弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
(請求の趣旨)
 被告が原告に対して平成15年2月24日付けでした指定統計調査調査票使用承認申請を承認しない旨の処分を取り
消す。
(被告の答弁)
 主文同旨
第2 事案の概要
   本件は、原告が、被告に対し、昭和55年から平成14年までの指定統計調査である家計調査により収集された
家計簿及び世帯票の記載内容のうち、氏名、住所、電話番号及び勤務先の名称を除くものが転写された磁気テープ(以
下「本件保存データ」という。)について、統計法15条2項に基づきその使用の承認を申請したが、被告がこれを承
認しなかったため(以下「本件不承認処分」という。)、原告が、本件不承認処分は違法である旨主張して、その取消
しを求めた事案である。
 1 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者
   ア 原告
     原告は、平成3年に設立された株式会社であり、内外の経済調査及び市場調査などの情報収集提供サービス
を主たる業務としている。
   イ 被告
     被告は、統計法に基づき、指定統計(同法2条)について、その調査票の使用の承認を行う権限(同法15
条)を有している。
  (2) 原告は、平成15年1月20日、被告に対し、統計法15条2項に基づいて、指定統計調査たる家計調査(指
定統計第56号を作成するための調査)の調査票の使用申請を行った(以下「本件申請」という。甲2)。
    原告が本件申請で使用を求めた本件保存データの範囲は以下のとおりである。
ア 名称
 (ア) 昭和55年1月調査分から平成13年12月調査分まで
家計簿及び世帯票(いずれもMO転写分)
(イ) 平成14年1月調査分から平成14年12月調査分まで
家計簿(2人以上の世帯用)及び世帯票(いずれもMO転写分)
イ 年次
昭和55年1月調査分から平成14年12月調査分まで(ただし公表分に限る)
ウ 地域
全国
エ 属性的範囲
全世帯(農林漁家世帯を除く)
(3) 被告は、原告に対し、平成15年2月24日付けで、本件不承認処分をした(甲3)。
(4) 異議申立て
原告は、同年4月25日、被告に対し、本件不承認処分に対する異議申立てを行った(甲4)が、被告は、同
年8月8日付けで、本件異議申立てを棄却する旨の決定を行い(甲5)、原告はこれを同月18日に受領した。
(5) 原告は、同年11月7日、本件訴訟を提起した。
 2 統計法(昭和22年法律第18号)の定め
  (1) 統計法1条(法の目的)
    同条は、同法の目的は、①統計の真実性を確保すること、②統計調査の重複を排除すること、③統計の体系を
整備すること、④統計制度の改善発達を図ることであるとしている。
(2) 統計法2条(指定統計)
同条は、指定統計とは、政府若しくは地方公共団体が作成する統計又はその他のものに委託して作成する統計
であって、総務大臣が指定し、その旨を公示した統計をいう旨規定している。
(3) 統計法3条(指定統計調査)
同条1項は、指定統計を作成するための調査(指定統計調査)は、統計法によって行うものとし、他の法律の
規定を適用しないものとしている。
  (4) 統計法5条(申告義務)
    同条は、政府、地方公共団体の長又は教育委員会が、指定統計調査における真実性を確保するため、人又は法
人に対して申告を命ずることができるとしている。
  (5) 統計法7条(指定統計調査の承認及び実施)
    同条1項は、指定統計調査を行おうとする場合には、調査実施者は、その調査に関し、以下に掲げる事項につ
いて、あらかじめ総務大臣の承認を得なければならないとしている。
    一 目的、事項、範囲、期日及び方法
    二 集計事項及び集計方法
    三 結果の公表の方法及び期日
    四 関係書類の保存期間及び保存責任者
    五 経費の概算その他総務大臣が必要と認める事項
    同条2項及び3項は、以上の承認を得た後、調査を中止し、又は変更する場合の再承認(2項)及び総務大臣
の側からする変更又は中止の要求(3項)を規定している。
(6) 統計法13条(実地調査)
  同条は、指定統計調査において、統計調査員等に対し、指定統計調査のため、一定の事項について立入検査等
を行う権限を付与している。
  (7) 統計法14条(秘密の保護)
    同条は、指定統計調査、届出統計調査及び統計報告調整法の規定により総務大臣の承認を受けた統計報告の徴
集の結果知られた人、法人又はその他の団体の秘密に属する事項の守秘義務を規定している。
  (8) 統計法15条
    同条1項は、何人も、指定統計を作成するために集められた調査票を、統計上の目的以外に使用してはならな
いとしている。
    同条2項は、前項の規定は、総務大臣の承認を得て使用の目的を公示したものについては、これを適用しない
ページ(1)
としている。
  (9) 統計法16条(結果の公表)
    同条本文は、指定統計調査の結果は、速やかにこれを公表すべきものとしている。
    同条ただし書きは、総務大臣の承認を得た場合には公表しないことができるものとしている。
  (10) 統計法19条(罰則)
    同条1号は、統計法5条や13条の規定による検査を拒み、妨げたり、虚偽の調査資料を提出したり、虚偽の
陳述をするなどした者等については、6か月以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金に処するとしている。
  (11) 統計法19条の2(罰則)
    同条1項は、統計調査従事者、統計調査員等が、その職務執行に関して知り得た秘密に属する事項を他に漏ら
し又は窃用した場合には、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処するとしている。
 3 争点
   本件の争点は、①統計法15条1項の「統計上の目的」の意義、②本件不承認処分は被告の裁量権の逸脱・濫用
に当たるかどうか、③本件不承認処分が平等原則に違反するかどうかである。
 4 当事者の主張
  (1) 原告の主張の概要
統計法15条1項により、「統計上の目的」の使用の場合には被告は調査票の使用を承認しなければならない
ところ、本件申請は、本件保存データを「統計上の目的」に使用するものであるから、その使用は当然に許されるべき
であり、本件不承認処分は違法である(主位的主張)。
仮に、本件申請が、同法15条1項の「統計上の目的」とは認められない場合であっても、同条2項の目的外
使用の被告の承認権限における裁量権の範囲は、統計法の規定・解釈、目的(同法1条)や「プライバシー保護の点で
問題がない限り、できるだけ外部に提供し、国民共有の財産として社会全体で活用していくべきである。」との統計審
議会答申(甲10の2・2頁及び3頁)に沿って行われなければならないところ、本件不承認処分は被告の裁量権の範
囲を逸脱・濫用するもので違法である(予備的主張1)。あるいは、本件不承認処分は平等原則に反するもので違法で
ある(予備的主張2)。
  (2) 被告の主張の概要
