弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,昭和47年6月9日妻Aと婚姻し,長女B及び本件の被害者である長
男V(昭和63年7月21日生)の2子をもうけた。この間,被告人は,平成6年
12月ころまで兵庫県C市役所で公務員として働いていたが退職し,その後数度の
転職を経て,本件犯行当時は,新聞販売店で会社員として勤務していた。
Vは,当初何ら問題なく成長しているようであったが,二,三歳ころから言語表
現の成長の遅れが目立ち,同人が小学校に入学すると,同級生らとうまくコミュニ
ケーションをとることができないなど,自閉症の症状が現れ,その状態は徐々に悪
化した。そして,Vは,小学校5年生のとき,公園で他人の視線を感じたことをき
っかけとして,気が狂ったように走り回り,叫び,暴れるというパニック症状にな
り,その後,特定の言語表現等に対して過敏に反応して,しばしばパニック症状を
起こすようになった。被告人らは,Vを各種の医療機関や施設に連れていき,診察
やカウンセリングを受けさせるなどしたが,同人の症状には改善はみられず,平成
13年4月,Vは兵庫県立D養護学校に入学したが,当初からほとんど通学せず,
自宅で昼間に寝て夜
はずっと起きてゲームなどをするといった昼夜逆転の生活を送るようになったばか
りか,毎日のようにパニック症状を起こすようになった。Vは成長するにつれて力
が強くなり,同人がパニック症状を起こすと,徐々に被告人らの手に負えなくな
り,その上,同年12月18日,長女Bが不慮の交通事故により負傷し,意識不明
の寝たきりで回復の見込みすらたたない状態となり,このころからVの症状は更に
悪化し,被告人らの苦悩は一層募り,被告人は慢性的な睡眠不足になるなど疲労の
度合いを強めた。
そこで,被告人らは,神戸市こども家庭センターの紹介で,平成14年1月30
日から,Vを神戸市北区にある精神病院のE病院に入院させたが,入院後一,二か
月ほどして,Vからしきりに退院したいと懇願されたため,結局,同年4月30日
に退院させた。Vは,E病院を退院後,しばらくパニック症状を起こすこともな
く,被告人らは平穏な生活を送ることができたが,同年6月ころになると,Vは再
び昼夜逆転の生活に戻り,昼夜の別なく被告人の勤務先である新聞販売店等に頻繁
に電話をかけたり,パニック症状を起こすようになった。なお,同病院において,
Vは,高機能自閉症と認められたが,高機能自閉症は知的障害がないため,かえっ
て問題行動に発展しやすく,また,その対処法の研究は,通常の自閉症と比べ遅れ
た状況にある。
同年7月に入ると,Vの症状はますます悪化し,被告人の知人や勤務先等に,昼
夜の別なく頻繁に電話をかけ,連日連夜パニック症状に陥っては,暴れ,物を投げ
つけて壊し,ベッドを持ち上げて床にたたきつけたりするようになり,Vのパニッ
クは,1日に多くて6回,1回当たり10分ないし30分間にも及ぶことがあっ
た。
このころ,被告人は,妻に手首を切った痕跡があることに気づき,妻が自殺を図
ったと知って,大きな衝撃を受けた。
被告人は,本件犯行当日である同年7月24日朝,度重なるVのパニック症状等
による睡眠不足と心身の疲弊から会社を欠勤することにして,自宅でしばらくまど
ろんだ後,ふと被告人方2階にあるVの部屋に向かい,就寝中のVの顔を見たとこ
ろ,パニック症状を起こしているときの表情とはうってかわって安らかなVの寝顔
を目にし,同人の症状が改善する見込みは乏しく,また,V自身,パニック症状が
収まると,被告人に「苦しい。生まれてこなければよかった。」などとパニック時
の苦痛を訴えることがあるのを思い起こし,これ以上Vがパニック症状を起こすな
どして苦しむ姿を見たくない,Vをその苦しみから解放してやりたいなどと考えて
同人の殺害を決意するとともに,自らも死のうと考え,その場にあったVのテレビ
ゲーム機スーパーフ
ァミコンのコントローラのビニール製コードを本体から取り外して手に取った。
(犯罪事実)
被告人は,高機能自閉症の障害のある長男V(当時14歳)の将来を悲観するな
どして,同人を殺害した上で,自らも自殺しようと決意し,平成14年7月24日
正午ころ,神戸市北区D町a番地のbにある自宅2階のVの居室内において,その場
にあったテレビゲーム機スーパーファミコンのコントローラのビニール製コード
(平成14年押第140号の1)を睡眠中のVの頸部に巻き付けて両手で絞め付け
るなどし,よって,そのころ,その場所で,Vを窒息させて殺害した。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択
し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決
