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平成11年(行ケ)第281号 審決取消請求事件
平成12年8月24日口頭弁論終結
         判      決
    原      告    興研株式会社
    代表者代表取締役    【A】
    訴訟代理人弁護士    河 合 弘 之
    同           清 水 三七雄
    同    弁理士    【B】
    同           【C】
    被      告    【D】
    訴訟代理人弁理士    【E】
    同           【F】
    同    弁護士    関 根 志 世
         主      文
  特許庁が平成9年審判第3320号事件について平成11年7月15
日にした審決を取り消す。
  訴訟費用は被告の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   主文同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  被告は、発明の名称を「複合プラスチック成形品」とする特許第18611
73号発明(昭和60年3月19日出願、平成6年8月8日設定登録、以下「本件
発明」という。)の特許権者である。
  原告は、平成9年3月3日、本件発明に係る特許を無効にすることについて
審判を請求し、同請求は平成9年審判第3320号事件として審理された。被告
は、この審理の過程で、本件発明に係る明細書の訂正(以下「本件訂正」とい
う。)を請求した。特許庁は、同事件について、平成11年7月15日、「訂正を
認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年8月
6日、原告に送達した。
2 特許請求の範囲請求項1の記載
(1) 本件訂正前
 ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポ
リマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出
して、ポリプロピレン部材の表面に、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチ
レンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的且つ一体的に融着成形させるこ
とを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法。
(2) 本件訂正後(以下、この発明を「訂正発明」という。)
 ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポ
リマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出
して、ポリプロピレン部材の表面に、何らの接着剤を使用しないで、スチレンポリ
マーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的
且つ一体的に融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法
(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているもの
を除く)。
3 審決の理由
  別紙審決書の理由の写しのとおり、(1)平成11年1月18日付け手続補正書
による訂正請求書の補正(以下「本件補正」という。)は、適法なものであり、(2)
本件訂正請求は、特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの、以下同
じ。)134条2項、同条5項で準用する同法126条2ないし4項の規定に適合
するので、訂正を認める、としたうえで、(3)本件発明(訂正発明)は、特許法36
条3項及び4項に規定する要件を満たしておらず、また、「プラスチックス」34
巻8号29~35頁(株式会社工業調査会昭和58年8月1日発行、審決の甲第2
号証、本訴の甲第15号証、以下「甲第15号証刊行物」という。)、特開昭53
-56889号公報(審決の甲第7号証、本訴の甲第16号証、以下「引用例1」
という。)、米国特許第4086388号明細書(審決の甲第8号証、本訴の甲第
17号証、以下「引用例2」という。)、特公昭58-40488号公報(審決の
甲第13号証、本訴の甲第18号証、以下「引用例3」という。)、特開昭52-
112047号公報(審決の甲第16号証、本訴の甲第19号証)、特開昭52-
121663号公報(審決の甲第17号証、本訴の甲第20号証)、特開昭54-
110269号公報(審決の甲第18号証、本訴の甲第21号証)、特開昭58-