    指定統計を作成するために収集された調査票は、当該作成目的以外に使用してはならないのであり(統計法1
5条1項)、申請者の秘密保護が可能な限り担保されるとともに、使用目的に高度の公益性、すなわち社会全般の共同
利益への積極的な貢献が認められ、その限度で統計調査に対する申告者の信頼をいわば犠牲にすることが正当化される
場合に例外的に、被告の承認と使用公示の手続を経ることを要件として、指定統計を作成する目的以外に使用すること
ができ、その判断は、被告の広い裁量にゆだねられるところ、被告は、原告がこれを使用することには高度の公益性が
あるとは認められないと判断し、本件不承認処分をしたものであるから、かかる判断は、裁量の範囲内に属し、また原
告のみ不利益に取り扱っているものではないから平等原則にも反せず、本件不承認処分は適法である。
(3) 統計法15条1項の「統計上の目的」の意義(争点①)
(原告の主位的主張)
 ア 統計法15条1項の文言は、「何人も、指定統計を作成するために集められた調査票を、統計上の目的以外
に使用してはならない。」と定めているのみであって、「当該指定統計調査に使用する目的以外に使用してはならな
い」とか「第7条1項により承認された統計目的以外に使用してはならない」とは規定していない。文言の素直な解釈
によれば、「統計上の目的」とは、「個々の調査票に記載された事項をそのまま独立して行政上その他の目的のために
利用することなく、記載事項を集計して統計を作成する目的」と解される。
   イ 統計法に関する立法者意思も統計上の目的を個々の調査票に記載された事項をそのまま独立して行政上その
他の目的のために利用することなく、記載事項を集計して統計を作成する目的と解釈していた(甲20)。
   また、かつての総理府統計局も、以上のような立法意思にしたがって、統計法を解釈運用してきた(甲2
1)。
 ウ 被告は、「統計上の目的」という文言の意味を、当該指定統計調査の目的のみに限って限定的に解釈してい
る。しかし、「統計上の目的」とは、統計法の目的、すなわち、「統計の真実性を確保し、統計調査の重複を除き、統
計の体系を整備し、及び統計制度の改善発達を図ることを目的」(統計法1条)と強く結びついていると解されるとこ
ろ、統計の真実性の確保という統計法の主目的が、国家による統計の独占に基づく弊害に対する反省を基礎に生まれて
きたものであることに照らすと、被告の上記解釈は、統計を国家の手で独占する考え方であり誤りである。
 エ そして、本件申請の目的は、家計による個別の財・サービスの支出額の変遷・多様化という観点から本件調
査票を統計として再集計し、家計による消費支出の構成の変化傾向から全家計に共通した経済の基底にある変動要因す
なわち「経済成長に対する財の多様化の貢献度」を計測することで、戦後日本における経済成長及び景気循環の過程で
財の多様化がどのような役割を果たしてきたのかを分析・解明することを目的とするものであり、記載事項を集計して
統計その他を作成する目的であることはいうまでもない。
   したがって、本件不承認処分は統計法15条1項の解釈を誤るものであり違法である。
(被告の主張)
 ア 統計法15条が指定統計調査に関し調査票の目的外使用を禁止しているのは、同法14条の秘密保護の規定
及び調査客体の信頼確保を調査票の使用方法の観点から一段と慎重に規定したものである。すなわち、指定統計調査に
より集められた調査票は、指定統計作成の目的で、申告者に申告義務を課し、刑罰を背景に申告を求めたものであり、
申告者が調査票に記入した時点で認識していた使用目的以外の目的で勝手に使用されることは、申告者の信頼を裏切
り、統計調査に対する協力を得られなくし、ひいては統計の真実性を阻害することから、調査票について、その目的外
使用を禁止したものである。
 イ 同法7条1項は、指定統計調査を行おうとする場合に、調査実施者が、その調査に関し、あらかじめ総務大
臣の承認を得なければならない事項として、調査の目的、調査事項等のほか、集計事項及び集計方法を掲げ、調査票の
使用についても、集計事項及び集計方法の承認の中で審査される仕組みを採っているため、調査票の使用は、そこで承
認された統計を作成する範囲に限って許されているというべきである。同法15条1項は、この旨を調査票の使用とい
う観点から明確にするために「統計上の目的」以外に調査票を使用することを禁止する旨を規定したものである。
   そうすると、統計法15条1項にいう「統計上の目的」とは、同法7条1項で承認を受けた調査により当該
指定統計を作成する目的をいい、その内容は承認事項により確定されるものと解される(乙10・52頁)。
 ウ これに対し、原告は、同法15条1項にいう「統計上の目的」とは、記載事項を集計して統計その他を作成
する目的をいうと広く解すべきである旨主張する。
   しかし、同法7条1項は、承認事項として集計事項及び集計方法を掲げ、調査票の使用についても、集計事
項及び集計方法の承認の中で審査される仕組みを採っているのであるから、原告の主張する解釈は、同項が特に集計事
項及び集計方法を承認事項とした意義を没却するものといわざるを得ず、失当である。
  (4) 本件不承認処分は被告の裁量権の逸脱・濫用に当たるかどうか(争点②)
  (原告の予備的主張1)
   ア 指定統計調査によって集められた調査票は、国民共有の財産の1つであるから、国民共有の財産を共有者た
ページ(2)
る国民が使用できることが原則であること、統計の真実性を確保する趣旨からも公開が原則とされるべきことからする
と、調査票の使用は、統計上の目的で、かつ秘密が保護されている場合には、必要性と相当性があれば許されると解さ
れる。
     そして、本件申請にかかる原告の本件研究は、これまで見過ごされてきた「商品及びサービスの選択の幅な
いし多様性の変化」を日本で初めて計測する試みであり、日本の景気動向施策、企業へ向けたマクロ経済政策の効果と
サービスの幅ないし多様性を促すことを意図した諸施策との比較を可能とするなど、極めて公益性が高く、かつ、調査
票データを使用しなければこうした統計分析ができないという点で、真にやむを得ない必要性がある統計目的の使用で
あるほか、申告者の秘密についても保護されているのであるから、本件申請は承認されるべきものである。 したがっ
て、本件不承認処分は、被告の裁量権の逸脱・濫用に当たり取り消されるべきである。
   イ 被告は、統計法15条は、同法14条に規定された秘密の保護に加えて調査票がみだりに目的外使用されな
いことを制度的に保障することによる国民の統計調査に対する信頼確保を具体的に定めたものであるとして、「真にや
むを得ない必要がある場合として」「高度の公益性」が必要であるとする。
     しかし、国民の統計調査に対する信頼確保なる目的が統計法のいずれにも根拠を有していないことにとどま
らず、かかる主張は、匿名標本データの開示の社会的流れに逆行する解釈であり失当である。
     なお、被告は、目的外使用が申告者が調査票に記入した時点で認識していた使用目的以外の目的で調査票を
使用することになることから、申告者の信頼を裏切り、統計調査に対する協力を得られなくなる旨主張するが、申告者
