして具
体的な助言を与え,その結果,本件プログラム1及び2が作成され,それ
らを用いた解析結果とともに,昭和59年4月,事業団に納入された(乙
32,48,49,218,弁論の全趣旨)。
オfは,控訴人から海外の文献を渡され,そこに記載されているものと同
じ作業を行い,同じ結果を得るプログラムの作成を指示され,プログラム
の概念設計,詳細設計を行ってから,具体的なプログラミングを行い,プ
ログラムが一応作成された段階で,控訴人の検証を受け,その結果,本件
プログラム2が完成した。このプログラムも,それを用いた解析結果とと
もに,昭和59年4月,事業団に納入された。
(乙32,48,49,218,弁論の全趣旨)
カ事業団と被控訴人CRCとの間の上記契約は,毎月の実績ベースで被控
訴人CRCに対価を支払うという単価契約であり,本件プログラム1及び
2の解析支援に対する対価の支払が,事業団より被控訴人CRCに対して
行われた(乙48の1,49の1,乙218)。
キ本件プログラム1は,衛星やロケットの燃料タンク内の液体スロッシン
グ(液面揺動)が機体の姿勢や軌道に及ぼす影響を調べるため,スロッシ
ングを球面振り子で表現し,燃焼気体の噴流による減衰を考慮してシミュ
レーションするプログラムであり,本件プログラム2は,回転している衛
星やロケット内部の液体移動が回転物体の静的な安定性に及ぼす影響を判
別するために,ルミヤンステフ及びマッキンタイヤの計算式に基づいて計
算するプログラムであり,同じ契約に基づいて被控訴人CRCに委託され
たものであって,いずれも,昭和59年4月に作成された(甲62,15
5,乙32,48)。
()本件プログラム6(DYNA−A〔ABM燃焼フェーズの動的解析プロ10
グラム〕)作成の経緯
ア控訴人は,本件プログラム1及び2をもとにした解析結果に基づいて,
ETS−Vのスピン安定性についての検討を行い,本件プログラム1につ
いては,修正が必要であるとの認識に至った。そして,事業団は,昭和5
9年4月,「ETS−Vミッション解析」業務計画の支援のために,被控
訴人CRCとの間で委託契約を締結した(契約名称は,「ETS−Vミッ
ション解析支援の役務借上げ」であった。)。これに基づいて,本件プロ
グラム1を改修した本件プログラム6が作成され,昭和60年3月に事業
団に納入された。
(甲9,乙50,51,55,56,57の1,2)
イ本件プログラム6は,本件プログラム1に機能を追加するというもので
あり,控訴人が,被控訴人CRCの担当者であったf及びkに,追加する
機能の数式及び入力の態様等を指示し,f及びkが具体的なプログラミン
グを行い,その結果,本件プログラム6が完成した(甲63,155,乙
32,219)。
ウ本件プログラム6は,推力飛行中の衛星やロケットの燃料タンク内の液
体スロッシングが機体の姿勢や軌道に及ぼす影響を判別するために,液体
スロッシングを球面振り子で表現し,燃焼気体の噴流による減衰を考慮し
てシミュレーションするプログラムであり,本件プログラム1を改良した
ものであった(乙57の1)。
エ事業団と被控訴人CRCとの間の上記契約では,作業場所は原則として
事業団の本社あるいは筑波宇宙センター,使用計算機は事業団の電子計算
機とされており,昭和59年4月から1年間,被控訴人CRCが所定の人
員を事業団に派遣して作業するというものであり,「ETS−Vミッショ
ン解析」支援に対する対価の支払が,事業団より被控訴人CRCに対して
行われた(乙51の1,乙219)。
オ昭和59年9月21日,開発組織として本部制が導入されたことにより,
人工衛星の開発を行う部門は,人工衛星開発本部となり,従前の衛星設計
第1グループは,同本部の技術試験衛星グループに改組され,気象衛星,
海洋観測衛星,地球資源衛星,通信衛星及び放送衛星を除く人工衛星の開
発を所掌することとされ,控訴人は,人工衛星開発本部技術試験衛星グル
ープ副主任開発部員となった(乙126)。
()本件プログラム3(KALMAN−1〔9次元〕)作成の経緯11
ア事業団は,控訴人の提言により,本件プログラム13を改修する必要が
あると判断し,昭和60年4月,被控訴人CRCとの間で,ETS−Vミ
ッション解析支援の契約(契約名称は,「CDC系電子計算機計算等委託
ETS−Vミッション解析(その3)支援」であった。)を締結した
(乙61,62)。
イ被控訴人CRCの担当者はm(以下「m」という。)であり,控訴人は,
mに対し,本件プログラム12及び控訴人がCNESにおいて発表した論
文(甲5)のカルマンフィルタのアルゴリズムを示し,6次元のプログラ
ムを,9次元(位置,速度,加速度)のプログラミングにすることについ
て具体的な指示を行った。また,入出力するデータ形式を指示した。mは,
プログラムの概念設計,詳細設計を行って,控訴人の承認を得てから,具
体的なプログラミングを行い,プログラムが一応作成された段階で,控訴
人の検証を受け,その結果,本件プログラム3が完成した。昭和61年3
月,本件プログラム3は,被控訴人CRCから事業団に納入された。対価
の支払は,事業団より被控訴人CRCに対して行われた。なお,控訴人及
びmは,上記プログラムの作成作業に関して,連名で,学会発表,論文発
表をした。
(甲5,10,13,乙33,62,63,220,227ないし229,
弁論の全趣旨)
ウ本件プログラム3は,推力飛行中の衛星等の9成分(位置,速度,加速
度)の状態量を,ドップラーデータに基づき,カルマンフィルタを用いて
推定し,その推定量に対する誤差を計算するためのプログラムであり,昭
和61年3月に作成された(甲115,116,乙62の3)。
エ事業団と被控訴人CRCとの間の上記契約は,毎月の実績ベースで被控
訴人CRCに対価を支払うという単価契約であり,本件プログラム3の解
析支援に対する対価の支払が,事業団より被控訴人CRCに対して行われ
た(乙61の1,乙217)。
2本件プログラム5,11ないし13及び15は著作物といえるか(争点3)
について
()法2条1項1号が,「著作物」の意義について,「思想又は感情を創作的1
に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものを
いう。」と規定していることからすれば,法によって保護されるのは,直接
には「表現したもの」自体であり,思想又は感情自体に保護が及ぶことがあ
り得ないのはもちろん,思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用さ
れた手法や表現を生み出すもとになったアイデア(着想)も,それ自体とし
ては保護の対象とはなり得ないものというべきである。また,ある表現物を
創作したというためには,対象となる表現物の形成に当たって,自己の思想
又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行ったことが必要で
あり,当該表現物において,その者の思想又は感情を創作的に表現したと評
価される程度に至っていない場合には,法上の創作には当たらない,言い換
えると,著作物性を有しないものと解すべきである。そして,この点は,当
該表現物がプログラムである場合であっても何ら異なるところはないが,小
説,絵画,音楽などといった従来型の典型的な著作物と異なり,プログラム
の場合は,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこ
れに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(法2条1項10
の2)であって,元来,コンピュータに対する指令の組合せであり,正確か
つ論理的なものでなければならないとともに,プログラムの著作物に対する
法による保護は,「その著作物を作成するために用いるプログラム言語,規
約及び解法に及ばない。」(法10条3項柱書1文)ところから,所定のプ
ログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピュータに対する指令を
どのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのよう
な表現順序とするかなどといったところに,法によって保護されるべき作成
者の個性が表れることとなる。したがって,プログラムに著作物性があると
いえるためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序
からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれ
た表現ではなく,作成者の個性が表れているものであることを要するもので
あって,プログラムの表現に選択の余地がないか,あるいは,選択の幅が著
しく狭い場合には,作成者の個性の表れる余地もなくなり,著作物性を有し
ないことになる。そして,プログラムの指令の手順自体は,アイデアにすぎ
ないし,プログラムにおけるアルゴリズムは,「解法」に当たり,いずれも
プログラムの著作権の対象として保護されるものではない。
()本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕)2
について
ア前記1()によれば,本件プログラム15は,12個のサブルーチンか2
らなる軌道伝播解析プログラムであり,衛星軌道面座標系と慣性座標系に
より座標変換する式,による軌道伝播要素の公式を基礎とP.M.Fitzpatrick
して,「地球重力による摂動」,「大気抵抗による摂動」,「大気密度」
を考慮しつつ,衛星軌道要素の時間的変化を求めるものであり,上記理論
式を軌道伝播解析という目的に合わせて展開し,入出力その他の条件を設
定した上で,これをプログラミングしたものであるが,中心となる「GE
NPER」は131ステップ,「KEPLER」は47ステップのサブル
ーチンであり,式の展開,入出力その他の条件を設定に対応して,各ステ
ップの組合せ,その順序,サブルーチン化などで,多様な記載が可能であ
るところ,作成者の工夫がこらされており,その個性が認められるから,
著作物性を有するものというべきである。
イ被控訴人らは,本件プログラム15の理論式は公知のものであり,「G
ENPER」,「KEPLER」にも控訴人の独自性が表現されていない
などとし,本件プログラム15には著作物性がない旨主張する。
しかし,衛星軌道面座標系と慣性座標系により座標変換する式,
による軌道伝播要素の公式は公知のものであっても,これP.M.Fitzpatrick
を軌道伝播の解析に使用するに当たって,式の展開,入出力その他の条件
の設定に対応して,各ステップの組合せ,その順序,サブルーチン化など
で,多様な記載が可能であり,その中で,控訴人なりの表現をしているの
であるから,著作物性があるというべきである。
被控訴人らの上記主張は,採用することができない。
()本件プログラム5(DOPPLER〔B063〕)について3
ア前記1()オによれば,本件プログラム5は,ドップラーデータからア5
ポジモータ燃焼中の衛星状態量推定を試みる目的のプログラムであって,
サブルーチン49個,1709ステップからなり,公知の「Ⅰ3局のド
ップラデータによるABMによる速度増分ベクトルΔVおよび加速度ベク
トルAの計算式」,「Ⅱドップラ周波数の計算式」,「Ⅲ多項回帰式
による最小二乗法」及び「Ⅳラグランジェの多項式」のアルゴリズムと
入出力条件を基礎とし,「軌道摂動力とモータ燃焼中のABM推力による
軌道伝播計算」,「ABM推力」,「ドップラー周波数の計算」,「入力
データ読込」,「推定結果の印刷」,「所期データ設定の計算コントロー
ル」などといった作業を行うプログラムとして記載されたものである。
上記のとおり,本件プログラム5は,多数のサブルーチン,多数のステ
ップのプログラムであり,式の展開,入出力その他の条件の設定に対応し
て,各ステップの組合せ,その順序,サブルーチン化などで,多様な記載
が可能であるところ,作成者の工夫がこらされており,その個性が認めら
れるというべきであるから,著作物性を有するものというべきである。