20418号公報(審決の甲第19号証、本訴の甲第22号証)、米国特許第43
85025号明細書(審決の甲第20号証、本訴の甲第23号証)に記載された発
明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるという原告の主張に対し、その
理由及び提示する証拠方法によっては、同発明に係る特許を無効とすることはでき
ない、と認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
  審決の理由Ⅰ(手続の経緯)は認める。同Ⅱ(訂正の適否についての判断)
の1(訂正の内容)、2(訂正請求に対する請求人の主張の概要)は認める。同Ⅱ
の3(訂正の適否)の(1)(手続補正について)は7頁14行ないし8頁11行を、
同Ⅱの3の(2)(訂正請求書について)は9頁5行ないし18行を、それぞれ争い、
その余を認める。同Ⅱの3の(3)(訂正後の特許請求の範囲に係る発明が独立して特
許を受けることができるものであるかどうかの検討)の(本件発明)は、10頁4
行ないし18行を争い、その余を認める。同Ⅱの3の(3)の(判断)の1(理由(2)
について)は、12頁13行ないし13頁19行を争い、その余を認める。同Ⅱの
3の(3)の(判断)の2(理由1について)は、20頁13行ないし24頁10行を
争い、その余は認める。同Ⅲ(特許無効の請求の理由についての判断)は、2(判
断)を争い、その余は認める。同Ⅳ(結論部分)は争う。
  審決は、①本件補正についての判断を誤り(取消事由1)、②本件訂正につ
いて特許法126条1項、2項の要件の判断を誤り(取消事由2)、③訂正発明に
ついて同法36条4項の要件の判断を誤り(取消事由3)、④訂正発明について進
歩性の判断を誤った(取消事由4)結果、本件訂正が許されないことを看過したも
のであって、これらの誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるか
ら、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件補正についての判断の誤り)
  審決は、本件補正のうち、訂正された特許請求の範囲の「融着成形させるこ
とを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法」を「融着成形させることを特
徴とする複合プラスチック成形品の製造方法(但し融着面がオス-メス型の凹凸形
状または入り組んだ接合面となっているものを除く)。」とする補正を適法なもの
と判断したが、誤りである。
  本件訂正前の本件発明に係る明細書及び図面(以下、これらをまとめて「訂
正前明細書」という。)には、融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ
接合面となっているものを除くことに関しては何らの記載も見当たらず、特許請求
の範囲から除かれる「融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面と
なっている」場合が、直接的かつ一義的に導き出せるものではない。
  また、このような記載を特許請求の範囲に加えることは、形式的には特許請
求の範囲の減縮であっても、願書に添付した明細書又は図面に何等記載のない事項
を付加するものであって、特許請求の範囲において意味するものがかえって不明瞭
になるのである。
  したがって、本件補正は、訂正請求書の要旨を変更するものであるから、不
適法である。
2 取消事由2(本件訂正についての特許法126条1項、2項の要件に関する
判断の誤り)
(1) 審決は、本件訂正のうち、②の訂正、すなわち、特許請求の範囲の末尾の
「製造方法」の後に「(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接
合面となっているものを除く)」を加入する訂正(以下「②の訂正」という。)
は、特許請求の範囲の減縮に当たり、新規事項の追加には当たらないものであると
判断したが、誤りである。
 ②の訂正は、訂正前明細書に記載した事項の範囲内のものではない。ま
た、この訂正は、本件発明から除外される範囲が不明確なものであるから、同法1
34条第2項1号ないし3号のいずれの事項を目的とするものでもない。
(2) 本件訂正のうち、④~⑦の訂正、すなわち、訂正前明細書の、④4頁11
行の「製造方法」の後に「(但し融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組ん
だ接合面となっているものを除く)」を加入し、⑤8頁1、2行の「チック成形品
は、両部材が立体的且つ一体的に融着している限り」を、「チック成形品は、両部
材が立体的且つ一体的に融着していてしかも両部材の融着点がオスーメス型の凹凸
