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平成20年10月30日判決言渡
平成20年(ネ)第10035号補償金請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成18年(ワ)第24193号)
平成20年8月26日口頭弁論終結
判決
控訴人X
同訴訟代理人弁護士矢島邦茂
被控訴人NECトーキン株式会社
同訴訟代理人弁護士新保克芳
同高崎仁
同大久保暁彦
同洞敬
同井上彰
主文
1原判決を次のとおり変更する。
2被控訴人は,控訴人に対し,金572万1708円及びこれに対する
平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
3控訴人のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを200分し,その1を被控訴
人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
5この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,金1億円及びこれに対する平成18年11月2
2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
被控訴人(以下「被告」という。)の従業員であった控訴人(以下「原告」
という。)は,被告に対し,被告在職中に他の従業員と共同でした発明につき,
その共有持分を被告に承継させたとして,平成16年法律第79号による改正
前の特許法(以下「改正前特許法」という。)35条3項に基づく相当の対価
として,51億1200万円の一部である10億円及び内金1億円に対する訴
状送達の日の翌日である平成18年11月22日から,内金4億円に対する平
成19年7月31日付け「訴変更の申立書」の送達の日の翌日である同年8月
2日から,内金5億円に対する同年10月18日付け「訴変更の申立書」の送
達の日の翌日である同月23日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払いを求めた。原判決は,原告の上記請求のうち
134万9036円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みま
で年5分の割合による遅延損害金の支払いの限度でこれを認容し,その余の請
求を棄却した。そこで,原告は,原判決中,原告敗訴部分を不服として,控訴
を提起するとともに,請求額を前記第1,2のとおりに減縮した。
当事者の主張は,次のとおり付加・訂正するほか,原判決の「事実及び理
由」の「第2事案の概要」の「1争いのない事実等」,「2争点」及び
「3争点に対する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
なお,略語については,当裁判所も原判決と同一のものを用いる。
1原判決の訂正・付加
⑴原判決3頁10行目「承継された」の後に「(ただし,本件発明の発明者
の範囲については後記のとおり当事者間に争いがある。)」を加える。
⑵原判決3頁22行目中の「をし」の後に「,同年11月26日付けで手続
補正書を提出し(甲94)」を加える。
⑶原判決5頁14行目中の「本件発明」の前に「本件発明の発明者及び」を
加える。
(4)原判決21頁3行目中の「被告会社」を「被告」に改める。
2当審における原告の主張(補足的主張を含む。)
(1)本件発明と電電公社発明との関係(争点(1))について
ア本件発明の再生原理は,磁気ヘッドからの微弱なバイアス磁界により,
再生ヘッドの磁気ギャップ直下の保護膜のみを磁気飽和させながら,他の
保護膜部をヨーク(ヨーク効果)として活用することで,保護膜の下部の
磁性層に記録されている信号を読み出すものである。これに対し,電電公
社発明は,保護膜全体を磁気飽和させた状態にしておき,その磁気飽和さ
れた保護膜上から再生を行なうものであり,両者はその技術思想が異なる。
イ電電公社発明は,次のとおりの理由から,記録再生をすることができな
い。すなわち,電電公社の提案により試作した磁気飽和用磁気ヘッドを有
する磁気ヘッド組立体(甲18の1,2)について検討すると,磁気再生
用磁気ヘッド(甲18の1)の磁気ギャップ長は20μm程度であるのに
対し,磁気再生用磁気ヘッドを挟んで置かれる直交バイアス磁界印加用の
ヨークと磁気飽和用コアの磁極間隔は,最短長で15500μmであり,
このように狭いヨーク・磁気飽和用コアからの直交バイアス磁界で,膜厚
が数μmないし数十μmの保護膜を上記間隔で磁気飽和させることは不可
能である。
⑵本件発明により被告が「受けるべき利益」の額(争点⑵)について
ア本件発明が電電公社社員(A及びB)との共同発明でないとされた場合
この場合には,被告が本件発明により受けるべき利益は,被告の実施許
諾料の額とされるべきである。そして,その額は,原判決別紙「電話用カ
ードリーダに関する一覧表」の番号5「電話用カードリーダ販売金額」欄
記載のカードリーダの販売高2556億円のうち本件特許の実施料相当率
5パーセントを掛け合わせて得られる127億8000万円に被告が田村
電機から支払いを受けた実施料合計8616万1035円を加えた128
億6616万1035円である。
イ本件発明が電電公社社員(A及びB)との共同発明であるとされた場合
この場合には,被告が本件発明により受けるべき利益は,被告が,本件
発明により電電公社から独占的に磁気ヘッド及びテレフォンカードの発注
を受けたことにより得た利益の額とされるべきである。そして,その額は,
被告の磁気ヘッドの電電公社納品分の売上げは,別紙「磁気ヘッドに関す
る一覧表」記載のとおり,昭和58年から平成11年までの合計122億
4525万円で,被告のテレフォンカードの電電公社納品分の売上げは,
別紙「テレフォンカードに関する一覧表(被控訴人実施分)」記載のとお
り,昭和57年から平成11年までの合計1384億0600万円である。
したがって,被告が本件発明により受けるべき利益は,上記総額のうち
本件特許の実施料相当率5パーセントを掛け合わせて得られる75億32
56万円に被告が田村電機から支払いを受けた実施料合計8616万10
35円を加えた76億1872万1035円である。
この点,被告は,本件発明完成前に上記発注が事実上決定されていたか
ら,被告が本件発明により電電公社から独占的に磁気ヘッド及びテレフォ
ンカードの発注を受けたことと本件発明の成立とは因果関係がないと主張
するが,誤りである。最終的に上記発注が決まったのは昭和55年4月以
降のことである。
⑶被告の貢献度(争点⑶)について
本件発明における被告の貢献度は,以下のとおり50パーセントを上回る
ことはない。
すなわち,①原告は,独自の思想と考案によって着想と検証を行なって,
本件発明を完成させたこと,②原告は,本件発明の完成までの間に被告から
研究費の支給を受けたり,特別の研究設備,機器等を長期間にわたって使用
したこともなかったこと,③原告は,本件発明の権利化及び事業化の過程に
おいて中心的役割を果たしたことに照らすと,被告の貢献度が,50パーセ
ントを上回ることはない。
⑷本件発明の各発明者間における原告の貢献割合(争点⑷)について
電電公社社員(A及びB)は,以下のとおり,本件発明の発明者ではない。
すなわち,①本件発明は,原告が電電公社発明では記録再生できないことを
踏まえて独自の思考と考案によって記録再生できる原理を見つけ出したもの
であり,本件発明に至る過程において電電公社社員の貢献が全くないこと,
②電電公社社員を発明者に加えたのは被告と電電公社との営業等の関係から
の配慮によるものであることを総合考慮すると,電電公社社員は本件発明の
発明者であるとはいえない。仮に,電電公社社員が,本件発明の発明者であ
るとしても,電電公社社員と被告社員(原告及びC)の貢献割合は,10パ
