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平成15年(行ケ)第11号 審決取消請求事件(平成16年10月6日口頭弁論
終結)
          判           決
       原告兼承継前原告独立行政法人産業技術総合研究所承継人
                  A
       訴訟代理人弁理士   古 宮 一 石
       同          深 谷 光 敏
       被承継人(脱退)   独立行政法人産業技術総合研究所
       代表者理事長   
       被      告   特許庁長官  小川 洋
       指定代理人      三 輪   學
       同          瀧   廣 往
       同          高 橋 泰 史
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
          主           文
 原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が不服2000-8836号事件について平成14年11月29日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告及び被承継人は,平成10年8月12日,発明の名称を「環境状況計測
方法及びその装置並びに環境状況改善測定方法及びその装置」とする特許出願(特
願平10-241039号,以下「本件特許出願」という。)をしたが,平成12
年5月16日に拒絶の査定を受けたので,同年6月15日,これに対する不服の審
判の請求をした。
 特許庁は,同請求を不服2000-8836号事件として審理した上,平成
14年11月29日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本は,同年12月10日,原告及び被承継人に送達された。
   原告は,被承継人から本件特許出願に係る特許を受ける権利の持分を譲り受
け,平成15年9月29日その旨の出願人名義変更届がされ,被承継人は訴訟から
脱退した。
2 願書に添付した明細書(平成11年11月26日付け手続補正書による補正
後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】記載の発
明(以下「本願発明」という。)の要旨
 測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセンサーを配置
し,各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入
力し,各センサの測定結果を即座に表示することにより,特定の区画の土地の環境
状況を表すことを特徴とする環境状況測定方法。
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,平成9年5月31日
発行,磯貝秀明=川上友輝「環境蘇生加速の理論と土壌での効果の計測」太陽エネ
ルギー23巻3号81頁~85頁(甲3,以下「引用文献1」という。)及び特開
平10-14402号公報(甲4,以下「引用文献2」という。)に記載された発
明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法2
9条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許出願は,
拒絶すべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本願発明と引用文献1記載の発明(以下「引用発明1」という。)
との一致点の認定を誤り(取消事由1),本願発明と引用発明1との相違点につい
ての判断を誤り(取消事由2,3),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消
事由4)結果,誤って本願発明の進歩性を否定し,また,特許法50条の規定に違
反した(取消事由5)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(1)審決は,本願発明と引用発明1との一致点として,「測定対象となる特定
の区画の土地の物理指標を複数のセンサーにより測定し,各センサの測定結果を表
示することにより,特定の区画の土地の環境状況を表すことを特徴とする環境状況
測定方法」(審決謄本3頁下から第2段落)と認定したが,誤りである。
(2)引用文献1(甲3)記載の「(イ)EM(注,Effective
Microorganisms)を前処理し,3年熟成した土壌」(83頁第2段落)及び
「(ロ)休耕していた土壌」(同)の分析対象は,土地ではなく,そこから取り出
された土壌であり,土地と土壌では,分析の対象試料は相違し,また,分析結果も
相違する場合が考えられる。引用文献1記載の「(ハ)全く施肥なしに放置した雑
木地」(同)についての分析方法は,その前後の内容から,上記(イ)及び(ロ)
と同様の方法によるものと考えられるところ,雑木地に測定装置を直接設置して測
定することは,到底考えられず,雑木地から採取された土壌を対象としていると読
み取ることが,通常の理解である。審決は,土地と土壌の上記相違を看過し,引用
文献1が土地について記載していると誤って認定したものである。
(3)引用文献1(甲3)には,本願発明の「複数のセンサーを配置」すること
は記載されていない。引用文献1では,1物理指標の測定に関して,各一つのセン
サーを配置するもの,すなわち,「複数の物理指標の測定に関し,各一つのセンサ
ーを配置する」ものである。本願発明の「物理指標に関する複数のセンサーを配置
し」との記載は,複数の物理指標に関するセンサーを配置することを意味しない
し,複数の物理指標に関するセンサーを配置することを含むものでもない。また,
審決は,「文言上,一つの物理指標に関する複数のセンサーを配置するものに限ら
ず,複数の物理指標に関して各一つのセンサーを配置するものも,複数のセンサー
