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平成30年7月30日宣告東京高等裁判所第8刑事部判決
平成28年第2280号強盗殺人被告事件
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1本件事案の概要
原判決の認定によると,本件は,被告人が,以前勤めていた干物店の経営
者であるA(当時59歳)らを殺害して現金を強取しようと決意し,平成2
4年12月18日午後6時頃から午後9時頃までの間,静岡県伊東市内にあ
る同干物店内において,いずれも殺意をもって,Aに対し,その両頸部を刃
物(凶器は特定されていないので,正確には刃物様の物であるが,犯情に差
異はないので,以下,原判決の表記に従い単に「刃物」という。)で突き刺
すなどし,頸部静脈の刺切損を伴う左右頸部刺切創等の傷害を負わせ,また,
同時刻頃,同店従業員B(当時71歳)に対し,その右頸部及び左前胸部を
刃物で突き刺すなどし,頸部静脈の刺切損を伴う右頸部刺切創及び左前胸部
刺切創等の傷害を負わせ,さらに,その両名を同店内に設置されたプレハブ
型冷凍庫内に閉じ込め,庫内温度を零下40度になるように設定し,よって,
その頃,両名を前記各傷害に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害し,
その際,A管理に係る現金約32万円を強取したという強盗殺人の事案であ
る。
第2控訴趣意
本件控訴の趣意は,弁護人趙誠峰(主任),同神山啓史及び同水橋孝徳作
成の控訴趣意書に記載されたとおりであり(弁論を含む。),その論旨は,
事実誤認及び量刑不当の主張である。これに対する検察官の答弁は検察官大
久保和征作成の「答弁書とおりである(弁論
を含む。)。
第3事実誤認の論旨について
1論旨は,被告人は,本件干物店から現金を持ち出してもいないし,被
害者らを殺害してもいないのに,これらを認めて被告人に強盗殺人罪が成立
すると判断した原判決には事実誤認がある,また,原判決のいうように現金
を持ち去った犯人が被告人であると仮定しても,被害者らを殺害した犯人が
別にいることは十分あり得ることであり,被告人の供述を前提としても,反
対仮説が成立するから,被告人が被害者らを殺害した犯人であることは証明
されていない,などというのである。
2原判決の要旨
原判決が,被告人を被害者らに対する強盗殺人の犯人であると認めた理由
は,要旨,以下のとおりである。(なお,以下の要旨においては,原判決の
説示全体の趣旨に沿って,説示の順序等を整理し直し,また,表現を若干修
正している。)。
まず,本件発覚の経緯及び被害状況等についてみると,平成24年1
2月19日(以下,特に断らない限り,時期については平成24年のそれを
示す。)午前8時30分過ぎ,本件干物店従業員が施錠されていなかった北
側ドアから店内に入ると,同店内にあるプレハブ型冷凍庫の扉の前が干し網,
机等で塞がれ,内側から開けられないようになっており,これらを取り除い
て扉を開けたところ,その中で血まみれで倒れている被害者2名の遺体が発
見された。本件干物店内の床やショーケース,カウンターテーブル等には多
数の血痕の付着があった。Aは,その頸部を刃物で3回突き刺されるなどの,
Bは,その頸部及び左前胸部を刃物で突き刺されるなどの攻撃をいずれも本
件干物店内で受け,それぞれ受傷後約1時間以内に出血性ショックで死亡し
たものと推認される。
Aは,12月18日午後6時頃に電話をかけており,同日午後7時に予約
した近所の動物病院に現れなかったことから,同人に対する攻撃は同日午後
6時頃から午後7時頃までの間に開始され,また,Bは,同日午後6時49
分頃に本件干物店に戻ったと認められることから,同人に対する攻撃はその
頃以降に開始されたものと推認される。また,遺体発見時,本件冷凍庫内の
温度は普段の設定より低い零下40度になるよう設定され,被害者らの遺体
には寒冷症状が見られたことから,被害者らは攻撃を受けた後に生きたまま
本件冷凍庫内に閉じ込められたものと認められる。
本件発覚後の本件干物店内の様子をみると,空のバッグが放置され,ごみ
箱内にポーチや書類ケース,小物入れなどが入れられ,現金が紛失していた
ことから,何者かが同店内で物色行為に及び現金を持ち去ったことが認めら
れ,その額は,①12月17日の売上利益13万円,②同月18日の売上利
益4万116円,③釣銭用現金約15万円の合計約32万円であり,同月1
8日昼前にAがBに両替させた500円硬貨の棒金(硬貨50枚をまとめて
棒状にしたもの)2本(100枚)及び100円硬貨の棒金10本(500
枚)も持ち去られた現金に含まれていたものと認められる。
次に,現金を持ち去り,被害者らを殺害した犯人について検討すると,
以下の事実が認められる。
ア本件当時,被告人には,妻の分と合わせても預貯金の口座残高が6万
円程度しかなく,消費者金融に対する借入残高合計約136万円は平成12
年以降返済がなく,義弟からの借金残高も80万円あり,毎月5万円ずつ返
済するとの約束も履行せず,7月2日に就職した勤務先の経営者からは,就
職の数日後に毎月3万円ずつ返済する約束で30万円を借り入れたほか,9
月中旬に高利貸のCから15万円を利息月7分,返済期限を11月中旬とす
る約定で融資を受け,10月には勤務先の社長から15万円を借り入れ,1
1月には被告人はCに対する借金の1か月分の利息1万500円を支払って
その返済期限を1か月間延期した。11月下旬に勤務先の社長からの前記借
金を給料天引きで返済したため,同月分の給料の差額支給額は9万3930
円となった。12月13日,被告人は勤務先の社長からさらに2万円を借り
入れた。同月14日,被告人はCに対し17日には返済する旨約束したがこ
れを守らず,同日には具合が悪くて病院で点滴を受けているため翌18日に
返済する旨連絡したものの,結局同日になっても返済しなかった。また,被
告人の携帯電話は同月15日から料金滞納(金額5067円)により通話停
止になっていた。
イ被告人は,12月18日午後6時10分頃,本件干物店から北方約1
80メートルの国道沿い歩道上に停めた被告人車の中にいたが,同日午後6
時30分頃,そこからやや北の国道沿いの店舗敷地内に停めていた被告人車
内にいて,同車を北に向かって発進させた。さらに,同日午後7時15分頃,
被告人車が本件干物店の駐車場のトイレ前に国道に背を向け停められていた
が,車内は無人で,エンジン音もしていなかった。同日午後7時57分頃,
ほぼ同じ場所に同じ向きで銀色ないし灰色系の軽四輪乗用自動車が停車して
いたが,車の特徴の類似性等からこの自動車も被告人車であったと推認でき
る。そうすると,被告人は,12月18日午後6時30分頃から同日午後7
時15分頃までのいずれかの時点において,本件干物店の駐車場に被告人車
を停め,本件干物店内に立ち入り(このこと自体は被告人も認める供述をし
ている。),同日午後7時57分頃にも本件干物店内にとどまっていたもの
と推認できる。
ウ被告人は,同日午後9時頃から翌19日午前9時4分頃までの間に次
のとおり現金合計40万41円を支払や他人への交付,又は自己の預金口座
への入金に使用した。すなわち,被告人は12月18日午後9時頃から同日
午後10時頃までの間に妻に対し現金5万円を自宅で交付し,同日午後9時
41分頃から翌19日午前5時5分頃までの間に,コンビニやガソリンスタ
ンド等で未納の携帯電話料金の支払を含め合計2万2041円の現金を費消
し,同日午前7時30分頃,前記Cに対し借金15万円を返済し,同日午前
7時38分頃から同日午前7時43分頃までの間にコンビニのATMで2回
にわたり被告人名義の口座に合計6万8000円を入金し,同日午前8時5
2分頃から同日午前9時4分頃までの間に,金融機関のATM及び窓口で被
告人名義の口座に500円硬貨計100枚及び100円硬貨計600枚の合
計11万円を入金した。
以上のとおりの事実が認められ,被告人は,犯行前日まで経済的に余
裕のない状況であったのに,被告人が本件干物店に立ち入ったすぐ後の12
月18日午後9時以降から翌19日朝にかけて,立て続けに合計40万41
円もの現金を使用し,返済に苦慮していた高利貸しのCからの借金15万円
も翌19日早朝に返済していることは,この間にまとまった現金を入手した
ことをうかがわせる。また,口座に入金した11万円分の硬貨はその金額と
金種構成の点で,本件干物店から持ち去られたと認められる10万円分の硬
貨と極めて類似している(なお,入金に使用された100円硬貨の方が12
月18日に両替した100円硬貨より100枚多いが,以前に両替した10
0円硬貨の未使用の棒金が残っていて,持ち去られたという可能性も十分あ
る。)。職業上多数の硬貨を扱うこともない被告人がこれほど多量の硬貨を
所持していること自体特異なことである。そうすると,特段の事情がない限
り,被告人が本件干物店に立ち入った直ぐ後から立て続けに費消するなどし
た現金は,被告人が本件干物店から持ち去ったものであるとの推認が働くこ
とは否定できない。
そして,被告人は,口座に入金した硬貨は自分が銀色と青色の貯金箱に貯
金していたものであり,その余の現金については,7月に勤務先の経営者か
ら借りた30万円と10月に勤務先の社長から借りた15万円をそのまま自
分の車の中で保管していたと弁解し,現金保管の理由については,30万円
は長男の結婚式費用の分担として請求があり次第支払おうと考え,また,1
5万円はCからの借金の返済用に,又貸しした相手であるDが返済してくれ
ない場合に備えてそれぞれ保管していたものであるとし,本件犯行当日の夜
に自分が本件干物店に立ち入ったため,Aとのトラブルもあったので犯人と
疑われると思い,その疑いを避けるために,12月18日から19日にかけ
て保管していたこれらの現金を費消又は預金して分散させたなどと弁解して
いるが,その内容自体が不自然であり,又貸ししたという相手方等について
は裏付けもなく,信用し難い。
また,被告人は,本件犯行当日の行動に関し,本件干物店への再就職の依
頼のため本件干物店を訪ね,シャッターが開いていた中央出入口から店内に
入ると,本件冷凍庫の前で,被害者らがショーケースに寄りかかるようにし
て並んで座っていて,血のようなものが見え,声をかけても返事がなかった
ので両名とも既に死亡しているものと思い込んで動揺し,10分も経たない
うちにその場を立ち去ったが,第一発見者である自分が犯人と疑われかねな
いと思い,警察に通報しなかったなどと供述する。しかし,店内に短時間し
かいなかったという点は被告人車の駐車状況に反し,被告人の弁解を前提と
