弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人の請求を棄却する。
(3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
被控訴人は,控訴人に対し,競馬法上の馬主登録を申請したが,被控訴人が
競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由のある者に該当
するとの理由で,申請を拒否する処分を受けた。被控訴人は,この処分に対す
る異議申立てをしたが,これを棄却されたため,上記処分の取消しを求める訴
えを提起した。
原審は,上記処分が違法であるとして,これを取り消す判決をしたため,控
訴人は,これを不服として,控訴を提起した。
関係法令,前提事実,争点及び当事者の主張は,原判決書「事実及び理由」
欄の「第2事案の概要」の「1関係法令等の定め」,「2前提事実」,
「3争点」及び「4争点に関する当事者の主張」のとおりであるから,こ
れを引用する。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,本件拒否処分は違法なものとして取り消されるべきであると判
断する。その理由は,次のとおり補正するほか,原判決書「事実及び理由」欄
の「第3争点に対する判断」のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決書20頁23行「β町」を,「α町」と改める。
(2)原判決書21頁12行から22頁5行までを,次のとおり改める。
「甲第1号証には,本件拒否処分の理由として,規程7条13号が挙げられ
ている。規程7条は,1号から9号までにおいて,規則15条1号から9号
までと同じ事由を拒否事由として定めている。これに続く規程7条10号か
ら12号までは,規約7条1項1号から3号までと同じ事由を拒否事由とし
て定めているところ,規約7条1項柱書きにおいては,「規則第15条第1
0号の規定に基づき」とされているから,規程7条10号から12号までは,
規則15条10号に該当する場合を個別的に列挙したものである。そして,
規程7条13号は,規約7条1項4号と同じく,個別的に列挙された上記の
各事由に該当しないが,規則15条10号に該当する場合を包括的に定めた
ものということができる。したがって,本件拒否処分の理由として記載され
た規程7条13号は,規則15条10号の事由のうち,規程7条10号から
12号までに該当しないが,「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに
足りる相当な理由」がある場合を意味し,本件拒否処分は,競馬法13条1
項,規則15条10号の法令に基づいてされたものである。
上記の拒否事由のうち,一定の事実があるだけで拒否事由に該当する場合
(規則15条1号から9号まで)には,控訴人に裁量の余地はなく,登録拒
否処分の取消訴訟において,拒否事由に該当する事実の立証責任は,控訴人
にある。これに対し,控訴人が一定の評価・判断をしたときに拒否事由に該
当する場合(同条10号)には,一定の評価を根拠づける事実があり,その
事実から一定の評価をする過程には,控訴人の裁量の余地がある。しかし,
規則14条は,「次条の規定により登録を拒否する場合を除くほか、…(中
略)…馬主登録簿に登録しなければならない。」と定めている。
以上の点に鑑みると,後者の拒否事由を理由とする登録拒否処分の取消訴
訟において,一定の評価を根拠づける事実の立証責任は控訴人にあり,この
評価を妨げる事実の立証責任は申請者にあるところ,裁量の範囲の逸脱又は
裁量権の濫用は,このようにして立証された事実から合理的な推論により一
定の評価をすることができるか否かによって決せられると解すべきである。
これを本件においてみるに,控訴人に裁量の範囲の逸脱又は裁量権の濫用
があったか否かは,控訴人が主張する事実のうち立証された事実を基にして,
被控訴人が競馬の公正を害するおそれがあると判断することが社会通念に照
らし妥当性を有するか否かによって審査される。」
(3)原判決書26頁16行の次に,「馬主登録の拒否は,競馬への参入規制で
あり,その規制方法は事前規制である。一方,規則18条5号には,馬主登
録後も,「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由が
あることが判明したとき」には,控訴人が登録を取り消すことができるとし
て,事後的規制も定められている。このように,事前規制と事後的規制とが
あるときに,事前規制はその抑制効果が強いため,事後的規制に比べ厳格な
司法審査に服すると解すべきである。」を加える。
(4)原判決書26頁24行の次に,次のとおり加える。
「乙第24号証によれば,控訴人の裁定委員会の過去の事例中には,馬主の
処分例が2例あり,番号6の馬主は,暴力団関係者を通じてノミ行為の申込
みをして罰金刑を受けたため,○の処分を受け,同11の馬主は,名義貸し
をして,馬主登録を取り消されたことが認められる。控訴人は,相手が暴力
団関係者であるとの認識を有しないで接触したことを理由として馬主登録を
拒否することもできると主張するが,そのような拒否処分は,馬主登録の取
消しに至っていない番号6の馬主に対する処分と比較して著しく均衡を失す
ることが明らかである。」
2以上によれば,本件拒否処分は違法なものとして取り消されるべきであるか
ら,被控訴人の請求は,理由がある。よって,本件控訴を棄却することとし,
主文のとおり判決する。
札幌高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官末永進
裁判官古閑裕二
裁判官中島栄
(原裁判等の表示)
主文
1被告が原告に対して平成19年11月14日付けでした原告の馬主登録を拒
否する旨の処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の概要
本件は,被告が,原告の馬主登録の申請を拒否する旨の処分をしたため,原告
が,被告がした拒否処分の取消しを求めた事案である。
ア関係法令等の定め
(1)被告は,競馬法により競馬を行うことができ,また,農林水産省令の定
めるところにより,被告が行う馬主登録を受けた者でなければ,中央競馬の
競走に馬を出走させることはできず,被告は,競馬の公正な実施を確保する
ため必要があると認めるときは,農林水産省令で定めるところにより,上記
馬主登録を抹消することができる(競馬法1条1項,13条)。
そして,上記省令である競馬法施行規則(以下「規則」という。)は,馬
主登録の申請の方式,馬主登録の実施方法,馬主登録の拒否事由(規則13