ーセント対90パーセントとするのが相当である。
次に,Cは専ら原告の指示に従って作業をしたのであるから,Cと原告と
の間における貢献割合は5パーセント対95パーセントとするのが相当であ
る。
⑸相当の対価額(結論)(争点⑸)について
前記のとおり,①被告が受けるべき利益額は,128億6616万103
5円(本件発明が電電公社社員の発明でない場合)又は76億1872万1
035円(本件発明が電電公社社員の発明である場合)であること,②本件
発明における被告の貢献度は50パーセントを超えることはないこと,③電
電公社社員と被告社員の貢献割合が10パーセント対90パーセントである
こと,④Cと原告との貢献割合は5パーセント対95パーセントであること
からすれば,本件発明に係る特許を受ける権利を承継させたことについて,
原告が支払を受けるべき相当の対価は,次の算定式のとおり61億1142
万6491円(本件発明が電電公社社員の発明でない場合)又は32億57
00万3242円(本件発明が電電公社社員の発明である場合)となる。本
訴における請求額は,その内金1億円である。
(本件発明が電電公社社員の発明でない場合)
128億6616万1035円×50%×95%≒61億1142万64
91円(1円未満切り捨て)
(本件発明が電電公社社員の発明である場合)
76億1872万1035円×50%×90%×95%≒32億5700
万3242円(1円未満切り捨て)
3当審における原告の主張に対する被告の反論
(1)本件発明と電電公社発明との関係(争点(1))について
ア電電公社発明の明細書には,同発明が保護膜全体を磁気飽和させた状態
で記録再生を行なうことは記載されていないし,電電公社の発明者自身,
保護膜全体を磁気飽和させる必要があるとは考えていない。このことは,
上記発明者の1人のAが,「ヘッドについては,特許明細では3インワン
に見えるが,シングルギャップでよい。問題は直交バイアスヘッドを情報
ヘッドにいかに近づけるかにあると思う」(甲64)と述べているとおり,
両ヘッドを近づけることにより,保護膜全体に限られるのではなく,直下
の保護膜の磁気飽和をも意図していたことは明らかである。
イ被告は,電電公社発明の技術内容について電電公社社員から詳細な説明
を受けて,その実施品の改良,特性評価を行なった結果,電電公社発明を
実施した磁気ヘッドで一定の出力が得られることを確認している(甲30,
31,33,36,37)。そして,電電公社発明においても,磁気飽和
の領域に応じて保護膜が磁気飽和され,それにより記録の再生等は可能で
あるから,電電公社発明が,原理的に不可能であるとはいえない。
本件発明は,電電公社発明における磁気飽和の程度が十分でないという
問題があったため,その点を改良した発明にすぎない。
⑵本件発明により被告が「受けるべき利益」の額(争点⑵)について
被告が電電公社からカードリーダ及び磁気カードの受注を受けることは,
本件発明にかかわらず,事実上決まっていた。また,被告による磁気ヘッド
及び磁気カードの受注は,横須賀通研の意向,電電ファミリー企業間の特殊
事情,電電公社内の部局間の交渉等によって決定されたものであり,本件発
明の存在により受注できたというものではない。したがって,被告が「受け
るべき利益」として,被告が電電公社からカードリーダ及び磁気カードの受
注を受けたことによる売上げを含めるのは相当でない。
⑶被告の貢献度(争点⑶)について
ア原告は,原告が本件発明の権利化の過程に中心的に関与していると主張
するが失当である。本件発明の権利化の過程における原告の関与は,発明
を行なった社員が通常行なう社内業務にすぎないし,他方で被告は弁理士
報酬等の出願費用を負担し,電電公社との権利関係の調整等に多くの社員
を携わらせており,本件発明の権利化に当たって被告の貢献が大きい(甲
16の1,2,甲20,21,52の1,甲68,78,84の2,甲9
2ないし94,96,105の1,2,甲106ないし109)。
イ原告は,原告が本件発明を実施した製品の事業化においても,中心的役
割を果たしたと主張するが,失当である。本件における対価請求は,被告
の自己実施に基づく金額を算定根拠とするものではないので,本件発明を
実施した製品の事業化に対する原告の貢献はそもそも問題とならない。ま
た,本件発明を実施した製品の事業化については,被告の役職員,担当者,
事業部の関与によるものであって,原告によるものではない。
ウ以上により,被告の貢献度は95パーセントが相当である。
⑷本件発明の発明者間における原告の貢献割合(争点⑷)について
ア電電公社社員(A,B)と被告社員(原告,C)との貢献割合
電電公社発明で採用された,保護膜を磁気飽和するという技術思想に基
づき,記録再生用磁気ヘッドと磁気飽和用ヘッドを1つにまとめるという
本件発明の骨格が電電公社社員から示されているから,本件発明に対する
電電公社社員が,本件発明の完成に貢献したことは明らかである。そして,
被告社員(原告,C)は,上記電電公社からの開示に基づいて試作等を実
施したにすぎないから,被告社員の本件発明に対する関与は従たるもので
ある。
イ原告とCとの貢献割合
(ア)本件発明の完成時期について
原告は,①甲37の「直流バイアス付加」とは「直流バイアス方式」
すなわち本件発明を意味すること,②原告が本件発明に係る発明考案届
出書(甲3)を作成し,本件発明の構成を記載するとともに,図面の欄
には本件発明に係る出願の願書添付の図面と同一内容の図面を添付して
いること,③甲38では,保護膜がヨーク効果を発揮していることを記
載して,保護膜がヨークとして機能していることに着目していることを
理由に,原告は遅くとも甲38記載の実験が行なわれた時点で本件発明
をほぼ完成させていたと主張するが,同主張は,以下のとおり誤りであ
る。
①甲37記載の実験は,電電公社発明の構成のままではバイアス磁界
が不足するという問題があったため,ランタネット(永久磁石)2枚
を読み取り方向に直交する位置に配置して,磁力を増強した場合の再
生出力を測定したものである。そして,上記構成を採ることにより,
結果として非常に大きな再生出力を得ることができたため,かかる構
成を「直流バイアス付加磁気ヘッド」と呼称し,これを「特許出願す
る」と記載されているものである。したがって,甲37に記載されて
いる技術は電電公社発明の改良にすぎず,本件発明とは異なる。
②磁気ヘッドの開発責任者であった原告が職責上,本件発明に係る発
明考案届出書を作成したことが本件発明の発明者であることの根拠と
はならないし,上記書面に記載されている図は,他の被告の内部文書
に一切記載されておらず,原告がどのように本件発明の構成の着想を
得たのか不明である。
③甲38記載の実験は,電電公社発明の改良技術を実験した甲37の
追試であり,この「PCにはシールド効果が無く,ヨーク効果となっ
ている」との記載から,ヘッドを1つにまとめるという本件発明の着
想を導くことは不可能である。
(イ)本件発明に対する原告とCの貢献割合について
本件発明は,Cが紙幣識別装置用の磁気ヘッドの開発に関与していた
経験から着想を得たものである。すなわち,「検出と磁化の2つの手
段」を1つの磁気ヘッドで達成することは紙幣識別装置において一般的
な技術であったが(乙19),紙幣識別用磁気ヘッドは,紙幣の印刷イ
ンクに含まれる磁性体成分を着磁,すなわち磁気飽和させるから,電電
公社発明の「保護膜を磁気飽和させたうえで記録再生を行なう」という
技術思想の開示を受ければ,保護膜を有する磁気記録媒体でも,紙幣識
別装置に用いられる磁気ヘッドの技術が応用できるとの着想に無理なく
到達することができる。したがって,紙幣識別用磁気ヘッドの研究に携
わっていたCにとって,その経験に基づいて本件発明に至ることは容易
なことであった。
本件発明に対して中心的役割を果たしたのはCであるから,原告とC
との貢献割合は10パーセント対90パーセントが相当である。
