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判決言渡平成19年7月19日
平成18年(行ケ)第10311号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年7月12日
判決
原告武田薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士竹田稔
同服部誠
訴訟代理人弁理士松居祥二
同小林浩
同高橋秀一
被告特許庁長官
肥塚雅博
指定代理人福井悟
同塚中哲雄
同唐木以知良
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004−18550号事件について平成18年5月17日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,平成3年1月31日に出願し平成9年5月23日に設定登録を受け
た特許第2653255号(発明の名称を「長期徐放型マイクロカプセル」と
する医薬品特許)について,原告が特許権の存続期間の延長登録出願をしたと
ころ,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をした
が,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案であ
る。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア原告は,平成3年1月31日,名称を「長期徐放型マイクロカプセル」
とする発明について,平成2年2月13日及び平成3年1月29日にした
各出願に基づく優先権を主張して,特許出願をし(特願平3−32302
号),平成9年5月23日,特許第2653255号として特許権の設定
登録を受けた(請求項の数1。以下「本件特許」といい,その特許発明を
「本件発明」という。甲10)。
イところで,原告は,平成14年10月3日,本件発明の実施には下記の
平成14年7月5日にされた薬事法上の処分(以下「本件処分」とい
う。)を受けることが必要であったとして,本件特許につき特許権の存続
期間の延長登録出願(以下「本件延長出願」という。)をしたが,平成1
6年7月29日付けで拒絶査定を受けたので,平成16年9月8日,これ
に対する不服の審判を請求した。特許庁は,この請求を不服2004−1
8550号事件として審理した上,平成18年5月17日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成18年6月7日
原告に送達された。

・処分内容:薬事法14条1項による医薬品製造承認
・販売名:リュープリンSR注射用キット11.25(一般名:酢酸リュ
ープロレリン)
・効能又は効果:前立腺癌
・承認日:平成14年7月5日
・承認番号:21400AMZ00526000
なお,本件処分前の平成4年7月3日に,承認番号04AM−0896
号として,酢酸リュープロレリンを有効成分とする医薬品「販売名リュ
ープリン注射用3.75」について,効能・効果を前立腺癌とする1か月
製剤が承認されている(以下「前処分」ということがある)。
(2)発明の内容
本件特許の請求項1は,次のとおりである。
「【請求項1】生理活性ポリペプチドとして,黄体形成ホルモン放出ホルモ
ン(LH−RH)またはその類縁物質を約20∼70重量%含有してなる内
水相液と,乳酸/グリコール酸の組成比が90/10∼100/0で重量平
均分子量が7,000∼30,000であるコポリマーないしホモポリマー
を放出制御物質として含有してなる油相液とから調製されたW/Oエマルシ
ョンをマイクロカプセル化して調製される,2カ月以上にわたってポリペプ
チドをゼロ次放出する長期徐放型マイクロカプセル。」
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①
特許権の存続期間の延長登録出願における「政令で定める処分を受けること
が必要であった」(特許法67条の3第1項1号)という要件は,薬事法1
4条1項の承認の対象となる医薬品に関しては,「物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から処分を受けることが必要であった」と解すべ
きである,②平成4年7月3日に,酢酸リュープロレリンを有効成分とし,
前立腺癌を用途とする医薬品「リュープリン注射用3.75」を承認する処
分(承認番号04AM−0896)が既にされているから,有効成分と効能
・効果が前処分と同じである本件処分は,物(有効成分)と用途(効能・効
果)という観点からは,本件発明の実施のために本件処分を受けることが必
要であったということができない,③したがって,本件延長出願は,「政令
で定める処分を受けることが必要であった」という要件を欠くから,特許権
の存続期間の延長登録を受けることができない,というものである。
(4)審決の取消事由
ア取消事由1(特許法68条の2の文言解釈の誤り)
(ア)特許法68条の2の「処分の対象となった物」の文言解釈の誤り
審決は,「…薬事法による医薬品の承認は,その成分,効能・効果の
みならず,名称,用法,用量,使用方法等を特定した品目ごとにされる
ものではあるが,特許法としては,薬事法による承認が得られた品目に
限定して延長に係る特許権の効力が及ぶとするのではなく,延長に係る
特許権の効力は,『物(有効成分)』及び『用途(効能・効果)』につ
いて特許発明を実施する場合全般に効力が及ぶとしたものである。」と
判断している(4頁10行∼15行)ところ,審決のこの判断は,特許
法68条の2の「(その処分においてその物の使用される特定の用途が
定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」との
規定に依拠している。
しかし,特許法68条の2は,「…第67条第2項の政令で定める処
分の対象になった物(その処分においてその物の使用される特定の用途
が定められている場合…)」と規定しているのであって,これは,「処
分の対象となった物」を用途の点から限定したものにすぎず,特許法6
8条の2から,「処分の対象となった物」が「有効成分」を意味すると
いう解釈を導くことはできない。
以下,特許法68条の2の「処分の対象となった物」の正当な解釈に
ついて,特許法と薬事法の観点等から検討する。
a特許法の観点
(a)特許法における「医薬」の意義
α特許権者は,何らの法規制もなければ特許発明の実施をするこ
とができるのに,特許法67条2項の政令で定める処分を受ける
ことが必要であるためにその規制に係る期間実施が妨げられる場
合がある。特許権の存続期間の延長制度は,このような場合に当
該特許権の存続期間の延長を認める制度である。
したがって,存続期間が延長された特許権の効力は,処分を受
けることによって禁止が解除された範囲と特許権の範囲が重複し
ている部分のみに及ぶとすることが必要である。そこで,特許法
68条の2は,処分の対象となった物を処分において定められる
特定の用途について実施する場合に,存続期間が延長された後の
特許権の効力が及ぶこととしたものである。
そこで,本件のように薬事法上の医薬品について受けた処分に
基づく特許権の存続期間の延長登録が問題となっている場合に
は,「薬事法が定める処分(製造承認)の対象となった物」を,
「当該処分において定められている特定の用途」について実施す
る場合に,その範囲内で延長後の特許権の効力が生じることにな
るのであり,「処分の対象となった物」とは,薬事法上の製造承
認の対象となった物,すなわち,薬事法上の医薬品を指すことは
明白であって,「物」を「有効成分」と解釈することは誤りであ
る。
β「処分の対象となった物」が医薬品である場合,「物」を「有
効成分」と解釈することが誤りであることは,医薬である物を化
学物質である有効成分とは別のものとして定義している特許法の
条項からも明らかである。
・現行特許法(昭和34年4月13日法律第121号)制定当
時の32条には下記の条文がある(下線は原告による)。

第32条(特許を受けることができない発明)
「次に掲げる発明については,第29条の規定にかかわらず,
特許を受けることができない。
一飲食物又は嗜好物の発明
二医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため使用
する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して
一の医薬を製造する方法の発明
三化学方法により製造されるべき物質の発明
四原子核変換の方法により製造されるべき物質の発明
五公の秩序,善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれが
ある発明」
・この条文は旧特許法(大正10年4月30日法律第96号)
3条の下記条文に対応して定められたものである。

第3条
「左ニ掲グル発明ニ付テハ之ヲ特許セス
一飲食物又ハ嗜好物
二医薬又ハ其ノ調合法
三化学方法ニ依リ製造スヘキ物質
四秩序若ハ風俗ヲ紊リ又ハ衛生ヲ害スルノ虞アルモノ」
・前記のとおり,制定時の現行特許法においては旧特許法3条
にはなかった医薬の定義が括弧書きで補充されているが,制定
時の現行特許法32条2号及び3号は,旧特許法3条2号及び
3号と変わっておらず,これらの条文を見れば,医薬と化学方
法により製造されるべき物質(化学物質)とは,発明として別
の概念のものであることは一目瞭然である。
括弧書きを含めて読めば,「医薬は,人の病気の診断,治
療,処置又は予防のため使用する物をいう。」となる。この文
章を「医薬は,…使用する有効成分をいう」とか,「医薬は,
…使用する化学物質をいう」等と読み替えれば,全く意味をな
さないか事実に反することとなる。
現行特許法は,昭和50年6月25日法律第46号による改
正において,32条2号の「医薬」と3号の「化学方法により
製造されるべき物質」の発明とが,不特許発明から除かれた。
その結果,現在の32条には,これらの条項は存在しない。
しかし,特許権の存続期間の延長制度が導入された当時も,
また現在も,特許法69条3項に,医薬の定義が下記のとおり
定められている(下線は原告による)。
「二以上の医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため
に使用する物をいう。以下この項において同じ)を混合するこ
とにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合し
て医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は,医師又は
歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師
の処方せんにより調剤する医薬には,及ばない。」
現在の特許法の条文においても,医薬は「物」であり,「化
学物質」や「有効成分」ではない。特許法69条3項の括弧書
きは医薬の定義を示した条文であって,法律の改正によらずに
軽々に変更されるべきものではない。他の条項において,これ
と異なる定義が必要であれば,その条項に別の定義が設けられ
ているはずである。
γ特許権の存続期間の延長制度において,「処分の対象となった
物」は,薬事法上の医薬品に関しては,特許法の定義にいう医
薬,すなわち「物」であって,それ以外の何物でもない。有効成
分については薬事法の処分の対象にならないから,処分を申請し
たこともなく,また申請したとしても却下されていただけであ
る。処分は現実の事実問題であり,必要がなかったとか必要があ
ったとかいうこと自体が,事実を無視した法解釈であり,違法で
ある。
(b)特許法上の「物」の概念
特許法2条の発明の分類からすれば,有効成分である化学物質
も,製剤形態の医薬品も「物」の発明である。したがって,このよ
うな特許法の「物」の概念に鑑みても,薬事法上の医薬品につい
て,特許法68条の2の「処分の対象となった物」を,合理的な根
拠なく有効成分のみを指すと解釈することは,困難である。
(c)特許法上の「医薬発明」
医薬発明は,基本的には,医薬という範疇に含まれる疾病の治
療,診断,予防に使用することを目的とした具体的な用途とその用
途に使用される有効成分と製剤上必要な成分とからなる物を構成要
件とする発明として表現することが通常行われているところである
(特許実用新案審査基準第Ⅶ部「特定技術分野の審査基準」第
3章「医薬発明」1.1.2例1∼例4参照)。
特許請求の範囲には,発明の構成に欠くことができない事項であ
れば,有効成分は当然のこと,有効成分に限らず,製剤上の成分,
剤型,適用方法,生理活性,薬理作用,対象疾病等が記載される
が,一方,技術上は常識であって発明を特徴付ける構成要件となら
ない普通に使用される製剤上の慣用成分,周知の慣用剤型,周知慣
用の適用方法等は記載されない。
したがって,有効成分自体が医薬を発明たらしめている場合に
は,有効成分化合物が特許請求の範囲に明示され,製剤上必要な成
分の存在がその医薬を発明たらしめているときはその成分が明示さ
れ,特定の剤型が医薬を発明たらしめているときはその剤型が明示
され,特定の疾病への適用が医薬発明たらしめているときはその疾
病が明示される。
医薬発明で,有効成分に特徴があるものは,物として請求項に記
載する際,有効成分を含有する剤として記載することが求められる
(特許実用新案審査基準第Ⅶ部「特定技術分野の審査基準」第
3章「医薬発明」1.1.2参照)。また,特許発明が剤型に特徴
がある製剤に関するものであるときは,その特許請求の範囲に具体
的な有効成分が記載されていない場合はもちろんのこと,記載され
ている場合でも,請求項には必ず剤型に関する事項が記載されてお
り,そのような医薬発明の「物」を「有効成分」であるとすること
は,発明の特徴である剤型を無視することになり極めて不合理であ
る。
そして,特許権の存続期間の延長登録においても,医薬発明の
「物」を,一律,機械的に「有効成分」であるとすることは,その
ような解釈の根拠を見い出すことができないばかりか,物の要素で
ある剤型を無視することになり,不合理である。
(d)特許法67条の3の趣旨
特許法67条の3は,特許権の存続期間の延長登録出願の審査に
関するものであるが,特許庁長官は,審査官にその出願を審査させ
なければならない(67条の4によって準用される47条1項)。