イ被控訴人らは,当該計算式について独自性はなく,当該プログラムがあ
る目的における公知の計算式の採用を保護対象とすることになると,結果
的には計算式そのものを独占させることとなるから,本件プログラム5は
著作物性を有しないものと解すべきである旨主張する。
しかし,上記のとおり,「Ⅰ3局のドップラデータによるABMによ
る速度増分ベクトルΔVおよび加速度ベクトルAの計算式」,「Ⅱドッ
プラ周波数の計算式」,「Ⅲ多項回帰式による最小二乗法」及び「Ⅳ
ラグランジェの多項式」のアルゴリズムをプログラムに書き換えるに当た
っては,上記のとおり,多様な記載があり得るから,上記各計算式そのも
のを独占させることにはならないものというべきであり,被控訴人らの主
張は,採用することができない。
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル,6次元〕)及び134
(KALMAN〔オリジナル,9次元〕)について
ア前記1()オによれば,本件プログラム12は,控訴人が,昭和56年6
10月に完成させたランデブー解析プログラム「TAKAKO」の一部分
を構成するもので,30個のサブルーチンからなり,それ自体は,軌道上
の衛星等の状態量(位置,速度)を,確率論的手法であるカルマンフィル
タを用いて推定し,その推定値の誤差分散も求めるプログラムである。
本件プログラム12は,公知の確率論的手法であるカルマンフィルタを
基礎とするものであるが,サブルーチン「ANGLE」(16ステップ),
「ELM1」(20ステップ),「ELM2」(76ステップ),「EU
LER」(19ステップ)などによって特徴付けられていることが認めら
れ,式の展開,入出力その他の条件の設定に対応して,各ステップの組合
せ,その順序,サブルーチン化などで,多様な記載が可能であるところ,
作成者の工夫がこらされているというべきであり,その個性が認められる
から,著作物性を有するものというべきである。
イ前記1()によれば,本件プログラム13は,飛行中の衛星等の状態量7
(位置,速度,加速度)を,ドップラーデータ等のアポジモータ燃焼中の
観測データに基づき,カルマンフィルタを用いて推定し,その推定値の誤
差分散も求めるプログラムであり,別紙5に記載された23個のサブルー
チン・プログラムより構成され,原判決別紙6で示されるプログラムであ
る。
本件プログラム13は,公知の確率論的手法であるカルマンフィルタを
基礎とするものであるが,「ANGLE」,「DENPA1」,「ELM
1」,「ELM2」,「EULER」,「MOTOR」,「TMXA」の
サブルーチンに特徴があり,特に「TMXA」は,169ステップの大き
なサブプログラムで,誤差変換行列(9次元)の計算を行っており,式の
展開,入出力その他の条件の設定に対応して,各ステップの組合せ,その
順序,サブルーチン化などで,多様な記載が可能であるところ,作成者の
工夫がこらされており,その個性が認められるから,著作物性を有するも
のというべきである。
ウ被控訴人らは,原審で,本件プログラム12及び13の基礎式は,カル
マン基本理論式,宇宙システムに応用するために東京工科大学名誉教授n
が著書で発表した基本理論式とほぼ同一であり,特段の独自性を有するも
のではないとし,本件プログラム12及び13には著作物性がない旨主張
している。
しかし,ここで問題となるのは,カルマンフィルタが独自性を有するか
どうかではない。本件プログラム12,13は,公知のカルマンフィルタ
を単にプログラムに書き換えただけのものではなく,公知のカルマンフィ
ルタを利用してまとまったプログラム体系を構築し,記載したところに創
作性が認められるから,被控訴人らの主張は,採用することができない。
()本件プログラム11(STAT〔オリジナル〕)について5
ア証拠(甲16,114)及び弁論の全趣旨によれば,本件プログラム1
1の各ステップの記載は,以下のとおりであると認められる(別紙2参
照)。
「Z=r=2
A=P=1000
B=r=0.751
C=L=0.25
D=R=0.28
E=I=312.622
F=I=330.511
G=ASIN((SQRT(2*D*D*(B*B+Z*Z)−D**
4−(Z*Z−B*B)*(Z*Z−B*B))/2/B/Z)
H=π/180
L=Z*SIN(G)*
I=4/3*A*Z*Z*L*(3*C*C+L**2)
J=I/F*(G*H−SIN(2*G)/2)
K=I/E*(G*H+SIN(2*G)/2)
PRINTZ,G,I,J,K
END」
イ本件プログラム11の第1ないし第7のステップは,変数を列挙すると
ともに,変数に代入する数字を定めている。変数に代入する数字は,計算
式とは別に定まるものであるから,ここで選択する余地があるのは,変数
とする記号として何を選ぶかという程度である。
第8ステップは,

2222224
sinα=−(r−r)+2×(r+r)R−R1212
122rr
の計算式(甲16〔2頁〕参照)について,以下のとおり,「sin」式
から「sin−」式に変換して,

−12222224
α=sin−(r−r)+2×(r+r)R−R1212
122rr
という「α」そのものを求める式に変換し,以下のとおり,第1ないし第
7のステップにおける変数に置き換え,

−12224222
G=sin2×D(B+Z)−D−(Z−B)
2BZ
これをFORTRAN言語で表現したものであるが,式の展開に工夫の余
地はほとんど認められず,同ステップは,変数によって必然的に導かれる
ものであって,選択の余地はないというほかない。
第9ないし第12ステップの記載は,下記の公知のルミヤンステフの式
(乙203)をプログラムに書き換えたものであるが,同各ステップは,
式の展開に工夫の余地がほとんど認められず,かつ,選択の余地もほとん
どない。
A=(4/3)ρrh〔α−(sin2α/2)〕(3L+h)12SS

22
A=(4/3)ρrh〔α+(sin2α/2)〕(3L+h)22SS

22
第13ステップは,計算に使った変数及び解を印刷するための基本的な
FORTRAN言語であるWRITE文(乙204の1)であって,選択
の余地がない。
第14ステップは,プログラムを終了させるための基本的なFORTR
AN言語であるEND行(乙204の1)であって,選択の余地がない。
さらに,各ステップの論理的順序をみても,変数へのデータ設定,計算,
データ出力の3段階からなるありふれた流れであって,選択の幅は,著し
く狭いものである。
そうすると,本件プログラム11は,全体として表現に選択の余地がほ
とんどなく,わずかに表現の選択の余地のある部分においても,その選択
の幅は著しく狭いものであるから,上記計算式を基礎にFORTRAN言
語でプログラムを作成しようとする場合,本件プログラム11のようにな
ることは避けられず,作成者の個性を反映させる余地はないものとして,
その著作物性は否定すべきである。
ウ控訴人は,本件プログラム11は,式も量的にも簡単なプログラムであ
るが,公知の基礎方程式を自由に計算し,解析できるようにしたものであ
り,作成した時点で,このようなプログラムはなかったのであるから,著
作物性が認められるべきであると主張する。
しかし,本件プログラム11は,控訴人も認めるとおり,式も量的にも
簡単なプログラムで,公知の基礎方程式をプログラムに置き換えて,コン
ピュータにより計算し,解析することができるものであって,当該プログ
ラムの記載に選択の余地がないものであるから,仮に,作成した時点で,
このようなプログラムはなかったとしても,著作物性があるとはいえない。
3原告は,本件各プログラムを作成(創作)したか(争点1)について
()本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム〔B010プログラム〕)1
について
前記1()認定の事実によれば,控訴人は,フランスに留学したaの後任2
として,ECS用ミッション解析プログラム群の作成,とりまとめを担当し,
軌道伝播に関するプログラムである本件プログラム15を昭和53年10月
20日までに完成させたのであるから,控訴人が本件プログラム15を創作
した者と認められる。
()本件プログラム19について2
前記1()認定の事実によれば,控訴人は,昭和54年9月ころまでに,3
ドップラーデータ等を用いたECSのアポジモータ燃焼時解析について,本
件プログラム15のサブルーチンをそのまま用いたり,あるいは,従前aが
作成していたプログラム及び本件プログラム15の他のサブルーチンを改修
して,発展させ,14のサブルーチンからなる,ドップラー変化による衛星
運動解析を行うための本件プログラム19を作成したのであるから,控訴人
が本件プログラム15を創作した者と認められる。
()本件プログラム4(SPD)について3
前記1()によれば,事業団は,業務の一部を外部企業に委託していたが,1
その際,職員の中から現場の指示監督を行う監督員を選任し,契約した外部
企業がプログラムの作成,解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするも
のとされていたものである。
そして,前記1()認定の事実によれば,事業団は,昭和54年2月6日4
に打ち上げられた,実験用静止通信衛星ECSの電波途絶のトラブルを受け,
その原因究明及び特定のため,アポジモータ燃焼時の衛星挙動を解析する作
業に着手し,被控訴人CRCとの間で,アポジモータ燃焼中の衛星の運動を
解析するプログラムの作成と計算等についての委託契約を締結したこと,そ
れとともに,衛星設計第1グループの控訴人,ロケットの開発担当部門のc
を監督員とし,その指示監督の下で,被控訴人CRCのd,e及びfがプロ
グラムの作成作業を行ったこと,その際,控訴人は,本件プログラム4の基
礎となる数式が記載されたトムソンの論文を示し,cは,統合されるプログ
ラムのエンジン部分の概略設計を示し,dらは,プログラム使用の段階で入
力するデータの態様,データ出力の形式を確認した上,具体的なプログラミ
ング,すなわち,コーディングを行ったこと,プログラムが一応作成された
段階で,全員で検証作業を行い,座標の取り違え,計算結果の評価不良等が
発見されたので,ソフトウェアの改修,機能検証確認,計算を行ったこと,
その後,被控訴人CRCは,昭和55年3月,報告書に記載する方法で,本
件プログラム4を事業団に納入したこと,事業団と被控訴人CRCとの間の
上記委託契約は,毎月の実績ベースで被控訴人CRCに対価を支払うという
単価契約であったことが認められる。
そうすると,事業団と被控訴人CRC間の上記契約は,控訴人及びcの解
析作業を支援するためのものであって,被控訴人CRCのd,e及びfは,
控訴人らの業務を補助するものとして,控訴人らの指示監督の下で,控訴人
らと共同でプログラミング作業を行い,共同で本件プログラム4を完成させ
たものと認められる。
したがって,控訴人は,c,被控訴人CRCのdらと共同で本件プログラ
ム4を創作した者というべきである。
()本件プログラム5(DOPPLER〔B063〕)について4
事業団が,業務の一部を外部企業に委託していたが,その際,職員の中か
ら現場の指示監督を行う監督員を選任し,契約した外部企業がプログラムの
作成,解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするものとされていたこと
は,上記()のとおりである。3
上記1()認定事実によれば,事業団は,被控訴人CRCとの間で,ドッ5
プラーデータからの,決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量を推定す
るためのプログラムの作成と計算等についての委託契約を締結するとともに,
控訴人が監督員として現場の指示監督を行うこととなり,控訴人は,被控訴
人CRCのeらを指示監督して,昭和55年5月までに,本件プログラム5
を完成したこと,控訴人は,本件プログラム5の作成に当たって,アルゴリ
ズムの作成及び入力条件作成等を行うとともに,被控訴人CRCの担当者ら