に対しては、「この家計簿の内容は、統計以外の目的、例えば徴税の資料などには絶対に使用しません。」と約束して
いるに過ぎないこと、調査票に記入した時点で申告者が認識していた使用目的とは、秘密を守った上で、調査を社会に
役立ててもらうことにあることからすれば、統計の目的で調査票を使用する限り、国民の信頼に背く結果にはならな
い。被調査者が家計簿をつけるという極めて煩雑な家計調査に応じる理由は、被告に対して「本調査を社会に役立てて
もらう」と信頼しているからである。ところが、被告が、家計調査の集計・分析を定型化された方法でしか行っていな
い上に、本件保存データを外部に対し原則非公開とし、新たな観点からの集計・分析が十分行われていないため、本件
保存データが十分に活用されていない状況にある。
     また、被告は、仮に原告が使用を求めたデータを開示すれば、申告者が統計調査に協力しなくなり、統計全
体の真実性が歪められるので使用を承認しないことは適法である旨主張する。しかし被告の主張は、そもそも、原告が
開示を求めていたデータは、家計調査票個票そのものではなく、「匿名のデータ(特定の個人が識別できないデータ)
」であるという点を離れた空論でしかない。
     また、「みだりに」目的外使用しないという趣旨をもって、「真にやむを得ない場合」という、私人が原則
的に一切排除されるような極めて限定的な「高度の公益性」を要すると解釈することには論理の飛躍がある。通常「み
だりに」使用しないという意味は、必要性及び相当性がない使用をしないという意味にとどまるのであって、これを超
えて「高度の公益性」まで備えた使用を意味するものではないことは明らかである。
   ウ 被告は、公益性判断の内部基準として①行政機関又はそれに準じる機関(以下「行政機関等」という。)と
の共同で行う研究等の一環として使用する場合、②行政機関等から委託又は補助金を受けて行う研究等の一環として使
用する場合、③当該使用が公益性を有する旨の行政機関の文書が添付されている場合の3つの要件のいずれかを充足す
る必要があるとしている(以下「本件内部基準」という。)。
     仮に国民の統計調査に対する信頼確保という目的から導かれる公益性なる要件が必要であるとしても、本件
内部基準は、調査票の使用目的を考慮せずに、行政機関等に関連する使用であるか否かという点のみによって公益性の
判断を行っているが、これは、個票データは本来国民共有の財産であるから原則公開しなければならないことと適合し
ないこと、現代社会においては、社会公共の利益は、行政機関のみならず私企業、個人、非政府組織等様々な担い手に
よって実現されているのであるから、行政機関等のみが「国家又は社会公共の利益」を目的とした行為を行っているこ
とを前提とする点で不合理であること、同基準は、少なくとも10数年前から変化なく運用されてきたものであるが、
公益性の社会通念は10数年前と全く異なる社会環境の中で変化を余儀なくされ、統計情報は、民間団体や民間研究者
にも積極的に利用させるべきであるとする要請が国内的に高まっており、またそれが国際的な趨勢でもあることからす
れば、同基準を形式的に適用した本件不承認処分には合理性がないというべきである。
     また、被告が平成13年6月22日に行政機関等個人情報保護法制研究会に提出した資料(甲6)によれ
ば、被告は、統計法15条2項の趣旨について、「指定統計によって集められた調査票は、国民の共有の財産であり、
一定の条件の下では、それらの有効活用を図ることが、国民の負担を軽減し、かつ、積極的に公益に資する場合がある
と考えられるので、このように目的外使用への道を開いているものである。」「使用目的に公益性があるというために
は、社会全般の利益、すなわち不特定多数の者の利益に積極的に貢献することを要し、単に特定者の利益でないとか、
公益を害しないという程度のものでは足りないと解すべきである。」と解しているにもかかわらず、本件申請に対して
は10数年前に作成され、統計審議会において是正を勧告された従来の内部基準を形式的に適用した。原告の本件研究
は、消費支出の構成の変化が経済全般にどのように変化をもたらしていくのかという新たな問題意識で、90年代にお
ける日本経済の低迷に対し新たな視座を提供しようとするもので、マクロ経済政策の改善・向上にも貢献し得るものな
のであるから、この研究が「単に特定者の利益でないとか、公益を害しないという程度」を超えて、社会への広範な利
益をもたらすものであり、本件内部基準による形式的審査ではなく、実質的に審査すれば被告の平成13年6月22日
提出の資料における公益性解釈によっても公益性を有することは明らかである。
   エ その他の被告主張に対する反論
    (ア) 内閣府等の行政機関発行の公益性を有する旨の文書を提示していないので公益性がないとの被告の主張
について
      被告は、現状では原告の使用目的に公益性があるか否かを判断することができる状態にないことを自認し
ているところ、「確認」できなかったとは、すなわち、内閣府等の行政機関発行の公益性を有する旨の文書を提示しな
かったことを指すとしている。しかし、原告は、本件研究に関わる調査票の使用許可の申請に際して、被告より、内閣
府等の行政機関発行の公益性を有する旨の文書の添付を義務付けられたことはないから、原告が内閣府等の行政機関発
行の公益性を有する旨の文書を提示していないことは、申請手続上、当然のことであり、本件研究の公益性の存否とこ
のような文書を提示していないこととの間に何ら関連性がないことは明白である。
    (イ) 学術研究として高い価値を有することが高度の公益性に結びつくものではないとの被告の主張について
      そもそも原告は、学術研究として高い価値を有することのみをもって高度の公益性を主張するものではな
く、被告の主張は失当である。
    (ウ) 原告の業務の基礎資料を取得する目的で行われるとの被告の主張について
      原告は、顧客の中心を民間団体においているが、消費経済・日本経済に対する影響力は大きいと自負して
おり、社会的責任から本件研究を行おうとするものである。
      本件研究は、統計の真実性に資する研究であることから、こうした研究は、日本全体の消費経済・日本経
済関係者に対し、有益である。すなわち、我が国におけるマクロ経済政策の改善・向上に寄与し、経済政策の立案・実
行に有益であるし、原告を含めその他の統計的真実を求める他の生活研究主体にとっても、その業務の基礎資料として
も有益である。よって、被告が、原告が本件研究によって基礎資料を取得できることをもって公益性がないと判断する
のは誤りである。
ページ(3)
    (エ) 原告が商品として発行する「生活研究所報」に掲載して発表することから、原告の経済的利益と関係が
あるという被告の主張について
     ① 被告は、「生活研究所報」が商品であるから、本件研究が原告の経済的利益の実現を目的とするもので
ある旨主張するが、「生活研究所報」は原則として顧客へ無料配布されるものであり、一般向けには有料で配布してい
るが、利潤を生むものではないから、事実に反する。
     ② 被告は、原告が本件研究結果を「生活研究所報」に掲載することをもって、営利のための「宣伝」とす
