弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
 「特許庁が昭和五三年審判第一二九五一号事件について昭和五六年七月二〇日に
した審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
 主文第一、二項同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
 原告は、昭和四六年五月三一日、名称を「ドリフト補償形アナログホールド回
路」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和四六年特許
願第三七〇五七号)をし、昭和五一年一二月一四日出願公告(昭和五一年特許出願
公告第四七三〇一号)された後、拒絶理由の通知を受けたので、昭和五二年八月八
日付け手続補正書により、特許請求の範囲の補正を含む補正(以下「本件補正」と
いう。)をしたが、昭和五三年六月二六日、右補正の却下決定とともに拒絶査定が
あつたので、同年八月三一日審判を請求し、同年審判第一二九五一号事件として審
理された結果、昭和五六年七月二〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」と
の審決があり、その謄本は同年八月一五日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
(出願公告に掲載された願書添附の明細書及び図面に記載された特許請求の範囲
《以下「本件補正前の特許請求の範囲」あるいは「本件補正前の本願発明の要旨」
という。》)
 キヤパシタ及び増幅器とからなるアナログホールド回路と、このホールド回路の
出力を量子化するための量子化回路と、この最子化回路の出力を計数し上記量子化
状態の変動を検出するための変動検出回路と、この変動検出回路の出力を受けて上
記アナログホールド回路の入力側に修正信号を与えるための帰還回路とよりなるド
リフト補償形アナログホールド回路。
(別紙図面(一)参照)
(本件補正に係る特許請求の範囲《以下「本件補正後の特許請求の範囲」あるいは
「本件補正後の本願発明の要旨」という。》)
(1)キヤバシタ及び増幅器とからなるアナログホールド回路と、このホールド回
路の出力を量子化するための量子化回路と、
この量子化回路の出力を周期的に計数し上記量子化状態の変動を検出するための変
動検出回路と、上記量子化回路及び上記変動検出回路を上記周期的計数に先立つて
初期化する手段と、上記変動検出回路の計数出力を受けて上記アナログホールド回
路の入力側に修正信号を与えるための帰還回路とよりなるドリフト補償形アナログ
ホールド回路。
(2)キヤパシタ及び増幅器とからなるアナログホールド回路と、このホールド回
路の出力を量子化するための量子化回路と、この量子化回路の出力を周期的に計数
し上記量子化状態の変動を検出するための多段カウンタで形成された変動検出回路
と、この変動検出回路を上記周期的計数に先立つて初期化する手段と、上記変動検
出回路の計数出力を受けて上記アナログホールド回路の入力側に修正信号を与える
ための帰還回路とよりなるドリフト補償形アナログホールド回路。
(別紙図面(二)参照)
三 審決の理由の要点
 前記一(特許庁における手続の経緯)における本件補正の却下決定は、後ほど述
ベる理由によつて取り消すことができないから、本願発明の要旨は前記二の本件補
正前の特許請求の範囲に記載されたとおりのドリフト補償形アナログホールド回路
にあるものと認められる。これを、便宜上項分けして書けば、次のようになるもの
と認められる。
 (1)キヤパシタ及び増幅器とからなるアナログホールド回路と、(2)このホ
ールド回路の出力を量子化するための量子化回路と、(3)この量子化回路の出力
を計数し上記量子化状態の変動を検出するための変動検出回路と、(4)この変動
検出回路の出力を受けて上記アナログホールド回路の入力側に修正信号を与えるた
めの帰還回路とよりなるドリフト補償形アナログホールド回路。
 これに対して、昭和四五年特許願第五九一一一号(昭和四九年特許出願公告第四
六〇三二号公報)の特許請求の範囲に記載された事項は、項分けして書くと次のよ
うになるものと認められる(この発明を、以下「先願発明」という。)。すなわ
ち、
(イ)増幅器とその帰還回路又は入力回路に接続されたコンデンサよりなる電圧保
