弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は量刑不当の主張であり,
刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み,被告人の量刑につき,職権により判断する。
本件は,被告人が,いずれも内縁の夫であるAと共謀の上,(1)自宅内で自由
を制約していた男性(当時34歳)が適切な治療を要する状態に陥っていたのに,
種々の暴行,虐待を加え続けて,多臓器不全により死亡させて殺害し(殺人),
(2)その約2年後の約半年間に,①被告人の父親(当時61歳)に対し,身体に
通電する暴行を加えて電撃死させ(傷害致死),②被告人の妹夫婦とも共謀して,
被告人の母親(当時58歳)を絞殺し(殺人),③被告人の妹の夫とも共謀し,意
思を抑圧された年少者も関与させて,被告人の妹(当時33歳)を絞殺し(殺
人),④被告人の妹の夫(当時38歳)が,それまでの被告人らによる種々の暴
行,虐待によって衰弱し,放置すれば死亡する状態にあることを認識しながら,治
療を受けさせずに放置して,病死させて殺害し(殺人),⑤意思を抑圧された年少
者2名を関与させて,被告人の妹夫婦の長男(当時5歳)を絞殺し(殺人),⑥意
思を抑圧された年少者を関与させて,同夫婦の長女(当時10歳)を絞殺し又は電
撃死させ(殺人),そのほか,(3)詐欺,強盗,監禁致傷(2件)を行ったとい
う事案である。
取り分け重大な事犯である各殺人と傷害致死の犯行を中心にその情状についてみ
ると,まず,(1)の犯行は,共に詐欺等の嫌疑により指名手配を受けて警察から隠
れて生活していた被告人とAが,生活資金を得ようとする意図で,たまたま知り合
った男性を言葉巧みに取り込み同居させて,長期間にわたり,身体への通電や理不
尽な食事制限等の暴行,虐待を日常的に加えて,反抗できない状態に追い込み,多
額の現金を工面させて受領した挙げ句,自分たちの悪行の発覚をおそれ,上記のと
おり,同人を殺害するに至ったものである。殺意が未必的なものにとどまるとはい
え,その犯行態様は残虐である。
次に,(2)の一連の犯行は,Aが,(1)の犯行と同様の意図で,被告人の両親や妹
に対し,被告人が重罪を犯したと信じ込ませた上,被告人を警察からかくまって面
倒を見ることの対価として金を支払わせ,自分たち一家の生活の世話もすることな
どを約束させて,被告人の妹の夫や子供2人を含む一家6人を同居させ,身体への
通電等の暴行,虐待を駆使するなどして,徐々に支配を強め,多額の金を工面させ
て受領するなどの経緯を経て敢行されたものである。このうち①の犯行は,Aが,
被告人の父親が発した言葉に立腹し,その指示を受けた被告人が上記暴行を加えて
死亡させたものであり,その態様も残虐である。そして,②から⑥までの各犯行
は,被告人の父親の死亡によって一家に金を工面させることが難しくなったもの
の,それまでの犯行の発覚を避けるために残された一家を引き続き留め置き,身体
に通電するなどの暴行,虐待を加えて,その自由を著しく制約しつつ同居生活を続
ける中で,そのままでは足手まといであるということから,5人全員を順次殺害し
たものであり,人を利用した上で,邪魔になれば殺すという,誠に理不尽な動機に
よるものである。殺害の方法も,被害者の頸部を電気コード等のひも状のもので締
め付けて窒息死させたなどというものであって,いずれの態様も残虐極まりない。
被害者らには何の落ち度もないのであり,6人を殺害し,1人を死亡させたとい
う結果は誠に重大である。また,被告人は,7人の遺体を,被害者の家族らと共に
解体し,煮込んで肉と骨を分離するなどした上で,各所に遺棄しており,各犯行後
の行動も非道である。各遺族の処罰感情も厳しく,連続監禁殺人等事件として地域
社会に与えた衝撃も大きい。
被告人は,Aから指示を受けてのこととはいえ,(1)及び(2)④の各犯行では,暴
行,虐待を加え,浴室内に閉じ込めるなどの行為を分担し,(2)①の犯行では,通
電行為をし,(2)②及び③の各犯行では,他の者が犯行を決意するよう働きかけ,
(2)⑤及び⑥の各犯行では,殺害の実行行為を担当しており,いずれの犯行でも重
要な役割を果たしている。被害者らのうち6人は,自分の両親・幼いおいめいを含
む親族であり,非情な行為というほかない。
そうすると,被告人の罪責は誠に重大であり,本件は,被告人に対して死刑を選
