弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人谷口弥一の上告理由第一点について。
 本件記録によれば、第一審判決が、被上告人の本訴請求を全部認容して、上告人
に対し売買代金残額四四〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年九月三日から
支払ずみまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を命じ、かつ、これにつき担
保を供しないで仮執行をなしうる旨の宣言を付したこと、上告人は、昭和四一年一
二月二八日、右判決には全部不服であるとの理由で本件控訴を提起したことが明ら
かである。また、原審の確定するところによれば、和歌山地方裁判所は、昭和四二
年二月六日、被上告人の申立により、右第一審判決に基づく仮執行として上告人の
所有にかかるD丸(四・九三トン)に対し強制競売開始決定をし、右船舶を和歌山
市和歌浦港に碇泊させるように命じたこと、大阪高等裁判所は、同月一五日、民訴
法五一二条に基づき、上告人をして保証金二〇〇、〇〇〇円を供託させたうえ右強
制執行の停止決定をしたこと、和歌山地方裁判所は、同年三月三日、右船舶につき
Eを監守人として監守保存決定をしたこと、上告人は、同月二二日、大阪高等裁判
所に対して右強制執行の取消決定を申し立て、その申立書中で右監守保存決定が大
阪高等裁判所の前記強制執行停止決定を潜脱して強制執行を続行する効果をもたら
す違法な決定であるなどと主張したが、同月二四日、右申立を取り下げたこと、差
押にかかる右船舶は下津において右監守人の占有に帰したこと、監守保存決定はそ
の後の碇泊命令違反の行為を防止し、すでになした執行処分の効果を確保するため
の措置であつたこと、また右船舶の強制執行につき競売期日が指定された形跡はな
いこと、上告人は、同年四月三日、被上告人に対し第一審判決で支払を命じられた
元本および同日までの遅延損害金合計五〇八、二〇〇円の弁済をしたこと、右弁済
後に本件訴または控訴の取下等本件訴訟を終了させるための手続はなんらとられて
いないこと、以上の事実が認められるのである。さらに、本件記録によれば、原審
第一回口頭弁論期日は右弁済後である同月二一日に開かれたが、その後の昭和四三
年七月四日の第六回口頭弁論期日に至るまで、右弁済の事実は当事者双方ともこれ
を主張した形跡はなく、むしろ、上告人が第一審以来主張している金員の支払があ
つたか否か、および上告人が相殺に供したと主張する立替金債権が存在するか否か
についてもつぱら攻撃防禦が行なわれていたところ、同年一一月一四日の第八回口
頭弁論期日に陳述された上告人の控訴趣旨変更の申立書中に、民訴法一九八条二項
の申立の理由としてはじめて右弁済の事実が記載され、昭和四四年一月三一日の第
九回口頭弁論期日に陳述された上告人の準備書面にその申立の理由が詳細に記載さ
れたこと、一方、被上告人は、同期日に前記控訴趣旨変更の申立に対し請求棄却を
求めるとともに、本訴請求金額の全額の任意弁済を受けたから本訴を維持する必要
はない旨をはじめて陳述するに至つたことが、明らかである。
 ところで、原判決は、右弁済は、仮執行そのものによるものではなく、執行官の
催告に応じてなされたものでもなく、また、被上告人が仮執行を利用して上告人に
弁済を強制したことが明らかな場合であるとも断定できないとの理由で、右弁済は
民訴法一九八条二項にいう「仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にはあた
らないと判示して、被上告人の本訴を却下し、上告人の同項の申立を棄却すべきも
のとしているのである。
 しかしながら、被告が、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によ
つて履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきそ
の弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認めうる特別の事情のな
いかぎり、同法一九八条二項にいう「仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」
にあたると解するのが相当である。けだし、仮執行宣言付判決を受けた被告が、一
方で、同判決によつて履行を命じられた債務の存否を上訴審で争いながら、他方で、
みずから右債務の存否を争う実益を失わせるような任意弁済をすることは、特別の
事情のないかぎり、ありえないはずであり、このことは、その仮執行によつて強制
的に取りあげられた場合や仮執行に際し執行官に促されて弁済した場合にとどまら
ず、仮執行宣言付判決を受けたのちに被告が弁済をした場合一般についていいうる
ことだからである。そして、前記の事実関係のもとにおいては、他に原審の確定す
る事実、すなわち、本件弁済にあたり交付された領収証が当事者双方の代理人であ
る弁護士が関与して作成されたものでありながら、これに特段の留保文言の記載が
なく、かつ、右弁済に際し執行機関の関与および執行正本の交付等がされていない
との事実があつても、いまだ被告のした本件給付が全くの任意弁済であると認めう
る特別の事情があるとするには足りないものと解せられる。してみれば、右給付が
民訴法一九八条二項にいう「仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたら
ないとした原判決には、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違
法があるものといわなければならず、この点の論旨は理由がある。
 したがつて、その余の点につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れないが、
他に前叙の特別の事情があるか否か、これがないとすれば、本案である被上告人の
主張する売買代金残額の有無につき、さらに審理を尽くさせる必要があるので、本
件を原審に差し戻すのを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項の規定に従い、裁判官全員の一致により、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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