条ないし15条)について規定を設けている。規則では,馬主登録の拒否事
由として,馬主登録の申請者が,集団的に,又は常習的に暴力的不法行為そ
の他の罪に当たる違法な行為で暴力団員による不当な行為の防止等に関する
法律施行規則第1条各号に掲げるものを行うおそれがあると認めるに足りる
相当な理由がある者(規則15条5号)など規則15条1号ないし9号に定
めるもののほか,競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な
理由がある者(規則15条10号)に該当すること等が定められており,被
告は,馬主登録の申請があったときは,規則15条により登録を拒否する場
合を除くほか,所定の事項を馬主登録簿に登録しなければならない(規則1
4条)。
(2)日本中央競馬会法は,被告の組織及び運営について定めた法律であると
ころ(同法1条),被告は馬主の登録に関する規定について規約で定めなけ
ればならないと規定しており(同法8条1項2号),それを受けて,日本中
央競馬会の競馬の施行等に関する規約(平成19年日本中央競馬会規約第2
号,以下「規約」という。乙3の1)は,馬主登録拒否事由として,規約7
条1項1号ないし3号に定めるもののほか,競馬の公正を害するおそれがあ
ると認めるに足りる相当な理由のある者に該当するときは,規則15条10
号の規定に基づき,その登録を拒否する旨規定し(規約7条1項4号),さ
らに,同規約を実施するために必要な事項の定めとして(規約2条1項),
日本中央競馬会競馬施行規程(平成19年日本中央競馬会理事長達第28号,
以下「規程」という,乙3の2)も,馬主登録の申請者が,競馬の公正を害
するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者(規程7条13号)
に該当するときにはその登録を拒否する旨規定している。
(3)被告は,馬主登録審査にあたり馬主登録審査基準(以下「審査基準」と
いう。乙4)を独自に作成し,同基準第1「個人馬主登録」の1「競馬の公
正確保上,馬主として適格でないと認める基準」には,(1)「暴力団関係」
として,①暴力団員(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律施行
規則(平成3年国家公安委員会規則第4号)第1条各号に掲げる違法な行為
を集団的・常習的に行うと認められる団体に属している者をいう。),②上
記①の暴力団員と親交があると認められる者,又は過去に親交があったと認
められ競馬の公正を害するおそれがあると認められる者と記載されている。
2前提事実
(1)原告は,被告理事長に宛てて,平成19年5月18日付け個人馬主登録
申請書を提出し(以下「本件登録申請」という。),同申請書は,同月30
日に受理された(甲2)。
(2)被告は,平成19年11月14日,原告に対し,馬主登録を拒否する旨
の処分(以下「本件拒否処分」という。)をし,同日付の通知書をもって原
告に通知した。なお,本件拒否処分は,規程7条13号の「競馬の公正を害
するおそれがあると認めるに足りる相当な理由のある者」に該当するとの理
由によるものであった。(甲1,2)
(3)原告は,平成19年12月28日付けで本件拒否処分に対する異議申立
てをし,被告は,平成20年2月19日付けで,原告の異議申立てを棄却す
る旨の決定をした(甲2)。
3争点
本件拒否処分の適法性
4争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1)登録拒否事由該当性の判断基準について
刑法上禁止されている賭博に該当する競馬は,競馬法により例外的に許容
されたものであり,同法は競馬の公正確保を強く求めているところ,他方で,
競馬の公正に対する信頼そのものを保護すべきことまでは求めておらず,競
馬の公正に対する信頼は,競馬の公正を確保することによって結果的に得ら
れるものに過ぎない。
このような競馬法の趣旨及び規程7条13号が単に「競馬の公正を害する
おそれがあると認めるに足りる者」とせずに「競馬の公正を害するおそれが
あると認めるに足りる相当な理由のある者」と定めていることからは,規程
7条13号にいう「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当
な理由のある者」とは,「馬主として競馬に関与させることによって競馬の
公正を害する蓋然性を相当程度有する者」と解すべきである。
そして,被告は,規程5条に基づく馬主登録の申請があったときは,規程
7条により登録を拒否する場合を除いて馬主登録をしなければならないので
あるから,馬主登録の拒否について被告に裁量は認められておらず,登録拒
否事由の該当性の判断は客観的であるべきであって単なる抽象的な疑惑があ
るにすぎない場合はこれに該当せず,被告の恣意的な判断が許される余地は
ない。
また,馬主登録拒否処分の適法性について争いがある場合,被告において
登録拒否事由に該当することを主張立証しなければならない。
(2)登録拒否事由該当性について
ア被告は,原告が,指定暴力団A組B(同人の名前については,書証及び
主張に「○○」「○○」「○○」などと表記されているが,書証の記載を
引用している場合を除き,同人の名前は「○○」で統一し,以下「B」と
いう。)及び暴力団関係者とみられるCと関係があることから,札幌市内
に拠点を置く指定暴力団関係者をはじめ複数の暴力団関係者との交際が認
められるとして,規程7条13号の「競馬の公正を害するおそれがあると
認めるに足りる相当な理由のある者」に該当する旨主張するが,以下に述
べるとおり原告はいかなる暴力団関係者とも交際しておらず,本件拒否処
分は,明らかな事実誤認に基づくものであって,馬主登録拒否事由は存在
せず,本件拒否処分が違法であることは明らかである。
イBとの関係について
被告は,原告が指定暴力団A組○○一家総長であるBと共に韓国渡航し
たなどと主張するが,原告は,Bと韓国渡航をした事実はないし,そもそ
も,原告はBとまったく親交がない。そして,調査嘱託の結果及び原告の
パスポートの渡航記録からも明らかなとおり,Bと原告のそれぞれの出入
国記録は全く符合していない。
ウCとの関係について
原告は,平成19年3月ころ,原告が代表取締役を務める会社が人手不
足だったことからアルバイトとしてCを雇用したことはあるが,ダンプカ
ーの運転手として二,三日雇用しただけであり,それ以降,Cを雇用した
ことはないし,そもそもCを雇用した際,原告は,Cが暴力団員であると
認識していなかった。
また,同年4月ころ,α町の飲食店において,Cと偶然顔を合わせ,同
人と会話したことはあるが,アルバイトとして雇用したことがある者と顔
