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平成24年11月16日判決言渡・同日原本領収裁判所書記官
平成23年(ワ)第567号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成24年8月31日
判決
主文
1被告C及び被告Dは,原告に対し,連帯して,1770万7543円及
びこれに対する平成19年9月27日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
2原告の上記被告らに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求
を棄却する。
3訴訟費用は,原告に生じた費用の20分の19と被告C及び被告Dに生じ
た費用を被告C及び被告Dの負担とし,原告に生じたその余の費用と被告B
及び被告船橋市に生じた費用を原告の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,原告に対し,連帯して,1782万4691円及びこれに対する
平成19年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,小学校6年生当時,授業中に隣の座席に座っていた被告Bか
ら鉛筆で左眼を刺されたこと(以下「本件事故」という。)により,左眼角膜裂傷
及び外傷性白内障の傷害を負ったとして,被告Bに対しては民法709条に基づ
き,被告Bの親権者である被告C及び被告Dに対しては民法709条又は同法7
14条に基づき,学校設置者である船橋市に対しては国家賠償法1条1項に基づ
き,治療費及び慰謝料等から後記給付金40万2868円を控除した1782万
4691円並びに本件事故の日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
連帯支払を求めた事案である。
1前提事実(証拠等の記載のない事実は,当事者間に争いがないか,明らかに
争わない事実である。)
⑴原告(平成7年●月●日生まれ)と被告B(平成8年●月●●日生まれ)
は,平成19年9月27日当時,m小学校(以下「本件小学校」という。)6
年2組に在籍していた児童である。
⑵被告C及び被告D(以下「被告両親」といい,被告Bと合わせて「被告B
ら」という。)は,被告Bの両親であり,親権者である。
Aは,原告の父親であり,親権者である。
⑶本件小学校6年2組では,平成19年9月27日,午前10時50分から
同11時35分まで3時間目(理科)の授業を行い,5分間の休憩の後に,
同11時40分から4時間目の授業(社会科)を行っていた(乙3,10)。
⑷Iは,6年2組の担任の教師であり,同日の3時間目と4時間目の授業を
担当し(乙10),原告と被告Bは同授業を受けていた。
⑸上記4時間目の授業中に,被告B所有の鉛筆(以下「本件鉛筆」という。)
の芯の部分が原告の左眼に刺さった。
⑹Iは,職員室に在室していた教頭J(以下「教頭」という。)に対し,「原
告の目に鉛筆が入って痛がっています。」旨報告した(乙10)。
教頭は,自身の自家用車で,原告をK病院に連れて行った(乙11)。
⑺原告は,K病院で診察を受けたが,診察をした医師から,K病院では手術
をすることができない旨告げられたので,Aは,自身の自家用車で,原告を
L病院へと連れて行った(乙11)。
⑻原告は,L病院で診察を受け,左眼角膜裂傷及び外傷性白内障との診断を
受けた。原告は,同日,同病院で水晶体を摘出する手術を受け,同年12月
9日,同病院で人工水晶体を眼球に入れる手術を受けた(甲20・「太陽生命
提出用入院・手術等証明書(診断書)」と題する書面)。
⑼原告の症状固定日は,平成20年12月22日であり(甲8),原告の左眼
は人工水晶体が挿入され,単焦点のみであるから(甲20「白内障手術につ
いて」と題する書面),一眼の眼球に著しい調節機能障害を残すものとして,