持装置、
(ロ)これの出力を受けこの出力に対応する周波数のパルス信号を発生する電圧-
周波数変換回路、(ハ)この変換回路の出力パルスを周期的に一定時間計数する二
進又は三進リングカウンタと、(ニ)このリングカウンタの計数出力に対応する修
正信号を上記保持コンデンサに負帰還するための帰還回路とよりなる電圧保持装置
のドリフト補償回路。
 よつて、本願発明と先願発明を比較すると、本願発明の上記(1)~(4)に示
した構成は先願発明の上記(イ)~(ニ)に示した構成に対応するものと認められ
るから、以下に、これらの対応関係について逐一検討する。
 まず、(1)と(イ)について検討すると、「アナログホールド回路」と「電圧
保持装置」は明らかに同じものであるからこの点で両発明間に差異はない。次に、
(2)と(ロ)について検討すると、本願発明の「量子化回路」は必ずしも意味が
明確でないが、第3図及び第4図の説明から判断して、「電圧周波数変換回路」と
「二進カウンタF・F」(この場合、フリツプフロツプ一個からなる)からなるも
のと認められ、少なくとも先願発明の上記(ロ)にいう「電圧-周波数変換回路」
を持つている。そして、本願発明の上記(3)に示した「変動検出回路」は、実施
例から判断してカウンタであることは明らかであり、このカウンタは上記「量子化
回路」の一部をなしているが、これを機能面から抽出して考えれば先願発明の
(ハ)の構成に対応する。換言すれば、本願発明の(2)、(3)の構成はこれら
を一まとめにして先願発明の(ロ)、(ハ)の構成と実質的に同じものと認められ
る。また、(4)と(ニ)について検討しても実質的に同じであると認められる。
なお、本願発明が「ドリフト補償形アナログホールド回路」であるのに対し、先願
発明が「電圧保持装置のドリフト補償回路」である点で形式的には対象物が異なる
かに見えなくもないが、構成要件はすべてドリフト補償用のものであるから、本願
発明も「アナログホールド回路のドリフト補償回路」と読みかえて何ら差し支えな
いので、この点により発明の相違があることは認められない。
 以上のとおりであるから、本願発明は、先願発明と実質的に同一であり、特許法
第三九条第一項の規定により特許を受けることができないので、原査定を取り消す
ことはできない。
 次に本件補正の却下について言及すると、この補正は出願公告決定の謄本の送達
後になされたものであるから、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記
載の釈明を目的とするものでなければならないところ、これに反して特許請求の範
囲の数を一つ増加し、もつて、実質上特許請求の範囲を拡張しているものと認めら
れるので、特許法第六四条第二項により準用する同法第一二六条第二項の規定に違
反するから、同法第五四条第一項の規定により却下すべきものである。
四 審決の取消事由
 本件補正前の本願発明の要旨は、前記二のとおりであつて、これが先願発明と同
一であることは認めるが、審決は、本件補正は、「特許請求の範囲の数を一つ増加
し、もつて、実質上特許請求の範囲を拡張しているものと認められる」から、本件
補正を却下すべきものと誤つて判断し、本件補正を考慮に入れないで、本件補正前
の発明と先願発明との対比判断を行つたものであつて、違法であるから取り消され
るべきである。
1 まず、本件補正によつて、特許請求の範囲が一つ増加したが、特許請求の範囲
を一つ増加することは、必ずしも実質上特許請求の範囲を拡張することにはならな
い。このことは、例えばA、B、Cを上位概念とし、a、b、cを下位概念とした
場合、構成要件A+B+Cからなる一つの特許請求の範囲を補正によつてA+B+
c1とA+B+c2の二つの特許請求の範囲としても、実質上特許請求の範囲を拡
張するものではないことからも明らかである。
 被告は、特許法第六四条第一項ただし書第一号で規定している「特許請求の範
囲」は、特許請求の範囲の欄に記載された各項(一つの特許請求の範囲)を意味す
ると主張する。
 同法第六四条において、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後に、期間の制
限を設け、かつ一定の事項を目的とするものに限り、明細書又は図面の補正を許す
規定が設けられた趣旨が、後記被告主張のとおりであることについては争わない
が、同条第一項ただし書第一号では、「特許請求の範囲」とあるのみで、一つの特
