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裁判例


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○ 主文
一 控訴人の控訴および被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決(昭和五三年六月二
一日付更正決定を含む。)を左のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人に対し、金一四、九四四、四二一円およびこれに対する昭和
四二年一二月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
三 控訴人のその余の金員請求(当審における拡張請求を含む。)を棄却する。
四 控訴人の裁決変更の訴を却下する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の、その余を被
控訴人の各負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
(控訴人)
一 控訴の趣旨(請求の拡張を含む。)
1 原判決を左のとおり変更する。
2 愛知県収用委員会が昭和四二年一二月二〇日付でなした控訴人の本件土地占用
許可の取消に伴う損失補償額を金七、六三三、六九九円とする裁決を金五二、六七
六、四三七円と変更する。
3 被控訴人は控訴人に対し、金四五、〇四二、七三八円月よびこれに対する昭和
四二年一二月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 第3項につき仮執行の宣言。
二 附帯控訴の趣旨に対する答弁
本件附帯控訴を棄却する。
(被控訴人)
一 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴及び当番における拡張請求を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 仮執行免脱の宣言。
二 附帯控訴の趣旨
1 原判決中、被控訴人敗訴の部分を取消す。
2 控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二 当事者双方の主張及び証拠の関係
次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、
原判決四枚目表末行に「土地収用法」とある次に「(昭和二六年法律第二一九号。
但し、昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)」と挿入し、同
一一枚目表五行目に「同三3」とあるを「同三4」と訂正する。)。
なお、以下においては、法令等につき、左記のような略語を用いることとする。
○ 河川法(明治二九年法律第七一号。昭和四〇年四月一日廃止)→旧河州法
○ 河川法施行規程(明治二九年勅令第二三六号。
右と同時廃止)→旧河川法施行規程
○ 明治三五年三月二八日土甲一三号各地方長官宛土木局長通牒(乙第三一号証)
→明治三五年土木局長通牒
○ 土地収用法(昭和二六年法律第二一九号。但し、昭和四二年法律第七四号によ
る改正前のもの。)→土地収用法
(一) 公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月一九日閣議決
定)(乙第五八号証)→一般補償基準
○ 建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和三八年三月二〇日建
設省訓第五号)(乙第六〇号証)→建設省補償基準
○ 公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱(昭和四二年二月二一日閣議決定)
(乙第三二号証)→公共事業補償基準
○ なお、以下において「堤防」とは、本件輪中堤の環状堤部分のうち、その西側
の占用許可取消の対象部分(別紙略図-1以下単に「略図」という-Cの部分)を
指すのを本則とするが、広義には、右環状堤の全体、或いは環状堤全体と突出堤全
体を合わせた輪中堤そのものを指すこともある。
一 控訴人の当審における主張
1 堤訪(略図C部分)敷地の補償金額について
控訴人は、右につき、原審において、(一)昭和三九年七月地元民と被控訴人の間
で<地名略>地区の田畑が坪当り一、三〇〇円で取引されていること、(二)昭和
四〇年一月控訴人と被控訴人の間で本件提防同様の公共施設である<地名略>地区
の用排水施設の敷地(略図参照)が坪当り二、五〇〇円で取引されていること、
(三)昭和四三年一二月本件<地名略>地区に近接する三重県<地名略>地区の土
地が坪当り五、〇〇〇円で取引されていること等を根拠にして、右価格を坪当り
三、〇〇〇円と主張したが、右(三)の事例の所在地は原判決が誤認したよりは北
方、即ち本件<地名略>地区に近いのであるから、右(三)の事例も充分考慮に入
れられるべきである。
ところで、その後昭和五三年一二月、水資源開発公団が本件<地名略>地区の田な
どを坪当り二一、四五〇円で買収したが、この事例は、公共機関と私人間の取引で
あること、右の額には近傍の前記<地名略>地区の取引価格も織り込まれていると
推認されることから、これと、前記三取引のうち<地名略>地区を除いた<地名略
>地区内の二取引とを比較することにより、本件<地名略>地区の地価の確実な動
向を見定めることかできる。よつて、次の諸点を考慮しつつ、本件裁決時の堤防敷
地の価格を算定すると、別表のとおりである。即ち、数年間にわたる地価の上昇に
ついて検討する方法としては、毎年ほぼ同額ずつ変動する定額法と毎年ほぼ同率で
変動する定率法とがあるが、双方で算定し、それを平均したちのがより実勢に近い
ものと考える。又、昭和三九年の取引と昭和五三年の取引事例は同種土地の取引で
あるが、昭和四〇年の用排水施設敷地と昭和五三年の田畑の取引とは土地の種別が
違うので、後者については同種土地に換算するため三〇パーセ冫トの減額をした。
そして、右試算によると、本件裁決時たる昭和四二年一二月現在における本件<地
名略>地区の堤防敷地の価格は西、三八〇円、農地価格は四、三〇〇円となり、更
に後者に三〇パーセントの減額を施しても三、〇一〇円となり、いずれにしても本
件請求額三、〇〇〇円を上廻ることになるのである。なお、右請求額には充たない
が、不動産鑑定士Aが本件堤防敷地の補償金額を坪当り二、八三三円としているこ
と(甲第五〇号証)も考慮されるべきである。
以上に対し、被控訴人は、まず(一)原判決別表(一)などのように昭和三八年三
月に三重県<地名略>の堤防敷地を坪当たり二〇〇円で買収したと称し、これに時
点修正等を加えると坪当たり二四七円になると主張する。しかし、右事例地はいす
れも偶然地目が堤敷となつているだけで、大部分の現況は宅地、田畑や雑種地であ
つたものと推定されるのみならず、その大部分について廃川敷地が代替地として交
付されており、このような代替地提供の事情が織り込まれた買収価格は通常の取引
価格とはいえず、又、仮に堤防敷地としても、右はいずれも何処にどういう状況で
あたつたかも不明のものであつて、形式上その所有権移転登記をなす必要から、い
わゆる「はんつき料」として前記金員が支払われたものと推定される(原審におい
て、控訴人は右土地の位置、形状を明らかにするよう釈明を求めたが、今日まで明
らかにされていない。このように位置、形状も明らかでないものは、本件堤防敷地
の補償額算定についての適切な取引事例たりえない。)。又、(二)昭和四〇年一
月<地名略>地区の山林、原野を坪当り三〇〇円及び二七五円で控訴人から買収し