自動車損害賠償保障法施行令別表第二第12級1号に該当する(甲22)。
⑽原告の被った損害は,以下のとおりであり,合計1822万7559円で
ある。
ア入通院慰謝料189万円
イ後遺障害慰謝料400万円
ウ逸失利益1096万9184円
エ治療費48万3262円
オ治療用品等購入費1万1625円
カ付添費23万1000円
キ入院雑費4万2000円
ク交通費8万0488円
ケ診断書取得費2万円
コ弁護士費用50万円
⑾原告は,災害共済給付金40万2868円を受給した(甲21)。
2争点及び当事者の主張
⑴争点1被告Bの行為の不法行為性
(原告)
被告Bは,原告所有の茶色の色鉛筆を左手に持って原告から遠ざけ,右
手で被告Bの机の上にあった本件鉛筆の芯の出ていない部分を持った。原
告が,自分の色鉛筆を取り返そうと身を乗り出したところ,被告Bは,原
告を右手で払いのけようとして,右手に持っていた本件鉛筆で原告の左眼
を刺した。
被告Bは,鉛筆のような先端の尖ったものを振り回すような危険行為に
より第三者に怪我等を負わせないようにすべき注意義務があったにもかか
わらず,これを怠ったのであるから,被告Bには過失がある。
(被告Bら)
原告は,被告Bが左手に持っている色鉛筆を,右手を伸ばして取ろうと
し,同時に左手で被告Bの机の上にあった本件鉛筆を取ろうとした。被告
Bは,原告に本件鉛筆を取られまいとして,右手で本件鉛筆の芯の出てい
ない端に近い付近を掴み,原告はほぼ同時に本件鉛筆の芯の出ている先端
に近い部分を左手で握った。原告と被告Bとの間で,本件鉛筆の引っ張り
合いが行われたが,被告Bの手から本件鉛筆が抜け,原告の左手に握られ
ていた本件鉛筆が原告の左眼付近を掠った。
また,本件事故は,被告Bが掴んでいた本件鉛筆を原告自身が引き抜い
た事によって生じた偶発的事故であるので,被告Bは原告の引き抜いた鉛
筆が原告の左眼を掠ることを予見できず,これを回避すべき義務はなかっ
たのであり,被告Bに過失はない。
したがって,被告Bの行為につき不法行為は成立しない。
⑵争点2被告Bの責任(責任能力)
(被告B)
被告Bは,本件当時11歳8か月余りの心身未成熟な少女であり,事故
の責任を弁識してそれに従って行動する能力を備えていなかった。
したがって,被告Bには責任能力はない。
(原告)
被告Bには責任能力があり,不法行為責任を負う。
⑶争点3被告両親の責任
ア民法714条に基づく責任について
(原告)
被告Bが責任無能力者なら,被告両親は,監督義務者に当たる。
(被告両親)
本件事故は,本件小学校の教室内で起きており,本件事故発生当時,
被告両親の被告Bに対する監督権は及んでいなかったのであるから,被
告両親は,監督義務者には当たらない。
また,監督義務者に当たるとしても,被告両親は,日常から被告Bに
対し,先端の尖ったものを振り回すような行為をしないよう指導監督を
しており,監督義務を怠っていなかった。
イ民法709条に基づく責任について
(原告)
被告両親は,被告Bの両親として,被告Bに対し,削られた鉛筆のよ
うな先端の尖ったものを振り回さないよう指導監督する義務があったに
もかかわらず,これを怠った過失がある。
(被告両親)
被告両親は,日常から被告Bに対し,先端の尖ったものを振り回すよ
うな行為をしないよう指導監督をしており,過失はない。
⑷争点4船橋市の責任
(原告)
ア本件事故は,授業時間内に,船橋市の職員であって,担任教師である
Iが在室する教室内で発生したものであり,Iは,児童らが問題行動に
出るなどの事態を予見して児童に適宜注意を与えることなどにより,事
故の発生を未然に防止する義務を負っていた。しかし,Iは,漫然と教
室内を見回ったのみで,原告と被告Bが争っていたのに対して,特段注
意を与えるなどの行動に出ず,上記義務を怠っていたのであるから,本
件事故の発生に過失があったといえる。
イまた,本件小学校の校長,教頭及びIは,普段から,児童らに対し,
他者に危害を与えうるような物の取扱いについて指導すべきであったに
