弁護士法人ITJ法律事務所

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○ 主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和四二年分の所得税確定申告について、被告が昭和四三年一二月二五
日付けでした更正のうち総所得金額一七七二万五二二一円を超える部分及び過少申
告加算税の賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案の答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件処分の経緯
原告の昭和四二年分の所得税について、原告のした確定申告及び修正申告(第一
次)、被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定
(以下「本件賦課決定」という。なお、これと本件更正を合わせて「本件各処分」
ともいう。)並びに不服審査の経緯は、別表一記載のとおりである。
2 本件各処分の違法事由
しかし、被告がした本件更正のうち総所得金額一七七二万五二二一円を超える部分
は、譲渡所得に関する所得税法(昭和四九年法律第一五号による改正前のもの。以
下同じ)六四条二項及び租税特別措置法(昭和四三年法律第二三号による改正前の
もの。以下、単に「措置法」という。)三八条の六の解釈及び事実認定を誤り、原
告の所得を過大に認定した違法があり、したがつて、これに附帯してされた本件賦
課決定も違法である。
よつて、原告は、被告に対し、本件更正のうち総所得金額一七七二万五二二一円を
超える部分及びこれに附帯してされた本件賦課決定の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 原告は、本件更正について審査請求した後の昭和四四年七月四日、被告に対
し、本件更正により納付すべき税額を上回る税額を記載した修正申告書(以下「本
件修正申告書」という。)を提出して第二次修正申告(以下「本件修正申告」とい
う。)をした。
2 適式な修正申告書が提出された場合、その効果として、修正申告前にされた申
告、更正等により一応確定していた税額等は修正申告書に記載された額に修正され
るのであり、本件の場合、課税標準及び税額ともに本件更正の額を上回る額に修正
され、同時に確定したのであるから、結局、本件更正による判断の内容は、更正が
再更正の処分内容としてこれに吸収されて一体的になるのと同様に、本件修正申告
により修正(吸収)され、本件更正は独立の存在を失つたものである。
したがつて、本件更正を取り消す利益はなく、その取消しを求める本件訴えは、不
適法である。
三 請求原因に対する認否
請求原因1項の事実を認め、同2項を争う。
四 被告の主張
1 総所得金額とその内訳
原告の申告及び被告の本件更正に係る昭和四二年分の原告の総所得金額及び総所得
金額の所得の種類別内訳は、別表二記載のとおりである。
2 譲渡所得の内訳
原告の昭和四二年分の譲渡所得の計算内訳は、次のとおりである。
(一) 総収入金額  七〇〇五万六八〇〇円
(二) 取得費  四九一万四一七七円
(三) 譲渡に要した費用  五〇万二四〇〇円
(四) 譲渡益((一)-((二)+(三))  六四六四万〇二二三円
(五) 譲渡所得の特別控除の額  三〇万円
(六) 譲渡所得金額((四)-(五))×二分の一)  三二一七万〇一一一円
3 譲渡所得の算出根拠
(一) 総収入金額について
(1) 原告は、昭和四二年中において、京浜急行電鉄株式会社ほか一五名に、横
浜市<地名略>の畑ほか三四筆の土地(以下「本件土地」という。)を総額七〇〇
五万六八〇〇円で譲渡し、右総収入金額のうち三四六二万八三四六円は保証債務の
履行にあて(所得税法六四条二項適用)、また、六一一万二三二〇円は事業用資産
の取得にあてた(措置法三八条の六適用)として右総収入金額七〇〇五万六八〇〇
円から右の三四六二万八三四六円及び六一一万二三二〇円を控除した上で、譲渡所
得の収入金額を二九三一万六一三四円とし、更に別表三記載のとおり譲渡所得を算
出して、確定申告した。
(2) しかしながら保証債務の履行については、他人の債務を保証した事実が認
められず、また、事業用資産の取得については、原告が取得したとする別紙物件目