たと称し、右三〇〇円に価格変動率一・〇四八を乗ずると坪当り三一四円になると
主張する。しかしながら、右買収は、当時たまたま控訴人所有名義の山林、原野が
登記簿に発見され、その現地は何処にあるかも判明しなかつたが、登記整理上この
所有名義を被控訴人に移す必要があるとして、その際いわゆる「はんつき料」とし
て右の額を控訴人が受取つたに過ぎないもので、このような実態のもとての買収価
格は本件堤防敷地の補償額算定の参考にはならない。更に、(三)昭和三九年から
同四〇年にかけて本件<地名略>地区において買収された田畑につき、その坪当り
一、三〇〇円の買収価格を本件裁決時の期間まで一・二一四の係数で時点修正する
と坪当り一、五七八円になるとし、更にこれより私道減価率と同率の八〇パーセン
トを減価すると坪当り三一五円になると主張する。しかしながら、当時右の用地買
収については、売渡者に対し改修工事により生じた廃川敷地を低額で払下げるとの
約定がなされ、関係者全員通常価格より相当低い額で買収に応じたものであり、
又、<地名略>地区の右期間における土地価格上昇率は一・二一四より遥かに大で
あるし、私道なみの減価率を適用することは堤防の如き公共施設が収益や取引に無
関係なことからしても誤つている。いずれにせよ、被控訴人主張の事例はいずれも
本件に適切でない。
なお、被控訴人は昭和四〇年一月の控訴人と被控訴人間の用排水施設の敷地の取引
につき、同敷地は宅地の形状をしていたとか、宅地として取引をした旨主張する
が、事実に反する。右敷地の大部分は、用排水樋管、貯水槽、ポンプアツプ施設、
用排水路など、本件堤防と同様、公共的な用排水施設の敷地であり、さればこそ、
甲第四〇号証の如き覚書を当事者が交換しているのである。もし宅地としての取引
ならば、かかる覚書をかわす必要はない。事実、被控訴人は本件<地名略>地区の
改修工事に際し、工事区域内の宅地についてはすべて木曽川堤防沿いに新しい宅地
を造成し、それを旧宅地所有者に引渡しており、当時右敷地が宅地として扱われた
というのであれば、その対価は、金銭ではなく、右代替宅地が造成され引渡されて
いた筈である。
2 山林・原野(略図F・G部分)
右土地が堤外地で年数回冠水すること、農地としての収益性に乏しいこと等を考慮
すると、本件堤防敷地の価格より五〇パーセント減額した坪当り一、五〇〇円の請
求額が相当である。
3 荒地(略図H1、2部分)の補償金額について
前記山林、原野について認められる事情のほかに、満潮時にはその相当部分が冠水
する等の事情を考慮すれば、原判決認定のとおり坪当り九四五円が相当である(右
につき従曲控訴人はこれを坪当り七五〇円と主張していたが、右のとおり改め
る。)。
4 堤防の工作物価値の補償について
本件堤防については、その敷地のほか、その堤体自体についても、これを独立した
物件とみて補償すべきことは従前主張のとおりであるが、なお主張を附加するに、
現行河川法の施行法一九条によりなお効力を有する旧河川法施行規程一〇条は、そ
の補償金下付の対象を同規程九条にいう河川の「敷地」と定めているところ、旧河
川法四条二項によると、堤防等で河川附属物の認定を受けたもの(本件堤防も然
り)は「総テ河川ニ関スル規程ニ従フ」と定められでいるから、一見右堤防につい
てもその「敷地」のみが補償対象になるかの如く見えるけれども、私権の対象とな
らない流水をその上部に有する河川敷地と異なり、堤防はいずれも私権の対象とな
る堤体と敷地とが、しかも一体となつて初めて堤防たりうるのであるから、右施行
規程一〇条を堤防に適用する際には、同条にいう「河川ノ敷地」に該るものは「堤
防全体」即ち堤体とその敷地の双方をいうことは明らかである(なお、被控訴人は
愛知県河川管理規則(昭和二九年愛知県規則第五九号)一七条の様式第一号及び第
二号についで、従前の所有者以外の者に対する場合は「河川附属物占用」の語を用
い(様式第一号)、前記施行規程九条による場合は「河川附属物の認定地占用」
(様式第二号)と用語を区別している旨主張するが、右「河川附属物の認定地占
用」とは「認定により私権消滅した河川附属物の占用」と解するのが相当であ
る。)。
しかして、上記の如く旧河川法施行規程一〇条の補償対象たる堤体は、正しく明治
三五年土木局長通牒にいう「地上ニ現存スル物件」でもあるところ、被控訴人は、
右通牒にいう物件は旧河川法一七条所定の工作物をいうと主張するが、同条は旧所
有者以外の占用者の工作物設置等に関する規程であつて、右通牒にいう物件は、同
条の工作物とは関わりのないものである。
更に土地収用法との関係で、被控訴人は本件堤防(堤体)の非独立性を云々する
が、民法八六条にいう「(土地の)定着物」の概念についても、必すしもこれを建
物の如く独立性の明確なものに限らず、広義には土地の一部を成しても、未だ完全
に土地の構成要素と化していない有体物(いわゆる附加物)については、これをも
右定着物の概念に包含せしめるのが通常であることをも考慮に入れると、土地収用
法六条にいう「土地に定着する物件」には本件堤防の如き物件も含まれるべく、
又、被控訴人は堤防の移転性なきことよりその独立物件性を否定するが、土地収用
法をみるも、同法七七条の「(土地にある)物件」につき、同法七八条等による
と、その中に移転性の極めて乏しいものを含ませているのであるから、これからみ
ても移転性の点は、独立物件性を決定する基準となるものではない。
仮に、堤体を敷地と一体として考えるとしても、堤体の価格を「土地相当ノ価格」
に含ませるべきであるが、いずれにせよ、堤体部分の価格の算定については、従前
主張のとおり複成式評価法を用いるべきである(民有堤の使用料相当額の算定方法
に関する最高裁判所昭和五三年三月三〇日判決・民集三二巻二号三七九頁参照)。
5 堤防の文化財的価値の補償について
本件輪中堤は、控訴人の祖先が当時私人にとつては莫大な費用を投じて遣成し、そ
の後代々にわたり数多の水害に際してはその都度これを補修し維持管理してきたも
ので、これ(厳密にはそのうち環状堤部分)が河川附属物に認定されたのはその公
の治水施設としての機能を公認された証左である。又、本件堤防は歴史上現存する
唯一の輪中堤として学界からも高く評価され、愛知県教育委員会もこれを文化財に
指定しようと働きかけてきたことがあり、高等学校の人文地理の教科書や入学試験
問題にも採り上げられたこともあるものであつて、これらの諸点からすれば、本件
輪中堤は控訴人の主観的感情からではなく、客観的に何人にも承認せられる文化財
的価値を有していることは明白である。
被控訴人は、本件堤防は通常の取引の対象になり難く、取引の対象となつた場合も
それは土地としての取引しかありえず、そのなかに本件堤防の文化財的価値が財産
的、経済的価値として評価されることはないと主張するが、本件堤防に対する補償
は、公共的施設としての上述工作物評価と敷地評価とのほか、恰も文化財的価値を
有する書画、刀剣類等が収用される場合その文化財的価値が加算されるのと同様、
本件堤防についてもその文化財的価値に対する補償が加算されるべきである。
又、本件堤防の文化財的価値はその歴史、機能、形状等から社会がその価値を認め
たものであるが、価値自体は輪中堤固有のもので、その物件の所有権、占用権等を
有している者に帰属することは当然である。
そして、右文化財的価値の算定方法については、建設省補償基準七条の「文化財保
護法等により指定された特殊な土地等の取得の場合において、この訓令によりがた
いときは、その実情に応じて適正に補償するものとする。」との規定を参考としつ
つ、石鳥居損壊による損害賠償に関する鳥取地方裁判所昭和四七年三月一七日判決
(判例時報六七三号七四頁)にも示されている複成式評価法によつてこれを算定す
るのが相当である。
6 請求額の変更