もかかわらず,これを怠っていたのであるから,これらの者には過失が
あった。
ウ教頭及びIは,本件事故発生後,原告の左眼に鉛筆が刺さったことを
認識していたにもかかわらず救急車の出動を要請せず,教頭の自家用車
で原告をK病院へ搬送したのであり,適切な治療を受けることができる
L病院に原告が搬送されるまでに4時間以上が経過していた。教頭及び
Iが,救急車を要請していれば,少なくとも約3時間早く適切な医療機
関において適切な治療を受けることができたほか,救急隊員による可能
な限りの処置を受けることができ,原告の心身の苦痛及び治療の遅れに
よる合併症のリスクを減少させることができたのであるから,教頭及び
Iには,救急車を要請すべきであったにもかかわらずこれを要請しなか
ったという過失がある。
(船橋市)
ア原告と被告Bは,短時間に,静かにかつ穏やかにやり取りをしていた
のであって,Iが原告と被告Bとの間のやり取りを認識できる状況には
なかったのであるから,Iに過失はない。
イIは,鉛筆,包丁,カッター,ナイフ及び彫刻刀等の危険性及び取扱
い方について,様々な場面で指導をしていたのであるから,I,本件小
学校長及び教頭には過失はない。
ウK病院は,救急搬送に対応した総合病院であって,本件小学校から車
で約12分の近距離に位置しており,教頭及びIは,K病院に架電し,
担当者の指示どおりに原告を搬送したのであり,過失はない。
また,L病院への搬送が約3時間遅れたことによる実害が不明である。
仮に,教頭及びIが,直ちに救急車を要請したとしても,L病院への
到着が約1時間早まるだけであり,この程度の時間差は原告の症状に具
体的な影響を及ぼすものではない。
さらに,原告が救急車で搬送されたとしても,直ちに心身の苦痛が軽
減されるわけではなく,また,原告には合併症が生じていないのである
から,合併症のリスクについては考慮すべきではない。
⑸争点5過失相殺
(被告Bら)
ア本件事故は,被告Bが右手で握っていた本件鉛筆を原告が引き抜いた
ことに起因して生じたものであり,本件鉛筆が原告の左眼に当たったと
きには原告自身が本件鉛筆を握っていたのであるから,本件事故発生は
原告の過失に起因するところが大きい。
イまた,原告の両親には,原告に対して,隣の席の児童との関係を良い
ものとするよう,また,物の取り合いをすることのないよう,生活全般
にわたって原告を指導する義務があったにもかかわらず,原告の両親は
これを怠っていたのであるから,本件事故発生は原告側の過失にも起因
している。
(原告)
ア行為態様については,上記⑴(原告)記載のとおりであり,原告に過
失はない。
イ原告の両親は,原告に対し,助けてもらった相手に感謝をし,他者に
危害を加えてはならないことを指導しており,原告側に過失はない。
⑹争点6既払金の有無
(被告Bら)
被告Dは,平成19年10月11日以降,原告の母に対し,同年9月2
7日から同年10月10日までの間の原告の治療費等11万7148円
を支払った。
(原告)
争う。
第3当裁判所の争点に対する判断
1認定事実
後掲証拠によれば,次の事実が認められ,これに反する証拠(丙13等)は
採用できない。
⑴6年2組には,21名の児童が在籍しており,別紙のとおり,教室は,縦
8m30cm,横6m94cmの長方形で,各机は,縦40cm,横60c
mの大きさで,横に2個の机が並んだブロックが縦に3列並び,机は前後6
5cmの間隔を空けて配置されていた(乙1)。
原告の左隣に被告Bが座り,2人はバルコニー側のブロックの列の前から
2番目の席に座っていた(乙1)。
⑵3時間目は,理科の授業であり,同授業では色鉛筆を使用していた(甲2
3)。
⑶3時間目と4時間目の間の休み時間中,原告の前の座席の女子児童が,原
告が落とした原告所有の茶色の色鉛筆を拾い上げ,被告Bに渡した(甲23,
29,丙14)。
原告は,被告Bに対し,色鉛筆は原告のものである旨告げたが,被告Bは
色鉛筆を返さなかった(甲23)。