許請求の範囲と規定されているのではないから、右条項における「特許請求の範
囲」を被告主張のよう限定的に解釈するのは失当である。同法上「特許請求の範
囲」の意味に限定を加える場合には、例えば第三八条ただし書における「特許請求
の範囲に記載される一の発明」との文言や、第一九五条第三項の「特許請求の範囲
に記載した発明の数が増加したとき」との文言などのように明示されているから、
同法第六四条第一項ただし書第一号における「特許請求の範囲」については、限定
的に解釈し得ないというべきである。
 特許庁の「一般審査基準 明細書の要旨変更」二・一「要旨変更の取り扱い基
準」では、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前の補正の場合について規定し
た特許法第四一条の「特許請求の範囲」の解釈に関し、「明細書または図面を補正
した結果、特許請求の範囲に記載した技術的事項が願書に最初に添付した明細書又
は図面に記載した事項の範囲内でないものとなつたとき、その補正は明細書の要旨
を変更したものとする。」とし、その「説明」として、「特許請求の範囲の項数が
増減した場合も同様に取り扱う。」と記載されていて、特許請求の範囲の項数の増
減をする場合についても、それが願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した
事項の範囲内でないものとなつたときに初めて、その補正は明細書の要旨を変更し
たものとして取り扱うこととしているのである。このことに照らすと、被告の前記
主張は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達の前と後とで統一を欠くものであ
る。なお、同法は、昭和五〇年改正によりいわゆる多項制に移行し、一つの発明に
ついて複数項の記載を認めているのであるから、この点からも被告の前記限定的解
釈は失当である。
2 本件補正は、特許請求の範囲の減縮又は明瞭でない記載の釈明を目的とするも
のであり、実質上特許請求の範囲を拡張するものではない。
(一) 本件補正後の特許請求の範囲の項数が二つになつたことについて
 本件補正前の特許請求の範囲中の「量子化状態の変動を検出するための変動検出
回路」とある変動検出回路としては、通常多段カウンタ(二進n段カウンタ又はn
進カウンタ)が用いられているが、二進一段カウンタもあり、本件補正前の特許請
求の範囲では、このいずれか一方であると、両方であるとを問わない記載となつて
いた。本件補正後の特許請求の範囲では、この変動検出回路として、より標準的な
前者を(2)として特に記載したことにより特許請求の範囲の項数が増加したもの
で、特許請求の範囲の減縮ないし明瞭でない記載の釈明を目的として本件補正がな
されたものである(なお、本件補正後の特許請求の範囲(2)における「多段カウ
ンタで形成された」の文言の付加については後記(五)、同(2)において変動検
出回路を周期的計数に先立つて初期化する手段を付加したことに伴う項数の増加に
ついては後記(六)参照)。
(二) 本件補正後の特許請求の範囲(1)、(2)における「周期的に」の文言
の付加について
 本件補正前の特許請求の範囲では、「このホールド回路の出力を量子化するため
の量子化回路と、この量子化回路の出力を計数し上記量子化状態の変動を検出す
る」と記載されていた。
 量子化回路は、例えば電圧-周波数変換回路(別紙図面(一)第3図V/F)で
実現され、その量子化状態の変動は、その出力変化をパルスの周波数の変化で検出
して行う。そして、周波数の変化を監視するためには、周波数の変化を一定時間に
発生するパルス数の変化として把握するようにカウンタを用いて右パルス数を計数
し、その計数値より増加したか減少したかを比較することになるので、一定時間計
数する動作を連続的にすなわち周期的に反復することが必要になる。周波数変化を
検出する場合にこのような計数動作を周期的に行うことは一般的技術であり、本願
発明の特許出願公告公報(甲第一号証)の第1図のⅡ、第3図、第4図のF.F,
OSC1、第5図のF.F,SG,A2,第6図のF.F,F/V,A2(別紙図
面(一)参照)は、このことを示している。
 本件補正前の特許請求の範囲における前記文言は、このことについて必ずしも明
瞭とはいえなかつたので、本件補正で「周期的に」という文言を付加して、より明