本件裁決変更及び補償金員請求のいずれについても、荒地補償を除いては、請求金
額につき従前と変わりはない。
しかし、荒地補償については、上述の如く、その坪当り請求額を七五〇円から九四
五円と増額したごとに伴い、右部分及び全体の請求額に変動を生じた。これを、原
判決事実摘示変更の形式で示せば次のとおりである。即ち、
原判決六枚目表四行目に「七五〇円」とあるを「九四五円」と、一〇枚目表四行目
に「二、五八三、七五〇円一三、四四五坪×七五〇円)とあるを「三、二五五、五
二五円(三、四四五坪×九四五円)」と、同末行に「五二、〇〇四、六六二円」と
あるを「五二、六七六、四三七円」と、一〇枚目裏三行目に「五二、〇〇四、六六
二円」とあるを「五二、六七六、四三七円」と、同四行目に「五二、〇〇四、六六
二円」とあるを「五二、六七六、四三七円」と、同五行目から六行目にかけて「四
四、三七〇、九六三円」とあるを「四五、〇四二、七三八円」と各改める。
二 被控訴人の当番における主張
1 堤防敷地の補償金額について
本件堤防敷地の所有権相当額は、左記の如き各近傍類地の取引価格等を考慮する
と、従前主張どおり坪当り三〇〇円が相当である。
(一) 木曽岬村の取引事例からの評価額
三 重県桑名郡<地名略>地先の堤防敷地の取引事例に基づいて、本件堤防敷地の
価格を算定すると、左のとおり坪当たり二四七円となる。
(1) 本件に参考となる堤防敷地の取引事例としては、原判決別表(一)記載の
実例四件のほか、一二件の計一六件があり、これらはいずれも建設省が昭和三八年
三月に坪当り二〇〇円で買収したものである。右事例地はいずれも本件堤防敷地か
ら南方約六キロメートルの地点にあるが、本件堤防敷地と同じく、長良川と並流す
る木曽川下流左岸の農業地域に所在し、しかも河川改修工事の必要のために買収さ
れたという事情があつて、いずれも本件堤防敷地と同一の需給圏内に存する適切な
近傍かつ同種地の事例である。
(2) 控訴人は、右事例地は偶然地目が堤敷となつていただけで、大部分の現況
は宅地、田畑や雑種地であつたものと推定され、且つ替地提供の事情が織り込まれ
た買収価格で通常の取引価格でないと主張する。しかし、右木曽岬村の用地取得の
内容は、所有者が現に宅地、田畑の用に供している土地については交換を行つた
が、現実に利用されていない原野、堤敷については右交換の対象とせず、これを買
収したものである。従つて右売買価格二〇〇円は、建設省補償基準に基づき算定さ
れた一般的にも公平な金額で、多数の売主も同意しているものである。
(3) そこで、右二〇〇円につき、時点修正を施し、地域格差による補正を加え
ると、従前主張どおり二四七円となる(原判決別表(二)、(三)参照)。
(二) <地名略>地区の山林原野の取引事例からの評価額
愛知県海部郡<地名略>地先の山林、原野の取引事例に基づいて、本件堤防敷地の
価格を算定すると坪当り四円となる。
(1) 山林原野の取引事例としては、控訴人と被控訴人間で昭和四〇年一月一八
日、本件堤防敷地に近接した山林が坪当り三〇〇円、同原野が坪当り二七五円で取
引された例がある。
(2) 右事例中、高額な三〇〇円につき時点修正(その変動率は原判決別表
(二)に準じで算出した一・〇四八による。)を施すと三一四円となる。
(三) <地名略>地区の田畑の取引事例からの評価額
愛知県海部郡<地名略>等の田畑の取引事例に基づいて本件堤防敷地の価格を算定
すると坪当り三一五円となる。
(1) 田畑の取引事例としては、一部控訴人と被控訴人間の取引を含む昭和三九
年七月から同四〇年にかけての取引で本件堤防敷地に近接した田畑が坪当り一、三
〇〇円ないし一、二〇〇円で取引された例がある。
(2) 右のうち一、三〇〇円について時点修正(変動率一・二一四)を施すと
一、五七八円となる。そして、このの金員から本件堤防敷地の正常な価格を算定す
るには、本件堤防敷地が長良川の水流に面し、直接には生産の用に供される上地で
はなく、その個人的利用が制限された公共性の強い土地であつて、私人間の取引の
対象となることとも稀であることからみて大幅な減価修正が必要であるところ、道
路、公園の如き公共目的に供されている土地評価の場合には一般に八〇パーセント
の減価率が適用されているから、これを類推適用すると、右価格は三一五円とな
る。
(四) <地名略>地区の取引事例からの評価額
三 重県桑名郡<地名略>地区の原野の取引事例に基づいて、本件堤訪敷地の価絡
を算定すると坪当り二五〇円となる。
(1) 本件堤防敷地に近接する<地名略>地区堤外の原野一二筆につき、昭和四
一年三目一日坪当り二〇〇円で買収した例がある。
(2) 右金額について時点修正(変動率一・二五一を施すと二五〇円となる。
(五) なお、本件堤防敷地の補償金額につき、不動産鑑定士Bはこれを坪当たり
三三〇円とし(乙第四九号証の一)、同Cは坪当り三九三円としている(同号証の
二)。
(六) 以上によると、本件堤防敷地の価格につき、参考事例ないし評価は坪当り
二四七円から三九三円の間の数値を示すところ、本件諸般の事情を考慮すると、本
件堤防敷地の補償額は従前主張どおりの坪当り三〇〇円とするのが相当である。
右に対し、控訴人は他の事例を挙げて異なる金額を主張するので、以下これについ
て述べる。
(七) 用排水施設敷地(元水車小屋敷地)の取引事例について
右敷地を農地類似の土地とし、その取引価格を本件の参考とするのは相当でない。
即ち、
(1) 右取引事例の土地は、そもそも宅地又は準宅地であつて農地類似の土地で
はない。現に右土地の買収台帳によれば、現況調査・地目宅地とあり、又、中央信
託銀行株式会社名古屋支店作成の鑑定評価書によれば、右土地は現況準宅地とされ
ている。
(2) 又、右取引事例の売買価格坪当り二、五〇〇円は、売買当事者間でも宅地
と認識して算定したものである。当時、建設省は農地については坪当り一、三〇〇
円、宅地一等級については二、八〇〇円で買収しており、本件については折衝の結
果、宅地二等級の価格として合意したもので、農地類似の土地としてなら、右一、
三〇〇円前後の価格になつた筈である。
(八) <地名略>地区の取引事例について右事例は、本件堤防敷地の存する<地
名略>地区とは位置、土地柄が異なり、長良川、木曽川の水害の危険性の程度も違
い、且つその価格は三重県開発公社が保養所建設を目的として温泉湧出による観光
開発の利益を見込んだ買進み価格で客観的な取引価格とはいえない。
(九) 水資源開発会団の取引事例について
右事例は坪当り二一、四五〇円(一平方メートル当り六、五〇〇円)であつて、こ
れは当時の<地名略>地区の標準価格からみると極端に高い価格でこれを基準とす
ることは適当ではない。即ち、右取引が行われた昭和五三年当時の立田村における
標準的な取引価格は一平方メートル当り四、〇〇〇円から四、三〇〇円であつて、
これからみると右は客観的な取引価格とはいえない。なお、控訴人主張の定額法、
定率法により算出された別表地価変動試算額は、本件<地名略>地区の適正な地価
上昇を示したものではない。即ち、この試算額は、昭和五三年一二月の<地名略>
地区内の取引事例(坪当り二一、四五〇円)と被控訴人主張(三)の取引事例等を
比較して、その時点差における一年間の変動額ないし変動率を求めて裁決時の価格
を算出しているが、右控訴人主張にかかる昭和五三年一二月当時の取引価格坪当り
二一、四五〇円がそもそも極端に高い価格であることは前述のともりであり、これ
に基づき算出された右変動試算額なるものは、おのずから高い地価変動を示すもの
で、本件<地名略>地区の適正な地価上昇の動向を示したものではない。
2 山林・原野の補償金額についで
本件山林・原野の所有権相当額は、近傍類地の取引価格等を考慮すると、従前主張
どおり坪当り三〇〇円が相当である。