録記載の各不動産(以下、一括して「本件物件」という。)を原告が取得した事実
も認められなかつた。
したがつて、原告が申告時に適用した譲渡所得の課税の特例はいずれも認められな
いものであり、原告の総収入金額は、保証債務を履行したとする三四六二万八三四
六円及び事業用資産の取得に要したとする額六一一万二三二〇円を控除しない七〇
〇五万六八〇〇円が正当である。
(二) 取得費及び譲渡に要した費用の額について
取得費四九一万四一七七円及び譲渡に要した費用の額五〇万二四〇〇円は、いずれ
も原告の申告額である。
(三) 以上により原告の総所得金額は三四〇七万二九〇一円であるところ、被告
は、その範囲内で、総所得金額を二九三四万一九〇一円として本件更正をなした。
4 本件賦課決定の根拠
国税通則法六五条一項の規定を適用し、本件更正に基づき納付すべき税額に百分の
五の割合を乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を賦課決定した。
五 被告の本案前の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の本案前の主張1項の事実のうち、被告主張の日に本件修正申告書を提出
したことは認めるが、その余の事実は否認し、同2項を争う。
なお、本件修正申告書の提出は、修正申告書の様式を用いた六〇〇〇円の申告漏れ
があつた旨の事実の表白にすぎず、国税通則法一九条所定の修正申告に当たらな
い。
2 仮に、本件修正申告書の提出が、国税通則法一九条所定の修正申告に当たると
しても、次の理由により本件訴えは適法である。
(一) 本件更正と本件修正申告の関係
更正は行政処分であるから、いわゆる行政処分の公定力に基づき、本件更正が違法
であつてもそれが取り消されない限り、それを一応有効なものとして取り扱わざる
を得ないし、不服の対象である税金分を除外し、本件更正前の総所得金額に申告漏
れ所得金額である六〇〇〇円を上乗せして申告するという方法は認められていない
のであるから、結局、原告としては、右申告漏れ所得金額を申告するためには、本
件更正を前提として修正申告書を提出するほかなかつたのであり、また、修正申告
は私人の公法行為であるから、更正と再更正という行政処分相互間の理論が当然に
当てはまるものではなく、むしろ原告は、本件修正申告書を提出する一方で不服審
査手続を維持していたのであるから、本件修正申告書の提出をもつて直ちに本件更
正を認容する意思を有していたということはできない。
したがつて、本件修正申告の効力は、それによつて増加する部分の税額についての
み生じ、本件更正とは全く別個の行為として併存し、本件更正の取消しのみを求め
る本件訴えも適法であるといわなければならない。
(二) 国税不服審判所長の裁決の拘束力
国税不服審判所長は、請求原因1項記載のとおり、原告が被告に対し本件修正申告
をした後である昭和四五年一二月一〇日に、本件更正に対する原告の審査請求を棄
却する旨の裁決をした。
右裁決は、原告の審査請求の適法性を前提としてされたものということができると
ころ、右裁決は、関係行政庁を拘束するのである(国税通則法一〇二条一項)か
ら、原処分庁である被告も、右裁決に拘束され、却下事由の有無にかかわらず、右
裁決前に存した不適法事由を本訴において主張することは、一切許されない。
(三) 錯誤無効
確定申告書の記載内容の過誤の是正につき、この錯誤が客観的に明白かつ重大であ
つて、所得税法の定めた方法(修正申告又は更正の請求)以外にその是正を許さな
いならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に
は、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することも許されると解すべき
である(最高裁昭和三六年(オ)第四九九号同三九年一〇月二二日第一小法廷判
決・民集一八巻八号一七六二ページ参照)。
原告は、本件更正を認容する結果は生じないと誤信して本件修正申告をしたのであ
るが、右錯誤は、後の修正申告によつて先行する更正に係る所得を認容したという
効果が生じ、ひいては事実上先行する更正に対する審査請求を取り下げたことと全
く同様の重大な結果が生じるというのであれば、何人もかかる修正申告を行うはず
がないという点において重大かつ明白であるということができる。