形状や入り組んだ接合面となっていない限り」に訂正し、⑥9頁l0行の「従っ
て、従来の嵌合法の如き」を、「従って、両者の融着面がオスーメス型の凹凸形状
や入り組んだ接合面でないから、従来の嵌合法の如き」に、⑦10頁14行の「境
界部にお」を、「境界部の形状がオスーメス型の凹凸形状や入り組んだ接合面でも
ないが、境界部にお」に訂正するという訂正は、願書に添付した明細書又は図面に
記載した事項の範囲内のものではない。また、これらの訂正は、その意味する範囲
が不明瞭な記載であるから、同法134条5項において準用する同法126条1項
1号ないし3号のいずれの事項を目的とするものでもない。
(3)したがって、本件訂正請求は、却下されるべきものである。
3 取消事由3(訂正発明についての特許法36条4項の要件に関する判断の誤
り)
  審決は、本件訂正後の本件発明に係る明細書(以下「訂正明細書」とい
う。)の発明の詳細な説明の「住友TPE-SBシリーズ」は、特許請求の範囲の
「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマ
ー」と同一物を意味すると認定したが、誤りである。
  「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコ
ポリマー」は、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーの3種の
ポリマーブロックが線状に連結して構成される共重合体であって、例えば、(SS
SS・・・S)-(EEEE・・・E)-(BBBB・・・B)-(SSS
S・・・S)のように表される高分子化合物である。一方、「住友TPE-SBシ
リーズ」は、「SEBS」と称される共重合体であり、これは、スチレンポリマー
とランダムエチレン-ブチレンコポリマーとのブロックコポリマー(以下「SEB
S」という。)であるから、例えば、(SSSS・・・S)-(EEBBBE
B・・・B)-(SSSS・・・S)のように表される高分子化合物である。当業
者は、両者を別異の物質であると認識する。
 以上のとおり、訂正明細書の特許請求の範囲には不備がある。
4 取消事由4(訂正発明について進歩性の判断の誤り)
(1)引用例1記載の発明について
 審決は、訂正発明の「ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、そ
の固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロック
コポリマーを溶融射出して、・・・一体的に融着成形させる」との構成(以下「構
成a」という。)に関し、引用例1には、「溶融射出したものが融着して固定され
ることは・・・示唆もされていない。」(22頁8行ないし10行)と認定した
が、誤りである。
 SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合するということは、引
用例2及び引用例3に記載された公知の事実である。この事実が公知であることを
前提に引用例1の記載を見る限り、そこには、射出成形により溶融したSEBSが
ポリプロピレン成形物に融着して固定されることが示唆されていることになるので
ある。
(2) 引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて
 審決は、引用例3に関して、「当該技術は射出成形技術と異なる板材の接
着技術に関するものであるから、当該事項を上記甲第7号証(判決注・引用例1)
記載の射出成形方法に適用して両者を融着することを想到すべき技術的動機を見い
だすことはできない。」(22頁19行ないし23頁3行)と判断しているが、誤
りである。
ア 確かに、引用例3の記載は、射出成形技術とは異なる接着技術に関する
ものである。しかし、引用例3には、ポリプロピレンとSEBSとを強力に融着す
ることができることが極めて明瞭に記載されているのである。
イ他方、引用例1には、SEBSを射出成形することによってポリプロピ
レン成形体と一体化させる技術が記載されている。
ウ SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合するという事実が公
知であることを前提に引用例1の記載を見る限り、引用例1記載の発明では、射出
成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形物に融着していると解する以外
にないのである。
 そうすると、引用例1記載の発明と訂正発明との相違点は、引用例1記
載の発明が、「入り組んだ接合面となっているものを除く」として除かれた技術的
事項に相当するのに対して、訂正発明は、接合面が入り組んだ接合面になっていな
い点にあるのみである。
 ところが、引用例3に記載されているように、SEBSがポリプロピレ