を合わせれば会話することは当然であって,現在に至るまで原告とCとの
間には極めて希薄な関係しかない。
エ原告は,平成16年7月22日にD協会(以下「D」という。)に馬主
登録申請を行い,その際,D協会の審査を受け(同審査においても,「競
馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」は
登録拒否要件である。),当該審査の結果,馬主として登録を受け,今日
に至るまで地方競馬において,馬主として純粋に競馬を楽しんでおり,競
馬の公正を害するような行為を行ったことはなく,この点からも,原告に,
競馬の公正を害するおそれがないことは明らかである。
また,原告は,砂利採取販売等を主な事業内容とする株式会社E(以下
「E」という。)及び砂利及び産業廃棄物の運搬を主な事業内容とする有
限会社F(以下「F」という。)の代表取締役を兼任しているところ,各
社の業務執行に際し,運転手の雇用や取引先との交渉など,それとは認識
せずに暴力団関係者と接触していた可能性は全く皆無ではないが,仮にそ
のような事実があったとしても,職務遂行上なすべきことを行っているに
すぎず,何ら反社会性を帯びた行為を行っているわけではなく,競馬の公
正が害されるおそれはまったくない。
(3)ア馬主登録申請の審査において,馬主登録審査委員会(以下「審査委員
会」という。)を構成する委員らは,財団法人H協会(以下「H協会」と
いう。)から被告に対して提出された報告書等を直接確認するわけではな
く,同報告書等をまとめたレジュメが配布されて同レジュメを参考に審査
を行うものである。また,審理の方式は,担当の被告職員が,申請者の情
報を説明し,登録拒否事由の有無について被告の意見を明らかにした上で
委員らに承認を求めるという形式であって,1件の審理には短時間しか費
やさず,同審査は極めて形式的,ずさんなものである。なお,被告は,同
委員会の審査結果の公正さを担保するために公正審査会議の審査も求めて
いるが,同会議の審査も形式的なものに過ぎない。
イH協会による再調査の結果作成された報告書には,韓国渡航の事実につ
いて,当初提出された報告書の内容以上のものは記載されておらず,さら
にその真偽の確認は困難であると記載されているにもかかわらず,被告は,
このようなあいまいな調査結果をもって,原告にBとの交際が認められる
として拒否事由該当性があると判断したのであって,被告の判断は,極め
てずさんな審査に基づくものである。
さらに,上記再調査により作成された報告書には,原告とCとの関係に
ついても,両者の間には深い交際は認められない旨の記載がされているに
もかかわらず,被告はことさらに暴力団関係者との交際があると断じてお
り,到底合理的な判断であるとはいえない。
被告はH協会の調査員による調査結果は信頼できるものであると主張す
るが,同報告書に記載されている情報提供者と申請者との関係,得られた
情報の裏付け等について調査結果には全く触れられていない。
ウ以上のとおり,原告には暴力団関係者との交際は一切なく,Cとの関係
も極めて希薄であるから,「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに
足りる相当な理由」はなく,本件拒否処分が違法なものであることは明ら
かであって,拒否事由があると判断した本件拒否処分は違法である。
また,仮に,被告が主張するように,馬主登録拒否事由の該当性判断に
ついて被告に裁量があるとしても,被告は原告とBとの交際を基礎づける
客観的証拠がないにもかかわらず同事実が存在するという前提で原告を
「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由のある
者」と判断し,さらに,Cと原告の関係についても,両者の関係が極めて
希薄であるとの報告を受けているにもかかわらず,競馬の公正を害する蓋
然性について具体的な検討を行わないまま「競馬の公正を害するおそれが
あると認めるに足りる相当な理由のある者」との判断を行っているのであ
るから,本件拒否処分における被告の該当性判断は極めて不当であり,法
令の許容する裁量を逸脱ないし濫用するものであることは明らかである。
(被告の主張)
(1)登録拒否事由該当性の判断基準について
ア賭博は原則として禁止されているところ,被告は,競馬法1条により,
例外的に競馬を行うことができるものであって,畜産振興への寄与を目的
として競馬を行うために設立された団体である(日本中央競馬会法1条)。
そして,競馬を通じての畜産振興は,勝馬投票券の発売金額の一部が国
庫納付され,これが畜産振興事業に充てられることによって実現するもの
であり,また,国庫納付金の一部は,民間の社会福祉事業の振興にも充て
られ,国による公益事業への重要な投資財源となっている。
したがって,勝馬投票券の購入は競馬制度の根幹であるところ,競馬制
度を維持するため,競馬の公正確保は大前提であり,そのためには,競馬
の公正の実質が確保されることはもちろん,公正らしさについても確保す
ることが必要である。
イところで,被告が開催する中央競馬においては,馬主として登録を受け
た者だけが,競走馬を出走させることができる(競馬法13条)ところ,
馬主は,自己の所有する競走馬を競馬に出走させて賞金を得るという競馬
の仕組みにおいて根幹的な部分にかかわる立場にあり,その所有する競走
馬を調教師や騎手等の厩舎関係者に委ねることから,厩舎関係者と直接接
触して影響力を行使しうる立場にある。このような立場にある馬主につい
ては,規範意識や遵法精神が厳しく求められ,競馬の公正に関し,一般の
競馬ファンから少しでも疑いをもたれるような言行や交友関係があっては
ならない。
そして,競馬法13条に基づいて,農林水産省は,馬主登録拒否事由を
個別具体的に規定し(規則15条1号ないし9号),同条10号は「競馬
の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」とし
て包括的に馬主登録拒否事由を定め,さらに被告も,規程7条各号で馬主
登録拒否事由を定め,同条13号で「競馬の公正を害するおそれがあると
認めるに足りる相当な理由がある者」として包括的に馬主登録拒否事由を
定めている。
規程には個人馬主に関する登録拒否事由が列挙されている(規程7条1
号ないし13号)ところ,1号ないし12号には,個別具体的な登録拒否
事由が列挙され,13号は,バスケット条項(包括条項,以下「包括条
項」という。)となっている。これは,あらゆる拒否事由を網羅的に列挙
することが困難であることから同号を定め,競馬の公正確保の見地から,
被告が「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由の