その審査はいわゆる実体的要件の審査であって,明細書及び特許請
求の範囲の中身について審査官の技術的知識に基づいた実体判断が
求められるものである。このような規定が特許法にある以上,政令
で定める処分の対象である医薬品の「物」がいかなるものであるか
は,一律,機械的に「有効成分」と認定するのではなく,申請に際
し提出された資料等も含む審査資料等により実体に基づいて認定す
ることを特許法は予定しているというべきである。
なお,被告は,「原告が本件延長出願の際に提出した『延長の理
由を記載した資料』に添付された『医薬品製造承認書』は大部分の
項目が隠蔽され,処分の対象となる品目単位の医薬品の中身を十分
に理解することは困難であるから,品目単位の医薬品についてこれ
を「物」として特定するに足る十分な情報を提示しないと主張す
る。
しかし,原告は,本件延長出願に際し「医薬品製造承認書」中の
原告の営業秘密に該当する箇所をマスキングして提出したが,マス
キングをしていない部分や「延長の理由を記載した資料」に処分の
対象となった品目単位の医薬品の詳細(化学名,化学構造式,処分
の対象になった物について特定された用途,延長登録の対象となる
特許と処分対象となった医薬品の関係など)が具体的に記載されて
いるのであり(甲12),さらに,審査において情報に不足がある
と判断された場合には,その旨を記載した拒絶理由通知書が発送さ
れ,それを受けて,原告は,被告に必要な情報を開示する用意があ
ったのであるから,被告の反論は,このような審査の実務を無視し
たものであり,失当である。
b薬事法の観点
審決は,「薬事法による医薬品の承認は,その成分,効能・効果の
みならず,名称,用法,用量,使用方法等を特定した品目ごとにされ
るものではあるが,特許法としては,薬事法による承認が得られた品
目に限定して延長に係る特許権の効力が及ぶとするのではなく,延長
に係る特許権の効力は,『物(有効成分)』及び『用途(効能・効
果)』について特許発明を実施する場合全般に効力が及ぶとしたもの
である。」と判断し(4頁10行∼15行),このような理解を前提
に,「特許法67条2項及び67条の3第1項1号の『政令で定める
処分を受けることが必要であった』という要件は,薬事法第14条1
項の承認の対象となる医薬品に関しては,『物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から処分を受けることが必要であったこと
』というように解すべきであり,そうしてこそ制度全体として矛盾の
ない解釈となる。」と判断している(4頁25行∼30行)。
しかし,この審決の解釈は,以下のとおり,薬事法における「医薬
品」,「医薬品の承認手続」,「薬事法14条1項の承認の対象とな
る医薬品」などに関する規定からは導き出せないものであり,誤りで
ある。
(a)薬事法上の「医薬品」の定義
薬事法(平成14年7月31日法律第96号による改正前のも
の)2条1項は「医薬品」を定義し,「日本薬局方に収められてい
る物」(1号),「人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用
されることが目的とされている物であって,器具器械(歯科材料,
医療用品及び衛生用品を含む。以下同じ。)でないもの(医薬部外
品を除く。)」(2号),「人又は動物の身体の構造又は機能に影
響を及ぼすことが目的とされている物であって,器具器械でないも
の(医薬部外品及び化粧品を除く。)」(3号)と規定している。
そして,上記の目的を有するものであるか否かは,その物の成分
本質(原材料),形状(剤型,容器,包装,意匠等)及びその物に
表示された使用目的・効能効果・用法用量並びに販売方法等を総合
的に判断してなすべきものとされている(「無承認無許可医薬品の
指導取締りについて」昭和46年6月1日薬発第476号厚生省薬
務局長通知[甲1]参照)。
(b)製造承認における審査の実体
薬事法上の「医薬品」は,上記のように「特定の使用目的を有す
る物」とされているので,医薬品の製造承認における審査において
も,名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効
果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する審査を
行い,申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められないと
き,その効能,効果又は性能に比して著しく有害な作用を有するこ
とにより,医薬品として使用価値がないと認められるときは,承認
は与えられない(薬事法14条2項)。
医薬品の承認申請においては,具体的には,医薬品の成分の種
類,投与経路,剤型,構造,性能等に応じて,資料が求められる
(「医薬品の承認申請について」平成11年4月8日医薬発第48
1号厚生省医薬安全局長通知[甲2]別表1参照)。これらの資料
は,医薬品の物としての実体にかかわる事項についての資料と,人
又は動物の疾病の診断,治療,予防という医薬品の使用目的である
用途としての実体にかかわる事項についての資料である。
薬事法は,医薬品のうち,既に製造又は輸入の承認を与えられて
いる医薬品と有効成分,分量,用法,用量,効能,効果等が明らか
に異なる医薬品(新医薬品)を区別している(薬事法14条の4第
1項1号参照)。具体的には,承認申請の審査において,下記のよ
うに分類されており,分類ごとに審査のために必要とされる資料が
異なる(「医薬品の承認申請について」平成11年4月8日医薬発
第481号厚生省医薬安全局長通知[甲2]別表2−(1)参照)。
「1新有効成分含有医薬品
2新医療用配合剤
3新投与経路医薬品
4新効能医薬品
5新剤型医薬品
6新用量医薬品
7剤型追加にかかる医薬品
7の2類似処方医薬用配合剤
8その他の医薬品」
したがって,薬事法は,医薬品について,有効成分のみではな
く,製剤上の成分も,投与方法も,用量もまた重要な要素であると
していることは明らかである。薬事法上,物である医薬品はその有
効成分のみでは規定できないのである。
そして,処分の対象となった物を,処分において定められる特定
の用途について実施する場合に存続期間が延長された後の特許権の
効力が及ぶこととしたのが特許法68条の2の趣旨であるから,
「薬事法が定める処分(製造承認)の対象となった物」を実施する
場合,その範囲内で延長後の特許権の効力が生じることにならなけ
ればならないのであり,「処分の対象となった物」とは,薬事法上
の製造承認の対象となった物である医薬品を指すと解すべきであっ
て,これを有効成分と一律に解釈することは,延長登録制度の趣旨
に反することになる。
(c)医薬品としての「リュ−プリンSR注射用キット11.25」
本件処分の対象となった物は,酢酸リュープロレリンという有効
成分ではなく,「リュ−プリンSR注射用キット11.25」とい
う医薬品である。「リュ−プリンSR注射用キット11.25」
は,①有効成分を含有するマイクロカプセルと②注射をする際にマ
イクロカプセルを懸濁させるための懸濁用液とから成るキットであ
る。マイクロカプセルは,皮下に注射された後に有効成分である酢
酸リュープロレリンが,12週間にわたって徐々に体内で放出する
ような状態で乳酸重合体中に包含されてなるものである。
本件発明に係るマイクロカプセルと「リュープリンSR注射用キ
ット11.25」のマイクロカプセルとは,内水層に存在させる有
効成分が酢酸リュープロレリンであり,油層を形成するポリマーの
エマルジョンを水中乾燥法によりマイクロカプセル化した3か月徐
放型マイクロカプセルである点で一致しており,両者は特定の有効
成分と特定の徐放剤成分とからなるマイクロカプセルという物であ
る点で重複している。
そして「リュープリンSR注射用キット11.25」は,(医薬
品としての用途である)前立腺癌に対する治療薬として,有効成分
の用量が多いにもかかわらず有害な副作用もなく,1回の投与で3
か月間にわたる徐放による治療効果がある効能・効果をもたらすも
のであり,この効能・効果は,物として有効成分に対し油層形成成
分として特定の乳酸重合体を配合し,そのエマルジョンを水中乾燥
法でマイクロカプセル化した物としての剤型によるものである。
「リュープリンSR注射用キット11.25」は,本件処分に当
たり,上記の組成,効能,効果以外にも,名称,規格・試験方法な
どについても審査されている。また,「有効性」,「安全性」,
「安定性」,「吸収・分布・代謝・排泄」などについても膨大なデ
ータが要求され,厳格に審査された。3か月分量の有効成分を皮下
に注射によって投与し,3か月にわたって徐々にかつ安全に血中に
移行するように設計した特殊な徐放製剤は,世界で初めて開発され
たので,薬事法上の承認手続においても慎重に審査される必要があ
り,長期間皮下に滞留させるという特殊性から,「新剤型医薬品」
として,各種の試験データが要求され,慎重に審査された。また,
本件処分に係る承認は,「リュープリンSR注射用キット11.2
5」を製造するための承認でもあり,その製造方法についても厳格
に審査されている。
以上述べたように,徐放医薬品を特定する剤型や投与法等の要素
が,「リュープリンSR注射用キット11.25」の場合は特に医
薬品を特徴付ける技術的意味合いを持つのであり,それらの要素は
有効成分や効能・効果と同様に医薬品の品質,有効性,安定性にか
かわるものであるから,薬事法の規制の観点からは,無視し得ない
ものである。
したがって,薬事法あるいは薬事法に基づく承認審査の観点から
も,「リュープリンSR注射用キット11.25」は,「有効成
分」と「効能・効果」の観点のみからその品目が特定されているわ
けではないのである。
(d)新原所見の誤り
被告は,新原浩朗編著「改正特許法概説」有斐閣(乙2)の記載
(以下「新原所見」という。)を引用しているが,新原浩朗が,
「物」=「有効成分」が工業所有権審議会の答申の意図であると解
していたならば,それに沿った条文を作成することが同人の職務上
の義務だったはずである。しかし,実際には,そのような条文は作
成されていない。工業所有権審議会の答申の通りの条文が作成され
たところ,同答申とは異なる被告内の一部の意見を新原浩朗がその
解説書に漠然と記載したことによって,特許権の存続期間延長制度
に現在の混乱が惹き起こされたものと考えざるを得ない。
新原所見は,特許庁総務部工業所有権制度改正審議室の一係長だ
ったにすぎない新原浩朗が,その個人的見解を述べたものにすぎな
い。
特許権の存続期間の延長制度が設けられた特許法改正の過程にお
いて,医薬ないし新薬を「物(有効成分)と用途(効能・効果)が
新たな医薬品」であるとする議論は一切なされていない。
c特許法と薬事法との関係
上記a及びbで述べたとおり,特許法上も,薬事法上も,特定の用
途に使用する物である医薬品を「物」と「用途」の観点で特定してい
る点では差異がない。そこで,特許法68条の2に規定する薬事法に
基づく処分の対象となった医薬品を,「物」と「用途」で特定するに
当たっては,一義的には薬事法上の医薬品を特定する「物」と「用
途」をそのまま特許法上の「物」と「用途」として特定することが素
直な解釈であり,また,これを審決のようにことさら「有効成分」で
あると解釈する根拠はない。
d延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を処分の対象となった品目そのも
のとしても実効性に欠けないこと
審決は,「…68条の2で『特許権の存続期間が延長された場合…
当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の
政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用
される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用
されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ば
ない。』と定められた趣旨は,延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を処
分の対象となった品目そのものとすると,実効性に欠けるため,『物
』と『用途』(医薬品については,その規制のポイントとなる『有効
成分』と『効能・効果』)によって延長後の特許権の効力を規定し,
別の品目であっても,有効成分と効能・効果が同じ医薬品について,
延長後の特許権の効力が及ぶようにしたものである。(東京高裁平
成10年(行ケ)第362号事件判決参照)」(5頁26行∼36
行)としている。
審決は,引用している判決の「実効性に欠ける」ということを,1
特許について処分を受けた製剤毎に延長出願をしなければならないの
ではないかという考え方から判断しているように思われる。しかし,
延長された特許の効力が,「別の特許にも及ばなければ実効性に欠け
る」と言っているとすれば,それは誤りである。特許権は,特許権毎
に独立して効力が考えられるべきであり,発明者も出願人も特許権者
も同一人に限られない他の特許権の延長登録の認否に,別の特許の過
去の延長の事実が影響を及ぼす余地はないのである。また,そのよう
な考慮を必要とする理由を審決は全く述べていない。
審決は,別の品目であっても,有効成分と効能・効果が同じ医薬品
について延長後の効力が及ぶようにしたものである旨述べている(4
頁12行∼15行)。しかし,そのような考え方に沿って侵害の成否
を判断した判例・学説は示されていない。
審決が引用している判決(東京高裁平成10年(行ケ)第362号
事件判決)は,先の処分と後の処分において別の特許が延長登録の対
象となっている本件事案とは異なり,先の処分と後の処分において同
一の特許が対象となっているものであり,同一特許発明の範囲である
物(医薬品)について処分が既に行われていた場合,後の処分を受け
た物(医薬品)にまで権利の効力が及ぶかどうかという点についての
み判断したものと解すべきである。
また,適法に特許された二つの特許権についての延長後の特許権の
効力の及ぶ範囲をそれぞれの処分の対象となった品目そのものとして
も,利用関係にない場合はそれぞれ独自の特許権としてその特許発明
の実施態様である薬事法の医薬品の実施の範囲に効力が及び,利用関
係にある場合には利用関係の問題として処理することができ,それは
通常の特許権の場合と変わるところがないので,何ら実効性に欠ける
ことにはならない。
このように,適法に特許された二つの特許権についての延長後の特