ンに融着することが知られている以上、SEBSとポリプロピレンの接合面が入り
組んでいない場合にも、射出成形技術を適用してSEBSをポリプロピレン成形物
に融着させることは、当業者ならば容易に想到し得ることである。
エ 融着することが知られている二つの射出成形可能な材料を用いる場合
に、射出成形により形成された成形物の上に、他の成形材料を射出成形して一体化
された成形物を形成することは、当業者ならば何ら技術的な困難性を伴うことなく
容易になし得ることであるから、SEBSをポリプロピレンに融着により固着する
という公知の事実と、SEBS及びポリプロピレンが射出成形に用いられるという
公知の事実とは、それらを関連付けることの十分技術的動機付けとなるのである。
(3) 引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて
 審決は、引用例2に関して、「溶融したポリオレフィン樹脂と、同じく溶
融したクレイトンGすなわちスチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリ
マーとのブロックコポリマーを一体化することが記載されているだけで、前記構成
aについては記載も示唆もされていない。」(23頁4行ないし6行)と認定した
が、誤りである。
引用例2には、ポリオレフィン層がポリプロピレンよりなる場合が明示さ
れており、ポリプロピレン層とクレイトンG(SEBS)とが良好に融着すること
が明確に示されているのである。
引用例2記載の発明は、ポリオレフィン層上にSEBS等のエラストマー
組成物を融着する発明であって、成形技術の一種であるので、この発明を、引用例
1の射出成形技術に適用することは、当業者ならば何らの困難も伴うことなくなし
得る事項である。
(4) 効果について
審決は、訂正発明の効果について、「本件訂正後の発明は構成aをその構
成の1部に具備することによって、前記甲号証から予測できない明細書記載の顕著
な効果を奏したものである。」(23頁15行ないし18行)と認定したが、誤り
である。
 訂正発明の作用効果は、ポリプロピレンに対してSEBSが融着するとい
う性質に基くものであるから、当業者ならば直ちに予測できることであって、これ
を格別顕著な効果とすることはできない。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本件補正についての判断の誤り)について
  「(但し融着面がオス-メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となって
いるものを除く)。」というような、いわゆる除くクレイムは、新規事項に該当し
ないものとして取り扱われるべきであり、特許庁の審査、審判でもそのように運用
されている。
  また、「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、本件発明に係る特許の無効
審判事件において実願昭59-107969号明細書(以下「甲第25号証刊行
物」という。)記載の発明が先行技術として引用されたため、本件発明の特許権者
が、本件発明と甲第25号証刊行物記載の発明とを区別するために、本件発明から
除いたものである。
  したがって、当業者であれば、甲第25号証刊行物の記載事項が訂正発明に
は含まれないことが自明であり、また、特許権者である被告が公式にその旨を宣明
しているのであるから、甲第25号証刊行物を参照すれば、その意味するところは
当業者にとって明らかである。
2 取消事由2(本件訂正についての特許法126条1項、2項の要件に関する
判断の誤り)について
  「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、甲第25号証刊行物に実質的に記
載された事項のみを意味しており、上記「融着面がオス-メス型の凹凸形状」は、
本件発明に係る特許の無効審判事件において先行技術として引用され、本件発明の
特許権者が、本件発明と甲第25号証刊行物記載の発明とを区別するために、本件
発明から除いたものである。
  したがって、当業者であれば、甲第25号証刊行物の記載事項が訂正発明に
は含まれないことが自明であり、また、特許権者である被告が公式にその旨を宣明
しているのであるから、甲第25号証刊行物を参照すれば、その意味するところは
当業者にとって明らかである。
3 取消事由3(訂正発明についての特許法36条4項の要件に関する判断の誤
り)について
  訂正明細書には、「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマ
ーとのブロックコポリマー」は、「『住友TPE-SBシリーズ』(商品名)とし
て市場から入手し得る。」旨が記載され、さらに、実施例にも挙げられている。そ
