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平成16年12月20日判決言渡
平成16年(ハ)第12133号損害賠償請求事件
判      決
主      文
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
   被告は,原告に対し,金140万円及びこれに対する平成16年9月9日から支払
い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,原告が所有するマンション居室に対し,その東南側に,被告により14階
建てマンションが建築中であり,これにより原告は,日照・通風が遮られるとし
て,物的損害,精神的損害の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める事
案である。
   なお,原告は,第3回期日において,「以後の訴訟進行を望まず,当該期日までの
主張立証の結果で判決を求める」旨を述べた。
 2 当事者間に争いのない事実(証拠により容易に認められる事実を含む。)
 (1) 原告は,東京都新宿区A所在のB最上階(10階)にあるC号室(以下,「本件居
室」という。)の所有者である。
 (2) 被告は,不動産の所有,売買,賃貸借,管理,建築等を行う会社である。
     被告は,本件居室の東南側に隣接して,現在,鉄筋コンクリート造り14階建て
マンション(以下,「本件マンション」という。)を建    築中である。
 3 争点
   本件の争点は,(1)日照・通風による損害発生の有無,(2)騒音や日影の影響に
よる本件居室の賃貸借契約終了の有無,(3)    相隣関係顧慮義務の不履行又は
信義誠実の義務違反の有無,(4)損害額の4点である。
 (1) 本件マンションの建築により,原告側に日照・通風に対する物的・精神的損害
が生じるか。
   ア 原告の主張
    (1) 本件居室は,これまで1日中,日光の恩恵を受けていたが,本件被告マンシ
ョンの建築により,その恩恵は午前中のみとな       り,午後は全く日陰となるた
め,物的損害はもとより精神的苦痛を被ることになる。
    (2) 居宅の日照・通風は,他人の土地の上方空間を横切ってもたらされるもので
あっても法的な保護の対象となり,竣工後の日       照・通風の現状に鑑みて,
屋内は陰湿で,夜具などの乾燥はもとより洗濯物も乾燥が悪く,午後はほとんど電灯
をつけたまま       にしなければならない状況が予測される。
       このため,本件物件の価格は著しく低落し,地元の不動産業者によれば,
時価に見積もって10~30パーセントは低落する       とのことである。
    (3) 原告は,受忍限度論として建物が建つのは我慢しなければならないが,こ
のような実質的な損害に対しては,賠償の補填を強      く求める。
   イ 被告の認否・反論
    (1) 原告の主張には,日照・通風に関する具体的な主張がない。
    (2) 本件マンションは,建築基準法に抵触しない。
    (3) 仮にある程度の日影が生じた場合でも,本件居室のある周辺地域は,商業
地域であり,かつ,現に高層化が進んでいる地域      である。
 (2) 本件マンションの建設に伴い,騒音や日影の影響を受け,それがために本件居
室の賃貸借契約が終了したか否か。
   ア 原告の主張
     本件物件の賃借人は,被告の工事による騒音や日影に影響を受け,契約期
間2か月残存する中で,賃貸借契約を終了させ退    出してしまった。
   イ 被告の認否
     不知
 (3) 本件マンションの建築に際し,被告に相隣関係顧慮義務の不履行又は信義誠
実の義務違反があったか。
   ア 原告の主張
     被告は,原告の悲痛なる嘆願に対して,全く顧慮することなく,原告に対し不利
益な形で建築し,深刻な損害を与えるにもかかわ    らず,全然補償に応じないの
は,相隣関係に対する顧慮義務の不履行であり,また,後から来た隣人として甚だしく
信義誠実の義    務に違反する。
   イ 被告の認否・反論
     否認する。
     被告は,本件建物を建築するに当たり,訴外D(以下,「訴外会社」という。)を
通じて,本件居室所在のB自治管理組合に対し説    明し,本件マンションによって
同組合に影響を及ぼす事項について,具体的な合意事項を内容とする協定を締結して
いる。
 (4) 損害額
   ア 原告の主張
本件マンション建築により原告が被る物的・精神的損害額は,少なくとも金140
万円である。
     よって,原告は,被告に対し,不法行為による損害賠償請求として金140万円
及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平    成16年9月9日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
   イ 被告の認否
     争う。
第3 争点に対する判断
 1 日照・通風による損害発生の有無
 (1) 居宅の日照,通風は,快適で健康な生活に必要な生活利益であって,法的な
保護の対象にならないものではないが(最高裁昭和    47年6月27日第三小法廷
判決),隣接して建物が建てられ日照,通風の被害があれば,直ちに不法行為が成立
するというもの     でもない。
 (2) その場合に不法行為が成立するか否かは,その被害の程度が社会通念に照ら
