弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主   文
被告人を禁錮2年に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理   由
(認定犯罪事実)
被告人は,空調機設置工事等の業務に従事していたものであるが,平成11年2月
9日午前9時30分ころから午後2時30分ころまでの間,神奈川県綾瀬市(以下
省略)海上自衛隊a航空基地内202倉庫の空調機設置工事に際し,同倉庫H室に
おいて,同倉庫の内壁に開けられた配管口に通した塩化ビニール製ドレーン管にア
セチレンガスバーナーの火炎を噴射させて配管工事を実施するに当たり,同倉庫の
内壁には燃焼しやすい木質造作物が設置され,配管用に開けた穴の中には燃焼しや
すい木くず等が残存していたものであるから,防火シートで内壁を遮へいし,濡ら
した布を配管用の穴の口(配管口)に詰め込むなどの措置を講じるなど,前記バー
ナーの火炎がこれらに燃え移って火災になることを未然に防止すべき業務上の注意
義務があるのに,これを怠り,何らの措置をも講じないままで同バーナーの火炎を
漫然噴射させたまま配管工事を継続した過失により,同日午後2時30分ころ,同
バーナーの火炎を前記配管口周辺の可燃物に引火させてこれを燃え上らせて火を失
し,よって,現に前記空調機設置工事に従事していた作業員Dがいる前記倉庫(木
造平家建,床面積4303.47平方メートル)1棟を全焼させて焼損した。
(証  拠)省略
(補足説明)
1 弁護人は,被告人の作業と本件火災事故との間の因果関係及び被告人の予見可
能性を否定し,被告人には本件注意義務違反がない旨主張し,被告人は,捜査段階
においては,その因果関係,注意義務違反をも含め自白していたものの,公判にお
いて,これらを否定し弁護人の主張に沿う供述をしているので,以下補足して説明
を加える。
2本件の注意義務について
(1) 関係各証拠によれば,前記基地内202倉庫(以下「本件倉庫」という)は,
本件火災当時,倉庫として使用され,常駐する自衛隊員はいなかったこと,本件倉
庫北東角区画は,本件火災当時補修工事中で各部屋とも電気器具類や暖房機器など
が設置されていない状態であり,その区画H室東側壁(以下「H室東側壁」とい
う)は,化粧合板(厚さ約4ミリメートル),合板(厚さ約十数ミリメートル),
グラスウール,木摺(横板),ルーフィング(黒紙)及び外壁トタン(樹脂製の発
泡材付き)という構造であり,グラスウールが不燃材に近いほかは燃焼しやすい素
材であったこと,被告人は,海上自衛隊から本件倉庫への空調機設置工事を受注し
たB株式会社の社員C,D他1名とともに平成11年2月8日から本件工事に従事
し,同月9日午後2時30分ころ,本件倉庫H室内において,Cが同室東側壁下方
の木製土台部分の床から数センチメートルの位置に開けた配管口(直径約75ミリ
メートル。内部で屈折し,開口作業時の木くずが残存しているもの)に直線状の塩
化ビニール製ドレーン管等を通すため,ドレーン管を屈折している配管口になじみ
やすくするため,アセチレンガスバーナーを用いて1~2分間火炎をドレーン管に
向けて噴射し,ドレーン管を曲げる作業を行っていたことが認められる。
(2)このような本件作業の性質,内壁の構造,作業場所の周囲の状況等に照らせ
ば,前記バーナーの火炎が内壁や配管口内の可燃物に燃え移って火災となる危険性
があったことは明らかである。
弁護人は,配管口内の木くずの存在を否定し,被告人も公判に至ってこれに沿う供
述をするが,被告人の供述は捜査段階と変遷している上,その合理的な理由も説明
されておらず信用しがたい。また,Cの供述によれば,穴を開けた際,その穴に残
った木くずをかき出したが,曲がり角の辺りには木くずが残っていたことが窺われ
る上,Dの供述によれば,被告人は,前記作業中バーナーを止め,I室に赴いて作
業中のDに「火がちょっと着いた,水持ってこい」「火を使っていたら穴の切粉に
火が舞った」などと述べていたのであるから,配管口内に木くずが残存していたこ
とは優に認定できるというべきである。弁護人はこれらの供述の信用性も争うが,
Cの供述は,穴の屈折した形状や開けられた位置等に整合するもので十分信用でき
る。また,Dの供述も,Dが被告人に言われたとおりトイレからバケツで水を汲ん
で配管口に向けてかけているのみならず,被告人も本件倉庫の外に止めてあった車