ある者」と判断した場合には,馬主登録を拒否しなければならないことを
定めたものである。
さらに,被告は,最終的に馬主登録拒否事由の該当性を判断する際の目
安となる馬主登録審査基準を定めており,同基準においても,個別具体的
事由の外に「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理
由」を包括条項として規定している。
ウ上記のとおり,競馬の公正確保の為に規定を設けている競馬法等の趣旨
及び構成からすれば,どのようにすれば競馬の公正確保を実現できるのか
は,競馬の施行者である被告が,専門的見地から諸々の要素を考慮して政
策判断をすべき最重要課題であることから,馬主登録拒否事由の該当性の
判断は,被告の裁量判断に委ねられる領域の問題であることは明らかであ
る。
したがって,本件拒否処分は裁量処分であるから,被告が裁量権の範囲
を超え又はその濫用があった場合に限り本件拒否処分を取り消すことがで
きるものであり,また,本件拒否処分について裁量逸脱ないし裁量権の濫
用を基礎づける事実については,原告に主張立証責任がある。
(2)登録拒否事由該当性について
ア被告は,馬主登録申請を審査するにあたり,競馬の公正を確保するため
H協会に対し,馬主登録申請者の厳格な身辺調査を依頼し,同協会調査員
による慎重かつ厳重な身辺捜査を行っている。
原告については,H協会による複数回にわたる詳細な調査の結果,
①指定暴力団A組○○一家総長であるB(札幌市内居住)と韓国渡航をし
ていた事実,②α町において,暴力団関係者と認められる人物であるCと
飲食をしていた事実が判明し,札幌市内に拠点を置く指定暴力団関係者を
はじめ複数の暴力団関係者との交際が認められた。
そして,上記各事実が判明したことから,被告は,審査基準第1の1
(1)に該当する事実があると認め,規則15条10号,規程7条13号が
定める「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由が
ある者」に該当するとして,本件拒否処分をしたのであって,何ら違法性
はなく適法な処分である。
イBとの関係
被告がH協会に原告の調査を依頼し,その結果提出された報告書には,
情報提供者による証言として,「G(原告)は,暴力団○代目A組の○○
一家の親分とよく韓国の済州島に遊びに行っているらしい。(中略)Bが
業者と韓国に行き,丁度,Gも韓国のカジノに遊びに行ってカジノで知り
合ったらしい。Gは,周りの奴に馬主の申請をするので,Bとの付き合い
を避け,少し静かにしなければならないと漏らしていた。」との記載がさ
れていた。被告は,念のためH協会に対して再調査を依頼したところ,再
度提出された報告書には,情報提供者による証言として「(原告が)韓国
旅行にはよく行っているようです。(中略)札幌の人達と行っていると聞
いています。」との記載がされていた。
確かに,調査嘱託の結果及び原告のパスポートの渡航記録によれば,B
の出入国記録と原告の渡航記録とは一致していない。
しかし,H協会は,不当要求情報管理機関として登録されている団体で
あり,暴力団捜査等の経験が3年以上ある暴力団捜査に熟知した警察官経
験者等によって,公正中立な立場から調査を実施していることから,暴力
団関係者等の反社会的勢力と全く接触のない者について,何らかの接触が
あるという報告をすることはあり得ないし,これまでH協会から寄せられ
た「暴力団関係者で反社会的勢力との関係がある」との情報に誤りはなか
ったのであるから,上記調査嘱託の結果を前提としても,原告がBと韓国
に渡航したことがあり,両者の間に交際があると認められるとの被告の判
断に変わりはない。
ウCとの関係
Cは,○代目A組○代目I会J会周辺者であり,平成▲年▲月に銃砲刀
剣類所持等取締法違反などの疑いで北海道警察に逮捕され,同年▲月,同
罪により札幌地方裁判所において○の実刑判決を受けている者であるが,
平成19年7月1日,○代目A組○代目I会J会組員と共にK競馬場にい
るところを確認されており,依然として暴力団関係者であることは明らか
である。
原告は,複数回にわたるCの求めに応じ,原告が経営するFのアルバイ
トとしてCを雇用していること,現在に至るまでガソリンスタンドや喫茶
店においてたびたびCと顔を合わせており今後とも頻繁に接触することは
明らかであること,平成19年4月ころ,原告とCは,α町にある飲食店
で1時間も飲食し,原告がCの飲食代金を支払うほど懇意にしていたこと,
原告とCは生活圏を共にしているといえること等の事情によれば,暴力団
関係者であるCとの交際ないし接触が認められるし,人口2万人程度のα
町にあって,両者の関係が希薄であるということはできない。
さらに,原告は,自身が代表取締役を務める会社の業務において,取引
の相手方が暴力団関係者である可能性について否定せず,暴力団関係者と
の関係を絶対に持たないという強い意識は見受けられない。
このような原告が馬主となった場合,Cを窓口として,暴力団関係者を
はじめとする反社会的勢力に属する者が,素性,真意を秘して原告に近づ
き,厩舎関係者等に対して不正行為を行う可能性は否定できず,被告とし
ては,そのような事態に陥ってからでは手遅れであり,競馬の公正を確保
するため,原告の馬主登録申請がされた時点において,申請を拒否する必
要がある。
エまた,原告は,Cが現在も暴力団関係者であるとは認識していなかった
などと主張するが,Cの人相風体や,過去の逮捕歴が報道されていること
からは原告も当然承知していたか少なくとも疑いを持っていたはずである。
もっとも,馬主登録申請者の主観がどうあれ,客観的事実として暴力団
関係者等の反社会的勢力との交際ないし接触があるだけで,競馬の公正ら
しさが毀損され,競馬の公正確保が図れなくなることは明らかである。
したがって,被告としては,公正確保の観点から,反社会的勢力である
ことを認識しているか否かにかかわらず,反社会的勢力との間で客観的に
交際なり接触なりが認められるのであれば,「競馬の公正を害するおそれ
があると認めるに足りる相当な理由のある者」として馬主登録拒否事由を
満たす者と判断するのであり,同判断が,裁量を逸脱し又は濫用にあたら
ないことは明白である。
本件では,原告が,Cを暴力団関係者と認識していなかったとしても,
原告が「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由の
ある者」に該当することに変わりはなく,被告の判断には何ら違法性は認
められない。
オ原告は,D協会により馬主登録を受け,これまで馬主として活動を続け
ている旨主張するが,D協会における審査と被告による審査は別個のもの