⑸相当の対価額(結論)(争点⑸)について
原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原告の控訴にはその一部に理由があるから,主文のとおり原判
決を変更すべきものと考える。その理由として,次のとおり付加,訂正する他
は,原判決のとおりであるから,これを引用する。
1事実認定
⑴原判決29頁20行目「14の1及び2」の後に「16の1,2」を加え,
同23行目「56,」の後に「61,62,64の1,73,75,77の
2,79,80の2,81,82,91,92,97,102,103,」
を加え,同24行目「17」の後に「,18」を加える。
⑵原判決32頁末行から41頁12行目までを以下のとおり改める。
「(3)原告及びCによる本件発明に至る経緯
ア原告は,本件プロジェクトに参加していた当時,東京事業所に所属
していた。磁気ヘッドの被告研究施設が仙台事業所にあったため,原
告は,その都度,仙台に出張して実験を行った。
原告は,電電公社の提案した特殊磁気カード,特殊磁気ヘッドを使
用した磁気記録再生方式の可否を検討するための実験を想定し(甲1
7の2),昭和54年3月19日及び同月20日に,仙台事業所に出
張して実験を行うことにし,その事前準備として,上記の実験に使用
する磁気ヘッドとこれを取り付けたカードリーダを製作し,同月13
日,同カードリーダを仙台事業所のCあてに送付し,Cに実験の準備
について指示を与えた。Cは,原告の上記指示に従い,実験のための
準備を整えた。原告及びCは,同月19日及び同月20日に,仙台事
業所で,原告が事前に計画した実験を実施して,原告は,データを東
京事業所に持ち帰った。
上記実験の内容は,①保護膜が積層した磁気記録用磁性膜への磁気
記録再生方式の確認のために,保護膜上からバイアスなしで記録が可
能か否かの実験,②PC(保護膜)ギャップによるスペーシング損失
とエアギャップによるスペーシング損失を比較するためのマイラーテ
ープを使用しての実験,③一般磁気カード及び保護膜接着特殊磁気カ
ードによる飽和特性の確認のための実験,④保護膜に,媒体の磁化状
態に直交するバイアス磁界をかけた場合の効果を確認するための実験
等から成る。
イ原告は,昭和54年3月30日,横須賀通研において,直交バイア
ス印加用磁気ヘッドを付けた磁気カードリーダを試作し,性能評価等
を行なった結果を報告し,上記カードリーダには,20μ程度のヘッ
ドを取り付けるのが妥当であるとの説明をした(甲30)。
ウ原告は,横須賀通研から,被告における本件プロジェクトの進捗状
況の報告を求められ,昭和54年4月20日,DやEらと共に,電電
公社の横須賀通研において,A及びBに対し,本件プロジェクトの進
捗状況の説明をし,双方で,今後の進行についての打合せを行った。
原告は,上記打合せにおいて,「PC積層カードへの磁気記録再生
方式の確認実験」と題する報告書(甲26)に基づいて報告を行なっ
た(甲31)。原告が作成した昭和54年4月24日付けの報告書
(甲31。以下「甲31報告書」という。)には,次の記載がある。
「②結論⒜PC上からの記録は,バイアスなしでも可能であ
る。
⒝PC上からの再生出力値はバイアス電流に非常に関
係がある(方式可能との確認ができた)
⒞PC上からの再生は,バイアスなしでは不可能なP
C厚がある。」
「3今後の方向
Ⅰ)原理確認
PC厚によるシールド効果,バイアス効果等の定量化を計
る。
(中略)
Ⅱ)磁気ヘッド
①磁気ヘッド構造検討(特にバイアスヘッドの構造)」
原告の上記報告に対し,A及びBは,上記報告結果に満足し,バイ
アス変化により再生出力信号が変化する状態等の確認を望んだ。なお,
A及びBは,横須賀通研での実験結果は,被告の実験結果のような良
好な結果を得られていない旨回答した。
エ原告及びCは,昭和54年6月,保護膜に媒体の磁化状態に直交す
るバイアス磁界をかけた場合の効果について実験し,その結果を報告
した(甲36)。上記実験は,保護膜の厚さを4,6,10,25,
50μとした磁気カードを使用し,ノーバイアスでPC上から1.5
KHz80mAの記録条件で記録し,ヨークへのバイアス電流を0
∼2.0Aに変化させて再生した場合の再生信号の履歴特性を調べた
ものであった。上記実験の結果,ヨークバイアス電流を2.0Aとし
た場合,保護膜の厚さを4,6,10μとするPC装着カードでは,
それぞれ約60mV,40mV,20mVの再生出力電圧が得られた。
原告らは,まだPCへのバイアス磁界が不足していると考えられる
ため,PC飽和方法を検討する必要があると結論づけた。
オ原告及びCは,昭和54年3月19日及び同月20日に行った実験
のデータを検討した結果,現在開発中のキャッシュレスホン用磁気カ
ードリーダにおいて,保護膜へのバイアス磁界が不足していること及
びヨークからの磁束が近接するヘッドシールドケース及びヘッドコア
に吸収されていることが分かり,このことから,電電公社の示した上
記構造によっては,保護膜を十分に飽和させることができず,この点
に,磁性膜上の磁気記録の再生ができない原因があるとの着想を得た。
そこで,原告及びCは,マグネット(ランタネットという名称のも
の。「LM16」という表記もされている。)によって外部磁界(再
生用磁気ヘッド及び磁気飽和用ヘッドを介さない磁界)を加えた実験
を行ったところ,磁性膜上の磁気記録を十分に再生できることが判明
したが,磁気飽和用ヘッドから保護膜に印加されることが想定されて
いるバイアス磁界が,十分に印加されているのかについて疑問を持っ
た。
原告は,上記の実験について,社内報告用に,同年6月付けの「キ
ャッシュレスホンスペーシング損失特性比較TKR−M−700
4」という表題の文書(甲37。以下「甲37報告書」という。)に
まとめ,これを被告に提出した。
カ原告及びCは,前記オの実験結果を踏まえて,保護膜又はマイラー
テープを接着させた磁気カードにおいて,保護膜やマイラーテープの
厚さを変化させて,飽和電流値を測定する実験(以下「甲38実験」
という。)を実施し,その結果,保護膜を厚くしても飽和電流値が上
がらず大きな再生出力が得られるとのデータを得た。このことから,
記録時において,保護膜は,シールド効果を果たすのではなく,磁気
ヨークとしての役割を果たしており,また,再生時にも適当なバイア
ス磁界を保護膜に印加すると磁気ヨークとして役割を果たしていると
の結論を得た。
原告は,上記の実験について,社内報告用に,昭和54年6月29
日付けの「キャッシュレスホンPC及びマイラー接着カードにおけ
る飽和特性試験・比較TKR−M−7005」という表題の文書
(甲38。以下「甲38報告書」という。)にまとめ,これを被告に
提出した。
キさらに,原告及びCは,上記オのとおり,磁気飽和用ヘッドから保
護膜に,バイアス磁界が印加されているか否かについて疑問を持った
ことから,直交バイアス方式(保護膜を磁気飽和させるヘッドを記録
再生用のヘッドと直交させたもの)において,磁気飽和用ヘッドを保
護膜に接着させた状態と接着させない状態での,磁気飽和用ヘッドに
印加するバイアス電流の変動による再生出力の変動の比較実験をした。
その結果,両状態での再生出力の変動に差異がないことが判明し,こ
のことから,磁気飽和用ヘッドから生じる磁束は,保護膜にほとんど
印加されず,記録再生用磁気ヘッドに吸収されてしまい,記録再生用
磁気ヘッドを通して保護膜にバイアス磁界が印加されていることが分
かった。
原告は,上記の実験について,社内報告用に,昭和54年6月30
日付けの「キャッシュレスホンヨークによるバイアス磁界効果につい
てTKR−M−7006」との表題の文書(甲39)にまとめ,これ
を被告に提出した。
ク原告は,昭和54年7月18日,本件発明について,特許出願用の
被告社内用の書面である「発明考案届出書」(甲3の1。以下「本件
発明考案届出書」という。)を作成した。
本件発明考案届出書の明細書の欄には,本件発明の構成が記載され,