⑷被告Bは,同日日直当番であったので,4時間目の開始時に号令をかけ,
原告と被告Bは一度やり取りを中断した(乙10)。
⑸Iは,4時間目の授業が開始した午前11時40分頃,6年2組の児童ら
に対し,黒板に地名を書いて,地図帳の中から指定した地名を探し出すよう
指示した(I2,3頁)。
児童らは,Iの指示に従って作業を開始し,Iは,児童らの取り組み状況
を確認するため,黒板の前から廊下側の列の方へ向かった(I3頁)。
⑹ア原告は,Iが地図帳の中から指定した地名を探し出すよう指示を出した
後,再び,被告Bに対し,色鉛筆を返してほしい旨告げたところ(原告1
6頁),被告Bは,お礼をしてほしい旨述べた。そこで,原告は「サンキュ
ー」と言った上で,改めて色鉛筆を返してほしい旨告げたが,被告Bは色
鉛筆を左手に持って原告から遠ざけ,これを原告に返さなかった(甲23,
丙14,原告21頁,被告B4頁)。
イ原告は,被告Bに対し,さらに2,3回,返してほしい旨告げたが,被
告Bはこれにも応じなかった(原告4頁)。
ウ原告は,被告Bの左手から色鉛筆を取り返すために,腰を浮かし,身体
の正面を被告Bの方に向け,右手を被告Bの左手の方に伸ばした(原告4,
12頁)。
エ被告Bは,自身の机の上にあった本件鉛筆の尖った芯を上に向けて右手
で持ち(原告22頁),原告の顔付近で右手を振ったところ,本件鉛筆が,
原告の左眼虹彩部に刺さり,水晶体前嚢へと達した(原告21頁,甲20)。
⑺Iが,廊下側の机の列と真ん中の机の列の間の通路を歩き,児童らの取り
組み状況を見て回っていたところ,バルコニー側の座席の児童が,Iに対し,
「先生,被告Bが呼んでる。」旨声をかけた(乙10,I3,4頁)。
Iが被告Bの座席へ向かったところ,原告が,左目に何かが入り,左目で
はよく見えない旨泣きながら訴えた(乙10)。
⑻Iは,原告を連れて校舎2階に位置する職員室へと向かった(乙2,10)。
なお,本件事故当時,養護教諭は不在であった(乙10)。
原告は,職員室へ向かう途中,Iに対し,「鉛筆が目に入った」旨告げた。
2争点1について
⑴受傷経過について,原告は,原告が被告Bの左手から自分の色鉛筆を取り
返そうと身を乗り出したところ,被告Bが,右手に持っていた本件鉛筆で原
告の左眼を刺した旨主張し,被告Bらは,原告と被告Bとの間で,本件鉛筆
の引っ張り合いが行われたが,被告Bの右手から本件鉛筆が抜け,原告の左
手に握られていた本件鉛筆が原告の左眼付近を掠った旨主張する。
当裁判所は,前記認定事実⑺のとおり,概ね原告の主張を採用するもので
あるが,以下事実認定について補足する。
⑵ア甲20号証によれば,本件事故により,原告の左眼は,角膜裂傷及び角
膜刺入部に沿うように虹彩裂傷が生じて前房水が漏出し,創面には黒鉛が
付着し,水晶体前嚢に亀裂があり,水晶体皮質内にまで汚れが付着してい
たことが認められる。
イ原告は,本人尋問において,被告Bの左手から色鉛筆を取り返すために,
腰を浮かし,身体の正面を被告Bの方に向け,右手を被告Bの左手の方に
伸ばしたところ(原告4頁,12頁),本件鉛筆の先が視界の左側から眼の
真ん中あたりに刺さり,左横にずれて抜けていった(原告6,21頁),本
件鉛筆が原告の左眼に刺さったとき,被告Bが,本件鉛筆を持っていた(原
告5,6頁),気がついたら刺さっており,真正面から来た感じはあまりし
なかったので反応できなかった(原告6頁)旨述べる。
眼に尖ったものが近づけば反射的に眼を閉じるであろうにもかかわらず,
それどころか,上記受傷の程度のとおり,本件鉛筆の先が水晶体前嚢にま
で深く達していたことからすれば,原告は,本件鉛筆が原告の左眼に接近
することを全く予期していなかったことが推認でき,原告の供述は,上記
受傷部位及び程度と合致する。
また,甲6号証及びAの供述(A1頁)によれば,原告は,受傷に至る
までの被告Bとのやり取りについて,本件事故当時から,Aに対し,上記
本人尋問における原告の供述内容と同趣旨の事実を述べており,供述が一
貫している。