と共同でソフト機能検証確認及び計算を行ったことが認められる。
そうすると,事業団と被控訴人CRC間の上記契約は,ドップラーデータ
からの,決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量を推定するという,控
訴人の解析作業を支援するためのものであって,被控訴人CRCのeらは,
控訴人の職務を補助するものとして,控訴人の指示監督の下で,控訴人と共
同でプログラミング作業を行い,本件プログラム5を完成させたものと認め
られる。
この点について,原判決は,控訴人が,「本件プログラム5の形成に当た
って,推定アルゴリズムの作成及び入出力条件の検討を行うとともに,被告
CRCの技術者らとともに,ソフト機能検証確認及び計算を行ったものであ
ると認められるが,プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的
に表現されたと認められる証拠はなく,これらの諸活動をもって,原告の思
想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない」
(104頁24行目ないし105頁3行目)と判示しているが,上記説示に
照らして失当である。
したがって,控訴人は,被控訴人CRCのeらと共同で本件プログラム5
を創作した者というべきである。
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル,6次元〕)について5
前記1()認定の事実によれば,控訴人は,留学中のCNESにおいて,6
研修課題の研究に際し,ドップラーデータを用いて衛星の状態量を解析する
方法の研究をも進め,昭和56年10月,本件プログラム12を含むランデ
ブー解析プログラムを作成したのであるから,控訴人が本件プログラム12
を創作した者と認められる。
()本件プログラム13(KALMAN〔オリジナル,9次元〕)について6
前記1()認定の事実によれば,控訴人は,ドップラーデータに基づき,7
カルマンフィルタを用いた解析のために,昭和58年1月,本件プログラム
13を作成したのであるから,控訴人が本件プログラム13を創作した者と
認められる。
()本件プログラム1(DYNA)及び2(STAT)について7
事業団が,業務の一部を外部企業に委託していたが,その際,職員の中か
ら現場の指示監督を行う監督員を選任し,契約した外部企業がプログラムの
作成,解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするものとされていたこと
は,上記()のとおりである。3
前記1()認定の事実によれば,事業団は,被控訴人CRCとの間で,9
「CDC系等電子計算機計算等委託技術試験衛星V型(ETS−V)ミ
ッション解析(その1)支援」のための委託契約を締結するとともに,控訴
人が監督員として現場の指示監督を行うこととなり,控訴人は,被控訴人C
RCのf,kを指示監督して,昭和59年4月,本件プログラム1及び2を
完成させたこと,上記契約は,控訴人提言に係る,ETS−VのMOIR/
RCS液体燃料スロッシングに関する静止化ダイナミックスの解析を支援す
るためのものであって,控訴人が,本件プログラム1及び2の作成に当たっ
て,海外の文献,資料を交付し,控訴人が導出した数式の説明をし,プログ
ラムが一応作成された段階で検証をし,ソースコードをチェックするなどし
て具体的な助言をしたこと,事業団と被控訴人CRCとの間の上記委託契約
は,毎月の実績ベースで被控訴人CRCに対価を支払うという単価契約であ
ったことが認められる。
そうすると,事業団と被控訴人CRC間の上記契約は,控訴人による,E
TS−VのMOIR/RCS液体燃料スロッシングに関する静止化ダイナミ
ックスの解析を支援するためのものであって,被控訴人CRCのeらは,控
訴人の職務を補助するものとして,控訴人の指示監督の下で,控訴人と共同
でプログラミング作業を行い,本件プログラム1及び2を完成させたものと
認められる。
この点について,原判決は,控訴人が,「本件プログラム1の形成に当た
って,定式化,アルゴリズム,入力データ,出力仕様などの技術資料を提示
するとともに,被告CRCの技術者らとともに,ソフト機能の検証及び確認
を行ったものであるが,プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創
作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく,これらの諸活動をもって,
原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはでき
ない」(130頁8行目ないし14行目),「本件プログラム2の形成に当
たって,本件プログラム11を提示し,定式化,アルゴリズム,入力データ,
出力仕様などの技術資料を提示したものであるが,プログラムの具体的記述
に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく,
これらの諸活動をもって,原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価さ
れる行為ということはできない」(130頁1行目ないし6行目)と判示し
ているが,上記説示に照らして,いずれも失当である。
したがって,控訴人は,被控訴人CRCのeらと共同で本件プログラム1
及び2を創作した者というべきである。
控訴人は,本件プログラム1は,控訴人の「個人の自由な研究・発想」で
本質部分を既に作成していたものであり,控訴人は全作成ステップを行い,
控訴人の指示の下で,被控訴人CRCは一部ステップの単純作業を行ったに
すぎないから,控訴人のみの創作である旨主張する。
しかし,上記のとおり,控訴人による指示監督が行われたが,被控訴人C
RCのdらは,自らの創意工夫によりコーディングを含むプログラミングを
行っているから,一部ステップの単純作業を行ったにすぎないとはいえない。
()本件プログラム6(DYNA−A)について8
事業団が,業務の一部を外部企業に委託していたが,その際,職員の中か
ら現場の指示監督を行う監督員を選任し,契約した外部企業がプログラムの
作成,解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするものとされていたこと
は,上記()のとおりである。3
前記1()認定の事実によれば,控訴人は,本件プログラム1及び2をも10
とにした解析結果に基づいて,ETS−Vのスピン安定性についての検討を
行ったところ,本件プログラム1について,修正が必要であると考え,事業
団は,上記ETS−Vミッション解析支援のために,被控訴人CRCとの契
約を締結したこと,本件プログラム6は,本件プログラム1に機能を追加す
るというものであり,控訴人が,被控訴人CRCの担当者であったf及びk
に,追加する機能の数式及び入力の態様等を指示し,f及びkが具体的なプ
ログラミングを行い,その結果,昭和60年3月,本件プログラム6が完成
したこと,事業団と被控訴人CRCとの間の上記委託契約は,毎月の実績ベ
ースで被控訴人CRCに対価を支払うという単価契約であったことが認めら
れる。
そうすると,事業団と被控訴人CRC間の上記契約は,「ETS−Vミッ
ション解析支援の役務借上げ」であり,本件プログラム1及び2の場合と同
様に,控訴人の解析作業を支援するためのものであって,被控訴人CRCの
fらは,控訴人の職務を補助するものとして,控訴人の指示監督の下で,控
訴人と共同でプログラミング作業を行い,本件プログラム6を完成させたも
のと認められる。
この点について,原判決は,控訴人が,「本件プログラム1の改良プログ
ラムである本件プログラム6の形成に当たって,上記ウの諸活動(注,「本
件プログラム1の形成に当たって,定式化,アルゴリズム,入力データ,出
力仕様などの技術資料を提示するとともに,被控訴人CRCの技術者らとと
もに,ソフト機能の検証及び確認を行ったこと」を指す。)に加え,本件プ
ログラム1を用いた長時間計算の結果に疑問があることを発見し,本件プロ
グラム1を総点検してプログラムの論理構造上の問題を発見し,被告CRC
の技術者らと共同でバグ修正を行うとともに,多数のタンク内の液体挙動を
扱えるように運動方程式を一般化したものを提示したのであるが,プログラ
ムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足り
る証拠はなく,これらの諸活動をもって,原告の思想又は感情を創作的に表
現すると評価される行為ということはできない。」(130頁16行目ない
し下から2行目)と判示しているが,上記説示に照らして失当である。
したがって,控訴人は,被控訴人CRCのfらと共同で本件プログラム6
を創作した者というべきである。
()本件プログラム3(KALMAN−1)について9
事業団が,業務の一部を外部企業に委託していたが,その際,職員の中か
ら現場の指示監督を行う監督員を選任し,契約した外部企業がプログラムの
作成,解析等を行う場合は,監督員が指示監督をするものとされていたこと
は,上記()のとおりである。3
前記1()認定の事実によれば,事業団は,被控訴人CRCとの間で,11
「CDC系電子計算機計算等委託ETS−Vミッション解析(その3)支
援」と題する契約を締結したこと,上記契約は,控訴人提言に係る,KAL
MANの6次元のプログラムを改修するためのものであって,控訴人が,本
件プログラム3の作成に当たって,mに対して,KALMANの6次元のプ
ログラム,控訴人がCNESにおいて発表した論文,入出力条件を指示し,
mにおいて,プログラムの概念設計,詳細設計,具体的なプログラミングを
行い,その過程で,控訴人においてチェック,検証をし,昭和61年3月ま
でに,本件プログラム3が完成したこと,事業団と被控訴人CRCとの間の
上記委託契約は,毎月の実績ベースで被控訴人CRCに対価を支払うという
単価契約であったことが認められる。
そうすると,事業団と被控訴人CRC間の上記契約は,ETS−Vミッシ
ョン解析の支援であり,本件プログラム1及び2の場合と同様に,控訴人の
解析作業を支援するためのものであって,被控訴人CRCのmは,控訴人の
職務を補助するものとして,控訴人の指示監督の下で,控訴人と共同でプロ
グラミング作業を行い,本件プログラム6を完成させたものと認められる。
この点について,原判決は,控訴人が,「本件プログラム3の形成に当た
って,定式化,アルゴリズム等の技術資料を提示したものであるが,プログ
ラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足
りる証拠はなく,これらの諸活動をもって,原告の思想又は感情を創作的に
表現すると評価される行為ということはできない。」(131頁1行目ない
し6行目)と判示しているが,上記説示に照らして失当である。
控訴人は,本件プログラム3は,本件プログラム13の派生物であり,控
訴人の指示の下で,被控訴人CRCの担当者が,入出力整備と自動図化機能
の陳腐なプログラム付加の単純作業をしただけである旨主張する。
しかし,mは,控訴人から,CNESにおいて発表した論文,入出力条件
を指示され,プログラムの概念設計,詳細設計,具体的なプログラミングを
行い,控訴人においてチェック,検証を受けて,本件プログラム3を完成さ
せたのであり,控訴人は,mと連名で,上記プログラムの作成作業に関して
学会発表,論文発表をしている。そうすると,mの作業は,単純作業ではな
く,創意工夫のあるものであったことがうかがわれるのであり,同人が入出
力整備と自動図化機能の陳腐なプログラム付加の単純作業をしただけである
とする控訴人の主張は,失当である。
したがって,控訴人は,被控訴人CRCのmと共同で本件プログラム6を
創作した者というべきである。
4本件各プログラムについて,職務著作として事業団が著作者となるか(争点
2)について
()法は,2条1項1号において,「著作物」とは,「思想又は感情を創作的1