瞭にしたものである。
(三) 本件補正後の特許請求の範囲(1)における「上記量子化回路及び上記変
動検出回路を上記周期的計数に先立つて初期化する手段と、」の文言の付加につい

 本件補正前の特許請求の範囲では、「この量子化回路の出力を計数し上記量子化
状態の変動を検出するための変動検出回路」と記載されていた。
 カウンタを二進一段カウンタで構成してパルス周波数の変化(量子化状態の変
動)を監視する場合、一パルスの計数誤差も無視できないため、カウンタを初期状
態にリセツトしておくこと及び量子化のスタートパルスのタイミングをカウンタの
初期化のタイミングに同期させることが必要条件となる。すなわち、量子化回路及
び変動検出双方の初期化は、パルスの末尾の一ビツト誤差処理という計数技術上の
必須的な技術的用件である。本件補正前の特許請求の範囲における右記載は、この
ことを当然のこととした。このことは、本願発明の特許出願公告公報の発明の詳細
な説明中、第四欄第二行ないし第五行の「OSC出力の次のサイクルにおいて次の
カウント周期に入る前に二進カウンタF.FをOSC1よりの出力でリセツトす
る」との記載、第3図及び第4図のRSの表示(別紙図面(一)参照)、第五欄第
一三行ないし第一五行の「この二進カウンタF.Fは比較増幅器A2の出力の反転
でリセツトされる。」との記載、並びに第5図及び第6図のRSの表示(別紙図面
(一)参照)に示されている。この点の本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲
の前記文言をより明瞭にするためになされたものであつて、特許請求の範囲を拡張
したものではない。
(四)本件補正後の特許請求の範囲(1)、(2)における「計数」の文言の付加
について
 本件補正前の特許請求の範囲では、「上記量子化状態の変動を検出するための変
動検出回路と、この変動検出回路の出力を受けて」と記載されていたのが、本件補
正後の特許請求の範囲(1)では、「上記量子化状態の変動を検出するための変動
検出回路と、(中略)上記変動検出回路の計数出力を受けて」と、同(2)では、
「上記量子化状態の変動を検出するための多段カウンタで形成された変動検出回路
と、(中略)上記変動検出回路の計数出力を受けて」と、それぞれ補正され、「計
数」の文言が付加されたが、この点の本件補正は、本願発明の特許出願公告公報の
第1図のⅢ、第3図ないし第6図の各R,F.F(別紙図面(一)参照)に示され
ていることを、より明瞭にするためになされたもので、何ら特許請求の範囲を拡張
するものではない。
(五) 本件補正後の特許請求の範囲(2)における「多段カウンタで形成され
た」の文言の付加について
 本件補正前の特許請求の範囲では、「量子化回路の出力を計数し上記量子化状態
の変動を検出するための変動検出回路」と記載されていたが、本件補正後の特許請
求の範囲(2)では、「量子化回路の出力を周期的に計数し上記量子化状態の変動
を検出するための多段カウンタで形成された変動検出回路」と記載されるに至つ
た。
 周波数の変化を一定時間に発生するパルス数の変化として把握するためのカウン
タを二進一段カウンタで構成する場合、量子化回路及び変動検出回路双方を初期化
する必要があることは前述したが、多段カウンタ(二審n段カウンタ又はn進カウ
ンタ)を用いた場合に、カウンタのみを初期化して量子化回路を初期化しないとき
に発生する誤差が出力の変動として許容される範囲内の場合には、量子化回路を初
期化する必要はないのであり、このように多段カウンタを用いる場合の量子化誤差
の減少は、一般的パルスの計数技術において、極めて自明な事項であり、本件出願
当時における当業者の常識であつた。本願発明の特許出願公告公報の発明の詳細な
説明中に、二進カウンタの使用の説明と多段カウンタの適用が示唆され(第三欄第
七行ないし第一二行)、「更に複雑になることを気にしなければ三進でも四進カウ
ンタでも良い。」(第七欄第一、第二行)と記載されているところ、本件補正前の
特許請求の範囲における「変動検出回路」は、一般的には多段カウンタを、最も簡
単な形態としては二進一段カウンタをも包含する表現である。本件補正後の特許請
求の範囲(2)における「多段カウンタで形成された」との文言の付加は、本件補
正前の特許請求の範囲内の記載をより明瞭にしたものである。
(六) 本件正後の特許請求の範囲(2)における「この変動検出回路を上記周期