図面の欄には,本件特許出願の願書に添付した図面と同一の内容を示
す図面が記載されている。また,本件発明考案届出書の発明考案者の
欄には原告及びCの氏名が記載され,原告の押印がある。そして,昭
和54年8月2日付け発明考案届出書(甲3の2)にはCの押印があ
り,備考欄には電電公社と共同発明,共同出願とする旨記載され,電
電公社側の発明者としてA及びBと記載された。
ケ原告は,昭和54年7月26日付けで,前記オ及びカの実験の内容
及び結果並びに同実験から導き出される結論を記載した文書(「PC
積層カードへの磁気記録再生方式の検討(その3)TKR−M−7
010」,甲14の1)を作成し,これを横須賀通研に提出し,その
際,A及びBに対して,直流バイアス方式の構造と,本件プロジェク
トのカードリーダの磁気記録再生方式としては,直流バイアス方式の
方が直交バイアス方式よりも優れていることを説明した。
上記報告書(甲14の1)には,次の記載がある。
「1−3まとめ(上記結果より)
Ⅰ)ヨーク磁界が直交バイアス磁界としてシールド材(PC)に十
分印加されていない。
Ⅱ)ヨーク,シールド材(PC)間で閉磁路を形成せず磁束がヘッ
ドシールドケース,ヘッドコアに吸収されヘッドコアからシール
ド材にバイアス磁界が印加されていものと考えられる。」
「2−3まとめ
Ⅰ)シールド材に適当かつ十分な磁界が印加されるとほとんどスペ
ーシング損失がなく再生可能であることがわかった。
Ⅱ)又,結果からして直交磁界によるものではなく(本実験では)
垂直磁界によるシールド材飽和効果及びヨーク効果によるものと
考えられる。」
「3−3まとめ
Ⅰ)磁気ヘッドからの磁束に対してシールド材(PC)のシールド
効果がほとんどないことがわかった。
Ⅱ)PC箔が厚くなっても飽和電流値はさほどUPしない,(Fi
g7)
尚以上の実験検討の結果及び前回ご報告により磁気記録再生装
置(案)および当該装置に使用するバイアス付加磁気ヘッド(案)
について,別紙のごとく提案致します。」
電電公社(A及びB)側は,同日時点でも,磁気飽和用ヘッドにつ
いて3種類の構造案を示すメモ(甲25の2)を原告に交付するなど
して,直交バイアス方式による磁気ヘッドの構成の開発,実用化を検
討していたが,原告の上記説明を受けて,A及びBも,直流バイアス
方式による開発を進めることに同意した。
コ原告は,昭和54年8月1日付けで,被告内部用に,「キャッシュ
レスホン用磁気ヘッドについてTKR−M−7011」との表題の
文書(甲14の2)を作成し,本件プロジェクトの進捗状況を報告し
た。上記文書においては,本件プロジェクトのカードリーダの磁気記
録再生方式としては,直流バイアス方式が適当であること,直流バイ
アス方式を採用することについてはAも賛成していることが記載され,
また磁気ギャップ直下の保護膜のみを局所的に磁気飽和する直流バイ
アス方式の構造を説明した本件特許出願の図面と同じ図面が掲載され
た。
サ横須賀通研でも,被告によって提案された直流バイアス方式につい
ての実験を行い,その実験の結果が納得できるものであったことから,
A及びBは,昭和54年8月9日に行われた原告らとの打合せにおい
て,その旨述べ,そのころ,本件プロジェクトにおけるカードリーダ
の磁気記録再生方式として直流バイアス方式が採用され,以降,同方
式に基づき,テレフォンカード式公衆電話機の各部材の開発がされる
ようになった(甲40の1)。
シ原告は,昭和55年6月14日付け「キャッシュレスホン用ヘッド,
アンプ回路の検討」において,被告のテレフォンカードと他社カード
を比較分析し,磁気記録層及び高透磁率層の磁気特性の不均一及び塗
布状態を改善することが必要であると述べている(甲50の1,2)。
(4)本件特許の権利化の経緯
ア原告及び電電公社は,昭和54年8月24日,本件特許出願をした。
同出願においては,発明者を原告,C,A,Bとされたが,同記載は,
様々な事情を総合して,被告において判断した結果である。むしろ,
出願後に,被告が電電公社に対し発明者を上記とすることについて承
認を求め,電電公社が,これを承認した。被告と電電公社は,同年1
2月18日,上記共同出願に関する本件覚書を作成している(甲16
の1,2,甲96,乙1)。
イ昭和57年12月7日に,本件拒絶理由通知が発せられ,Cがこれ
に対応すべく,直流バイアス方式を説明した書面を作成したが,上記
書面を作成するに当たって,原告が作成した資料(甲21。以下「本
件意見書資料」という。)を参考にした。
本件意見書資料には,本件意見書に添付された参考図とほぼ同一の
図面が記載されており,また,その図面の説明として,本件意見書の
記載内容と同趣旨の記載がある。
(5)本件プロジェクトの内容及び経緯等
ア被告は,キャッシュレスホンの開発以前から,電子交換機用コアメ
モリや低ニッケルのFe-Ni材などの製品を,電電公社の通信研究
所と共同で開発し,電電公社やいわゆる電電ファミリーメーカーに納
入していた。また,被告は,昭和50年代に,磁性材料(半硬質磁性
材料)を電電公社の横須賀通研と共に開発して量産し,日本電気株式
会社をはじめとした電電ファミリーメーカーに納入していた(乙18,
弁論の全趣旨)。
イ被告は,昭和53年11月ころ,(省略)回答した(甲77の2)。
ウ被告は,昭和53年12月ころ,電電公社がテレフォンカード式公
衆電話機の開発を検討している旨の情報を入手した。そこで,被告担
当者は,同月13日,横須賀通研を訪問し,A及びBから,電電公社
が,テレフォンカード式公衆電話機の開発をしていること,同公衆電
話機開発においては,盗用及び悪用防止を考慮した特殊磁気カード及
び特殊磁気ヘッドの開発が必要であることの説明を受け,さらに,検
討中の技術として,偽造防止のために,磁気記録再生機能を有する磁
性膜上に磁性媒体の保護膜を積層させること,カードリーダの構造と
しては,直交バイアス方式とすることの説明を受け,その際,上記の
技術の説明のために,原判決別紙図面1(以下「電電公社発明図面
1」という。)及び同図面2の図面(以下「電電公社発明図面2」と
いい,電電公社発明図面1と電電公社発明図面2を併せて「電電公社
発明図面」という。)を示された。また,磁気カードメーカーについ
ては,正式な決定はされていないとの説明も受けた(甲25の1)。
なお,電電公社発明は,上記の説明の約1か月後である昭和54年
1月9日に特許出願されたが,同出願の願書には,電電公社発明図面
等の図面が添付された(甲52の1)。
エ被告は,上記を受けて,磁気カード分野参入の可否を検討し,電電
公社の上記開発への参加を申し出ることを決定し,その旨を電電公社
に伝え,電電公社の了解を得た。
このようにして,被告は,昭和54年1月ころ,電電公社と共同で,
テレフォンカード式公衆電話機の開発のための本件プロジェクトを発
足させ,当時,電電公社が開発を進めていた上記アの技術を前提とし
て,その問題点の克服,同技術の改良及び同技術に基づく製品化等の
開発を行うこととし,本件プロジェクトの被告内の研究部門における
磁気ヘッド開発の責任者として原告を選任し(なお,カードリーダ開
発の責任者としてはEが,磁気カード開発の責任者としてはDが就任
した。),また,原告の補助者としてC及びFを選任した。
本件プロジェクトの進行状況については,原告が報告業務を担当し,
原告は,社内向けのほとんどすべての報告書を作成した。
また,本件プロジェクトは,被告と電電公社との共同実施であった
ため,被告と電電公社とは,頻繁に打合せを行ったが,同打合せには,
被告側からは,原告の他にD,E等が出席し,電電公社側からは,主
に,A及びBが出席した。なお,Cは,上記打合せには,出席したこ
とがなかった。そして,原告は,本件プロジェクトの被告における進
行状況等についての電電公社向けの報告書,及び上記の電電公社との
打合せの結果についての被告社内の報告書のほとんどすべてを作成し
た。
オ昭和54年1月31日に行なわれた第1回本件プロジェクトの打合