に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものを
いう。」と定義し,これを受け,同項2号において,「著作者」とは,「著
作物を創作する者をいう。」と定義しているところ,思想又は感情を創作的
に表現し得るのは自然人のみであるから,元来,著作者となり得るのは自然
人である。しかし,他方で,法は,旧15条において,「法人その他使用者
(以下この条において『法人等』という。)の発意に基づきその法人等の業
務に従事する者が職務上作成する著作物で,その法人等が自己の著作の名義
の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その
他に別段の定めがない限り,その法人等とする。」と規定し,現行15条に
おいては,「1法人その他使用者(以下この条において「法人等」とい
う。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作
物(プログラムの著作物を除く。)で,その法人等が自己の著作の名義の下
に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に
別段の定めがない限り,その法人等とする。」,「2法人等の発意に基づ
きその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著
作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限
り,その法人等とする。」と規定しており,法人等が著作者になり得るもの
としている。このような法の規定の仕方にかんがみると,法は,旧15条及
び現行15条1項を通じて,著作行為をし得るのは,自然人であるとの前提
に立ちつつ,著作権取引等の便宜を考慮し,法人等において,その業務に従
事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著
作物を作成し,これが法人等の名義で公表されるという実態があることにか
んがみ,法人等を著作者と擬制し,所定の著作物の著作者を法人等とする旨
規定したものであるが(最高裁平成15年4月11日第二小法廷判決・判時
1822号133頁参照),プログラムの著作物については,プログラムの
多くが,企業などの法人において多数の従業員により組織的に作成され,そ
の中には,本来公表を予定しないもの,無名又は作成者以外の名義で公表さ
れるものも多いという実態があるなどプログラムの特質にかんがみ,現行1
5条2項において,公表名義を問うことなく,法人等が著作者となる旨定め
たものと解するのが相当である。
ところで,職務著作が成立するためには,上記のとおり,「法人等の発
意」があり,「法人等の業務に従事する者」による「職務上作成する著作
物」であり,さらに,旧15条においては,「法人等が自己の著作の名義の
下に公表するもの」であることをも要件としている。そして,昭和60年法
律第62号附則2項により,現行15条2項の規定は,同法の施行(昭和6
1年1月1日)後に創作された著作物について適用され,同施行前に創作さ
れた著作物については,旧15条が適用されるところ,前記2及び3の認定
判断に照らせば,本件各プログラム(ただし,著作物性が否定される本件プ
ログラム11を除く。)のうち,本件プログラム3についてのみ現行15条
2項が適用され,その余は旧15条が適用されることとなる。
「法人等の発意」の要件については,法人等が著作物の作成を企画,構想
し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従事
する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には,法人等の発意があ
るとすることに異論はないところであるが,さらに,法人等と業務に従事す
る者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,業務に従事する
者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承
諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定
又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすと解するのが相当で
ある。
また,「職務上作成する著作物」の要件については,業務に従事する者に
直接命令されたもののほかに,業務に従事する者の職務上,プログラムを作
成することが予定又は予期される行為も含まれるものと解すべきである。
さらに,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」の要件につい
ては,公表を予定していない著作物であっても,仮に公表するとすれば法人
等の名義で公表されるべきものを含むと解するのが相当である。
本件についてみると,控訴人は,本件各プログラムの作成時において,事
業団に雇用され,事業団の開発部員として,事業団の業務に従事する者であ
ったから,「法人等の業務に従事する者」であることが明らかである。また,
事業団には,職員作成のプログラムについて,職員を著作者とする旨を定め
る就業規則等はなく,控訴人と事業団との間においても,同旨を定める契約
等はなかったことは,前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理
由」欄の「第2事案の概要」の1()のとおり,当事者間に争いがない。5
そうすると,本件において職務著作の成否を検討するに当たっては,①
「法人等の発意」があり,②「職務上作成する著作物」であって,③「法人
等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であるとの要件を満たすか(た
だし,本件プログラム3については,③の要件が不要であることは,前述の
とおりである。)が問題となるので,順次,検討する。
()本件プログラム15及び19について2
ア前記1()認定の事実によれば,事業団では,ロケットや人工衛星の全1
体的把握とシステム運用・ミッション達成の業務遂行のために各種プログ
ラムの開発が必要であったことから,技術系職員の間で,プログラム作成
は,ほぼ必須のものとされ,昭和52年4月には,事業団の開発業務に係
るソフトウェアの開発及び整備に関する業務を有効かつ適切に実施するた
め,ソフトウェア委員会が設けられたこと,控訴人は,昭和49年4月1
日,事業団に任用され,開発部員として辞令を受け,昭和52年1月11
日,飛行安全管理室から試験衛星設計グループ(組織改正後は衛星設計第
1グループ)に異動となり,上司のaの指示を受け,aの留学の後には,
その後任として,ECS用ミッション解析プログラム群の作成,とりまと
めを担当し,他の同グループ部員とともに,事業団により認可されたEC
S用のミッション解析及びそのプログラム群の作成に従事しており,この
ような状況の中で,ECS用のミッション解析及びそのプログラム群に含
まれる本件プログラム15及び19を作成したことが認められる。
イ「法人等の発意」の要件についてみると,控訴人は,ECS用のミッシ
ョン解析及びそのプログラム群の作成に従事していたところ,上記各プロ
グラムの作成は,上司のaの指示を受け,aの留学の後には,その後任と
して,プログラム作成に当たったものであるから,控訴人が,法人等から
作成を命じられたプログラムであるというべく,上記各プログラムの作成
について,事業団の発意を認めるのが相当である。
ウ「職務上作成する著作物」の要件についてみると,本件プログラム15
及び19は,ECS用のミッション解析及びそのプログラム群の作成に従
事していた中で,そのプログラム群に含まれるものであったのであるから,
控訴人の「職務上作成する著作物」であることが明らかである。
エ「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」の要件についてみる
と,本件プログラム15及び19は,いずれも,前記のとおり,事業団,
特に試験衛星設計グループの遂行しているECSミッション解析プログラ
ム群に含まれるプログラムであり,現実に公表はされていないが,公表さ
れるとすれば,当然,事業団の名義により公表されるべきものであると認
められる。
オ控訴人の主張について
(ア)控訴人は,控訴人の所属部門において,プログラムの作成は業務とし
て位置付けられていなかった,すなわち,当時控訴人が所属していた試
験衛星設計グループ,衛星設計第1グループは,他のグループ,例えば,
実用衛星を担当する衛星設計第2グループ等とのグループ間の調整や,
開発における外部委託業者の作業の監督(とりまとめ)等を業務として
いたのであり,解析プログラムの作成といった技術的事項についての研
究開発は,控訴人の職務の内容となっていなかった旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,事業団では,ロケットや人工衛星
の全体的把握とシステム運用・ミッション達成の業務遂行のために各種
プログラムの開発が必要であったことから,技術系職員の間で,プログ
ラム作成は,ほぼ必須のものとされ,昭和52年4月には,事業団の開
発業務に係るソフトウェアの開発及び整備に関する業務を有効かつ適切
に実施するため,ソフトウェア委員会が設けられたものである。控訴人
は,試験衛星設計グループに配属となった当初から,開発部員として,
上司のaから,ECS用に軌道伝播に関するプログラムを作成すること
を指示され,その後,aの後任として,ECS用ミッション解析プログ
ラム群の作成,とりまとめを担当して,本件プログラム15を完成させ,
引き続いて,ドップラーデータ等を用いたECSのアポジモータ燃焼時
解析について,本件プログラム15その他のプログラムを流用,改修,
発展させて,本件プログラム19を完成させたのであるから,これらの
プログラムの作成は,当時の控訴人の職務であったことが明らかであり,
控訴人の上記主張は,失当である。
(イ)控訴人は,ETS−Ⅱ又はECS用のプログラム作成は,事業団によ
り形式的に認可されたものの,人的・物的手当がされず,その作成提案
等の遂行は反対され続けたのであって,本件プログラム15及び19の
作成が控訴人の職務上されたということはできないと主張する。
しかしながら,事業団において,人的・物的手当がされず,その作成
提案等の遂行が反対され続けたことは,控訴人の陳述書(甲13)にそ
のような記載があるのみであって,本件全証拠をみても,そのような記
載に対応する事実があったことを裏付ける客観的な証拠を見いだすこと
はできない。
かえって,本件プログラム15は,控訴人が,試験衛星設計グループ
配属後,当時の上司であったaから指示を受けて,その作成を始めたも
のであり,aは,ETS−Ⅱ用に作成されたプログラムをECS用に改
修することも含めて,ECSのミッション解析プログラムの体系化を目
指しており,その一環として控訴人に上記指示をしたものである。本来,
ETS−Ⅱ及びECSは,開発に必要なプログラム等を共用することが
予定されており,ミッション解析プログラム群を整備して体系化し,こ
れをECS用にも用いるようにすべきことは,事業団において認可され
た業務であって,控訴人は,aの後任として,これらの業務の中心的な
存在であったのであるから,その中で完成された本件プログラム15及
び本件プログラム15のサブルーチンの一部も用いている本件プログラ
ム19の作成は,当時,控訴人の職務であったものと認められる。
したがって,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものであり,失当
である。
(ウ)控訴人は,本件プログラム15は,控訴人が,大学院時代に購入した
多数の文献に基づいて,新たに創造した,一般的で複雑な軌道伝播プロ
グラムであり,本件プログラム19も同様であって,いずれも,控訴人
