弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 弁護人坂井尚美の上告趣意一ないし五について。
 所論は、要するに、小売商業調整特別措置法(以下「本法」という。)三条一項、
同法施行令一条、二条は、小売市場の開設経営を都道府県知事の許可にかからしめ、
営業の自由を不当に制限するものであるから、憲法二二条一項に違反するというの
である。
 本法三条一項は、政令で指定する市の区域内の建物については、都道府県知事の
許可を受けた者でなければ、小売市場(一の建物であつて、十以上の小売商―その
全部又は一部が政令で定める物品を販売する場合に限る。―の店舗の用に供される
ものをいう。)とするため、その建物の全部又は一部をその店舗の用に供する小売
商に貸し付け、又は譲り渡してはならないと定め、これを受けて、同法施行令一条
および別表一は、「政令で指定する市」を定め、同法施行令二条および別表二は、
「政令で定める物品」として、野菜、生鮮魚介類を指定している。そして、本法五
条は、右許可申請のあつた場合の許可基準として、一号ないし五号の不許可事由を
列記し、本法二二条一号は、本法三条一項の規定に違反した者につき罰則を設けて
いる。このように、本法所定の市の区域内で、本法所定の形態の小売市場を開設経
営しようとする者は、本法所定の許可を受けることを要するものとし、かつ、本法
五条各号に掲げる事由がある場合には、右許可をしない建前になつているから、こ
れらの規定が小売市場の開設経営をしょうとする者の自由を規制し、そ営業の自由
を制限するものであることは、所論のとおりである。
 そこで、右の営業の自由に対する制限が憲法二二条一項に牴触するかどうかにつ
いて考察することとする。
 憲法二二条一項は、国民の基本的人権の一つとして、職業選択の自由を保障して
おり、そこで職業選択の自由を保障するというなかには、広く一般に、いわゆる営
業の自由を保障する趣旨を包含しているものと解すべきであり、ひいては、憲法が、
個人の自由な経済活動を基調とする経済体制を一応予定しているものということが
できる。しかし、憲法は、個人の経済活動につき、その絶対かつ無制限の自由を保
障する趣旨ではなく、各人は、「公共の福祉に反しない限り」において、その自由
を享有することができるにとどまり、公共の福祉の要請に基づき、その自由に制限
が加えられることのあることは、右条項自体の明示するところである。
 おもうに、右条項に基づく個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経
済活動からもたらされる諸々の弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過
することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和する
ために必要かつ合理的な規制である限りにおいて許されるべきことはいうまでもな
い。のみならず、憲法の他の条項をあわせ考察すると、憲法は、全体として、福祉
国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しており、その見
地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権
を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは
明らかである。このような点を総合的に考察すると、憲法は、国の責務として積極
的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の
自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策
の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、
憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であり、国は、積極的に、
国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もつて社会経済全体の均衡のとれ
た調和的発展を図るために、立法により、個人の経済活動に対し、一定の規制措置
を講ずることも、それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、
許されるべきであつて、決して、憲法の禁ずるところではないと解すべきである。
もつとも、個人の経済活動に対する法的規制は、決して無制限に許されるべきもの
ではなく、その規制の対象、手段、態様等においても、自ら一定の限界が存するも
のと解するのが相当である。
 ところで、社会経済の分野において、法的規制措置を講ずる必要があるかどうか、
その必要があるとしても、どのような対象について、どのような手段・態様の規制
措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立法府の裁量的判断
にまつほかはない。というのは、法的規制措置の必要の有無や法的規制措置の対象・
手段・態様などを判断するにあたつては、その対象となる社会経済の実態について
の正確な基礎資料が必要であり、具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのよ
うな影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、広く社会経済政策全体と