(一) 福原地区の山林原野の取引事例からの評価額
前記1の(二)のとおり昭和四〇年<地名略>地区の山林が坪当り三〇〇円、同原
野が二七五円で取引されているが、本件山林原野は長良川の水流に沿つた堤外地で
あるから、右事例の原野に近いものである。そこで、右原野の二七五円につき時点
修正(変動率一・〇四八)を施すと二八八円となる。
(二) <地名略>地区の田畑の取引事例からの評価額
前記1の(三)のとおり、右地区の取引事例一、三〇〇円につき時点修正すると
一、五七八円となるが、本件山林原野は堤外地であるから田畑に比較し八〇パーセ
ントの減価をするのが相当であり、これに従つて算定すると三一五円となる。
(三) <地名略>地区の原野の取引事例からの評価額
前記1の(四)のとおり、右地区の取引事例に基づいて算定すると二五〇円とな
る。
(四) 以上の各金額を総合考慮すると、坪当り三〇〇円が相当である(即ち、本
件については、堤防敷地と山林・原野の補償額は結局同一となるべきものであ
る。)。
3 荒地の補償金額について
本件荒地の所有権相当額は零である。即ち、旧河川法施行規程九条及び一〇条によ
れば、河川関係につき占用が許可されず又は禁止されたときに相当の補償金が下付
される対象は「河川ノ敷地」にして「荒地ニアラサルモノ」に限られているから、
本件荒地についての補償はありえない。
仮に本件荒地についても補償が必要であるとしても、右荒地はその大部分が長良川
の流水下に没しており、ただ干潮時において砂地が僅かに露出するに過ぎないよう
な土地であることからすると、右補償額は本件裁決で認定された坪当り一六〇円を
超えることはないというべきである。
4 堤防の工作物価値の補償について
控訴人は、前記堤防敷地の上に存する堤体部分につき、旧河川法施行規程一〇条の
補償の対象であり、又明治三五年土木局長通牒にいう地上物件に該当すると主張す
る。
しかし、右施行規程九条、一〇条によれば、河川関係で占用が許可されず又は禁止
されたときの「相当ノ補償金」下付の対象になるのは「河川ノ敷地」(で且つ「荒
地ニアラサルモノ」)に限られており、この規定を河川附属物と認定された「堤
防」に適用すると、「堤防の敷地」については「河川ノ敷地」と同様に「相当ノ補
償金」が下付されるのに対し、「堤防」の本体、即ち「堤体」については、たとえ
その占用が不許可又は禁止のときにも「相当ノ補償金」は下付されないのであつ
て、ただ、「堤体」の上又はその中を利用しようとする場合は、堤体を通してその
下の敷地を占用する関係になるので、「堤防の敷地」右九条に所定の必要的占用許
可の目的物となり、その占用が下許可又は禁止のときには右一〇条に所定の補償金
が下付されるにすぎないと解すべきである(それ故、「愛知県河川管理規則」(昭
和二九年愛知県規則第五九号)一七条も、右施行規程九条の許可にかかる河川附属
物については「認定地占用」の語を用い、従前の所有者以外の者に対する場合の
「河川附属物占用」の用語と区別しているのである。)。
以上により、前記局長通牒にいう「地上ニ現存スル物件」とは、右施行規程九条及
び一〇条に所定の占用の目的物が「河川ノ敷地」である場合には、旧所有者等がそ
の敷地上に所有する工作物等をいうが、河川の附属物たる「堤防の敷地」との関係
では、堤体の私権も消滅しでいるので、堤体を所有するために堤体を占用するとい
うことはありえず、堤体力上又はその中を利用するためにその堤体を通して下の敷
地の占用が許可される関係にあるのであるから、いわばその中間にある堤体は、右
「物件」に該当しない。
又、堤訪は土地の定着物でもないし、移転可能な物件でもないから補償を要しない
ことは既述のとおりであつて、即ち堤防の堤体と敷地とは一体不可分であり、堤体
は土地収用法六条の「土地に定着する物件」から除外されるし又、土地から分離し
て移転することが社会通念上不可能であることから土地収用法七七条の物件にも該
当せず、即ち堤体は単にその敷地に属するものにすぎないのである。
ところで、一般補償基準七条一項は「取得する土地(土地の附加物を含む)に対し
ては、正常な取引価格をもつて補償するものとする。」と規定するが、このように
土地に附加物を含ませた趣旨は、土地と一体となつて効用を有する附加物の価値が
一般に土地そのものの価値に反映し、その土地の価値の中に増価要因ないし減価要
因として包含されているものであるから、それを土地の価格とは別に補償する必要
のないことを明らかにしたものである。そして、本件堤防の堤体は右堤防敷地にと
つて、増価要因か否かをみるに、元来本件堤防は堤内の土地を水害から防護する目
的で築造されたものであつて、堤体はその敷地自体の効用を増大させるために附加
されたものではない。即ち、右堤防の敷地は、その上に堤体が存在しなければ平坦
地として、場合によつては原野か荒地ほどの経済的効用があつたかもしれないが、
その上に堤体が存在することによりその効用も無くなり、堤体の上部を利用するに
しても原野・荒地の効用を上廻るものではない(その意味で堤体は、敷地にとつて
は、むしろ減価要因というべきである。)。他方、堤内地について見れば、本件堤
防がなければ、その堤内地は水害から防護されるべき農業地域として形成されなか
つたであろうことは明白である。従つて、本件堤防に投下された資本は、堤内地が
水害から防護されるべき農業地域であることに転化され尽しており、堤防自体には
何ら増価要因が残留していないから、堤体がその敷地或いはこれと一体のものとし
ての本件堤防の取引価格を高めているとは認められない。
なお、この点に関し控訴人は、本件堤防の価値が堤内農地の価値上昇に転化されて
いるとするなら、堤内農地は当然堤外農地より高価格でなければならないが、被控
訴人自身、堤内堤外を問わず同一単価で買収している旨主張するが、被控訴人が同
一単価で買収したのは、たまたま堤外の田畑が長良川の水流に面しておらず長良川
の水面より高い土地で、冠水の危険が極めて少なく田畑として耕作され農産物の収
穫を得ていた土地であつたこと、並びに買収が同一時期に堤内、堤外を問わず相当
数行われ、同一所有者が堤内と堤外に田畑を所有する場合もあり、価格差をつける
ことが買収協議を困難にし長期化するおそれがあつたことのためで、前記被控訴人
の化体説の主張となんら矛盾するものではない。
仮に、本件輪中堤がその敷地とは別個に補償の対象となるとしても、被控訴人によ
つてより強固な新堤防が築造されたため、旧堤防はその機能を完全に失つたのであ
るから、その補償については、公共事業補償基準一三条二項の規定により、敷地の
みの補償で足りるものと解すべきである。
5 堤防の文化財的価値の補償について
そもそも控訴人が右補償を求める実定法上の根拠は、現行河川法七六条一項又は土
地収用法八八条にあると思われるが、右各法条に所定の「通常生ずべき又は通常受
ける損失」とは、経済的、財産的な損失を意味すると解すべきであるから、控訴人
の請求は既にこの点において失当であるが、仮に右各法条に経済的損失以外の文化
財的損失の如きものが含まれるとしても、本件輪中堤にそのような価値、少くとも
建設省補償基準七条に規定されるようを高度の文化財的価値の認められないことは
従前主張のとおりである。
仮に本件輪中堤に何らかの文化財的価値があるとしても、右価値は一私人に対する
私的な価値をはなく、一般国民全体にとつての価値であり、その利益は一般国民が
これを享受するものであつて、何人といえどもこれを排他的、独占的に享受しうる
ものではない。従つて本件堤防の文化財的価値は特定の個人に帰属するものではな
いのである。
三 新たな証拠関係(省略)
○ 理由
一 本件については後記のとおり土地収用法が類推適用されるところ、控訴人は、
同法一三三条一項に基づき本件損失補償の訴を提起しているので、まず右訴の性質