るが、原告は、本件研究の成果を「生活研究所報」以外に掲載することを予定していることは本件申請の中で明らかに
したとおりであり、また、研究の成果をできる限り速やかに公表するための手だてとして「生活研究所報」を1つの手
段として活用することにしたものであるから、やはり事実に反する。
  (被告の主張)
   ア 統計法15条2項は、指定統計調査に関する調査票の目的外使用を禁止する同条1項を受けて、「前項の規
定は、総務大臣の承認を得て使用の目的を公示したものについては、これを適用しない。」と規定し、指定統計調査に
関し、総務大臣の承認と使用目的の公示の手続を経ることを要件として、調査票の目的外使用を例外的に認めている。
     これは、申告者の秘密保護を図るとともに、統計調査に対する申告者の信頼を維持し、もって統計の真実性
を確保するとの観点から、指定統計調査によって収集された調査票の目的外使用は禁止されるべきものであり、それが
原則であるが、一方、当該調査票の目的外使用を認めることが、同様の調査の実施を抑制するなど国民の負担を軽減
し、かつ、積極的に公益に資する場合もあると考えられるためである(乙10・53頁。)
   イ 指定統計調査に関する調査票について、その目的外使用を国民の具体的権利として認める法令の規定は存せ
ず、国民は総務大臣の承認と使用目的の公示の手続を経て、初めてその権利を取得するにすぎない上、統計法15条2
項にいう「総務大臣の承認」について、その基準を定めた法令の規定も存しないことを考慮すれば、当該調査票の目的
外使用を承認するか否かは、その承認権限を有する総務大臣の広い裁量にゆだねられていると解される。
     そして、申告者の秘密を保護するとともに、統計調査に対する申告者の信頼を維持し、もって統計の真実性
を確保するため、指定統計調査に関する調査票の目的外使用は原則として禁止するというのが統計法の建前であり、こ
れを例外的に認める趣旨は、それによって国民の負担を軽減し、かつ、積極的に公益に資する場合があるためであるか
ら、その目的外使用は、広範に承認されるべきではなく、申告者の秘密保護が可能な限り担保されるとともに、使用目
的に高度の公益性、すなわち、社会全般の共同利益への積極的な貢献が明らかに認められ、その限度で統計調査に対す
る申告者の信頼をいわば犠牲にすることが正当化される場合に限って承認されるべきものである。
     これに対し、使用目的に一応の合理性があるにすぎない場合にも目的外使用が認められるとすると、行政機
関はもとより、個人や企業の活動であっても、明らかに反社会的な活動を除き、社会全般の共同利益に何らかのかかわ
りがあるのが通常であるから、ほとんどすべての使用目的はこれに当たることになる。しかし、社会全般の共同利益に
資する程度も大小様々であって、このような場合のすべてについて調査票の目的外使用が限定されているとの認識で調
査に協力した申告者の納得を得られるとは考えられない。
     したがって、統計法15条2項に基づき調査票の目的外使用が承認されるためには、その使用目的につい
て、社会全般の共同利益に何らかのかかわりがあり、一応の公益性があると認められるだけでは足りず、高度の公益性
があると認められることが必要というべきである。
   ウ このように、調査票の目的外使用のためには、調査票の使用目的、すなわち調査票を使用して取得した資料
又は情報の利用目的について、高度の公益性を要するが、かかる目的は極めて多種多様であり、被告の所管外の内容に
わたるものも多数存するから、被告がその承認、不承認を決定するに当たり、かかる目的それ自体を観察し、これに高
度の公益性があるといえるか否かを的確に判断することは、著しく困難である。
     そこで、その判断の目安として、調査票を使用して得られた資料又は情報の使用主体に着目し、行政機関等
が使用する場合のほか、民間人又は民間団体(以下「民間人等」という。)が使用する場合にあっては、①行政機関等
との共同で行う研究等の一環として使用する場合、②行政機関等から委託又は補助金を受けて行う研究等の一環として
使用する場合、③当該使用が公益性を有する旨の行政機関の文書が添付されている場合のいずれかに該当することをも
って、高度の公益性を認める取扱いとされている。
     行政機関等は、公益、すなわち社会全般の共同利益実現の担い手であるため、行政機関等が調査票の目的外
使用を必要としている事実は、社会全般がこれを強く必要としていることを推認させるものである。
     一方、民間人等は、基本的には社会全般の共同利益ではなく、個人的利益を実現することを目的とする存在
というべきであるから、民間人等が調査票の目的外使用を必要としていることの一事をもって、その使用目的に高度の
公益性があるとすることはできないが、上記①ないし③に挙げた事情が認められる場合には、併せて行政機関等も調査
票の目的外使用を必要としているということができ、高度の公益性があるということができる。
     上記の取扱いは、かような観点から設けられたものであり、使用目的に高度の公益性があるといえるか否か
の判断基準として合理性がある。
   エ 本件申請によれば、本件保存データの使用目的は、「家計による消費支出の構成の変化傾向から全家計に共
通した経済の基底にある変動要因すなわち「経済成長に対する財の多様化の貢献度」を計測することで、戦後日本にお
ける経済成長ならびに景気循環の過程で財の多様化がどのような役割を果たしてきたのかを分析・解明すること」とさ
れている(甲2)。そして、原告は、内外の経済調査及び市場調査等の情報収集提供サービスを主たる業務とする株式
会社であり(乙13)、原告の申立てによれば、本件保存データの目的外使用は、原告が本件保存データを、行政機関
等とは無関係に、独自に利用するものとされている。
     まず、同法15条1項にいう「統計上の目的」とは、同法7条1項で承認を受けた調査により当該指定統計
を作成するという目的をいうから、原告の申請に係る使用目的がこれに当たらないことは明らかである。したがって、
原告による本件保存データの使用は同法15条1項によって禁止される目的外使用に当たる。
     そして、原告の申請によれば、本件保存データの使用目的が、前記内部基準のいずれにも該当しないことは
明らかである。
     したがって、本件保存データの目的外使用について、ひとり原告のみならず、公益実現の担い手である行政
機関等がこれを必要としているとはいえず、結局、社会全般がこれを強く必要としており、高度の公益性があると認め
ることはできない。
   オ 原告主張に対する反論
    (ア) 原告は、本件保存データの目的外使用による研究の成果が、従来のマクロ経済政策の改善・向上に寄与
するものであるから、これには高度の公益性がある旨主張する。
      仮に原告の申立てのとおり、本件保存データの目的外使用による研究の成果が、従来のマクロ経済政策の
実現・向上に寄与し、我が国における経済政策の立案、実行に有益であることが確認されれば、これには高度の公益性
があると認めることができる。
