弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
     右部分に関する被上告人らの各請求を棄却する。
     被上告人有限会社B1自動車は上告人に対し七三七、八四六円およびこ
れに対する昭和四一年八月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、
被上告人有限会社B2合板所は上告人に対し七三六、三九一円およびこれに対する
前同日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
     本件訴訟の総費用および前項に関する裁判の費用は被上告人らの負担と
する。
         理    由
 上告代理人藤枝東治の上告理由について。
 原審は、
 (1) 被上告人有限会社B1自動車および同有限会社B2合板所は、訴外D紙工
株式会社(以下訴外会社という。)に対する強制執行として、それぞれ訴外会社が
上告人に対して有する第一審判決別紙目録記載の預託金の返還請求権各一〇〇万円
について、差押ならびに転付命令をえ、右命令正本は、訴外会社に昭和三八年五月
一二日、上告人に同月一一日それぞれ送達された。
 (2) しかし、これに先立つ同年四月一七日、訴外E産業株式会社(以下E産業
という。)が右預託金について差押命令をえていたので、右各転付命令は効力を生
じなかつた。
 (3) E産業は、同年一二月一九日差押命令の執行を取り消されたので、被上告
人らは、さらに本件預託金について債権転付命令をえ、右命令正本は昭和三九年二
月一五日上告人および訴外会社に送達された。
 (4) 一方、上告人は昭和三七年九月二六日訴外会社に対し、一、〇〇〇万円を、
弁済期は同年一〇月二五日を第一回として以後毎月二五日限り三〇万円づつ一二回
に割賦弁済し(但し最終の割賦金は六七〇万円)、利息は日歩二銭五厘として毎月
二五日限りその月末までの分を支払う、訴外会社が税金の滞納処分もしくは第三者
から仮差押仮処分、強制処分を受けまたは破産和議競売の申立てがあつた場合には、
訴外会社は自動的に本件債務の弁済期限の利益を失い直ちに未済債務全額を弁済す
る旨の約定で貸与した。
 (5) 訴外会社は上告人に対し、昭和三八年三月二五日までの割賦金ならびに利
息金の支払をした。
 (6) 前記預託金は昭和三八年二月二八日訴外会社から上告人に預託されたが、
同年五月二九日訴外会社が別口不渡の発生により銀行取引停止処分に付されたので、
同年五月三一日異議申立提供金はF銀行協会手形交換所から上告人に返還され、同
日右預託金の弁済期が到来した。
 (7) 上告人は、被上告人らの移付命令が効力を生じていない昭和三八年九月ご
ろ、訴外会社に対して前示期限の利益喪失約款に基づき、上告人の貸付残元金八二
〇万円および利息金を自働債権とし、本件預託金を受働債権として対等額で相殺す
る旨の意思表示をした。
との事実を認定したうえ、差押債権者に対し第三債務者が差押前に取得した反対債
権をもつてする相殺は、差押当時両債権がすでに相殺適状にある場合および反対債
権の弁済期が被差押債権である受働債権の弁済期より先に到来する場合にかぎり差
押債権者に対抗しうるにすぎず、反対債権の弁済期が被差押債権のそれより後に到
来する場合は、これを差押債権者に対抗できないものであり、反対債権につきいわ
ゆる期限の利益喪失約款が締結されていた場合においても、右約款は、前示の相殺
により対抗が許される場合にかぎつて、差押債権者に対し、効力を認むべきである
と判示し、上告人の訴外会社に対する反対債権のうち昭和三八年四月二五日支払分
割賦金三〇万円ならびに利息金六一、五〇〇円および翌五月二五日支払分割賦金三
〇万円ならびに利息金六三、五五〇円合計七二五、〇五〇円についてのみ相殺をも
つて被上告人らに対抗しうるものとし、これを折半して本件各被差押債権に充当し
たうえ、上告人に対し各被上告人にそれぞれその残額である六三七、四七五円およ
びこれに対する転付命令送達の日の翌日である昭和三九年二月一六日から完済まで
年六分の割合による遅延損害金の支払を命じている。
 しかしながら、債権が差し押えられた場合において、第三債務者が債務者に対し
て反対債権を有するときは、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、右
債権および被差押債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、第三
債務者は、差押後においても、右反対債権をもつて、被差押債権と相殺ができるも
のであり、また、銀行の貸付債権について、債務者に信用を悪化させる一定の客観
的事情が発生した場合には、債務者のために存する貸付金の期限の利益を喪失せし
め、同人の銀行に対する預金等の債権につき、銀行において期限の利益を放棄し、
直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意が右預金等の債権を差し押えた債権者に対し
ても効力を有することは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和三