⑶したがって,原告の供述は信用することができ,行為態様は,前記認定事
実⑺のとおりのものであったと認められる。
⑷被告Bらは,原告と被告Bとの間で,本件鉛筆の引っ張り合いが行われた
が,被告Bの手から本件鉛筆が抜け,原告の左手に握られていた本件鉛筆が
原告の左眼付近を掠った旨主張する。また,当初,被告Bらは,本件鉛筆を
原告と被告Bとの間で引っ張り合っていたが,原告の手が離れ,被告Bの持
っていた本件鉛筆が原告の左眼付近を掠ったと主張していた。
アしかし,そのような態様ではそもそも原告が左眼を負傷するとは考えら
れず,また,本件鉛筆が原告の左眼付近を掠った程度であれば,眼球の表
面に傷が付くに止まるはずであるが,前記⑵ア記載のとおり,本件鉛筆の
先は水晶体内部にまで深く達していたのであるから,被告Bらの主張する
事実は,原告の受傷の状況に合致しない。
イまた,証拠(乙9,I及び教頭)によれば,被告Bは,平成19年9月
28日,教頭及びIに対し,被告Bらの変更前の当初の主張に沿う供述を
していたことが認められる。
しかし,平成23年3月5日に被告Bが作成した本件事故状況の絵(丙
13)及び平成24年7月9日に作成された被告Bの陳述書(丙14)で
は,被告Bは,自分の手から本件鉛筆が抜け,原告の左手に握られていた
本件鉛筆が原告の左目に刺さった旨供述するに至っている。
さらに,被告B本人尋問では,被告B自身が,本件鉛筆が原告の左眼に
刺さったとき,被告Bが,本件鉛筆を持っていた旨述べているのであって
(被告B5頁),被告Bの供述は変遷しており,変遷に合理的な理由も認
められない。
ウさらに,証拠(乙9,I21頁)によれば,被告Bは,本件事故の翌日
である平成19年9月28日の時点で,既に,本件鉛筆で刺した手が右手
か左手かすら記憶が定かではなく,また,本件訴訟においても,原告と被
告Bとの間でどのように引っ張り合いがなされたかも記憶しておらず(被
告B9頁),曖昧な供述にとどまっている。
エしたがって,被告Bの供述は信用することができないので,これを前提
とする被告Bらの主張を採用することはできず,その他,上記認定を覆す
に足りる証拠はない。
⑸以上によれば,被告Bには原告が主張するとおりの過失があり,不法行為
が成立する。
3争点2について
⑴前提事実及び証拠(丙6,7)によれば,被告Bは,本件事故当時11歳
8か月の小学校6年生の児童であったことが認められる。
⑵また,前記認定事実によれば,原告は被告Bに対し,前の座席の児童から
被告Bに渡された色鉛筆は自分のものである旨告げたが,被告Bは理由もな
くこれを原告に返さず,被告Bが色鉛筆を拾ったわけでもないのに原告に礼
を求めた。これに対し,原告が「サンキュー」と言った上で色鉛筆を返して
ほしい旨さらに数回告げたにもかかわらず,なお返さず,それどころか,色
鉛筆を持った左手を原告から遠ざけるようさらに左方へと伸ばしたので,原
告は,やむを得ず腰を浮かして右手を伸ばし返してもらおうと試みた。
これに対して,被告Bは,原告が返してもらおうと身を乗り出してくるこ
とは容易に予測することができたにもかかわらず,原告に近い右手で,芯の
尖った鉛筆を上に向けて持ち,原告の顔の付近で振るという極めて危険な行
為に出たのである。
加えて,被告Bは,事件直後から原告が負傷するはずのない行為態様を述
べるなど,明らかに不合理な供述をしている。
このような被告Bの特段の理由のない行動及びそれに続く危険な行為並び
にその後の供述内容にかんがみれば,被告Bは,加害行為が法律上違法なも
のとして非難され,何らかの法的責任を負わされるものであることを弁識し
うる能力を有していなかったものと認められる。
したがって,被告Bには責任能力がないので,不法行為責任を負わない。
4争点3について
⑴民法714条に基づく責任につき検討するに,上記3記載のとおり,被告
Bには責任能力が存しない。
⑵ア本件事故は,小学校の正課授業中に起こっているものの,被告Bは,本