的計数に先立つて初期化する手段と、」の文言の付加について
 本件補正前の特許請求の範囲では、「この量子化回路の出力を計数し上記量子化
状態の変動を検出するための変動検出回路」と記載されていたところ、変動検出回
路すなわちカウンタを計数の開始前に初期化しなければ残量がそのまま誤差となる
ので、この初期化は、周期的な計数の場合の必須手段であることは前記(三)のと
おりである。しかし、変動検出回路に多段のカウンタを用いる場合、量子化回路の
初期化は必須要件とならないのであり、このことは、周波数計数の常套的な手段に
すぎず、本件補正前の特許請求の範囲の記載に内在する当業者の設計的事項であ
る。このことから、本件補正後の特許請求の範囲(2)の場合においては、変動検
出回路のみを初期化の対象とする記載としたのである。したがつて、本件補正は、
本件補正前の特許請求の範囲の前記文言の技術的内容をより明瞭にするために補正
されたものであつて、何ら特許請求の範囲を拡張するものではない。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因ないし三の事実は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はな
い。
1 二つ以上の特許請求の範囲は、総合して一つの発明の概念を構成するものでな
く、各特許請求の範囲ごとに独立した一つの発明の概念を構成するものと解すべき
である。してみれば、特許請求の範囲の減縮又は拡張について考える場合には、一
つの特許請求の範囲のみについてその補正の前と後とを比較して論じるべきであ
り、特許法第六四条第一項ただし書第一号で規定する「特許請求の範囲」とは、特
許請求の範囲の欄に記載された各項(一つの特許請求の範囲)を意味するものと解
すべきである。したがつて、特許請求の範囲の項数を増やす補正は、同法条に照ら
して許されない。
 原告は、被告の右主張は、特許庁の審査基準と照らすと、公告決定前と後とで統
一を欠くものである旨主張する。
しかし、特許出願に係る発明が出願公告されると、特許法第五二条第一項によつ
て、その発明についての仮保護の権利が発生するが、出願公告に掲載される明細書
に記載した事項及び図面の内容はこの権利の内容を公示するものであつて、しかも
明細書及び図面の補正の効力は遡及するから、出願公告をすべき旨の決定の謄本の
送達後には原則として明細書及び図面の補正は許されないところ、出願人は、出願
公告すべき旨の決定の謄本の送達後においても特許異議申立て又は拒絶理由の通知
を受けることもあるから、これらに有効に対処でさるように、期間の制限を設け、
かつ一定の事項を目的とするものに限り、明細書又は図面の補正を許そうとするの
が、同法第六四条の趣旨であるから、原告の右主張は当を得ない。
 本件補正は出願公告すべき旨の決定の謄本の送達後のものであるが、本件補正前
の特許請求の範囲は項数が一つであつたのに対し、特許請求の範囲の項数を一つ増
やして本件補正後の特許請求の範囲のとおりの二項からなる併合出願にしようとす
るものである。そうすると、本件補正は、特許を請求する発明の数を一つから二つ
に増加するものであり、特許法第六四条第一項ただし書の各号、すなわち、「特許
請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」、「明瞭でない記載の釈明」のいずれをも目
的としたものではない。
2 また、本件補正後の特許請求の範囲は(1)、(2)とも、実質上本件補正前
の特許請求の範囲を拡張し、変更するものであるから、本件補正は、特許法第六四
条第二項で準用する同法第一二六条第二項の規定に違反し、許されない。以下、請
求の原因四2の各項に沿つて述べる。
 (一)及び(五)についての原告の主張は、本件補正前の特許請求の範囲におけ
る「変動検出回路」は、一般的には多段カウンタを、最も簡単な形態としては二進
一段カウンタをも包含し、そのいずれか一方であると、両方であるとを問わない記
載になつていたのを、本件補正後の特許請求の範囲(2)で多段カウンタを用いる
こととしたのであるから、これは、特許請求の範囲の減縮ないし明瞭でない記載の
釈明のための補正であるというのである。
 しかし、本件補正前の明細書の発明の詳細な説明及び図面には多段カウンタにつ
いての説明は全くなく、これを示唆する記載もなく、かえつて「二進カウンタF.