そして、既に国税通則法二三条所定の期間を経過しているから、本件修正申告に対
して更正の請求をすることもできず、右錯誤無効を主張する以外に本件修正申告を
是正する方法はなく、右錯誤無効の主張を許さなければ、原告の利益を著しく害す
ることは前記のとおりであるから、まさに原告には、右錯誤無効を主張する特段の
事情があるといわなければならない。
したがつて、本件修正申告は錯誤により無効であるから、本件更正の取消しの訴え
の利益はあるといわなければならない。
(四) 信義則違反
原告は、被告職員から、被告が収集した資料に基づき、昭和四二年分の所得のうち
雑所得として六〇〇〇円の申告漏れ所得がある旨の指摘を受けて修正申告を慫慂さ
れので、再更正を受けることを危惧し、本件修正申告をしたのであり、また、修正
申告書は、先行する申告又は更正に係る課税額を表示しなければ記載ができず、か
つ、その更正を争つているか否かが全く表示できない様式が被告によつて定められ
ているため、原告は、被告が定めた右の様式の修正申告書を用いて本件修正申告を
したのである。
このように被告職員が原告に対し本件修正申告書の提出を慫慂し、かつ、被告自ら
が修正申告において右のような様式を用いることを強制していながら、一たび原告
が右様式に従つた修正申告書を提出するや、これを奇貨として本件更正の取消しの
訴えの利益を欠くと主張するのは、はなはだしく信義則に反するといわなければな
らない。
六 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1項の事実を認める。
2 同2項の事実は知らない。
3 (一)同3(一)(1)項の事実は認め、同3(一)(2)項は争う。
(二) 同3(二)項の事実は認める。
(三) 同3(三)項の事実は争う。
4 同4項は争う。
七 原告の反論
1 保証債務の履行
原告は、別表四記載の各保証債務を負担していたところ、右各保証債務を履行する
ために、被告の主張3(一)(1)項記載のとおり、昭和四二年中に京浜急行電鉄
株式会社ほか一五名に対し本件土地を譲渡し、その譲渡代金(以下「本件譲渡代
金」という。)をもつて同表記載のとおり右各保証債務合計三四六二万八三四六円
を弁済して履行した。
2 買換え資産の取得
原告は、昭和四二年六月二二日、本件物件を神田屋商事株式会社(以下「神田屋商
事」という。)から代金六〇〇万円で買い受け、また右物件の調査測量費等として
一一万二三二〇円を港南測量に支払い、右物件をポール商事株式会社(以下「ポー
ル商事」という。)に対し、同日から賃料月額三万円で賃貸して事業の用に供し
た。
しかして、、右代金及び調査測量費等合計六一一万二三二〇円は、本件譲渡代金か
ら支出された。
なお、原告が本件物件を取得して事業の用に供した経緯は次のとおりである。
(1) Aは、昭和四一年四月八日、本件物件を当時の所有者Bから代金六〇〇万
円で買い受けた。しかし、本件物件には、右Bのために抵当権等が数多く設定さ
れ、同人の債権者らから追及されるおそれがあつたため、ポール商事の取締役であ
つたC名義で昭和四一年四月九日付所有権移転登記が経由された。そしてAは、そ
のころ、ポール商事に対し本件物件を賃料月額三万円の約定で貸し渡し、
ポール商事は本件物件所在地において印刷業を始めた。
(2) その後Aは、昭和四一年四月下旬、神田屋商事から利息月三分の約定で六
〇〇万円を借り受け、同商事に対し、右債務の担保のために本件物件を譲渡し、同
商事は、同月二七日付所有権移転登記を経由した。
(3) 他方、原告は、Aと相談の結果、Aの借入利子負担を減少させるために本
件物件を自ら取得することとし、昭和四二年六月二二日、神田屋商事に対し、Aの
前記債務六〇〇万円を弁済して本件物件を取得し、同日付所有権移転登記を経由し
た。なお、右六〇〇万円は、本件譲渡代金から支出された。
したがつて、原告は、右同日、本件物件を取得すると同時にポール商事に対する本
件物件の賃貸人たる地位を承継して賃貸人となつたのであり、この事実は、措置法
三八条の六所定事業用資産の取得に当たるというべきである。
3 結 論
以上によれば、原告の昭和四二年分の譲渡所得の算出については、被告の主張2項
記載の譲渡益六四六四万〇二二三円から、更に、措置法三八条の六に基づき六一一
万二三二〇円及び所得税法六四条二項に基づき三四六二万八三四六円をそれぞれ控