      しかし、そのことを確認するに足りる資料は、提示されていない。すなわち、本件保存データの目的外使
用による研究の成果が、我が国における経済政策の立案、実行に有益か否かは、旧経済企画庁の所管事務を承継した内
閣府等の行政機関が最も的確に判断し得ることであり、仮に原告の申立てのとおりであれば、原告は、内閣府等の行政
機関に申請して公益性を有する旨の文書の発行を受け、被告に提示すれば足りるにもかかわらず、かかる文書は提示さ
ページ(4)
れていない。
      被告が、経済政策の立案、実行を所管する内閣府等の行政機関の判断を差し置いて、原告の申立てのみに
基づき、本件保存データの目的外使用による研究の成果は我が国における経済政策の立案、実行に有益であると認める
ことはできない。
    (イ) 原告は、本件保存データの目的外使用による研究は、学問的見地からみて極めて高度なもので、経済学
研究の最先端に新たな貢献をなし得るものであるから、これには高度の公益性があるとしている(甲2)。
      しかし、高度の公益性があるとは、社会全般の共同利益への積極的な貢献が明らかに認められることをい
うところ、学術研究の成果は、それ自体が社会全般の共同利益に貢献するものではなく、したがって、学術研究として
高い価値を有することが、高度の公益性に直ちに結びつくものではない。すなわち、経済学研究についていえば、その
成果は、我が国における経済政策の立案、実行や、個人又は企業等の経済活動の指針の樹立等、何らかの媒介項を通じ
て社会全般の共同利益に貢献するものであって、それ自体が独立して高度の社会的意義を有するものではない。
      ところが、原告の申立ては、本件保存データの目的外使用による研究が、学術研究として高い価値を有す
るというにとどまり、その成果がいかなる媒介項を通じて社会全般の共同利益に貢献するというのか判然としないとい
わざるを得ない。
      したがって、原告の申立てを前提としても、本件保存データの目的外使用について、高度の公益性がある
と認めることはできない。
    (ウ) 原告は、本件保存データの目的外使用による研究は、原告の利益とは全く無関係に、独立した学術研究
として行われるものであるとしている(甲2)。
      しかし、原告は、営利を目的とする株式会社であり(甲1及び乙12)、基本的には社会全般の共同利益
ではなく、自己の経済的利益の実現を目的とする存在である。そして、原告は、本件保存データの目的外使用による研
究の成果を、原告発行の「生活研究所報」に掲載して発表するとしているところ(甲2・4頁)、「生活研究所報」は
原告が商品として販売する書籍であるから(甲1)、当該研究が原告の経済的利益と無関係に行われるということはで
きない。
      さらに、原告の主たる業務は、内外の経済調査及び市場調査等の情報収集提供サービスであり(乙13)
、その中心は、顧客と議論を重ねながら、戦略を立案し、解決策を見出し、よりよい結果が出るまで推進していくカス
タムサービスにあるとされている(甲1)。そして、原告がカスタムサービスに関し得意とするテーマの1つに生活研
究があり(甲1・6頁)、本件保存データの目的外使用による研究は、まさに原告のいう生活研究であり、その成果
が、原告が商品として販売する書籍を通じて発表されることを併せ考えれば、当該研究は、原告の業務の基礎資料を取
得するとともに、その業務遂行能力を顧客に宣伝するために行われるものといわざるを得ない。
      したがって、本件保存データの目的外使用による研究は、原告の利益とは無関係に、独立した学術研究と
して行われるものとは到底いえず、むしろ、原告の経済的利益の実現を目的とするものというべきである。
  (5) 本件不承認処分は平等原則に反し違法といえるか(争点③)
  (原告の予備的主張2)
    原告の調査目的、内容は、甲11に記載された経済学における先行研究と何ら質的に変わらないものである。
甲11記載の学者・研究者には調査票を開示しながら、公益性の点でいささかも劣らない原告に対してはこれを拒絶す
るという本件不承認処分は平等原則に違反し、違法である。
    なお、甲11にあげたいずれの論文も、被告が冊子として公表している家計調査年報及び全国消費実態調査に
掲載されている類のデータでは分析不可能なものであり、個々の調査対象者の個票等に掲載されている情報を利用して
行われている研究であるから個票データを使用して作成されたことは明白である。また、被告が提出した乙14ないし
乙18には、原告が挙げた類似先行研究リストの諸論文を執筆した研究者がいずれも調査票の使用者の範囲として申請
書に記載されていることに照らすと、原告のいう類似先行研究は、経済学者が調査票の目的外使用の承認を受けて行っ
たものではないとの被告の主張は事実に反する。
  (被告の主張)
    原告は、P1氏らの経済学研究者の論文を列挙した上(甲11)、これらは経済学研究者が調査票の目的外使
用の承認を受けて行った学術研究の例であり、その研究内容と、本件保存データの目的外使用による研究内容には何ら
差異はないから、本件不承認処分は合理性のない不平等な取扱いであり違法である旨主張する。
    しかし、原告が指摘する学術研究の例(甲11)は、いずれも経済学研究者が調査票の目的外使用の承認を受
けて行ったものではないから(乙5ないし乙8、乙14の1、乙14の2、乙15の1、乙15の2、乙16の1、乙
16の2、乙17の1、乙17の2、乙18の1、乙18の2)、これとの不均衡を理由に本件不承認処分の違法をい
う原告の主張はその前提を欠くもので失当である。
    原告は、調査票の目的外使用に関する各申請書(乙14の1、乙15の1、乙16の1、乙17の1及び乙1
8の1)中の「調査票の使用者の範囲」欄に、P1氏らの経済学研究者の氏名が記載されていることを根拠として、同
人らが調査票の目的外使用の承認を受けた事実はない旨の被告の主張は誤りである旨主張する。しかし、上記各申請書
中の「調査票の使用者の範囲」欄にいう「使用者」とは、調査票の目的外使用の承認を受ける使用主体ではなく、その
使用主体の指揮監督の下で調査票の集計等の作業を実際に行う者をいい、いわば使用事務処理者ともいうべきものであ
る。したがって、P1氏らの経済学研究者の氏名が上記各申請書中の「調査票の使用者の範囲」欄に記載されているこ
とは、同人らが使用主体として調査票の目的外使用の承認を受けたことを意味しないから、原告の主張は失当である。
第3 当裁判所の判断 
 1 統計法15条1項の「統計上の目的」の意義(争点①)
  (1) 統計法7条の承認の趣旨
    統計法は、指定統計調査を実施するには、①調査の目的、事項、範囲、期日及び方法、②集計事項及び集計方
法、③結果の公表の方法及び期日、④関係書類の保存期間及び保存責任者、⑤経費の概算その他総務大臣が必要と認め
る事項について、あらかじめ総務大臣の承認を受けなければならないとしている(7条1項)。これは、指定統計は、
国又は地方公共団体が作成する統計のうち、総務大臣が統計体系上必要と認めて公示した統計であり(2条)、国民生
活に重要な関係を持ち、基本的な政策決定の基礎資料となるものであることに加え、そのための調査に当たって、被調