せでは,上記アの技術に基づく試作機の進め方について,①パーマロ
イ積層磁気カード試作,②直交バイアスヘッド試作,③上記組合せカ
ードR/W制御回路検討,試作,④30cm/secカード走行が重
要項目で,特に上記①ないし③で入出力信号がうまく取り出せるのか
が最大のポイントであることが確認されている(甲62)。
カ昭和54年2月2日に行なわれた打合せにおいて,電電公社のAか
ら概況説明があり,その中でAは,①今回の試作内容は軟質パーマロ
イ膜,直交バイアス方式としたが,偽造防止目的で有効なアイデアが
あれば被告からも提案することを望んでいること,②ヘッドについて,
「特許明細では3インワンに見えるがシングルギャップでよい。問題
は直交バイアスヘッドを情報ヘッドにいかに近づけるかにあると思う
が開発成功すればフロッピーディスクのヘッドにもこの方式で採用し
たい。」等と述べている(甲64の1)。
キ原告は,横須賀通研から,被告における本件プロジェクトの進捗状
況の報告を求められ,昭和54年4月20日,DやEらと共に,横須
賀通研において,A及びBに対し,本件プロジェクトの進捗状況の説
明をし,双方で,今後の進行についての打合せを行った。同打合せに
おいて,被告側から,A及びBに対し,電電公社におけるテレフォン
カード式公衆電話の発注の予定及び被告の競業会社である田村電機や
安立電機等の動向を確認した。これに対して,(省略)回答した。
ク(省略)との説明を受けた(甲31)。
ケ(省略)との連絡を受けた(甲75)。
コ(省略)との要望等を受けた(甲77の2)。
サ昭和54年8月28日,原告らと横須賀通研との間でキャッシュレ
スホン研究進捗状況打合せが行なわれ,その際,横須賀通研から,キ
ャッシュレスホン試作メーカーとして安立電気および田村電機の2社
と決定したこと,カードリーダについては,「安立は自作の意向田
村はOEMの意向」とされ,ヘッド,カードについては「2社ともO
EMの意向」とされた。また,(省略)との発言があった(甲79)。
シ昭和54年8月30日,原告ら,横須賀通研等の間で打合せが行な
われ,その際,(省略)ことが伝えられた(甲80の2)。
なお,上記甲80の2には,(省略)との記載がある。
スしかし,(省略)説得した(甲91)。
セ原告は,昭和54年9月21日付けで,「昭和54年度研究実施願
書」という書面(甲19の1)を被告に提出した。
同書面には,①研究課題として,「磁気カードリーダー用ヘッドの
開発」と,②研究担当者として,原告,研究補助者をF及びCと,③
「研究のねらい」として,電電公社との共同開発体制を継続し,テレ
フォンカード式公衆電話機用磁気カードリーダに使用する磁気ヘッド
を開発し,電電公社ファミリーとして,同磁気ヘッドの市場を100
パーセント獲得すると,④「外部研究機関での研究状況」の項目には,
テレフォンカード式公衆電話機の製造業者として安立電機及び田村電
機が,磁気カードリーダの製造業者として,安立電機,田村電機,立
石電機及び被告が,磁気ヘッドの製造業者として被告が研究を行って
おり,「磁気ヘッドに関しては,方式特許提案から全カードリーダメ
ーカーに販売可能と考える。」と,⑤「当部で行なうに適した研究で
あると判断した理由」の項目には,「当社は公社・NECファミリー
と位置づけられている,当部には,磁気ヘッド設計,試作,製造等の
蓄積された技術が有る。」と,それぞれ記載されている。
ソ原告は,昭和54年10月11日,横須賀通研において,A及びB
と打合せをしたところ,被告が試作した磁気ヘッドについて,高い評
価を得た(甲41)。
タ被告は,昭和54年10月15日,電電公社から,被告が安立電機
及び田村電機に対して納入する予定の磁気ヘッドを,各1個持参して
ほしい旨の連絡を受けたので,原告は,同月26日,横須賀通研にお
いて行われたAとの打合せに,上記磁気ヘッドを持参した。Aは,上
記打合せにおいて,原告に対し,新たな仕様による磁気ヘッドの試作
品を20個程度納入するよう要請した。
Aは,原告との上記打合せの後,安立電機及び田村電機と打合せを
行い,原告が提出した上記磁気ヘッドを,両社に提示した(甲42)。
チ被告は,同年11月30日,電電公社に,テレフォンカードの試作
品を納入した。
原告は,同年12月4日,横須賀通研において,A及びBと打合せ
を行い,その際,Aから,被告が同年11月30日に納入したテレフ
ォンカードの品質の改善の要望と,テレフォンカード式公衆電話機の
カードリーダの仕様についての話があった(甲43)。
ツ原告は,同月12日,横須賀通研において,A及びBと打合せを行
った。同打合せにおいて,原告は,電電公社から要請されていた磁気
ヘッドを20個提出したところ,Aから,電電公社においても,被告
から納入された磁気ヘッドで種々の実験を実施するため,4,5個の
磁気ヘッドを追加納品するよう要請された(甲44)。
テ(省略)ことを告げられた(甲45)。
ト原告は,昭和55年1月11日,田村電機内において,被告が田村
電機に納入する予定の磁気ヘッド等について,田村電機の担当者及び
電電公社の担当者と打合せを行った。
原告は,上記打合せの内容を,同月12日付けの社内向け報告書
(甲46。以下「甲46報告書」という。)にまとめたが,同報告書
には,(省略)との記載がある。
ナ原告は,その後,電電公社の種々の要望に対して,昭和55年6月
14日付け「キャッシュレスホン用ヘッドアンプ回路の検討」(甲5
0の1),同日付け「キャッシュレスホン用磁気カードヘッド,Am
p回路の検討」(甲50の2),昭和57年7月7日付け「磁気ヘッ
ド仕様書について」(甲51)を作成し,回答した。
その後,被告の本件プロジェクト担当者は,電電公社や田村電機,
安立電機等と連絡をとりながら,磁気ヘッド及びテレフォンカードの
改良,開発を行い(甲92,97,102,103),それらの商品
化に至った。」
⑶原判決41頁13行目中の「⑷」を「(6)」に,同47頁21行目中の
「⑸」を「(7)」に,同48頁1行目中の「⑹」を「(8)」に,同8行目中の
「⑺」を「(9)」に,同16行目中の「⑻」を「(10)」に,同49頁9行目
中の「(9)」を「(11)」にそれぞれ改める。
⑷原判決42頁16行目中の「実践」を「実線」に改め,同末行中の「記
録」から同43頁1行目の「接触面は,」までを削除する。
⑸原判決48頁11行目ないし12行目の「公衆電話機用のカードリーダ以
外のカードリーダ」を「パチンコのプリペイドカード用リーダライタ」に改
める。
2本件発明と電電公社発明との関係(争点⑴)について
原判決50頁13行目から54頁1行目までを,次のとおり改める。
「原告が被告に対し,本件発明についての特許を受ける権利を承継させたこ
とによる相当の対価の額の算定に当たっては,本件発明の価値がその考慮要素
の1つとなるので,まず本件発明の価値,すなわち本件発明が単に電電公社発
明を改良した発明にすぎないか否かについて判断する。」
「⑴本件発明完成の経緯
前記1で認定した事実によれば,本件発明完成の経緯は以下のとおりと
認められる。すなわち,原告及びCは,本件プロジェクトの中で電電公社
仕様の磁気カードリーダを検証する過程で,①昭和54年4月24日付け
の甲31報告書記載の実験により,電電公社仕様の磁気カードリーダでは,
再生出力値がバイアス電流(磁気飽和用ヘッドのコイルに流す電流)に非
常に関係があることがわかったものの,なお保護膜厚によるシールド効果,
バイアス効果等の定量化を計ると共に,磁気ヘッドの構造を検討する必要
があると認識し,②甲37報告書記載の実験により,直交バイアス付加用
のヨークからのバイアス磁界が不十分であること及びヨークからの磁束が
ヘッドシールドケース,ヘッドコアに吸収されていることに気付き,直交
バイアス磁界が保護膜に印加されているか否かの検討が必要であるとの認
識に至り,③同年6月30日付けの甲39記載の実験により,バイアス磁
界は,磁気飽和用のヨークを介して保護膜に印加されるのではなく,再生