について考えるに、右訴がその実質において行政庁たる愛知県収用委員会の裁決を
争う趣旨、即ち抗告訴訟の面を有することは否定できないけれども、右一三三条の
二項が「起業者」を被告とすべき旨定めていること、更に本質的には、土地収用に
伴う損失補償の請求権は元来憲法二九条三項に基づき客観的に生じているとみられ
ること並びに損失の補償は主として被収用者個人と起業者との関係に属することで
あつて公益性に乏しいこと等を考えると、右訴は、被収用者が起業者を相手どり、
右既に生じている補償金の確認ないしその給付を求める当事者訴訟(行政事件訴訟
法四条)と解するのが相当である。
そうとすると、控訴人の本件訴のうち、愛知県収用委員会の裁決の変更を求める部
分は不適法たるを免れないから、当裁判所は職権により、右の部分に関する控訴人
の訴を却下すべきものと考える。
よつて、以下、控訴人の補償金支払の請求について判断する。
二 本件堤防部分が堤防敷、次いで河川附属物に、その余の本件土地が河川敷に各
認定されて私権が消滅したが、控訴人はかねてこれらの土地の占用許可を受けてき
たこと、しかるに昭和四二年一二月二〇日右許可が取消されたこと、その他当時者
間に争いがない事実は、原判決理由第一項判示のとおりであるから、これを引用す
る。
三 しかるところ、右占用許可の取消処分による損失補償については、憲法二九条
三項を基本としつつ、具体的には現行河川法七六条一項により「通常生ずべき損
失」を補償すべきところ、右河川法施行法一九条によれば、右補償についてはなお
旧河川法施行規程九条及び一〇条が適用される結果、同規程一〇条により「相当ノ
補償金」を下付すべきこととなる。
そして、右「相当ノ補償金」とは、後記の文化財的価値の如き特殊なものの補償を
除けば、一般的には土地相当の価格の補償をいうもの(明治三五年土木局長通牒参
照)と考えるべきところ、右相当の価格の算定方法については、現行河川法七六条
二項の趣旨に則り本件の如き場合に類推適用せられる土地収用法七一条及び七二条
(現行土地収用法七一条に該当)により、前記裁決時における近傍類地の取引価格
等を参考として、その正常な客観的価格を定めるべきである(換言すれば、控訴人
は本件土地につき占用許可を有するものであつて、所有権を有するものではない
が、本件損失補償の関係では、上記のようにこれを所有者と同視し、その所有権価
格につき、右のような見地からその正常価格を算定して、これを補償すべきもので
ある。)。
四 そこで、まず、本件堤防を中心とする本件土地の位置、沿革、形状、機能等を
みるに、これについての当裁判所の認定は、原判決理由第三項2冒頭に掲記の各証
拠に、成立に争いのない甲第四九号証、当審証人Aの証言により成立の認められる
甲第五六号証、当審証人Cの証言により成立の認められる乙第四九号証の二、弁論
の全趣旨により成立の認められる乙第四九号証の一を総合すると、原判決理由第三
項2に判示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二〇枚目表七行目
に「同第三三号証の一、二」とあるを「同第三一号証」と、同終りより二行目に
「同第二九ないし第三一号証、同証人の証言」とあるを「同間第二九、第三〇号
証、原審証人Dの証言により成立の認められる甲第三三号証の一・二並びに原審証
人Eの証言」と各補正する。)。
五 本件輪中堤と敷地との関係(控訴人主張の工作物価値に対する判断を含む。)
についで
1 本件堤防につき、その敷地剖分が補償の対象となることについては当事者間に
異論はないが、その堤体部分については、控訴人が、その補償対象たることを前提
に、独立物件性(控訴人のいう工作物性)を主張し、仮に右独立性がないとしても
敷地に対する増価要因であると主張するのに対し、被控訴人は、右をすべて争うの
で、本件堤防の補償金額の判断に入る前に、まず右の諸点を検討する。
2 ところで、憲法二九条三項は、私有財産を収用するには「正当な補償」のある
ことを要するとし、現行河川法七六条一項は、占用許可を取消す際は「通常生ずべ
き損失」を補償するものとしでいるのをあつて、既にこれらからみても堤防につき
その堤体を補償対象から除外すべき合理的理由をたやすく見出し難いのみならず、
これを更に実定法に則しでみても、本件には上述のとおり旧河川法施行規程一〇条
及び九条が適用せられるところ、右各条における補償対象は一応「河川の敷地」と
なつており、そして旧河川法四条によれば本件の如き堤防はすべて河川に関する規
程に従うこととなつていることは被控訴人主張のとおりであるけれども、水流と敷
地とより成る河川と、堤体と敷地より成る堤防との性質の相違に着目すれば、右堤
防に適用せられる場合の右規程一〇条の補償対象は、その敷地に限定されず、その
堤体をも含むことは明らかというべきであり、従つて、堤体部分は補償対象性を有
しないとの被控訴人の主張は理由がない。
3 次に 堤体の独立物件性について考えるに、控訴人は、これを認めるべき根拠
として、まず明治三五年土木局長通牒を挙げるが、右にいう「地上ニ現存スル物
件」とは旧河川法一七条所定の工作物をいうものであつて、本件堤体はこれに該ら
ないと解すべきである(その詳細は原判決三三枚目裏六行目から同三四枚目表四行
目までのとおりであるから、これを引用する。)。
更に控訴人は、土地収用法六条の定着物件又は同法七七条の地上物件に該ると主張
するが、右各「物件」の概念は実質的に同一と解されるところ、同法が、その収用
対象として、土地(二条)及び土地の構成要素たる土石類(七条)の外、特に地上
の物件(右六条、七七条や三五条など)を挙げ、且つ右七七条の物件に関し、同物
件が移転可能性を有すること(移転困難な場合を含むが、移転不能の場合は含まな
い。一を前提とする同条以下の規定を設けていると、その他同法の全体系に照らす
と、右にいう「物件」とは、土地に附着してはいるが、なお独立して物権の支配に
服し、移転可能性をも有する物を指すと解せられるから、これを、上記第四項で判
示したような本件堤防の物理的状況や機能等と対比すると、本件堤防は未だ右「物
件」に該当せず、堤体は、その敷地と共に土地収用法二条にいう「土地」を成すも
の、即ち本件堤体はいわゆる附加物と解するのが相当である。従つて、控訴人の右
主張は理由がない。
4 以上のとおりであるから、本件堤防については、その敷地と堤体とはこれを一
体として保証対象とすべきところ(前掲一般補償基準も、その第七条において、補
償対象につき「取得する土地一土地の附加物を含む)」としている。)、石堤体部
分につき、控訴人はこれを敷地の増価要因、被控訴人は減価要因と主張するので考
えるに、右はいずれも堤肪につきこれを敷地と堤体とに分解する発想に立つている
点に根本的な問題があるのみならず、控訴人は、堤体部分につき、独立物件たる場
合と同じく複成式評価法によつてこれを評価・加算すべきであるとし、Fの鑑定書
(甲第五三号証の二)及び同人の当審証言もこれに添うものであるが、堤体の独立
物件性が認められない以上、右評価法による価格を加算すべき合理性に乏しく(な
お控訴人引用の最高裁判所昭和五三年三月三〇日判決は本件に適切でない。)、又
被控訴人は、敷地にとつで減価要因たることを主張するところ、確かに敷地取引な
いし敷地利用の見地のみからすると、堤体部分は経済的、社会的に負因となる場合
が多いことは考えられるが、しかし、これを堤防収用による損失補償の見地からみ
ると、右補償については元来憲法二九条第三頂により正当な補償がなされるべきと
ころ、そのためには、当該被収用物件についで、その収用の前後を通じ同価値の補
償がなされるべきである(最高裁判所昭和四八年一〇月一八日判決・民集二七巻九
号一二一〇頁一から、本件の如く敷地と堤体とが一体となつて形成されている堤防