すると,被告人が立ち去った後に,犯人がその場に戻りショーケース前の被
害者らを本件冷凍庫内に閉じ込めたということになるが,そのようなことは
常識的には考えにくい。さらに,被告人が見たという死亡しているような被
害者らの様子は,被害者らが本件冷凍庫内に閉じ込められた後もそこから脱
出しようとしていたことと合致せず,また,被害者らが寄りかかっていたと
いうショーケースには被害者らの血痕が見当たらないこととも整合しない。
その他,顔見知りの被害者らの惨状を目の当たりにしながら何もせずに立ち
去ったこと,経営者であるAともトラブルになっていたという本件干物店に
再就職するため,給料が下がる可能性があるのに,事前に連絡もせずに訪ね
たことなど,被告人の供述内容には不自然かつ不合理な点があることなどか
らすれば,被告人の本件犯行当日の行動に関する供述も信用できない。
以上のとおり,被告人は,経済的に余裕のない状況であったのに,本
件干物店に立ち入って約40分間にわたって同店内にとどまった後,短期間
に約40万円の現金を費消したり預金口座に入金したりするなどしたことや
入金した硬貨はその金額と金種構成の点で本件干物店から持ち去られた硬貨
とほぼ一致していることが認められ,被告人のこれらの現金の出所に関する
供述が信用できないことからすれば,被告人は,本件干物店内を物色し,硬
貨(棒金)を含む現金を持ち去った犯人であることは常識的にみて間違いが
ない。また,被告人が本件干物店に立ち入った時刻と被害者らが刃物で攻撃
されるなどした時間帯とが極めて近接していることからすると,被告人は,
現金の持ち去りだけではなく,被害者らの殺害をも行った犯人であることが
強く推認される(被害者らを殺害した犯人が別人であると仮定すると,その
犯人は,Bが本件干物店に戻った午後6時49分頃以降,被告人が本件干物
店に立ち入った時刻までに,Bを攻撃し,Aともども本件冷凍庫内に押し込
めてその扉の前の通路を机等で塞いだということになるが,このようなこと
が行われる現実的な可能性を想定することは極めて困難である。)。被告人
が本件犯行翌日に知人にアリバイを依頼したこともこの推認を補強する。
そして,Aの車が駐車場にあって同人が本件干物店内にいることは明らか
な状況であること等に照らすと,被告人が本件干物店に立ち入ったのは窃盗
目的であったとは考え難いが,被告人が当初から強盗目的を有していたと断
言できるほどの証拠はないから,被告人に有利な見方をして,金策目的で本
件干物店に赴きAに対して融資を頼んだがそれを断られてとっさに同人の殺
害に及び,それを目撃したBに対しても殺害に及んだという経緯があった可
能性があると認定した。もっとも,被告人が高利貸しからの借金を返済する
必要に迫られており,被害者らの殺害行為に及んだ後に慌てて逃走するので
はなく,物色行為をし,現金を持ち去ったと認められることからすれば,被
告人が被害者らの殺害行為に及んだ際には財物奪取の意図もあったと認めら
れる。
以上によれば,被告人が被害者らに対する強盗殺人に及んだことが認めら
れる。
3当裁判所の判断
原判決の判断に対する評価等
原判決は,推論の過程の説示等にはやや不正確な点があり,また,被害額
について若干認定に誤りがあるものの,その認定・判断の中核的な部分には,
論理則,経験則等に照らして概ね不合理な点はなく,当裁判所としてもその
結論は是認できる。
若干補足すると,原判決が認定した,被害者らが攻撃を受けた時刻の前後
における被告人の本件干物店駐車場及び付近での行動(被告人は,被害者ら
が攻撃を受けた時刻頃に本件干物店内に入ったことは認めている。),被告
人の本件当時の経済状況と本件直後の金銭の使用状況,本件干物店の被害内
容(ただし,後記のとおり,被害額は約29万円の限度で認められる。)と
被告人が費消,入金等をした現金の額等の類似性(特に棒金に相当する金額
と金種の類似性)に加え,他に被告人が本件犯行の犯人であることと整合す
る間接事実が少なからずあることを総合すれば,被告人が本件強盗殺人の犯
人であることは合理的な疑いを入れる余地がなく証明されているといえる。
すなわち,原判決の判断の順序に従い,まず,本件犯行前の被告人の経済
状態についてみると,11月25日支給分の給料は,借金を差し引いて9万
円余りしか受け取れず,妻には11月分は給与の支給がなかったと弁解して
いたところ,12月13日には勤務先の社長から2万円を新たに借りていて,
この時点では手持ちの現金が相当乏しくなってきていたことがうかがわれる。
また,被告人は,11月には月に一度通院して薬の処方を受けている医院に
通院せず,自宅で使っていた2層式の洗濯機が故障したにもかかわらず,買
換えをせずに手洗いで洗濯をして凌いでいたりした上,12月15日には5
067円の電話料金の滞納により携帯電話を通話停止にされていたほか,月
7分という高利で借りていたCからの15万円の借金について,11月に利
息を払って支払を1か月延ばしてもらい,12月14日にはCからの電話に
よる返済の確認に対し,3日後の17日に返済する旨約束したものの,その
17日には病院で点滴を受けていると嘘を言い,明日返済に行く旨伝えたが,
結局,翌18日も返済しなかった。このような状況からすれば,被告人は経
済的に相当窮迫した状況にあり,とりわけ,高利の借金をしているCに対し
ては,返済資金が用意できていないにもかかわらず,早急に返済せざるを得
ない状況に追い込まれていたことがうかがわれる。
そして,被告人は,本件犯行当日の午後7時前後頃には本件干物店に立ち
入っているところ(被告人がその事実を自認しているほか,原判決の認定す
るその前後頃の被告人車の位置や被告人のトレーナーにAに由来するものと
矛盾のない血痕が付着していたこと等がこれを裏付けている。),同日午後
9時40分頃にはコンビニからCに電話をかけ,翌朝の午前7時30分頃C
に借金15万円を返済し,本件犯行当日の午後10時頃までに妻に洗濯機購
入などのために現金5万円を渡したほか,同日午後9時40分頃以降,翌朝
にかけてタバコ等を購入したり,車にガソリンを入れたり,コンビニで滞納
していた電話代を支払ったりして,本件干物店への立入り後,極めて近接し
た時期から,次々と現金の支払や交付がされ,さらに,同じく翌朝の午前7
時台に残高のほとんどなかった口座に異なるコンビニのATMから2万80
00円と4万円を入金し,次いで,硬貨の入金が可能な金融機関のATMが
使え,窓口が開かれるようになった時間帯の午前8時52分と午前9時4分
に,別々の金融機関で硬貨による入金を別々の預金口座にしている(前者は
500円硬貨16枚,100円硬貨76枚の合計1万5600円。後者は5
00円硬貨84枚,100円硬貨524枚の合計9万4400円。)。また,
前記5万円が妻から警察に任意提出された後には,息子を介して本件犯行時
以降に入金された預金から14万2000円を引き出させ,妻が困ったら出
所が自分であることを秘して渡してくれと頼んだり,本件犯行翌日の12月
19日には医院に赴き,通常の2倍量の投薬を受けているなど,本件干物店
に立ち入った後,新たに現金を入手し,経済状態が大きく変わったことが強
く推認される事実が認められる。被告人には,従業員として働く以外に大き
な収入源はないところ,本件干物店に入った後,翌朝までに他人に交付した
り,口座に入金したり,費消した現金の額は合計約40万円に上り,原判決
が詳細に説示するとおり,その現金の出所について,知人女性から借金の返
済を受けたとか,多額の手持ち現金があったという被告人の供述が全く信用
できないものであることや,前記の各入金についてみても,翌朝までの半日
足らずの間に,異なるATMや金融機関で何回にも分けて異なる口座に入金
するなど,単に手持ちの現金を入金するには不自然な方法を採っていること
からすれば,前記の現金の支払,交付や入金の事実は,被告人が本件干物店
に入った際,その場にあった現金(その額については後述する。)を持ち去
ったことを相当程度推認させる。
また,本件犯行当日の午前中にはBがAに頼まれて金融機関で10万円を
硬貨に両替(500円硬貨の棒金2本,100円硬貨の棒金10本)してき
たところ,本件発覚後,本件干物店内からは棒金の包装に使用されているセ
ロハン紙がごみ箱等からも発見されておらず,当日棒金が崩された形跡がな
いことからすれば,前記両替金10万円を含む店内にあった棒金は全て持ち
去られたものと推認される。そして,本件干物店では10万円以上の売上げ
がある日も少なくなく,通常,そのような売上規模の商店において,釣銭に
最も多く使われる100円硬貨の棒金が全くなくなってから両替に行くと釣
銭が足りなくなるおそれがあることからすれば,被告人が本件干物店に入っ
た当日の午前中にBが両替に行った時点では二,三本程度の100円硬貨の
棒金は残っていて,その後,売上げが伸びなかったため,棒金はそのまま崩
されずにいたという可能性が低くないといえる。他方で,被告人は,本件干
物店に入った後,硬貨も入金できる金融機関の営業時間(ATMや窓口)が
始まってから間がない頃に,犯行場所と同じ伊東市内にある2か所の金融機
関において合計で500円硬貨100枚,100円硬貨600枚を入金して
いる。商売をしているわけでもない被告人が大量の硬貨を持っていること自
体がかなり不自然である上,偶然にも2か所の入金に係る硬貨の枚数の合計
が100円硬貨も500円硬貨もぴたりと100枚単位になるなどというこ
とは考え難く,このことから棒金を崩して入金したものとある程度推認でき,
かつ,前記のとおり,その額も,本件犯行当日に両替された分に100円硬
貨の棒金2本分を加えた額になり,本件干物店から持ち去られた棒金の本数,
金種と符合する可能性が高いといえることや入金の時期・場所が本件干物店
から棒金等の現金が持ち去られた時期・場所と近接していること,入金した
2か所の金融機関とも100円硬貨と500円硬貨とを取り混ぜて半端な額
を入金していて,多量の硬貨を所持していることを隠蔽する目的で入金した
ものとうかがわれることからすれば,被告人が入金した硬貨は,本件干物店
にあったもの(被害品の一部)であった可能性が相当強いといえる。これに
対し,被告人は,現金を持っていると疑われると思って,2個の貯金箱を開
けて貯金していた硬貨を取り出して入金した旨原審で供述しているが,被告
人がそのような貯金をしていたことを裏付けるに足りる証拠はなく(缶切り
で開けた青色貯金箱が発見されているが,その貯金箱には長年硬貨を貯金し
ていたことをうかがわせるような痕跡はなく,2個あったという貯金箱のう