用ヘッドに印加され,再生用ヘッドから保護膜に直接印加される結果,良
好な再生特性が得られるとの着想に至り,④同年7月26日付けの甲14
の1記載の報告のとおり,上記原因が磁束が遮断されるのに必要な領域の
みが局所的に磁気飽和し,残りの部分はヨーク効果があることを突き止め,
⑤遅くとも同年8月1日付けの甲14の2記載の報告をした時点で,後記
⑵の内容の本件発明が完成したものと認めることができる。
⑵本件発明の内容
前記1で認定した特許請求の範囲の記載に発明の詳細な説明を参酌すれ
ば,本件発明は,磁気記録媒体の記録用の磁性膜の上に設けられた保護膜
の,再生ヘッドの磁気ギャップ直下の部分を磁気飽和させ,他の部分を磁
気ヨークとして磁気が通る状態にしておくことにより,磁性膜の磁化によ
る磁束を磁気ヘッドに取り出すことを特徴とする磁気記録再生装置であり,
その再生用ヘッドにバイアス電流を印加するだけで上記状態にすることが
できるものである。
⑶電電公社発明の内容
前記1で認定した事実によれば,電電公社発明は,磁気カードの記録用
の磁性膜の上に設けられた磁性媒体を磁気飽和させて,磁性膜の磁化によ
る磁束をヘッドに取り出すことを特徴とする磁気カード記録再生装置であ
り,記録再生用のヘッドと直角にそれを挟むように磁気飽和用のヘッドを
取り付けることで,再生用ヘッドの直下に磁界がかかり,磁性媒体を磁気
飽和させることができるものである。
⑷本件発明と電電公社発明との対比
前記のとおり,電電公社発明は,磁気飽和用コイルと記録再生コイルを
備えた磁気ヘッドで,磁性膜上に磁気飽和させた磁性媒体が形成されたカ
ードの記録再生を行なう磁気記録再生装置であるのに対し,本件発明は,
記録用の磁性膜の上に保護膜を設け,そのうち再生ヘッドの磁気ギャップ
直下の部分のみを磁気飽和させ,他の部分を磁気ヨークとして磁気が通る
状態とした磁気記録再生装置である。
本件発明と電電公社発明とを対比すると,両者は記録再生用ヘッドを利
用した磁気カードの偽造悪用防止のために磁気記録媒体の記録用の磁性膜
の上に保護膜を設け,その磁気カードに記録再生するためのカードリーダ
の構成は,保護膜を磁気飽和させて記録再生を行なう磁気記録再生装置で
ある点では共通する。しかし,両者は磁気飽和用のヘッドの有無の点で異
なることに加え,その記録再生原理自体が異なる。すなわち,電電公社発
明の場合,原判決別紙図面2のとおり,記録再生ヘッドのコア4,5のギ
ャップの直下のみならず,磁気カードに接触する面も含めて磁気飽和させ
るための磁界が印加される構造となっているため,磁性膜に記録された磁
気により発生する磁束をヘッドに取り出すことが困難となる。この場合,
本件発明のようにギャップ直下の部分のみを局所的に磁気飽和させるとい
う着想には至らないし,上記構造を前提とした場合,記録再生ヘッドコア
の位置や大きさを調節しても,磁気飽和させるための磁界をコア4,5の
ギャップの直下の部分に局在化することはできない。
この点は,G教授作成の鑑定書(甲57)において,「本件発明は,1
個の磁気ヘッドコアだけで,この膜の記録再生ヘッド空隙付近のみを局部
的かつ一時的に非磁性化して,記録再生機能を損わないで記録膜への情報
の書き込みと読み出しを行なわせることを特徴とするものである。記録再
生ヘッドのヘッド空隙部付近に近接する軟磁性膜のみを局部的に磁化飽和
させて非磁性化させ,ヘッドコアと接する軟磁性膜の軟磁性は生かしたま
まにすることにより,ヘッドコアを実質的に記録膜付近にまで拡張させた
形で活用させ,スペーシング損失をなくして記録再生させようとする極め
て巧妙な手法である。これに対し電電公社発明は,記録再生ヘッドとは別
個の磁気飽和用コアを,記録再生用磁気ヘッドを挟んで置き,記録膜の磁
化とは直交する方向に広範囲にわたって軟磁性膜を飽和磁化させるもので,
単に軟磁性膜を記録再生時に飽和させることしか考慮されていない。した
がって,本件発明が電電公社発明の改良であるとは到底推察されず,磁気
記録の原理を十分理解したものだけが発想可能な全く別な特許であるとい
える。」と指摘しているとおりである。また,H教授作成の鑑定書(甲1
10の2)においても,「電電公社発明の2つの空隙部を有するヘッドは,
磁気ヘッドを破るための磁性面から見た空隙形状は記録再生のための空隙
形状より大きいためシールドを破ってできる記録再生の窓は大きくしかも
輪郭が不鮮明なものしか実現できず,記録再生するヘッドの空隙形状に対
応する記録再生能力を発揮することが不可能であると言える。一方,本件
発明のヘッドの空隙部は唯一であるため,磁気シールドを破るための空隙
形状は記録再生のための空隙形状と同一となるため,シールドにできる記
録再生の窓も同一でかつ輪郭が明瞭な窓が実現できるため,記録再生する
ヘッドの空隙形状に対応する記録再生能力を発揮することが可能とな
る。」から,「本件発明と電電公社発明とは記録再生の基本原理から根本
的に異なるものであり,電電公社発明の2つのヘッドを単に1つにまとめ
ただけのヘッドとは言えない。」と指摘しているとおりである。さらに,
証拠(甲27,95)によれば,電電公社においては,本件発明による磁
気ヘッド(シングルギャップヘッド)を「Xヘッド」と呼んでおり,本件
発明によるヘッドは原告が発明したものと認識し,必ずしも電電公社発明
を改良したものと認識していなかったことが認められる。
したがって,本件発明と電電公社発明とは,記録再生原理において異な
り,本件発明は電電公社発明を単に改良した発明と評価することはできな
い。
⑸被告の主張に対し
ア被告は,本件発明は電電公社発明の磁気飽和原理に基づくものであっ
て,単に使用する記録再生ヘッドコアを改良したものにすぎないと主張
する。
しかし,被告の上記主張は採用できない。すなわち,前記(4)のとお
り,本件発明と電電公社発明とはその記録再生原理が異なり,したがっ
て技術思想も異なるものであり,電電公社発明における記録再生ヘッド
コアの位置や大きさをいかに調節しても本件発明の構成に至るというこ
とはできない。被告の上記主張は理由がない。
イ被告は,被告において電電公社発明を実施した磁気ヘッドで一定の出
力が得られることを確認していることから(甲30,31,33,36,
37),電電公社発明においても記録再生が可能であるが,磁気飽和の
程度が不十分であるために,それを改良する過程で本件発明が得られた
と主張する。
しかし,被告の上記主張は採用できない。すなわち,前記⑷のとおり
本件発明は電電公社発明の磁気飽和原理を改良しただけのものとはいえ
ないし,前記⑴で認定判断したとおり,電電公社発明を実施した磁気ヘ
ッドで一定の出力が得られたのは,電電公社発明が前提としている磁気
飽和ヘッドによって磁性媒体を磁気飽和したことに基づくのではなく,
磁気飽和用に付加したヨークの磁束が記録再生用ヘッドコアに吸収され
ていたことによるものである。したがって,上記出力が得られた理由は
電電公社発明の原理を裏付けているものとはいえず,むしろ,それは電
電公社発明の動作原理に問題があり,その点の解明を目的とする実験を
行った過程で新たな知見を得たものというべきであるから,電電公社発
明が実用可能なものであったということはできない。被告の上記主張は
理由がない。
ウ被告は,①電電公社発明に係る特許請求の範囲と本件発明に係る特許
請求の範囲とを対比すると,両者の違いは磁気飽和の手段についての限
定の有無のみであること,②電電公社発明に係る特許請求の範囲につい
て,補正前の「ヘッド」から「手段」に補正が許されていることから,
「ヘッド」は磁気飽和手段の一態様にすぎず,その上位概念である「手
段」への補正は当初明細書の記載事項の範囲を超えないことが当業者に
自明であることを理由として,本件発明は電電公社発明を単に改良した
発明であると主張する。
しかし,電電公社発明に係る特許請求の範囲と本件発明に係る特許請
求の範囲との違いは,単に磁気飽和の手段についての限定の有無のみで