して、「住友TPE-SBシリーズ」がSEBSであることは明らかであるから、
訂正発明の「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロッ
クコポリマー」が「住友TPE-SBシリーズ」若しくはSEBSを意味している
ことは、当業者が容易に理解できるところである。
  本件発明の審査過程、拒絶査定不服の審判において、審査官はもちろん、当
業者である多くの異議申立人も、審判合議体も、「スチレンポリマーとエチレンポ
リマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」が、SEBSを意味している
と理解している。さらに、本件発明に係る技術分野において著名な化学会社も、同
様の理解において、被告といくつかの契約を締結している。
  「熱可塑性エラストマーの新展開」(株式会社工業調査会1993年4月1
5日発行)には、「SBSを水素添加することにより、ポリスチレン(スチレンポ
リマー)とポリエチレン(エチレンポリマー)とポリブチレン(ブチレンポリマ
ー)とからなるブロックコポリマーがSEBSである」旨を意味する記載がある。
  以上のとおり、訂正明細書の記載は、特許法36条4項の規定に違反するも
のではない。
4 取消事由4(訂正発明についての進歩性の判断の誤り)について
(1) 引用例1記載の発明について
 引用例1それ自体には、融着又はこれと同義の言葉は使用されておらず、
「溶融射出したものが融着して固定されることは・・・示唆もされていない。」と
の審決の認定に誤りはない。
 原告の主張は、引用例1記載の発明と他の証拠との関連付けの問題にすぎ
ない。
(2) 引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて
ア 引用例3記載の発明の国際特許分類はB29C(プラスチックの成
形・・・・)であり、一方、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体
の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く異なる技術分野に
属する。
 原告は、異なる技術分野であってもそれらを関連付けることが容易であ
るとの主張を裏付ける何らの証拠も合理的理由も挙げていない。一般に、ある種の
技術分野の技術を、それとは異なる技術分野の技術に適用することが、いずれの技
術分野の当業者にとっても容易ではないことは、自明というべきである。
イ 引用例3記載の発明は、SEBS等の接合要素を8~10ミル(1ミル
は、1/1000インチ)の厚さに形成し、これをポリプロピレン等の熱可塑性非
エラストマー要素の間にはさみ、特定の方法で接合要素を溶融し、固化させて熱可
塑性非エラストマー要素を接合するものである。このように、引用例3記載の発明
は、非常に薄いSEBS層5を溶融してポリピロポレン等の非エラストマー要素
1、2を接合するのであるから、SEBS層5は接着剤として使用されているので
あって、引用例1記載の発明のピストンヘッド28のように立体的な部材としての
使用とは全く異なる使用の態様である。
 もちろん、引用例1記載の発明では、ピストンヘッド28が、引用例3
のSEBS層5のように溶融して原形をとどめなくなることはない。
 また、引用例3記載の発明の熱可塑性非エラストマー要素1、2及び接
合要素5は、いずれも射出成形によるものではない。
 原告は、引用例3には、ポリプロピレンとSEBSとを強力に融着する
ことができることが記載されていると主張する。しかし、引用例3の記載内容は上
記のとおりであって、原告の主張は、引用例3の全体をみずに、都合のよい一部の
みを抽出したものであって不当である。引用例3記載の発明においては、SEBS
層5は接着剤として使用され、接合されるのは非エラストマー要素1、2であるこ
とを忘れてはならない。
ウ そのうえ、訂正発明は、ポリプロピレンとSEBSとを融着させるもの
ではあるものの、構成a以外の点においても引用例1記載の発明とは異なるから、
仮に、引用例3に、ポリプロピレンとSEBSとが融着していることが示唆されて
いるとしても、これを引用例1に適用することによって訂正発明が構成されること
はあり得ない。
(3) 引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて
ア 引用例2記載の発明の国際特許分類はB32B(積層体)であり、引用
例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入す
る装置)であり、両者は全く異なる技術分野に属する。このように全く異なる技術
分野に属する技術を関連付けること自体、当業者にとって容易ではないのである。
イ 引用例2記載の発明では、非常に薄いポリプロピレン層26を溶融し
