弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴および本件附帯控訴をいずれも棄却する。
     控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は被控訴
人(附帯控訴人)の負担とする。
         事    実
 控訴人(附帯被控訴人。以下単に控訴人という。)は、「原判決中控訴人敗訴部
分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人。以下単に被控訴人という。)の請求を棄却
する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯
控訴に対しては附帯控訴棄却の判決を求めた。
 被控訴人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部
分を取り消す。仙台市a町b字c所在の別紙図面Eの土地が被控訴人の所有である
ことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求
めた。
 当事者の事実上の主張および証拠関係は、左記に補足するほか原判決の事実摘示
と同一であるからこれを引用する。(なお右事実摘示中に訴外甲1と記載されてい
る部分は被控訴人と読みかえるものとする。)
 (控訴人の主張)
 一、 仙台市a町b字c所在の別紙図面記載B、C、D、F、G、Hの各土地
(以下本件係争地と略称する。)は、土地台帳付属図面(以下単に公図という)上
水路と表示されている建設省所管の公共用財産であり、建設大臣から機関委任を受
けた宮城県知事が建設省所管国有財産部局長として管理している土地でいわゆる公
物である。本件係争地は、公図が作成された明治二〇年頃には現実に水路として使
用され、他の水路と有機的に連結して水系をつくり、被控訴人の所有する田のみな
らず、付近一帯の田の灌概用水路として公共の用に供されてきたものである。この
ような公物である本件係争地について、行政主体による公用廃止行為がなされたこ
とはないから、本件係争地は時効取得の対象とはなり得ないものである。
 二、 かりに公物について、公用廃止行為がなされなくとも、外見上公物として
の形態を失なつてしまえば時効取得の対象となると解されるとしても、本件係争地
はなお公物としての形態を保持していたものであるから時効取得の対象とはならな
い。すなわち本件係争地は、古くから一般公衆の農耕作用の灌概水路であつたもの
で、河川と同じく流水部分と左右の堤塘部分とにわかれ、流水部分は水田の灌概用
に、堤塘部分は農道用に、それぞれ公共の用に供されてきたのである。そして昭和
四〇年八月現在においても、流水部分こそ土砂等で埋つたところがあつたとして
も、その埋つた部分と従来の堤塘部分が全体として農道となり、従前の水路に相当
する土地がそのまま一般公衆の通行の用に供されていたし、将来も一般公衆に利用
されるものとして公用を果たしていたのである。それは、老朽化した水路ないし農
道としてなお公物としての形態を保持していたのであり、被控訴人所有の田の耕作
の用にのみ供されるようないわゆる畦畔とは明らかに性格を異にするものであり、
私人による時効取得の対象となるものではない。
 三、 本件係争地は、前述のように農道で、幅員も二尺五寸(約七五センチメー
トル)以上あり、なかでも別紙図面Dは馬車が通れる程の広さで、訴外乙1所有の
田との境界でもあつたところから、同人や周辺の田の耕作者ら一般人の通行の用に
供されてきたのであり、被控訴人が自主占有してきたとはいえない。
 四、 被控訴人の主張のうち、本件係争地が公用に供されたことがないという点
は否認する。また別紙図面Eの部分が他の水路と連結している水路であることは認
めるが、右の部分が、もつぱら被控訴人の田の耕作の用にのみ供されていたという
点は否認する。
 (被控訴人の主張)
 一、 被控訴人は、さきに破産宣告を受けたが、昭和四九年四月二三日強制和議
認可の決定を受け、右決定は、同年五月二一日の経過をもつて確定した。よつて被
控訴人に復権したので、破産管財人丙1がしていた本件訴訟手続を承継する。
 二、 本件係争地は、明治初年以来周辺の田の耕作の便に供されてきた水路もし
くは畦畔であり、耕作地でないために地租改正にあたつて課税対象から除外されひ
いて土地台帳にも記載されずに国有地となつたが、もともとは民有地であつた。そ
して田の耕作の便に供する以外に何ら公共の目的に使用されたこともないのである
から、これを公物ということはできない。
 三、 本件係争地周辺の仙台市a町b字cd、e、f、gのh、i、jの各地番
の田(以下において本件田という)は、被控訴人が昭和二二年七月二日、自作農創
設特別措置法にもとづいて控訴人から売渡を受けた。この本件田と本件係争地は、
南方を通称巴堀によつて、北方を暗渠排水溝によつて、それぞれ区切られ、東西両
端はそれぞれ小さな水路によつて周辺の田から区切られているほぼ正四角型の土地