はない。すなわち,前記⑶のとおり本件発明は磁気ヘッドのギャップ直
下の保護膜のみを磁気飽和させるものであるところ,そのために記録再
生を行なうヘッドコアに磁気飽和用コイルを設け,「該ヘッドを通し
て」磁気ヘッドの直下の保護膜の部分のみを磁気飽和させるものであり,
両発明の特許請求の範囲を対比しても,その記録再生原理自体が異なっ
ているといえる。
また,上記電電公社発明の補正の経緯自体も何ら本件発明が電電公社
発明を単に改良した発明であることの根拠たり得ない。被告の上記主張
は失当である。
エ被告は,甲64の1に「ヘッドについては,特許明細では3インワン
に見えるが,シングルギャップでよい。問題は直交バイアスヘッドを情
報ヘッドにいかに近づけるかにあると思う」との記載があることから,
電電公社発明の発明者は,両ヘッドを近づけることで保護膜全体ではな
く直下の保護膜の磁気飽和を意図していたと主張する。
しかし,被告の上記主張は失当である。すなわち,「シングルギャッ
プ」の文言がただちに「ヘッドを1つにまとめる」という本件発明を指
すとは理解し難いし,「直交バイアスヘッドを情報ヘッドに近づける」
の意味も,例えば,直交バイアスヘッドの間隔が大きいと,直交バイア
スヘッドで挟まれた再生ヘッドの下の磁性膜に十分な磁界がかからない
から,磁性膜を磁気飽和させるために直交バイアスヘッドを情報ヘッド
に近づけることが必要であるとの意味とも解され,ただちに両ヘッドを
近づけることで直下の保護膜の磁気飽和を意図していたと理解すること
はできない。被告の上記主張は理由がない。
オ被告は,甲37報告書には,「PC(保護膜)に十分な磁束を加える
と,磁性膜からの信号が減衰少なく再生することが出来ることがわかっ
たがヨークから直交バイアス磁界がPCに印加されているかどうか検討
する必要がある」との記載があることから,電電公社発明を改良すれば
本件発明に至る旨主張する。しかし,前記記載は文字どおり保護膜に十
分な磁束を加えると,信号が減衰少なく再生することができることを述
べているのみであり,電電公社発明のように磁気カードに接触する面も
含めた保護膜を磁気飽和させた状態を前提とするものではない。したが
って,上記記載から本件発明が電電公社発明を単に改良した発明である
ということはできない。
カなお,前記G教授の意見書には,「電電公社のいずれの特許公報にお
いても,リング型ヘッド直下にある軟磁性膜を,ヘッドの空隙長に比し
て広い範囲にわたって飽和させるために,記録と再生のいずれにおいて
も,飽和磁化された軟磁性膜は記録用磁性膜に対してはスペーシングと
して働き,記録時にはヘッドからの磁界が届き難く,再生時には記録磁
性膜からの弱い磁束を引き込み難くする。」との記載がある。しかし,
前記認定判断のとおり電電公社発明は,記録再生ヘッドのコア4,5の
ギャップの直下のみならず,磁気カードに接触する面も含めて磁気飽和
させるための磁界が印加される構造となっており,本件発明のようにギ
ャップ直下の部分のみを局所的に磁気飽和させるという着想には至らな
いし,上記構造を前提とした場合,記録再生ヘッドコアの位置や大きさ
を調節しても,磁気飽和させるための磁界をコア4,5のギャップの直
下の部分に局在化することはできない。したがって,上記記載から本件
発明が電電公社発明を単に改良した発明であるということもできな
い。」
3本件発明により被告が「受けるべき利益の額」(争点⑵)について
⑴原判決54頁3行目から10行目までを以下のとおり改める。
「⑴改正前特許法35条1項によれば,従業者等の職務発明について使用
者等は無償の通常実施権を取得するのであるから,同条4項所定の「そ
の発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が,従業
者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には,特許発明
の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいうものである。
そして,従業者等から特許を受ける権利を承継してこれにつき特許を
受けた使用者等が,この特許発明を第三者に有償で実施許諾し,実施料
を得た場合は,その実施料は,職務発明の実施を排他的に独占すること
によって得られる利益ということができ,「その発明により使用者等が
受けるべき利益の額」に当たるものと解して差し支えない。すなわち,
「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については,特許を
受ける権利の承継時に,その発明により使用者等が将来得ることができ
る利益を算定することが事実上困難であることに照らすならば,その発
明により実際に使用者等が受けた利益をもって,「その発明により使用
者等が受けるべき利益の額」として算定することには,特段の事情のな
い限り,合理的な算定方法というべきである。」
⑵原判決54頁13行目中の「⑹及び⑺」を「(8)及び(9)」に,同17行目
中の「⑸」を「(7)」に,同22行目中の「(3)」を「⑸」に,同55頁8行
目中の「(3)」を「⑸」に,同56頁12行目及び24行目中の「⑸」を
「(7)」に,同17行目中の「エ」を「ウ」にそれぞれ改める。
⑶原判決57頁2行目中の「昭和54年7月18日ころ」を「遅くとも昭和
54年8月1日」に改め,57頁8行目ないし9行目の「本件発明は,前記
2で判示したように,電電公社発明の改良発明であるところ,」を削除する。
⑷原判決57頁9行目中の「前記1(3)」を「前記1⑸」に改める。
(5)原判決57頁17行目から58頁8行目までを以下のとおり改める。
「(ウ)原告は,昭和54年4月20日の打合せ以前に被告に対する磁気ヘ
  ッド及びテレフォンカードの発注が事実上決定されていたとはいえず,
  本件発明により上記発注に至った旨主張する。しかし,原告の主張は
   採用できない。
この点,前記1(5)で認定した事実によれば,(省略)とまではい
えないとしても,前記認定事実に照らせば,本件発明によって上記発
 注に至ったと認められる事情が存せず,他にこれを認定するに足りる
証拠はない。したがって,原告の上記主張は理由がない。」
4被告の貢献度(争点⑶)について
原判決58頁14行目から60頁6行目までを,以下のとおり改める。
「(1)改正前特許法35条4項には,「その発明がされるについて使用者
等が貢献した程度」を考慮すべきである旨規定されているが,前記のと
おり,特許を受ける権利の承継後に使用者が第三者に実施させたことに
よって得た実施料をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益
の額」として「相当の対価」を算定する場合において考慮されるべき
「使用者等が貢献した程度」には,使用者等が「その発明がされるにつ
いて」貢献した諸事情のほか,使用者等がその発明により利益を受ける
について貢献した諸事情も含まれるものと解するのが相当である。すな
わち,「使用者等が貢献した程度」には,その発明がされるについての
貢献度のみならず,その発明を出願し権利化し,特許を維持するについ
ての貢献度,実施製品の開発及びその売上げの原因となった販売契約を
締結するについての貢献度,発明者の処遇その他諸般の事情等が含まれ
るものと解するのが相当である。発明者の使用者等に対する「相当の対
価」の請求権はその特許を受ける権利の譲渡時に発生するものであるが,
「相当の対価」の算定の基礎となる「その発明により使用者等が受ける
べき利益の額」を,特許を受ける権利の承継後に使用者が得た実施料を
基準として算定する以上は,その実施料を得るに至った一切の事情を考
慮することが衡平の理念にかなうものというべきである。
⑵本件プロジェクト及び本件発明がされた経緯は,前記1で認定したと
おりである。
被告は,本件プロジェクト発足以前から,電電公社の通信研究所と共
同で製品開発をした実績があるなど,電電公社のいわゆるファミリー企