して社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく    超えているか否かの判断が基本
になる。受忍限度を超える侵害か否かは,建物建築による日照・通風の阻害の程度,
日影規制な   どの公法規制違反の有無,周辺地域の土地の利用状況等,多角的な
観点から総合考慮して判断しなければならない。
 (3) 本件につき主要な点を検討すれば,次のとおりである。 
   ア 日照・通風の阻害の程度
     証拠(甲第5,6,7号証,乙第4号証)によれば,本件マンションは,本件居宅
の東南側に極めて近接して建築されていることが    認められ,これにより,本件居
室に対し日照・通風の阻害が生じるであろうことは十分推測できる。
     しかしながら,原告は,提出する書証(甲第7号証)の中で,本件居室のあるマ
ンションと本件マンションの隣接する壁面の間隔     は,約30センチメートルとする
ところ,測定の位置,方法等は不明であり,本件居室と本件マンションの壁面までの距
離関係等は    必ずしも明らかではない。
     また,日照・通風の阻害程度を判断するには,阻害を受ける居室の配置状況,
冬期における日光の差し込む方向や角度,日照    の範囲や分量,時間帯等が問
題となるところ,原告は,これらの阻害の時期や範囲,時間,程度等について,具体的
に立証しな     い。
   イ 本件居室の利用状況
     証拠(甲第1号証)によれば,本件居室は,平成14年6月5日から2年間の約
定で,株式会社エムスタッフに賃貸されていたこと    が認められる。
     本件居室は,賃借人が退去し空室の状態にあるようであるが,原告は,将来
的に,原告らの居住に供するとの主張はしておら     ず,専ら賃貸用に利用されて
いるものである。
   ウ 法規制の適合性
     証拠(乙第1,3号証)によれば,本件マンションは,建築基準法等に抵触する
事実は認められない。他に,公法的規制に違反し    ていると認めるに足りる証拠
はない。
   エ 周辺地域の状況
     証拠(甲第5,6,7号証,乙第1号証)によれば,本件居室のあるマンション及
び本件マンションは,JR大久保駅近くの主要幹線    道路沿いにあり,周辺は,商
業地域である。同地域は,高度利用の要請が強く,現に中高層建物の建設が進行して
いることが認    められる。
 (4) 以上の事実を総合的に考慮すれば,本件マンションの建設により本件居室の
日照・通風の阻害があるであろうことは十分予測で   きるが,現実的かつ具体的な
被害の立証は十分でなく,また,仮に一定範囲で認めることができるとしても,それが
社会生活上一般   に受忍すべき限度を超えているものとまで認めることはできな
い。
 2 騒音や日影の影響による本件居室の賃貸借契約終了の有無
   上記のとおり,本件居室は賃貸していたものであるが,本件居室の賃借人がいつ
退出したか,本件マンション建設工事による騒音・  日影がどの程度のものであった
か,それが賃借人の退出とどういう関係にあるのか等,これらの事実関係については,
原告は何ら立  証しない。
 3 相隣関係顧慮義務の不履行又は信義誠実の義務違反
 (1) 原告は,本件マンションの建設により,原告が損害を被るにもかかわらず,全然
補償に応じないのは,相隣関係に対する顧慮義   務の不履行であり,また,後から
来た隣人として甚だしく信義誠実の義務に違反すると主張する。
 (2) 証拠(乙第3,4,5,6号証)によれば,次の事実を認めることができる。
   ア 被告は,本件マンション建設に当たり,訴外会社を通じて,平成15年6月7日
に,周辺住民のために本件建物の建築計画の概    要を示す「お知らせ」看板を設
置した(乙第3号証)。
   イ 被告は,その頃,本件居室のあるマンションを含む周辺住民に向け,本件マン
ションの位置,隣接建物間の距離等を説明し,住    環境への配慮を示したチラシを
配布し理解を求めている(乙第4号証)。
   ウ 被告は,同年6月19日には,本件居室のあるマンションの自治管理組合(以
下,「組合」という。)の定期総会において,本件マ    ンションの建築計画を説明して
いる(乙第5号証)。
   エ 同年10月14日,上記組合と被告との間で,本件マンションの建設に伴い組
合に影響を及ぼす事項についての具体的な内容を    盛り込んだ工事協定書(乙第
6号証)が取り結ばれている。
 (3) 以上の住民との交渉経過によれば,被告は,本件マンションの建設に際し,付
近住民に十分な説明をし,周辺の住環境に対して    も相応の措置を講じているこ
とが認められる。
     また,前述のとおり,本件マンション建設によって日照等の被害があったとして
も受忍限度を超えているとまで認められないことと    併せて考えれば,被告に相隣
関係に対する顧慮義務の不履行があったとか,先住隣人に対する信義誠実の義務違
反があるとま    で言うことはできない。
 4 損害
   以上によれば,原告の請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。
第4 結論
   以上の検討結果によれば,原告の請求は理由がないので,主文のとおり判決す
る。
  
         東京簡易裁判所民事第3室
裁 判 官  山 本 正 名 

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