許権の効力の及ぶ範囲をそれぞれの処分の対象となった品目そのもの
としても実効性に欠けることはない。
e特許権の存続期間延長制度導入の法改正に携わった工業所有権審議
会委員の見解
特許法67条,67条の2,67条の3,68条の2の「処分の対
象となった物」の解釈について,特許権の存続期間延長制度導入の法
改正に携わった工業所有権審議会の委員であったA教授は,東京高裁
平成17年(行ケ)第10345号審決取消事件において提出された
意見書(甲7の2)の中で,次のように述べている。
「第67条2項,第67条の2,第67条の3,第68条の2のいず
れの条文にも物=有効成分という用語の関係を示す文言はない。有効
成分という用語自体も存在しない。
物は処分の対象になった医薬品を意味することは明らかであり,医
薬品中の有効成分だけを意味するとは考え難いことである。
いわんや延長登録出願を拒絶するために,物を有効成分の用語と同
義語とすることはできない。
特許法第2条の発明の分類からは,有効成分である化学物質は物の
発明であり,製剤形態の医薬品も物の発明であるが,製剤である医薬
品が有効成分と同義であるとは言えない。
もし,製剤中の有効成分のみと,効能・効果だけを示して厚生労働
省の承認処分を受けることができるのであれば,物=有効成分とする
ことに意義が認められるが,そのような申請であれば厚生労働省は申
請を拒絶することは確実で,承認処分はしないはずである。承認処分
が出なければ,延長登録出願をすることは無意味である。
審議会で,特許庁が審決で書いたようなことが論議の対象になった
記憶はない。
特許権者は特許発明を実施する権利の専有者であるから,その実施
は自由であり,その実施によって医薬品を製造し,販売することは特
許法上は自由である。それにもかかわらず,薬事法による別の規制の
ために医薬品の製造販売が規制される。即ち,特許権の設定登録を受
けているにも拘らず,特許発明の実施ができない。
そこで,実施ができなかった期間について特許権の期間を延長する
という明快な制度であり,大正10年法第43条第5項に対応する制
度である。
特許庁は,特許発明の実施が薬事法の処分との関係で実施できない
ことを確認すれば,延長出願の登録を行えば足りるという制度であ
る。なぜ,物を,厚生労働省の処分対象ではない有効成分と解して,
特許庁が別特許の延長登録出願を拒絶するのかは理解できないが,拒
絶するのであれば限定列挙である拒絶理由を明確化するために,法律
を改正すべきであろう。」(2頁14行∼3頁9行)
また,A教授は,米国の特許権の存続期間延長制度との関係につい
て,次のように述べている。
「もし,米国法が考慮されて,延長は同一化学物質につき1回限りと
することになっておれば,当然そのことが延長出願人の保護のために
明定されたはずである。米国ボーラー法が知られた後に制定された日
本の延長制度に1回限りという規定がないことは,これを否定する趣
旨であると解するのが妥当である。
新しい製剤特許の期間が延長されても,特許権の満了した古い特許
発明で製造できる医薬品の製造販売ができなくなることはないから,
公衆の既得の利益を失わしめることもない。…
米国には薬価の政府規制がないから,企業は自由に薬価を定めるこ
とができ,研究開発費の回収と次の研究への投資を始める期間をコン
トロールできる。日本は薬価が政府によって規制されるので,短期間
に多額の利益が得られるはずの医薬品を創製しても,企業はそのよう
な利益を得られない。
特許期間も,米国では特許登録後17年であったが,Continuation
Application(継続出願)によって登録を遅らせることが可能であっ
た。
このような大きい差異を持つ米国法下の延長制度を日本では採用し
なかったことは不思議ではない。」(5頁12行∼下1行)
このように,A教授の意見を参照しても,「処分の対象となった
物」を「有効成分」と同視することができない。
f医薬品の開発に携わっている当業者の見解
審決では,処分の対象となった物を有効成分と読み替えているが,
そのような読替えは,医学,薬学の技術的分野から見た場合誤りであ
ることは,最先端の医薬品の開発に携わっている当業者であるB博士
及びC博士の各意見書(甲8の2,9の2)から明らかである。
まず,各意見書において述べられているように,当業者(薬学者,
医学者,医師など)は化学物質である有効成分自体を医薬品とは考え
ていない。なぜならば,有効成分や効能・効果のみならず,その剤
型,用法,用量等が特定され,人体に適用できるものとして承認され
て初めて,医薬品と呼べるからである。効能・効果のみがわかってい
ても,医薬品としてのそれ以外の要素が特定されていない有効成分
は,単なる薬物とは呼べてもいまだ医薬品とは呼べない。世の中に,
薬理活性を持つ有効成分は無数にあるが,その中で医薬品として用い
ることが認められているのはごくわずかにすぎないのは,このためで
ある。
また,C博士の意見書において述べられているように,医薬品の製
造承認申請書には,有効成分や効能・効果だけでなく,剤型や用法・
用量も記載されるのであり,薬事法はそれらの事項すべてをその厳格
な審査の対象としており,「有効成分(物質)と効能・効果(用途)
を規制のポイント」として審査しているわけではなく,このことは,
薬価基準にも反映されているとおりである。
以上のように,特定の医薬品を定義する有効成分,効能・効果,剤
型(製剤の成分・構成を含む),用法・用量の各要素の重要性に,軽
重の差は一切ない。
したがって,医薬品を特定する要素のうち,有効成分と効能・効果
だけを特別視して,存続期間延長登録出願の審査をすることは誤りで
ある。
ましてや,本件の医薬品は,3か月に1度投与すると有効成分が徐
々に放出される,いわゆるドラッグデリバリーシステムに成功した製
剤である。このような製剤を医薬品として完成させるために,マイク
ロカプセルの材料,活性成分の放出量の調節,マイクロカプセルの製
造方法などについて多くの時間と費用をかけて研究・開発が行われ,
それらの多大な努力の結果,製剤が完成したのである。
C博士の意見書において述べられているとおり,学術の世界では,
数年前から,製剤やドラッグデリバリーシステムをより包括的な視点
から“創剤”としてとらえ,有効成分の創出である”創薬”との統合
的理解を深めようとする動きが出てきている。このように重要な技術
分野の画期的な成果である製剤を,単なる「入れ物」と考え,有効成
分と効能・効果以外の要素の重要性を「剤型レベル」と呼んでその価
値を低く見るような審査実務は,我が国の製剤学分野の研究意欲に水
をさすものであり,医薬品産業の発達を妨げる要因となるものであ
る。
さらに,D博士の意見書(甲13)も,有効成分は医薬品ではない
と指摘した上で,厚生労働省の処分対象となる医薬品を処分対象にな
らない有効成分と同じであると特許権の存続期間延長制度の中で考え
る根拠は明らかでないと述べている。
したがって,医薬品は,「有効成分」及び「効能・効果」から特許
発明の実施と認めるために必要な「物」及び「用途」が特定される
ことはない。
(イ)特許法68条の2の「用途」の文言解釈の誤り
a特許法68条の2は,「物」を用途の点から限定した規定である。
審決では,「用途」を「効能・効果」と同一としているが,特許法6
8条の2は,「用途」は「効能・効果」であるとはいっていない。医
薬品の用途は,単純に,適用対象疾病名又はそれでくくられる効能・
効果で決まるものではなく,剤型,用量(投与量),用法(投与法)
などの違いに由来する効能(特徴,有効性,適用症等),効果(有効
性奏効率等の薬理作用,長期投与試験における血清中薬物濃度等の吸
収・体内分布・代謝・排泄等の薬物動態,毒性試験による安全性・蓄
積性・有害事象発現率等の副作用等の毒性,臨床試験によるホルモン
効果,効腫瘍性,薬物動態,安全性等)を総合的に判断して決定され
るべきものである。なお,上記の()内はリュープリンSR注射用
キット11.25の申請に際し効能,効果として開示した事項で,効
能,効果を具体的かつ定性的,定量的に示したものである。
特許法上,「用途」は特許法29条柱書の産業上の利用性に関する
ものであり,「効能・効果」は発明の進歩性に係るものであり,異質
のものであるから,特許法の用語例として,「用途」と「効能・効
果」を同じ意味に捉えることは相応しくない。
このような医薬品の「用途」の実態や特許法の用語例を無視し,
「用途」の意味を「効能・効果」に限定してしまうことは,特定の
「用途に使用される物」に使用される発明の効力を延長して特許権者
の利益保護を図ろうとした,特許権の存続期間延長登録制度の趣旨に
もとることになる。
b仮に「用途」=「効能・効果」とした場合であっても,本件処分に
係る3か月製剤の効果は,「12週間に1回の投与で前立腺癌を治療
すること」である。これに対し,前処分に係る1か月製剤の効果は,
「4週間に1回の投与で前立腺癌を治療すること」であり,両者は明
らかに異なる。
3か月製剤と1か月製剤とでは,投与量の異なる両医薬品の放出像
(放出プロファイル)が相違する。一般的に投与直後の血中濃度は比
較的高く徐々に血中濃度は低くなる。しかし,この高低差が顕著であ
ると,投与直後の危険性及び次回投与前の有効性に問題が生じること
となる。したがって,投与当初の血中放出濃度が急激に高まる初期バ
ーストが生じるのでこれを抑制すること,薬効維持のために安定した
有効血中濃度の維持期間を長期化させること等が必須の課題となる。
そのため,有効な剤型のデザイン,有効成分以外の徐放化成分(ポリ
マー成分)の選択,徐放性マイクロカプセルの製造法の開発,投与の
際の安定なサスペンジョン形成のための懸濁剤の選定など多くの技術
の研究開発が求められる。
また,完成した3か月製剤を1回投与する治療方法と1か月製剤を
3回投与する治療方法とでは,患者に与える影響,効果は格段に異な
る。注射のための通院が月1回で済むのと,3か月に1回で済むのと
では,①患者の通院回数の減少等による生活の質の向上,②注射を受
ける苦痛,通院のための時間その他の制約,支払医療費等の患者負担
の軽減,③患者の病状,ライフスタイル等により1か月製剤と3か月
製剤の使い分けが可能になるといった利点がある。
さらに,3か月製剤はキット製品であるのでバイアル製品である1
か月製剤と比較して,①使用時の懸濁化が簡便で,多忙な医療現場で
の省力化が図られる,②無菌操作の注意度が少なくてよい,③操作時
の薬剤の飛散,接触の可能性がない等の医療従事者の利便性が高まる
効果がある。
以上のとおり,本件処分に係る3か月製剤と前処分に係る1か月製
剤とでは,対象疾病名はともに前立腺癌であっても,その効能,効果
には大きな差異があり,「用途」において異なる医薬品である。
cしたがって,審決は,特許法68条の2の「用途」に関する文言解
釈を誤っている。
(ウ)処分の対象となった物を「物」と「用途」の観点で特定しても制度
全体において矛盾は生じず,逆に審決の解釈は制度矛盾を引き起こすこ

a審決の解釈は制度矛盾を引き起こす
特許法68条の2は,その規定自体から明らかなように,特許法に
おける特許権の存続期間延長の問題について,処分の対象となった物
を,「物」と「用途」の観点で特定している。特許権の存続期間の延
長に係る特許法の規定全体を通してこの処分の対象となった物を,
「物」と「用途」の概念で特定しても全体として矛盾のない解釈とな
るべきものであるところ,審決は,処分の対象となった物を,「物」
と「用途」の観点で特定するとしつつも,医薬品の場合には,何らの
理由も示さずに有効成分により特定される「物」,効能・効果により
特定される「用途」の概念で特定するとしている(4頁25行∼30
行)。
元来,処分の対象となった物を,「物」と「用途」の観点で特定し
ていれば制度全体において矛盾は生じないものを,「物」を「有効成
分」と,「用途」を「効能・効果」として特定した結果均衡を失した
矛盾が生じたことになっている。
具体的には,剤型,用法等に特徴があるため有効成分の他に特定の
剤型,用法等に必須の成分が存在する医薬発明の特許権は,その実施
態様に当たる医薬品について政令で定める処分を受けても,その処分
を受けた医薬品は有効成分のみでは的確に物を特定することができな
いにもかかわらず,「有効成分」のみで特定されることとなり,その
結果その医薬発明の特許権については製造等の承認の処分を受けなけ
れば実施をすることができない期間があっても,その処分の有効成分
が最初に受けた処分に係るものでない限り特許権の存続期間の延長が
認められないとされてしまう。
b剤型に特徴がある医薬発明の特許をその存続期間の延長登録におい
て差別的に取り扱うことになる
剤型,用法等に特徴がある多くの医薬発明は,適法に審査を経て特
許されたものであって,政令で定める処分を受けかつ実施できない期
間が現実にあっても,特許権の存続期間の延長制度の恩恵が受けられ
ないという極めて不合理な事態が生じている。
「創剤」とされる製剤上の技術は,既存の有効成分の薬効,安全性
等を高め,副作用,毒性等を抑えて人に適用した場合の薬効,効果を
高めるものであって,既存の有効成分を対象にする場合が多い。した
がって,医学的,薬学的見地からは優れた製剤が創出されても,その
製剤の有効成分は既に別の医薬品として薬事法上の処分を受けている
場合がほとんどである。このような剤型に特徴のある医薬発明は,技
術的にどんなに優れたものであっても審決のような考え方を採る限
り,特許権の存続期間の延長制度の恩恵を受けることができない。
しかし,剤型,用法等に特徴がある医薬発明の特許権は,適法に特
許されている限り,有効成分に特徴のある医薬発明の特許権と,その
特許権の存続期間の延長登録出願をしたときに差別されなければなら
ない理由を,特許法上見出すことができない。そして,このような差
別は特許権の存続期間の延長制度の趣旨から見て許されない不合理な
差別であり,憲法14条に反する不当な取扱いであるといわざるを得
ない。
単なる剤型変更や容量変更を加えた医薬品に係る発明の多くは,そ
もそも新規性ないし進歩性が否定され,特許登録されないから,これ
が延長登録の対象となることもない。他方,新規性,進歩性等登録要
件の具備が認められ,いったん特許登録された発明は,それが,被告
のいう「新薬」に係る発明であれ,さらにそれ以外の製剤等に関する
発明であれ,いずれにしても処分を受けることが必要であったために
実施できなかった期間の回復を認めようとするのが,特許法の規定す
る特許権の存続期間延長制度の建前である。
c「物」を「有効成分」と解することによる実効性