査者に申告義務を課し(5条)、立入検査等の実地調査が行える(13条)など、他の統計調査にはない特別の公権力
の行使が認められており、国民の権利義務に重大な関係があることから、調査の実施に当たっては、あらかじめ総務大
臣の承認を受けなければならないとされていると解される。
  (2) 統計法7条と15条の関係
    そして、統計法15条1項は、前記②の集計事項及び集計方法の承認審査の中で審査され、承認された統計を
作成する範囲内に限り当該調査票の使用が許されることを明確にするために、「統計上の目的」以外に調査票を使用す
ることを禁止したものと解される。
    したがって、同法15条1項の「統計上の目的」とは、同法7条1項で承認を受けた調査により当該指定統計
を作成する目的をいうと解するのが相当である。
  (3) 原告主張について
    この点、原告は、統計法15条1項は、「統計上の目的以外に使用してはならない」と規定しているのみであ
ページ(5)
って、「当該指定統計調査に使用する目的以外に使用してはならない」とか、「7条1項により承認された統計以外に
使用してはならない」とは規定されていないから、「統計上の目的」とは、統計一般の目的と解すべきである旨主張す
る。
    しかし、統計法そのものが、指定統計等を得るための調査に関する手続等を定めた法律であることからする
と、同法15条1項の「統計上の目的」という文言も、指定統計等法7条1項等によって審査され、承認を受けた統計
のことを意味するものと解することは十分に可能なのであるから、この文言のみを理由として、同法15条1項が、統
計一般の目的に基づいて、調査票を使用することを認めた規定であると解することは困難である。
    むしろ、統計一般の目的であれば「統計上の目的」に該当するとの原告の主張によれば、同法15条1項の反
対解釈により同法7条1項により承認された調査票の使用者の範囲を超えて、広く調査票の使用が一般的に認められる
ことになるが、そうなると、同法7条1項で指定統計調査の実施についての目的、調査事項等のほか、調査票の使用に
ついても、集計事項及び集計方法の承認の中で審査し、そこで承認された統計を作成する範囲内に限り当該調査票の使
用を許すこととした意義が大きく失われることにならざるを得ない。また、原告らの主張によると、統計一般の目的に
利用しようとする者は、調査票を回答者のプライバシーに属する事項等、本来秘密に属する事項も含め、無条件で利用
することができることになるが、このような事態も、統計法が想定している事態であるとは到底いい難いものというべ
きである(原告らの主張によった場合、統計一般の目的のために調査票を利用する者は、統計法14条の一般的な秘密
保護義務は負うこととなるとしても、その違反に対しては何ら制裁が予定されていないことにならざるをえないことに
も留意すべきである。統計法19条、19条の2参照。)。
    原告は、上記解釈は統計法の立法者意思、あるいはかっての総理府統計局の解釈にも合致するとして、甲20
の2(185頁)及び甲21(117頁以下)を引用している。しかし、甲20の記載部分は、立法当時の統制経済に
おいては、統計調査の結果を統計として利用するだけでなく個々の配給、供出等の資料としても利用せざるを得ない状
況にあったことを受けて、そのような利用は「統計上の目的」以外の使用であり統計委員会(当時)の承認が必要であ
ることの説明として記載されたものであり、甲21の記載部分も統計が農作物の供出等のために使用されると被調査者
は自己の利害を打算して真実の統計が得られないことを理由に「統計上の目的とは、それぞれの統計が作られる目的す
なわち例えば米の収穫統計が米の供出割当の基礎資料とすることを目的として作られるというような意味の目的ではな
く、統計を作成するために集計その他に使用することをいう。」としたものであり、いずれも本件のような一般統計上
の目的ではあるが指定統計調査の目的外の使用の場合を想定して説明したものではないことは明らかである。
  (4) 結論
    すると、原告の本件申請にかかる本件保存データの使用が同法15条1項の「統計上の目的」に当たらないこ
とは明らかであるから、本件不承認処分が同条1項の解釈を誤るもので違法であるとの原告の主位的主張には理由がな
い。
 2 本件不承認処分は被告の裁量権の逸脱・濫用に当たるかどうか(争点②)(1) 指定統計調査に関する調査票の目
的外使用の禁止(統計法15条1項)の趣旨
    統計法1条は、同法の目的として統計の真実性を確保することを掲げているところ、正確な統計が得られるか
どうかは、被調査者から正確な回答が得られるかどうかにかかっており、被調査者の協力が必要不可欠となる。
    そこで、統計法は、一方において、指定統計調査のために、被調査者に申告義務を課し(統計法5条)、被調
査者が申告を命じられた場合に申告をせず、又は虚偽の申告をした場合には刑罰を課す旨規定(同法19条)する一方
で、被調査者が安心して申告することができるように、指定統計調査の結果得られた秘密に属する事項については保護
する旨規定し(同法14条)、統計調査従事者等が同法14条の守秘義務に違反した場合の罰則を規定するとともに(
同法19条の2)、何人も指定統計を作成するために集められた調査票を「統計上の目的」以外に使用してはならない
旨規定したものである(同法15条1項)。すなわち、「統計上の目的」に使用するとして被調査者から調査票を集め
ながら、被調査者の同意もなく「統計上の目的以外」に使用することは、被調査者の信頼を裏切る背信行為であり、そ
の結果爾後、被調査者は安心して真実を申告することができず、その結果、統計調査への協力が得られなくなり、ひい
ては統計行政にとって致命的な打撃となることから、このような事態を防止するために、「統計上の目的以外」の目的
のために調査票を利用することを原則として禁止したのが統計法15条1項の趣旨であると解される。    
  (2) 統計法15条2項の目的外使用の承認の要件
   ア 目的外使用の承認の趣旨
     統計法15条2項は、指定統計調査に関する調査票の目的外使用を禁止する同条1項を受けて、「前項の規
定は、総務大臣の承認を得て使用の目的を公示したものについては、これを適用しない。」と規定し、指定統計調査に
関して、総務大臣の承認と使用目的の公示の手続を経ることを要件として、調査票の目的外使用を例外的に認めてい
る。
     これは、被調査者が安心して真実を申告することができるためには、指定統計調査に関する調査票の目的外
使用は原則として認めないこととし、ただ、指定統計調査によって集められた調査票は、国民共有の財産の1つであ
り、一定の条件のもとでは、それらの有効活用を図ることが、国民の負担を軽減し、かつ積極的に公益に資する場合が
あると考えられたため、例外的に調査票の目的外使用を認めたものであると解される。
   イ 目的外使用の承認の判断基準
     既に説示したとおり、統計法が、指定統計調査に関する調査票の目的外使用は原則として認めないという建
前の下に、調査対象者に申告義務、真実陳述義務等を課した上で、その秘密にわたる事項についても調査を行うという