の如き物については、特段の事情のない限り、正しく当該堤防自体としてその全体
につき、可能な限りこれに類似する物注ないし施設の取引事例等を参考としてその
客観的価格を算定すべく、即ち、堤体は、敷地に対し、増価、減価いずれの要因で
もないというべきである。
5 なお被控訴人は、堤防価値は堤内地に化体されているというが、その理由のみ
をもつて堤防自体の補償を不要とする合理的根拠はないものというべく、又被控訴
人は、前掲公共事業補償基準一三条二項を引用し、本件の場合、新堤防の建設によ
り旧堤防の有しでいた機能は完全に再現された(むしろそれ以上である)から、右
旧堤防については、これを廃止しても公益上の支障が生じないのみならず、社会通
念上その敷地のみについて補償するのが妥当であると主張するところ、確かに本件
については新堤防により機能が再現され、旧堤防を廃止しても公益上支障のないこ
とは認められるが、しかし、損失補償なるものが上述の如く憲法に直接淵源を発す
るものであつて、その補償は前記の如く同等価値の実現を本則とし、しかも本件堤
防の如く長年月にわたり社会的経済的に多大の効用を発揮してきたような物件につ
いては、これを収用することは当該収用部分につき被収用者に対し特別の犠牲を強
いるものとして、その敷地のみならず、その堤体をも含めた堤防全体につき、その
補償がなされるのが社会通念上も妥当であると解すべきである。従つて、被控訴人
の右各主張はいずれも採用することができない。
六 本件土地の補償金額(堤防の文化財的価値の補償を除く。)
1 本件堤防(略図C部分)の補償金額について
本件堤防については、叙上のとおり、これを堤体とも一体として補償すべきもので
あるところ、右堤防は土地収用法三条二号の施設であるから、右は公共施設という
べきものである(なお、公共事業補償基準三条参照)。
そこで、本件各参考事例のうち、公共施設性のある事例をみるに、控訴人と被控訴
人間で昭和四〇年一月一八日になされた用排水施設敷地の取引事例(坪二、五〇〇
円)が参考となる。蓋し、右取引事例は、その実質面から見るに公共施設性を含ん
だ土地として評価されており、その意味で公共施設たる本件堤防と共通するところ
があるのみならず、場所的にも接着し、又時期的にもさほど離れていないからであ
る。
しかして、右用排水施設敷地の具体的状況についての当裁判所の認定・判断は、原
判決二六枚目表末行より同裏四行目までに示された争いのない事実及び各証拠(但
し、右二六枚目裏初行に「三一六番の一」とあるは、成立に争いのない乙第五号証
の一〇によれば「三一六番の一〇」の誤りと認められるので、右を「三一六番の一
〇」と訂正する。)に、成立に争いのない乙第四五号証、第四六号証、第四八号
証、第六一号証、当審証人Eの証言により成立の認められる甲第五五号証の一・
二、第五七号証ないし第五九号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第五七
号証並びに当審における証人E、同G(一部)の各証言を総合すると、原判決二六
枚目裏四行目の「同三八年一二月」から同二七枚目裏終りより三行目までに判示の
とおりであるから、これを引用する(但し、原判決二七枚目表初行から二行目にか
けて「土地上に施設が付着しているという点で」とあるを「本件堤防と同様、公益
的な用排水施設の敷地であるという点で」と訂正する。)。
そして、右両者の類似性からすると、右取引事例の坪当り二、五〇〇円という金額
を減額する必要はなく、むしろ右事例が、公共施設性を加味」ているとはいえその
敷地のみの取引(成立に争いのない甲第四〇号証参照)であるのに対し、本件の場
合は、堤体という公共施設をも包摂した堤防自体の補償であることにかんがみる
と、右事例の価格よりも増額することも考えられるが、本件全立証によるも、右の
差異が果しで如何程に評価さるべきかにつき、これを的確に証する証拠がないの
で、本件堤防の当時の価格としては、右坪当り二、五〇〇円をもつて相当とすべき
である(なお右につき、堤防という性格のゆえに一般的に右価格を増減すべきでな
いことは先に述べたとおりである。)。
但し、右取引事例の時期と本件裁決時とにズレがあるので、右取引時期(昭和四〇
年一月一八日)から本件裁決時(昭和四二年一二月二〇日)までの約二年一一か月
間の時点修正はこれを施す必要があるところ、本件全立証によるも堤防としての価
格指数を示す証拠がないので、右取引事例が用排水路、水田、輪中堤の一部、水車
小屋等を含んで混然一体となつた農地類似の土地という面を多分にもつことから、
原審証人Hの証言により成立の認められる乙第八号証の四により、原判決添付別表
(二)と同一の計算方法により算出された時点修正率一・二三二を用いるのが相当
であるから、これによつて計算すると右は坪当り三、〇八〇円(二、五〇〇円×
一・二三二)となる。従つて、右価格をもつて、本件裁決時における本件堤防三・
三平方メートル(一坪)当りの価格と認めるべきである。よつて、これに基づき計
算すると、本件堤防の所有権相当額は一三、六五〇、五六〇円(四、四三二坪×
三、〇八〇円)となる。
もつとも、控訴人は、上記<地名略>地区の取引事例(坪当り五、〇〇〇円)或い
は水資源開発公団との取引事例(坪当り二一、四五〇円)を参考にするよう主張す
るが、これらはいずれも堤防敷地のみの補償の参考事例として主張されているのみ
ならず、前者については、<地名略>地区と本件<地名略>地区とは土地柄も交通
事情も異なり、しかもその価格は開発利益を見込んだ特殊価格で、本件の適切な参
考となりえないものであつて、その詳細は、原判決二二枚目表終りより四行目から
同二四枚目表四行目「適切なものではない。」までに説示のとおりであるから、こ
れを引用する(但し、原判決二三枚目裏五行目に「一・八キロメートル」とあるを
「約四・九キロメートル」と、同六行目に「〇・七キロメートル」とあるを「約
三・二キロメートル」と各訂正する。)。又、後者の事例については、右取引が行
われたのは昭和五三年一二月(前掲甲第五六号証)であるが、右取引前後の立田村
における標準的な取引価格をみるに、前掲甲第五六号証、乙第四九号証の一・二を
総合すると、昭和五三年ないし五四年における立田村の田の価格の水準は一平方メ
ートル当り四、〇〇〇円から四、三〇〇円程度であると推認されるところ、右事例
のそれは六、五〇〇円であるから、たとえ右事例が公共機関との取引であるとして
も、直ちにそれが客観的な取引価格といえるかの疑問が存し、採用することができ
ない。
又、被控訴人は、(一)木曽岬村の堤防敷地の取引事例(坪二〇〇円)、(二)<
地名略>地区の山林原野の取引事例(坪三〇〇円)(三)<地名略>地区の田畑の
取引事例(坪一、三〇〇円)、(四)<地名略>地区の原野の取引事例(坪二〇〇
円)並びに(五)鑑定評価書(前掲乙第四九号証の一・二、坪三三〇円及び三九三
円)を挙げ、右(一)ないし(四)につき時点修正等を行つたうえ、被控訴人主張
の補償額が相当である旨を主張するが、これらもまた堤防敷地のみの補償に着眼し
た参考事例であるのみならず、(一)については、木曽岬村が本件堤防より約六キ
ロメートルも離れていることは被控訴人の自認するところであり、この距離差から
しで本件堤防の近傍といえるかは疑問であり、更に、成立に争いのない乙第七号証
の一ないし九、第二四号証の一ないし二二、前掲乙第五九号証を総合すると、右取
引事例の各土地は公簿上堤敷というだけで、その所在場所、形状等が必ずしも明確
ではなく、果して本件堤防と物件的同一性ないし類似性があるかは疑問である。
(二)については、成立に争いのない乙第五号証の五、第六一号証によつても、そ
の地番、所在場所の特定が必ずしも十分とはいえず、却つて当審証人Eの証言によ