ち1個だけを,既に使用できないのに捨てずに保管していた理由も定かでな
く,また,被告人が硬貨を貯金していた旨の被告人の妻の証言は,捜査段階
の供述とは明らかに異なり,変遷の合理的理由の説明もなく,信用できな
い。),10万円以上の貯金をしていたのであれば,勤務先の社長から2万
円を借り受けたり,3万円程度でも新品が買えるはずの洗濯機を買わずに手
洗いしていたり,携帯電話を通話停止にされてもそのままにしていたことは
不自然としか言いようがなく,原判決が説示するとおり,多量の硬貨を入金
した経緯に関する被告人の供述は信用できず,多量で,かつ100枚単位の
2種類の硬貨を本件犯行翌日の早朝までに被告人が別の理由で取得した現実
的可能性は認められないことからすれば,入金した硬貨と被害品の棒金との
同一性が強く推認できる。
以上のように,本件干物店への立入りを境に被告人が多額の現金を入手し
たことが推認され,所持していた40万円以上の現金は本件干物店からの持
ち去り以外の入手理由が見当たらないことやその中には多量の500円硬貨
と100円硬貨が含まれ,合計枚数がいずれも100枚単位で,持ち去られ
たと推認される棒金の額とほぼ一致すると考えられること等を総合すれば,
被告人が本件干物店から現金を持ち去ったことは疑いなく認めることができ
る。
そうすると,前記のとおり,Aに対する攻撃は12月18日午後6時頃か
ら午後7時頃までの間に開始され,Bに対する攻撃は同日午後6時49分頃
以降に開始され,被告人は,同日午後6時30分頃から午後7時15分頃ま
での間に本件干物店の駐車場に停めていた被告人車を離れて同店内に入って
おり,閉店後の本件干物店において,AやBに対する殺害行為が開始された
と推認される時刻と被告人が本件干物店内に入っていた時間帯がほぼ符合し
ていることや,前述のとおり被告人は同店内を物色して現金を持ち去ったと
認められるところ,現金を持ち去るためにはAやBの抵抗を排除しなければ
ならないことからすれば,一般常識に照らすと,ほぼ同じ時間帯に被告人以
外の第三者が同店内にいてAやBを殺害したとは考え難く,被告人は,同店
内から現金を持ち去っただけではなく,AとBを襲撃し,殺害した犯人であ
ることが強く推認される。また,犯行前の時間帯に本件干物店に近い場所で
被告人が車両を停めていたことなどの不審な行動が見られたこと,被告人の
トレーナーにAに由来するものとして矛盾のない血痕が付着していたこと,
被告人が血の付いた靴を捨てたことを自認していること,本件犯行翌日には
知人女性に電話をかけ本件犯行時間帯に被告人と一緒にいた旨虚偽のアリバ
イ証言をするよう依頼したこと,Aが閉店後に翌日の釣銭の準備等をするた
めに店内に残っていることを従業員らは知っていて,元従業員の被告人もそ
のことを知らないはずはないと考えられること,本件殺害犯人が本件干物店
内に入った出入口は,隣の従業員休憩所との間の細い路地の先にあり,部外
者には分かりにくい場所にあったこと等,被告人が強盗殺人の犯人であるこ
とと整合的な事実もいくつか認められ,逆に被告人が強盗殺人の犯人である
と仮定すると矛盾するような事実は見当たらないことを併せ考慮すれば,被
告人が本件強盗殺人の犯人であることを疑問の余地なく認めることができる。
これに対し,所論は,原判決の認定を論難し,被告人は本件強盗殺人の犯
人ではないと主張するので,以下では,原判決の認定順序に従い,現金持ち
出しの犯人の点,次いで殺害の犯人の点について順次検討する。
本件干物店から持ち去られた現金の額及び種類
所論は,被告人は本件干物店から現金を持ち出していないと主張し,その
前提として,本件干物店から合計約32万円が犯人により持ち出されたとす
る原判決の認定には疑問があるという。
この点についての原判決の認定の根拠は概ね次のとおりである。すなわち,
本件犯行日である12月18日の営業終了時点では,本件干物店内あるいは
Aの車内において,①12月10日から同月16日までの売上利益合計97
万3268円,②同月17日の売上利益13万円,③同月18日の売上利益
4万116円,④保管金(原判決では釣銭用現金と表示)約15万円,⑤棒
金10万円(500円硬貨100枚と100円硬貨500枚)があったと認
められるところ,本件発覚後には,Aの着衣とごみ箱内にそれぞれ数千円程
度の現金があったほか,本件干物店内から㋐作業台下の手提げ金庫内から1
3万5272円が発見され,Aの車内からは,
金86万6200円,いずれもバッグ内にあったビニール袋の中から,
行の封筒内から現金13万円がそれぞれ発見されて
いる。そして,上記㋑(バッグ内の86万2000円)は上記①(16日ま
での売上利益)の一部に相当するものと考えられ,原審検察官はその差額分
が上記⑤(10万円分の棒金)に相当すると主張するものの,上記⑤の原資
(1万円札10枚)は判然とせず,上記②や④(売上利益や保管金)から出
金された可能性も否定できず,上記⑤が他と重複している可能性もある。ま
(手提げ金庫内の現金)は,千円札が1枚も含まれていないなど金
種が満遍なくあるものではなく,一部はビニール袋に入っていて硬貨が仕分
けもされていないこと等に照らすと,上記④(保管金)の可能性はなく,上
(4万100円)は,上記③(18日の売上利益)とは額が一致せず,通帳
や現金在中の封筒などとまとめてビニール袋に入れられていて,Aが売上利
益を日ごとにビニール袋に入れ保管していた旨の原審E証人の証言とも一致
しないから,上記③(18日の売上利益)とは考えられない。さらに,上記
(封筒内の30万3000円)はA名義の口座から出金されたAの生活費
(封筒内の13万円)はAが生活の世話をしていた元従
業員名義の口座から上記Eが出金してAに渡したものと認められ,上記②
(17日の売上利益)ではない。そうすると,犯人が持ち去った現金は,重
複の可能性のある上記⑤(10万円分の棒金)を除いた上記②,③,④の
(17日,18日の売上利益及び保管金)合計約32万円の限度で認定する
のが相当であるとしている。
(手提げ金庫内の現金)が12月17日の
売上利益に相当する可能性があり,もしそうでないならこの現金は何の現金
上記㋒(バッグ内のビニール袋に入っていた現金4
万100円)は,③(18日の売上利益)の金額とわずかに16円の差であ
り,Aが半端な金額の現金を売上利益以外で分別しておく理由も考えられな
いから,他の物と混同しないように一緒に袋に入れていたとしてもおかしく
ない上,Aはレジの現金が足りなくなった際などは頻繁に駐車場に停めた自
分の車に私物を取りに行っていたとみられるから,店の現金を自分の車の中
④の15万円の保管金があったという原判決の認定は根
拠が薄弱であるという。
(いずれも封筒内の現金)のように店の売
上げとは関係がない通帳とともに保管されていることなどにより明確に売上
げとは関係がないと判断できる現金もあるが,それ以外は必ずしもそれが売
上金なのかどうかははっきりせず,預金する予定の12月16日までの売上
利益もまだ分別されていないことからすれば,12月17日分や18日分の
売上利益もきちんと袋に分別されていたかどうかも疑問があり,結局,12
月10日以降の売上利益である①ないし③の合計額は未だ金融機関に預け入
れられることなくAの車内か本件干物店内に保管されていたことが推認でき
るにとどまるというべきである。次に,㋐の手提げ金庫内の現金について検
討すると,原判決は千円札が含まれていないことなどから保管金(釣銭用現
金)ではないと説示しているが,そうであれば何の現金であるのか何ら説明
がないことは所論指摘のとおりである。Aは,犯人に襲われた際には売上金
等を計算し,釣銭を分別するなどの作業の途中であったと考えられ(メモや
鉛筆がその作業場所の近辺に落ちていたことがそのことをうかがわせる。),
犯人が入ってきた北側出入口までの経路等から考えて,犯人が建物内に入っ
てくるまでに,B以外の人間が北側出入口から店内に入ろうとする気配をA
が察して慌てて手提げ金庫だけを作業台の下に押し込むなどし,外に出てい
た現金はそのまま台の上などに置いたままになっていたなどという可能性も
否定できない(手提げ金庫は,本件が発覚した際,Aが売上金の集計や現金
分別等をしていたと考えられる位置から相当離れた店内のステンレス製作業
台の下に置かれていて,北側出入口寄りではあるものの,その出入口から入
って来る者からは見通しがきかず,人の視線の高さからすると探しても容易
には発見されないような場所にあったことや,手提げ金庫の中の硬貨が乱雑
な状態になっていたことなどはその推認にある程度沿うものであるといえ
る。)。そして,犯人がいつも置かれている場所から離れたところに隠され
た手提げ金庫を見つけられず,容易に探し出せた紙幣や棒金等のみを持ち去
ったとすれば,釣銭用の千円札の束が手提げ金庫内になかったことなどにつ
いて合理的な説明もつき,結局,千円札がないことなどを根拠に手提げ金庫
内の現金の中には釣銭等のための保管金が含まれていないとする原判決の説
示は合理的とは言えないこととなる。(車内にあった
封筒に入った現金)は,原判決も説示するとおり,Aや元従業員の個人の金
と認められ,本件干物店の営業とは関係がないことが明白である。また,上
記④の約15万円が保管されていたことについては,Aが平成22年9月に
保管金の窃盗被害にあった際に警察に申告した被害額であり,原審証人Eが,
その後平成24年の本件当時までに客数が激減するなどの釣銭用の保管金を
減らす事情があったとは考えられない旨証言している。また,本件犯行日に
は釣銭用として硬貨を10万円分両替しているから,合計でそれを若干上回
る額の硬貨が保管されていたとしてもおかしくはなく,他に千円札も釣銭用
に少なくとも三,四万円程度は必要になると考えられることからすれば,1
5万円程度の保管金があったと推認でき,この点の所論は採用できない。
次に,所論は㋒のA車内にあった現金4万100円が12月18日の売上
利益の可能性があるというが,その保管状況からみて売上利益を分別したも
のとは考え難く,また,その前日の17日の売上利益さえ分別されてA車内
に保管されていなかったのであるから,12月18日の売上利益だけ分別さ
れていたはずもなく,単に金額が近いという理由だけでそれが同日の売上利
益の可能性があると判断することはできない。
また,所論は,Bは本件犯行当日10万円分の両替をしているが,これを
本件干物店内に持ち帰った証拠はなく,本件当時,本件干物店内にそれが存
在したのかも不明である,この両替金があったと考えられるのは,本件干物
店内の木箱の上に置かれたAのバッグだけであるところ,本件発覚後にはそ