が配置されるのであるから,本願発明に含まれるものである」との認定判断は行っ
ておらず,単に「測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセン
サーを配置し」と認定判断しているだけであるから,これを後に補充して,本願発
明に含まれるものであると主張することは,許されない。
 2 取消事由2(相違点イについての判断の誤り)
(1)審決は,本願発明と引用発明1との相違点イとして認定した,「センサー
が,本願発明のものでは土地に配置されるものであるのに対し,引用発明1のもの
では土地に配置されるものではない点」(審決謄本3頁最終段落,以下「相違点
イ」という。)について,「土壌(本願発明の構成要素『土地』に相当)のイオン
濃度,pH濃度(本願発明の構成要素『物理指標』に相当)等を測定するために,
各種イオン電極27~32・センサ41~43(本願発明の構成要素『センサー』
に相当)が設けられている測定端子部26を有する測定器の棒状部13を土壌に押
し込み測定を行うこと,つまり,土地の物理指標の測定のためにセンサーを土地に
配置することが引用文献2(注,甲4)のものに記載されている。そして,引用文
献1及び引用文献2のものは共に土壌の物理指標の測定方法という共通の技術分野
に属するものであるから,引用文献2に記載の測定方法を引用文献1(注,甲3)
の測定に適用して本願発明のものを構成する点に格別の困難性は認められない」
(同4頁<相違点イについて>)と判断したが,誤りである。
(2)引用文献1(甲3)は,測定対象となる特定の区画の土地に複数の物理指
標に関して各一つのセンサーを用いて測定するものであり,また,引用文献2(甲
4)も,複数の物理指標に関し各一つのセンサーで測定するものであるから,引用
文献2に記載の測定方法を引用文献1の測定方法に適用した場合,測定対象となる
特定の区画の土地に物理指標に関する一つのセンサーを配置することは導き出すこ
とはできても,本願発明の「測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する
複数のセンサーを配置し」との構成を導き出すことはできない。
 3 取消事由3(相違点ロについての判断の誤り)
(1)審決は,本願発明と引用発明1との相違点ロとして認定した,「本願発明
のものでは,各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュ
ータに入力し,各センサの測定結果を即座に表示するものであるのに対し,引用発
明1のものでは,各センサーの測定結果はコンピュータ処理されていない点」(審
決謄本4頁第1段落)について,「各イオン電極27~32(本願発明の構成要素
『各センサー』に相当)の検出出力(本願発明の構成要素『測定結果』に相当)を
マイクロコンピュータを含む制御部24(本願発明の構成要素『コンピュータ』に
相当)に接続(本願発明の構成要素『入力』に相当)し,各イオン濃度測定値(本
願発明の構成要素『測定結果』に相当)を表示することは引用文献2(注,甲4)
に記載されており,さらに,引用文献2のものにおいては,センサの測定結果が制
御部での必要な処理の後に表示されるものであるから,その表示は実質的に即座に
行われていると言えること,及び,測定の技術分野において,複数のセンサからの
測定出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入力して測定結果を表示するこ
とは慣用手段(例えば,特開昭57-86031号公報〔注,甲11,以下「甲1
1公報」という。〕,特開昭61-91527号公報〔注,甲12,以下「甲12
公報」という。〕,特開昭62-214027号公報〔注,甲13,以下「甲13
公報」という。〕等参照)であって,該慣用手段を各種の物理量の測定方法に適用
することは単なる慣用手段の付加にすぎず,この点には実質的な相違は認められな
いことを考慮すると,引用文献1(注,甲3)及び引用文献2のものは共に土壌の
物理指標の測定方法という共通の技術分野に属するものであるから,引用文献2に
記載の測定方法を引用文献1の測定に適用して本願発明のものを構成する点に格別
の困難性は認められない」(同頁<相違点ロについて>)と判断したが,誤りであ
る。
(2)引用文献2(甲4)では,一連の測定操作(一連の操作自体は制御用コン
ピュータによりプログラムに従って行われる。)が行われ,表示は一連の操作の中
で行われるものであるのに対し,本願発明では,引用文献2のような制御用コンピ
ュータを用いるものではなく,各センサーの表示は,「各センサーによる測定結果
の出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入力し,各センサの測定結果を即
座に表示する」(本願発明に係る【請求項1】)というものである。したがって,
本願発明の出力表示は,制御用コンピュータによる処理ではなく,計算を行うため
のコンピュータによる表示であって,この点で,引用文献2のものとは相違するも
のであり,また,表示される結果も相違するものである。引用文献2のものに慣用
手段を付加したにすぎない場合は,依然として,制御用コンピュータは残されたま
まとなるが,本願発明は制御用コンピュータを有するものではないから,審決の論
理に従ったのでは,本願発明を導き出すことはできない。
(3)また,本願発明は,測定の技術分野という広い範囲のものではなく,特定
の区画の土地の物理指標の測定という限られた分野の環境状況計測に関するもの
で,測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセンサーを配置さ
れた各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入
力し,各センサーによる測定結果を即座に表示するものである。したがって,一定
の区画の土地から得られるという特徴点を無視して,複数のセンサからの測定出力
をマルチプレクサを介してコンピュータに入力して測定結果を表示することは慣用
手段であるということはできないから,「慣用手段を各種の物理量の測定方法に適
