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    主      文
 1 処分行政庁が申立人に対して平成17年8月15日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は,本案事件の第
一審判決の言渡しの日から起算して15日後まで停止する。
 2 申立人のその余の申立てを却下する。
 3 申立費用は,相手方の負担とする。
   理由
第1 申立ての趣旨
   処分行政庁が申立人に対して平成17年8月15日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は,本案判決の確
定まで停止する。
第2 事案の概要
   本件申立ては,処分行政庁が中華人民共和国(以下「中国」という。)国籍を有する申立人に対して平成17年
8月15日付けでした退去強制令書(以下「本件令書」という。)の発付処分の取消しを求める訴えを本案として,そ
の判決確定まで本件令書の発付処分の執行の停止を求めるものである。
 そして,申立人は,執行停止を申し立てる理由として,入国審査官が,申立人について,出入国管理及び難民認
定法(以下「入管法」という。)24条4号イ(第19条第1項の規定に違反して収入を伴う事業を運営する活動又は
報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者)に該当するとの誤った認定を行い,同認定に基づき,法
務大臣が同法49条1項の規定による異議の申出には理由がない旨の裁決をした上,相手方において本件令書の発付処
分を行ったものであるから,本件令書の発付処分も取消しを免れないところ,本件令書に基づく執行により,重大な損
害を避けるため緊急の必要があることを主張している。
 なお,特に明示すべき本件申立ての理由及び相手方の主張の要旨は,後記第3の「当裁判所の判断」の各該当箇
所に記載するとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 執行停止の要件及び本件事案の経緯
(1) 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法3条3項に規定する裁決,決定その他の行為
を除く。以下「処分」という。)については,取消訴訟が提起されても,処分の効力,処分の執行又は手続の続行を妨
げないという,いわゆる執行不停止が原則とされており,処分の効力,処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停
止(以下「執行停止」という。)が認められるのは,処分,処分の執行又は手続の続行(以下「処分の執行等」とい
う。)により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある場合に限られ,その判断に当たっては,損害の回復の困
難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされ,また,重大な
損害を避けるため緊急の必要がある場合でも,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について
理由がないとみえるときには,執行停止をすることができない旨定められている(同法25条1項ないし4項)。
(2) 本件疎明資料及び本案事件の記録(以下,併せて「本件疎明資料等」という。)によれば,本件事案の経
緯は,別紙(相手方の意見書(抄)写し)(ただし,疎明資料の摘示部分を除く。)記載のとおりであることが一応認め
られる。
2 重大な損害を避けるための緊急の必要性の有無について
(1) 前記1(1)で述べた執行停止の要件に関する規定の趣旨に照らせば,行政事件訴訟法25条2項にいう「重大
な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるか否かについては,処分の執行等により維持される行政目的の達
成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と,これを執行することによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程
度とを,損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し,行政目的の達成を一時的に犠牲にしても申立人を救済し
なければならない緊急の必要性があるか否かという観点から検討すべきであり,また,同項の規定に基づく執行停止の
内容を決定するについても,執行停止によって行政目的の達成を停滞させることにより生ずる公共の福祉への影響を,
申立人の救済に必要な範囲で最小限にとどめるようにその内容を定めることが求められているというべきである。
(2)ア このような見地から,まず,申立人における事情が,本件令書の収容部分の執行により生ずる「重大な損害
を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるか否かについて検討するに,そもそも,国際慣習法上,国家は外国人を
受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受
け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策にゆだねられており,当該国家が自由に決定する
ことができるものとされているところであって,我が国の憲法上も,外国人に対し,本邦に入国する自由又は在留する
権利(ないしは引き続き在留することを要求し得る権利)を保障したり,我が国が入国又は在留を許容すべきことを義
務付けている規定は存在しない。そして,我が国は,入管法を定め,一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ,