択することも十分考慮しなければならない事案というべきである。
しかしながら,他方において,本件一連の犯行を首謀し,主導したのは,Aであ
り,被告人は,Aにより他者との交流を制約された生活の中で,身体への通電によ
る電気ショックの使用を含め,異常な暴行,虐待を長期間にわたって繰り返し加え
られるなどして,正常な判断能力が低下し,特に(2)の各犯行の前には,同人から
の離脱を図ったことで,激しくかつ頻繁な通電を受けてその程度も強まり,その指
示に従わないことが難しい心理状態にあった中で,同人に追従して一連の犯行に加
担したものである。さらに,捜査段階の途中から,証拠が極めて乏しい事件を含め
て各犯行を積極的に自白し,事案解明に大きく寄与したこと,真摯な反省悔悟の情
を示していること,前科はなく,Aと関わりを持つ以前はまじめな生活を送ってい
たことなどの事情も認められる。これらの点を考慮すると,被告人を極刑に処する
ほかないものとは断定し難く,被告人を無期懲役に処した原判決について,その刑
の量定が甚だしく不当でこれを破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認めら
れない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官横田尤孝の反対意見
があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官宮川
光治の補足意見がある。
裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
横田裁判官は,反対意見において,本件事案取り分け冷酷・残虐極まりない一連
のいわゆるB一家事件をみるとき,被告人には極刑をもって臨むほかないとされ,
要旨,被告人がAから虐待を受けていたことを過度に斟酌することは相当ではな
く,被告人はAに対し断ち難い未練とでもいうべき特別の感情を抱いていたのであ
り,B一家を殺害した動機は何よりも被告人及びAが刑事責任を免れようとするこ
とにあったと述べられている。私は,このように,いわば被告人が主体的に,かつ
積極的に犯罪を遂行したという見方には同意できない。
(2)の各犯行を具体的にみると,被告人がその父親に通電する暴行を加えて電撃
死させた行為は,被告人の母親と妹夫婦の面前で行われており,父親の死体の解体
等は,被告人,被告人の母親,妹夫婦及び同夫婦の長女が行っている。被告人の母
親の殺害は,被告人の妹が足を押さえ,妹の夫が頸部を電気コードで絞め付けて窒
息させるという方法で実行され,その死体の解体等は,被告人,妹夫婦及び同夫婦
の長女が行っている。被告人の妹の殺害は,妹の夫が同夫婦の長女に足を押さえさ
せて頸部を電気コードで絞め付けて窒息させるという方法で実行され,その死体の
解体等は,被告人,妹の夫及び同長女が行っている。B一家は,農業にも従事しな
がら,それぞれ土地改良区や歯科医師会館に勤務していた幸福な一家であったが,
Aの巧緻極まりない人心操縦により,勤務先に出勤しなくなり,親戚,知人との連
絡も絶ち,マンションの一室等に移住し,さらに,Aによる通電や待遇の差別化等
により次第に相互不信や疑心暗鬼に陥り,短期間に,子が親を,夫が妻を殺害する
等という戦慄すべき行為を行うに至っている。この過程をみるとき,B一家全員が
Aの虐待等により正常な判断能力を低下させ,逃げようという考えすら思い浮かば
ない心理状態となり,Aの指示に従わないことが困難な状況にあったというほかな
いのであって,特に,元警察官で律儀な意思を貫く性格であったといえる被告人の
妹の夫までもが,健康と人間性を喪失していったことをみると((1)事件の男性も
同じであった。),Aの虐待と心理操縦が想像を絶して激しくかつ強いものであっ
たと認めることができると思われる。被告人にAに対する特別の感情があり,共に
刑事責任を逃れたいという思いがあったとしても,それによりAが登場するまでは
良き関係にあった家族を全員殺害するまでに至る動機や心情を説明することは到底
できないというべきであり,本件は,不可解・不条理な被告人の心と行動の闇を見
つめ,可能な限りこれを解明し,そのことが量刑評価において有する意味を検討し
なければならない事案であると思われる。
司法精神医学者であるC証人は,被告人は,Aによる暴力,特に電気ショックを