て、SEBSからなるボタン21をポリエステルフイルム24に接着させている。
このように、引用例2記載の発明のポリプロピレン樹脂は、接着剤として使用され
ているのであって、それは、引用例1記載の発明における相互連結部14のような
立体的な部材としての使用とは、全く異なる使用の態様である。もちろん、引用例
1記載の発明ではポリプロピレンからなる相互連結部14は、引用例2記載の発明
のポリプロピレン層26のように溶融することはない。
  さらに、引用例2記載の発明においては、ポリプロピレン層26も、S
EBS21も、いずれも射出成形により形成されたものではない。
  原告は、引用例2には、ポリプロピレン層とクレイトンG(SEBS)
とが良好に融着することが明確に示されていると主張する。しかし、引用例2の記
載内容は上記のとおりであって、原告の主張は、引用例2の全体をみずに、都合の
よい一部のみを抽出したものであって不当である。
ウ そのうえ、訂正発明は、ポリプロピレンとSEBSとを融着させるもの
ではあるものの、構成a以外の点においても引用例1記載の発明とは異なるから、
仮に、引用例2に、引用例1記載の発明におけるポリプロピレンとSEBSとが融
着していることが示唆されているとしても、それによって訂正発明が構成されるこ
とはあり得ない。
(4) 効果について
 訂正発明では、2種の合成樹脂、すなわち、射出成形によってポリプロピ
レン部材とSEBS部材とから、一体的かつ立体的成形物を成形する場合、両部材
の接合には何らの接着剤も必要とせず、また、両部材の接合に当たりポリプロピレ
ンとSEBSの接合面を、オス-メス型の凹凸形状にも入り組んだ接合面にもする
必要がない。訂正発明は、このように、極めて経済的に、一体化した優れた複合プ
ラスチック成形品を提供することができるという、各引用例に記載されていない顕
著な効果を奏する。
第5 当裁判所の判断
  取消事由4(訂正発明についての進歩性の判断の誤り)について判断する。
1各刊行物の記載事項について
  甲第15ないし第18号証によれば、甲第15号証刊行物、引用例1ないし
3には、上記各刊行物に記載されている事項として審決の認定した事項(審決書1
5頁10行ないし20頁8行)が記載され、さらに、引用例2には、「ポリプロピ
レン・・・は、溶融のためにやや高い温度を必要とするが、しかし、弾性体組成物
に非常に強力に結合する。」(訳文4頁19行ないし21行)との記載もあること
が認められる。
2 引用例1記載の発明について
 審決は、引用例1には、「溶融射出したもの(判決注・SEBS)が融着し
て固定されること」(審決書22頁8行ないし9行)が記載も示唆もされていない
と認定している。審決は、このように認定したうえ、この点を構成aに関する、訂
正発明と引用例1記載の発明との相違点として把握しているものと解される。
 そして、確かに、引用例1それ自体に、射出成形により溶融したSEBSが
ポリプロピレン成形体に融着して固定されることが示唆されていると認めるに足り
る証拠はない。原告は、SEBSとポリプロピレンとが融着して強固に結合すると
いうことが、引用例2、3に記載された公知の事実であるから、これを前提とすれ
ば、引用例1に、射出成形により溶融したSEBSがポリプロピレン成形体に融着
して固定されることが示唆されていると主張する。しかし、上記引用例2、3に記
載された事実を技術常識とまでいうことができないことは、原告の主張自体から明
らかであるから、原告の主張するところは、結局、引用例1自体に原告主張の示唆
があるということではなく、同引用例記載の発明と、他の公知技術である引用例
2、3記載の発明とを関連付けて理解すべきであるということに帰する。
3 引用例1記載の発明と引用例3記載の発明の関連付けについて
(1) 前記1認定の事実によれば、引用例1記載の発明は、SEBSを溶融して
射出成形することによって、固化しているポリプロピレン成形体と一体化させる技
術であり、引用例3には、プラスチック等の接合ないし接着技術として、SEBS
の温度を融着温度まで高めることによって、ポリプロピレンとSEBSが強力に融
着することが記載されているものと認められる。
(2) 引用例1記載の発明と引用例3記載の発明は、いずれもプラスチックの成
形加工に関する技術であるから、技術分野の親近性が非常に高いものというべきで
ある。甲第33号証によれば、中條澄著「エンジニアのためのプラスチック教本」
(1997年12月1日株式会社工業調査会発行)264頁には、「第7章 プラ
スチックの成形加工 表7.4 成形方法の種類」として「射出成形」、「接着
(溶接を含む)」があげられていることが認められ、このことは、プラスチックの
射出成形技術である引用例1記載の発明と、プラスチックの接着技術である引用例
3記載の発明の技術分野の親近性が非常に高いことを裏付けるものである。