審決は,処分の対象となった物を,「物」と「用途」により特定す
るに際し,医薬品については,「有効成分」及び「効能・効果(運用
にあたっては疾病名)」により特定することにより,薬事法による承
認が得られた品目に限定して延長に係る特許権の効力が及ぶとするの
ではなく,延長に係る特許権の効力は,「物(有効成分)」及び「用
途(効能・効果)」について特許発明を実施する場合全般に効力が及
ぶとしたものである旨判断している(4頁10∼15行)。
医薬品の場合,薬事法の規定に基づく承認の処分は有効成分,効
能,効果,剤型(製剤の成分・構成含む),用法,用量,製法等をす
べて特定した医薬品を対象に処分がなされるのであって,有効成分の
みで特定される医薬品についてなされたものではないので,その事情
をも無視して処分の対象の医薬品の物を一律に有効成分で特定できる
とはいえないものである。
特許期間延長後の特許発明の実施が有効成分にまで広がるか否か
は,機械的・一律に定まるものではなく,特許権の効力の及ぶ範囲
は,特許法68条の2を踏まえ,特許法2条の実施,特許法70条の
特許発明の技術的範囲についての規定に基づき特許法の一般的な原則
に則って判断されるべきものである。その際には,延長された特許権
の特許発明の物と,処分により承認された医薬品の物及び用途の点で
特定された物とを対比して,物と用途について両者の重複する範囲に
まで,延長された特許権の効力が及ぶものとされる。したがって,処
分の対象である医薬品の実体と明細書に記載される特許発明の実体と
が認定されて初めて,延長された特許権の効力の及ぶ範囲が有効成分
にまで広がるか否か,均等論の適用をも含め個別に判断されることと
なる。
してみれば,医薬品である物は「物」及び「用途」で特定すれば足
りるのであって,医薬品である物は有効成分で特定されるとする解釈
は,特許権の存続期間延長制度の趣旨にもとるもので,違法なものと
いうべきである。
イ取消事由2(特許法67条の3第1項1号の解釈の誤り)
(ア)「リュープリンSR注射用キット11.25」について薬事法上の
処分が必要であった理由の誤認
審決は,「次に,本件特許発明の実施のために物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から本件処分を受ける必要があったかを検討
する。前記4.の本件処分以前の処分は,酢酸リュープロレリンを物
(有効成分)とし,前立腺癌に対する用途(効能・効果)についてのも
のである。そうすると,有効成分と効能・効果が先の処分と同じである
『販売名リュープリンSR注射用キット11.25』についての本件
処分は,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からは本件特
許発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったものである
ということができない。本件処分において『販売名リュープリンSR
注射用キット11.25』について薬事法上の処分が改めて必要であっ
た理由は,すでに承認を受けた医薬品『販売名リュープリンSR注射
用キット3.75』と物(有効成分)と用途(効能・効果)が異なるか
らではなく,物(有効成分)と用途(効能・効果)以外の添加剤や投与
期間の点で異なるからであるにすぎない。」と判断している(5頁6行
∼18行)。
しかし,「販売名リュープリンSR注射用キット11.25」は,
「酢酸リュープロレリン11.25mg,乳酸重合体99.3mg及び
D−マンニトール19.45mgを含有する粉末部(構成1:有効成分
を含有するマイクロカプセル)とD−マンニトール40mg,カルメロ
ースナトリウム5mg,ポリソルベート80・1mg及び水適量を含有
する液体部(構成2:注射する際に,マイクロカプセルを懸濁させるた
めの懸濁用液)を含む注射用キットを,通常,成人には12週に1回酢
酸リュープロレリンとして11.25mgを皮下に投与する前立腺癌の
治療用途の医薬品」として承認を受けたものである。
これに対し,前処分の対象となった1か月製剤は,懸濁用液アンプル
を添付したバイアルの形態であり,バイアル1は酢酸リュープロレリン
3.75mg,精製ゼラチン0.65mg,乳酸・グリコール酸共重合
体(3:1)33.1mg及びD−マンニトール6.6mgを含有す
る。懸濁用液は,D−マンニトール100mg,カルボキシメチルセル
ロースナトリウム10mg,ポリソルベート80・2mgを含有し,水
を加えて全量で2mlというものである。また,1か月製剤の投与経路
は,皮下注射であり,用法及び用量として,「通常,成人には4週に1
回酢酸リュープロレリンとして3.75mgを皮下に投与する」ものと
され,効能又は効果としては「前立腺癌の治療」である。
以上のように,前処分の対象となった1か月製剤と本件処分の対象と
なった3か月製剤を比較すると,1か月製剤の基本組成は,「①活性成
分=酢酸リュープロレリン,②薬物保持物質=ゼラチン,③ポリマー=
乳酸−グリコール酸の共重合ポリマー」であるのに対し,3か月製剤の
基本組成は,「①活性成分=酢酸リュープロレリン,②薬物保持物質=
なし,③ポリマー=乳酸の重合ポリマー」である点において,その組成
を明らかに異にしている。また,リュープリン3か月製剤の用途は,
「通常,成人には12週に1回酢酸リュープロレリンとして11.25
mgを皮下に投与する前立腺癌の治療」であるのに対し,1か月製剤の
用途は,「通常,成人には4週に1回酢酸リュープロレリンとして3.
75mgを皮下に投与する前立腺癌の治療」である。
審決は,上記の薬事法の承認に関する事実を誤認することによって,
特許法67条の3第1項1号の適用を誤ったものである。
(イ)「リュープリンSR注射用キット11.25」の前臨床試験・臨床
試験・承認手続
「リュープリンSR注射用キット11.25」は,既承認医薬品と有
効成分,投与経路及び効能・効果は同一であるが,徐放化等の薬剤学的
な変更により用法等が異なる新たな剤型の医薬品であるから,承認申請
の手続上,「新剤型医薬品」として必要な前臨床試験と臨床試験を実施
することが要求された。
具体的には,前臨床試験では,製剤の安定性試験として,長期保存試
験,加速試験,過酷試験を実施し,毒性試験として,反復投与毒性試験
(ラット13週間皮下投与毒性試験,イヌ13週間皮下投与毒性試
験),局所刺激性試験(ウサギ皮下刺激性試験)などを実施し,吸収・
分布・代謝・排泄に関する試験として,単回投与時の血清中TAP−1
44及びテストロン濃度測定試験,反復投与時の血清中TAP−144
及びテストステロン濃度測定試験,単回投与時の前立腺癌患者における
試験,反復投与時の前立腺癌患者における試験などを実施した。
「臨床試験」としては,第I相試験は欧州において24例(被験者2
4名)実施し,第Ⅱ相試験は国内の約31の施設(病院)で,10例の
未治療患者と51例の既治療患者に対して実施した。
これらの試験に係る治験計画は,昭和60年9月3日に提出され,そ
の後これらの試験を行い,医薬品製造承認申請書を平成2年11月20
日に提出し,医薬品製造の承認を平成4年7月3日に取得した。
したがって,前臨床試験及び臨床試験は,約5年2か月実施され,治
験計画届けを提出してから,承認を取得するまでには,7年もの期間が
経過している。このため,本件特許は,平成9年5月23日に登録され
たにもかかわらず,3年3月17日の期間,特許発明を実施することが
できなかった。このような前臨床試験,臨床試験及びそれらのデータに
基づく承認申請手続が必要であった理由は,「物(有効成分)と用途
(効能・効果)以外の添加剤や投与期間の点で異なるからであるにすぎ
ない」のではなく,「すでに承認を受けた医薬品『販売名リュープリ
ンSR注射用キット3.75』と医薬品としての物と用途が異なる」か
らである。本件特許権について存続期間の延長が認められないのは,特
許法68条の2において「処分の対象となった物」=「有効成分」と解
釈し得る法律上の明確な根拠がない限り不合理といわざるをえない。
(ウ)先の承認と「有効成分(テオフィリン)」と「効能・効果(気管支
喘息の治療)」が同一の後の薬事法14条に基づく承認について,製剤
特許(登録第1157620号特許)の存続期間の延長が認められた事
例(甲18の1∼5)がある。また,同一の有効成分を用いているもの
について,製造承認申請の対象となる品目毎に,同じ特許権について複
数の延長登録出願を行い,認められている例がある。
ウ取消事由3(特許法67条の3の解釈において同法68条の2を援用す
ることの誤り)
我が国の特許法においては,特許出願が特許法36条の所定の要件に従
って行われた場合,47条から48条の6までの規定によって審査が行わ
れる。そして49条各項の拒絶理由に該当しない限り51条によって特許
査定され,所定の手続を経て,特許権の設定登録がなされる。その間に6
8条の特許権の効力に関する条項が参照されることはない。
特許権の存続期間延長登録出願の審査手続,登録された特許権の効力規
定の法律構成も同様である。出願が,特許法67条及び67条の2に従っ
て行われると,審査され,同法67条の3第1項に制限列挙された拒絶理
由に該当するときは,登録出願は拒絶されるが,拒絶理由を発見しないと
きは延長登録をすべき旨の査定がされる(同法67条の3第2項)。さら
に,上記査定があったときは特許権の存続期間を延長した旨の登録がされ
る(同法67条の3第3項)。
この特許権の存続期間延長登録出願から審査を経て査定がされ登録が行
われる流れは,特許出願の審査・査定・登録の場合と同じ考えによって定
められたものである。そして,登録後に存続期間の延長登録された特許権
の効力に関する規定が特許法68条の2に置かれているのも,通常の特許
出願について登録後,すなわち特許権発生後の特許権の効力規定が同法6
8条に置かれていることと同じ考え方で立法が行われたことを示してい
る。
特許権の存続期間延長登録出願の審査において登録前である審査に登録
後の権利内容が影響することは,特許出願の場合と同様に,特許法の予定
しているところではない。
特許権の効力が,医薬品に関する特許権の存続期間の延長登録のなされ
た特許権の場合に,特許法68条の特許権の効力規定と異なる条文(同法
68条の2)になっているのは,そのようにする必要があるからである。
薬事法による処分の対象となる医薬品は品目として特定されており,特許
発明の一部を実施する1実施態様にすぎないもので特許発明の全体を覆う
程広いものではなく,他方,特許権の存続期間の延長に際しては,特許請
求の範囲を分割して処分を受けた物のみを技術的範囲とする別の請求項を
設けてその請求項が延長されるのではなく,特許請求の範囲(全請求項)
の発明が全体的に一体とし延長される。そのため,延長された特許権の効
力範囲を,処分を受けていない物や用途にまで拡がることを防ぐ必要があ
るので,同法68条の2の括弧書きの規定が設けられているのである。
特許法68条の2に括弧書きの規定が設けられたのは,上記のような不
合理をなくするためであって,同法67条の3第1項の拒絶理由に援用す
るために設けられたものではない。また,そのような目的で設ける必要
も,理由もない。
存続期間の延長登録がされた権利の効力や権利の及ぶ技術的範囲は,特
許庁が延長登録をした後に,当該特許権について侵害訴訟や差止請求権不
存在確認請求訴訟が提起されたときに,個別,具体的に判断されるべき問
題であって,延長登録の出願の審査における問題ではない。
特許権の存続期間の延長登録の出願の審査において,その特許権につい
ての第1の処分による延長登録の出願の場合は,その処分が必要であった
と認められる要件は,「物」と「用途」の観点からは,薬事法上の医薬品
の「物」と「用途」が特許発明の実施態様としての「物」と「用途」との
間で実質的に重複する部分があれば足りるものであり,その特許権につい
ての第2の処分による場合は,加えて第2の処分と第1の処分の薬事法上
の医薬品の「物」と「用途」との間に実質的に重複する部分がないことが
要件となる。すなわち,その処分が必要であったと認められる要件は,一
つの処分と特許権との関係においては,処分により禁止権が解除された範
囲と特許権の範囲とに重複する部分があることであり,二つの処分と特許
権との関係においては,加えて二つの処分により禁止が解除された範囲に
重複がないことである。
本件の審決からは,10年も前に出願された特許権がその後受けた処分
により存続期間が延長されたとき,その延長された特許権の効力の及ぶ範
囲の実効性のために,10年も後に生まれた別発明に基づく別特許の別個
の処分による延長を受ける権利をも奪わないと延長の実効性がないという
考え方がうかがわれるが,それはあまりにも行きすぎた10年前の特許の
実効性の拡大であり,特許権の本質を省みないまま,ただ「物」と「用
途」を「有効成分」と「効能・効果」とする考え方をひたすら押し進めた
もので,その結果,違法な拒絶査定に至ったものである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア特許権の存続期間の延長制度の趣旨
医薬品,農薬などの一部の分野では,安全性の確保などを目的とする法
律の規定による許可等を得るに当たり所要の実験,審査などに相当の期間
を要するため,その間はたとえ特許権が存続していてもその権利の独占的
実施による利益を得ることができない結果,特許権者は,このような法規
制がなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず,その処
分を受ける必要があったためその実施が不可避的に相当期間妨げられるこ
とになる。特許権の存続期間の延長制度は,このような問題を解決するた
め創設されたものであり,本件に適用のある(現行)特許法67条2項は
「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目
的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手
続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政
令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施を
することができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の
出願により延長することができる。」と定めている。5年を上限とする理