使っての濃厚で侵襲性の強い虐待に長期間暴露された経験と異様に洗脳的な手法に
より,長期反復性トラウマに起因する人格変化と解離症状を示す精神状態(複雑性
PTSD)にあったと分析している。この分析ですべてが解明されているとは思え
ないが(C証人も結局のところは「分からないものは,分からない」とも証言して
いる。),専門的知見に基づく分析として,原審がこれを一つの参考としたことは
首肯できるといえよう。
原判決は,被告人は,Aの強い支配及び影響を受けつつも自らの意思を全く失っ
ていたとまでは認められないとしている。その上で,原判決は,被告人がAから受
けた虐待の経緯,取り分け被告人が二度にわたり逃亡を図った際における通電によ
る激しい制裁をつぶさに認定し,家族もAの口車に乗って被告人を責めるという特
殊事情の下では,被告人については,適法行為の期待可能性は相当程度限定的なも
のであったと考えられるとし,被告人は長年にわたってAの手足として汚れ役を強
いられてきたものであると評価している。そして,原判決は,再犯の可能性が高く
ないこと,記憶に基づいて積極的に犯行を自白し事案解明に寄与したこと,真摯に
反省しており,人間性を回復している様子がうかがわれること等を総合すると,A
とは情状に格段の差があり,罪刑の均衡・一般予防的見地等を考慮しても,極刑を
もって臨むことにはなお躊躇せざるを得ないとして,終生,贖罪の生活を送らせる
のが相当であるとした。被告人の罪責は誠に重大であり,本件は,被告人に対して
死刑を選択することもあり得る事案ではあるが,原審が,審理を尽くし,精神医学
の見地からの判断をも踏まえ重要な量刑事情をすべて考慮した上で下した上記判断
を,私は尊重したいと思うのである。
裁判官横田尤孝の反対意見は,次のとおりである。
私は,本件事案取り分け冷酷・残虐極まりない一連のいわゆるB一家事件をみる
とき,被告人には極刑をもって臨むほかないものと思料する。以下,理由を述べ
る。
1被告人の罪責が極めて重大であることは,多数意見が簡潔に摘示している事
実のみをもってしても明白であるが,なおB一家事件について,以下の点を特に指
摘したい。
B一家事件は,被告人が内縁の夫であるAと共謀の上,被告人の実妹夫婦及びそ
の娘をも実行行為に加担させ,子が親を,夫が妻を,姉が弟を,狭いマンション内
において次々殺害するなどの陰惨極まる態様により,僅か6か月半の間に,被告人
の両親,実妹夫婦及び同夫婦の子二人の合計6人もの多数人を殺害するなどした,
戦慄すべき事案である。
その犯行動機や犯行の手段方法をみると,被告人は,Aと共に詐欺事件等により
警察の指名手配を受けたことから,その逮捕を免れるため,偽名を用い,他人名義
で住居を借り受けて転々としながら逃亡生活を送っていたところ,その生活資金を
得るためにAにおいて被告人の両親らB一家の者たちを次々言葉巧みに取り込んだ
上,その身体に電気コードや金属クリップを用いて通電をするなどの暴行,虐待を
加えつつ,多額の資金を捻出させてこれを巻き上げるなどすることに加担した挙げ
句,その過程で父親を通電により死に至らしめたことによりその資金入手が困難と
なるや,逃亡生活貫徹の足手まといになるだけの存在となったB一家の者たちを,
電気コード等による絞頸,粗末な食事により極度に衰弱させるなどの手段方法で順
次殺害していったものであって,肉親に対する情愛の一片すらない利欲,打算,自
己保身に満ちた犯行動機による残虐な犯行といわざるを得ず,酌量の余地はない。
被告人は,これらの殺害のうち,幼い甥と姪の殺害については直接実行行為に及
んだばかりか,各殺害等の後,犯跡を完全に隠蔽するため,全ての被害者の遺体
を,包丁,のこぎり等を用いて解体し,大鍋で煮込んで肉片と骨に分離した上,海
中や公衆便所等に投棄するという,およそ死者に対する尊崇・畏敬の念が微塵も感
じられない残忍極まりないことさえ行っている。血のつながった娘の,姉の,そし
て伯母の手によって理不尽な死を遂げさせられた上,一片の遺骨すら残してもらえ
なかった被害者らの無念は察するに余りある。
わけても悲惨であるのは,幼い甥と姪の死である。両名の殺害は,この二人が,
いつか各殺害事件について他人に告げ口をするのではないか,その両親殺害の復讐
をしてくるのではないかとのいわれなき疑心によるものであった。しかも,その殺