制度を採用していることや、調査票の目的外使用を行う者については、一般的な秘密保護義務を課しているのみであっ
て(統計法14条)、その違反に対して制裁を科することは予定されていないことなどの事情に照らしてみると、調査
票の目的外使用を承認するためには、調査対象者の秘密が保護されることが十分に担保されているとともに、その目的
外使用が、真にやむを得ない高度の公益上の必要性に基づくものであることを要するものというべきであるが、これら
の判断に当たっては、専門的観点からの判断が不可欠である上に、統計法15条2項も、目的外使用を承認するための
具体的要件については何ら定めをおいていないことなどの点を併せ考えると、目的外使用の承認を行うかどうかについ
ては、被告の広汎な裁量が認められているのであって、その判断(特に、不承認の判断)が違法とされるのは、事実の
基礎を欠くとか、社会通念上著しく妥当性を欠くなど、その裁量権行使に逸脱、濫用があった場合に限られるものとい
うべきである。
     そして、被告においては、裁量権行使の基準として、「指定統計調査調査票の統計目的外使用の承認申請に
関する事務処理要領(乙11・162頁)を定め、調査票の使用が申告者の秘密保護に欠けることがなく、かつ、その
使用が公益性の高いものであると認められる場合に承認を与えることとし、更にこれを具体化する運用上の基準とし
て、民間人等が使用する場合にあっては、①行政機関等との共同で行う研究等の一環として使用する場合、②行政機関
等から委託又は補助金を受けて行う研究等の一環として使用する場合、③当該使用が公益性を有する旨の行政機関の文
書が添付されている場合のいずれかに該当する場合には、公益性の高い使用であると認める旨の本件内部基準を定め、
同基準により判断しているところであるが、このような基準にも一応の合理性が認められるものというべきである。
   ウ 原告の主張について
    これに対し、原告は、①指定統計調査によって集められた調査票は、国民の共有財産であり、統計の真実性
を確保するという趣旨からも公開されるのが原則であると考えるべきであるから、申請者に必要性と相当性があれば、
ページ(6)
調査票の目的外使用の承認は認められるべきであるとした上、②本件内部基準は、民間の公益的役割を不当に軽視する
ものであって、今日の国内情勢や、国際的な趨勢に照らし、到底維持できるものではないにもかかわらず、この基準を
形式的に適用した本件不承認処分は違法であると主張しているので、この主張について判断する。
   (ア) ①の主張について
    まず、①の主張についてみるに、指定統計調査によって集められた調査票が国民共有の財産であり、外部
に開示・利用されることは、統計の真実性の確保という観点からは意義を有するとする原告の主張にももっともなとこ
ろがある反面、本件申請の対象となった統計調査においては、被調査者に、家族状況、勤務先、住居の所有関係等につ
いての記載を求め(世帯票)、さらに毎日の現金収入、現金支出及び現金残高を記入し、クレジットカード、月賦等に
よる商品等の購入状況についても記載を求めるなど(家計簿)、調査内容は、相当詳細なものとなっている(乙1ない
し乙4)ことからも明らかなように、個人の秘密に属する事項についての記載がなされているものであるから、被調査
者の権利保護の観点からの検討が必要であるところ、原告の上記主張は被調査者の権利保護に対する配慮に欠けるとこ
ろがあるといわざるを得ず、相当とはいい難い。なお原告は、本件申請においては氏名、住所、電話番号及び勤務先の
名称を除くものが転写されているデータの開示が問題となっているのであって、被調査者が誰であるかは識別できない
からその秘密は保護されており、被調査者の権利を侵害することにならない旨主張しているが、本件保存データを公開
した後の個体の再識別化の可能性を考慮すると、その前提自体に疑問があるといわざるを得ない(原告は、家計調査規
則(昭和50年11月12日総理府令第71号)13条において、「総務省統計局長は、調査票を2年間、調査票の内
容(第5条第1項第4号に掲げる事項のうち、特定の個人を識別することができる事項に係る部分を除く。)が転写さ
れている電磁的記録(電子的方法、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録
をいう。以下この条において同じ。)及び結果原表又は結果原表が転写されているマイクロフイルム若しくは電磁的記
録を永年保存するものとする。」と規定していることを受けて、仮に個体の識別が可能であるとすると、同規則13条
に違反したことを被告は自白しているに等しい旨主張するが、同規則は特定の個人を識別することができる事項を除い
て保存する旨規定したものにすぎず、同規則からその後の個体の識別がおよそ不可能であることまで保障した規定であ
ると認めることはできない。)。
      また、仮に個体が識別化されることなく秘密が保護されるとの前提にたったとしても、被調査者が統計法
5条により申告義務を負うのは、本来、総務大臣が同法7条により承認した指定統計調査に使用される範囲内であるは
ずであるところ、指定統計調査の統計目的に使用されることを前提に被調査者が提供した個人情報が、原告の主張によ
れば、申請者の必要性と相当性のみで、自己の与り知らない他者によって、他の統計目的で使用されることまで被調査
者は受忍しなければならない結果となり、かかる原告の主張は、統計情報の利用者の視点に偏り、被調査者の自己情報
をコントロールする権利の保護という観点を十分考慮しない点でバランスを欠くもので相当でなく、いずれにしても採
用することはできない。
    (イ) ②の主張について
      上記のとおり、原告は、本件内部基準は、今日の国内情勢や国際的な趨勢に照らし、到底維持できるよう
なものではないと主張するところ、たしかに、甲9及び甲19の2の文献によれば、「したがって民間の機関でも、使
用目的が公益性の高いものであれば承認を考慮してもよいのではないかと考える。」(甲9)、「時代に応じて公益性
の評価が変わり得ることから、目的外使用の承認審査は総務庁長官(当時)の裁量行為とされているが、近年、利用者
の集計能力の向上とあいまってミクロ・データの利用ニーズが増大していることからすれば、公益性の評価について再
検討の余地がある。」(甲19の2)といった原告の主張に沿う記載があり、平成7年3月10日付けの統計審議会の
答申においても「現代の社会において従来のように高度の公益性を行政との関連を中心にとらえる必要性は乏しくなっ
てきている。このようなことから、今後、統計法の趣旨・目的を踏まえ、調査票の目的外使用の承認基準の見直しを行
い、その積極的な活用を図る必要がある」(甲10の2・15頁)とされている。そして、経済社会統計整備推進委員
会の報告書(案)(甲44)は、個々の調査票から個体識別性を除いた標本データ(マイクロデータ)については、広く
利用に供することが諸外国の趨勢になりつつあることを指摘した上で、「統計調査に協力する調査客体が不安を抱くこ
とのないよう、秘密の保護とそのための担保措置について特段の留意が必要である。」と指摘しつつも、我が国におい