用することは単なる慣用手段の付加にすぎ」(審決謄本4頁下から第3段落)ない
ということはできない。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)
(1)審決は,「本願発明の作用効果は,上記引用例(注,引用文献1,2〔甲
3,4〕)に記載のものから予測可能なものであって,格別顕著な作用効果は認め
られない」(審決謄本4頁下から第2段落)と認定したが,誤りである。
(2)本願発明の効果は,「本発明(注,本願発明)によれば,実際に利用しよ
うとしている区画の土地の環境に関する多数の因子を系統的に同時に測定し,現在
どのような状態にあるかを数値データに基づいて総合的に瞬時に明らかにすること
ができる。また,このようにして得られた数値データと理想状態のデータを比較し
て具体的な数値データとして,どのような状態にあるかを判断でき,さらに不足し
ている成分量が明らかになり,その対策として具体的(注,「具体手」は誤記と認
める。)に取ることがらが明らかになる」(本件明細書〔甲2添付〕段落【001
9】)ことであり,引用文献1,2(甲3,4)は,いずれも特定区画の土地の1
点に関し,1点について複数の物理指標を測定しようとするものであるから,本願
発明の「多数の因子を全体的かつ系統的に同時に測定する環境状況計測法」が得ら
れるというものではなく,このような効果が得られることは記載されていないか
ら,本願発明は,引用文献1,2からは予期し得ない顕著な作用効果を奏するもの
である。
 5 取消事由5(特許法50条の違反)
(1)審決は,「審判請求人(注,原告)は,拒絶理由通知で拒絶理由を示さず
に,拒絶査定で述べる理由により査定を行っているので,特許法第50条の規定に
違反している旨を主張しているが,当該拒絶査定は,その査定の根拠となった平成
12年1月12日付けの拒絶理由書に記載された理由と齟齬するものではなく,審
判請求人のこの点に関する主張は認められない」(審決謄本5頁第2段落)とした
が,この点も誤りである。
(2)本願発明に係る【請求項1】について,平成12年1月12日付け拒絶理
由通知書(甲9)では,①「引用文献1には,(1)EMの優先状態にある土壊
と,手付かずに放置した土壌との生産性の相対的比較のため,4つの物理指標を計
ること(2.本手法のあらまし参照),(2)物理的指標をオンラインで読み取る
実用センサ類の新デバイスを試作する必要が生じること(4.光合成菌の増殖と活
性化参照),(3)従来は現場をオンラインで即座に捉えるための実用性に欠けて
おり,新たなデバイス開発が望まれること(6.結論参照)が記載されている。引
用文献2には,(4)土壌中の植物養分を簡単に検出する土壌養分計測器が記載さ
れている。また,(5)複数のセンサからの出力をマルチプレクサを介してコンピ
ュータに入力し,コンピュータで計測結果を集計し,集計結果を表示すること及び
それを実現する携帯可能な装置は,慣用技術である。したがって,(1)の計測を
実施する際に,(2)の示唆に基づいて(4)の計測器を用い,(3)の示唆に基
づいて(5)の慣用技術を適用して,請求項1,5に係る発明をなすことは,当業
者が容易に想到しうるものである」(1頁最終段落~2頁第3段落)とした。これ
に対し,拒絶査定(甲10)の備考では,②「引用文献1に記載されている(1)
の実験では,土壌にセンサーが設置されていないし,センサー,マルチプレクサ及
びコンピュータを結びつけてもいない。しかし,(2)や(3)のように,引用文
献1には土壌の物理的指標をオンラインで読み取るようにすることが示唆されてい
るから,(1)の実験において土壌サンプルを採取して指標を計測する代わりに,
各土壌にセンサーを設置し,測定結果をオンラインで入力・処理するようにするこ
とは,当業者が容易に想到し得るものであると認められる。ここで,土壌の物理的
指標を直接計るためのセンサーは引用文献2に記載されているし,複数のセンサー
の計測結果をオンラインで処理するために『複数のセンサーの出力をマルチプレク
サを介してコンピュータに入力し,コンピュータで計測結果を集計し,集計結果を
表示すること』及び『それを実現する携帯可能な装置』は周知技術であるから(例
えば,特開平2-31148号公報〔注,甲6〕,特公平5-31416号公報
〔注,甲7〕,特開平8-296840号公報〔注,甲8〕を参照),(2)や
(3)の示唆を実現する際に,引用文献2のセンサーや周知技術を採用して,本願
の発明を構成することが困難であったとは認められない」(1頁最終段落~2頁第
1段落)とした。上記①と②の記載を対比すると,拒絶理由通知における引用文献
1の記載事項の認定を,拒絶査定では変更させ,(1)の実験において土壌サンプ
ルを採取して指標を計測する代わりに,各土壌にセンサーを設置し,測定結果をオ
ンラインで入力・処理するようにすることは容易であるとし,容易であるという根
拠を変更している。このように,拒絶査定で,認定事項を変更することは,拒絶理
由をあらかじめ出願人に通知しなかったことになり,特許法50条の規定に違反す
るというべきである。
第4 被告の反論
   審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)引用文献1(甲3)には,「(イ)EMを前処理し,3年熟成した土壌
と,これとの比較対象として(ロ)休耕していた土壌,及び,(ハ)全く施肥なし
に放置した雑木地」(83頁第2段落)と記載されているように,前記(イ)及び
(ロ)の土壌を前記(ハ)の雑木地と同列に扱っていることからみて,「土壌」
は,「雑木地」と同列,すなわち,「土地」に相当することが明らかである。
(2)また,引用文献1(甲3)の「実測の結果は,(イ)に対応した図
4,・・・に各々の指標を計測した結果を表示した」(83頁第2段落)との記載
及び図4の図示から,EM処理土壌という特定区画の土地において,硝酸イオン,
カリウムイオン,PH及び導電率という四つの指標が計測されていることは明らかで
あり,これらの指標は,一つの同一のセンサーで計れるものでなく,それぞれ別の