が「個人の自由な研究活動」の継続から独力で作成したものである旨主
張する。
しかし,控訴人は,大学院において宇宙工学を学んだからこそ事業団
に技術者として採用され開発部員として勤務しているのであり,配属さ
れた試験衛星設計グループで,ECS用に軌道伝播に関するプログラム
の作成を指示されているのであるから,控訴人が大学院時代に購入した
多数の文献に基づいてプログラムを作成することは,控訴人の職務にほ
かならない。
(エ)控訴人は,事業団の昭和52年度の予算要求書(乙100)と認可書
(乙88)に「ECSミッション解析」の項目がないから,控訴人の職
務ではなかった旨主張する。
しかし,前記のとおり,衛星プロジェクトにおいて数値解析は,不可
欠であり,その解析の一つであり,衛星設計を進める上で,軌道,姿勢
等に関連して必要となる一連の解析である「ミッション解析」が不可欠
なことも明らかである。そして,事業団では,昭和52年6月20日付
けで「静止衛星ミッション解析用プログラムの開発状況および作業範囲
/分担」が提案され,同年10月12日に認可されているから,「ミッ
ション解析」が当時の控訴人の職務に含まれていたことは,明らかであ
る。
控訴人が主張する,事業団の昭和52年度の予算要求書(乙100)
と認可書(乙88)に「ECSミッション解析」の項目がなかったこと
の理由については,証拠上,必ずしも明らかではないが,そのことから,
直ちに,控訴人の職務ではないことに結びつくわけではない。
したがって,控訴人の主張は,失当というほかない。
カ以上によると,本件プログラム15及び19は,職務著作として,事業
団がその著作者となるものというべきである。
()本件プログラム4(SPD)について3
前記1()によれば,上記各プログラム作成は,事業団が,ECSの電波4
途絶のトラブルを受け,その原因究明及び特定のため,アポジモータ燃焼時
の衛星挙動を解析するための作業の一環として,事業団において認可され,
控訴人及びcとが担当した業務であり,また,前記3()によれば,被控訴3
人CRCのd,e及びfが,控訴人らの業務を補助し,控訴人らの指示監督
の下で,控訴人らと共同でプログラミング作業を行い,完成させたのである
から,控訴人が,事業団から作成を命じられたプログラム,あるいは,控訴
人らが事業団の承諾を得て作成したものであるというべく,本件プログラム
4の作成について,事業団の発意を認めるのが相当である。
また,本件プログラム4は,上記の経過で作成されたものであるから,控
訴人の「職務上作成する著作物」であることが明らかである。
そして,本件プログラム4は,上記のとおりのプログラムであり,現実に
公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の名義により公
表されるべきものであると認められる。
以上によると,本件プログラム4は,職務著作として,事業団がその著作
者となるものというべきである。
()本件プログラム5(DOPPLER〔B063〕)について4
前記1()によれば,本件プログラム5については,実験用静止通信衛星5
ECS−bが打ち上げられたが,アポジモータ燃焼中に電波途絶という結果
となり,事業団において,その原因解明と検証の作業が行われ,控訴人は,
ドップラーデータからの,決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量推定
を試みることとし,事業団において認可され,また,前記3()によれば,4
被控訴人CRCのeらは,控訴人らの指示監督の下で,控訴人らと共同でプ
ログラミング作業を行い,控訴人らの責任で本件プログラム5を完成させた
ものであるから,控訴人が,事業団から作成を命じられたプログラム,ある
いは,控訴人らが事業団の承諾を得て作成したものであるというべく,本件
プログラム5の作成について,事業団の発意を認めるのが相当である。
また,本件プログラム5は,上記の経過で作成されたものであるから,控
訴人の「職務上作成する著作物」であることが明らかである。
そして,本件プログラム5は,前記1()のとおりのプログラムであり,5
現実に公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の名義に
より公表されるべきものであると認められる。
以上によると,本件プログラム5は,職務著作として,事業団がその著作
者となるものというべきである。
()本件プログラム12(KALMAN〔オリジナル,6次元〕)について5
ア前記1()によれば,(ア)控訴人は,昭和55年8月14日から昭和56
7年2月17日までの間,昭和55年度海外委託研修生として,かつ,フ
ランス政府給費留学生として,フランスのCNESのツールーズ宇宙セン
ターに留学したこと,(イ)事業団の海外委託研修計画に基づく留学生の派
遣期間は12か月以内が原則であったところ,フランス政府給費留学生と
しては1年間の給費留学期間の延長が認められることになったので,事業
団では,控訴人からの留学期間延長の願い出により,休職の措置とするこ
とで1年間の延長が認められ,昭和56年8月18日以降は,給与は通常
の金額の100分の70に減額されるが,健康保険法,雇用保険法及び厚
生年金保険法上の取扱いも変更されなかったこと,(ウ)控訴人は,上記留
学中の昭和56年4月1日付けで,開発部員から副主任開発部員に昇格し
たこと,(エ)控訴人は,事業団に対して,CNESにおける研修の内容
(技術研修〔Stage〕)として,「(A)軌道上での人工衛星の力学
に関する研究;下記の3つのテーマからなる。①地球周回或いは,月周
回軌道に対する,ランデブ・ドッキングの問題について,時間,燃料等の
制約条件下での,最大最小法及びエンケの摂動法を用いて,解析を行う。
②アリアンロケット或いはスペースシャトルで規定される重量の深宇宙
探査機のミッション解析の問題について,パッチド・コニック法及びフラ
イバイ法等の手法を用いて,解析を行う。③固体或いは,液体のアポジ
モータ燃焼中に於る,静止衛星のダイナミックスの問題について,ジェッ
トダンピング,液体のスロッシングの効果を考慮して,解析を行う。(B)
CNESで計画中のプロジェクトに関する調査研究;①アリアンロケ
ットで打上げられる人工衛星の解析運用ソフトウェアのシステムに関する
調査研究。②スペースラブ,宇宙ステーションに関する将来プロジェク
トの調査研究。」を掲げ,「研修の効果」として,「人工衛星の設計/運
用に係る『ミッション解析』は,NASDA,ひいては,我が国の宇宙開
発に於て,立ち遅れている分野の一つである。それ故,今後の人工衛星,
宇宙船及び大規模宇宙構造物等に対する『ミッション解析』を行う上で,
更に,現在計画中である『人工衛星ソフトウェア体系化計画』の長期/短
期構想の立案の上で,研修成果を反映させたいと考える。」と記載してい
たところ,当時,用いられていたバッチ・イタレーション法に代わる人工
衛星の軌道推定方式として,より精密に人工衛星の軌道を推定し得るカル
マン・フィルタの研究を進め,その理論を適用する対象としてCNESの
SOLARIS衛星を選び,昭和56年10月,ランデブー解析プログラ
ム「TAKAKO」を作成したこと,(オ)控訴人は,帰国後に,事業団の
幹部会における報告の中で,「1研修課題」を「軌道力学を主体としたミ
ッション解析法の習得」にあったとし,「課題1」として「CNESのラ
ンデブ計画に対する1つの予備的ミッション解析」を挙げ,「マヌーバ計
画作成の為のシミュレーション」の項において,「Strategyに従って決ま
るランデブ迄のマヌーバシーケンスに基づいて,Ariane投入軌道誤差の全
体推移のシミュレーションを実施した。これにより,マヌーバ点での軌道
誤差増大傾向並びに誤差伝播傾向,及び,地上局/静止衛星局(TDR
S)からの可視に従ってのKalmanフィルタによる軌道/誤差推定,誤差共
分散の収束傾向が把握された。」,「以上から,Solarisプロジェクトの
システムサーチに対する1つのデータ提供と共に,現在,CNESでは,
最小二乗法による軌道決定が現用で,SPOTミッションに際して,更に
精度の高い決定法の検討を行って居るが,これに対する1つの新しい方法
の提供/確立が成されたと考える。」,「尚,本解析プログラムは,約1
6000ステップが新規開発された。」と述べ,カルマンフィルタを利用
したCNESの衛星のランデブー解析プログラムを作成し,その有用性を
確認した旨の,カルマンフィルタによる解析プログラムについて海外研修
の成果として報告したこと,(カ)その後,これを更に発展させてカルマン
フィルタを用いた本件プログラム13を昭和58年1月に作成したことが
認められる。
そして,前記1(6)エのとおり,当時,用いられていたバッチ・イタレ
ーション法に代わる人工衛星の軌道推定方式として,定係数線形フィルタ
を用いる方法とカルマンフィルタ(非線形フィルタ)を用いる方法が考え
られており,両者を比較した場合,カルマンフィルタは,高精度な値を求
めることができる反面,計算ステップ及び記憶容量が大きくなるという欠
点があるのに対し,定係数線形フィルタは,カルマンフィルタほど精度は
高くないが,飛行軌道を簡単な計算で瞬時に求めることが可能であり,実
務的にみて,軌道推定プログラムとして,カルマンフィルタを用いるより
定係数線形フィルタを用いるべきであるとする意見が優勢であったとして
も,それは事業団内部の技術論争であって,カルマンフィルタについての
研究自体は,事業団において,定係数線形フィルタとともに怠ることので
きないものであり,カルマンフィルタの研究は,事業団において不可欠の
業務であったものと認められる。
イ「法人等の発意」及び「職務上作成する著作物」の要件については,控
訴人の職務の遂行上,本件プログラム12の作成が予定又は予期されてい
たかどうかが問題となる。
まず,控訴人の研修期間中の職務についてみると,控訴人は,事業団の
海外委託研修生であり,留学前,あらかじめ,CNESにおける研修の内
容,研修の効果を記載した「海外研修計画」を提出していたのであるから,
控訴人の研修中の職務は,上記「海外研修計画」に沿った研修であるとこ
ろ,研修の内容として,「CNESで計画中のプロジェクトに関する調査
研究」の一つとして「アリアンロケットで打上げられる人工衛星の解析運
用ソフトウェアのシステムに関する調査研究」があり,ランデブー解析プ
ログラム「TAKAKO」とともに作成された「CNES計画のSOLA
RISプロジェクトのためのアプローチフェーズ・ランデブーの予備的ミ
ッション解析」と題する論文(甲5)においては,控訴人の留学前の身分
である「日本宇宙開発事業団衛星設計第1グループ技師」との肩書を付し
ており,さらに,カルマンフィルタによる解析プログラムについて海外研
修の成果として報告していたのである。そうすると,ランデブー解析プロ
グラム「TAKAKO」にサブルーチンとして包含される本件プログラム
12の作成は,上記「海外研修計画」の記載から,事業団において,控訴
人の研修の成果として予定又は予期し得るものであったというべきである。
したがって,本件プログラム12は,控訴人の研修期間中の職務の遂行
上,その作成が予定又は予期されていたということができるから,「法人
等の発意」があり,控訴人による「職務上作成する著作物」に当たるとい
うべきである。
なお,同プログラムは,前記1()キのとおり,事業団及び被控訴人機6
構が,控訴人による本訴提起後に,初めて,その存在を知ったものではあ
るが,一般に,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従
事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,
「法人等の発意」の要件を満たすことは,前記()のとおりであるから,1
上記の点は,「法人等の発意」を認めることの妨げとなるものではない。
ウ控訴人は,CNESへの留学が個人留学であり,事業団を休職中に,個
人の自由な研究活動の継続として,独自に,本件プログラム12を作成し