の調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要で
あつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、
立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきであるから
である。したがつて、右に述べたような個人の経済活動に対する法的規制措置につ
いては、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立法府の右
裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法
的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲とし
て、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、本法は、立法当時における中小企業保護政策の一環
として成立したものであり、本法所定の小売市場を許可規制の対象としているのは、
小売商が国民のなかに占める数と国民経済にける役割とに鑑み、本法一条の立法目
的が示すとおり、経済的基盤の弱い小売商の事業活動の機会を適正に確保し、かつ、
小売商の正常な秩序を阻害する要因を除去する必要があるとの判断のもとに、その
一方策として、小売市場の乱設に伴う小売商相互間の過当競争によつて招来される
であろう小売商の共倒れから小売商を保護するためにとられた措置であると認めら
れ、一般消費者の利益を犠牲にして、小売商に対し積極的に流通市場における独占
的利益を付与するためのものでないことが明らかである。しかも、本法は、その所
定形態の小売市場のみを規制の対象としているにすぎないのであつて、小売市場内
の店舗のなかに政令で指定する野菜、生鮮魚介類を販売する店舗が含まれない場合
とか、所定の小売市場の形態をとらないで右政令指定物品を販売する店舗の貸与等
をする場合には、これを本法の規制対象から除外するなど、過当競争による弊害が
特に顕著と認められる場合についてのみ、これを規制する趣旨であることが窺われ
る。これらの諸点からみると、本法所定の小売市場の許可規制は、国が社会経済の
調和的発展を企図するという観点から中小企業保護政策の一方策としてとつた措置
ということができ、その目的において、一応の合理性を認めることができないわけ
ではなく、また、その規制の手段・態様においても、それが著しく不合理であるこ
とが明白であるとは認められない。そうすると、本法三条一項、同法施行令一条、
二条所定の小売市場の許可規制が憲法二二条一項に違反するものとすることができ
ないことは明らかであつて、結局、これと同趣旨に出た原判決は相当であり、論旨
は理由がない。
 なお、所論は、本法五条一号に基づく大阪府小売市場許可基準内規(一)も憲法
二二条一項に違反すると主張するが、右内規は、それ自体、法的拘束力を有するも
のではなく、単に本法三条一項に基づく許可申請にかかる許可行政の運用基準を定
めたものにすぎず、その当否は、具体的な不許可処分の適否を通じて争えば足り、
しかも、記録上、被告人らが右許可申請をした形跡は窺えないのであるから、被告
人らが本件で右内規の一般的合憲性を争うことは許されず、この点に関する違憲の
主張は、上告適法の理由にあたらない。
 同上告趣意六について。
 所論は、本法三条一項、同法施行令一条が指定都市の小売市場のみを規制の対象
としているのは、合理的根拠を欠く差別的取扱いであるから、憲法一四条に違反す
ると主張する。
 しかし、本法三条一項、同法施行令一条および別表一がその指定する都市の小売
市場を規制の対象としたのは、小売市場の当該地域社会において果たす役割、当該
地域における小売市場乱設の傾向等を勘案し、本法の上記目的を達するために必要
な限度で規制対象都市を限定したものであつて、その判断が著しく合理性を欠くこ
とが明白であるとはいえないから、その結果として、小売市場を開設しようとする
者の間に、地域によつて規制を受ける者と受けない者との差異が生じたとしても、
そのことを理由として憲法一四条に違反するものとすることはできない。論旨は理
由がない。
 次に、所論は、本法三条一項が十店舗未満の小売市場およびスーパーマーケツト
を規制の対象としていないのは、合理的根拠を欠く差別的取扱いであるから、憲法
一四条に違反すると主張する。
 しかし、本法所定の小売市場以外の小売市場を規制の対象とするかどうか、スー
パーマーケツトを規制の対象とするかどうかは、いずれも立法政策の問題であつて、
これらを規制の対象としないからといつて、そのために本法の規制が憲法一四条に
違反することになるわけではない。論旨は理由がない。
 同上告趣意七について。
 所論は、本法所定の小売市場の許可規制が憲法二五条一項に違反すると主張する。
 しかし、右許可規制のために国民の健康で文化的な最低限度の生活に具体的に特
段の影響を及ぼしたという事実は、本件記録上もこれを認めることができないから、
所論違憲の主張は、その前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
 よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決す
る。
  昭和四七年一一月二二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝

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