であるし,D協会による調査では,原告とB及びCとの関係が明らかにな
らなかったにすぎない。
したがって,原告が地方競馬の馬主として馬主登録を受け,また,現在
も馬主であるからといって,それが競馬の公正を害するおそれがないこと
を示す事情となるものではない。
さらに,原告は,被告の審査体制が極めて形式的,ずさんなものである
などと主張する。しかし,審査委員会は,専門的知見を有する学識経験者
の委員によって構成され,また,問題があると判断した申請者については,
審査の際,特に個別的実質的な判断をしているのであるから,同審査体制
において形式的かつ形骸化した運用がされているわけではない。
カ本件では,調査により得られた情報を馬主登録審査委員会に提供した上
で,原告の登録拒否事由該当性の有無について諮問したところ,規程7条
の「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由のある
者」に該当するため拒否処分をすることが妥当であるとの結論が出され,
次いで公正審査会議においても,同一の結論となった。
前記のとおり,被告は慎重な審査を経た上で原告の馬主登録申請を拒否
したものであり,B及びCとの交際はそれぞれ単独で馬主登録拒否事由に
該当するものである。
したがって,被告がなした本件拒否処分について,重要な事実に誤認が
あることなどによって判断の基礎を欠いたり,事実の評価が明白に合理性
を欠くなどといった事情はなく,被告の判断に裁量逸脱ないし濫用は認め
られない。
第3争点に対する判断
ア認定事実
証拠(甲1,2,3の1ないし6,4の1ないし3,5の1ないし4,6な
いし9,乙3の1,3の2,4ないし8,11ないし15,17,原告本人,
証人L,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ
る。
(1)ア原告は,平成17年1月から現在に至るまで,砂利採取販売等を主な
事業内容とするE並びに砂利及び産業廃棄物の運搬を主な事業内容とする
Fの代表取締役である(甲9,乙6,7,原告本人)。
イまた,原告は,平成16年ころ,牧場を経営する友人の勧めにより競走
馬を1頭購入し,現在は4頭の競走馬を所有しており,地方競馬の馬主と
して登録された平成16年7月22日から現在に至るまで地方競馬の馬主
として活動している(甲6,9,原告本人)。
なお,地方競馬においても「競馬の公正を害するおそれがあると認める
に足りる相当な理由がある者」は,馬主登録拒否事由とされている(甲
7)。
(2)本件登録申請,審査手続
ア被告は,規程8条により,馬主登録の審査について,被告理事長の諮問
に応じる調査審議機関として審査委員会を設置し,審査委員会は,被告役
職員のほか,馬主及び弁護士等学識経験者ら15名以内の委員から構成さ
れている。
そして,馬主登録申請者が,被告理事長宛に馬主登録の申請をした場合,
被告理事長は,審査委員会に対し,当該申請者について馬主登録拒否事由
があるか否か諮問し,審査委員会は,審査の結果を被告理事長に答申する
ことになる。
被告は,審査委員会に対し,登録申請の許否について諮問する際,後記
のH協会が作成した調査結果報告書そのものを示すことはせず,同報告書
の内容を申請者1名につき1枚にまとめた資料を作成して提出し,審査の
際,被告職員が審査委員会委員に対し,口頭で説明する方法により審査さ
れ,同審査は,厳正を保つため,馬主登録申請者はすべて匿名で扱われて
いる。
なお,被告に対する馬主登録申請は年間約100件程度あり,審査委員
会は年に3回開催され,審査に要する時間は1時間から2時間程度である。
(乙3の2,15,証人L)
イ被告は,日本中央競馬会法20条,日本中央競馬会法施行規則2条の8,
規約80条及び規程190条に基づいて,公正審査会議を設置し,同審査
会議は,7名以内の学識経験者から構成されている。
そして,馬主登録申請の許否について審査委員会から答申を受けた被告
理事長は,審査委員会における審査が公正かつ適切になされたかどうかに
ついて,公正審査会議に諮問しなければならず,公正審査会議は審査の上,
結果を被告理事長に答申することとなる。
被告理事長は,審査委員会及び公正審査会議の答申を受けて最終的に馬
主登録の許否を決し,その結果を馬主登録申請者本人に通知する。(乙2,
3の1及び2,15,証人L)
ウ被告は,馬主登録申請を受理した場合,馬主登録申請をしたすべての者
を対象として,H協会に対し,当該申請者について職業や家族関係,交友
関係等の身辺調査を依頼し,この調査によって得られた情報を審査委員会
に提供し,審査委員会は,当該情報を元にして馬主登録拒否事由の有無の
判断している。
なお,H協会は,競馬の公正確保のために必要な調査,情報及び資料の
収集等を行い,もって競馬に関する害悪の排除を図り,競馬の公正な運営
とその健全な発展に資することを目的として設立された農林水産省が所管
する財団法人であり,同協会は,国家公安委員会から不当要求情報管理機
関として適格性があるものとして登録を許され,同協会には,暴力団捜査
等に携わったことがあり,専門的知識及び技能を有している警察官出身者
が職員として勤務している。(乙5,15,証人L)
エ原告に対する調査
被告は,原告の本件登録申請を受けたため,平成19年6月15日,H
協会に対し,原告の人物調査を依頼した(乙15)。
被告からの上記調査依頼により,H協会調査員が原告の人物調査を実施
し,H協会は,被告に対し,同年8月30日付け調査報告書(以下「第1
報告書」という。)を同年9月12日に提出した(乙6,15)。
第1報告書には,氏名,職業,住所歴,経歴,職歴,生計状況,生活状
態,性格・素行・社会的地位,競馬の公正確保上の問題点の有無等が調査
事項として挙げられており,性格・素行・社会的地位の項目において,調
査員が暴力団関係者である情報提供者から聴取した内容として,「Gは,
暴力団○代目A組の○○一家の親分とよく韓国の済州島に遊びに行ってい
るらしい。」「Bが業者と韓国に行き,丁度,Gも韓国のカジノに遊びに
行ってカジノで知り合ったらしい。Gは,周りの奴に馬主の申請をするの
で,Bとの付き合いを避け,少し静かにしなければならないと漏らしてい
た。」「γのちんぴらでCという男がいるのですが,Gさんがこの男と・
・・(空白部分はマスキングされている。)一緒に飲んでいるのを見たこ
とがあります。Gさんのやっているダンプカーの会社の関係で,Cと知り
合ったと思います」と記載されており,末尾には「暴力団関係者との交際
が懸念される。」と記載されていた(乙6,15,証人L)。
被告は,第1報告書を受けて,H協会に対し,再度原告の暴力団関係者
等の反社会的勢力との交際に焦点を当てた調査を依頼した(乙7,15,