である。そして本件田と本件係争地を含む部分は、被控訴人の先祖が旧仙台藩主戊
1家から借り受け耕作してきたものであり、被控訴人の先祖は、本件田と本件係争
地を含む部分を自らの判断によつて耕作に便宜なように畦畔をつくり、あるいは私
道をもうけて稲作を続けてきたのである。そしてこのような耕作の過程で本件係争
地は、公図上こそ水路としての表示が残されているとしても、現況は本件田の部分
と一体をなして水田もしくは畦畔に変容してしまつていたのである。そのために本
件田の売渡を受けた被控訴人は、本件係争地の部分をも自らの所有と信じて平穏公
然に占有してきたものであるから時効取得を妨げるものではない。
 四、 別紙図面記載Eの部分は、他の水路と連結された水路ではあるが、被控訴
人の田の灌概用にのみ供されてきた水路であり、被控訴人はもちろん、その先祖に
おいても自らの所有地として管理していたものであるから、本件係争地同様に時効
取得が認められて然るべきである。
 (証拠)(省略)
         理    由
 一、 別紙図面記載のB、C、D、F、G、Hの土地すなわち本件係争地が法務
局備えつけの土地台帳に登載されていない無番地の土地で、もと国有地であつたこ
とは当事者間に争いがない。そして成立に争いがない乙第一号証の一によると、本
件係争地は、公図上青色に塗りわけられて水路として表示されていることが明ら<要
旨>かである。したがつて、本件係争地は、水路としての自然的な性格上当然に公共
の用に供されているいわゆる公物とみるべきものであり、通常の場合には行
政主体による公用廃止行為がない限り私的占有ないし時効取得の対象とはなり得な
いものというべきであるが、たとえ公物であるとしても、その公物としての外観が
失なわれ、現に公共用財産としての使命を果たしていない場合には、時効取得の成
否につき一般の私有地と法的取扱を異にする理由がないから、時効取得の成立を妨
げないものと解すべきであるので、以下において本件係争地の形状や占有の状態に
ついて検討することにする。
 二、 まず、成立に争いのない乙第一号証の一、同第二号証の一、同第三号証の
一ないし一〇の各イ、ロによると、本件係争地は、公図によると、仙台市a町b字
cd番(二〇一五平方メートル)、同e番(一九〇七平方メートル)、同f番(三
二〇三平方メートル)、同g番のh(一二五九平方メートル)、同i番(一九一七
平方メートル)、同j番(二一三五平方メートル)の本件田を東西または南北に区
分しながら流れる帯状の水路で、その幅員は別紙図面のように広いところで三メー
トルから狭いところで二メートルであることが認められる。しかし、当審における
被控訴人本人尋問の結果によつて七郷土地改良区が作成したものと認める甲第三号
証および右本人尋問の結果、原審における証人己1、同庚1、同辛1(第一、二
回)、同壬1の各証言によると、本件田と本件係争地を含む一帯の土地は、南側を
通称巴堀という水路によつて、北側を暗渠排水によつて、それぞれ区画され、東西
両端もそれぞれ細い水路(西側は別紙図面記載Eの水路にあたる)によつて区切ら
れたほぼ正四角型の土地の一部であるが、そのうち本件田と本件係争地の部分は被
控訴人の祖父が訴外丁1から借り受けて小作していた当時から合計四五枚の水田に
区分されていたという事実が認められる。すなわち別紙図面Aの私道北側のf番の
田は細い畦畔によつて五枚の田に分割され、別紙図面Aの私道南側の部分は東西八
列、南北五列合計四〇枚の水田に分割され、それぞれ幅員がせいぜい二尺五寸(約
七五センチメートル)か二尺(約六〇センチメートル)程度の細い畦畔によつて区
画されていたというのである。そして前掲各証拠および成立に争いのない甲第二号
証の一、二によると、被控訴人は、昭和二二年七月二日本件田を自作農創設特別措
置法にもとづいて控訴人から売渡を受けた(この事実は当事者間に争いがない)
が、その当時の本件田および本件係争地の状況は、前示のように被控訴人の祖父が
耕作していた状態と全く同様であつたために、被控訴人は、本件田と本件係争地を
含めた水田と畦畔全体を売り渡されたものと信じて占有してきたという事実が認め
られる。これらの事実に対して、被控訴人の祖父や被控訴人が本件田を耕作してい
た当時、本件係争地がなお公図に記載されているとおりの幅員を保つた水路として
の原型を保持していたことを認めるに足る証拠は全くない。成立に争いのない乙第
二号証の一の図面も、公図の記載を現地にあてはめて作成されたものであり、本件
係争地の現況を正確に伝えるものではないから、右の認定を左右するに足りない。
 右のような公図の記載と現実の占有の経過を考えあわせると、結局本件係争地
は、公図作成時こそ水路としての形状を保つていたかも知れないが、その後の年月
の経過にともないあるいは水田に、あるいは畦畔にと作りかえられ、水路としての
外観を全く失なつてしまつていたものと認定するのが相当であり、被控訴人の占有
は、このように公物としての外観を失なつた本件係争地に対してなされできたもの