由は,特許権の存続期間の満了日が無制限に長くなることのないようとす
るためであり,アメリカ,欧州等でも同様の規定となっている。
この特許法67条2項の規定を受け,特許法施行令3条2号は「政令で
定める処分」として薬事法14条1項に規定する医薬品に係る製造承認
(処分)を例示している。薬事法上の医薬品の製造承認(処分)は,その
有効成分,効能・効果のみならず,名称,用法,用量,使用方法等をすべ
て特定した「品目」ごとになされ,既承認の品目と上記承認審査項目のい
ずれかの点で異なる品目については,その都度承認(処分)を受ける必要
がある。例えば,従来,染料として使用されていた物質を,医薬品の有効
成分として初めて使用する場合には,承認(処分)が必要であり,医薬品
の製剤化材料として公知の成分であっても,効能・効果の異なる別の製剤
に用いるのであれば,同様に薬事法上の承認(処分)が必要になる。さら
に,異なる剤型,用法,用量,製法の場合や申請者が異なる場合(医薬品
が同一である場合を含む。)でも先の承認(処分)とは別の承認(処分)
が求められる。
イ特許法68条の2における「物」「用途」の解釈
特許法68条の2は,「…当該特許権の効力は,その延長登録の理由と
なった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分に
おいてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,
当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為
には,及ばない。」と規定している。この規定は,特許権の効力は承認
(処分)が得られた品目のみならず,処分の対象となった物を,処分にお
いて定められる特定の用途について実施する場合のすべてに及ぶこととし
たものであり,例えば医薬品の場合には,有効成分及び効能・効果が同一
であれば,剤型,用法,用量,製法等が異なる実施の形態にも,延長後の
。特許権の効力は及ぶと解されている
この考え方の背景として,特許権の存続期間の延長制度の関連条文を起
草した担当者の解説書(新原浩朗編著「改正特許法概説」有斐閣[乙2
])には,「…『承認』を受けることによって禁止が解除される範囲とい
うのは,これらすべての要素を特定した狭い範囲であり,当該『承認』に
基づいて存続期間を延長した場合の特許権の効力は,この狭い範囲の限定
が付されるべきである,とする考え方もあり得る。しかしながら,そもそ
もの薬事法の立法趣旨から考えてみると,薬事法の本質は,ある物質(有
効成分)を特定の医薬用途用に製造・販売することを規制するところにあ
るといえ,多数の特定される要素の中で,物(有効成分)と用途(効能・
効果)が規制のポイントということになる。これは,薬事法に限らず,他
の規制法についても同様であり,一般に,規制法は,ある物を特定の用途
向けに製造・販売等をすることを規制しているものであるといえる。」
(106頁12行∼18行)と記述され,医薬品,農薬を含めた化学物質
に係る規制法の一つとして薬事法を捉えた場合に,有効成分で特定される
物,効能・効果で特定される用途によって画される処分範囲を規制のポイ
ントと位置づけたうえ,それが出願対象の特許発明と重複する場合に,延
長後の特許権の効力を及ぼすという,保健衛生の向上を法目的とする薬事
法とは別の独自の判断を特許法に加えている。
例えば,特定の有効成分X,効能・効果Yの医薬品に対して薬事法に基
づく処分がなされると,有効成分X,効能・効果Yを有する医薬品の安全
性,有効性が確認されるとともに規制法上の禁止が解除されたと解され,
化合物Xについての化学物質発明及び製法の発明あるいは化合物Xと用途
Yを構成要件として含む用途発明(例えば,効能・効果Yに基づく特定疾
病用治療剤)については,薬事法の規定により実際にそれらの発明を実施
するために個々の品目毎の処分が必要な場合であっても(用量を変更する
場合,剤型を経口製剤から注射製剤に変更する場合のように変更承認(処
分)が必要な場合等),最初の品目単位の処分を受けるのみで,化学物質
発明及び製法の発明は化合物Xのすべての範囲について,また用途発明は
化合物X,用途Yで観念されるすべての範囲について,延長後の特許権の
効力が及ぶと解されている。
製薬団体は,特許権の存続期間延長制度を設ける特許法改正がされる以
前から,医薬品の製造承認と特許権のカバレッジ(規制の対象,範囲)が
相違すること,すなわち製造承認が特許のクレーム範囲と異なり「化合
物」(有効成分)と「用途」(効能・効果)以外の要素に基づき行われて
いることを承知のうえ,特許権の期間回復(延長)では「化合物」(物)
と「用途」に画される範囲の保護を求めるという「独自の判断」を加え,
侵害訴訟においては,特許権者の権利主張の「実効性」を確保するため
に,処分の対象となった品目単位の医薬品ではなく,承認された化合物と
用途に照らした裁判所の判断を希求していたのであり,また,特許権の存
続期間延長制度が設けられた後には,「物」=「有効成分」,「用途」=
「効能・効果」を前提とした同制度の普及啓蒙を自主的に進めてきた(乙
9∼11)。このことに,①上記立法担当者の解説に見られる,特許権の
存続期間延長制度が設けられた当時の政府内での検討内容,②新薬開発
(新たな有効成分,効能・効果を持つ新薬の開発)のインセンティブ付与
が議論されていた,特許権の存続期間延長制度が設けられた当時の国会審
議の状況(乙3の1・2特許権の存続期間の延長制度の導入の際に),③
参考とされた有効成分(「活性要素」,「活性成分」とも称される。)に
着目した諸外国の立法例(乙4,5の1・2)を併せ考えると,同制度を
創設するに当たり,「有効成分」,「効能・効果」以外の要素を持つ医薬
品,例えば新たな剤型,用量,用法の医薬品の保護にも主眼が置かれてい
たとは考えられないので,同制度は,少なくとも特許法68条の2の
「物」,「用途」をそれぞれ薬事法上の「有効成分」,「効能・効果」と
解釈することを前提とした制度というべきである。
なお,特許法68条の2の「物」の文言解釈として,特許法上の「物」
(2条3項1号),「医薬」(69条3項)あるいは薬事法上の「医薬
品」等の様々な解釈が可能ではあるが,そうであるからといって,原告が
述べるように「物」を品目として特定された薬事法上の医薬品と解した
り,「処分の対象となった物」の「用途」を医薬品の効能,効果,用法,
用量などや剤型に基づく効果などを総合的に考慮して決すべきとの解釈が
許される道理はない。
また,原告は,「物」について,「一律,機械的に『有効成分』と認定
するのではなく,申請に際し提出された資料等も含む審査資料等により実
体に基づいて認定することを特許法は予定しているというべきである。」
と主張する。しかし,原告が本件延長出願の際に提出した「延長の理由を
記載した資料」に添付された「医薬品製造承認申請書」(乙6)は大部分
の項目が隠蔽され,処分の対象となる品目単位の医薬品の中身を十分に理
解することは困難であるから,上記原告の主張は品目単位の医薬品につい
てこれを「物」として特定するに足る十分な情報を提示しない本件延長出
願における行動と矛盾するものである。
ウ特許法67条2項,67条の3第1項1号における「その特許発明の実
施」の解釈
(ア)特許法67条2項は,「その特許発明の実施について安全性の確保
等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の
目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するも
のとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許
発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度とし
て,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。
また,同法67条の3第1項1号は,延長が認められない要件として
「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けるこ
とが必要であったとは認められないとき」を挙げている。
ここでいう「特許発明の実施」について,延長後の特許権の効力が上
記の特許法68条の2における「政令で定める処分の対象となった物
(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場
合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明
の実施以外の行為には,及ばない」の制限を受けることから,特許法6
7条2項の「政令で定めるもの」の要件を切り離して「特許発明の実
施」の文言のみを抜き取り法律解釈を行うのは妥当ではない。また,同
法67条2項の「政令で定めるもの」,同法67条の3第1項1号の
「政令で定める処分」を解釈するに当たっても,その条文のみから「も
の」,「処分」を読み取るのではなく,特許権の存続期間延長制度に係
る他の条文の規定振りや同制度の立法趣旨,立法経緯等を踏まえたうえ
制度全体として矛盾のない解釈をしなければならないことが法律を適切
かつ円滑に運用する上で不可欠であることはいうまでもない。
特許権の存続期間延長制度の導入当時の考え方を示す資料として,上
記の立法担当者の解説書(乙2)があるが,そこには,「多数の特定さ
れる要素の中で,まさに,有効成分(物質)と効能・効果(用途)が規
制のポイントということとなる。したがって,有効成分(物質)および
効能・効果(用途)が同一の医薬品の製造承認について,その他の例え
ば,剤型,用法,用量または製法等のみが異なる製造承認が,いくつか
あったとしても,その中の最初の製造承認を受けることによって医薬品
としての製造・販売等の禁止が解除され,その有効成分(物質)と効能
・効果(用途)の組合わせについては特許発明の実施ができることとな
ったと考えられ,したがって最初の製造承認に基づいてのみ延長登録が
可能であり,その後の製造承認は,特許発明の実施に当該承認を受ける
ことが必要であったとは認められないこととなるのである。」との記述
があり(97頁14行∼98頁2行こうした特許権の存続期間延長),
制度の立法趣旨や立法経緯等を合わせ考えると,特許法67条2項,6
7条の3第1項1号は各別に解釈するのではなく,同法68条の2を考
慮して「政令で定めるもの」,「政令で定める処分」,「特許発明の実
施」を解釈することが制度上求められているといえる。
(イ)以下のとおり,特許法68条の2に規定する処分の対象となった
「物」(有効成分)及び「用途」(効能・効果)が,第三者に処分の内
容を公示する際あるいは同法67条の3第1項1号に該当するか否かを
判断する際における極めて重要な要素となっていることも指摘できる。
a特許権の存続期間延長登録出願について,特許法67条の2第1項
は,「特許権の存続期間の延長登録の出願をしようとする者は,次に
掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならな
い。」と規定し,その4号に「前条第2項の政令で定める処分の内
容」を掲げ,願書に処分の内容を記載すべきことを定めている。そし
て,願書の具体的記載様式について,特許法施行規則38条の15
は,「特許権の存続期間の延長登録の出願についての願書は,様式第
56により作成しなければならない。」と規定し,様式第56では
「6特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容」が挙げら
れ,ここに記載する内容について,[備考4]に「4『特許法第6
7条第2項の政令で定める処分の内容』の欄には,『薬事法第14条
第1項に規定する医薬品に係る同項の承認』のように特許権の存続期
間の延長登録の理由となる処分,承認番号等の処分を特定する番号及
び処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定
の用途が定められている場合にあっては,その物及びその物について
特定された用途)を記載する。」と定めている。
これは,特許法68条の2に基づき定まる延長後の特許権の効力が
及ぶと解される範囲を,特許登録原簿に記録(特許登録令16条1項
及び同令施行規則28条の2)するとともに特許公報に掲載(特許法
67条の3第4項)し,処分の内容,すなわち,物(有効成分),用
途(効能・効果)を第三者に公示することが求められていること,さ
らに,特許権の存続期間の延長登録出願の審査においても,特許法6
7条の3第1項1号に該当するか否かを判断するうえで,「物」(有
効成分)と「用途」(効能・効果)が処分の本質をなす重要な要素と
なっていることを示す証左といえる。
b仮に,原告が主張するように,「物」を品目として特定された薬事
法上の医薬品と解したり,「処分の対象となった物」の「用途」を医
薬品の効能,効果,用法,用量などや剤型に基づく効果などを総合的
に考慮して決すべきものと解すれば,処分の内容を具体的に示す「医
薬品製造承認申請書」のすべての項目を隠蔽等することなく特許庁に
提出し,願書の「処分の対象となった物」の欄にも記載すべきであ
り,第三者が処分内容,すなわち対象となる品目単位の医薬品の中身
を十分に理解できるようにするべきである。
(ウ)また,化合物(有効成分)の新しい医薬用途(効能・効果)に関す
る発明の特許明細書の例として,特許出願公告平3−24447号公報
(乙7)を示すが,その特許請求の範囲第1項には,特定の化合物を有
効成分とする吐気の軽減等のための薬剤組成物の発明が記載されてい
る。例えば,最初にこの化合物を有効成分とし,吐き気の軽減を効能・
効果とする錠剤につき処分(第1処分)を受けた後に,この有効成分を
同じ効能・効果のために使う注射剤について別途の処分(第2処分)を
受けた場合に,原告の解釈,すなわち「物」を「品目として特定された
医薬品」,「用途」を「医薬品の効能,効果,用法,用量などや剤型に
基づく効果などを総合的に考慮して決するもの」と解して,第2処分の
期間延長の適否を判断すれば,「物」,「用途」の捉え方あるいは二つ
の処分における「物」,「用途」の「実質的に重複する部分」の解釈い
かんによっては,剤型変更に係る第2の処分であっても,特許法67条
の3第1項1号の適用を受けず,剤型変更の処分を受ける度毎に対応特
許の延長が認められるという事態を招くことがある。これは,本件でい