センサーによって計られるものであることは技術常識であるから,引用発明1のも
のにおける「センサー類」とは複数のセンサーを意味していることは明らかであ
る。なお,本願発明は,「物理指標に関する複数のセンサーを配置し」というもの
であり,文言上,一つの物理指標に関する複数のセンサーを配置するものに限ら
ず,複数の物理指標に関して各一つのセンサーを配置するものも,複数のセンサー
が配置されるのであるから,本願発明に含まれるものである。
 2 取消事由2(相違点イについての判断の誤り)について
 引用文献2(甲4)のものについても,指標ごとにセンサーで測定している
のであるから,センサーは複数であるということができる。そして,引用文献1
(甲3)の「センサー類」が複数のセンサーを意味していることは,上記のとおり
であるところ,審決は,引用発明1に適用する技術手段として,「土地の物理指標
の測定のためにセンサーを土地に配置する」という技術手段が引用文献2に記載さ
れているとして,当該技術手段を引用発明1のセンサーの配置に適用して本願発明
を構成する点に格別の困難性はないと判断したものである。
 3 取消事由3(相違点ロについての判断の誤り)について
  (1)引用文献2(甲4)記載のマイクロコンピュータは,土壌養分計測器を
【図2】に記載されている処理手順に沿って制御していることが明らかであるか
ら,「センサの測定結果が制御部での必要な処理の後に表示されるものである」と
し,また,その制御がマイクロコンピュータにより行われるものであるから,「そ
の表示は実質的に即座に行われていると言える」とした審決の判断に誤りはない。
  (2)審決が慣用手段として示した事項は,「複数のセンサからの測定出力をマ
ルチプレクサを介してコンピュータに入力して測定結果を表示する」(審決謄本4
頁下から第3段落)というものであって,種々の測定分野において用いられている
ものである。このような測定分野における慣用手段を特定の測定の技術分野に用い
ることは,単なる慣用手段の付加にすぎない。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
   原告の主張する作用効果のうち,「得られた数値データと理想状態のデータ
を比較して具体的な数値データとして,どのような状態にあるかを判断でき,さら
に不足している成分量が明らかになり,その対策として具体的に取ることがらが明
らかになる」(本件明細書〔甲2添付〕段落【0019】)との作用効果は,本願
発明の要旨に基づかないものである。また,「実際に利用しようとしている区画の
土地の環境に関する多数の因子を系統的に同時に測定し,現在どのような状態にあ
るかを数値データに基づいて総合的に瞬時に明らかにすることができる」(同)と
の作用効果は,引用発明1に引用文献2(甲4)記載の技術手段を適用して得られ
るものにおいて,当然に生じる作用効果にすぎない。
 5 取消事由5(特許法50条の違反)について
 平成12年1月12日付け拒絶理由通知書(甲9)と拒絶査定(甲10)と
では,適用条文も引用文献も変わっていない。拒絶査定の備考に記載されている事
項は,拒絶理由通知の「したがって,(1)の計測を実施する際に,(2)の示唆
に基づいて(4)の計測器を用い,(3)の示唆に基づいて(5)の慣用技術を適
用して,請求項1,5に係る発明をなすことは,当業者が容易に想到しうるもので
ある」との記載を詳細に述べたものにすぎず,両者の間に食違いはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)原告は,①引用文献1(甲3)記載の「(イ)EMを前処理し,3年熟成
した土壌」(83頁第2段落)及び「(ロ)休耕していた土壌」(同)の分析対象
は,土地ではなく,そこから取り出された土壌であり,土地と土壌では,分析の対
象試料は相違し,分析結果も相違する場合が考えられ,また,②引用文献1には,
本願発明の「複数のセンサーを配置」することは記載されておらず,引用文献1で
は,1物理指標の測定に関して,各一つのセンサーを配置するもの,すなわち,
「複数の物理指標の測定に関し,各一つのセンサーを配置する」ものであることを
挙げて,「測定対象となる特定の区画の土地の物理指標を複数のセンサーにより測
定し,各センサの測定結果を表示することにより,特定の区画の土地の環境状況を
表すことを特徴とする環境状況測定方法」(審決謄本3頁下から第2段落)を,本
願発明と引用発明1との一致点であるとした審決の認定は誤りであると主張する。
(2)そこで,本願発明の「土地」及び「複数のセンサー」について,検討する
と,本件明細書(甲2添付)には,次の記載がある。
(ア)「【請求項1】測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複
数のセンサーを配置し,各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介し
てコンピュータに入力し,各センサの測定結果を即座に表示することにより,特定
の区画の土地の環境状況を表すことを特徴とする環境状況測定方法。・・・【請求
項4】コンピュータに入力した物理指標に関する複数のセンサーからの出力結果の
中のリン酸の出力結果を縦軸の部分に,他の測定結果及び特性値を多角形の角の部
分に各々の数値結果を表示して,全体を立体的な形状として表すことを特徴とする
請求項1乃至3のいずれか記載の環境状況測定方法」(【特許請求の範囲】)
(イ)「【従来の技術】人間の生活及び生産活動のために人間を取り巻く環境
状況の計測及び環境状況の把握し,環境状況を定量的かつ的確に数値化することが
要求されている。農業や林業等の生産活動や公園,道路,緑地及び庭園などの生活
環境を保全するためには,人間を取り巻く環境の状態を判断するための因子として
は多くのものが知られている。これらの因子としては,例えば,温度,湿度,大気
中の成分ガス日照時間,紫外線量,地中に含まれる物質及びその含有量,土の比重
や空隙率などの特性値など種々様々のものがある。これらの各因子についての測定
データに基づいて十分であるか或いは不足しているかが判断され,不足している場