の中は空であったからその金額は明確ではないなどという。しかし,その両
替金をBがAに渡さない理由はなく,その日の閉店時まで金銭を巡るトラブ
ルも発生していないことからすれば,Bが上記両替金を持ち帰らず,Aに渡
さずにいたということは考え難く,両替金は棒金のまま本件干物店内にあっ
たと認められ,所論は採用できない。
以上の観点から判断すると,少なくとも12月18日の営業終了時には,
同月10日から同月16日までの売上利益97万3268円,同月17日の
売上利益13万円,同月18日の売上利益4万116円及び保管金(釣銭用
現金)15万円の合計129万3384円が本件干物店内かA車内に保管さ
れていたと認められるところ(上記⑤の10万円は重複の可能性があるので
考慮しない。),そこから本件発覚後に手提げ金庫内にあった13万527
2円(上記㋐)とA車内の剥き出しの紙幣を差
し引いた29万1912円程度の現金が犯人によって持ち去られたとみるの
が相当である(なお,この他に朝市の売上金やその釣銭等も存在した可能性
もあるが,これを認定するに足りる証拠はない。)。
結局,以上の検討によれば,証拠上確実に認定できる被害額は約29万円
であり,原判決の認定した被害額約32万円には事実の誤認があるといえる
ことになるが,この程度の額の誤りは判決に影響を及ぼすものとはいえない。
被告人の所持金に関する供述の信用性
所論は,次に,被告人の原審供述に依拠して,被告人が12月18日から
翌19日にかけて使用(預け入れも含む)した現金合計40万41円は,も
ともと被告人が所持していたものであって,本件干物店から持ち去られたも
枚)は被告人がかねてより銀色と青色の貯金箱で貯金していたものである,
勤務先の経営者から
Cから
借りた15万円をそのままDに又貸ししたが,Dが返済してくれない場合に
備えて,勤務先の社長から借りた15万円を自動車内に保管していた,とい
う被告人の供述は不合理ではなく,これを信用できないとした原判決の認定
は誤っているという。
しかしながら,前記認定のような極めて窮迫した経済状態でありながら,
被告人が12月18日夜の時点で上記のような現金を有していたこと自体,
信用し難いといえるし,原判決が説示するとおり,そのような現金を保管し
ていた理由も信用し難いものである。
この点,所論は,被告人が本件干物店に立ち入った際に目撃した状況をみ
ると,被害者らは強盗被害にあったと想像することはおかしなことではなく,
事件現場を見てパニック状態になって犯人と疑われるという強迫観念にとら
われたと考えられるという。しかし,それぞれの現金の入手経緯を明確にで
きるのであれば,そのような疑いは早晩解消するはずである。また,仮に被
告人が被害者らは強盗に殺されたと思い込み,パニックになったとしても,
強盗犯人が重くてかさばる硬貨まで大量に強奪したなどと思い込む根拠は乏
しく,貯金箱にこつこつと貯めていた小銭まで強奪した現金であると疑われ
るなどという発想が生まれるとは考え難い。携帯電話料金でさえ支払えずに
通話停止になった状況にありながら,急に金回りがよくなったことが露見す
ればかえって疑われる原因になることも容易に予想されるのに,手元の現金
の存在を警察に疑われることをおそれて費消したというのは,所論のいうパ
ニックなどからは説明が困難というべきであり,むしろ,現金が入手できた
のでその一部を必要な支払や購入費用に充て,残りの現金をそのまま所持し
ていると疑われるので,口座を分散して何回かに分けて預金するなどし,捜
査の手掛かりを与えないように画策した行動であると見るのが自然である。
とりわけ,大量の硬貨は,そのまま所持していれば怪しまれるので,二つの
預金口座に分散してそれぞれに半端な額を入金したと見るのが合理的といえ
る。
さらに,そもそも,被告人の供述は,金額の点で辻褄が合わないことも指
摘できる。すなわち,被告人は,硬貨で11万円(貯金箱で保管)と現金4
5万円(勤務先の社長らからの借入金)を保管していたというところ,12
月18日にはDと会って利息分を含む16万円を返してもらったというので
あるから,これらの合計72万円から,被告人が12月18日から翌日まで
に使用(交付,入金を含む)した現金合計40万41円を差し引いても約3
2万円は手元に残ったはずである。それにもかかわらず,被告人は,当審公
判廷でも現金は全て分散させ手元には残らなかった旨辻褄の合わない供述を
している。
次にに貯めていた硬貨の存在)
について,所論は,貯金はいくら貯まっているかわからないままにするもの
であるから,これを念頭におくことなく借金を重ねることも不自然とはいえ
ないという。しかし,被告人は,上記のとおり携帯電話料金の不払いで通話
停止の状態でもあり,500円硬貨も多数貯金をしていたならこれに目を向
けないのは不自然であるし,缶を開けるまでもなく重量等でおおよその額も
分かるはずであって,その貯金目的も格別定めていたとはうかがえないから,
10万円を超える貯金があったというなら,窮迫状態を打開するためにせめ
てその一部でも使おうとするのが自然である。
の30万円の保管)についてみると,所論は,息子に恥をかかせたくないと
いう親心から新婦側から請求された場合に支払おうと保管し,たまたま事件
当日まで催促されずに残っていたものであって不自然とはいえないというが,
そのような性質の費用は早期に精算するのが当然で,催促されないからとい
う理由で長期間保管し続けたことは不自然であって,原判決の説示はその理
由も含め正当である。前記のとおり,被告人は,12月18日夜から翌19
日まで合計41万41円を入金したり費消したりするなどしているところ,
その内訳をみると22万2041円は口座への預け入れではなく支払や他人
への交付であり,それらを除いた17万8000円のみが被告人名義の口座
に入金されており,これでは結婚式費用の支払分にも満たないはずであって,
保管しておかなければならないはずの額の現金を口座に入れず,他の所持金
はほとんど費消したという理由も説明がつかない。
Dに又貸
しした金が返済されない場合に備えて10月に社長から借りた15万円を保
管していたというのであるが,そうであれば,原判決も説示するとおり,1
1月に高利の利息を支払ってまでしてCからの借金の返済期限を延ばす必要
はなく,12月14日にCから催促された際にも直ちに返済が可能であった
はずである。また,Dは被告人が親切に金を用立ててやった知人で,地元の
農協に勤めていたというのであるから,実在するのであれば警察の捜査等に
よりその存在は比較的容易に確認できるはずであるところ,当審における被
告人質問によれば,警察が調査をしたところその存在は判明しなかったとい
うのである。被告人がDとのつながりを示すものを何ら持ち合わせていない
のも不自然であり,その実在性自体,極めて疑わしい。被告人は,携帯電話
に番号等を登録しなかったのは他人に見られるおそれがあるからであり,D
の電話番号を書いた紙片は捨てたなどと供述するが,携帯電話への登録は本
名でする必要もなく,現に,被告人の携帯電話には以前に関係のあった女性
の電話番号も登録されているのであって,貸付先として連絡を取り合う必要
のあるDの電話番号を登録せず,携帯電話で連絡もしなかったというのは不
自然である。さらに,多額の現金を所持していると疑われるので分散させた
という被告人の弁解を前提とすれば,本件犯行当日と同じ日に多額の現金を
支払ってくれた相手であるDに関する証拠は,被告人がCに支払った現金等
は犯罪によって取得したものではないことを証明するためにも是非とも残し
ておくべきものであるのに,Dの存在の唯一の手掛かりとなる電話番号を書
いた紙を自ら捨てて支払を受けた事実の裏付けがとれないようにするという
ことはあまりに不自然な行為であって,被告人がそのような行為をしたとは
信じ難く,Dに現金を貸していたという話自体が架空のものであることが強
くうかがわれる。
以上のとおり,自己の所持金に関する被告人の供述は信用性がないことは
明らかであるから,被告人が本件干物店から少なくとも約29万円の現金を
持ち去った事実は揺るがない。
殺害犯人と被告人との同一性
所論は,被告人は本件殺害犯人ではないと主張し,被告人は,本件干物
店に立ち入った後に程なくそこから立ち去った旨原審で供述したが,実際は,
その後,引き返して再び本件干物店の駐車場に車を停めて裏側の駐車場を見
るなどして再びそこから立ち去ったもので,その際には本件干物店内部には
立ち寄っておらず,40分間本件干物店に滞在していない,被告人が本件
干物店から現金を持ち去った事実から本件殺害犯人であると推認した原判決
の認定構造には問題があり,この推認は被告人の悪性格を介在させた不合理
なものである,被告人は想定される殺害犯人像と一致しない,被告人が
現金を持ち去ったとしても,被害者らを殺害した犯人ではないとの反対仮説
が成立するなどと指摘する。
そこで,まず,所論(被告人の滞在時間)についてみると,被告人は,
原審被告人質問において,12月18日午後7時前後に本件干物店前の駐車
場(男子トイレ前)に車を停め,同店内に入ったが,血まみれで死んだよう
な状態の被害者らを見て驚愕し,10分もしないうちにそこから立ち去り,
伊東市街方面に車を走らせ,bの堤防で1時間近く気持ちを落ち着かせたな
どと供述し,午後7時57分頃に付近を走行したタクシーのドライブレコー
ダーに映された本件干物店の駐車場に停まっている車は自分のものではない
と主張していたところ,当審に至り,本件干物店に立ち入った後,程なく同
所を離れて伊東市街方面へ車を走らせたが,犯人がまだどこかにいるのでは
ないかと気になって戻って確かめる気になり,G高校前交差点付近で引き返
して,午後7時57分頃には同じ場所に車を停め,本件干物店内には立ち入
ることなく歩いて裏手駐車場まで行ったが,不審な車等は発見することがで
きずにそのまま同所を離れたとの供述をするに至っている。
被告人は原審の弁護人に対しても同様のことを述べていたものの,防御方
針として原審では敢えて上記のとおりの供述をしていたと当審で供述すると
ころ,それを裏付ける原審弁護人の陳述書が存在する。しかしながら,そう
であるとしても,一旦本件干物店を離れたことを裏付けるような証拠は全く
なく,原審段階において,他人の目撃状況やドライブレコーダーの記録等か
ら午後7時15分頃と午後7時57分頃にほぼ同じ場所に被告人車が停めら
れていた事実は動かし難いものとして認めてしまえば,たまたまそのように
目撃又は記録された時間帯のごくわずかな時間のみ駐車していたと被告人が
弁解しても,その弁解は余りに作為的で不自然な印象を否めず,とりわけ,