その活動内容に応じた在留資格を与えて,その入国及び在留を認める制度をとっているものである。
 また,退去強制令書に基づく収容は,入国者収容所又は収容場の保安上支障がない範囲内において,できる
限りの自由が与えられるべきものとされており(入管法61条の7第1項),同法61条の7第2項ないし第5項及び
第6項に基づいて定められた被収容者処遇規則(昭和56年11月10日法務省令第59号)に規定された処遇内容
は,上記の趣旨にそったものとなっている。
 さらに,退去強制令書の執行による収容に伴って被収容者が受ける身体の自由の制限は,事後的な金銭賠償
による損害の回復が困難であり,単なる財産権の侵害に比べれば,その性質上要保護性が高いとはいえるものの,他方
において,退去強制令書の発付処分は,その名宛人を送還するために身柄を確保するとともに,この者を隔離し,本邦
におけるこれ以上の違法な在留活動を禁止するなどの行政目的によるもので,国内秩序の維持という高度の公益性を有
し,上記行政目的達成のために,身体の自由を制限する必要性,緊急性が高く,同様の処分を事後的に実施することに
よって同目的を達成することは困難である。
 したがって,これらの諸般の事情を総合考慮すると,退去強制令書の執行による収容に伴い,被収容者が身
体の自由を制限されることになるとしても,それが合理的な期間の範囲内にとどまり,かつ,具体的事案に応じた特段
の事情のない限り,退去強制令書の収容部分の執行による行政目的の達成を一時的に犠牲にしても申立人を救済しなけ
ればならない緊急の必要性があるものとは認め難いものというべきである。
イ これを本件についてみるに,本件事案の経緯(前記1(2))及び本件疎明資料等によれば,①申立人(
○年(昭和○年)○月○日生)は,上海市において,平成14年7月に会計学校を卒業した後,日本語を勉強していた
が,上海市所在の日本企業に就職するには,日本において経済などを勉強すべきだと考え,平成15年4月2日,在留
資格「就学」,在留期間6月とする上陸許可を受けて本邦に入国し,同月9日ころから平成16年3月下旬ころまで,
日本語学校のα(墨田区β所在)に通学し,その卒業後,同年4月から平成17年3月中旬まで,更に日本語の勉強の
ため,γ大学外国人留学生特別科(埼玉県δ市所在)に通学し,その卒業後,大学受験の結果,平成17年4月2日か
ら,ε大学国際経営学部(埼玉県ζ市所在。以下「本件大学」という。)に入学して本格的な勉学を始めるに至り,在
留期間の更新を重ねて,平成17年4月15日には,在留資格「留学」,在留期間2年とする在留資格変更許可を得て
いるものであり,この間,学校における授業への欠席はほとんどなく,本件大学においては後述する収容までは無欠席
であり,意欲をもって学業に真面目に取り組んで良好な成績を修めていたこと,②申立人は,自分の生活費を補助する
ため,来日当初から平成16年3月下旬まで,資格外活動許可(入管法19条2項)を受けて,菓子工場のアルバイト
をしていたが,現住所に転居後の家賃増加や本件大学に進学時の支出などで出費がかさみ,時給の高いアルバイトを始
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めようと考えて,入管法19条2項所定の資格外活動許可を受けることなく,同年4月中旬から,安易に北区η所在の
スナックで働き始め,平成17年4月26日摘発を受けたのを契機として,同年6月23日に収容令書の執行を受けた
こと,③それ以来,本件大学において履修中の科目すべての授業に欠席することとなってしまい,同年8月に予定され
ていた試験も受験することができず,そのため,今後更に長期間にわたり収容が継続されるとなれば,退学処分を受け
る事態となるおそれがあること,④申立人は,入国当初は,通学していた学校の寮に住んでいたが,環境や交通の便が
良くなかったことから,平成15年10月ころに現住所に転居し,友人の中国人留学生女性と同居していたものであ
り,なお復学して学業を続ける意思を強くもっていること,を一応認めることができる(なお,上記転居及び同居の事
実につき,疎乙27はその疎明を左右するものではない。)。
 そして,本件事案の経緯(前記1(2))のとおり,本件令書の発付処分の前提となった入国審査官の認定処分
は,申立人が,「報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者」(入管法24条4号イ)に当たること
を退去強制事由として認定したものであって,本件令書に基づく申立人の収容目的は,申立人を送還するために身柄を
確保するとともに,このような在留活動を禁止するものであるところ,確かに申立人は,上記のとおり,軽率にも許可
を受けずに約1年にわたりスナックで稼働していたものであるが,他方,当該稼働は,少なくとも学業を全うさせるた
めの生活費補助に端を発するものであって,申立人が学業に真面目に取り組み,良好な成績をあげていることに加え,
本件疎明資料等によれば,申立人が今回収容されて反省し,今後は学業により専念することを誓い,申立人の知人であ
る身元引受人においても十分に監督することを申し出ており,本件大学側も,現在のところ,申立人を受け入れる意向
を示していること,申立人は,従前,本国の両親から少なくとも総額235万円の仕送りを受けていたものであって,
今後も,両親からの仕送り及びこれまでの蓄えによって,本件大学における学業及び生活に必要な費用を賄うことが可
能であることが一応認められることからすれば,本件令書の収容部分の執行を停止した場合に,申立人が,資格外活動
許可を得ないで就労したり,現住所に居住し続けるか否かはともかく,逃亡したりすることは,想定し難いというべき
である。
 これらの事情にかんがみれば,前記退去強制令書の発付処分の目的である送還のための身柄確保や不法な在
留活動の禁止という見地から,申立人の身体の自由を制限する必要性は低いということができるのに対し,上記のとお
り,勉学を志して適法に本邦に入国し,「留学」の在留資格を得て,極めて計画的かつ意欲的に学業に励んでいた若年