証人L)。
H協会は,被告の依頼を受けて再度調査を実施し,被告に対し,同年1
0月18日付け調査報告書(以下「第2報告書」という。)を同年11月
2日に提出した(乙7,15,証人L)。
第2報告書には,追及調査の結果として,情報提供者の人定,韓国旅行
の裏付け,チンピラとの交際情報の詳細等の項目が挙げられ,Bとの韓国
旅行の裏付けの項目には「被調査者が○○親分と共に,韓国旅行に行って
いるか否かについては,確認の方法はないが,」「被調査者は,韓国旅行
に行っていることが明らかとなった」と記載されていた。なお,第2報告
書に記載されているBとの交際に関する聴取内容は,第1報告書における
情報提供者とは別の人物から聴取した結果である。(乙7,証人L)
また,Cとの交際について,第2報告書には,「チンピラとの交際情報
の詳細」という項目が設けられ,また,Cについて,「チンピラのCにつ
いては,平成19年第1回K競馬第5日(6月30日)・・・(空白部分
はマスキングされている。)来場しているのを当協会調査員が現認してい
る。」「職業不詳C(52歳)」と記載されていた(乙7)。
(なお,証人Lは,第2報告書に記載されているCとの交際に関する聴取
内容は,第1報告書における情報提供者と同一人物から再度聴取した結果
である旨供述するが,同報告書の「チンピラとの交際情報の詳細」の項目
の記載内容については,明らかにされていない(乙7,証人L)。)
また,第2報告書「競馬の公正確保上の問題点の有無」の項目には,
「本件情報の真偽を明らかにするには,海外渡航時の同行者・・・(空白
部分はマスキングされている。)や○○(▲月▲日詐欺容疑で逮捕拘留
中)からの聞き取り等の限られた方法があるが,これを実施しても真偽の
確認は困難と思われる。」「また,被調査者とCとの深い交際は見られな
いものの,同人は・・・(空白部分はマスキングされている。)であると
共に,本件6月30日に暴力団構成員・・・(空白部分はマスキングされ
ている。)とK競馬場に入場を確認されている人物である。」と記載され,
同報告書末尾には,「以上のとおり,被調査者が韓国内で暴力団組長と何
らかの接触があったと考えることが相当と認められる。」と記載されてい
た(乙7)。
オH協会作成の平成19年9月19日付け調査報告書(追及調査)には,
同年7月1日に,Cが,K競馬場において,○代目A組○代目I会J会の
組員と談笑し,行動を共にしていた旨の記載がされていた(乙8,17)。
カ被告は,上記各報告書の内容を審査委員会に報告し,馬主登録の許否に
ついて審査を諮問したところ,審査委員会は,原告の馬主登録申請につい
て全会一致で登録拒否の結論を出した。その後,公正審査会議においても,
審査委員会の結論について全会一致で登録拒否の結論が妥当であるとされ
たことから,被告理事長は,上記各結論を踏まえ,平成19年11月14
日付けで原告に対し,馬主登録申請について拒否する旨の通知をした。
(甲1,乙15,証人L)
(3)ア原告は,平成15年から現在に至るまで,家族又は友人ら(M,N)
と共に,カジノを楽しむために多数回にわたり韓国へ渡航している(甲3
の1ないし6,4の1ないし3,5の1ないし4,8,9,原告本人)。
イBは,平成16年12月1日から平成19年11月30日までの間,平
成16年12月1日にO空港に海外から帰国,平成17年2月21日にP
空港から出国,同年2月26日にP空港に海外から帰国しているが,原告
が,平成16年12月1日ころ及び平成17年2月21日から同月26日
の間に海外旅行をしていた事実はない(甲8,調査嘱託の結果)。
(4)アCは,γ町内において,自動装填式拳銃1丁及びこれに適合する実包
8発を保管していたとして,平成▲年▲月▲日,銃砲刀剣類所持等取締法
違反の疑いで逮捕されたことがあり,この事実は,複数の報道機関により
報道された。その後,Cは,札幌地方裁判所に上記罪により起訴され,同
年▲月▲日,○の有罪判決を受け,同判決は確定している(乙8,11な
いし14,17)。
また,Cは,平成19年7月1日,K競馬場において,○代目A組○代
目I会J会の組員と談笑している姿が目撃されており,H協会作成の平成
19年9月19日付け調査報告書(追及調査)には,Cの人相風体につい
て,「左手小指中節から欠損の暴力団風」と記載されていた(乙8,1
7)。
イ原告は,平成11年ころ,Cの兄がEの取引先の重機オペレーターであ
ったことから,砂利搬入の業者として現場を訪れた際にCの兄と知り合い,
その際,同人から「もしアルバイトが必要になったらトラックも運転でき
るので弟を使ってやって欲しい」と頼まれたことがあった(甲9,原告本
人)。
原告は,平成16年ころ,ガソリンスタンドにおいて,Cの兄と似た人
物を見かけたことから,ガソリンスタンドの店員に質問し,「Cは,今は
カタギだと思うが昔は暴力団だったらしい。」旨の説明をされた。
原告は,平成16年以降,時折訪れていた牧場や昼食をとるためよく訪
れていたγ町にある喫茶店などで,当時馬運車の運転手をしていたCと顔
を合わせることがあったが,Cが暴力団風な人相風体であったことから,
特に言葉を交わすことはなかった。
原告は,平成18年ころ,原告の行きつけの喫茶店においてCと顔を合
わせた際,Cから「もしアルバイトがあったらぜひ使ってください」と話
しかけられたが,Fにおいて雇う運転手のアルバイトは,基本的に毎年同
じ人を雇っており,新規のアルバイトを雇うことを考えていなかったため
断った。
原告は,平成19年3月ころ,Fの運転手が足らず,これまでアルバイ
トとして雇用してきた人も都合がつかなかったことから,Cと喫茶店で顔
を合わせた際,アルバイトとして働いて欲しい旨依頼し,Cは二,三日の
間,Fの運転手として働いた。アルバイトとしてCを雇用した際,原告は,
以前ガソリンスタンドの店員から今はカタギであると教えてもらい,また,
これまでCが馬運車の運転手として稼働している姿を見ていたことから,
昔暴力団員であったとしても,現在は暴力団とは関係のない人物であると
考えていた。
なお,CがFのアルバイトとして働いたのは,上記1回のみであり,こ
れ以降,原告がCを雇ったことはない。(甲9,原告本人)
ウ原告は,平成19年3月以降も,Cと飲食店等で顔を合わせることがあ
り,その際,短い会話を交わすことはあった。
原告は,同年4月ころ,原告が焼き鳥を買って帰るため居酒屋に立ち寄
った際,通されたカウンター席のとなりにCが座ってたことから,焼き鳥
ができあがるまで約1時間程度の間,飲食しながら同人と会話した。
なお,原告が持ち帰るために注文した焼き鳥ができあがったことから,
原告は帰宅するため先に席を立ち,その際,Cの分の飲食代金についても
支払った。