とみられるから、所定の要件を満すことによつて時効取得することを妨げる理由は
ないということになる。
 そして、成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第三号証の一ないし一〇の各
イ、ロ、証人己1、同辛1(第一、二回)、同壬1の各証言、被控訴人本人尋問の
結果によると、被控訴人は、前示のように昭和二二年七月二日控訴人から本件田の
売渡を受けると同時に本件係争地についても自らの所有地として昭和四〇年五月頃
まで自己もしくは家族の手によつて水田もしくは畦畔として平穏公然と占有を継続
してきたものであることが認められるのである。そして被控訴人が祖父の代から耕
作していた本件田を自作農創設特別措置法により控訴人から売渡を受けたものであ
ることや、前示のように水田と畦畔の状態になつていた本件田と本件係争地の位置
関係と使用状況等にてらすと、被控訴人が本件田とともに本件係争地も自己の所有
地となつたと信ずるのも無理からぬところであつたと解されるから、被控訴人が本
件係争地の所有権も取得したと信ずるについては過失がなかつたものと認める。し
たがつて被控訴人は遅くとも昭和二二年七月二日から一〇年の経過とともに時効に
より本件係争地の所有権を取得したものというべきである。
 三、 もつとも、控訴人は、本件係争地が水路としての外観を失なつたとしても
農道もしくは老朽した水路としてなお公共の用に供され、公物としての外観を保持
していたのであるから時効取得の対象にならないし、またその外観故に被控訴人に
おいて自主占有をしていたことはあり得ないと主張するのであり、成立に争いのな
い乙第五号証の一、二、原審における証人癸1、同甲2の各証言、当審における証
人乙2の証言によると、一部控訴人の主張にそうような事実が窺われない訳ではな
い。しかし、右の証言や乙第五号証の二として提出されている写真によつても、右
の証人らが農道と主張する部分が、本件係争地と位置的に一致するかどうか正確な
実測を伴なつた訳ではないからはつきりしない点はひとまず措くとしても、前示
二、で判示したように、被控訴人が本件係争地の占有を開始した当時、本件田と本
件係争地内には、公図記載のような幅員二メートルないし三メートルの水路は存在
せず、水田とそれを区画する幅員約七五センチないし六〇センチの畦畔とみるべき
土地しかなかつた事実を否定するに足る証拠はないのであるから、本件係争地全部
が公物としての外観を保持していたとする主張が認め得ないものであることは明ら
かである。また、右の畦畔と認定した土地が、本件係争地の一部であり、かつ、被
控訴人の水田の耕作にのみ供されるという意味の畦畔ではなくて一般人の通行に供
される農道等であつたということを理由に時効取得を免れるためには、控訴人にお
いて本件係争地のうちでなお公物としての外観を保持している部分を特定して主張
し、またその部分を特定できるように立証する必要があると解すべきであるが、こ
のような部分を特定し得る証拠はない。それのみならず、前掲各証拠および被控訴
人本人尋問の結果によると、本件田および本件係争地を含む周辺の水田地帯は、被
控訴人所有地をも含めて昭和四〇年五月頃に宮城県開発公社の手を通して宮城県に
買収され、工場用敷地として整地されてその様相を一変し、今日では、本件係争地
の一部がなお公物としての外観を保持していたことを確かめるとともにその部分を
特定する方法が全く失われていることが明らかである。このように時効取得を免れ
る部分を特定し得ない以上、控訴人側の主張を採用し得ないことは明らかである。
また、被控訴人の本件係争地に対する占有が自主占有にあたらないとする控訴人の
主張は、前示二、において認定した本件係争地に対する被控訴人の占有の状態にて
らして採用し難い。
 四、 別紙図面記載Eの土地が、被控訴人が本件田や本件係争地を占有していた
当時なお水路としての外観を保持していたことは被控訴人も認めるところである。
してみると右Eの土地はその自然的形態自体からして公共の用に供されていること
が明らかであるから、たとえEの部分を流れる水が被控訴人の田の灌概用にのみ用
いられていたとしても、被控訴人においてEの土地を時効取得をするに由ないこと
は明らかであるというべきである。
 五、 以上を要するに、本件係争地について被控訴人の所有権確認の請求を認容
し、別紙図面Eの土地について請求を棄却した原判決は結局において正当であり、
本件控訴ならびに附帯控訴はいずれも理由がないというべきであるからいずれもこ
れを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第九五条、第八五条を適用し
て主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 石井義彦 裁判官 石川良雄 裁判官 守屋克彦)
別 紙 図 面
<記載内容は末尾1添付>
別 紙
<記載内容は末尾2添付>

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