れば、所謂「はんつき料」を授受して取引された可能性も推認されるところであ
る。(三)については、当番証人Eの証言によれば、右取引は改修工事により生じ
た廃川敷地を低額で払下げを受ける約定のもとに取引に応したことが推認されるほ
か、堤防敷地については収益性が低いということから直ちに私道の場合の減価率八
〇パーセントもの減額をしで評価するのは、取引に無関係で収益性に乏しい公共施
設としての役割、機能を全く考慮していないのではないかという意味で採用し難
い。(四)については、原野の事例が、本件堤防にとつて如何程参考になるのかに
疑問がある。最後に(五)については、まずB鑑定書(乙第四九号証の一)に関し
ては、堤防敷地と山林原野とを同一視していること及び減価率を八〇パーセントと
していること等に対し、前述と同じく堤防の公共施設としての機能・役割を没却し
ているのではないかという意味で、又、C鑑定書(同号証の二)は、昭和五五年八
月二二日の鑑定評価に際しての条件に「現況を所与とする。なお現況地形につき価
格時点と大きな格差はないものとした。」とあるが、価格時点の昭和四二年一二月
当時は本件堤防が存在していた扱いであるから、鑑定時点で当然その存在を前提に
評価する必要があるところ、堤防があつたことを考慮しないで価格を算定したこと
が認められる点で、それぞれ採用し難いものである。
以上の理由により、控訴人及び被控訴人の主張する右各取引事例等は、いずれも本
件堤防の所有権相当額ないし参考額としては、上記用排水施設の事例に比して適切
なものとはいえない。なお、原審証人Iの証言により成立の認められる乙第四号証
の一及び第一〇号証の一、同Dの証言により成立の認められる甲第三三号証の二・
三によれば、本件堤防敷地を坪当りそれぞれ三〇〇円及び一、六一七円と評価した
ことが認められるが、右評価はいずれも本件堤防の公共性を考慮していない点で採
用するに由なきものである。
2 本件山林・原野(略図F・G部分)の補償金額について
控訴人は、右山林・原野の所有権相当額は坪当り一、五〇〇円であると主張する
が、右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
又、被控訴人は、(一)<地名略>地区の山林原野の取引事例(坪二七五円)、
(三)<地名略>地区の田畑の取引事例(坪一、三〇〇円)、(三)<地名略>地
区の原野の取引事例(坪二〇〇円)を挙げ、これらに時点修正等を施したうえ被控
訴人主張の補償額が相当である旨を主張するが、右のいずれについても、上記と同
様の理由で及び後記の判示と対比して採用することができず、又前掲乙第四九号証
の一・二、第四号証及び第一〇号証の各一並びに甲第三三号証の二・三のうち山林
原野に関する部分も、右と同様採用することができない。なお、原審証人Jの証言
により成立の認められる乙第四号証の二及び第一〇号証の三によれば、本件山林原
野を坪当り一、一五〇円、三〇〇円、二五〇円とそれぞれ評価したことが認められ
るが、右一、一五〇円については、その前提となる標準価格設定の経緯が、原審証
人Dの証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三九号証
を総合するも今一歩明確でないところから、又坪三〇〇円の評価については堤防敷
地と同一の評価をしている点で、更に坪二五〇円の評価については原審証人Jの証
言によるも世評価格の根拠並びに減価率が必ずしも明確でない点から、いずれも採
りえないものである。
ところで、本件山林原野の位置、状況等については、当審で提出された前掲甲第五
六号証、乙第四九号証の一・二を考慮に入れても、なお原判決三一枚目表二行目か
ら七行目の「ことができる。」までに判示のとおりであるから、これを引用する
(但し右三一枚目表三行目に「前記二」とあるを「前記2」と訂正する。)。
そして当裁判所は、本件山林・原野の価格について、本件堤防の評価がその公共施
設性を中心としたものであるのに比し、右山林原野は諸要因においてこれに劣るこ
と、耕地としての収益性にも乏しいことなど諸般の事情を総合勘案し、堤防のそれ
に対する減価率を山林及び原野を通じ六割とするのが相当であると思料する。従つ
て、本件裁決時における本件山林・原野の価格はいずれも三・三平方メートル(一
坪)当り一、二三二円(三、〇八〇円×〇・四)となるので、これに基づき計算す
ると、本件山林の所有権相当額は七四二、八九六円(六〇三坪×一、二三二円)、
本件原野のそれは四、七〇二、五四四円(三、八一七坪×一、二三二円)となる。
3 本件荒地(略図H1、2部分)の補償金額について
控訴人は、右荒地の所有権相当額は坪当り九四五円と主張するが、右主張を認める
に足る的確な証拠はない。又、被控訴人は、右荒地はそもそも補償の対象となら
ず、仮になるとしても坪当り一六〇円を上廻ることはない旨主張する。しかし、対
象性を欠くとの点については、かねで本件河川の管理者自身が当該土地部分につ
き、旧河川法施行規程九条にいう荒地とは認定せず、河川の敷地として、本件事業
で占用許可が取消されるまで控訴人の占用を許可してきた事実があり、又右施行規
程九条にいう荒地とは土地としで利用することができないような形状の土地という
意味であつて、経済的価値の大小とは関係がないと解すべきであるから、いずれに
しでも右主張は失当である。
ところで、本件荒地の位置、状況については、当審で提出・援用された前掲甲第五
六号証、乙第四九号証の一・二、当番証人Gの証言により成立の認められる乙第五
三号証、第五四号証及び右Gの証言を総合するも、原判決三二枚目裏一行目から七
行目「低いものということができる。」までに判示のとおりであるから、これを引
用する(但し、右三二枚目裏四行目に「前記二」とあるを「前記2」と訂正し、同
五行目に「本件荒地が」とある次に「満潮時にはほぼ全面的に冠水し、干潮時には
砂丘様の砂地が露出する」と加入する。
)。
そして当裁判所は、本件荒地の価格について、本件山林原野より諸要因において劣
ること、その利用価値が相当限定されることなどを総合考慮し、山林原野のそれに
対する減価率を五割とするのが相当であると思料する。従つて、本件裁決時におけ
る本件荒地の価格は三・三平方メートル(一坪)当り六一六円(一、二三二円×
〇・五)となるので、これに基づき計算すると、本件荒地の所有権相当額は二、一
二二、一二〇円(三、四四五坪×六一六円)となる。なお附言するに、前掲甲第三
三号証の二・三によれば、不動産鑑定士Dは本件荒地を坪当り三四六・五円と評価
したことが認められるが、前記山林原野の箇所で述べたとおり、その前提となる標
準価格につき疑問が存するところから採用できない。
七 輪中堤の文化財的師値の補償について
1 控訴人は、本件輪中堤には文化財的価値があるとしてその補償をも求めるとこ
ろ、上記のように本件補償は、現行河川法七六条一項の「通常生ずべき損失」につ
き旧河川法施行規程一〇条により「相当ノ補償金」を交付することによつてなされ
るのであるが、その具体的内容については、専ら土地収用法の定めるところによつ
てこれを決すべきである。
そこで、土地収用法をみるに、同法は、土地収用に伴う損失補償につき、一般的に
は土地相当の価格をもつて補償することを原則としている(前記七二条等)が、別
に八八条をもつて、「(右の外)土地を収用することに因つて)土地所有者等が通
常受ける損失」をも補償すべきものと定めているところ、そもそも公のため土地を
収用する際の補償については、古くは当該土地相当の価格の補償のみで足れりとさ
れていたが、明治三三年制定の旧土地収用法(同年法律第二九号)以後「その他通
常受くべき損失の補償」の規定が設けられるようになり、前者のみの場合の欠陥を
後者で補うに至つたことにかんがみても、右は、損失補償の対象を、「土地相当の