害状況をみると,当時僅か5歳の甥については,同人を,先に死亡(殺害)した母
親(被告人の妹)に会えると思わせて台所の床に仰向けに寝かせて殺害し,姪につ
いても,度々通電等の暴行,虐待を受けた上,両親を殺害され,さらには幼い弟の
殺害に加担させられるなどし,もはや頼るべき者もない境遇にされた挙げ句,僅か
10歳でその命を絶たれたのである。当時,被告人は既に2児の母親であった。し
かも,甥と被告人の長男は同い年であった。被告人は,その甥にさえ手を掛けたの
である。抵抗する力も言葉も持たないまま,これからの長い人生を閉ざされた幼い
姉弟のことを思うと,冷酷,非情,無惨その他いかなる言葉をもってしても言い尽
くせるものではない。
以上述べたことのほか,1審判決が詳細に認定し,原判決もまた基本的にそれを
是認する本件各犯行の経緯,動機,犯行及び犯行後の状況等に鑑みれば,被告人の
刑事責任はこの上なく重く,極刑以外の選択はあり得ないものと思料する。
2これに対し,多数意見は,被告人の罪責は誠に重大であり,本件は,被告人
に対して死刑を選択することも十分考慮しなければならない事案というべきである
としながら,他方において,①本件一連の犯行を首謀し,主導したのは,Aであ
り,被告人は,同人により他者との交流を制約された生活の中で,同人から通電等
の異常な暴行,虐待を受けたことにより,正常な判断能力が低下し,その指示に従
わないことが難しい心理状態にあった中で,Aに追従して一連の犯行に加担したも
のであること,②捜査段階の途中から,証拠が極めて乏しい事件を含めて各犯行を
自白し,事案解明に大きく寄与したこと,③真摯な反省悔悟の情を示しているこ
と,④前科はなく,Aと関わりを持つ以前はまじめな生活を送っていたこと,など
の事情を考慮すると,被告人を極刑に処するほかないものとは断定し難いとする。
確かに,被告人に有利に斟酌し得る事情が全くないではない。しかし,多数意見
が挙示する上記の事情を全て是認し,これを被告人のために最大限考慮するとして
も,なお極刑を免れるべきではないほどに被告人の罪責は重いといわざるを得ない
ばかりか,以下のとおり,一見被告人に有利な情状のように見えるものも,子細に
検討すると必ずしもそうとはいえず,あるいは,極刑回避の理由の一つとなるほど
の意味をもつ情状とは考え難い。
(1)上記①の点について
本件一連の犯行の首謀・主導者がAであることは,多数意見が指摘するとおりで
ある。しかし,その余の点については,賛同できない。
多数意見の趣旨とするところは,端的にいえば,被告人は,Aから暴行,虐待を
受けたいわゆるドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)の被害者
であり,そのことが被告人の本件各犯行に極めて大きく影響しているので,その点
を刑の量定に当たって重視すべきであるというものと解される。
確かに,その回数,頻度,程度が被告人の供述するとおりであったかどうかはさ
ておくとしても,被告人がAから異常ともいうべき通電等の暴行,虐待を受けたこ
とは事実と認められる。
しかし,そうであるからといって,暴行,虐待の苦痛を免れるために第三者の生
命を奪った者の刑事責任が軽減されるとするのは,いかにも不当であるし,そもそ
も被告人が,Aと共に,B一家を全滅させるまでの徹底した殺害等に及んだのは,
Aから通電等の激しい暴行,虐待を受けることを恐れてやむなくその指示に従った
からではなく,B一家の者たちを殺害することが,何よりも被告人自身及びAの刑
事責任を免れるという両名に共通の利益となるものであったからである。
すなわち,B一家事件の経緯や犯行動機等は上記のとおりであるところ,被告人
は,公判廷において,繰り返し,時効完成まで逃げ切るつもりであった旨供述して
いる。B一家事件は,刑事責任を免れるという被告人及びAの利益の維持・確保を
第一義として行われたのである。殺害行為が重なれば重なるほど罪は重くなり,一
層逃亡生活から逃れられなくなるという悪循環に陥るが,その中において,被告人
は,Aといわば運命共同体としての絆を一層強め合いながら,Aの意図を的確に読
み取り,主体的に,各犯行に及んだのである。
もう一点本件において重要な意味を持つのは,被告人が終始Aに対して抱いてい
た,断ち難い未練とでも呼ぶべき特別の感情である。
被告人は長年Aと内縁関係にあり,二人の間には2児を得ていた。被告人にとっ