九年(オ)第一五五号同四五年六月二四日大法廷判決参照)、右判例に従えば、本
件において、上告人が訴外会社に対して有していた貸付金債権をもつてする相殺は、
すべて差押債権者である被上告人らに対抗しうるものであり、右貸付金債権につい
て締結されていた前記期限の利益喪失約款も被上告人らに対抗しうる結果、上告人
の訴外会社に対する貸付金の残債務は、被上告人らに対する関係においてもE産業
が右債権を差し押えた時にその弁済期が到来したものということができる。そうで
あれば.本件預託金返還請求権の履行期は、支払銀行である上告人がF銀行協会か
ら不渡異議提供金の返還を受けた時に到来するものであるから(最高裁判所昭和四
三年(オ)第七七八号同四五年六月一八日第一小法廷判決参照)、右債権および上
告人の訴外会社に対する貸付金債権は、昭和三八年五月三一日相殺適状に達したも
のということができ、被上告人らの本訴請求債権は、上告人のした本件相殺の意思
表示により、前同日に遡つてすべて消滅したものということができる。
 したがつて、これと異なる見解のもとに被上告人らの本訴請求を一部認容した原
判決は破棄を免れず、第一審判決は、その限度において取消を免れない。そして、
被上告人らの本訴請求はすべて失当として棄却すべきものである。
 次に、上告人は、本判決末尾添付の申立書記載のとおり、民訴法一九八条二項の
裁判を申し立て、その申立の理由として主張する事実関係は、被上告人らの争わな
いところである。しかして、原判決が破棄を免れず、第一審判決の被上告人らの勝
訴部分が取消を免れないことは前記説示のとおりであるから、第一審判決に付され
た仮執行宣言がその効力を失うことは論をまたない。したがつて、右仮執行宣言に
基づいて給付した金員およびその執行のために要した執行費用に相当する金員なら
びにこれに対する右支払の日から完済まで年五分の割合による民法所定の損害金の
支払を求める上告人の申立は、これを正当として認容しなければならない。
 よつて、民訴法四〇八条、一九八条二項、九六条、八九条、九三条に従い、裁判
官色川幸太郎の意見、裁判官城戸芳彦の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、
主文のとおり判決する。
 裁判官色川幸太郎の意見は、次のとおりである。
 私は、本件の結論においては多数意見を支持するものであるが、その理由のうち、
差押と相殺の関係に関する点については、右多数意見に賛同することができない。
すなわち、本件の如き事案において、第三債務者のする相殺は、反対債権の弁済期
が受働債権の弁済期より先に到来する場合にかぎり差押債権者に対抗しうるものと
解するのが相当であつて、多数意見の如く、両債権の弁済期の前後を問わず、第三
債務者の相殺を許すべきものと解することは、第三債務者の利益を不当に保護する
結果になると考える。その理由は、当裁判所昭和三九年(オ)第一五五号同四五年
六月二四日大法廷判決において私の同調した裁判官松田二郎の反対意見と同一であ
るから、それをここに引用する。したがつて、右と趣旨を同じくする原審のこの点
に関する判断は、正当といわなければならない。
 しかしながら、銀行の貸付金債権について、本件の如き期限の利益喪失に関する
合意がなされている場合、これが債務者のみならず、第三債務者である差押債権者
にも対抗しうるものであることは、右に引用した反対意見に説かれているとおりで
あつて、このことは、第一次の差押債権者に対する関係においても、それ以後反対
債権の弁済期前に受働債権を差し押えた差押債権者に対する関係においても異なる
ところはない。そうであるから、本件貸付金の残債務の弁済期はE産業の本件預託
金債権に対する差押によつて到来したものということができ,これを自働債権とし、
その後に弁済期の到来した右預託金債権を受働債権としてした本件相殺は有効であ
つて、右預託金債権は、右相殺によりすべて消滅したものということができる。し
たがつて、被上告人の本訴請求はすべて失当としてこれを棄却すべきこととなり、
本件多数意見と結論において同一に帰するものといえるのである。
 裁判官城戸芳彦の反対意見は次のとおりである。
 私は、差押と相殺の関係についても、また期限の利益喪失約款の対外的効力につ
いても、原審の判断は相当としてこれを維持すべきものと考える。その理由は、当
裁判所昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決民集一八巻一
〇号二二一七頁の多数意見および昭和三九年(オ)第一五五号同四五年六月二四日
大法廷判決の私の反対意見に詳述したとおりであるから、それをここに引用する。
 しからば、原判決に所論の違法はなく、右と異なる所論は、ひつきよう、独自の
見解によつて原判決を攻撃するに帰し、いずれも採用するに由ないものであるから、
本件上告はこれを棄却すべきものであり、しかる以上、上告人の民訴法一九八条二
項に基づく申立もまた理由なきに帰するから、これを棄却すべきものである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一

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