 この点に関して、被告は、引用例3記載の発明の国際特許分類はB29C
(プラスチックの成形・・・)であり、一方、引用例1記載の発明の国際特許分類
はA61M(人体の中へ、又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く
異なる技術分野に属すると主張する。しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載
の発明は、いずれもプラスチックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親
近性が非常に高いことは前認定のとおりであり、このことは、プラスチックを成形
加工して製造された物が何であり、その国際特許分類が何であるかということによ
って影響を受けるものではない。被告の主張は採用することができない。
(3) 引用例1及び引用例3に接した当業者は、引用例3から、ポリプロピレン
とSEBSが強力に融着することを認識し、引用例1記載の発明のSEBSも、融
着温度まで高めて溶融して射出成形することによって、ポリプロピレン成形体に融
着して固定することを容易に想到することができたものと認められる。
 この点に関して、被告は、①引用例3記載の発明において、SEBS層5
は接着剤として使用されているのであって、引用例1記載の発明のピストンヘッド
28のように立体的な部材としての使用とは全く異なる使用の態様である、②引用
例1記載の発明では、ピストンヘッド28が、引用例3のSEBS層5のように溶
融して原形をとどめなくなることはない、と主張する。しかし、当業者が、引用例
3から、ポリプロピレンとSEBSが強力に融着することを認識することは、前認
定のとおりである。そうである以上、当業者が、引用例1記載の発明のSEBS
も、ポリプロピレン成形体に融着して固定することを容易に想到することができた
ことは明らかであって、このことは、引用例3記載の発明におけるSEBSの使用
の態様や、引用例1記載の発明のピストンヘッド28が原形をとどめなくなるか否
か等にかかわるものではない。
 また、被告は、引用例3記載の発明の熱可塑性非エラストマー要素1、2
及び接合要素5は、ともに射出成形によるものではないと主張する。
 しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載の発明が、いずれもプラスチ
ックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いものである
以上、上記被告主張の事実は、当業者が、引用例3から認識される、ポリプロピレ
ンとSEBSが強力に融着するという技術事項を、引用例1記載の発明に適用する
ことの妨げとなるものではない。
(4) なお、引用例1記載の発明は、融着面が入り組んだ接合面となっているか
ら、この点でも、訂正発明とは異なるけれども、SEBSがポリプロピレン成形体
に融着して固定するとの知見を前提にする限り、その融着面を、オス-メス型の凹
凸形状又は入り組んだ接合面からそのいずれでもない接合面に変更することは、設
計的事項の範囲にあるものというべきである。
4引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の関連付けについて
(1) 引用例1記載の発明は、SEBSを溶融して射出成形することによって、
固化しているポリプロピレン成形体と一体化させる技術であることは、前認定のと
おりである。一方、前記1認定の事実によれば、引用例2には、SEBSを溶融し
てスクリュー型押出機で押出し、この溶融したSEBSに配向ポリエステル重合体
層とポリプロピレン層からなる二層構成のフィルムのポリプロピレン層が接するこ
とによって、ポリプロピレンが溶融し、冷却時にポリプロピレンとSEBSが強力
に融着することが記載されているものと認められる。
(2) 引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、いずれもプラスチックの成
形加工に関する技術であるから、技術分野の親近性が非常に高いものというべきで
ある。甲第33号証によれば、前掲「エンジニアのためのプラスチック教本」26
4頁には、「第7章 プラスチックの成形加工 表7.4 成形方法の種類」とし
て「射出成形」、「押出成形」、「接着(溶接を含む)」があげられていることが
認められ、このことは、プラスチックの射出成形技術である引用例1記載の発明
と、プラスチックの押出成形技術ないしこれと接着技術の複合技術というべき引用
例2記載の発明の技術分野の親近性が非常に高いことを裏付けるものである。
 この点に関して、被告は、引用例2記載の発明の国際特許分類はB32B
(積層体)であり、引用例1記載の発明の国際特許分類はA61M(人体の中へ、
又は表面に媒体を導入する装置)であって、両者は全く異なる技術分野に属すると