件事故当時小学校6年生で,心身ともに発達途上であり,日頃の家庭にお
ける教育の影響を強く受ける年齢であったことからすると,学校事故であ
ることのみをもって,監督義務を免れるとは認められない。
イ被告Dは,被告Bに対し,彫刻刀やナイフの取扱いについて注意を与え
ていた旨供述する(丙16,被告D10頁)。
しかし,本件事故は,鉛筆という小学生が常日頃使用する物の取扱いに
関し,相手に負傷させることが当然予想されるような危険な行為を行った
がゆえに生じたのであり,しかも,被告Bが原告の色鉛筆を,原告から何
度も返してほしい旨言われたにもかかわらず,これを返さなかったことに
起因して生じたものであることからすれば,本件事故が全くの偶発的事故
であるとは評価することができず,被告Bの個人的な注意能力の不備と性
格上の問題とがあいまって発生したものと評価できる。
そうすると,上記被告Dの供述をもってしても,被告Bの親権者である
被告両親が,被告Bに対し,日頃家庭において物の取扱い方や人とのコミ
ュニケーションについて十分に注意するよう指導監督を尽くしたとも認め
るに足りず,その他,被告両親は,被告Bに対する監督義務を怠らなかっ
たと認めるに足りる証拠はない。
⑶したがって,被告両親は,民法714条1項に基づき,不法行為責任を負
う。
5争点4について
⑴本件事故発生までのIの過失について
ア前記認定事実に,証拠(原告,I,甲1)を合わせれば,次の事実が認
められる。
原告が休み時間に被告Bに対して色鉛筆を返してほしい旨告げたと
きは,特段大きな声ではなく(原告2頁),4時間目の授業開始から上記
指示が終わるまではやり取りを中断し,その後の原告と被告Bとのやり
取りは小声でなされた。授業中の教室内は,地名を探す作業をしている
間,多少のざわつきはあった。(原告3,6~7,16,17頁),原告
及び被告Bの座席の前の座席の児童や通路を挟んで隣の座席の児童は,
原告と被告Bのやり取りに気づいていないか,気づいていたとしても何
をしていたのかはわかっていなかった(I8頁,原告18頁)。
他方,Iは,児童らに地名探しの指示を出した後,廊下側の座席の列
と教室中央の座席の列の間を,黒板側から教室後方に向けて歩き,廊下
側の座席の生徒たちの手元を見て指導をしているときに(I3頁,原告
18頁),上記指示をしてから10秒ないし10数秒程度の短時間の後,
前から2番目の座席付近にいるとき,原告らの付近の座席の児童から呼
ばれた(I4頁,原告18頁,甲1)。
原告が,腰を浮かして被告Bの方へ右手を伸ばす動作を開始してから,
本件鉛筆が原告の左眼に刺さるまで,10秒もかかっておらず(原告1
8頁),原告が腰を浮かせた際にも机が音を立てることもなかった(原告
17頁)。そうすると,地名探しの指示がされるまでの間はもちろん,そ
の後も,上記児童らよりも離れた場所にいたIが原告と被告Bの会話を
聞くなどして,両者の間にいさかいが生じていることに気付くことはで
きなかったものと認められる。
イまた,原告及び被告Bは,もともと問題があり注意をして監督していな
ければならないような児童ではなかったこと(甲24,丙4~7,I1頁)
からすると,原告らとは離れた位置の児童に指導している短時間の間も,
Iが原告と被告Bを特に注視すべき義務を負うべき事情があったとはうか
がえない。
ウそうだとすると,Iが,児童に呼ばれるまで本件事故の発生に気づかず,
本件事故発生前に原告と被告Bに注意を与えることがなかったとしても,
Iに本件事故の発生を未然に防ぐ義務を怠る過失があったとは認められな
い。
⑵本件小学校長,教頭及びIの日常の指導における過失について
証拠(乙4,10,原告9頁)によれば,Iは,原告らが5年生のときに,
鉛筆を持ち歩くときには危険防止のためにキャップをつけるなどするよう指
示するなど,鉛筆の危険性について指導し,6年生のときには包丁,彫刻刀
及びカッターの取扱い及び学校生活での事故が起きる危険性について指導し
ていることが認められるので,本件小学校長,教頭及びIに,日常の指導に