合にはその具体策が立てられ,実施されるなどの方法が採られてきた。例えば,植
物の生育・栽培を目指す場合には,植物の生育に関係する各種のイオン(カリウム
イオン,リン酸イオン,硝酸イオン,亜硝酸イオン,アンモニウムイオンなど),
土の粒度,酸性度,pH及び導電率などがある。これらの個々の測定結果は,確か
に,対象としている土の状況を表すものであり,十分であるか或いは不足している
かと言うことを検討するうえで有効な指標となってきた。しかしながら,環境の状
態を把握するためには,まず,現状の状態をこれらの指標が同時に計測されたデー
タにより全体的,かつ総合的に把握することが重要であるが,現状では,このよう
な方法や手段は存在しない。また,状況を測定し,その結果を用いて全体的かつ総
合的な対策をとるという場合には測定日時の異なる個別のデータがバラバラに存在
しても十分ではない。同時に測定されたデータにより,全体として理想の状態と現
在の状態を明らかにし,その差を明らかにしたうえで,その対策がとられることが
必要である。すなわち,特定の環境の(注,「の」は欠字と認める。)もとで必要
とされるデータについて同時に計測され,それらの結果に基づいて好ましいとされ
る(注,「とる」は誤記と認める。)状態にするための総合的な対策をとる必要が
ある。このような手段も現状では存在しない。【発明が解決しようとする課題】本
発明の課題は,環境に関する多数の因子を全体的かつ系統的に同時に測定する環境
状況計測方法(注,「法法」は誤記と認める。)及びそのための装置並びに環境状
況改善方法及びそのための測定装置を提供することである」(段落【0002】~
【0003】)
(ウ)「【課題を解決する手段】上記課題を解決するために,以下の発明が提
供される。測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセンサーを
配置し,各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュータ
に入力し,各センサの測定結果を即座に表示することにより,特定の区画の土地の
環境状況を表すことを特徴とする環境状況測定方法。地下茎を利用するモニター作
物を栽培し,その結果得られる特性値を,測定対象となる特定の区画の土地の物理
指標に関する複数のセンサーからのデータをマルチプレクサを介してコンピュータ
に入力することとは,別にコンピュータに入力することを特徴とする前記環境状況
測定方法」(段落【0004】)
(エ)「【発明の実施の形態】本発明の環境状況計測方法及びその装置は,測
定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセンサーを配置し,各セ
ンサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入力し,各
センサの測定結果を即座に表示できるようにした環境状況測定方法,及びセンサー
を配置した測定対象となる特定の区画の土地,センサーの出力をマルチプレクサを
介してコンピュータに入力する装置,計測結果を集計するコンピュータ及び集計結
果を表示する装置により構成される環境状況測定装置である。前記方法及び装置に
ついて,図1により説明する。はじめに測定対象となる土地の区画を決定する。こ
の区画に,さらにセンサーを設置する測定部10,肥料などの生育促進剤を供給
し,その結果を調べる生育促進剤供給部11,現状を保存する部分12を設ける。
用いるセンサーとしては,土中に存在するP,K,並びに硝酸態,亜硝酸態及びア
ンモニア態の窒素などの土中に含まれる元素イオンを測定するセンサー,土地の酸
性度を測定するpHセンサー,電離度を測定するセンサー,電気伝導度を測定する
センサー等がある。これらのセンサーは,土の状況を調査するための必要に応じて
さらに適宜増やすことができる(注,「る」は欠字と認める。)し,また,省略す
ることもできる。また,同一の成分を計測するために,区画の中の複数の箇所にセ
ンサーを設置したり,深さの相違する所にセンサーを設置して,土の状態が均一で
あるか又は偏りがあるかなどを調べることもできる。・・・測定部10に設置され
たセンサー3により測定された結果は,アナログ量からデジタル量に変換され,コ
ンピュータ1に瞬時に入力され,結果が出力される。入力に際しては,多数のセン
サーを用いるので,マルチプレクサ2が用いられる。入力されたデータは成分毎な
どの個別に又は全成分全体などの全体として,画面に表示される。出力されるデー
タは,センサーにより検出される成分の含有量又は濃度である。これらは表形式で
打ち出すことができる。これらは,多数の成分の含有量を表示することとなるの
で,表に示したのでは,特定の土を相互に比較する場合には,ただちにこれらの土
に状態を把握することが困難なことがある。このように相互に土の状態を比較する
ときには,多数の成分の含有量を多角錐の形状に表示すると,土の状態は多角錐の
形状により表現できる(注,「できるので」は誤記と認める
。)こととなる(図2)。コンピュータに入力した物理指標に関する複数のセンサ
ーからの出力結果の中のリン酸の出力結果を縦軸の部分に,他の測定結果及び特性
値を底面を形成する多角形の角の部分に各々の数値結果を表示して,全体を立体的
な形状として表すことができる。底面の多角形の中心をOとし,中心点から外側の
角の部分に向かって放射状に線を引き,外向き方向に数値を目盛る。縦軸には底面
からの高さが成分量を表現するように数値を目盛る。測定結果がそれぞれの測定値
の数値の箇所に記録され,これらの数値の箇所をつないで形成される多角形が,計
測した状態を表現していることとなる。この立体の形状で表現されているものを比
較すると,視覚を通して特徴を把握することができる。数値は測定結果の数値を用
いることもできるし,標準的な土を基にして指数化した結果としても表現すること
ができる。表示した結果は特定の日時の測定結果だけではなく,特定の期間毎に計
測結果を表示すると,時系列の変化を読みとることができる」(段落【0005】
~【0012】)
(オ)「【実施例】次に,実施例に基づいて本発明の内容を説明する。本発明