価格」等の純粋に客観的・経済的なもの(即ち客観的利用価値)のみに限定せず、
実情に応じ、たとえ特殊な価値で、元来経済的価値のないものでも広く客観性を有
するものは、これを金銭に換算評価して補償するとの趣旨であると解すべきであ
る。
従つて、本外輪中堤についても、それが、堤防自体の価値のほか、広く客観性ある
文化財的価値をも帯有するとすれば、それに応じた適正妥当な補償がなされるべき
である(それが憲法二九条三項の「正当な補償」の理念に合致する所以でもあり、
又建設省補償基準七条が「文化財保護法等により指定された特殊な土地等の取
得・・・・・・の場合において、この訓令の規定によりがたいときは、その実情に
応じて適正に補償するものとする。」と定めているのも右の趣旨に立脚するものと
解せられる。)。
2 そこで、まず、右見地からみた本件輪中堤の状況をみるに、原判決三七枚目表
七行目(但し同所に「前記二」とあるは「前記三の2」と訂正する。)より同裏初
行までに掲記の各証拠に、当審において提出・援用せられた前掲甲第五三号証の二
及び証人Fの証言を総合すると、本件輪中堤の形成過程、その水防機能、その他の
一般的特質は、原判決三七枚目裏初行から同三九枚目表六行目までに判示のとおり
であるから、これを引用する。
3 よつて、右の事実関係に基づき、本件輪中堤の文化財的価値及びその客観性に
つき判断するに、同堤は控訴人方のもと私有堤(その後環状堤の大部分は占用堤)
ではあるが、単に堤内の私有地を守り惑いは単に通行の用に供する一堤防というに
とどまるのではなく、多年いわゆる三川合流等による水害に悩まされ続けてきた美
濃地方にあつて、その環状堤部分は遠く江戸時代の初期から(突出堤部分でも明治
時代の中期から)、水害より村落共同体を守つてきた輪中堤の典型の一として、長
くその効用・機能を発揮してきたもので、その特異な形状に関する築堤技術と共に
教科書等にも採りあげられてきた貴重な公共的施設であるから、その歴史的、社会
的、学術的価値、即ち文化財的価値は極めて高く、しかも、それは、例えば祖先伝
来の土地といつた如き個人の主観的価値感情の域にとどまらず、広く社会より承認
され、社会的にオーソライズされた客観的価値にまで高まつているというべきであ
る。
しかしで、右堤は、一面右のように文化的・客観的な価値を内在していると同時
に、他面それはまた控訴人がもと所有権(収用時は占用権等)を有するものでもあ
るから、控訴人は、堤防自体のほか、かかる価値の保有者でもあると解すべきもの
であるところ、本件処分は、右占用許可の取消であり、しかも右輪中堤自体のとり
こわしをも意味するものであるから、控訴人は、これにより、右価値の保有権ない
し保有利益を失うものというべく、しかして右価値は上記の如く一時的・臨時的な
ものではないから、右権利・利益の喪失は、本件処分と相当因果関係の範囲内にあ
るものというべきであり、従つて右価値についての損失は、前記土地収用法八八条
にいう「(権利者が)通常受ける損失」に該当するというべきである。
なお被控訴人は、右の如く別途補償を要する文化財的価値は文化財保護法の指定対
象たるものに限ると主張するが、同法の目的とするところと損失補償制度の目的と
はその意義・領域を異にするから、右主張は当をえざるものであり、更に被控訴人
は、本件文化財的価値の収用は、受忍の限度内であると主張するところ、確かに本
件土地収用・新堤防築造事業が高度の公益性を有することはいうまでもないが、他
方本件輪中堤もまた叙上の如く非一般的な特別の公共的価値を有していたのである
から、これらを彼我総合すると、本件については、いわば公益相互の調節の見地か
ら、収用部分につき右価値の補償を行うのが、損失補償制度の基本理念たる公平の
趣旨によく適うものと解するのが相当である。従つて、右被控訴人の主張もまた採
用することができない。
4 よつて、右文化財的価値の補償金額につき考えるに、控訴人はこれを複成式評
価法をもつて算定すべきであると主張するが、そもそも右方法は元来経済的価値の
算定に関するものであるのみならず、控訴人の右主張は本件堤防(堤体)の独立物
件性を前提とするものであつて、叙上判示のところと前提を異にするうえ、本件堤
防は再建の要のないものであるから、この意味でも妥当性のある方法とはいい難い
(なお、右控訴人の主張に添う原審鑑定人K及びLの各鑑定の結果は、既に右と同
様の点において採用し難く、又控訴人引用の鳥取地方裁判所昭和四七年三月一七日
判決は、不法行為による損害賠償に関するものであつて本件に適切でない。)。
そこで、右補償金額の算定につき、前記建設省補償基準七条の「特殊な土地(につ
いては)、その実情に応じて適正に補償する」との趣旨を参酌しつつこれを考える
に、元来文化財的価値なるものは金銭的価値を本体とするものではなく、その額の
多募は必ずし、も本質的事項ではないことに思いを致し、更に文化財的価値という
も物を離れて存在するものではなく、物に内在にて存することをも考えると、右金
額は、当該物件の客観的価額を基とし、これに右の諸点をふまえた社会通念により
相当と認める一定割合を乗じて得た額とするのが相当である。
そして当裁判所は、本件輪中堤の上記の如き文化財産の内容、これと対比すべき本
件事業の公益性、更に文化財的価値と金銭的評価との上記の如き関係、その他本件
に顕われた一切の事情を総合勘案すると、本件の場合にあつては、右の割合は、物
件価格の一〇分の一とするのが社会通念上相当と解する。よつて、本件堤防の文化
財的価値の補償金額は、前記堤防の所有権相当価格一三、六五〇、五六〇円の約一
割に該る一三六万円とするのが相当である。
八 以上各判示したところに基づき、本件土地の占用許可取消処分により控訴人の
受くべき損失補償額を算出すると、
堤  防                                 
 一三、六五〇、五六〇円
山  林                                 
    七四二、八九六円
原  野                                 
  四、七〇二、五四四円
荒  地                                 
  二、一二二、一二〇円
文化財的価値                               
  一、三六〇、〇〇〇円
合  計   二二、五七八、一二〇円となる。
九 以上の次第であるから、本件占用許可取消処分による損失補償額は、右八にお
いて判示したとおり合計二二、五七八、一二〇円であるところ、本件裁決における
損失補償額七、六三三、六九九円を既に受領したことは控訴人の自認するところで
あるから、控訴人の金員請求は、被控訴人に対し、上記認定の損失補償額から既に
受領ずみの右金額を差し引いた一四、九四四、四二一円、およびこれに対する本件
補償時期たる昭和四二年一二月二八日の翌日より完済に至るまで民法所定年五分の
割合による金員の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余
の金員請求は失当として棄却すべく、なお裁決変更の訴えはこれを却下すべきであ
る。
よつて、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴詮費用の負担につき行政事件
訴訟法七条、民事訴訟法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
なお仮執行の宣言は、その必要がないものと認めるのでこれを付さない。
(裁判官 小谷卓男 寺本栄一 三関幸男)
略図及び別表(省略)

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