おける過失は認められない。
⑶本件事故発生後の教頭及びIの過失について
ア甲30号証の2及び後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
教頭及びIは,平成19年9月27日午前11時45分頃,原告から左
眼に鉛筆が入った旨を聞き(I5頁),職員室で,教頭は,原告に対し,
鉛筆がどのように入ったかを尋ねたが,原告は泣くばかりで答えず(教頭
5頁),教頭が原告の頭に手を添えて正面の上から,Iが原告の肩に手を
置いて横から原告の左眼を,ともに近くから見ても,傷や出血は確認でき
ず,鉛筆の芯が刺さったという認識はなかった(乙11,I5頁,20頁,
教頭1,2,4,5,7頁)。
その上で,Iは,同時46分頃,原告の自宅へ電話をしたところ,不在
であった(乙10)。そこで,緊急連絡先となっていた原告の祖父母宅へ
電話をしたところ,M病院が掛かり付け医であると聞いたので(乙10),
教頭は,同病院に電話をかけたが,非常勤医しかいないため診察できない
と告げられた(乙11)。しかし,教頭は,同病院担当者から,K病院又
はNであれば診察してもらえる旨聞いたので,同時56分頃,地域の総合
病院であるK病院(乙6,11)へと電話をしたところ,同病院の担当者
から,すぐに原告を連れてくるよう言われた(乙11)。
教頭は,同日午後0時05分頃,同人の車に原告を乗せて,K病院へと
向かい,同時25分頃,K病院に到着した。
イ本件事故は,小学校の正課授業内で生じた事故であるところ,教頭及び
Iは,本件事故の発生を認識した以上,原告の状態を観察し,適切な措置
を施す義務を負う。
しかし,上記認定のとおり2名が見ても傷が確認できなかったことから
すると,涙で覆われた原告の左眼に鉛筆の芯が刺さったことによる傷を認
めることは困難であったといえる。
また,教頭及びIが,原告の左眼に鉛筆が入ったことを認識してから,
K病院の担当医に原告を連れてくるよう言われるまでの間は約10分で
あり,同病院に到着するまで約40分であったこと,K病院は地域の総合
病院であり,同病院の担当者から救急車を呼ぶよう指示はなく,後に呼ぶ
べきであったとも言われなかったこと(教頭3頁)に加え,上記のとおり,
左眼の傷を認識することは困難であったことからすると,救急車を要請し
なかった教頭及びIの措置が不適切であったとまでは認められない。
したがって,本件事故発生後の教頭及びIには,過失が認められない。
⑷以上より,本件小学校長,教頭及びIに過失は認められないので,船橋市
は,国家賠償法1条1項に基づく責任を負わない。
6争点5について
⑴原告の過失について
ア被告Bらは,本件事故は,被告Bが右手で握っていた本件鉛筆を原告が
引き抜いたことに起因して生じたものであり,本件鉛筆が原告の左眼に当
たったときには原告自身が本件鉛筆を握っていたのであるから,本件事故
発生は原告の過失に起因するところが大きい旨主張するが,本件事故にお
ける行為態様については,前記2記載のとおりであるから,被告Bらの主
張は採用できない。
イまた,前記認定事実によれば,原告から返してほしい旨告げられたにも
かかわらず特段の理由もなく応じず,被告Bが色鉛筆を拾ったわけでもな
いのに原告に礼を求め,これに対し,原告がお礼を言ってさらに数度にわ
たり返してほしい旨を告げてもなお返さず,それどころか,色鉛筆を持っ
た左手を原告から遠ざけるようさらに左方へと伸ばしたので,原告は,や
むを得ず腰を浮かして右手を伸ばし返してもらおうと試みたのである。
原告が自ら被告Bの方へ身を乗り出したとしても,それはそもそも被告
Bの挑発によるものであり,原告の行為自体は不相当ともいえず,さらに
は,それに対して鉛筆で顔面を刺されることを予想もしえないというべき
であって,過失相殺となる事情として斟酌すべき落ち度が原告にあったと
は認められない。
⑵原告の両親らの過失について
そもそも上記⑴のとおり,原告に過失相殺の対象となるべき落ち度があっ