たものであり,事業団はプログラム作成費用を負担しておらず,留学の目
的は,「国外の文化を学び国際人として広く知見を深める」ことなどであ
って,業務と切り離されていた旨主張する。
しかし,上記認定のとおり,控訴人のCNESへの留学が個人留学でな
いことは明らかである。事業団は,留学中に控訴人を昇格させ,また,控
訴人の留学期間延長の希望に配慮して,一応,休職という形を取りつつ,
昭和56年8月18日以降でも,通常の金額の100分の70の給与を支
給し,健康保険法,雇用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いも変更しな
かったのであって,事業団による給与が,プログラム作成も含めたフラン
スでの控訴人の公私の生活の大半を支えたことは明らかである。控訴人の
研修中の職務は,自らが「海外研修計画」に記載したとおりであって,単
に「国外の文化を学び国際人として広く知見を深める」ことであるという
ことはできない。
控訴人の上記主張は,いずれも,失当である。
エ控訴人は,事業団は,本件プログラム12の作成費用及びCNESの大
型コンピュータ使用料を負担しておらず,所定の休職時の社会保険が支給
されたが,これは,プログラム作成費用ではない旨主張する。
しかし,上記のとおり,事業団による給与がプログラム作成も含めたフ
ランスでの控訴人の公私の生活の大半を支えていたのであるから,事業団
が,間接的に,本件プログラム12の作成に係る費用を負担していること
は,明らかである。
仮に,控訴人が,自ら本件プログラム12についてのCNESの大型コ
ンピュータ使用料等を負担したとしても,控訴人の職務として本件プログ
ラム12を作成したとの認定を左右するものでもない。
オ控訴人は,事業団は,控訴人がフランス留学中に作成したプログラムに
ついて,著作権を始めとする,著作者としてのすべての権利が控訴人に帰
属することを認めていた旨主張する。
そこで,控訴人が帰国した後の事業団の対応について検討すると,証拠
(甲71ないし74)によれば,次の事実が認められる。
(ア)控訴人は,昭和60年10月25日,「人工衛星開発本部技術試験衛
星G総括開発部員」との発信者名で,調査国際部長(技術情報課)あて
に,「標記の件に関して,別添の通り,NASDA職員が,インハウス
/個人独自に開発した計算機ソフトウェアの所有権を主張して居ります
が,本件に関して,NASDAとしては,個人への所有権認可或いは分
割等が可能であるか御検討下さい。」などといった内容が記載され,同
年11月6日付けで控訴人作成名義の「計算機ソフトウェアの所有権の
申請」(案)と題する文書の添付された「計算機ソフトウェアの所有権
について」と題する業務連絡(甲71)を提出した。上記「計算機ソフ
トウェアの所有権の申請」(案)と題する文書には,対象プログラムを
3個掲げ,そのうちの一つ「ABM燃焼中の衛星状態量の確率論的推定
プログラム(呼称KALMAN−1,2,3,等,約五千Step
s」)」は,申請者(控訴人)がCNES留学中に開発したプログラム
であることを理由としていた。
(イ)筑波宇宙センター所長は,昭和61年2月3日付けで,総務部企画調
整課,人事課,調査国際部,人工衛星開発本部の各長あてに,「コンピ
ュータ・プログラムの著作物化に対する対応策(その2)」と題する業
務連絡(甲72)を発信し,そこには,プログラムの著作物化に関する
問題点として,「留学中に作成したプログラムの著作権は,職務著作の
要件を欠いており,個人に帰属すると解釈される。従って規程等の見直
しが必要である。」と記載されており,この業務連絡には,文化庁,日
本著作権協議会,弁護士に相談した結果をまとめた「職務上作成するプ
ログラムの権利帰属」に関する一応の調査結果が添付されていた。
(ウ)控訴人は,昭和61年3月11日付けで,「人工衛星開発本部技術試
験衛星G総括開発部員」との発信者名で,調査国際部長あてに,上記
(ア)に対する回答を催促する内容の「『計算機ソフトウェアの所有権』
の回答について」と題する業務連絡(甲73)を発信した。
(エ)調査国際部長は,昭和61年3月27日付けで,上記(ウ)の「人工衛
星開発本部ETSG総括開発部員」あてに,「計算機ソフトウェアの所
有権について(回答)」と題する業務連絡(甲74)を発信したが,そ
れには,プログラム著作権の帰属に関して,「留学中開発プログラム
(1件)・・・個人に帰属」とされ,加えて,「職務/職務外にかかわ
らず宇宙開発事業に資する職員のソフトウェア著作権は,全面的に事業
団が承継するため,規程/手続きの整備作業中である。」と記載してい
た。
ところで,事業団における「業務連絡」については,事業団の内部規程
である「業務連絡文書の取扱いについて」(乙68)において,「社内の
各組織相互間の意思そ通の円滑化を図る手段として,また事務処理上の補
助手段として,軽易な内容の指示,依頼,照会,回答,通知等を行う場合
に用いるものとする。」,「なお,この業務連絡は,その内容が事業団の
意思決定そのものに関するもの,例規的なもの又は基準的なもの等には用
いないものとする。」とされ,事業団内部の軽易な内容についての連絡文
書であり,事業団の意思を表示するものでないことが明らかにされている。
したがって,筑波宇宙センター所長の業務連絡又は調査国際部長の業務
連絡をもって,事業団において,控訴人がフランス留学中に作成したプロ
グラムについて,著作権を始めとする,著作者としてのすべての権利が控
訴人に帰属することを認めていたとすることはできない。
カ進んで,「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」との要件に
ついて検討する。
(ア)前記1()オのとおり,控訴人は,昭和56年10月,ランデブー解6
析プログラム「TAKAKO」を作成し,また,昭和57年1月に,
「CNES計画のSOLARISプロジェクトのためのアプローチフェ
ーズ・ランデブーの予備的ミッション解析」と題し,自己の氏名に留学
前の身分である「日本宇宙開発事業団衛星設計第1グループ技師」との
肩書を付した控訴人名義による英文の論文(甲5)を完成させ,上記論
文については,CNESのツールーズ宇宙センターにおいて,CNES
技術者たちを対象にして発表したことが認められる。
(イ)控訴人は,本件プログラム12及び論文を作成し,CNESにおいて
公表した旨主張するのに対し,被控訴人は,上記論文は,いずれも,ミ
ッション解析に関する計算式・理論式の研究の発表に関するものであっ
て,本件プログラム12のソースコードやオブジェクトコードを公表し
たものではないから,これらの論文発表を同プログラムの著作物の公表
ということはできない旨主張する。
法は,「著作物の公表」の意義について,「発行され,又は第22条
から第25条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾を得た者
によつて上演,演奏,上映,公衆送信,口述若しくは展示の方法で公衆
に提示された場合・・・において,公表されたものとする。」(4条1
項)と規定し,「公衆」の意義について,「この法律にいう『公衆』に
は,特定かつ多数の者を含むものとする。」(2条5項)と規定してい
るから,本件プログラム12を公表したといい得るためには,本件プロ
グラム12自体を,不特定多数又は特定かつ多数の者に対して,口述,
展示等の方法により提示されることを要するものと解すべきである。
本件についてみると,控訴人は,陳述書(甲156)において,「本
論文は,私が個人留学時に作成したKALMAN(6次元,オリジナ
ル)(注,本件プログラム12)・・・を用いた解析結果をまとめた論
文です。私は,同論文及び同プログラムを,留学先のフランスCNES
ツールーズ宇宙センターで,CNES技術者たちに公表しています。当
時,NASDAは,私の個人研究には関知せず,非職務でした。本訴後
の,被告も,同プログラム存在や論文や公表などについては知らないと
弁明しています。つまり,本発表は,私の個人研究の公表であり,私が
KALMAN(6次元,オリジナル)の唯一の著作権者であることは明
白です。」と述べているところ,証拠(甲5)によると,上記論文には,
ランデブー解析プログラム「TAKAKO」の理論及び使用の手引が記
載されているが,同プログラムのソースコードやオブジェクトコードに
ついては,記載されていないことが認められる。
その他,本件全証拠を検討しても,控訴人が,本件プログラム12自
体を,自己の名義で,不特定多数又は特定かつ多数の者に対して,口述,
展示等の方法により提示したことを認めるに足りない。
そうすると,本件プログラム12は,いまだ,控訴人の名義で公表さ
れているとはいい難い。
(ウ)そして,控訴人が帰国後に,カルマンフィルタを利用したCNESの
衛星のランデブー解析プログラムを作成し,その有用性を確認した旨の,
カルマンフィルタによる解析プログラムについて海外研修の成果として
報告したことなどの諸事情にかんがみると,本件プログラム12は,公
表されるとすれば,事業団の名義の下に公表されるべきものであったと
いうことができ,法旧15条の「法人等が自己の著作の名義の下に公表
するもの」であるとの要件を満たすものである。
キ以上によれば,本件プログラム12の作成は,事業団の職務著作である
というべきである。
()本件プログラム13(KALMAN〔オリジナル,9次元〕)について6
ア前記1()認定の事実によれば,控訴人は,昭和57年7月20日,昭7
和57年度の業務計画明細書(甲48)とともに,ドップラーデータに基
づき,カルマンフィルタを用いた解析実施を提案したが認可されず,再度,
同様の提案をするに当たって,事業団の認可がないままに,本件プログラ
ム13を作成したものである。
イところで,前記1(6)エのとおり,当時,用いられていたバッチ・イタ
レーション法に代わる人工衛星の軌道推定方式として,定係数線形フィル
タを用いる方法とカルマンフィルタ(非線形フィルタ)を用いる方法が考
えられており,両者を比較した場合,カルマンフィルタは,高精度な値を
求めることができる反面,計算ステップ及び記憶容量が大きくなるという
欠点があるのに対し,定係数線形フィルタは,カルマンフィルタほど精度
は高くないが,飛行軌道を簡単な計算で瞬時に求めることが可能であり,
実務的にみて,軌道推定プログラムとして,カルマンフィルタを用いるよ
り定係数線形フィルタを用いるべきであるとする意見が優勢であったこと
が認められる。しかし,それは,事業団内部の業務運営上の技術論争であ
って,カルマンフィルタについての研究自体は,事業団において,定係数
線形フィルタとともに怠ることのできないものであり,しかも,理論的に,
軌道推定プログラムとして,カルマンフィルタが有効であることには変わ
りがなく,事業団の認可の有無にかかわらず,控訴人によるドップラーデ
ータに基づき,カルマンフィルタを用いた解析実施の提案は,事業団にと
って意味があったものということができる。現に,前記1()のとおり,11
事業団は,控訴人の提言を受けて,本件プログラム13を改修する必要が
あると判断し,本件プログラム3(KALMAN−1〔9次元〕)の開発
を進めているのである。また,前記1()ウのとおり,本件プログラム17
3について,筑波宇宙センターの追跡管制開発室から,本件プログラム1
3は,パラメータ,バイアス誤差に問題があり,このままでは,アポジモ
ータ燃焼中のリアルタイム的な推定には使えない旨の意見が出され,変更
を求められているが,前記1()エにかんがみると,飽くまでも業務運営6
上の技術論争と推測されるところである。
そして,控訴人は,上記のとおり,自己の職務として,昭和57年度の
業務計画明細書とともに,ドップラーデータに基づき,カルマンフィルタ
を用いた解析実施を提案しており,更に検討を重ねていたのである。
したがって,控訴人による本件プログラム13の作成を,事業団が認可
していなかったとしても,控訴人の職務の遂行上,その作成が予定又は予
期されるものであったと認めるのが相当であり,「法人等の発意」の要件
を満たすものというべきである。