午後7時57分頃に,わざわざB車と男子トイレの間の,車を出しにくい同
じ場所に再び駐車し,徒歩で裏手に回って様子をうかがったという被告人の
供述内容は,それ自体不自然で信用できないと判断されかねないからこそ,
原審弁護人は被告人と協議の上,午後7時57分頃に駐車されていた車両が
被告人車両であるか否かを争い,被告人が前記のような供述をするという方
針になったものとも推測される。いずれにせよ,捜査段階では異なるアリバ
イを主張するなど,被告人の供述には相当変遷があることがうかがわれ,戦
術的にであれ,供述内容を変えることは,それ自体,供述の信用性を低める
事情であるといえる。
また,この点は措くとしても,当審の被告人供述によれば,犯人がまだ本
件干物店の近くにいるのではないかと気になり,本件干物店の裏手駐車場に
怪しげな車が駐車していないか確認するのを忘れたので戻ってみることにし
たというのであるが,戻った際には犯人と鉢合わせとなる危険もあり,また,
第三者に目撃されて犯人と疑われたりするといったリスクも十分考えられる
のに,そのような気持ちになったというのは不自然である。しかも,被告人
は,本件干物店に平成22年10月頃まで勤めていて,同店関係者や近隣の
者等には顔を知られていたであろうから,そのような関係者に目撃された場
合にはすぐに身元も判明する事態も容易に予想されるところであるから,な
おさらである。被告人は,被害者の惨状を見ても警察に通報しなかった理由
として,以前にAとトラブルを起こしており犯人と疑われることをおそれた
との供述もしているのであるから,自らその疑いを強めるようなことをした
というのは信用し難い。さらに,そもそも,被告人は本件干物店に戻って犯
人のものらしい不審な車両を確認できた際にどうするかも決めていなかった
というのであって,わざわざ危険を冒してまで車両の有無を確かめる必要が
あったとは考えられない。また,裏の駐車場を確かめるのであれば,車に乗
ったまま脇の市道に入って近くから確認することもできるはずであって,上
記のような場所に駐車して徒歩で裏手に回る必要はなく,被告人の供述する
同人の行動は不可解というほかない。以上のとおり,本件干物店に入ったも
のの,同店内には短時間しかいなかったという被告人の供述は信用できず,
午後7時57分頃の時点でも本件干物店の駐車場の同じ場所に被告人車が駐
車されていたことやいったん本件干物店の駐車場を出てから再び戻ってくる
ような合理的な理由は見当たらないことからすれば,原判決が,被告人は同
店内に少なくとも40分は滞在したと推認したことが不合理であるとは認め
られない。
次に,所論(原判決の認定構造の問題点等)についてみると,所論は,
犯人が物色行為をして現金を持ち去った時期と殺害が行われた時期は,捜査
官が現場に臨場した翌朝までの間のいずれかである可能性があり,殺害行為
の時期と現金持ち去りの時期が極めて近接しているとはいえず,これが近接
していることを前提とする原判決は誤っているという。
しかしながら,一晩のうちに営業終了後の本件干物店内で被害者らの殺害
と現金の持ち去りが別々の人間によって行われたなどということの現実的可
能性は乏しいばかりか,前記のとおり,Bに対する攻撃が始まったのは午後
6時49分頃以降であり,被告人が午後7時15分頃までには本件干物店に
入り(むしろ,被告人車とB車の位置関係からすれば,被告人が男子用トイ
レの前に自車を駐車して本件干物店に入った後,Bが戻ってきて被告人車の
左側に先頭を向けて駐車したと見るのが合理的であり,そうであるとすれば,
被告人が本件干物店に入った時刻は午後7時より前である可能性が高い。),
前記のとおり,遅くとも午後9時台には被告人が本件干物店から現金を持ち
去っていると認められるのであるから,殺害行為と現金を持ち去った行為が
大きく時間をあけて実行されたなどとは認めることはできない。
なお,所論は,現金を持ち去ったことから殺害犯人と推認した原判決の判
断は,悪性格立証による不合理なものであるとも指摘するが,現金を奪った
者がその機会にそれを妨げるような抵抗をする被害者らを殺害するという推
認は,その行為者の悪性格からの推認ではなく,そのような者には現実に現
金を奪う目的で殺害行為をする動機や機会がある一方,時間的な接着性等か
ら,その者以外の者が殺害に及んだ可能性は証拠上考え難いという事実認定
上の総合判断によってなされたものであって,上記所論は採用できない。
さらに
所論は,①犯人が一人であれば,被害者二人を同時に,あるいは順次に攻撃
することはできず,本件冷凍庫内に被害者らを閉じ込めその扉の前にバリケ
ードを築くのは相当な作業負担がかかるから,本件犯行は複数で行われた可
能性が高く,単独犯とみるには無理がある,②被害者らの損傷をみると,い
ずれも頸部の静脈を切断されているものの(Bについてはさらに左前胸部を
刺されている),頸動脈には損傷がないなど無駄がなく,狙ったと思われる
箇所のみ攻撃している上,大掛かりな犯行をしているにもかかわらず,毛髪
や指紋等を残さないなど,手慣れた犯行で,手際の良さがうかがわれるから,
犯人は素人ではない,③被告人は,もとより頸静脈のみを狙ってそこに損傷
を与えるだけの知識や技能は持ち合わせいない上,自身が疑われるとの思い
から多量の硬貨を銀行口座に入金し,さらにすぐ発覚するような虚偽のアリ
バイ工作を依頼するなど稚拙な行動をとっているのであって,手際よく犯行
を遂行したこのような犯人像と被告人とは一致しない,④殺害犯人がいかに
も金銭がありそうな場所を物色すればそこに被害者らの血痕が付着するなど,
物色をした形跡が残るはずであるのに,それらの場所について物色行為をし
た形跡はない上,金銭奪取を目的としていたなら被害者らをその場で殺害し
てしまえばよいのに,そうすることなく本件冷凍庫内に閉じ込め,温度を零
下40度に設定するなど迂遠な殺害方法を用いていたことに照らすと,犯人
は金銭奪取を主目的にしていたとは考えられず,そうすると被告人には動機
がないこととなり,想定される犯人像とは一致しないなどという。
しかしながら,まず,殺害犯人が複数人である可能性についてみると,単
独でも被害者らを殺害し,本件冷凍庫内に閉じ込め,その扉の前を資材等で
塞ぐことは十分可能であるといえる。すなわち,先にAを刃物で攻撃し,冷
凍庫内に押し込め,さらに本件干物店に帰ってきたBを襲って負傷させ,同
人も冷凍庫内に押し込めたとすれば,複数の人間でなければできないことで
はない(前記のような被告人車とB車の駐車位置,Bの血痕の分布状況やB
が外出時の服装のまま殺されていること等からすれば,被告人はまずAを攻
撃し,次いで本件干物店に戻ってきたBが店内に入った直後頃に同人を襲撃
したものと推認される。)。本件冷凍庫内に閉じ込める際には,刃物を突き
付けるなどして脅迫し,まだ息のある被害者らを庫内に入らせ,その後にバ
リケードを築くなどすれば単独で犯行を遂行することは可能であり,そのよ
うな単独による犯行の方法はいくつか想定することができる(なお,バリケ
ードの一部に使用した干し網は,鯵の開きが干してあって,干物として籠に
詰める予定であったものがいくつか本件冷凍庫のそばにあったはずであるか
ら,バリケードに使用する干し網を集めるために本件冷凍庫から遠い場所に
まで出向く必要があったとも認められない。)。また,犯行現場には多数の
血痕足跡が残されているが,Aの靴による足跡のほかは,1種類の靴の足跡
しかない。殺害犯人が複数であり,実行行為を分担し,まだ乾いていない新
鮮な血液の付着した床の上を歩き回れば,靴に血液が付着してそれぞれの靴
による血痕足跡が残るはずであって,犯行現場には1種類の血痕足跡しかな
いことは,犯人が一人であることを推認させる。次に犯人は素人ではないと
いう所論について検討すると,そもそも我が国において手慣れた殺人犯がい
るなどという前提が成り立つのか疑問であるが,それはさておくとしても,
人を確実に殺害するという強い殺意を持っている者が,わざわざ,すぐに致
命傷となる部位を狙わずに頸静脈を傷付け,本件冷凍庫内に閉じ込めてバリ
ケードを築くという手間のかかる方法を採るとは考え難く,静脈と動脈は部
位が接近している上,被害者ら(とりわけA)も抵抗する中で頸静脈のみを
狙って的確に切り裂くなどというのは技術的にも不可能に近く,実際の創の
形状をみても,頸静脈を狙って切り裂いたなどとは推認できず,被害者らの
損傷に頸動脈の損傷が含まれていないのは,そうなるように狙ったものでは
なく単なる偶然の結果である可能性が高い。また,手袋や帽子等を着用する
など素人でも考え付く工夫をすれば犯行現場に犯人の特定につながるような
痕跡を残さないことにもなり,犯行時の着衣や凶器を処分するという程度の
ことは強盗殺人等の犯人に普通に見られる行為であって,本件犯行が犯罪の
プロでなければ遂行し得ないなどとは到底いえない。犯行後のアリバイ工作
や被害金の分散等は,それなりに考えられた行動であって,アリバイ工作が
うまくいかず,被告人の口座を捜査されるなどしてそれらの工作が露見し,
結果的には,かえって被告人の嫌疑を深めることとなったとしても,これら
の行為が稚拙であるということはできず,殺害等の犯行態様と整合していな
いとはいえないのであって,想定される犯人像とは一致しないという所論に
は与することはできない。
次に,殺害目的についての所論について検討すると,被告人は,前記のと
おり,本件干物店に勤務していた経験を有するから,Aにおいて,営業終了
後,売上金等の計算や釣銭の準備などをしていて,少なくとも約15万円の
保管金やその日の売上金(多い日は10万円を超えることは前記のとおりで
ある。)が店内にあることを把握していたはずであり,その程度の現金でも
被告人にとっては当面の窮乏を乗り切るためには十分目的を果たすことがで
きるのであるから,現金強取の目的で殺害に及ぶということが不自然とはい
えない。被害者らを本件冷凍庫内に閉じ込めるという手間のかかる方法を採
ったのは,被害者らが顔見知りであり,面と向かって刃物でとどめを刺すの
ははばかられたなどの合理的な理由が考え得る。また,犯行による異常な心
理状態や犯行発覚を恐れてあわてたことなどから,冷静に現金保管場所を物
色できず,普段と異なる場所に隠された手提げ金庫を見つけることができな
かったという可能性も十分ある。さらに,確かに駐車場に停めてあったA車
内には多額の現金が保管されていたものの,仮にその鍵が手に入ったとして
も,国道沿いの露天駐車場に停められているA車内を物色するのは人目がは
ばかられ,売上利益が銀行に預けられて間がなければ,多額の現金が車内に
ある可能性は低く,既に29万円程度の現金を強奪しているのであるから,