う時期を異にする二つの処分に係る製剤(1か月製剤,3か月製剤)を
一つの特許出願において従属項の発明として表現した場合あるいは実施
態様として記載した場合にも当てはまり,有効成分(物)と効能・効果
(用途)で共通する1か月製剤と3か月製剤のそれぞれが重ねて期間延
長の利益を受けることにも繋がる原告の解釈が,有効成分(物)と効能
・効果(用途)に基づく最初の製造承認についてのみ延長登録を認める
という上記の特許権の存続期間の延長制度の趣旨にもとることは明白で
ある。
(エ)特許権の存続期間の延長制度の立法趣旨,立法の経緯,延長が認め
られた場合の法的効果及び延長を受けるために必要とされる願書の記載
要件等と矛盾することなく特許法67条2項及び67条の3第1項1号
を解釈すると,特許法68条の2における「政令で定める処分の対象と
なった物(物と用途)」,すなわち「有効成分で特定される物」,「効
能・効果で特定される用途」という概念によって薬事法上の処分を画
し,このような処分によって規制法上の禁止が解除されるという考え方
に基づき,「政令で定めるもの」,「政令で定める処分」,「特許発明
の実施」のそれぞれの文言の意味するところを解釈するのが自然かつ合
理的というべきであり,仮に「有効成分」,「効能・効果」以外の要
素,すなわち,剤型,用法,用量,製法等による薬事法上の処分(承
認)が「特許発明の実施」に必要であったとしても,その一事をもって
特許法67条2項が存続期間の延長を認める趣旨でないことは明らかで
ある。
(オ)したがって,特許法67条2項の「政令で定めるものを受けること
が必要であるために,その特許発明の実施をすることができなかった」
及び特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条第
2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」は,「物(有効
成分)と用途(効能・効果)の観点から政令で定める処分を受けること
が必要であったために,その特許発明の実施をすることができなかっ
た」,「その特許発明の実施に物(有効成分)と用途(効能・効果)の
観点から政令で定める処分を受けることが必要であった」とそれぞれ解
すべきである。
エ審決中の「実効性がない」との判断につき
審決は,「延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を処分の対象となった品目
そのものとすると,実効性に欠ける」と判断している(5頁下7行∼6
行)。審決の引用する東京高裁平成10年(行ケ)第362号判決には,
「期間延長後の特許権者の権利主張の実効性を確保するため,処分単位で
認めることとしないで,その処分において特定の用途が定められている場
合には,処分の対象となった物につき,その処分において定められた特定
の用途について実施する場合全般にまで拡大して及ぼしたものであること
が明らかである」との記載があることからすると,「実効性」が権利範囲
の解釈ではなく,「特許権者の権利主張」に便宜を図るという趣旨で用い
られていることは明らかである。
そして,特許権侵害訴訟等における均等範囲を含めた特許権の権利範囲
は,個別具体的事案の審理に際して裁判所が判断するものであり,「実効
性のない」又は「実効性を欠く」の文言もこれを変更,否定するものでは
ない。また,上記イで述べた,特許法68条の2の「物」,「用途」を薬
事法上の「有効成分」,「効能・効果」とする法律解釈は,特許権者の権
利主張の実効性等を考慮しつつ,特許権の存続期間の延長制度の立法趣
旨,立法の経緯等から導き出されるものであるから,「品目そのものとし
ても実効性に欠けることはない」などという原告の主張は,立法趣旨,立
法の経緯等から離れた独自の見解に立ったものと解するほかない。
また,上記イで述べた特許法68条の2に規定する「物」,「用途」を
それぞれ「有効成分」,「効能・効果」とする法律解釈,上記ウで述べた
特許法67条2項,67条の3第1項1号の「政令で定めるもの」,「政
令で定める処分」,「特許発明の実施」の法律解釈が,医薬品についての
二つの処分がそれぞれ異なる特許発明に該当する場合に,解釈の変更を余
儀なくされる法令上の根拠もない。
オ本件処分の対象である医薬品が技術的に優れた物である旨の主張につき
原告は,本件処分の対象である新剤型医薬品は技術的に優れたものであ
るなどと主張する。
しかし,特許権の存続期間の延長制度に係る特許法の諸規定は,「物」
(有効成分),「用途」(効果・効能)という観点から処分の要否をとら
えるものとして立法されており,延長期間を「5年を限度」とする等の規
定があることからも分かるとおり第三者による特許発明の実施等に鑑み法
規制による全ての浸食を補填する制度とはなっていないことを考慮すれ
ば,技術的に優れた新剤型医薬品の特許について延長登録を受けることの
できない事態が生じたとしても,現行制度の下では甘受せざるを得ないの
であり,それが憲法14条の保障する「法の下の平等」に反するともいえ
ない。
(2)取消事由2に対し
ア原告は「販売名リュープリンSR注射用キット11.25(3か月製
剤)」を対象とする本件処分と「販売名リュープリン注射用3.75
(1か月製剤)」を対象とする前処分とは,医薬品としての「物」,「用
途」が異なり,本件特許について延長登録が認められないのは不合理であ
る旨の主張をする。
しかし,両処分は「酢酸リュープロレリン」という有効成分(物),
「前立腺癌」という効能・効果(用途)で共通するものであり,上記(1)
の特許法67条の3第1項1号の解釈に従えば,本件処分は物(有効成
分)と用途(効能・効果)の観点から政令で定める処分を受けることが必
要であったとはいえないので,本件処分が物(有効成分),用途(効能・
効果)において本件発明の実施の態様に含まれるか否かにかかわりなく,
本件延長出願が特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権の存続期間
の延長登録を受けることができないと審決が判断した点に誤りはない。
イまた,原告は,審決中の「物(有効成分)と用途(効能・効果)が異な
るからではなく,物(有効成分)と用途(効能・効果)以外の添加剤や投
与期間の点で異なるからであるにすぎない」(5頁16行∼18行)のく
だりを摘示し,3か月製剤と1か月製剤の医薬品としての「物」,「用
途」が異なるとの主張をするが,審決は薬事法上の処分が両製剤で必要で
あったか否かを判断しているのではなく,本件発明の実施のために,
「物」(有効成分),「用途」(効能・効果)という観点から薬事法上の
処分が必要であったか否かを判断しているのであるから,原告の上記主張
は,ことさらに審決の記載を部分的にとらえて審決を論難するものである
か,あるいは審決全体の文意を正しく理解せずに主張するものというべき
である。
(3)取消事由3に対し
審決は,本件処分が前処分と物(有効成分),用途(効能・効果)で共通
するので,上記(1)ウの特許法67条の3第1項1号の解釈に従い「本件特
許発明の実施のために本件処分を受けることが必要であったものであるとい
うことができない」と判断したものである。前処分の対象である1か月製剤
についての特許権の存否は,特許法67条の3第1項第1号の法律解釈,本
件延長出願に対する法律の適用に何ら影響を与えるものではない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2特許権の存続期間延長制度の趣旨等について
(1)特許法67条2項は,昭和62年法律第27号によって新設された規定
である。同項は,特許発明の実施について安全性の確保等のために法律の規
定によって許可その他の処分を受けることが定められ,その処分の目的,手
続等からみて,その処分を的確に行うには相当の期間を要する場合には,処
分を受けることが必要であるために特許発明を実施することができなかった
期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができる旨を定
めている。そして,同項は,上記処分については政令で定めるものとし,特
許法施行令3条は,上記処分に当たるものとして,「薬事法14条1項に規
定する医薬品に係る同項の承認」等を定めている。
上記規定は,医薬品に係る薬事法14条1項の承認等を受けるまでには,
所要の実験によるデータの収集及びその審査に不可避的に相当の期間を要す
るため,その間は,特許権が存在していても,特許権者は特許発明を実施す
ることができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施
することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長
することとしたものである。
特許法67条の2は,上記特許権の存続期間の延長登録の出願について定
めており,同法67条の3第1項は,審査官は,特許権の存続期間の延長登
録の出願が「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受
けることが必要であったとは認められないとき」には,拒絶をすべき旨の査
定をしなければならない旨を定めている。
(2)ところで,薬事法14条1項(平成14年法律第96号による改正前の
もの)は,厚生労働大臣は,医薬品の製造をしようとする者からの申請があ
ったときは,品目ごとにその製造について承認を与える旨規定し,同条2項
は,前項の承認は,申請に係る医薬品の名称,成分,分量,構造,用法,用
量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等を審査して行うものとし,①申
請に係る医薬品が,その申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められ
ないとき,②申請に係る医薬品が,その効能,効果又は性能に比して著しく
有害な作用を有することにより,医薬品として使用価値がないと認められる
とき,③その他医薬品として不適当なものとして厚生労働省令で定める場合
に該当するときには,承認を与えない旨を規定する。したがって,薬事法1
4条1項に規定する医薬品に係る同項の承認は,名称,成分,分量,構造,
用法,用量,使用方法,効能,効果,性能等を特定した品目ごとにされるも
のである。
(3)これに対し,特許法68条の2は,特許権の存続期間が延長された場合
の当該特許権の効力は同法67条2項の政令で定める処分の対象となった物
(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合に
あっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以
外の行為には及ばない旨を規定する。この規定は,特許権の存続期間が延長
された場合の当該特許権の効力は,処分の対象となった物(その処分におい
てその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用
途に使用されるその物)については,処分の対象となった品目とは関係なく
特許権が及ぶ旨の規定と解されるから,特許法は,同法67条2項の政令で
定める処分の対象となった品目ごとに特許権の存続期間の延長登録の出願を
すべきであるという制度を採っていないことは明らかであり,処分の対象と
なった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められてい
る場合にあっては,当該用途に使用されるその物)ごとに特許権の存続期間
の延長登録の出願をすべきであるという制度を採用しているものと解され
る。
そうすると,最初(1度目)に特許法67条2項の政令で定める処分がな
されると,その最初になされた処分は,その物(その処分においてその物に
使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用さ
れるその物)について製造販売禁止を解除する必要があった処分であったと
いうことができるから,その処分に基づいて特許権の存続期間の延長登録の
出願をすることができるが,2度目以降にされた処分については,特許法6
7条の3第1項が定める「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定
める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,そ
の特許権の存続期間の延長登録の出願は拒絶されるものと解される。
以上のように,特許法67条の3に従って特許権の存続期間の延長登録出
願を認めるかどうかの判断に当たっては,延長後の特許権の効力について規
定した特許法68条の2の規定を考慮することによって,特許権の存続期間
の延長制度全体について統一的な解釈が可能になるというべきである。
そこで,特許法68条の2にいう「物」,「用途」が何を意味するかにつ
いて,項を改めて次に判断する。
3特許法68条の2にいう「物」,「用途」の意義等について
(1)証拠(甲29,乙2,9∼12)によると,次の事実が認められる。
ア昭和62年法律第27号の原案を立案する過程で作成された資料である
「法令審査原案および関係資料特許法等の一部を改正する法律(二)
大臣官房総務課公布・昭62年5月25日第108国会提出」(経済
産業省大臣官房総務課保管)(乙12)「特許権の存続期間の延長制度の
創設」には,「…医薬品の場合,薬事法の規定に基づく承認(処分)は有
効成分(物質),効能・効果(用途),剤型,用法,用量,製法等をすべ
て特定して与えられることとなるが,そもそも薬事法の本質は,ある物質
を医薬品として(特定の効能・効果用に)製造・販売することを規制する
ことにあるから,多数の特定される要素の中で,まさに,有効成分(物
質)と効能・効果(用途)が規制のポイントということになる。したがっ
て,有効成分(物質)及び効能・効果(用途)が同一の医薬品の製造承認
について,その他の例えば,剤型,用法,用量又は製法等のみが異なる製
造承認が,いくつかあったとしても,その中の最初の製造承認を受けるこ
とによって医薬品としての製造・販売等の禁止が解除され,その有効成分
(物質)と効能・効果(用途)の組み合わせについては特許発明の実施が
できることとなったと考えられ,したがって最初の製造承認に基づいての
み延長登録が可能であり,その後の製造承認は,特許発明の実施に当該承
認を受けることが必要であったとは認められないこととなるのである。」