はこの実施例により限定されるものではない。実施例1 特定の区画を定め,リン
酸イオンセンサー,硝酸イオン及びアンモニウムイオンセンサー,カリウムイオン
センサー,水素イオンセンサ,カルシウムイオンセンサー,マグネシウムイオンセ
ンサー,鉄イオン(II,III)センサーを設置し,各センサーの出力を,マルチプレ
クサを介してコンピュータに入力できるようにした。そして,区画の各センサーの
出力に応じて,区画の状況を判断し,各センサーの出力が好ましい値となるように
各成分を施した。同時にジャガイモの種芋の植え付けを行い,モニター作物として
実験を行った(図4)。ジャガイモの収穫量と糖度の測定結果は,センサーとは別
にコンピュータに入力し,集計し,グラフとして示した。結果は,図3に示すとお
りである。図において,横軸は試料番号を表しており,最上部に示されている1,
2,~9は各種芋を表している。柱状に示されているのは1個のジャガイモの重量
である。四角に示されているのは,これらのジャガイモの中の1個について糖度を
測定した結果である。3で表される種芋の場合は細菌が十分存在し,土が活性化さ
れた状態の場合である。これらの結果より,ジャガイモの重量と糖度は,細菌の存
在や土が活性化しているかどうかの有効な指標であることがわかった。重量や糖度
が不足しているときには,細菌が増えるような手段である,遠赤外線照射普及型の
加速器を設置したところ,重量と糖度の点では十分満足できるジャガイモを得るこ
とができた」(段落【0018】)
(カ)「【発明の効果】本発明によれば,実際に利用しようとしている区画の
土地の環境に関する多数の因子を系統的に同時に測定し,現在どのような状態にあ
るかを数値データに基づいて総合的に瞬時に明らかにすることができる。また,こ
のようにして得られた数値データと理想状態のデータを比較して具体的な数値デー
タとして,どのような状態にあるかを判断でき,さらに不足している成分量が明ら
かになり,その対策として具体的に取ることがらが明らかになる」(段落【001
9】)
(3)上記記載によれば,本願発明では,特許請求の範囲【請求項1】(上記
(ア))に記載されているとおり,「特定の区画の土地」を測定対象とし,「特定の区
画の土地」の環境状況を表すのに「土地」という用語を使用しているところ,発明
の詳細な説明の上記(イ),(エ)の記載から,「土地」を測定し,その環境状況を表す
ためには,具体的には,その「土地」を構成している「土」を測定し,これを表し
ていることが認められる。
  また,本願発明では,特許請求の範囲【請求項1】(上記(ア))に記載され
ているとおり,「物理指標に関する複数のセンサー」との用語を用い,「各セン
サ」の測定結果を即座に表示すると記載されているところ,「物理指標に関する複
数のセンサー」の用語について,【請求項1】には,センサーの種類を特定する記
載がなく,単一種類の物理指標に関する複数のセンサーであるとも,物理指標に関
する複数の種類のセンサーであるとも解釈できるから,本件明細書(甲2添付)の
特許請求の範囲の記載自体からは,両者を包含しているものというべきである。そ
して,【請求項1】の従属項である【請求項4】(上記(ア))には,「リン酸の出力
結果を縦軸の部分に,他の測定結果及び特性値を多角形の角の部分に各々の数値結
果を表示し」とあるから,この場合,「物理指標に関する複数のセンサー」は,物
理指標に関する複数種類のセンサーを意味するものと解釈でき,発明の詳細な説明
の上記(イ),(エ),(オ)及び(カ)には,主として,物理指標に関する複数の種類のセン
サーについての記載がされているのであるから,これらの記載を参酌しても,「物
理指標に関する複数のセンサー」の用語を,単一種類の物理指標に関する複数のセ
ンサーと限定して解釈しなければならない理由はない。
(4)他方,引用発明1の「土壌」及び「センサー類」について検討すると,引
用文献1(甲3)には,次の記載がある。
(キ)「EMの優占状態にある土壌と,手付かずに放置した土壌との生産性の
相対的比較のため,4つの物理指標を計り,代表的事例におけるモニター植物の成
育上の差異から,当該計測の結果を裏付けた。即ち,指標が良好となった土壌にお
いては,モニター作物の成育をもたらす上でも良好な生産性を示した」(81頁右
欄第1段落)
(ク)「本手法(注,「環境を蘇生する作用を工業的に加速し,その効果を計
量する手法」〔81頁左欄第1段落〕)を実施する対象は,広くは地球環境を指す
惑星全体から,地域的に広がる土地の土壌,・・・に至る迄の凡ゆる閉鎖系の規模
に応じて設定する」(同欄最終段落~82頁左欄第1段落)
(ケ)「EM集落内の空中の窒素を固定する根粒菌や土壌中で酸化する硝化菌
が作動して硝酸イオンを作り,植物を根底から活性化する。ここでは,これらの生
産性を4つの土壌の指標から定量的に読み取ろうと試みて,後述の様な,代表的事
例のデータ一を取得した」(82頁左欄第1段落)
(コ)「従来の一般的農法の施肥を共通に施した上で,無料,無尽蔵で自然な
太陽光エネルギーだけを土壌の表層へ放射して長時間熟成させて,加速と等価の効
果を得たとした(イ)EMを前処理し,3年熟成した土壌と,これとの比較対象と
して(ロ)休耕していた土壌,及び,(ハ)全く施肥なしに放置した雑木地の3つ
の代表事例について次の4つの指標について計測し,(イ)(ロ)(ハ)に同じモ
ニター作物を発芽,育成させた。光合成還元作用により水素イオンの濃度が下がり
PHを高め,溶解の水分を増して導電率を上げる。また,根からの有効な栄養と成
るカリと硝酸イオンの量が溢れて来るものと見做し,これら一般的な4つを指標に
選んだ。しかし,農業地の評価のための一般的な計測器を採用したが,物理量が即
座に読めない上に,測定原理も明瞭とは言えない。このため,新たに前述の実測
(注,「実実測」は誤記と認める。)の結果は,(イ)に対応した図4,(ロ)に
対応した図5(ハ)に対応した図6に各々の指標を計測した結果を表示した」(8
3頁左欄第2段落)
(サ)「指標の計測に供した既存のセンサー類は,土壌サンプルを採取して水
溶液として十分沈殿させてから用いるため,現場をオンラインで即座に捉えるため