危険を冒してまで戸外を物色する必要はないと判断してもおかしくはない。
所論の指摘する点から犯人が金銭奪取目的を有していなかったと推認するこ
とはできない。以上のとおりであるから,本件で想定される犯人像と被告人
が一致しないとの所論は採用できない。
ち,所論は,仮に被告人が現金を持ち去ったとしても,被告人の供述するよ
うに,別人が被害者らを殺害したという反対仮説が成立するというのである。
しかしながら,まず,殺害犯人が犯行をすべて終えてから被告人が本件干
物店に入った可能性について検討すると,原判決が説示するとおり,被告人
が店内に入った時刻は遅くとも午後7時15分頃であり,Bが店内に戻った
のは午後6時49分頃であるから,殺害犯人が別にいると仮定すると,Bに
対する殺害行為が開始されてから被告人が本件干物店に入るまでの時間は最
大限長く見積もってもかなり短いことになり,Aが先に本件冷凍庫内に入れ
られていたとしても,その間にBも本件冷凍庫内に閉じ込め,バリケードを
築くなどという作業をするのは,よほど手際よく事を運ばない限り時間的に
困難であり,被告人と殺害犯人が鉢合わせする可能性が相当高く,殺害犯人
と被告人が偶然にも入れ替わるようにして本件干物店に出入りしたなどとい
う現実的可能性は考え難い。
次に,被告人の供述によれば,被告人が本件干物店に入った時点では,被
害者らが放置され,シャッターが開けっぱなしになっていたというのである
(その後に殺害犯人が戻ってきて被害者らを本件冷凍庫内に閉じ込めたこと
になる。)が,そうであれば,未だ殺害犯人が本件干物店内に残っていたり,
近くにいて再び戻ってきたりする可能性が考えられる状況であり,そのよう
な状況下で,自らが殺害犯人と疑われる可能性があることをも認識しながら,
Aのバッグを探るなどの物色行為に及んで現金を盗んだということになり,
血痕があちこちに付き,意識のない被害者らも近くにいる生々しい事件現場
でそのような危険を冒してまで物色行為に及ぶことは,通常であれば躊躇す
るものと考えられる。また,被告人の供述によれば,本件干物店の正面出入
口のシャッターが1メートルほど開いており,被告人はそれをくぐって店内
に立ち入ったというのであるが,殺害犯人が被告人とは別にいると仮定する
と,その犯人は,一度本件干物店から立ち去ったことになるが,当時は冬至
に近く日没から2時間以上も経って太陽光のまったくない夜間であり,店内
から明かりが外に漏れ,シャッターを開けたままにしていれば,閉店後であ
るのにシャッターが開いているという異常な状態が相当人目に付くことにな
る。殺害犯人が,本件干物店に入った際は目立たない北側の出入口から入っ
ているのに,いったん退去する際はそうはせずに,わざわざシャッターを開
けて外に出るという合理的な理由は考え難く,その後,殺害犯人は,異常を
気付かれるような状況を放置したまま立ち去り,さらに,立ち去った後に被
害者らを発見されて警察や救急に連絡された危険性があるのに,再び本件干
物店に戻ってきて被害者らを本件冷凍庫内に押し込めたということになり,
殺害犯人のこのような行動は相当に不可解なものといわざるを得ず,殺害犯
人がそのような行動を執ったとは想定し難い。また,被告人は,本件干物店
に立ち寄った際,被害者らが血を流して本件冷凍庫前のショーケースにもた
れかかっていた状態であって,声をかけたが返事もなく,双方とも死んでい
ると思ったと供述しているところ,被害者らの近くにまで行っているのであ
るから,よく見れば被害者らが息をしているかどうかくらいは分かるはずで
あって,返事がないだけで死んでいると思い込んだというのも容易には信じ
難い。このように被告人の供述は不自然,不合理なもので到底信用できず,
これを前提とする仮説も成り立たない。
これに対して,所論は,①ショーケースにもたれていた際には朦朧として
いた被害者らの意識が冷凍庫内の冷気に晒されて意識が鮮明に戻って脱出行
動を取ったこともあり得,また被害者らが手をだらんとさせていたのは迷走
神経反射による失神の可能性がある,②被害者らのズボンの血痕付着状況は,
被害者らがショーケースを背にして座っていたことを裏付ける,③横たわっ
ているAの足の上にBが頭を乗せた状態で横たわっていたという遺体発見時
の状況や本件冷凍庫の扉の内側の血痕付着状況からすれば,1回目にAが攻
撃されて本件冷凍庫内に閉じ込められ,その後にそこから脱出し(その際に
本件冷凍庫の扉の内側に血痕が付着した),再び庫外で2回目の攻撃を受け,
Bも攻撃を受けて,その後に意識もない状態でA,Bの順に本件冷凍庫内に
運び込まれて閉じ込められたという反対仮説が成り立ち,被告人は最後に閉
じ込められる前にショーケースに二人がもたれているのを目撃したものとい
える,などという。
しかしながら,まず,迷走神経反射により失神したのであれば,ほどなく
気が付くはずであり,被告人が見た際に二人揃って一時的に痛みのために失
神していたという事態は想定し難く,しかも,そうであれば,声をかけたり
すればそれなりの反応があるはずであって,一時的に失神している者を死ん
でいると勘違いするということも通常は考えられず,被告人が物色などをし
ていれば,その間に被害者らの意識が戻るはずである。F医師の当審証言に
照らせば,被告人の供述するような被害者らの状態は,頸部等への攻撃によ
って頸静脈が損傷するなどして,脳への血流量が低下して意識が相当程度失
われていた状態としか考えられず,その後に止血等の治療がなされないまま
時間が経過した場合には運動能力や意識は完全に消失する状態に向かうはず
であって,運動能力や意識が自然に回復するなどということはあり得ず,い
ったん出血により意識が朦朧となっていたAが本件冷凍庫内で再び運動能力
や意識を回復させて扉を内側から開けようとしたなどとはおよそ考え難い。
そうすると,所論①(本件冷凍庫内での覚醒)は採用できない。また,所論
②(ズボンへの血痕付着状況)については,本件冷凍庫内に入れられた後,
被害者らはしばらくの間意識があってその場に座り込んでいた時間帯もあっ
たことが想定し得るから,所論指摘のことから直ちに被告人が目撃したとい
う被害者らの状況が裏付けられるものではない。
所論③(Aへの2度の攻撃という仮説)については,まず,遺体の折り重
なり方については,所論のいうような事態の推移のみが想定されるものでは
ない。Aの方は先に攻撃を受けていた可能性が高く,しかも,頸部両側の静
脈を損傷していて,扉を開けるために動き回ったことなどから出血量が多く
なり,Bよりも先に意識を失い,Bの方は胸を刺されていたために,痛みで
さほど動けなかったが,結果的にはAよりも後まで意識があったという可能
性もあり,そうであれば,Aの体の上に一部折り重なるようにBが体を横た
えて息絶えたとしても不自然ではない。また,所論のいうような仮説は,本
件冷凍庫の前には意識のないAやBの体を引き摺って庫内に入れたような痕
跡もないこと(本件冷凍庫との間には血痕が多数あり,新鮮な血痕が付着し
た床上を引き摺れば,血痕に引き摺った形跡が残る可能性が高い。),Aは
頸部からの出血量が多く,その襟周り等が背面も含め血だらけであったはず
であるのに,寄りかかっていたという冷凍ショーケースにはそのために付い
たといえるような形状の血痕は付着していないことなどとも整合しない。そ
して,いったん本件干物店から離れた殺害犯人が戻ってきたという仮説は考
え難いことも前述したとおりである。
結局,所論のいうような反対仮説は現実的可能性が極めて乏しく,単なる
観念上の想定にすぎないというべきである。
さらに所論は,①12月18日午後7時頃,本件干物店駐車場から車が急
発進して道路に出てきたのが目撃されている,②同日午後9時頃,本件干物
店駐車場にライトを点けた2台の自動車が停まっており,その前に2名の人
物がいたことが目撃されている,③同日午後9時10分頃,本件干物店付近
道路を通過したタクシーのドライブレコーダーには本件干物店2階付近で電
灯が点いている映像が映され,同日午後9時18分以降はそれが点灯してい
るとは判別できない状態にあったと指摘し,①や②で目撃された車の人物が
本件犯行に関与している疑いがある,③の時間帯に被害者らが本件冷凍庫内
に閉じ込められバリケードが築かれるなど本件犯行が行われた可能性がある
といい,所論の反対仮説に沿う証拠があるという。
しかしながら,本件干物店の表の駐車場は適度な広さがあって,東伊豆の
幹線道路である国道に接しており,駐車場内には自動販売機や男女別のトイ
レ等も設置されていて,自動販売機で飲料を購入したり,トイレを利用した
り,そこで休憩するために車を停めたりすることもしばしばあり,交差点の
手前にあるという立地でもあるから,信号が変わるのを待つことなくショー
トカットのためそこを通ったりすることがあると認められるところ,上記①
の目撃者も,車が駐車場に出入りしたり,急にそこから車が出てきたりする
のを本件犯行当日以外にも見ていたと供述し,②の目撃者は,事故を起こし
たため駐車場内に車を停めてライトを点けたまま双方が事故処理の話合いを
していたように感じたとも述べていて,2名の人物が人目をはばかるような
行動をしていたわけでもないことからすれば,いずれも上記①や②で言及さ
れている目撃された人物と本件干物店内での犯行との関連性を疑うべき事情
とはいえない。
また,上記③の電灯が点いていたことについては,その明かりが本件干物
店内のものかどうかは必ずしもはっきりとせず,その位置関係からして同店
北側にある建物の明かりの可能性も否定できない。仮に本件干物店舗の明か
りであったとしても,被告人が自宅に戻ったとされるのが,同日午後9時か
ら午後10時頃であって,その時間には幅があり,同日午後9時41分頃H
店(本件干物店から車で約17分ないし28分の距離であり,伊東市aにあ
る被告人の自宅と同コンビニまでの距離も近い。)で買い物をしたことが判
明しているから,午後9時10分頃には被告人が未だ本件干物店内にいて,
その後,自宅又は上記コンビニに到着したということも十分あり得ることで
ある。そうすると,いずれにせよ,上記所論が指摘する点によって,被告人
が犯人であることに疑いが生じるものではない。
以上の検討によれば,被告人の他に殺害犯人がいるとの所論の仮説も成り
立たないというべきである。
その他,所論が縷々述べるところを検討しても,被告人が本件殺害行為に
及んだとの原判決の認定を左右するものはない。
4事実誤認をいう論旨は理由がない。
第4量刑不当の論旨について
1論旨は,原判決の認定した事情を前提としても,被告人を死刑に処し