業として,電電公社と密接な関係を持っていた。被告は,電電公社がテ
レフォンカード式公衆電話機の開発をしていることを知って,直ちに社
員を電電公社に訪問させ,電電公社の社員から,上記開発に関する情報
の提供を得て,本件プロジェクトを開始した。その後,原告及びCは,
本件プロジェクトを進める過程で,電電公社から開示された電電公社発
明の技術を基に,その問題点を分析,解明して,さらなる研究開発を重
ねて,本件発明をした。原告らが,電電公社発明に係る技術の開示を基
礎とすることができたのも,被告が電電公社との間で密接な相互関係を
構築し,本件プロジェクトを実施できたことによるものといえる。また,
原告は,昭和43年に被告に入社し,入社当初から,中央研究所加工技
術研究室に配属され,磁気ヘッドの開発に従事し,昭和46年9月から
昭和48年8月までの間は,磁気ヘッド開発部門に配属され,産業用磁
気ヘッドの開発,事業化に係る業務に従事していた。本件発明は,この
ような職務経験によって得られた磁気ヘッドに関する知識等が寄与して
いる。これらの点は,原告が本件発明をするに当たって,被告に貢献が
あったものと評価する一要素であるといえる。
一方,本件発明は,電電公社発明を基にしているものの,同発明とは
記録再生原理において異なるものであって,原告及びCの実験と検証が,
本件発明に大きな役割を果たし,本件発明によって,はじめて磁気記録
再生装置の実用化が実現したというべきである。そして,原告らは,本
件発明のための実験等において,被告から格別の便宜や人事上の処遇も
与えられたわけではなく,権利化の過程においても,被告の依頼した弁
理士において出願書類が作成されてはいるものの,原告も特許明細書及
び図面を含む本件発明考案届出書(甲3の1)や本件拒絶理由通知に対
応するためにCが参考にした本件意見書資料(甲21)を作成している。
以上の事情を総合考慮すると,本件発明に関する被告の貢献度は,9
0パーセントと認めるのが相当である。」
5本件発明の各発明者間における原告の貢献割合(争点⑷)について
⑴電電公社社員(A及びB)と被告社員(原告及びC)間の貢献割合
原判決60頁10行目から61頁8行目までを次のとおり改める。
「ア前記1で認定したとおり,電電公社発明は,被告が本件プロジェク
トを開始する前に,既に,A及びBによってほぼ完成されており,原
告及びCは,電電公社発明に係る技術の開示を受け,同構成を基に,
テレフォンカード式公衆電話機用のカードリーダの開発を進め,本件
発明の構成に想到したものである。前記2で判示したとおり,本件発
明は,電電公社発明とは,偽造悪用防止のために保護膜を設けた点に
おいて共通する。
しかし,前記判示のとおり,本件発明は,電電公社発明とは技術思
想を異にし,次の点で大きな特徴を有する。すなわち,本件発明は,
磁気記録媒体の記録用の磁性膜の上に設けられた保護膜の,再生ヘッ
ドの磁気ギャップ直下の部分を磁気飽和させ,他の部分を磁気ヨーク
として磁気が通る状態にしておくことにより,磁性膜の磁化による磁
束を磁気ヘッドに取り出すことを特徴とする磁気記録再生装置であり,
その再生用ヘッドにバイアス電流を印加するだけで上記状態にするこ
とができるものである。原告及びCは,電電公社発明を単に改良した
のではなく,同発明とは異なる記録再生原理に基づいて本件発明に想
到し,上記原理によって初めて磁気記録再生装置の実用化が可能にな
ったものと評価できる。
これらの事情を総合考慮すると,本件発明の完成に対する,A及び
Bの貢献割合の合計は30パーセントであり,原告及びCの貢献割合
の合計は70パーセントと解するのが相当である。
イ原告は,電電公社社員(A及びB)は,本件発明の完成に関与して
おらず,本件発明の発明者ではないと主張する。しかし,前記のとお
り本件発明は電電公社発明と同様に偽造悪用防止のために保護膜を設
け,かつ保護膜を磁気飽和するものであり,これらの点では電電公社
発明に基づいているといえるから,上記電電公社社員も本件発明の発
明者としての寄与があるというべきである。原告の上記主張は理由が
ない。」
⑵原告とC間の貢献割合
原判決61頁24行目から65頁20行目までを次のとおり改める。
「イ被告は,本件発明は紙幣識別用磁気ヘッドの開発の経験を有するC
が,同技術を応用して本件発明を完成させたと主張し,Cの陳述書
(乙17)にもこれに沿う記載がある。
しかし,Cの上記陳述書の記載部分は信用できず,被告の上記主張
は採用できない。すなわち,紙幣識別用磁気ヘッドに関する特開52
−50790号公報(乙19)によれば,紙幣識別装置は,磁石の直
下に2つの磁気抵抗素子を並置したものを1つの筐体に収めて磁気ヘ
ッドを構成し,磁気ヘッドの直下に紙幣を置いた場合,紙幣の模様に
含まれる磁性材料の分布により,2つの磁気抵抗素子を貫通する磁束
の間に差が生じ,その差によって生じた電気抵抗の差を信号として取
り出して,紙幣が真正か否かを判別するものであると認められる。こ
の場合,上記のとおり磁気抵抗素子は,それ自体は磁界を発生させる
ものではなく,通過する磁束により電気抵抗が変化するのみであり,
両者の間に磁界が生じるものではなく,磁気飽和とも無関係である。
したがって,上記紙幣識別用磁気ヘッドに関する技術と本件発明と
は,その解決原理が異なり,相互の関係は認められない。
そうすると,紙幣識別用磁気ヘッドの開発経験に基づいて本件発明
を完成させたとのCの供述部分は,極めて不自然であって,到底信用
することはできない。
ウ以上の事情を総合考慮すると,本件発明は,専ら原告が着想し,完
成させたものであり,Cは原告の指示にしたがって実験を行なったに
とどまり,その独自の着想等を認めることができない。そして,前記
認定事実によれば,原告は被告提出の文書の中でCを「実験補助者」
と記載しているし,出願過程においてCが作成した文書も原告作成の
文書を参考にしている。以上に照らせば,本件発明の完成に対する原
告とCとの間の貢献割合は,原告が95パーセント,Cが5パーセン
トと解するのが相当である。」
⑶小括
以上より,本件発明の完成に対する原告の貢献割合は,発明者全体に占め
る原告及びCの貢献割合の合計である70パーセントに,原告とC間におけ
る原告の貢献割合である95パーセントを乗じることにより,66・5パー
セントとなる。」
6相当の対価額(結論)(争点⑸)について
原判決65頁22行目から66頁5行目までを,以下のとおり改める。
「前記3ないし5で判示したとおり,本件発明により被告が受けるべき利益
の額は8616万1035円,本件発明に関する被告の貢献度は90パーセン
ト,本件発明の発明者間における原告の貢献割合は66.5パーセントである
から,本件発明に係る特許を受ける権利の共有持分を被告に承継させたことに
よる相当の対価額は,572万9708円(8616万1035円×10%×
66.5%=572万9708円。1円未満は切り捨て。)となる。
そして,前記争いのない事実等で判示したとおり,原告は,本件発明に係る
特許を受ける権利の共有持分の承継の対価として,被告から,8000円の支
払いを受けているのであるから,上記の相当対価額からこれを控除すると,被
告が原告に支払うべき金額は,572万1708円となる。」
第4結論
以上の次第で,原告の請求は,572万1708円及びこれに対する訴状送
達の日の翌日である平成18年11月22日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,これを認
容し,その余は理由がないものとして棄却すべきである。したがって,原告の
控訴は上記限度で理由があるから,これと異なる原判決を変更することとし,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官中平健
裁判官上田洋幸
(別紙)
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