F」と記載されており、明らかに二進一段カウンタを示唆するものである(F.F
は通常この技術分野ではフリツプ・フロツプを指し、計数器としては一段であ
る。)。したがつて、多段カウンタは本件補正によつて新たに加わつた構成であ
る。本願発明の特許出願公告公報の発明の詳細な説明中には、原告の主張」のとお
り「更に複雑になることを気にしなければ三進でも四進カウンタでも良い。」と記
載されてるが、消極的に二進カウンタに限定されないことを示したにすぎず、多段
カウンタを採用したことによる積極的な作用効果までの示唆はない。加えるに、
「三進」、「四進」が多段を意味するものでもない。
 多段カウンタを使うことは計数誤差を小さくすることと密接な関係があり、かつ
これを使うことによって初期化の必要性もなくなるという効果があるから、原告の
右主張に係る本件補正は、単なる明瞭でない記載の釈明や特許請求の範囲の減縮に
当たらず、特許請求の範囲を拡張し、変更するものである。
 (二)、(三)及び(六)について述べると、原告はまず(二)において、「周
期的に」の文言の付加が明瞭でない記載の釈明に当たると主張するが、この点は初
期化と関係するので、この点の補正の適否は「初期化」の文言の付加についての被
告の後記主張と一緒に論じるべきである。なお、原告は、量子化回路の出力を周期
的に計数する構成の前提として、量子化回路は例えば電圧-周波数変換回路(別紙
図面(一)第3図V/F)で実現される主張するが、原告の挙げる電圧-周波数変
換回路はホールド電圧Vを周波数Fにアナログ変調をしているだけで量子化はして
いないから、原告の右主張は誤りである。本件補正前の特許請求の範囲にいう量子
化回路は、本願発明の特許出願公告公報の第5図の比較増幅器A2、鋸歯状波発生
器SG、発振器OSC2及びゲートGが一体となつて構成されているもの、第6図
の比較増幅器A2、発振器OSC2、パルス数-電圧変換器F/V及びゲートGが
一体となつて構成されているものである。
 また、原告が(三)で取り上げている本件補正後の特許請求の範囲(1)におけ
る「上記量子化回路及び上記変動検出回路を上記周期的計数に先立つて初期化する
手段と、」の文言は、本願明細書及び図面にこれについての記載、説明がなく、本
件補正によつて新たに付加された構成である。したがつて、右初期化する手段と関
係する前記「周期的に」計数する構成も同様本件補正によつて新たに付加された構
成である。
 (六)についての原告の主張の趣旨は、多段カウンタを使用したため、変動検出
回路のみを初期化の対象とするというにあるが、このような構成を裏付ける本願明
細書及び図面中の記載はないから、本件補正後の特許請求の範囲(2)における
「この変動検出回路を上記周期的計数に先立つて初期化する手段と、」の文言の付
加も本件補正前の特許請求の範囲を拡大解釈した技術内容について記したものであ
り、特許請求の範囲を拡張し、変更するものである。
 なお、原告主張の(四)の点は認める。
第四 証拠関係(省略)
       理   由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三
(審決の理由の要点)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本件補正前及び補正後の特許請求の範囲が請求の原因二に記載されているとお
りであること、本件補正は特許請求の範囲を本件補正後の本願発明の要旨に記載の
とおりとすることによって、特許請求の範囲の項数を一個増加しようとするもので
あることは当事者間に争いがない。以下この補正の適否について判断する。
 なお、本件は昭和四六年五月三一日の特許出願に係るものであり、昭和五〇年法
律第四六号によれば、同法施行の際現に特許庁に係属している特許出願について
は、その特許出願について査定又は審決が確定するまで、なお従前の例による(附
則第二条第一項)のであるから、本件補正(昭和五二年八月八日付け)について
も、同法による改正前の特許法の規定によつて判断すべきである。
したがつて、同法によつて導入された実施態様項に関する規定は右の判断の外に置
かなければならない。
2 ところで、まず出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前において願書に添附
した明細書又は図面についてする補正についてみると、特許法(以下単に「法」と
いう。)第五三条第一項は、補正が明細書又は図面の要旨を変更するものであると
きには、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならないと定めてお
り、右規定に対応して、法第四一条は「願書に最初に添附した明細書又は図面に記
載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、
明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と定めている。そして、この「特許請