た原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。
2原判決は,量刑の理由として,要旨,以下のとおり説示している。
本件は,借金の返済に窮した被告人が,金欲しさに,元勤務先の経営者及
び従業員であった被害者2名の頸部等を刃物で突き刺すなどし,被害者2名
を殺害するとともに現金を強奪したという強盗殺人の事案である。
本件では2名の尊い命が奪われるという重大な結果が生じていて,故意に
殺害された者の数が複数であるということは量刑上特に重い方向に働く事情
であるところ,いずれの被害者に対しても頸部等の致命傷となり得るところ
を狙って,複数回にわたり刃物で突き刺したり,切ったりしているほか,攻
撃を受けて未だ生きている可能性を認識した上で被害者らを冷凍庫内に入れ,
扉を閉めてその外側に机等を置き,内側から扉を開けることができないよう
にして閉じ込め,普段は零下20度程度に設定されている冷凍庫の庫内温度
を零下40度に設定するなどしており,確実に被害者らを殺害しようとする
強固な殺意が認められる。本件の動機・経緯の詳細は不明であるが,高利貸
しからの借金返済に窮して切羽詰まっていた被告人が,本件干物店を訪れ,
Aに借金を申し込んだが,Aに罵倒されるなどして感情的になり,とっさに
殺意を抱くとともに本件干物店内にある金を奪おうとして,その障害となる
被害者らを殺害したものと推認され,当初から殺害や強盗の計画性があった
とは認められず,一時の激情に駆られて刃物で被害者らを攻撃した可能性が
否定できないものの,現金奪取の障害となり,犯行の目撃者でもある被害者
らを冷凍庫内に閉じ込めて庫内温度を下げ,物色行為に及んで多額の現金を
持ち去っているのであって,自らの利欲的な目的を実現するために,障害と
なる者を確実に殺害し,確実に現金を奪うべく冷徹に行動したことが明らか
であり,また,それまでの経緯からすれば,Aが罵倒するような態度を示し
たとしても,あり得る範囲の対応であるから,被害者らに落ち度があるとは
いえない。被害者らは致命的な重傷を負い,死を意識しつつ冷凍庫から脱出
しようと必死にあがいたものの,かなうことなく,計り知れない苦痛や恐怖,
絶望等を感じる中,絶命したものと推認されるのであって,死因とはなって
いないものの,被害者らを冷凍庫内に閉じ込め,一層の苦しみを与えた行為
は非人間的で残虐なものというほかはない。被告人は本件犯行翌日にアリバ
イ工作に及んでいる上,犯人であることを否定して不合理な弁解に終始して
おり,反省の情が皆無である。以上のとおり,本件は殺害や強盗の計画性は
認められず,突発的に強盗殺人の犯意が生じたと見るほかはない事案である
が,殺意は強固で利欲的目的のために冷徹に行動していて,人命軽視の度合
いが際立っており,その行為態様を見ても冷酷,非道で残虐な犯行といわざ
るを得ず,被告人の罪責は誠に重大であるというべきである。被告人には反
省の態度が見られず,被害者らの遺族の処罰感情も厳しいのは当然であると
ころ,被告人にみるべき前科がないこと以外には被告人に有利にしん酌すべ
き事情は見当たらない。
そうすると,本件犯行は,衝動のまま犯行を遂げたというような事案とは
一線を画しており,強盗殺人の中でも重い部類に属するとの評価は免れず,
本件に表れた一切の事情と他の裁判例との均衡を考慮し,慎重に検討を重ね
ても,被告人に対しては極刑をもって臨むことはやむを得ない。
3以上のような原判決の量刑判断については,強取金額に誤りがあるこ
とは前記のとおりであるほか,「一時の激情に駆られて刃物で被害者らを攻
撃した可能性が否定できない」と認定・評価する一方で,その後に「自らの
利欲的目的を実現するために,障害となる者を確実に殺害し,確実に現金を
奪うべく冷徹に行動した」という認定・評価をしているが,このような主観
面が急に変わるような行動の変化があったとは考え難く,この点は不合理で
あるといえる。また,本件冷凍庫の中のドア付近に付着していた血痕はすべ
てAのものであることからすれば,「脱出しようと必死にあがいた」のは被
害者両名ではなくAのみである可能性が高いといえる。これらの点で原判決
には首肯できない説示部分があるものの,その余の説示には大きな誤りはな
く,その結論も不当なものとはいえない。
そこで,まず,上記のような主観面の認定・評価について検討すると,原
判決は,事実認定の補足説明第8においては,Aに借金を断られて罵倒され,
感情的になって,とっさに殺意を抱いて殺害し,それを目撃したBをも殺害
した可能性を否定し難いとし,その後の行動に照らすと被害者らの殺害行為
に及んだ際に,財物奪取の意図が全くなかったというのもあり得ないと説示
し,財物奪取の意図が併存していたと認定していて(原判決27ないし28
頁),殺害の主たる動機がAに対する憤激であるかのように説示をしている。
しかしながら,被告人は,Aから借りた20万円を返済せず,本件犯行時ま
で長期間Aに連絡することもせず,事実上借金を踏み倒したのと同然の状態
にあった上,退職を巡るトラブルから警察官が臨場した際,Aに暴行された
と被害を訴え,Aを怒鳴りつけたりしたほか,本件干物店が原材料の産地を
偽装したり,ラベルの張替えをしているなどと警察や保健所に告げ,保健所
の調査までされるに至っているのである。その後,被告人とAが良好な関係
になったような事情もなく,雇用関係が途絶えてから2年以上も経過し,現
金の融通を頼めるような人間関係ではなかったばかりか,逆に強く借金の返
済を迫られてもやむを得ない状況にあったといえるのであって,Aに借金を
申し込んだとしてもAがこれに応じる可能性はほとんどないことは被告人も
重々承知していたものと推認される。そうすると,借金を頼んだが断られて
Aに罵倒されとっさに殺意を抱いたなどという原判決の想定は,何らかの具
体的な根拠があるわけではなく,単に想像を重ねただけの現実性が乏しいも
のであることは否めず,Aに対し激高したことによる殺意と強盗の犯意とが
途中から両立する可能性も決して高いとはいえないことからすれば,原判決
の前記説示部分は不合理な認定といわざるを得ない。もっとも,本件干物店
に立ち入った際,被告人が凶器を携帯していたか否か等は判然とせず,本件
干物店内にあった刃物が凶器として使用された可能性があることを否定し去
るだけの証拠もなく(原審で取り調べた証拠によれば,イカ用の包丁がいつ
もと異なる場所から発見されたことや本件冷凍庫近くの棚の上に包丁が1本
あったことが認められるが,棚の上の包丁がイカ用の包丁であるのか否かも
判然とせず,また,それらの包丁に凶器として使用された痕跡があるのか,
被害者らの創傷と整合するのか等の点も証拠上明らかにされていない。),
Aに借金を頼むということは客観的に見れば極めて虫のいい厚かましい申し
入れであり,事前にアポイントも取らずに,Aが一人で売上金等の精算をし
ている場所に一方的に押しかけて融通を迫るのは相当に不自然ではあるもの
の,借金で追い込まれていた被告人が,他に借金のつてがなく,藁にもすが
る思いで昔の勤務先の経営者に金策を頼むということは全くあり得ない話で
はないともいえるのであって,そうであるとすれば,原判決が借金を申し込
む目的で本件干物店を訪れた可能性を肯定したことまでが,およそ不合理で
あるとまではいえない。ただし,借金の申込みに行ったとしても,断られる
可能性が高いことは重々承知していたはずであることは前述のとおりであり,
その場合のことを何も考えずにいたとは想定し難く,被告人が激高しやすい
タイプであることをうかがわせる証拠もなく,粗暴な傾向も見られないこと
からすれば,Aのことばが多少きつくても被告人がそのことだけでAに殺意
を抱くとは考え難く,激高のあまり何も考えずに凶器を手にして犯行に及ん
だなどという事態は想定し難い。
いずれにせよ,被告人が本件干物店に入った状況については何ら証拠がな
く,一つの可能性としては最初から強盗を実行するつもりで凶器を携え,顔
を隠すなどして入ったが,Aに被告人であることを見破られるなどしたこと
から殺害したということが考えられるほか,当初から強盗殺人の意思で店内
に入った可能性もあながち否定できず,また,可能性としてはさほど高くな
いものの,前述したように,当初は現金の融通を頼む意思で入ったが,これ
を断られたため,やむを得ず刃物を突き付けるなどして強盗行為に及び,顔
を知られているために殺害行為にも及んだなどの事態も想定され,その中で
最も被告人に有利なストーリーとして考えられるのが,当初は現金を融通し
てもらうつもりであったというものであるといえる。そして,そのような最
も有利な場合を想定したとしても,本件干物店に入った時点では,その時刻
等からしてAから現金を融通してもらえなければ,翌日までに他から現金を
入手することははなはだ困難な状況になっており,被告人はどうしても現金
を用意しなければならないとの思いから心理的に追い詰められていたといえ
る。そのような状況下で,にべもなくAに借金を断られれば,最早すぐに現
金を手に入れることができる残された方法としては現金を強奪する以外には
なく,他方で,強盗の犯行後も逮捕を免れるためにはAの口を封じるほかは
ないという状況になっていたのであるから,資金の融通を断ったAに対する
憎しみも手伝って,Aを殺害して現金を強取する決意を固め犯行に及んだと
しても不自然ではなく,現にAに対する攻撃に出ている以上,被告人に有利
な場合を想定しても,合理的にはこのような事態の推移以外の可能性は考え
難い。そうすると,本件干物店に入る時点から強盗の意思を有していた場合
であれば当然のこととして,そうでない場合であっても,Aに対し刃物によ
る加害行為に及んだ時点では,その行為の動機・目的は,現金強奪以外には
考えられず,その際には,Aの口を封じる必要があることやAの頸部を狙っ
て執拗に攻撃を加えていることなどを併せ考慮すると,強盗の犯意と共に殺
人の故意も有していたものと推認される。
したがって,被告人がAを殺害した主たる動機は現金を強奪するためであ
ると認められ,Bについては,Aへの攻撃終了時点の頃かその後の物色時に
同人が本件干物店に戻ったことから,現金強奪を妨害されないためか,顔を
知られているBに警察に通報されないようにするためにA同様殺害するほか
はないと決意して犯行に及んだものと推認される。
以上の点を踏まえた上で,原判決の量刑の当否について検討すると,死刑
は他の刑罰とは異なり被告人の生命そのものを奪い去るという点で,あらゆ
る刑罰のうちで最も峻厳で誠にやむを得ない場合にのみ選択されるべき究極
の刑罰であるから,特に慎重に適用すべきものであるが,死刑制度を存置す
る現行法制の下では,一定の場合には死刑を選択すべきことが当然に予定さ
