弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人楠本昇三の上告理由第一の一について。
 原審の認定した事実によれば、先に上告人は弁護士でないのにかかわらず弁護士
であるといつて、被上告会社の代表取締役であつたDに対し慰籍料を請求したこと
のあるものであるが、これを機会にDと知合い、遂にD方に寄食するに至り、次い
で被上告会社の財政状態が不良に陥り、その所有財産が債権者から差押を受ける虞
が生じたところ、上告人は当時被上告会社の財産管理、処分の任に当つていた取締
役Eと図り、被上告会社所有の本件不動産について売買を仮装して、昭和八年一〇
月五日上告人名義にその所有権移転登記をしたというのであつて、右認定は挙示の
証拠によつて肯認し得るところである。しかして右認定の事実関係の下においては、
当事者は右不動産について所有権移転の意思を欠き、上告人としてはやがて被上告
会社に対し本件不動産の所有名義を返還すべきことを知悉していたものというべき
である。
 思うに、刑法は強制執行を免れる目的をもつて財産を仮装譲渡する者を処罰する
が(刑法九六条ノ二)、 このような目的のために財産を仮装譲渡したとの一事に
よつて、その行為がすべて当然に、民法七〇八条にいう不法原因給付に該当すると
してその給付したものの返還を請求し得なくなるのではない(最高裁判所昭和三三
年(オ)第一八三号同三七年六月一二日第三小法廷判決、民集一六巻七号一三〇五
頁参照)(もつとも本件の仮装譲渡の行われた昭和八年一〇月五日当時は、右刑法
の新設規定施行前であり、従つて、本件行為は犯罪を構成していない)。しかして、
今本件についてみるに、前示認定の事実関係の下においては、被上告会社の右不動
産についての返還請求を否定することは、却つて当事者の意思に反するものと認め
られるのみならず、一面においていわれなく仮装上の譲受人たる上告人を利得せし
め、他面において被上告会社の債権者はもはや右財産に対して強制執行をなし得な
いこととなり、その債権者を害する結果となるおそれがあるのである。これは、右
刑法の規定による仮装譲渡を抑制しようとする法意にも反するものというべきであ
る。しからば、本件について、前記仮装譲渡は民法七〇八条にいう不法原因給付に
あたらないとした原審の判断は正当として是認すべきである。それ故、原判決に所
論の違法はなく、論旨は採用に値しない。
 同二について。
 原審が確定した事実関係の下において、本訴請求がいわゆる失効の原則によって
許されなくなるものとは解されない。所論は独自の見解であつて採用し得ない。
 同第二について。
 株式会社は解散のときの清算の結了、合併、その他法律の定めるところに従つて
のみ人格が消滅するものであるところ、本件においてこのような事実の認められな
い以上、所論はそれ自体失当であつて、論旨は採用し得ない。
 同第三について。
 株式会社において代表取締役を欠くに至つた場合、会社を代表して訴訟を提起し
その訴訟を追行するためには、利害関係人は商法二六一条三項、二五八条二項に従
い、仮代表取締役の選任を裁判所に請求し得るのであるが、この方法によるとせば
遅滞のため損害を受けるおそれがあるときは、民訴法五八条、五六条の規定を類推
し利害関係人は特別代理人の選任を裁判所に申請し得るものと解するの相当である
(大審院昭和九年一月二三日判決、民集一三巻一号五七頁参照)。しからば、右民
訴法の規定によつて被上告会社の特別代理人として選任された松本日出武のなした
本件訴訟の追行は適法というべきである。これに反する見解に立つ所論は採用し得
ない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    岩   田       誠

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