の申立人にとって,収容が更に継続されることによって学業に支障を生ずることによる不利益は,回復が容易ではなく
より重大なものということができ,この点を勘案すると,申立人について,前記アにおける特段の事情が認められ,退
去強制令書の収容部分の執行による行政目的の達成を一時的に犠牲にしても申立人を救済しなければならない緊急の必
要性があるということができる。
ウそうすると,申立人における事情が,本件令書の収容部分の執行により生ずる「重大な損害を避ける
ため緊急の必要があるとき」に当たるということができ,いわんや,より強い制約となる送還部分の執行についてもこ
れを認めることができる。なお,申立人は,本件令書に基づく執行を,本案判決の確定に至るまで停止することを求め
ているが,本件に現れた事情を総合考慮すれば,本案事件の第一審判決の結論を踏まえて相当期間を経た上で,改めて
執行停止の各要件を判断するのが適当であると思料される。
  (3) したがって,申立人については,前記損害を避けるために,本件令書に基づく執行を,本案事件の第一審判決
言渡しの日から起算して15日後まで停止すべき緊急の必要性があるということができる。
3 「本案について理由がないとみえるとき」に当たるか否かについて
  (1) 申立人の本案事件における主張は,要するに,申立人は,「留学」の在留資格を有し,本件大学において,授
業への出席率は100パーセントに及び,良好な成績をあげていたものであり,学費は本国の両親からの送金により賄
っていて,一時アルバイト活動をしたことが入管法24条4号イに該当するとして,本件令書発付処分を受けたもの
の,これまでの申立人の学業の状況や学費の支出の状況等からみて,同規定の定める「同法19条1項の規定に違反し
て」,「報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者」に当たらないにもかかわらず,本件令書の発付
処分は,申立人の退去強制事由(入管法24条4号イ)の該当性に関する入国審査官の誤った認定及びこれに対する法
務大臣の異議の申出に理由がない旨の裁決を前提に行われたものであるから,違法である,というものである。
  (2) これに対し,相手方は,申立人が大学に在籍し勉学を行っていたとしても,入管法19条2号,同法施行規則
61条の2第4号により必要とされる法務大臣又は法務大臣から委任を受けた地方入国管理局長の許可を得ずに資格外
活動である就労を行い,その内容や有償性,継続性にかんがみて,本邦滞在中の必要経費の多くを自らの本邦での就労
に依拠していると認められる場合には,入管法24条4号イの退去強制事由に当たるものであり,このような資格外就
労を専ら行っていたことが,申立人については,「留学」の在留資格により本邦に在留していたにもかかわらず,ホス
テス業務という,許可を受ける余地のない資格外活動を,その違法性を認識しながら1年余りも継続し,本邦滞在中の
必要経費の多くを自らの本邦での就労に依拠していたことが,本件疎明資料等から明らかと認められるから,本件令書
の発付処分(その前提となる入国審査官の認定)が誤った事実に基づいて違法にされたものということはできない旨主
張する。
(3) しかしながら,申立人が,入管法24条4号イの定める「報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認め
られる者」に当たるかどうかについて,申立人において,前記2(2)イのような事情が一応認められる上,申立人の本邦
における学生としての生活及び就労等の状況,就労に至った経緯,学費及び生活費の支出の状況,本国からの送金の状
況及び使途等並びにこれらの事実の評価等に関し,更に本案における審理を尽くすことが必要であることに照らして,
本件令書の発付処分が違法であるとの申立人の主張につき,理由がないとみえるとはいえない。
 したがって,この点に関する相手方の主張は理由がない。
 4 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条4項前段)に該当すると認めら
れるか否かについて
 相手方は,退去強制令書の発付を受けた外国人に対して,その収容部分の執行が停止されることになれば,仮放免
における保証金納付等の措置も執られないまま,何ら在留資格を有しない者に対して,無制約に在留活動を許容する仮
の地位を与えたと同様の結果を招来し,在留資格制度を著しく混乱させ,本邦に不法に入国し又は不法に残留した外国
人による濫訴を誘発,助長するもので,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある旨主張する。
 しかしながら,申立人には,前記2(2)イのとおり,特別な事情が認められるからこそ,本件令書に基づく執行を
停止しようとするものであって,このような事情に照らせば,これを認容するからといって,相手方が主張するよう
に,在留資格制度の著しい混乱や濫訴の誘発,助長を招くとはいえず,相手方の上記主張は理由がないといわざるを得
ない。
5 結論
   よって,本件申立ては,本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して15日後まで本件令書に基づく執行停
止を求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余の部分は理由がないからこれを却下することと
し,申立費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書,61条を適用して,主文のとおり決
定する。
 平成17年9月29日
    東京地方裁判所民事第2部
ページ(2)
裁判長裁判官    大 門   匡
裁判官    関 口 剛 弘
裁判官    菊 池   章
ページ(3)

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