れているといえるのであって,これまでの判例等で示された考慮要素,すな
わち,犯行の罪質,動機,計画性,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残
虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影
響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等を各量刑要素が考慮される根拠やそ
の重要性の程度等を含め総合的に判断し,また,先例に照らして公平性が確
保されているといえるか否かも検討し,その罪責が誠に重大であって,罪刑
の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる
場合には,死刑の選択をすることが是認できるものと判断される。
これを本件についてみると,本件は,元の勤務先で金銭を得るために2人
を殺害し,現金を強取したという強盗殺人の事案であるところ,財産を得る
ために最も重要な保護法益である生命を故意に奪うという強盗殺人罪につい
て,量刑要素として重視すべき点の一つは,原判決も指摘するとおり,被害
者の数であるといえる。法定刑として死刑と無期懲役刑のみが定められ,数
ある犯罪の中ではなはだ悪質・重大な犯罪の範疇に入るといえる強盗殺人罪
を犯し,複数の人命を奪うという重大な結果を生じさせたという点は,死刑
の選択の当否を決する上で考慮されるべき最も重要な量刑要素であることは
疑いを容れない。もっとも,既遂被害者が2名であることが直ちに刑種の選
択に結び付くわけではなく,既遂被害者が2名の事案では無期懲役よりも死
刑に処される場合が多いとはいえても,無期懲役が選択される場合も決して
少なくなく,被殺者の数が他の量刑因子を圧倒するほどの重みを持つとはい
えず,既遂被害者が2名である場合には原則的に死刑が選択されるという量
刑傾向があるとまではいえないのであって,犯行の動機,態様,結果及びこ
れらに付随する事情等を具体的に検討して,その刑事責任が死刑に処するほ
ど重いものであるか否かを判断する必要がある。
そこで,次に,このような観点から改めて犯行の動機,経緯についてみる
と,本件犯行に計画性があるとまでは認められないとしても,本件は,侵入
盗が家人に見つかって逮捕されそうになったため,とっさに殺意を抱いて殺
害行為に及んだ場合のような,殺害について偶発性が強い事案とは異なり,
現金を借りられず強硬手段もやむなしという気持ちから積極的に殺害の意思
を固め,Aに対する攻撃に出たものと推認され,Bについては,当初はBま
で殺害する意思はなかったとは推認されるものの,同人が店内に戻ってきた
ため,Bと対面した頃には口封じや現金強取のためにはBも殺害するほかは
ないと考え,すぐに殺害行為に出たとしか考えられないことからすれば,い
ずれも殺意は強固であって,本件において殺害の計画性が認められないこと
は,それだけでは死刑を回避できるような重みのある量刑事情であるとはい
えない。元の勤務先の経営者らの命を奪ってまでして当面必要となる現金を
得ようという犯行動機には酌量の余地はなく,また,当然のことながらAや
Bには何ら落ち度は認められない。なお,本件犯行の動機形成には,被告人
が金銭に窮して追い詰められた状況になっていたことが背景にあるところ,
被告人自身は自分が犯人でないとし,経済的に窮乏状態にあったことさえ否
認しているので,経済的に困窮する状態に陥った原因については,はっきり
と認定できるほどの証拠は収集されていない。しかし,いずれにせよ,被告
人と妻の収入を合わせれば,通常の生活水準を維持するのに必要な収入は確
保されていたはずであって,浪費することなく,身の丈に合った生活をして
いれば,前記のような窮乏状態に陥ることはなかったはずであって,経済的
な窮乏状態に陥ったことも含め,犯行の動機,経緯には特に酌むべき事情が
あったとは認められない。
次に,本件の犯行態様についてみると,被告人は,殺傷能力の高いと思わ
れる刃物を用いて,Aには左右の頸部にそれぞれ刺切創を負わせ,Bには右
頸部や前胸部に刺切創を負わせるなどし,その上で,被害者らを冷凍庫内に
閉じ込めて扉の外側にバリケードを築き,普段は零下18ないし20度に設
定している冷凍庫の温度を零下40度になるよう目いっぱい温度を下げる設
定をするなどしている。被害者らは頸静脈が損傷したことによって徐々に出
血が続き,さらに冷凍庫内に閉じ込められ,受傷による痛みや恐怖,死が迫
っているのに助けを求めることができないなどという絶望感等にさいなまれ
たものと推察される。このようにみると,本件犯行態様は極めて残虐である
上,被害者らにより苦しみを与えたという意味で,非人間的な犯行であると
した原判決の評価は正当であるといわざるを得ない。
これに対して,所論は,原判決が,上記のように冷凍庫内への閉じ込め行
為をより強い苦しみ等を与えたもので残虐であると評価した点を捉え,この
行為は被害者らに瀕死の重傷を与えた犯人がとどめを刺すことができずに苦
しんだ挙句に行った行為であるかもしれず,これを残虐行為とした評価は誤
っているという。被告人自身が本件関与を否定しているため,どのような経
緯で冷凍庫に閉じ込めたのかは必ずしも明らかではなく,Aに対しては本件
干物店を辞めた後のトラブル等の状況に照らし強い悪感情を抱いていたこと
もうかがわれるが,前記のとおり,被害者両名とも被告人とは顔見知りであ
るから,面と向かって刃物でとどめを刺すことには躊躇を覚え,冷凍庫に閉
じ込めて殺害するという,被告人自身は被害者らが死亡するところを目の当
たりにしなくて済む殺害方法を選択したということは十分あり得ることであ
る。そうであるとしても,刃物による攻撃にとどめず,被害者らを冷凍庫内
に閉じ込め,バリケードを築いて逃げられないようにした上,庫内の温度を
目いっぱい下げるという行為に出たことは,確実に被害者らの命を奪おうと
する殺意の強固さを示している。被害者らは,首を掻き切られ,生きたまま
凍えるような寒さの冷凍庫内に閉じ込められ,扉の外側に構築された強固な
バリケードによってそこから逃げ出すこともできず,携帯電話を取り上げら
れ,翌朝になるまで誰も店内に入ってくるはずもないことからすれば,大声
で叫んだりしても誰も助けには来てくれないという絶望的な状態に置かれ,
生きるための一縷の望みも絶たれて相次いで息絶え,翌朝に冷凍庫内で身体
を横たえたまま硬く凍結した無残な姿で発見されているのであるから,冷凍
庫に入れた動機が前述した点にあったとしても,その殺害方法がむごたらし
く非道なものであるという評価を受けるのはやむを得ない。遺族の被害感情
が厳しいのも当然であり,異様な殺害方法等から本件犯行が地域社会に衝撃
を与えたことも容易に察することができる。
なお,原判決は,被告人が犯行翌日にアリバイ工作に及んでいる上,犯人
であることを否定して不合理な弁解に終始し,反省の情が皆無であることを
量刑事情の一つとして取り上げているものの,その趣旨は,被害者の遺族に
対して何ら慰謝の措置が採られていないことなどと併せて,犯行後の情状に
酌むべき点がないことを示しているものと解され,前後の文脈からしても刑
種の選択に影響するほど非難を加重する情状として考慮したものとはいえな
い。すなわち,本件のような死刑選択の当否が問題となる重大事案において
は,極刑からだけは逃れたいとの強い欲求から虚偽の弁解をすることは被告
人の心情としてはある程度やむを得ないところであって,非難を強める事由
としてこの点を重視するのは相当ではないが,結果として反省の情が認めら
れず,犯行後の事情に何ら有利に斟酌すべき点がないという限度では,当然
考慮されるべき事情になるといえる。その他,犯行時の年齢からすれば,被
告人はとうに分別を弁えているはずの年齢に達しており,本件犯行時までに
さしたる前科はなく(本件と刑法45条後段の併合罪の関係にある失業保険
金の不正受給の詐欺事案で本件後に執行猶予付き懲役刑に処せられているが,
本件犯行とは異質の犯罪である。),犯罪傾向が進んでいるとはいえないも
のの,その年齢や弁解状況等からすれば矯正可能性が高いと認めることはで
きず,さほど有利な事情は認め難い。
以上のとおり,本件犯行については計画性があるとはいえないとしても,
被告人は,現金を強奪するために,確定的殺意の下で,被害者らの頸部を刃
物で切り裂くなどして,多量の出血をさせた上,被害者らを確実に殺害する
ため,生きたまま冷凍庫内に閉じ込め,その外側にバリケードを築いて出入
口を塞ぎ,庫内の温度を零下40度になるよう設定し,被害者らの何とか助
かりたいという望みを完全に断ち切る行為にまで及んでいるのであって,そ
の結果,被害者らは翌朝に血まみれ状態のまま凍結されたむごたらしい姿と
なって発見されており,このような殺害行為の態様の残虐性や目的に沿って
冷徹に事を運んだ殺意の強固さや非情さ,犯行の動機・経緯に酌むべき点が
何ら認められないこと,強取した金額も約29万円と決して少なくない額で
あること等に照らすと,本件は同一機会の2名に対する強盗殺人の事案の中
でも犯情が相当悪く,被告人の刑事責任は誠に重大であって,その犯情から
すれば死刑を選択することもやむを得ないといわざるを得ない事案である。
その一方で,被告人は不合理な弁解に終始し,反省の情も示さず,遺族に対
する慰謝の措置も全く執っていないなど,犯行後の情状にも何ら酌量すべき
点はなく,本件犯行時まで懲役前科がなかったことのほかは有利な一般情状
として取り上げることができるほどの事情もないことなどを踏まえると,死
刑の選択を回避できるような特に酌量すべき事情があるとはいえず,本件に
ついては,死刑を選択した原判決が量刑を誤ったものであるとは認められな
い。
3量刑不当をいう論旨も理由がない。
第5結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,同法181条1項ただ
し書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととして,
主文のとおり判決する。
平成30年7月30日
東京高等裁判所第8刑事部
裁判長裁判官大島隆明
裁判官菊池則明
裁判官林欣寛

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今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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