平成19年4月以降,原告は,Cと共に飲食したことはなく,Cと個人
的な付き合いもないが,現在でも,β町内のガソリンスタンドや喫茶店で
度々Cと顔を合わせることがある。(甲9,原告本人)
イ以上の認定事実から,本件拒否処分の適法性について判断する。
(1)判断基準について
競馬は,競馬法により,主催者が勝馬投票券を販売して,勝馬投票の的中
者に対し,勝馬投票券の売上金の中から一定の払戻金を交付するものであり,
賭博及び富くじに関する罪(刑法185条ないし187条)の例外として法
律が定めたかけ事であって,その制度の維持及び発展のためには,競馬の公
正とこれに対する社会一般の信頼を確保することが必要不可欠である。被告
は,前記関係法令等の定めに記載したとおり,競馬法により例外的に競馬の
実施を許された団体であり,被告が行う馬主登録を受けた者でなければ,中
央競馬の競走に馬を出走させることはできず,また,被告が,競馬の公正な
実施を確保するため必要があると認めるときは,馬主登録を抹消することが
できることなどは,このような趣旨に基づくものである。
そして,前記関係法令等において馬主登録拒否事由として,個別条項だけ
でなく,「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由の
ある者」との包括条項が定められたのは,このような法の趣旨を実現するた
めには,競馬の施行者である被告が,馬主登録の申請者の経歴,素行,交友
関係等当該申請者にかかわるあらゆる事情を総合判断する必要性があり,そ
の判断を被告の裁量に委ねる趣旨であると解するのが相当である。
そこで,裁判所が上記処分の適否を審査するに当たっては,当該判断が,
被告の裁量権の行使としてされたものであることを前提として,その判断の
基礎とされた重要な事実に誤認があること等により,その判断が全く事実の
基礎を欠くかどうか,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等に
より,その判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである
かどうかについて審理し,それが認められる場合に限り,当該判断が裁量権
の範囲を超え,又はその濫用があったものとして違法であると判断すべきで
あると解するのが相当である。そして,主張立証責任についても,行政事件
訴訟法30条の文言に即して,裁量権の範囲を超えていること又はその濫用
があったことを主張する者が,同主張を基礎づける具体的事実について主張
立証責任を負うべきであると解するのが相当である。
したがって,馬主登録拒否事由該当性判断において,被告に裁量権がなく
登録拒否事由該当性の主張立証を被告がすべきであるとする原告の主張は採
用することができない。
以上を前提として,B及びCとの関係を理由としてされた本件拒否処分に
ついて,具体的に検討する。
(2)Bとの関係について
ア被告は第1報告書及び第2報告書の内容をもって,原告がBと韓国に渡
航した事実が認められるとし,同事実を前提として,原告が,規程7条1
3号の「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由の
ある者」に該当することを本件拒否処分の理由としている。
しかしながら,原告は,Bとの面識を一切否定している。また,原告は,
平成10年12月4日発行の原告のパスポート(甲8)によれば,平成1
5年5月ころから韓国旅行をするようになり,以後,頻繁に韓国渡航を繰
り返しているものの,調査嘱託の結果によれば,平成16年12月1日か
ら平成19年11月30日までの期間,Bの渡航記録は,①平成16年1
2月1日にO空港への帰国,②平成17年2月21日にP空港から出国,
③同年2月26日にP空港への入国のみであって,いずれも原告の出入国
期日とは合致せず,また,原告のパスポートを確認しても,原告が韓国に
滞在していたと思われる期間とは重なっていない。
さらに,前記第3の1(2)エで認定したとおり,被告に対してはH協会
から,原告とBとの交友関係の真偽を確認すべく,第1報告書に追加して
第2報告書が提出されているが,同報告書には,「(原告とBが韓国旅行
に行ったという情報について)真偽の確認は困難と思われる。」と記載さ
れており,原告が韓国旅行に行っていることの裏付けしか取れておらず,
原告がBと韓国旅行に行ったことについて何ら新しい情報は得られていな
い。
以上からすれば,原告はBと一緒に韓国旅行したことはないと推認でき,
同推認を覆すに足りる証拠はない。
イこれに対し,被告は,上記調査嘱託の結果を受けても,調査を依頼した
H協会の調査員は,暴力団捜査を熟知した警察官出身者であって,これま
で同協会から提供された「暴力団関係者で反社会的勢力との関係がある」
との情報には誤りがなく,第1報告書及び第2報告書の情報は信頼性が高
いと主張する。
しかしながら,H協会が提供した過去の情報に誤りがなかったと認める
に足りる証拠はない上,そのことから直ちに上記第1報告書及び第2報告
書の記載内容が真実であると認めることはできない。
また,第1報告書の内容は伝聞であって,暴力団関係者から得られた情
報であるという以外に,情報提供者の素性について何ら明らかとなってお
らず,被告自身も実名等を知らされていない。さらに,原告の調査を実施
するにあたり,H協会調査員が,原告の知人等に対し,原告について,暴
力団関係者ではないのかとの質問や,韓国へ暴力団関係者と旅行に行って
いることを前提とした質問をするなど(原告本人)やや公正に欠けると思
われる調査が行われていたと認められること,同報告書記載の「よく韓国
の済州島に遊びに行っているらしい。」との内容と調査嘱託の結果とが明
らかに異なること,旅行に行っていると思われる時期についてもなんら記
載がないこと等の事情からは,第1報告書に記載されたBに関する報告に
ついて,直ちに聴取内容が真実であるとまでは認めることはできない。
そして,第2報告書では,原告とBとの韓国旅行の事実について真偽の
確認が困難であると報告しているにもかかわらず,報告書末尾において,
「被調査者が韓国内で暴力団組長と接触があったと考えることが相当と認
められる」と記載されているが,そのような結論に至る根拠について何ら
示されていない。この点,被告は,第2報告書の記載の一部について,情
報提供者等の安全確保のためマスキングしていると主張するが,前記認定
した同報告書中の内容のみでは,マスキングされた部分にも,調査員が,
被調査者(原告)が韓国内で暴力団組長と接触があったと考えることが相
当と認められると判断した合理的な理由は記載されていなかったと推認で
き,この推認を覆すに足りる証拠はない。
ウ以上からすれば,本件拒否処分のうち,原告がBと韓国に渡航したこと