たとは認められないことから,被告Bらの主張は理由がない。加えて,証拠
(甲24)によれば,原告の両親は,日頃から原告に対し,助けてもらった
相手に感謝すること及び他者に危害を加えてはいけないことを指導していた
ことが認められる。
被告Bらは,原告法定代理人親権者には,原告に対して,隣の席の児童と
の関係を良いものとするよう,また,物の取り合いをすることのないよう,
生活全般にわたって原告を指導する義務があったにもかかわらず,原告の両
親はこれを怠っていた旨主張する。しかし,原告と被告Bが本件事故発生前
に仲が悪かったとの事情はうかがわれず,また,上記2で認定した本件事故
の態様によれば,原告がお礼を述べたにもかかわらず,被告Bが何の理由も
なく原告の色鉛筆を返さなかったことを発端として生じたものであるので,
原告の両親らが上記指導を怠っていたと認めるに足りる証拠はない。
よって,被告Bらの主張を採用することはできない。
7争点6について
⑴後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
アAは,平成19年9月27日から同年10月10日までの間,同期間に
原告の治療費等のために支出した費用をまとめた「入院諸費用等」と題し
た書面(以下「本件表」という。)を作成した(丙11,A16頁)。
イ原告母は,同月15日頃,被告Dに対し,本件表及び領収書のコピー(丙
11)を渡し,同年9月27日から同年10月10日までの間の原告の治
療費等11万7148円を請求した(丙11及び被告D12頁)。
ウ被告Dは,同月15日,ゆうちょ銀行の同人名義の口座から24万90
00円を引き出した(丙17,被告D5頁)。
⑵被告Dは,同日,ゆうちょ銀行で同人名義の口座から上記金額を引き出し,
千葉銀行の前で原告母に,そのうち11万7148円を渡した旨供述する。
被告Dは,当日の曜日や,原告の母に金員を手渡した場所及び口座から引き
出した金額が支払った金額と異なるのは,引き出した金額の中には生活費が
含まれていたこと等について記憶し,合理的に説明をしているので,被告D
の供述は信用できる。
したがって,被告Dは,同日,原告母に対し,同年9月27日から同年1
0月10日までの間の原告の治療費等11万7148円を支払ったことが認
められる。
Aは,本件表を原告母に渡したことはない旨述べるが,原告母は本件表の
存在を知っており(A20頁),原告母が本件表を用いて被告Dに請求するこ
とは可能であったのだから,Aの供述は,上記認定を覆すものではない。
8小括
⑴以上より,被告両親は民法714条1項に基づき損害賠償責任を負うが,
被告B及び船橋市は損害賠償責任を負わない。
⑵前提事実によれば,本件事故により原告の被った損害は,合計1822万
7559円であり,これに,原告が受給し,元本の充当を認めている災害共
済給付金40万2868円及び被告Dによる既払い金11万7148円を充
当すると,1770万7543円となる。
⑶したがって,原告が被告Bらに対して請求をすることができる損害額は,
上記⑵及び⑶の合計1770万7543円となる。
第4結論
以上によれば,原告の被告両親に対する請求は,1770万7543円及びこ
れに対する平成19年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の連
帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容してその余を棄却し,被告B及
び船橋市に対する請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとお
り判決する。
千葉地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官多見谷寿郎
裁判官大谷太
裁判官石見美湖

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