ウ控訴人は,本件プログラム13の作成やそれに基づいた開発方針の提案
はことごとく反対され,本件プログラム13の作成はすべて控訴人が独力
で行ったものであって,事業団は,その作成費用を支出してもいないから,
職務上の作成とはいえない旨主張する。
しかし,事業団において実用衛星及び地球観測衛星を除く人工衛星の開
発は,多角的に進められ,その中から事業団内部での取捨選択により認可
するもの認可しないものがあったとしても,そのすべてが事業団の業務で
あって,事業団において認可されなかったからといって,事業団の業務か
ら切り離されて,控訴人の職務との関連性が否定され,私的なものとなる
わけではない。しかも,上記のとおり,事業団内部で,カルマンフィルタ
を用いるより定係数線形フィルタを用いるべきとするのが優勢であったた
め,事業団が,その政策的な判断により,カルマンフィルタに係る控訴人
の提案を採用しなかったからといって,カルマンフィルタの研究やプログ
ラムの作成が否定されているものでないことは,上述したとおりである。
また,本件プログラム13は,上記の経過で作成されたものであるから,
控訴人の「職務上作成する著作物」であることが認められる。
そして,本件プログラム13は,前記1()のとおりのプログラムであ7
り,現実に公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の
名義により公表されるべきものであると認められる。
エ以上によると,本件プログラム13は,職務著作として,事業団がその
著作者となるものと認められる。
()本件プログラム1(DYNA)及び2(STAT)について7
前記1(),()認定の事実によれば,控訴人は,昭和58年4月から,衛89
星設計第1グループにおいて,ETS−Vの開発に携わっており,ETS−
Vの静的スピン安定性のみならず,動的スピン安定性についても解析作業を
行う必要があると考えたが,MELCO及び事業団において消極的であった
ことから,自ら,スロッシングの問題を解析するプログラム作成のための方
程式導入,定式化,アルゴリズム作成に着手し,事業団の認可を得て,被控
訴人CRCを指示監督して,本件プログラム1及び2を作成したものである。
そうすると,事業団において,控訴人が職務上,本件プログラム1及び2
を作成することは,当然に予定又は予期されていたものであり,事業団の発
意を認めるのが相当である。
次に,本件プログラム1及び2は,上記のとおりの経過を経てプログラミ
ング作業の成果として作成されたものであるから,控訴人の職務上作成され
たものであると認められる。
そして,本件プログラム1及び2は,前記1()のとおりのプログラムで9
あり,現実に公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の
名義により公表されるべきものであると認められる。
以上によると,本件プログラム1及び2は,職務著作として,事業団がそ
の著作者となるものと認められる。
()本件プログラム6(DYNA−A)について8
前記1()認定の事実によれば,本件プログラム6は,本件プログラム110
に機能を追加するというものであり,事業団の認可を得て,被控訴人CRC
を指示監督して,本件プログラム6を作成したものである。
そうすると,事業団において,控訴人が職務上,本件プログラム6を作成
することは,当然に予定又は予期されていたものであり,事業団の発意を認
めるのが相当である。
次に,本件プログラム6は,上記のとおりの経過を経てプログラミング作
業の成果として作成されたものであるから,控訴人の職務上作成されたもの
であると認められる。
そして,本件プログラム6は,前記1()のとおりのプログラムであり,10
現実に公表はされていないが,公表されるとすれば,当然,事業団の名義に
より公表されるべきものであると認められる。
以上によると,本件プログラム6は,職務著作として,事業団がその著作
者となるものと認められる。
()本件プログラム3(KALMAN−1〔9次元〕)について9
ア前記1()認定の事実によれば,控訴人は,KALMANプログラムを11
6次元から9次元に改修する必要があると考え,事業団の認可を得て,被
控訴人CRCを指示監督して,本件プログラム3を作成したものである。
そうすると,事業団において,控訴人が職務上,本件プログラム3を作
成することは,当然に予定又は予期されていたものであり,事業団の発意
を認めるのが相当である。
次に,本件プログラム3は,上記のとおりの経過を経てプログラミング
作業の成果として作成されたものであるから,控訴人の職務上作成された
ものであると認められる。
なお,本件プログラム3については,前記()のとおり,現行15条21
項が適用されるから,旧15条の「法人等が自己の著作の名義の下に公表
する」との要件は不要である。
以上によると,本件プログラム3は,職務著作として,事業団がその著
作者となるものと認められる。
5当審における控訴人の本件各プログラム全体にわたる主張について
()控訴人は,同人が,大学院時代に,本件各プログラムに係るスピンダイナ1
ミックス,状態量推定,静的安定性,軌道力学などといった各技術分野につ
いて勉学してきたため,本件各プログラム作成することができたのであるか
ら,控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果であり,たまたま事業団職員
となったからといって,その成果が侵害されてよいものではない旨主張する。
しかし,控訴人は,昭和49年4月1日,事業団に雇用されて以来,事業
団に対して労働に従事する義務を負うとともに,その報酬を受けていたもの
である。したがって,控訴人は,事業団に対して労働に従事するに当たり,
事業団の命ずる職務に従事しなければならないのであって,職務中に「個人
の自由な研究活動」をし得る立場にはない。
また,控訴人は,原判決は,本件各プログラムが控訴人の「個人の自由な
研究活動」の成果であるなどといった事実及び本件各プログラム作成の原点
すなわち「発意」が既に大学院時代に研究者としての控訴人に存在していた
ことを全く無視していると主張する。
しかし,本件各プログラムが控訴人の「個人の自由な研究活動」の成果と
いえないことは,上記のとおりである。しかも,本件で問題となるのは,本
件各プログラムが職務著作に当たるかどうかであり,法旧15条にいう「法
人等の発意」とは,前記4()のとおり,法人等が著作物の作成を企画,構1
想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従
事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合,さらには,法人と業
務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,業務
に従事する者が所定の職務を遂行している場合に,法人等の具体的な指示あ
るいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作
成が予定又は予期されるときを意味する概念であって,本件各プログラムの
作成者本人の動機等を問題にするものではない。
さらに,控訴人は,控訴人がたまたま事業団に採用されたからといって,
被控訴人に「個人の全人生や自由な研究活動」を売り渡した覚えはないとも
主張する。
しかし,本件全証拠を検討しても,控訴人と事業団との間には雇用契約が
あるのみであり,控訴人が,給与を得ながら職務中に「個人の自由な研究活
動」をし,その成果を控訴人に帰し得る旨の特別の合意の存在を認めること
はできない。
したがって,控訴人の上記主張は,いずれも採用することができない。
()控訴人は,控訴人開発のプログラムを,上司がメーカーに無償で横流しし,2
控訴人に内緒で,控訴人の解析結果や提案やプログラムなどを無断流用し,
さらに,事業団が,控訴人との協議を持つこともなく一方的に消去した旨主
張する。
しかし,前示のとおり,本件プログラム11を除く本件各プログラムは,
いずれも,職務著作に当たるものであって,作成した時点で著作権及び著作
者人格権が事業団に帰属するから,事業団は,これらのプログラムにつき,
随意に,著作者としての権利を行使することができるのである。
したがって,事業団の横流し,無断流用,無断消去をいう控訴人の主張は,
控訴人に上記プログラムの著作権及び著作者人格権があるという誤った前提
に立つものであって,そもそも,失当である。
なお,本件プログラム11が著作物といえないことは,前記2()のとお2
りであり,控訴人のいう,横流し,無断流用,無断消去は,そもそも問題と
なり得ない。
()控訴人は,本件プログラム関連の「チェック&レビュー」のための,EC3
Sミッション解析計画,ECS,ECS−b失敗の原因究明解析,人工衛星
解析ソフトウエア整備解析計画等を,ことごとく反対され,事業団の業務で
ないとして握りつぶされた旨主張する。
しかしながら,例えば,前記1()のとおり,ECS−b失敗の原因究明5
解析では,aは,温度解析による不具合原因の解明に当たり,一方,控訴人
は,ドップラーデータからの,決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量
推定を試みることとし,本件プログラム5を作成したところ,不具合対策委
員会では,決定的な原因解明は,aの検討していた温度解析によるものとし,
控訴人のドップラー解析は,補完的なものと位置付けたが,事業団は,本件
プログラム5の作成に反対しておらず,むしろ,その作成を認可し,被控訴
人CRCと契約を締結して,控訴人の職務を支援させているのである。
また,前記1(),()のとおり,ETS−Vの開発に関し,MELCOが89
控訴人の問題点指摘に十分に応じなかったため,MELCOとの間で技術論
争となったことがあるが,選択肢のある論争において,選択されなかったか
らといって,控訴人の業績のすべてを否定しているものでないことは,明ら
かである。
さらに,前記1()のとおり,控訴人の作成した「カルマン7KalmanFilter
フィルタによるABM燃焼中の衛星動特性推定及び投入ドリフト軌道推定解
析」に基づく,カルマンフィルタを用いた解析実施の提案に対し,筑波宇宙
センターの追跡管制開発室から,控訴人の理論に対する異論が提示され,変
更を求められたからといって,控訴人の業績を否定するものではなく,これ
を握りつぶすものでもないことは,明らかである。
その他,本件全証拠を検討しても,事業団が,控訴人の業績を,事業団の
業務ではないとして握りつぶしたと認め得る客観的な証拠は見当たらない。
上記のとおり,控訴人の提案あるいは意見が通らなかったことが複数回存
在したが,それは,事業団の目標達成のためにどの提案あるいは意見を採用
するかは,事業団の業務運営上の判断であるばかりでなく,少なからず,控
訴人の提案あるいは意見を事業団が認可したこともあるのであり,たとえ,
控訴人の提案あるいは意見が採用されない場合があったとしても,控訴人の
した研究,開発が無意味なものとなるわけではなく,少なくとも,事業団の
目標達成のために,複数の提案あるいは意見が出されることは,比較の上か
らも,議論を深める上でも重要なことといわなければならない。また,控訴
人が事業団の横流し,無断流用,無断消去と主張することからすれば,本件
各プログラムは,事業団において生かされていることになり,控訴人のした
研究,開発が無意味なものではなかったことを自ら裏付けているものである。
()控訴人は,事業団は,研究機関ではなく,予算とスケジュールのみを管理4
し,技術は受託業者任せであり,このような事業団の業務実態の下で,職員
の「個人の自由な研究活動」を,業務と切り離し,緩やかに容認しており,
特に,職員による解析などは,非職務,個人研究として黙認していたとし,
これを前提に,個人的プログラムは,個人的なもので,事業団の業務から切
り離され,業務管理の対象外とされていたから,本件各プログラムの著作権
及び著作者人格権は,作成者である控訴人個人に帰属する旨主張する。