求の範囲を増加し減少し」とは、特許請求の範囲が示す技術的事項についての増
加、減少はもちろん、特許請求の範囲の頁数の増加、減少をも指していると解され
るところである。けだし、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後における補正
に関する法第六四条第一項ただし書第一号にいう「特許請求の範囲の減縮」という
文言あるいは同条第二項で準用する法第一二六条第二項で用いられている「実質上
特許請求の範囲を拡張し」という文言と対比すると、法第四一条においては、特許
請求の範囲の「増加」、「減少」との文言が用いられていて、特許請求の範囲の内
容面のみならず、量の面からの補正を規整する規定となつているからである。
 さらにこれを関連する諸規定との関係においてみるに、もともと法第三八条本文
は、「特許出願は、発明ごとにしなければならない。」として、いわゆる一発明一
出願の原則を掲げる。これは、主として特許出願の審査、登録事務の便宜を図ると
いう手続上の理由によるものであるが、特許出願の重要な要件とされており、法第
四九条第三号は、第三八条に規定する用件を満たしていない特許出願は、審査官に
おいて拒絶査定をしなければならないと定めているのである。そして、この原則の
下においては、出願人が願書に添附すべき明細書に記載する特許請求の範囲は、特
許出願により請求する発明の範囲を決するため、発明の構成に欠くことができない
事項のみを単項をもつて記載しなければならないことは明らかである。しかしなが
ら、関連する複数の発明についても必ず各別に出願しなければならないとすること
により出願人に生ずる手続上、費用上の負担を軽減するなどの必要に基づき、法に
おいては、併合出願(第三八条ただし書)の制度を設けており、一つの出願によ
り、所定の関連性を有する複数の発明について特許を受けることができるようにし
たのであり、この併合出願の場合における明細書の特許請求の範囲は「発明ごとに
区分して記載しなければならない。」と定められ(昭和五〇年法律第四六号による
改正前の法第三六条第六項)、昭和五〇年九月二三日通商産業省令第八二号による
改正前の特許法施行規則第二四条に基づく様式第一六の備考12のハにおいて規定
されたところに従い、法第三八条ただし書の特定発明を最初に記載し、発明ごとに
行を改めて記載し、連続番号を附する複数項形式をもつて記載すべきものとされた
のである。
 以上のように一つの特許出願により複数の発明の保護を求めることを是認する立
場に立脚した制度が設けられ、出願人において欲するならば複数の発明について複
数項形式で特許請求の範囲を記載して特許を受けることができるとされていること
との権衡を図る必要があること、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にする
補正の場合は、それが特許請求の範囲に記載した発明の数を増加するもの、したが
つて特許請求の範囲の項数を増加するもの(以下、このような補正を表現形式から
みて「増項補正」という。)であつても、法第五二条第一項によつてその発明につ
いての仮保護の権利が発生する前のことであつて、第三者に特段の不利益を与える
ことがないし、また、右決定の謄本の送達前においては、特許庁の審査事務処理に
もさしたる不都合がないことを考えると、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達
前にする増項補正については、増加した特許請求の範囲に記載した技術的事項が
「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」という法第四一
条所定の要件を満たすものである限り、許容されるものと解される。
3 ところで、特許出願に係る発明が出願公告されると、法第五二条第一項によつ
てその発明についての仮保護の権利が発生するが、出願公告に掲載される明細書に
記載した事項及び図面の内容はこの権利の内容を公示するものであり、また、補正
の効力は出願時までに遡及すると解されるから、仮に右明細書又は図面について補
正を許すとすれば、従前この権利の範囲外とされていた事項が権利の範囲内とされ
ることにより第三者の利害に影響を与えることにもなり、また、みだりに補正を許
すときは、出願公告をすべき旨の決定により一応の結着をつけた審査事務の円滑運
営を害するおそれも少なくないので、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後に
は原則として明細書及び図面の補正は許されないものであるところ、出願人は右決
定の謄本の送達後においても特許異議申立て又は拒絶理由の通知を受けることもあ
るから、これらに有効に対処できるように、法第六四条により、期間の制限を設
け、かつ一定の事項を目的とするものに限り、明細書又は図面の補正を許すもので