除すべきである。
八 原告の反論に対する被告の認否
1 原告の反論1項の事実を否認する。
2 同2項の各事実を否認する。本件物件をBから取得して神田屋商事に譲渡し、
更に同商事から再度取得したものは、いずれもポール商事自身である。また、仮に
原告が本件物件を取得したとしても、原告はポール商事に対し本件物件を無償で貸
し渡したのであり、よつて、本件物件を事業の用に供したとは認められない。更に
百歩譲つて原告が本件物件を事業の用に供したと認められるとしても、事業の用に
供した期間は昭和四二年六月から同年一二月までの七か月間にすぎず、措置法三八
条の六の適用除外である「一年以内に事業の用に供さなくなつた場合」に当たる。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1項の事実は、当事者間に争いがない。
二 本案前の申立について
1 本件修正申告書提出の経緯
原告が、本件更正について審査請求をした後の昭和四四年七月四日、被告に対し、
本件更正により納付すべき税額を上回る税額を記載した修正申告書を提出したこと
は当事者間に争いがなく、右争いのない事実並びに成立に争いのない甲第一、乙第
一号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真
正な公文書と推定すべき同第二、第三号証、証人Dの証言及び弁論の全趣旨を総合
すれば、次の事実を認めることができる。
原告が本件更正につき審査請求中の昭和四四年六月中句ころ、被告事務官Eは、原
告の昭和四三年分の所得税についての調査の際に、京浜急行電鉄株式会社から収集
した資料中に原告の昭和四二年分の雑所得六〇〇〇円分の資料が混入していること
を発見したため、原告に対し来署依頼状を発送したところ、原告の代理人としてD
税理士が、同月二四日ころ、被告署に来訪した。そこで、同事務官は、同税理士に
対し、原告の昭和四二年分所得につき雑所得六〇〇〇円の申告漏れがあるので、修
正申告をされたい旨を告げ、同税理士も、これを了承して、被告備付けの法定の様
式の昭和四二年分の所得税の修正申告書用紙(甲第一、乙第一号証)を受領した。
そして、同税理士は、自己の事務員に指図して、右用紙の「(4)修正前の課税
額」欄に本件更正に係る額を、例えば、「所得金額合計(9)」欄に本件更正に係
る額である二九三四万一九〇一円を、また、「(B)修正申告額」欄に右申告漏れ
所得六〇〇〇円を雑所得として記載し、これを加算して「所得金額合計(9)」欄
に二九三四万七九〇一円を、更にその他所要の事項をそれぞれ記載させた。次い
で、同税理士は、右のように記載した修正申告書を原告に示して申告者押印欄に捺
印してもらつた後、昭和四四年七月四日、右申告書を被告に提出した。
2 本件修正申告書提出の性質
前記認定判示した事実、とりわけ税の専門家であるD税理士が、被告事務官Eの修
正申告をされたい旨の慫慂に応じて進んで本件更正に係る所得金額、税額を前提と
して本件修正申告書を作成、提出していること並びに本件修正申告書(乙第一号
証)が同法一九条四項所定の内容、様式をすべて備えており、かつ、同法二一条所
定の提出先に提出されたことに照らせば、本件修正申告書の提出が、同法一九条二
項一号所定の修正申告に当たることは明白であるといわなければならず、右提出を
もつて、六〇〇〇円の申告漏れがあつた旨の事実の表白にすぎないということはで
きない。
3 本件修正申告と本件更正の関係
申告納税方式をとる所得税にあつては、納付すべき税額は、納税者の申告があれ
ば、特に税務署長において更正する場合を除き、その申告によつて確定し、納税者
は申告に係る税額を納付すべき義務を負担するものであり、この理は、先になされ
た申告又は更正に係る税額を増額してなされる修正申告にもそのまま妥当するもの
ということができる。したがつて、修正申告がなされた場合、納税すべき税額は増
額された部分を含む全額が即時確定するということができ、その限りで先になされ
た申告又は更正は修正申告に吸収されて消滅し、その存在意義を失うものというべ
きである。
したがつて、本件においては、原告の昭和四二年分の所得税は、本件修正申告に基
づいて課税標準及び税額とも本件更正を上回る額に増額され、同時にその全額が確
定したということができ、本件更正は、本件修正申告に吸収されて消滅し、その存