て,Aは,その激しい性格や通電等の異常な虐待行為をする者である点において恐
れの対象であるとともに,自己にはない優れた人格,能力を持つ者として尊敬,献
身の対象でもあった。特に,2度目の脱走であるD事件に失敗してAのもとに連れ
戻された後,被告人は,以後はAについていこうと深く心に決め,以後その気持ち
が揺らぐことはなかった。そのため,その後,客観的にはその機会は限りなくとい
ってよいほどあり(被告人は,一時期を除いて,買物やコインランドリーでの洗濯
などのために近隣に外出する機会は数多くあり,また,時には,遺体の処分のため
遠方に出かけることもあった。また,外出時は,常に携帯電話を所持していた。そ
ればかりか,Aが不在のことも少なくなかった。),かつ,その機会を利用するこ
とは十分可能であったのに,再び脱走を試みたり,直接あるいは携帯電話を使用す
るなどしてB一家以外の親族や警察等に相談したり,保護を求めたり,事件の申告
をしたりすることが一切なかったのも,Aに対する深い未練,恋情から,同人が刑
事責任を問われる事態は何があっても回避したいとの被告人の強い意志によるもの
であった。つまり,被告人は,Aから逃れることができなかった,というのではな
く,Aを守り抜くため,自己の自由な意思で,Aのもとに居続ける道を選択したの
であり,他者との交流を絶ったのも,結局はAとの生活の継続を最優先させたいと
の被告人の思いがあったからこそとみるべきなのである(被告人は,公判廷におい
て,「Aがヘルペスを患ったとき,入院して万一身元が割れたにしても,(事件
は)全部私がやりましたと言えばいいのだから,Aが命を落とすことのないよう,
病院に行けば,と言った。」「警察に助けを求めることはAを警察に引き渡すこと
になるから,警察に出頭することは考えられなかった。」「自分の意思でAと一緒
に居た。それは自分の意思での自分の間違いだった。」などと供述している。)。
被告人は,自らの意思でAと共に生きる道を選択し,その継続のために障害となる
肉親らの生命を次々と奪ったのである。
なお,DV被害者が,加害者に反撃し,あるいは,以後の虐待を恐れて加害者に
対する抵抗意志を失ってその意のままになるという事態は容易に推察し得るところ
であるが,虐待の被害者であるが故に加害者以外の第三者を攻撃し,殺害までする
ということは通常考えにくい。長年にわたって多数のDV被害者から相談を受けて
きたEも,DVの被害者が加害者に反撃した例は多数あるが,加害者以外の第三者
に対する加害行為としては,当該被害者の子供を加害の対象にした事例しか知らな
い旨証言している。人を殺してはならないという行為規範は極めて簡明・明白であ
るのに,これに従わず,かくも理不尽で冷酷残忍な殺害行為に及んだ被告人につい
て,DV被害者であることを過度に斟酌することは相当ではないと思料する。
上記のように,被告人は,Aから通電をされるなどの暴行,虐待を受けることは
あっても,日常はAの内妻,Aとの間に生まれた2児の母親としての家庭生活があ
った。そうした生活基盤に立つ被告人は,Aとは同格ではなかったものの,両親の
名を呼び捨てにしたり,怒鳴りつけたりもするなど,B一家の者に対する関係では
明らかにAに次ぐ位にある者として振る舞っていた(長い年月にわたって被告人ら
と同居し,間近に,A,被告人及びB一家の者たちの人間関係を見ていた甲女は,
AとB一家の者との関係は,王様と奴隷であったが,被告人は奴隷ではなかった,
と供述している。)。本件B一家事件は,そうした位置にあった被告人が,自らは
実行行為に出ないAの意を受け,それを了とし,直接あるいは妹夫婦や姪らに加担
させるなどして各実行行為に及んだものであった。そこにおいて被告人は,被害者
であるB一家側とは一線を画した加害者(側)そのものであって,B一家事件に不
可欠なその被告人の行為は,明らかに「追従」の域を超えている。
被告人がAから繰り返し強度の暴行等を受けていたことは事実であるが,その一
面のみを強調・重視する余り,他に類例を見ないほどの凄惨な犯行に及んだ者の刑
事責任さえ軽減されるべきであるとする考え方には,大きな違和感を覚える。被告
人はDV被害者であるとして,これを過度に強調することは,事案の実態を外れる
ことになろう。被告人は,Aとの関係ではDV被害者ということもできようが,B