の実用性に欠けている。このため,今後の改善,若しくは新たなデバイス開発が強
く望まれる」(84頁右欄第2段落)
(5)上記記載によれば,引用文献1(甲3)において,「本手法」を実施する
対象に,地域的に広がる土地の土壌が含まれること(上記(ク)),(イ)EMを前処
理し,3年熟成した土壌と,これとの比較対象として(ロ)休耕していた土壌,及
び,(ハ)全く施肥なしに放置した雑木地の三つを代表事例としたこと(上記
(コ)),農業地の評価のための一般的な計測器を採用したこと(同)から,「土壌」
を測定することが開示され,測定方法としては,「土壌サンプル」を採取している
が,当該「土壌サンプル」は,当該「土地」を構成している「土壌」のサンプルで
あることが明らかであるから,「土地」を測定し,その環境状況を表していると認
められる。したがって,原告の上記(1)の①の主張は失当である。
  また,引用発明において,「光合成還元作用により水素イオンの濃度が下
がりPHを高め,溶解の水分を増して導電率を上げる。また,根からの有効な栄養
と成るカリと硝酸イオンの量が溢れて来るものと見做し,これら一般的な4つを指
標に選んだ」(上記(コ))ものであるから,四つの物理指標として,PH,導電率,
カリウムイオン及び硝酸イオンが計測されていることは明らかであるところ,これ
らが各別のセンサーで計測されることは技術常識であるから,引用発明の「センサ
ー類」は,四つのセンサーを総称するものであり,四つの物理指標に関し,各一つ
のセンサーで構成されているということができる。他方,本願発明の「物理指標に
関する複数のセンサー」が,物理指標に関する複数種類のセンサーを意味し,単一
種類の物理指標に関する複数のセンサーと限定して解釈すべきものでないことは,
上記(3)のとおりであるから,引用発明の「複数の物理指標の測定に関し,各一つの
センサー」は,本願発明の「複数のセンサー」に含まれるものというべきである。
そうすると,原告の上記(1)の②の主張も理由がない。
  原告は,土地と土壌では,分析結果も相違する場合が考えられると主張す
る。確かに,本願発明はセンサーを土地に配置する測定方法であるが,引用発明1
は異なる測定方法であるから,本願発明と引用発明1の具体的な測定結果が相違す
ることはあり得るものの,測定方法の相違は,審決が相違点イとして認定している
ところである。そして,測定対象として,「土壌」と「土地」が同一であることは
上記のとおりであるから,土地と土壌との相違自体から,両者の分析結果が相違し
てしまうことはない。したがって,引用発明1における測定対象である「土壌」
は,本願発明のものにおける測定対象である「土地」に相当するものというべきで
ある。
  原告は,審決は,「文言上,一つの物理指標に関する複数のセンサーを配
置するものに限らず,複数の物理指標に関して各一つのセンサーを配置するもの
も,複数のセンサーが配置されるのであるから,本願発明に含まれるものである」
との認定判断は行っておらず,単に「測定対象となる特定の区画の土地に物理指標
に関する複数のセンサーを配置し」と認定判断しているだけであるから,これを後
に補充して,本願発明に含まれるものであると主張することは,許されないとも主
張する。しかしながら,審決の上記一致点の認定は,本願発明の「複数のセンサー
を配置」は,1物理指標に関する複数のセンサーを配置するものに限らず,複数の
物理指標に関して各一つのセンサーを配置するものも含まれることを前提にしてい
ることが,その説示に照らし明らかであるから,原告の上記主張は,審決を正解し
ないものとして,失当というべきである。
(6)以上によれば,審決の一致点の認定に原告主張の誤りはなく,原告の取消
事由1の主張は,理由がない。
 2 取消事由2(相違点イについての判断の誤り)について
(1)原告は,引用文献1(甲3)は,測定対象となる特定の区画の土地に複数
の物理指標に関して各一つのセンサーを用いて測定するものであり,また,引用文
献2(甲4)も,複数の物理指標に関し各一つのセンサーで測定するものであるか
ら,引用文献2に記載の測定方法を引用文献1の測定方法に適用した場合,測定対
象となる特定の区画の土地に物理指標に関する一つのセンサーを配置することは導
き出すことはできても,本願発明の「測定対象となる特定の区画の土地に物理指標
に関する複数のセンサーを配置し」との構成を導き出すことはできないとして,審
決の相違点イについての判断は誤りであると主張する。
(2)しかしながら,本願発明の「測定対象となる特定の区画の土地に物理指標
に関して複数のセンサーを用いて測定するもの」は,引用文献1(甲3)の「測定
対象となる特定の区画の土地に複数の物理指標に関して各一つのセンサーを用いて
測定するもの」を包含することは,上記1のとおりであるから,原告の上記主張
は,その前提において既に誤りである。また,引用文献2(甲4)の「複数の物理
指標に関し各一つのセンサー」も,引用文献1と同様,「物理指標に関して複数の
センサー」を包含するということができるから,引用文献2記載の測定方法を引用
文献1記載の測定方法に適用すれば,本願発明の「測定対象となる特定の区画の土
地に物理指標に関する複数のセンサーを配置し」との構成に至ることが明らかであ
る。
  したがって,審決の相違点イについての判断に原告主張の誤りはなく,原
告の取消事由2の主張は,理由がない。
 3 取消事由3(相違点ロについての判断の誤り)について
(1)本願発明の出力表示は,制御用コンピュータによる処理ではなく,計算を
行うためのコンピュータによる表示であり,この点で,引用文献2のものとは相違
するものであると主張する。
  しかしながら,本願発明のコンピュータは,入力は,マルチプレクサを介
した各センサーによる測定結果の出力であり,出力は,各センサの測定結果を即座
に表示するものと記載されているにとどまり,他にどのような入出力をするかにつ
いて限定されているものではない。そして,引用文献2(甲4)のコンピュータ
は,制御用であるにしても,表示を行うものであることは明らかであるから,引用
文献2のコンピュータと,本願発明のコンピュータが相違するということはでき