主張する。しかし、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、いずれもプラス
チックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いことは前
認定のとおりであり、このことは、プラスチックを成形加工して製造された物が何
であり、その国際特許分類が何であるかということによって影響を受けるものでは
ない。被告の主張は採用することができない。
(3) 引用例1及び引用例2に接した当業者は、引用例2から、ポリプロピレン
とSEBSが強力に融着することを認識し、引用例1記載の発明のSEBSも、溶
融して射出成形することによって、ポリプロピレン成形体に融着して固定すること
を容易に想到することができたものと認められる。
 この点に関して、被告は、引用例2記載の発明においては、非常に薄いポ
リプロピレン層26を溶融して、SEBSからなるボタン21をポリエステルフイ
ルム24に接着させており、ポリプロピレン樹脂は、接着剤として使用されている
のであって、それは、引用例1記載の発明における相互連結部14のような立体的
な部材としての使用とは、全く異なる使用の態様であると主張する。
 しかし、引用例2に、ポリプロピレンが、溶融したSEBSに接すること
によって溶融し、冷却時にSEBSと強力に融着することが記載されていることは
前認定のとおりである。そうである以上、引用例2に接した当業者は、引用例1記
載の発明のポリプロピレン成形体も、溶融して射出されたSEBSに接することに
よって、その接している部分が溶融し、冷却時にSEBSと強力に融着して固定す
ることを容易に想到することができたことは明らかであって、このことは、引用例
2記載の発明におけるポリプロピレンの使用の態様が立体的な部材であるか否かに
かかわるものではない。
 また、被告は、引用例2記載の発明においては、ポリプロピレン層26
も、SEBS21も、いずれも射出成形により形成されたものではないと主張す
る。
 しかし、引用例1記載の発明と引用例3記載の発明が、いずれもプラスチ
ックの成形加工に関する技術であって、技術分野の親近性が非常に高いものである
以上、上記被告主張の事実は、当業者が、引用例2から認識される、ポリプロピレ
ンとSEBSが強力に融着するという技術事項を、引用例1記載の発明に適用する
ことの妨げとなるものではない。
(4) なお、SEBSがポリプロピレン成形体に融着して固定するとの知見を前
提にする限り、引用例1記載の発明において、その融着面を、オス-メス型の凹凸
形状又は入り組んだ接合面からそのいずれでもない接合面に変更することが設計的
事項の範囲にあるものであることは、前認定のとおりである。
5 効果について
 甲第12号証の2(本件補正に係る手続補正書)によれば、訂正明細書に
は、「本発明方法によれば、硬質プラスチック成形材料であるポリプロピレン樹脂
と軟質プラスチック成形材料であるスチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレ
ンポリマーとのブロックコポリマーとの複合プラスチック成形品が単なる両者の射
出成形で得ることが出来る。従って、両者の融着面がオス-メス型の凹凸形状や入
り組んだ接合面でないから、従来の嵌合法の如き複雑で高価な金型の使用は不要と
なり、又、接着剤も全く使用する必要がないので極めて経済的に、一体化した優れ
た複合プラスチック成形品を提供することが可能となった。」(全文訂正明細書4
頁下から2行ないし5頁6行)との記載があることが認められ、この記載によれ
ば、訂正発明は、この記載のとおりの効果を奏することが認められる。
  しかし、訂正発明の上記効果は、同発明の自明の効果であって、これを当業
者が当然に予測できたことは明らかである。これをもって、特許性の根拠にするこ
とはできない。
6 まとめ
 以上のとおりであるから、訂正発明に進歩性を認めた審決の認定判断は、そ
の余について判断するまでもなく、誤りであることが明らかであり、この誤りが審
決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。
第6 よって、その余につき判断することなく原告の本訴請求を認容することと
し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主
文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官 山  下  和  明
        
          裁判官  山  田  知  司
 
          裁判官 宍  戸     充

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