勾留日数中180日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの
裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,高機能自閉症の障害を有し,しばしばパニック症状を起こすなどして
いた長男V(被害者)の将来を悲観するなどした被告人が,被害者を殺害した上で
自殺しようと考えて,被害者の首を絞めて窒息死させたという殺人の事案である。
2 量刑上考慮した事情
(1) 不利な事情
被告人は,高機能自閉症の障害を有する被害者の将来等を悲観し,同人を殺
害した上で自殺しようと考えて,就寝中で無抵抗の被害者を殺害したものである
が,その犯行動機は,被害者の人格を無視した身勝手で独善的なものといわざるを
得ず,相応の非難は免れない。
そして,被告人は,被害者の頸部に,ゲーム機のコントローラのビニール製
コードを巻き付けた上,確実に殺害するために,強くかつ執拗に締め付けており,
その殺意は強固であり,犯行態様もよくない。
被害者は,現代の医学水準では完全な治療,回復が見込めない高機能自閉症
の障害を有していたとはいえ,これからの人生においてなお,幾多の可能性を有し
ていた当時14歳の少年であって,その生命は何よりも尊いものであることはいう
までもない。そうしたところ,被害者は,これまで強く信頼していた父親である被
告人から,安らかな睡眠中に,突然,全く抵抗するいとまもなく首を絞められて絶
命し,わずか14年間という短い人生をこのような無惨な形で終えざるを得なくな
ったもので,このような被害者の心中を察すると,哀れで不びんであり,本件の結
果はまことに重大である。
このような事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
(2) 有利な事情
しかしながら,他方,(犯行に至る経緯)の項で判示したとおり,被告人
は,被害者の高機能自閉症が悪化する過程において,高機能自閉症の障害を有する
者に対する社会的認知度及び治療・療養施設等の公的支援体制がいずれもかなり不
十分である中で,長年にわたり被害者の障害と正面から向き合い,被告人になし得
る限りの監護,養育をしてきたと評価できる。そして,被告人は,被害者が毎日の
ようにパニック症状を起こし,その状態が目に見えて悪化しているとき,長女が交
通事故で意識不明の状態になったり,妻が自殺を図っていたことを知るなどしたこ
とから,ますますその苦悩の度合いを強め,本件は,極度に追いつめられた当時の
精神状況下,発作的に被害者を苦しみから解放したいなどと考えて犯したものであ
ると認められ,本件犯行
に至る経緯,過程には同情できる点が多い。
そして,被告人は,本件犯行直後,残される家族,関係者に対する感謝,謝
罪の念を遺書にしたためた上,自殺を図ったが,幸いにも早期に発見されたため一
命を取り留めており,被告人自身,本件犯行の結果の重大性について十分に認識し
てその責任を自覚し,捜査段階から一貫して事実関係をすべて認め,誠実な供述態
度からも,その反省の情が顕著に認められる。
その上,被告人の妻は,被害者に生きていてほしかったと子供を失った心情
を述べる一方で,被告人を責める気持ちはなく,一日も早く被告人に帰ってきても
らいたいと寛大な処分を求めているなど,遺族感情は厳しいものではないことに加
え,被告人の実弟,長女の元婚約者,元同僚らが中心となり,被告人の友人,知人
をはじめ,自閉症協会等の障害者団体関係者,医療関係者など合計約2万名から,
被告人の寛大な処分を求める嘆願書を集めたというのであるから,被告人の関係者
はもとより,広く社会的にも,被告人に対しては同情の声がかなり強いことがうか
がわれる。
加えて,被告人は,本件犯行に至るまで,会社員等として誠実に勤務して被
害者を含めた4人家族の生活を支え,健全な社会生活を送ってきたこと,元雇主が
被告人を再度雇用すると証言していること,これまでに前科・前歴が一切ないこと
など,被告人にとって有利な事情も数多く認められる。
3 結論
そこで,以上諸般の事情を総合して考慮すると,被告人を主文の懲役刑に処
し,その刑事責任を明確にした上で,被害者の供養の日々を送らせるとともに,社
会内での更生の機会を与えるためにも,その刑の執行を猶予するのが相当である。
(求刑・懲役6年)
平成15年5月15日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官   笹野明義
裁判官   浦島高広
裁判官   谷口吉伸

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