しかし,前記1()ないし()に認定した事情によれば,事業団が,控訴111
人の主張するようなものでなかったことは明らかであり,本件各プログラム
の著作権及び著作者人格権の帰属を争う控訴人の上記主張は,その前提を欠
くものである。
()控訴人は,事業団内部において,技術管理体制を整備すべき旨提案し,控5
訴人が開発したプログラムについては,控訴人が管理保存し,他の職員が控
訴人に使用許可を申請すべきことなどを取り決めた上,この取決めに従って,
控訴人開発のプログラムの使用申請に対し,控訴人が著作権者であることを
明記して,使用を許可していたとし,本件各プログラムの著作権及び著作者
人格権が控訴人に帰属することを事業団が認めていた旨主張する。
しかし,証拠(甲80ないし86)によれば,控訴人のいう使用許可とい
うのは,人工衛星開発本部,ロケット開発本部(H−Ⅱロケットグループ),
N−Ⅱ,H−Ⅰロケットグループ,システム技術開発部,技術試験衛星グル
ープ等の事業団の組織間で作成され交換された「業務連絡」であり,控訴人
は,人工衛星開発本部の担当者としてプログラムの貸出事務を行っているに
すぎないものと認められ,また,事業団における「業務連絡」については,
内部規程において,「なお,この業務連絡は,その内容が事業団の意思決定
そのものに関するもの,例規的なもの又は基準的なもの等には用いないもの
とする」とされ,事業団内部の軽易な内容についての連絡文書であり,事業
団の意思を表示するものでないことは,前記4()オ(エ)のとおりであるから,5
控訴人の上記主張は失当である。
()以上によれば,控訴人の本訴請求中,控訴人と被控訴人らとの間において,6
本件各プログラムについて控訴人が著作権及び著作者人格権を有することの
確認を求める請求(主位的請求)は,いずれも理由がない。
6本件プログラム2は本件プログラム11を,本件プログラム3は本件プログ
ラム13を,本件プログラム5は本件プログラム19を,それぞれ翻案したも
のか(争点4)について
()控訴人は,本件プログラム2は,本件プログラム11の本質的機能の部分1
の表現を用いながら,付加的機能の追加を行ったものであり,本件プログラ
ム11を翻案することにより創作した二次的著作物であると主張する。
しかし,前記2()のとおり,本件プログラム11は,著作物性がないか5
ら,これが著作物であることを前提にした控訴人の上記主張は,失当である。
()控訴人は,本件プログラム3の記載より本件プログラム13の創作的な特2
徴部分の記載を直接感得できるので,本件プログラム13を翻案することに
より創作した二次的著作物であると主張する。
しかし,前記4()のとおり,本件プログラム13は,事業団の職務著作6
であって,控訴人に著作権及び著作者人格権がないから,控訴人の上記主張
は,その前提を欠くものであって,失当である。
()控訴人は,本件プログラム5は,本件プログラム19を原著作物とする二3
次的著作物であると主張する。
しかし,前記4()のとおり,本件プログラム19は,事業団の職務著作2
であって,控訴人に著作権及び著作者人格権がないから,控訴人の上記主張
は,その前提を欠くものであって,失当である。
()以上によれば,控訴人の本訴請求中,控訴人と被控訴人らとの間において,4
本件プログラム2,3及び5について,控訴人が,各プログラムを二次的著
作物とし,それぞれ本件プログラム11,13及び19を原著作物とする原
著作者の権利を有することの確認を求める請求(予備的請求)は,いずれも
理由がない。
7以上のとおり,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきで
あり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。
よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明
(別紙1「著作物目録」)
番号プログラム名称収録資料の名称等
資料名称:宇宙開発事業団単価契約報告書1DYNA
技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)支援
登録番号:LRC8400301,LRC8400311
登録時期:昭和59年5月14日
資料名称:宇宙開発事業団単価契約報告書2STAT
技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)支援
登録番号:LRC8400301,LRC8400311
登録時期:昭和59年5月14日
資料名称:技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その3)支援3KALMAN−1
登録番号:LRC8503881,LRC8503891(9次元)
LRC8503901,LRC8503911
LRC8503921,LRC8503931
LRC8503941,LRC8503951
登録時期:昭和61年6月3日
資料名称:昭和54年度SPDⅠプログラムリスト4SPD
登録番号:7925(CDC6600/CYBER74用)
7926(FACOM230−75用)
登録時期:平成7年10月16日
資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書5DOPPLER
ECS−bアンテナパターン及びドップラデータの検討
登録番号:LRC8001591,LRC8001601
LRC8001611,LRC8001621
LRC8001631
登録時期:昭和55年8月25日
資料名称:技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その2)支援6DYNA−A(AB
登録番号:LRC8402971,LRC8402991M燃焼フェーズの動
登録時期:昭和60年8月12日的解析プログラム)
別紙2に記載された14の実行ステップで構成されるプログラム11STAT(オリジナ
ル)
別紙3に記載された30個のサブルーチン・プログラムにより構成され,原判12KALMAN(オリ
決別紙4で示されるプログラム(ただし,サブルーチン「MINVS1」を除ジナル6次元)
く)。
別紙5に記載された23個のサブルーチン・プログラムにより構成され,原判13KALMAN(オリ
決別紙6で示されるプログラムジナル9次元)
資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書15軌道伝播解析プログ
実験用静止通信衛星(ECS)ミッション解析プログラムラム(B010プロ
登録番号:LRC800038,LRC800039グラム)
LRC800040,LRC800041
LRC800042,LRC800043
登録時期:昭和55年4月
資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書19ドップラー変化によ
実験用静止通信衛星(ECS)ミッション解析プログラムる衛星運動解析プロ
登録番号:LRC800038,LRC800039グラム(B061プ
LRC800040,LRC800041ログラム)
LRC800042,LRC800043
登録時期:昭和55年4月
※番号7ないし10,14,16ないし18は欠番である。
(別紙7「昭和50年から平成9年ころまでの間に打ち上げられた人工衛星」一覧表)
衛星名通称打上日主目的
技術試験衛星Ⅰ型「きく」昭和50年9月9日打上時の環境の測定,定常時の衛星動作特1
(ETS-I)性及び環境測定,姿勢の測定,距離及び距離
変化率の測定,伸展アンテナの伸展実験
電離層観測衛星「うめ」昭和51年2月29日電離層臨界周波数の世界的分布観測,電波2
(ISS)雑音源の世界的分布観測,電離層上部の空間
におけるプラズマ特性・正イオン密度の測定
技術試験衛星Ⅱ型「きく2号」昭和52年2月23日静止衛星の打上技術,静止衛星の追跡管制3
(ETS-Ⅱ)技術の習得,静止衛星の姿勢制御機能の試
験,デスパンアンテナの試験,ミリ波伝播実
験用発振器の試験
静止気象衛星「ひまわり」昭和52年7月14日地球画像,海面及び雲頂面温度等の観測4
(GMS)
実験用中容量静止「さくら」昭和52年12月15日衛星通信システムとしての伝送実験・運用5
通信衛星技術の確立,通信衛星管制技術の確立
(CS)
電離層観測衛星「うめ2号」昭和53年2月16日2に同じ6
(ISS-b)
実験用中型放送衛「ゆり」昭和53年4月8日衛星放送システムの技術的条件の確立・制7
星御・運用技術の確立のための実験,電波の受
(BS)信効果の確認実験
実験用静止通信衛「あやめ」昭和54年2月6日静止衛星の打上技術・追跡管制技術・姿勢8
星制御技術の確立,ミリ波等周波数帯の通信実
(ECS)験及び電波伝播特性の調査
実験用静止通信衛「あやめ2号」昭和55年2月22日8に同じ9

(ECS-b)
技術試験衛星Ⅳ型「きく3号」昭和56年2月11日N-Ⅱロケットの遷移軌道投入能力確認・打10
(ETS-Ⅳ)上環境条件の修得,大型衛星の製作・取扱技
術の習得
静止気象衛星2号「ひまわり2昭和56年8月11日4に同じ11
(GMS-2)号」
技術試験衛星Ⅲ型「きく4号」昭和57年9月3日三軸姿勢制御機能確認,太陽電池バドル展12
(ETS-Ⅲ)開機能確認,能動式熱制御機能確認
静止通信衛星2号「さくら2号昭和58年2月4日非常災害時における通信の確保,離島との13
−a−a」通信回線の設定,臨時の通信回線の設定,通
(CS-2a)信衛星に関する技術の開発
通信衛星2号−b「さくら2号昭和58年8月6日13に同じ14
(CS-2b)−b」
放送衛星2号「ゆり2号a」昭和59年1月23日テレビ放送難視聴解消,放送衛星に関する15
(BS-2a)技術開発
静止気象衛星3号「ひまわり3昭和59年8月3日4に同じ16
(GMS-3)号」
放送衛星2号b「ゆり2号b」昭和61年2月12日15に同じ17
(BS-2b)
海洋観測衛星1号「もも1号」昭和62年2月19日地球観測衛星の基本技術確立,センサ開発18
(MOS-1)・機能性能確認,実験的観測,太陽同期軌道
投入技術の習得等
技術試験衛星Ⅴ型「きく5号」昭和62年8月27日H-1ロケットの性能確認,静止三軸衛星の基19
(ETS-Ⅴ)盤技術確立,次期大型実用衛星に必要な自主
技術蓄積
通信衛星3号「さくら3号昭和63年2月19日,13に同じ20
(CS-3a)(CS-3b)a,b」昭和63年9月16日
静止気象衛星4号「ひまわり4平成1年9月6日4に同じ21
(GMS-4)号」
海洋観測衛星1号「もも1号b」平成2年2月7日18に同じ22

(MOS-1b)
放送衛星3号「ゆり3号a,平成2年8月28日,15に同じ23
(BS-3a)(BS-3b)b」平成3年8月25日
地球資源衛星1号「ふよう1号」平成4年2月11日合成開口レーダ・光学センサによる観測,24
(JERS-1)地球試験観測機器の開発
技術試験衛星Ⅵ型「きく6号」平成6年8月28日通信・放送分野の要求に適合する2トン級25
(ETS-Ⅵ)実用衛星バス技術の確立,高度な衛星通信の
ための技術開発
静止気象衛星5号「ひまわり5平成7年3月18日4に同じ26
(GMS-5)号」
地球観測衛星「みどり」平成8年8月17日地球環境のグローバルな変化の監視,地球27
(ADEOS)観測技術維持,プラットフォーム技術・デー
タ中継技術開発
技術試験衛星Ⅶ型きく7号平成9年11月28日ランデブ・ドッキング技術試験,宇宙用ロ28
(ETS-Ⅶ)「おりひめ・ボット基盤技術,データ中継衛星を経由した
ひこぼし」軌道上運用技術の習得

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
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お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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採用担当宛