ても、「マイクロデータの活用について、これまでの試験的取組の蓄積や関係府省による検討、諸外国における取組状
況等を踏まえ、制度化に向けた取組を加速すべきである。あわせて、オーダーメード集計についても、関係府省による
これまでの検討結果を踏まえて、集計体制や費用の負担・徴収の在り方等具体的な仕組みの検討を加速させる必要があ
る。」との提言がされているところである。これらの指摘や、公益的活動の少なからぬ部分が民間において担われるよ
うになってきている今日の状況に照らしてみると、公益性が高いかどうかを行政機関が関与しているかなどといった観
点からのみ判断することが果たして正当といえるのかどうかについては少なからず疑問があるものといわざるを得ない
のであって、この点からすると、原告の主張にももっともなところがあるものというべきである。
      しかし、統計法15条の指定統計の目的外使用の承認については、もともと、戦後の統制経済下で農作物
の供出や肥料の割当等の基礎資料として調査票を利用せざるを得ない事情に対応することを念頭に置いて規定されたも
のであって(甲20の2・184頁)、統計法は、目的外使用の承認については限定した範囲でしか予定していないこ
とは否定し難いところである(このことは、前示の経済社会統計整備推進委員会の報告書(案)においても、「そもそ
も昭和20年代に制定された統計法制では、このような形での統計情報の利用(匿名標本データ・個票データから地域
区分や世帯番号等の個体の識別子を消去するなどにより個体の識別を不可能にしたマイクロデータや、調査票を保有す
る行政機関等が利用者からの個別の要請に応じて調査票を集計してその結果を提供するオーダーメード集計等)を全く
想定されていない。これまでは調査票の目的外使用の規定(統計法15条)を適用して対応してきたものの、同規定
は、本来、戦後の統制経済下で農作物の供出や肥料の割当等の基礎資料として調査票を利用せざるを得ない事情に対応
することをもっぱら念頭に置いたものであって、報告者の秘密保護を前提とした上記の今日的なニーズに対応していく
仕組みとしてふさわしいものとは言い難い。」との指摘があるところである(甲44・26頁)。)。
      そして、このような制度自体に時代遅れのところがあるという原告の指摘にはもっともなところがあると
しても、調査票のデータの積極的な利用を図っていくためには、調査対象者に対する説明を含めた調査の在り方や、デ
ータの加工、保存の在り方、データを利用する者に対する規制を含めた報告者の秘密保護の在り方といった点を総合的
に検討する必要があるのであって、これらの点に対する制度的担保を欠いたまま、調査票データの積極的な利用を認め
ていくことについて、調査対象者の理解が得られるかどうかについてはなお疑問が残るものといわざるを得ない。そう
すると、原告の主張は、立法論としては傾聴に値するものであるとしても、現行統計法の制度を前提とする限り、調査
票の目的外利用を限定的にしか認めないものとする本件内部基準の定めが、明らかに合理性を欠くものであって、違法
であると断定することは困難であるというべきである。
   エ 結論
     すると、原告の本件申請は、行政機関とは無関係に独自の統計を作成するための資料として本件保存データ
を使用するというものであるから、被告が本件内部基準により本件保存データの目的外使用の承認をすることができな
いと判断したことには被告の裁量権の逸脱・濫用した違法があるとは認められず、原告の予備的主張1には理由がな
い。
 3 本件不承認処分が平等原則に違反するかどうか(争点③)
   原告は、P1氏らの経済学研究者の論文を列挙した上(①P1(1986)で始まる例、②P2・P3・P4(
ページ(7)
1986)で始まる例、③P5(1992)で始まる例、④P1(1995)で始まる例、⑤P5・P6(1996)
で始まる例。⑥P7 and P8(1998)で始まる例。甲11)、これらは経済学研究者が調査票の目的外使用
の承認を受けて行った学術研究の例であり、その研究内容と本件磁気テープの目的外使用による研究内容に何ら差異が
ないから、本件不承認処分は平等原則に反し違法である旨主張している。
   しかし①及び②については、統計法15条2項の目的外使用の承認を受けた使用主体は経済企画庁経済研究所長
であり、P1、P2、P3、P4の各氏は使用主体の指揮監督の下で作業を行う調査票の使用者であること(乙14の
1、乙14の2)、③については、目的外使用の承認を受けた使用主体は経済企画庁長官であり、P5氏は上記と同様
に調査票の使用者であること(乙15の1、乙15の2)、④については、目的外使用の承認を受けたのは大阪大学長
であり、P1氏は上記と同様に調査票の使用者であること(乙16の1、乙16の2)、⑤については、目的外使用の
承認を受けた使用主体は総務庁長官であり、P5氏、P6氏は上記と同様に調査票の使用者であること(乙17の1、
乙17の2)、⑥については、目的外使用の承認を受けた使用主体は総務庁長官であり、P7氏は上記と同様に調査票
の使用であること(乙18の1、乙18の2)からすれば、原告の主張する学術研究の例は、いずれも経済学研究者
が、独自に調査票の目的外使用の承認を受けて行ったものではないから、これらの例との不均衡を理由に本件不承認処
分が違法であるとする原告の予備的主張2には理由がない。
   なお、原告は、甲11に挙げたいずれの論文も個票データを使用して作成されたものであることは明らかである
にもかかわらず、経済学者が調査票の目的外使用の承認を受けて行ったものではないとすると、本件内部基準の運用の
潜脱にほかならず、被告はこうした運用の潜脱を知りながら黙認してきたものであるから、被告の対応は平等原則に違
反していると主張するが、甲11に掲げた論文が、目的外使用の承認を受けた行政機関とは別個に、あるいは、目的外
使用承認の趣旨を逸脱して個票データ使用して作成されたものであると認めるに足りる証拠はなく、かかる主張には理
由がない。
第4 結論
   以上によれば、原告の請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事
訴訟法61条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
       裁判長裁判官    鶴   岡   稔   彦
           
          裁判官古   田   孝   夫
           
          裁判官潮   海   二   郎
ページ(8)

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修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

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履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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