ず,また,示される表示結果が相違するということもできない。したがって,引用
文献2記載のコンピュータを使用した測定方法を,引用発明1の測定に適用するこ
とに,何ら困難を見いだすことはできない。
(2)原告は,本願発明は,測定の技術分野という広い範囲のものではなく,特
定の区画の土地の物理指標の測定という限られた分野の環境状況計測に関するもの
で,測定対象となる特定の区画の土地に物理指標に関する複数のセンサーを配置さ
れた各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサを介してコンピュータに入
力し,各センサーによる測定結果を即座に表示するものであるから,一定の区画の
土地から得られるという特徴点を無視して,複数のセンサからの測定出力をマルチ
プレクサを介してコンピュータに入力して測定結果を表示することは慣用手段であ
るということはできないとも主張する。
  しかしながら,本願発明のように環境状況計測の分野のものであっても,
環境状況計測技術は,計測技術一般を前提とした技術であることは技術常識である
から,計測技術一般において慣用手段と認められる技術は,環境状況計測技術で採
用することに何ら困難性はないというべきであるところ,審決の引用する甲11公
報~甲13公報によれば,測定の技術分野において,「複数のセンサからの測定出
力をマルチプレクサを介してコンピュータに入力して測定結果を表示すること」
は,計測技術一般を前提とする多数の計測分野で用いられている慣用手段と認めら
れるから,引用文献2記載のコンピュータを使用した測定方法を,引用発明1の測
定に適用する際に,この慣用手段を採用することは,当業者が容易にし得たことと
認められる。
(3)以上によれば,審決の相違点ロについての判断に原告主張の誤りはなく,
原告の取消事由3の主張は,理由がない。
 4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
(1)原告は,本願発明の効果は,「本発明(注,本願発明)によれば,実際に
利用しようとしている区画の土地の環境に関する多数の因子を系統的に同時に測定
し,現在どのような状態にあるかを数値データに基づいて総合的に瞬時に明らかに
することができる。また,このようにして得られた数値データと理想状態のデータ
を比較して具体的な数値データとして,どのような状態にあるかを判断でき,さら
に不足している成分量が明らかになり,その対策として具体的に取ることがらが明
らかになる」(本件明細書〔甲2添付〕段落【0019】)というものであり,引
用文献1,2(甲3,4)は,このような効果が得られることは記載されていない
から,本願発明は,引用文献1,2からは予期し得ない顕著な作用効果を奏するも
のであると主張する。
(2)そこで,まず,「本発明(注,本願発明)によれば,実際に利用しようと
している区画の土地の環境に関する多数の因子を系統的に同時に測定し,現在どの
ような状態にあるかを数値データに基づいて総合的に瞬時に明らかにすることがで
きる」との効果について検討すると,「実際に利用しようとしている区画」は,引
用発明1の「測定対象となる特定の区画」であり,「土地の環境に関する多数の因
子を系統的に同時に測定」は,引用文献2(甲4)の「物理指標に関する複数のセ
ンサー」により可能であり,「各センサーによる測定結果の出力をマルチプレクサ
を介してコンピュータに入力し,各センサの測定結果を即座に表示することによ
り,特定の区画の土地の環境状況を表すこと」も,上記慣用手段から当然予測し得
るところであるから,上記効果は,引用発明1に引用文献2記載の技術手段を適用
して得られるものにおいて,当然に予測されるということができる。
(3)次に,「得られた数値データと理想状態のデータを比較して具体的な数値
データとして,どのような状態にあるかを判断でき,さらに不足している成分量が
明らかになり,その対策として具体的に取ることがらが明らかになる」との効果
は,「予めコンピュータに入力されている物理指標の理想状態のデータとセンサー
による測定結果の出力とを比較し,測定対象となる特定の区画の土地が理想状態に
あるかどうかを即座に判断する」(本件明細書〔甲2添付〕の特許請求の範囲【請
求項7】)との構成がもたらすものであると認められるところ,この構成は,本願
発明にはないから,これを本願発明の効果ということはできない。
(4)以上によれば,審決に,本願発明の顕著な作用効果の看過があるというこ
とはできず,原告の取消事由4の主張も,理由がない。
 5 取消事由5(特許法50条の違反)について
 原告は,本願発明に係る【請求項1】について,平成12年1月12日付け
拒絶理由通知書(甲9)の記載と拒絶査定(甲10)の備考の記載を対比すると,
拒絶理由通知における引用文献1の記載事項の認定を,拒絶査定では変更させ,
(1)の実験において土壌サンプルを採取して指標を計測する代わりに,各土壌に
センサーを設置し,測定結果をオンラインで入力・処理するようにすることは容易
であるとし,容易であるという根拠を変更しているが,このように,拒絶査定で,
認定事項を変更することは,拒絶理由をあらかじめ出願人に通知しなかったことに
なり,特許法50条の規定に違反するというべきであると主張する。
 しかしながら,拒絶査定においては,上記拒絶理由通知書の適用条文も同一
であり,その根拠とする引用例も同一である上,拒絶理由通知書と拒絶査定におけ
る引用文献1の記載事項の認定を比較しても,別の発明の認定をしているとは認め
られないし,また,容易であるという根拠を比較しても,別個なものとなっている
ということはできないから,拒絶査定と拒絶理由の通知が別個の拒絶の理由を構成
しているこということはできない。したがって,拒絶査定に特許法50条違反があ
るということはできず,原告の取消事由5の主張も理由がない。
6 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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