一家事件を含む一連の殺人等事件においては,あくまでも加害者なのである。
ところで,司法精神医学者の立場から,被告人がAの暴行,虐待によるいわゆる
DV被害者であり,このことが被告人の本件犯行に大きく影響していたとの見解を
強く打ち出すものとして,C教授の「鑑定意見書」2通及び原審における同人の証
言(これらを,以下「C意見」という。)があるが,同意見の基礎となった資料
は,僅か2回(1回目の「面接及び心理検査」に要した時間は,記載無く不明。2
回目は2時間。)の面接と弁護人が選択してC教授に提供した供述調書,尋問速記
録,接見記録,被告人の弁護人宛の手紙,メモ等のみであった。これは結局のとこ
ろ,被告人がAから受けた暴行,虐待の頻度,程度等判断の基礎となる重要な事実
をほとんど被告人の言い分のみで認定したに等しい。しかも,被告人は,C教授の
面接を受ける前に,虐待に関する精神医学書の差し入れを受けて読んでいたことが
明らかであり,これが,同面接結果ひいてはC意見に何ら影響を及ぼさなかったと
は考え難い。
(2)上記②の点について
この点は,被告人にとって有利に斟酌すべき事情といえる。しかし,本件事案の
内容をみるとき,これが極刑を免れるほど大きな意味を持つ情状事実であるとは考
えられない。
(3)上記③の点について
被告人が反省していることを全否定はしない。しかし,本件各犯行を顧みる被告
人の法廷供述の推移をみると,反省悔悟の深まりを示していくのではなく,かえっ
てその力点が,次第に事件に対する反省からAに対する非難と自己がAの暴行,虐
待の被害者である旨を強調することに変化している。この傾向は,原審段階に至っ
て一層明らかで,その公判において,被告人は,「Aについては,今,歯ぎしりす
るくらい悔しい思い,怒りで一杯である。」「今,DVで悩んでいる女性がたくさ
んいると思うが,そういう人たちに,あなたが悪いのではないから,どうか自分を
大事にしてくださいと伝えたい。」「この裁判を通して,多くの人に暴力と心の問
題についてもう一度考え直してみようと考えていただけるなら,とても有り難
い。」などと述べ,あたかも自己がDV被害者を代表する者であるかのように振る
舞う一方,事件に対する反省の言葉は,定型的,表面的なものにとどまっており,
このような被告人を「真摯に反省悔悟の情を示している。」と評価することは相当
でない。
(4)上記④の点について
被告人に前科がなかったことは,社会人として当然のことであるのみならず,そ
れは,長年にわたる徹底した逃亡生活や罪証隠滅工作により,指名手配事実につい
ては公訴時効が完成し,B一家事件等一連の殺害等については発覚を免れ続けた結
果に他ならないものであるから,何ら考慮に値しない。また,被告人がAと関わり
を持つようになったのは被告人がまだ20歳前後のときであったから,それまで真
面目な生活を送っていたことは当然すぎるほど当然のことといえ,被告人の量刑を
判断する上においてはさしたる意味を持つものではない。
3以上の次第で,多数意見が被告人に有利な事情とする点には賛同し難い点が
多く,仮に百歩譲って多数意見が挙示する諸事情をすべてそのまま受け容れて,最
大限被告人に有利に斟酌するとしても,他に類例をみないほどの本件犯行の凶悪重
大性に鑑みれば,なお被告人には極刑をもって臨むほかないと思料する。加えて,
6人を殺害,1人を死に至らしめるという多数人殺害等事件の犯人の刑を無期懲役
にとどめることは,それ自体罪刑の均衡を失するだけでなく,これまでの各死刑事
件との均衡をも欠き,法の適用の平等の観点からも容認し難い。
以上のとおり,原判決の被告人に対する刑の量定は甚だしく不当であり,これを
破棄しなければ著しく正義に反するので,原判決中被告人に関する部分を破棄し,
事案に鑑み,被告人について死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情が
あるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせるため,本件を原裁判所に差し戻す
べきであると考える。
(裁判長裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官金築誠志裁判官
横田尤孝裁判官白木勇)

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