(18枚目末行∼19枚目12行「…『承認』を受けることによって),
禁止が解除される範囲というのは,これらすべての要素を特定した狭い範
囲であり,当該『承認』に基づいて存続期間を延長した場合の特許権の効
力は,この狭い範囲の限定が付されるべきである,とする考え方もあり得
る。しかしながら,そもそもの薬事法の立法趣旨から考えてみると,薬事
法の本質は,ある物質(有効成分)を特定の医薬用途用に製造・販売する
ことを規制するところにあるといえ,多数の特定される要素の中で,物
(有効成分)と用途(効能・効果)が規制のポイントということになる。
これは薬事法に限らず,他の法律についても同様であり,ある物を特定の
用途向けに製造・販売等をすることを規制しているものであるといえ
る。」(27枚目末10行∼末行)と記載されている。そして,これを基
に記載された,特許庁工業所有権制度改正審議室新原浩朗編著「改正特許
法解説」(乙2)にも,同様の記述がある(97頁12行∼98頁2行,
106頁12行∼18行)。
イ社団法人東京医薬品工業協会工業所有権委員会と大阪医薬品協会工業
所有権委員会が,特許権の存続期間の延長制度ができたのを機会に,その
有効活用のための冊子として昭和63年1月に発刊した「医薬品の特許期
間延長−活用の手引−」(乙9)には,次の記述がある。
(ア)「医薬品の実質的に有効な特許期間の短縮化は,医薬品業界にとっ
て看過できない問題であり,東京医薬品工業協会と大阪医薬品協会の
工業所有権委員会では,この問題に以前から深い関心を寄せており,
昭和55年4月に特許期間延長制度導入に向けての活動を開始し,日
本における医薬品の特許期間短縮化の実情を調査すると共に,昭和5
7年6月に『特許期間回復問題と医薬品産業』と題する米国議会技術
評価局報告書,いわゆるOTAレポートの翻訳版を発行し,また昭和
58年4月には『医薬品産業と特許期間間回復問題』と題する冊子を
発行し,更に昭和60年2月には『特許期間回復問題−Q&A−』を
発行するなどして特許期間回復問題の啓蒙に努めた。…昭和59年2
月に東京医薬品工業協会と大阪医薬品協会の連名で特許庁長官に要望
書が提出され,また日本製薬工業協会,農薬工業会,日本特許協会な
どからも要望書や意見書が提出された。更に,医薬品業界の総意とし
て,昭和61年4月に日本製薬団体連合会から通商産業大臣及び厚生
大臣に要望書が提出された。こうして特許期間延長制度制定への機運
が高まり,関係諸官庁のご理解を得るところとなり,特許期間延長制
度の創設を含む特許法等の一部改正法案が昭和62年5月22日に国
会を通過し,本制度は昭和63年1月1日を以って実現した。」(1
頁5行∼2頁5行),
(イ)「延長できる特許日本:有効成分に関係する特許はすべて」(4
頁11行∼12行)
「延長できる回数日本:有効成分又は用途についての最初の承認の
都度,何回でも」(4頁15行∼16行)
(ウ)願書の記載要領
「()処分の対象となった物…医薬品の場合,承認された有効成ⅲ
分の一般的名称を記載する。一般的名称は,承認書…の当該欄に記載
されたものをそのまま転記する。」(16頁下8行∼3行)
「()処分の対象となった物について特定された用途…医薬品のⅳ
場合は,承認書の効能又は効果の欄に記載された内容をそのまま転記
する。」(16頁下2行∼17頁3行)
(エ)「有効成分及び効能・効果が同一である承認が複数ある場合には,
そのうちの最初の承認を受けることによってその効能・効果に使用す
るその有効成分について特許発明が実施できることとなったため,そ
の後の承認を受けることは,特許発明の実施に必要であったとは認め
られないこととなる。例えば,有効成分(物)及び効能・効果(用
途)が同一であって製法,剤型等のみが異なる医薬品に対して承認が
与えられている場合には,そのうちの最初の承認に基づいてのみ延長
登録が認められる。」(33頁2行∼9行)
ウ上記イの冊子中で引用される,社団法人東京医薬品工業協会工業所有
権委員会と大阪医薬品協会工業所有権委員会が作成した「特許期間回復
問題−Q&A−」(甲34,乙10)には,それが発刊された昭和60年
2月当時,これらの団体が要望していた特許権の存続期間延長制度の在り
方が,次のとおり述べられている。
(ア)「新薬は,特定の医薬用途を意図して合成されたいくつかの新規化
学物質群の中から選択された唯一種の新規化学物質または特定の医薬用
途がはじめて見出された既知物質を唯一の有効成分として含有する医薬
品である。そして,有効成分以外の成分,剤型,製造方法等は,ほとん
どの場合,周知のものである。従って,また,この新薬に関する特許権
は,大抵の場合,この新規化学物質あるいは化学物質群についての物質
特許のみである。即ち,この新薬は,その有効成分である新規化学物質
自体をクレームする唯一の特許権によって保護されていることが多い。
いいかえれば,新薬とそれをカバーする特許権とが一対一の関係にある
)場合が普通であるといえる。」(51頁11行∼21行
「以上のことから明らかなように,新薬に関する特許権というのは,
数こそ少ないかもしれないが,企業にとってその意義は著しく大きいも
のである。そして特許期間の侵蝕を受けた特許権については,これが一
旦満了すれば,莫大な研究開発投資を十分に回収できないうちに,ただ
ちに第三者の参入の危険にさらされるといえる。」(52頁10行∼1
)4行
(イ)「これをわが国の厚生省の製造承認に引き直して考えれば,期間回
復される特許のクレームの範囲は特許権全体ではなく,承認された製品
に直接関係する部分,すなわち厚生省によって承認された特定の化合物
及び用途に限定されるということになる。この考え方が最も妥当な侵蝕
に対する回復の姿となるように思われる。つまり,製造承認の対象とな
った特定の化合物及び用途についてのみ権利者は特許発明の実施を志向
し,その志向が申請準備及び承認取得により妨たげられたのであるか
ら,その期間の回復を認めるとするのが最も素直な考え方と思われるか
らである。この考えをイメージ的に表現するならば,特許期間の満了に
あたって,その特許権の中から回復を認められた期間だけ承認対象の化
合物と用途の発明部分がさらに突出してきてさらに存続するという形と
なる。」(277頁下10行∼3行)
「…回復期間中に侵害訴訟が起ったとき,裁判所が承認された化合物
と用途に照らしてイ号方法との比較をし,権利侵害の成否を認定すると
いう形となろう。」(278頁12行∼13行)
(ウ)「このように,期間回復された特許権の権利の幅が政府承認の対象
となった物と用途の両面から限定を受けるものとした場合,いわゆる先
端的基本技術にかゝる特許について広いクレームが存在しても,後発者
が長期間これの拘束を受けることは少なくなるものと考えられる。何故
ならその広いクレーム全般について政府規制による侵蝕を受けることは
考えられず,政府に製造承認申請した特定の用途と物に限って特許期間
回復がなされるからである。」(278頁下7行∼1行)
(エ)「(6)医薬品の中でも特許期間短縮にかかわりのない製品分野が
あるのか
…特許発明が問題となるのは主として新有効成分含有医薬であるが,
次の表に示す1∼9までの扱いを受ける医薬品には特許発明成立の可能
性があり,これが専ら特許期間短縮の問題となり,…
第1表医薬品の製造(輸入)承認に関する取扱いと中央薬事審議会
との関係
1新有効成分含有医薬品。ただし,本表の3と10に該当するものを
除く

4新医療用配合剤

8新剤型医薬品」(284頁下6行∼285頁16行)
エ大阪医薬品協会工業所有権委員会特許部会と社団法人東京医薬品工業
協会工業所有権委員会特許小委員会が作成し特許庁に提出した「検討内
容」と題する資料(昭和61年7月18日付け。乙11)は,特許権の存
続期間延長制度について医薬品業界として期待する具体的な内容が記載さ
れているものであるところ,次のような記述がある。
(ア)「剤型変更及び適用拡大の場合には治験届が不要であり,またこの
点を要求するのはよくばり過ぎである。」(2頁21行∼22行)
(イ)「3)対象となる権利の幅;承認をうけた有効成分につき当該用途
に限定された効力とする。(米国並であり,特に議論は無かった。)」
(3頁1行∼3行)
オなお,社団法人東京医薬品工業協会は,東京都又は東京周辺の地域に本
社等を有する医薬品製造業者及び医薬品輸入業者で組織された公益法人で
あり,大阪医薬品協会は,大阪の医薬品業者の地域団体である。
(2)以上の(1)認定の事実によると,特許法68条の2にいう「物」が「有効
成分」を,「用途」が「効能・効果」を意味するものとして立法されたこと
は,明らかであるというべきである。そして,その理由としては,新薬の特
許は「有効成分」又は「効能・効果」に与えられることが多いので,薬事法
上,医薬品の品目の特定のために要求されている各要素のうち,新薬を特徴
付けるものは「有効成分」と「効能・効果」であることが多く,そのため,
それらについて「物」と「用途」という観点から特許権の存続期間延長制度
を設けることとしたものと解することができる。
そして,前記2のとおり,特許法は,同法67条2項の政令で定める処分
の対象となった品目ごとに特許権の存続期間の延長登録の出願をすべきであ
るという制度を採用しておらず,処分の対象となった「物」及び「用途」ご
とに特許権の存続期間の延長登録の出願をすべきであるという制度を採用し
ており,存続期間が延長された特許権は,処分の対象となった品目とは関係
なく,「物」と「用途」の範囲で,その効力が及ぶのであるから,「物」と
「用途」の範囲は明確でなければならないところ,これらを「有効成分」と
「効能・効果」と解すると「物」と「用途」の範囲が明確になるということ
ができる。「物」と「用途」を「有効成分」と「効能・効果」と解さないと
「物」と「用途」の範囲は極めてあいまいなものになるといわざるを得ず,
法的安定性を欠くことになる。
したがって,特許法68条の2にいう「物」は「有効成分」を,「用途」
は「効能・効果」を意味するものと解するのが相当である。
(3)ところで,原告は,同一の「物」と「用途」を有する医薬品について,
最初の処分に基づく特許権の存続期間の延長と後の処分に基づく特許権の存
続期間の延長が異なる特許権を対象としている場合は,同一の特許権が対象
となっている場合とは異なると主張する。
しかし,特許法は,特許権の存続期間延長制度については,「物」と「用
途」という観点からのみ規定しており,特許権の個数については規定してい
ないし,仮に,原告が主張するような見解を採用すると,特許請求の範囲が
広い特許を取得すると1回しか特許権の存続期間の延長が認められないが,
特許請求の範囲が狭い特許を取得すると複数の特許権の存続期間の延長が認
められるということになり,特許権をどのように取得するかによって特許権
の存続期間の延長が認められる回数が異なるという結果を招くことになる。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(4)また,上記のように解すると,「有効成分」と「効能・効果」以外によ
って特徴付けられる新薬(例えば,剤型,用法に特徴があるもの)について
は,特許権の存続期間が延長されない場合が生ずることになるが,現在の特
許法における特許権の存続期間の延長制度は,上記のとおり合理的な理由を
有するものであるから,「有効成分」と「効能・効果」以外によって特徴付
けられる新薬について特許権の存続期間が延長されない場合が生ずることが
あるとしても,憲法14条に違反するものではない。
(5)なお,原告は,特許権の存続期間の延長制度が設けられた特許法改正の
過程において,医薬ないし新薬を「物(有効成分)と用途(効能・効果)が
新たな医薬品」であるとする議論は一切なされていないと主張する。
しかし,上記(1)で認定したような立法経緯が存したことが認められる。
特許権の存続期間の延長制度を設けることを含む答申案を審議した第20
回工業所有権審議会(昭和61年12月19日開催)の議事録(甲17)及
び配付資料(甲16の1,23),内閣が特許権の存続期間の延長制度を設
けることを含む特許法改正案を国会に提出した際の説明資料(甲24),上
記特許法改正案が審議された第108回国会(昭和62年5月14日衆議
院,昭和62年5月20日及び同月21日参議院)の議事録(甲15の4,
25,26,乙3の2),上記特許法改正案を閣議決定の上国会に提出する
ことについての内閣法制局の内部決裁文書(甲27),上記特許法改正案が
国会に提出される前の国会(昭和59年4月5日第101国会衆議院,昭和
60年5月15日第102国会衆議院,昭和60年5月21日第102国会
衆議院,昭和61年3月7日第104国会衆議院)において特許権の存続期
間の延長についての質問がされた際の議事録(甲15の1∼3,乙3の1)
には,特許法68条の2にいう「物」が「有効成分」を,「用途」が「効能
・効果」を意味する旨の記載はないが,このように解することを妨げる記載
はないし,また,立法がされた理由を工業所有権審議会の議事録や国会の議
事録のみから認定しなければならないということはできないから,上記のと
おり,特許法68条の2にいう「物」が「有効成分」を,「用途」が「効能
・効果」を意味するものと解することが左右されることはない。また,特許
庁審査部特許期間問題検討委員会の「特許期間の延長について」と題する文
書(甲28の1)中の資料G「承認医薬と延長特許の同一性判断」(昭和
61年11月14日付け。甲28の2)には,「承認医薬」の項に「2)既
承認医薬等と有効成分,投与経路,効能等が同一だが,徐放化等の薬剤学的
変更により原則として用法等が異なるもの」との記載があり,「延長候補特
許のクレーム」に「新剤型医薬徐放性カプセル剤F」との記載があり,1
「延長の可否」の項に「○」の記載があるが,「効力の制限」の項に,有効
成分を意味する「a」,効能,効果(薬効)を意味する「c」の各記載があ
るから,これらの記載は,特許法68条の2にいう「物」が「有効成分」
を,「用途」が「効能・効果」を意味するものとして立法されたと認めるこ
との妨げとなるものではない。さらに,甲29(社団法人東京医薬品工業協
会工業所有権委員会特許小委員会の小委員長であったEの見解書)には,特
許権の存続期間の延長制度が立法された当時,製剤特許についても延長の対
象となると考えていた旨の記載があるが,社団法人東京医薬品工業協会工業
所有権委員会(特許小委員会)によって作成された上記(1)イ∼エの各文書
に,その旨の記載があるとは認められない(前記(1)ウ(エ)の記載も,新医