を理由としてされた部分については,その判断の基礎とされた重要な事実
に誤認があり,その判断は,全く事実の基礎を欠いたものといえ,社会通
念に照らし著しく妥当性を欠くというべきである。
(3)Cとの関係について
ア被告は,第1報告書及び第2報告書をもって,原告がCと何らかの交際
又は接触が認められるとし,同事実を前提として本件拒否処分をしたこと
が認められる。
Cは,前記認定事実によれば,過去に暴力団員と共に逮捕されており,
また,平成19年7月ころにも暴力団員と行動を共にしているところが確
認されているのであるから,少なくとも暴力団員と接触を有する暴力団関
係者である。
そして,原告は,代表取締役を務めるFのアルバイトとしてCを雇い,
その後,居酒屋でCと顔を合わせた際に飲食し,Cの飲食代金を支払った
こと,また,ガソリンスタンドや喫茶店でたびたび顔を合わせ,その際多
少の会話を交わすことなどの事情からは,Cと接触を有する者であるとい
える。
イところで,原告がCをアルバイトとして雇ったのは平成19年3月の1
回限りであることや,原告及びCが居住しているα町は,人口約2万人程
度(平成17年10月1日現在,乙20)の町であり喫茶店や立ち寄るガ
ソリンスタンド等が共通するなどの生活圏が重なっている場合,当人が望
むと望まないとに関わらず,顔を合わせることがあることはやむを得ない
ものであること,上記第2報告書においても,「(原告とCとの間には)
深い交際は見られない」と報告されていること等からは,原告とCとの間
は,顔見知り程度の交際があるだけであると認められる。
なお,上記報告を基礎づける聴取内容についても明らかにされていない。
しかし,情報提供者が原告とCのいずれをも知る人物であることから,ア
ルバイトとして雇った回数,原告とCとが顔見知り程度の関係であるとい
ったことが記載されているものと推認できる。
ウこれに対し,証人Lは,第2報告書には,原告とCを含む数人が連れ立
ってα町内の居酒屋に来店し,共に飲食し談笑していた旨報告されていた
と証言するが,被告は,第2報告書の当該記載部分は開示しておらず,そ
の内容を直接確認することができない。また,証人Lは,当該情報は原告
及びCの両方について見間違いをする可能性が極めて低い者から得られた
と証言するが,証言によれば,当該情報提供者は,原告及びCとは会話の
内容が聞こえない距離にいたことが窺われるところ,情報提供者が原告及
びCの顔を識別できる者であるとしても,原告らが誰とどのような様子で
店に入ってきたのか,どのような配置で席に座っていたのかといった原告
とCの交際の程度を窺うことができる重要な状況については何ら明らかに
されておらず(この点,証人Lは,原告とCが同じテーブルについていた
のか,という原告代理人の質問に対し,当然そういうふうに解釈していま
す,と証言するに止まるなど,第2報告書には,原告とCが同じテーブル
に座っていたのか等の状況についても明確に記載されていないものと思わ
れる。),前記認定を覆すには足りない。
エところで,以上の事実を前提としても,被告は,馬主登録申請者につい
て,暴力団関係者等の反社会的勢力であると認識しているとしていないと
に関わらず,客観的に反社会的勢力との交際ないし接触があると認められ
るのであれば,公正らしさが毀損され,競馬の公正確保が図れなくなるの
であるから,「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な
理由のある者」として馬主登録拒否事由を満たすと主張する。
確かに,前記のとおり,競馬は法により特別に許されたかけ事であり,
その制度の維持及び発展のためには,競馬の公正とこれに対する社会一般
の信頼を確保することが必要不可欠である。しかしながら,一方で,馬主
として中央競馬への参加を希望する者は,被告から馬主登録の許可を得た
上で登録を受けなければならず,被告からの許可がなければ馬主として中
央競馬に参加する道が閉ざされてしまうのであり,馬主登録許否事由に該
当するか否かについては,処分権者の側にも相応の慎重さが求められると
いわなければならない。
したがって,馬主登録申請者において,客観的に反社会的勢力との交際
ないし接触があると認められる場合であっても,問題とされる人物との関
係性,交際ないし接触の程度,申請者の実績等を総合考慮し,競馬の公正
を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由があるか否かを判断す
べきであって,単に問題とされる人物と少しでも何らかの接触があれば,
一律に「競馬の公正を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由の
ある者」に該当すると判断することは,社会通念に照らし著しく妥当性を
欠くというべきである。
原告とCは,人口約2万人のα町に居住し,その生活圏がある程度重複
することからは,日常生活を送る上で望むと望まざるとにかかわらず,顔
を合わせることはやむを得ないものであって,その際,会話を交わすこと
はごく自然であるし,また,Cを運転手のアルバイトとして雇ったのは人
手が足りなかったからにすぎず,アルバイトも二,三日間の1回限りであ
ったにすぎない。更に,原告とCの経済的立場を考慮すると居酒屋で顔を
合わせた場合,Cの飲食代金を原告が支払うこともそれのみで両者の間に
特別な利害関係が生じていると考えることはできないし,両者の関係から
は,原告が望まない限り今後もCに取り込まれるおそれは低いと考えられ
ること,原告は,地方競馬の馬主として登録された平成16年7月22日
から現在に至るまで馬主として活動しており,その間,競馬の公正を害す
るおそれがあるなどとして調査を受けたこともないこと等の事情からは,
本件拒否処分のうちCと何らかの交際又は接触が認められることを理由と
してされた部分についても,考慮した事項に対する評価が明らかに合理性
を欠いており,その判断が,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くという
べきである。
(4)従って,本件拒否処分は,裁量権の範囲を超え,又はその濫用があった
ものとして違法なものである。
第4結論
以上のとおり,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとお
り判決する。
札幌地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官杉浦徳宏
裁判官平田晃史
裁判官池田幸子

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