ある(このことについては、原告も争わないところである。)。そうすると、出願
公告をすべき旨の決定の謄本の送達後に補正が許される範囲は、明示の規定がない
限り、右決定の謄本の送達前の補正について法第四一条で規定するより狭くなるこ
とはあつても、これと同じ範囲にまで拡大すべきものではないことは当然である。
そして、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後の補正については、増項補正を
許容していると解すべき法第四一条と同旨の規定は存しない。また、増項補正は、
法第六四条第一項ただし書で補正の目的となし得る事項として規定する「特許請求
の範囲の減縮」(第一号)、「誤記の訂正」(第二号)又は「明瞭でない記載の釈
明」(第三号)のいずれにも該当しないことは規定の文言上からも明らかである。
したがつて、法第四一条により出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にする補
正の場合に許される特許請求の範囲の項数の増加は、出願公告をすべき旨の決定の
謄本の送達後にする補正の場合には、許されないものと解するのが相当である。
法第一九五条第三項は、特定の場合において、明細書についてした補正により「特
許請求の範囲に記載した発明の数が増加したとき」の手数料について規定するが、
同条項は出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前の増項補正に関するものと解す
べきであつて、同条項の規定は叙上の判断を左右するものではない。
 本件補正は特許請求の範囲の項数を増加することを目的とするものであるから、
法第六四条第一項ただし書各号の要件を具備せず、許されないものといわなければ
ならない。
4 原告は、特許請求の範囲を一つ増加することは、必ずしも実質上特許請求の範
囲を拡張することにはならないと主張するが、法第六四条第一項ただし書各号で規
定する補正が許されるための要件は、同条第二項で準用される法第一二六条第二項
で規定する明細書又は図面の訂正(補正)が「実質上特許請求の範囲を拡張」「す
るものであつてはならない。」という消極的要件とは別個の積極的要件である。原
告の右主張は、本件補正は実質上特許請求の範囲を拡張することにはならないか
ら、法第一二六条第二項における右消極的要件に該当する要素はないというもので
あつて、この主張をもつてしても、本件補正が法第六四条第一項ただし書各号の要
件を具備しないとした前記判断が左右されるものではない。
 また、原告は、被告が、法第六四条第一項ただし書第一号で規定している「特許
請求の範囲」は、特許請求の範囲の欄に記載された各項(一つの特許請求の範囲)
を意味すると主張するのに対し、右「特許請求の範囲」については、被告主張のよ
うに限定的に解釈し得ないと主張する。しかし、被告の主張は、特許請求の範囲の
各項の記載事項を「一つの特許請求の範囲」と称し、特許請求の範囲が複数項形式
で記載された場合は、あたかも特許請求の範囲が項の数だけ存するとするもののよ
うに解される点において妥当を欠くけれども、主張の趣旨とするところは、増項補
正が法第六四条第一項ただし書第一号に規定する要件を具備しないという点にあ
り、当該主張は是認することができるから、これに反論する原告の主張は結局理由
がないというべきである。
 さらに原告は、特許庁の「一般審査基準明細書の要旨変更」二・一「要旨変更の
取り扱い基準」における法第四一条の「特許請求の範囲」の解釈について触れる
が、これは原告も主張するとおり出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前の補正
の場合についてのものであつて、右決定の謄本の送達後の補正の場合についての前
記判断を何ら左右するものでないことはいうまでもない。
5 そうすると、本件補正は、特許請求の範囲の項数の増加を伴うという点におい
て既に特許法第六四条第一項ただし書各号の要件を充足していない不適法なもので
あるというべきであるから、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、
本件補正の却下決定は相当であるとした審決の判断は結局正当であつて、本件補正
が認められるべきことを前提にして、審決は本件補正前の発明と先願発明との対比
判断を行つたものであるから違法であるとする原告の主張は理由がないことに帰す
る。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として
これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴
訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

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