療用配合剤や新剤型医薬品について特許期間短縮の問題が起こり得ることを
示しているにとどまり,甲29の記載を裏付けるものということはできな
い。)から,直ちに採用することができるものではない。
4本件への当てはめについて
平成4年7月3日にされた前処分(承認番号04AM−0896)は,酢酸
リュープロレリンを有効成分とし,前立腺癌の治療を効能・効果とするもので
あるところ,平成14年7月5日にされた本件処分(承認番号21400AM
Z00526000)は,酢酸リュープロレリンを有効成分とし,前立腺癌の
治療を効能・効果とするものであるから,承認番号04AM−0896の前処
分が前記2にいう最初の処分(1度目の処分)であって,その後の処分である
本件処分は,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からは,本件発
明の実施のために本件処分を受けることが必要であったということができな
い。
したがって,本件延長出願は,「政令で定める処分を受けることが必要であ
った」という要件を欠くから,特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権
の存続期間の延長登録を受けることができない。
5取消事由1(特許法68条の2の文言解釈の誤り)について
(1)「特許法68条の2の『処分の対象となった物』の文言解釈の誤り」の
主張につき
ア前記2,3で述べたところからすると,審決の,(ア)「…薬事法による
医薬品の承認は,その成分,効能・効果のみならず,名称,用法,用量,
使用方法等を特定した品目ごとにされるものではあるが,特許法として
は,薬事法による承認が得られた品目に限定して延長に係る特許権の効力
が及ぶとするのではなく,延長に係る特許権の効力は,『物(有効成分)
』及び『用途(効能・効果)』について特許発明を実施する場合全般に効
力が及ぶとしたものである。」との判断(4頁10行∼15行),(イ)
「特許法67条2項及び67条の3第1項1号の『政令で定める処分を受
けることが必要であった』という要件は,薬事法第14条1項の承認の対
象となる医薬品に関しては,『物(有効成分)と用途(効能・効果)とい
う観点から処分を受けることが必要であったこと』というように解すべき
であり,そうしてこそ制度全体として矛盾のない解釈となる。」との判断
(4頁25行∼30行)に誤りはない。
イ原告は,現行特許法(昭和34年法律第121号)制定当時の32条及
び特許法69条3項の「医薬」の定義を理由として,審決の上記ア(ア)の
判断を争うが,特許権の存続期間の延長制度に関する条文(特許法67条
2項,67条の2,67条の2の2,67条の3,67条の4,68条の
2)には「医薬」という文言はなく,特許権の存続期間の延長制度とは別
の事項を定める条文の文言を根拠として審決の上記判断が誤りであるとい
うことはできない。
原告は,特許法2条の発明の分類からすれば,有効成分である化学物質
も,製剤形態の医薬品も「物」の発明であることを理由として,審決の上
記ア(ア)の判断を争う。しかし,特許法の文言は,それぞれの規定の趣旨
に従って解すべきであって,特許法68条の2の「物」を,特許法2条の
発明の分類と同じ意味に解さなければならない理由はないから,審決の上
記判断が誤りであるということはできない。
原告は,特許庁の「特許実用新案審査基準第Ⅶ部『特定技術分野の審
査基準』第3章『医薬発明』」を引用し,「医薬発明」の特許請求の範
囲の記載方法を理由として,審決の上記ア(ア)の判断を争うが,この審査
基準は,特許庁において,「医薬発明」について明細書及び特許請求の範
囲の記載要件並びに特許要件を審査する際の基準を示したものであって,
特許法68条の2の「物」を,審査基準に表れている「医薬発明」の特許
請求の範囲の記載方法から解釈しなければならない理由はないから,審決
の上記判断が誤りであるということはできない。
原告は,特許庁長官は,審査官にその出願を審査させなければならない
(特許法67条の4によって準用される特許法47条1項)ところ,その
審査はいわゆる実体的要件の審査であって,明細書及び特許請求の範囲の
中身について審査官の技術的知識に基づいた実体判断が求められるから,
特許法68条の2の「物」を「有効成分」と認定することはできないと主
張する。しかし,審査官が技術的知識に基づいた実体判断を行うからとい
って,特許法68条の2の「物」を「有効成分」と解釈することができな
い理由はない。
ウ原告は,薬事法上の「医薬品」の定義,製造承認における審査の実体,
医薬品としての「リュ−プリンSR注射用キット11.25」の内容を理
由として,審決の上記ア(ア)(イ)の判断を争うが,すでに前記2,3で述
べたとおり,特許法は,薬事法が承認の対象としている医薬品にかかわる
各要素のうち,物(有効成分)と用途(効能・効果)という観点から承認
が必要であったときに限って,特許権の存続期間の延長を認めることとし
ているものであって,特許法として独自の観点から,特許権の存続期間の
延長の要件を定めているものである。原告が主張する上記の各点は,この
解釈を左右するものではない。
エ原告は,特許権の存続期間延長制度導入の法改正に携わった工業所有権
審議会の委員であったA教授の意見書(甲7の2)や医薬品の開発に携わ
っている当業者の各意見書(甲8の2,9の2,13)を根拠として,審
決の誤りを主張するが,A教授の意見書(甲7の2)は,前記3(1)認定
の特許権の存続期間延長制度の立法経緯に照らすと,採用することができ
ないし,医薬品の開発に携わっている当業者の各意見書(甲8の2,9の
2,13)は,いずれも医薬品開発における製剤技術の価値や本件発明の
意義について述べるものにすぎず,前記2,3の解釈を左右するものでは
ない。
また,原告は,C博士の意見書(甲9の2)に基づき,製剤を,単なる
「入れ物」と考え,有効成分と効能・効果以外の要素の重要性を「剤型レ
ベル」と呼んでその価値を低く見るような審査実務は,我が国の製剤学分
野の研究意欲に水をさすものであり,医薬品産業の発達を妨げる要因とな
るものであると主張する。しかし,審決は,特許法の解釈として,物(有
効成分)と用途(効能・効果)という観点から承認が必要であったときに
限って特許権の存続期間の延長を認めることしている旨の判断をしている
ものであって,「製剤を,単なる『入れ物』と考え,有効成分と効能・効
果以外の要素の重要性を『剤型レベル』と呼んでその価値を低く見る」と
いうような判断をしているものではないから,原告の上記主張は,前提に
おいて失当である。
(2)「特許法68条の2の『用途』の文言解釈の誤り」の主張につき
ア前記2,3で述べたところからすると,審決が「用途」を「効能・効
果」と同一としている点に誤りはない。
イ原告は,特許法上,「用途」は特許法29条柱書の産業上の利用性に関
するものであり,「効能・効果」は発明の進歩性に係るものであり,異質
のものであるから,特許法の用語例として,「用途」と「効能・効果」を
同じ意味に捉えることは相応しくないと主張する。
しかし,特許法29条柱書には「用途」という文言はなく,発明の進歩
性について規定する特許法29条2項にも「効能・効果」という文言はな
いのであって,「用途」は特許法29条柱書の産業上の利用性に関するも
のであり,「効能・効果」は発明の進歩性に係るものであるという主張は
独自の見解というほかないから,原告の上記主張を採用することはできな
い。
ウ原告は,仮に「用途」=「効能・効果」とした場合であっても,本件処
分に係る3か月製剤の効果は,「12週間に1回の投与で前立腺癌を治療
すること」である。これに対し,前処分に係る1か月製剤の効果は,「4
週間に1回の投与で前立腺癌を治療すること」であり,両者は明らかに異
なると主張する。
しかし,本件処分に係る3か月製剤と前処分に係る1か月製剤は,「前
立腺癌を治療する」という効能・効果において同一であって,それ以外の
点(投与方法等)が異なるのみであるから,「用途」が異なるということ
はできない
(3)その他の取消事由1における原告の主張が認められないことは,すでに
述べたところから明らかである。
(4)したがって,原告主張に係る取消事由1は理由がない。
6取消事由2(特許法67条の3第1項1号の解釈の誤り)について
(1)「『リュープリンSR注射用キット11.25』について薬事法上の処
分が必要であった理由の誤認」の主張につき
ア審決は,「次に,本件特許発明の実施のために物(有効成分)と用途
(効能・効果)という観点から本件処分を受ける必要があったかを検討す
る。前記4.の本件処分以前の処分は,酢酸リュープロレリンを物(有効
成分)とし,前立腺癌に対する用途(効能・効果)についてのものであ
る。そうすると,有効成分と効能・効果が先の処分と同じである『販売名
リュープリンSR注射用キット11.25』についての本件処分は,物
(有効成分)と用途(効能・効果)という観点からは本件特許発明の実施
のために本件処分を受けることが必要であったものであるということがで
きない。本件処分において『販売名リュープリンSR注射用キット1
1.25』について薬事法上の処分が改めて必要であった理由は,すでに
承認を受けた医薬品『販売名リュープリンSR注射用キット3.75』
と物(有効成分)と用途(効能・効果)が異なるからではなく,物(有効
成分)と用途(効能・効果)以外の添加剤や投与期間の点で異なるからで
あるにすぎない。」と判断している(5頁6行∼18行)。
イ原告は,前処分の対象となった1か月製剤と本件処分の対象となった
3か月製剤とは異なるから,上記アの判断には,「リュープリンSR注射
用キット11.25」について薬事法上の処分が必要であった理由の誤認
があると主張する。
しかし,前処分の対象となった1か月製剤と本件処分の対象となった3
か月製剤とでは,「酢酸リュープロレリン」という物(有効成分)と「前
立腺癌の治療」という用途(効能・効果)が同一であるから,物(有効成
分)と用途(効能・効果)という観点からすると,本件発明の実施のため
に本件処分を受けることが必要であったということができないのであっ
て,その旨の上記アの判断に誤りがあるということはできない。
(2)「『リュープリンSR注射用キット11.25』の前臨床試験・臨床試験
・承認手続」の主張につき
原告は,「『リュープリンSR注射用キット11.25』の前臨床試験及
び臨床試験は,約5年2か月実施され,治験計画届けを提出してから,承認
を取得するまでには,7年もの期間が経過している。このため,本件特許
は,平成9年5月23日に登録されたにもかかわらず,3年3月17日の期
間特許発明を実施することができなかった。このような前臨床試験,臨床試
験及びそれらのデータに基づく承認申請手続が必要であった理由は,『物
(有効成分)と用途(効能・効果)以外の添加剤や投与期間の点で異なるか
らであるにすぎない』のではない。本件特許権について存続期間の延長が認
められないのは,不合理である。」旨主張する。
しかし,上記(1)のとおり,前処分の対象となった1か月製剤と本件処分
の対象となった3か月製剤では,「酢酸リュープロレリン」という物(有効
成分)と「前立腺癌の治療」という用途(効能・効果)が同一であるから,
原告が本件発明を実施できない期間があったとしても,それは,1か月製剤
と3か月製剤が,物(有効成分)と用途(効能・効果)以外の点で異なるこ
とによるものである。しかるところ,既に前記2,3で述べたとおり,特許
法は,このような場合は,特許権の存続期間延長の対象としていないのであ
るから,本件特許権について存続期間の延長が認められないとしても,法解
釈論としてはやむを得ないものというほかない。
(3)原告は,先の承認と「有効成分(テオフィリン)」と「効能・効果(気
管支喘息の治療)」が同一の後の薬事法14条に基づく承認について,製剤
特許(登録第1157620号特許)の存続期間の延長が認められた事例や
同一の有効成分を用いているものについて,製造承認申請の対象となる品目
毎に,同じ特許権について複数の延長登録出願を行い,認められている例が
あると主張する。しかし,特許庁においてこれらの例があるとしても,別の
特許に関する扱いであって,そのことは,前記2,3で述べた解釈を左右す
るものではない。
(4)したがって,原告主張に係る取消事由2は理由がない。
7取消事由3(特許法67条の3の解釈において同法68条の2を援用するこ
との誤り)
特許法67条の3に従って特許権の存続期間の延長登録出願を認めるかどう
かの判断に当たって,延長後の特許権の効力について規定した特許法68条の
2を考慮することによって特許権の存続期間の延長制度全体について統一的な
解釈が可能になることは,すでに前記2において述べたとおりである。
原告は,特許権の存続期間延長登録出願から審査を経て査定がされ登録が行
われる流れは,特許出願の審査・査定・登録の場合と同じ考えによって定めら
れたものであるから,特許法67条の3の解釈において同法68条の2を援用
することは誤りであると主張するが,特許権の存続期間延長登録出願から審査
を経て査定がされ登録が行われる流れは,特許出願の審査・査定・登録の場合
と同じ考えによって定められたからといって,特許法67条の3の解釈におい
て同法68条の2を考慮することができないというべき理由はない。前記2に
おいて述べたとおり特許法68条の2を考慮すべきである。
また,原告は,存続期間の延長登録がされた権利の効力や権利の及ぶ技術的
範囲は,特許庁が延長登録をした後に,当該特許権について侵害訴訟や差止請
求権不存在確認請求訴訟が提起されたときに,個別,具体的に判断されるべき
問題であるとも主張する。存続期間の延長登録がされた権利の効力や権利の及
ぶ技術的範囲は,特許庁が延長登録をした後に,当該特許権について侵害訴訟
や差止請求権不存在確認請求訴訟が提起されたときに,裁判所において判断さ
れるべき問題ではあるが,そうであるからといって,特許権の存続期間延長登
録出願の審査において特許法68条の2を考慮することができないということ
にはならないのであって,前記2において述べたとおり特許法68条の2を考
慮すべきである。
したがって,原告主張にかかる取消事由3は理由がない。
8結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことに
なる。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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