在意義を失つたということができるのであるから、本件更正の取消しを求める訴え
の利益は存しないというべきである。
なお、修正申告をした納税義務者において、先行する更正に不服がありそれを認容
する意思を修正申告当時に有していなかつたとしても、適式な修正申告書が提出さ
れた以上、後記判示の錯誤の要件を満たさない限り、前記修正申告の効果の発生に
何らの消長もきたさないと解すべきである。
また、現在の納税実務においては、不服申立て手続が継続している間に納税義務者
が争わない申告漏れ所得が発見された場合、納税義務者において、更正等に係る不
服の対象たる税額を除外し、更正等がなされる前の所得に申告漏れ所得を上乗せし
て申告する方法は認められていないけれども、納税義務者としては、異議申立て、
審査請求等の趣旨に掲げた取消しを求める数額を申告漏れ所得の額だけ減額する旨
の申立てをすることにより、課税漏れ所得の申告を事実上果たすことができるので
あるから、本件の場合、原告が不服申立て手続を維持することを欲していたなら
ば、右のような手続を執るべきであるから、本件修正申告を止むを得ないものであ
るとして、本件更正の取消しを求めることはできないものといわなければならな
い。
4 国税不服審判所長の裁決について
国税不服審判所長が、本件修正申告がなされた後である昭和四五年一二月一〇日、
原告の前記審査請求について、却下の裁決をすることなく棄却の裁決をしたこと
は、当事者間に争いがない。
原告は、被告は右棄却裁決に拘束されて本件訴えの利益の欠缺を主張することがで
きない旨主張するが、いわゆる裁決の拘束力は原処分を取り消した裁決に生ずるも
のであり、本件のように原処分(本件更正)を維持した裁決の結果に、なお不服が
あるとして提起された行政処分取消訴訟において、被告がする主張が右裁決に拘束
されてその判断と同一でなければならないと解すべき理由はなく、よつて、原告の
右主張は失当であるといわなければならない。
5 錯誤無効について
所得税の確定申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白
かつ重大であつて、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税
義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許さ
れないものと解すべきである(前掲最高裁昭和三九年一〇月二二日第一小法廷判決
参照)。
ところで、本件修正申告は、前記認定判示した経緯のとおり、原告代理人D税理士
が原告の昭和四二年分所得について六〇〇〇円の申告漏れがあることを自認してな
されたものであり、本件修正申告書自体、国税通則法一九条四項所定の事項が漏れ
なく記載された適式な修正申告書の体裁を備えていることが明らかであるから、本
件修正申告に客観的に明白かつ重大な錯誤が存するとは、到底認めることができな
い。
よつて、本件修正申告が錯誤により無効である旨の原告の主張は採用することがで
きない。
6 信義則違反について
前記認定判示したとおり、原告が本件修正申告をするには被告事務官の慫慂がそれ
に与かつたことは否定できないが、さりとて右慫慂は同事務官の把握した事実関係
を前提とした課税実務上の単なる意見若しくは意向の表明にすぎず、もとよりこれ
により原告を法律上、事実上拘束する効果を有するものでないことはいうまでもな
く、よつて、本件修正申告は原告の任意的判断に基づいてされたものというべきで
ある。
したがつて、被告が本件修正申告のあることを理由として本件更正の取消しを求め
る訴えの利益を欠くと主張することには、信義則に反するとのそしりを受けるいわ
れはないものというべきである。
三 よつて、その余の点につき判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるから
これを却下し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条
を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄 吉戒修一 山崎善久)
別表一~四、物件目録(省略)

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