から消火器を取ってH室に戻り,配管口に向けて数秒程度消火剤を吹きかけ,バケ
ツの水をかけたDとともに,消火剤で部屋が真っ白になるまで消火作業をしている
のであるから,これの行動に裏付けられたDの供述も十分信用でき,弁護人の主張
は採用できない。
(3) 加えて,関係各証拠によれば,被告人は,昭和49年に社団法人日本工業技術
振興協会からガス溶接技能講習修了証を受けるなどしたうえ,長年空調機の修理等
に従事し,その間ガスバーナーを使用する機会も少なからずあったこと,本件工事
に際して他の作業員らと火気につき注意しようという話をしていたことが認められ
る。しかも,アセチレンガスバーナーを使用した場合,その周辺の燃えやすい物質
に引火し延焼することは通常ありうることであって,被告人においてもこれを十分
予見し得たことはいうまでもない。そして,アセチレンガスバーナーを使用するに
あたり,防火措置として,防火シートで内壁を遮へいし,濡らした布を配管口に詰
め込むなどすることは容易に実行可能であるとともに,これらの措置によりガスバ
ーナーの火の可燃物への引火・燃焼を未然に防止し得ることも容易に理解できると
ころである。従って,被告人に判示のような業務上の注意義務があったことは十分
肯認することができる。
3出火場所及び出火原因について
関係証拠によれば,H室東側壁付近外壁トタンのドリルにより開けられたと考えら
れる穴の左右及びその上方の熱変色が著しいこと,自衛官EとDとがH室東側壁付
近から煙があがっているのを見ていること,被告人が自衛官Eに火が出ていること
を指摘された当時も本件倉庫H室東側壁付近のトタンが変色していたこと,H室東
側壁の内部が燃焼していたこと,H室の天井の方が燃焼していたこと,本件火災直
前被告人がH室内でガスバーナーを使用していたこと,そのとき,被告人が穴内側
でなにか光ったのを見たこと,当時H室内に収容されている物がなかったことなど
が認められ,これらの事情を総合考慮すると,H室東側壁の配管口付近が出火場所
であると認められるところ,H室東側壁付近には電気配線,ガス配線がないこと,
H室東側外壁トタンの金属部分に電気的に発熱したような跡がないこと,H室内に
は電気器具類などはなかったこと,被告人のガスバーナー以外に当時作業していた
D及び被告人が特別に出火原因となるような機材を使用していなかったこと,本件
倉庫が自衛隊敷地内であり,本件火災当時本件倉庫北東角区画には自衛隊員もいな
かったことが認められる。これらの事情に照らせば,電気・ガスや電気器具類など
による火災や第三者の放火・失火等を窺わせる事情は存しない。
前記のとおり,被告人は,本件火災発生直前にアセチレンガスバーナーをH室東側
壁配管口付近で使用していた上,前記のようにその火が切粉に引火したことを自認
する発言をして消火に努めていたのであるから,被告人自身バーナーの火が木くず
など配管口周辺の可燃物に引火したものと認識していたものと推認できる。加え
て,火災鑑定の専門家といえるFも被告人のガスバーナーの火が本件火災の原因と
判断できると証言しており,その推論過程等に疑問を抱かせる事情は見出せず,そ
の判断は十分肯認することができる。
4結論
以上検討のとおり,本件火災の出火原因は被告人のガスバーナーであり,被告人が
前記のような引火防止の措置を怠ったままガスバーナーによる作業を続けたためそ
の火がH室東側壁の配管口周辺の可燃物に引火し,本件倉庫が全焼したものと認め
られる。したがって,被告人に判示の業務上の注意義務違反があったものと認める
ことができる。
(法令の適用)
被告人の判示所為は,刑法117条の2前段(116条1項,108条)に該当す
るところ,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮2年に
処し,後記情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間
その刑の執行を猶予することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項
本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
本件は,倉庫内の空調機設置工事にあたり失火により倉庫を全焼させたという事案
であるが,可燃物のある室内で火気を用いる以上防火措置を講じるのは当然といえ
る上,被告人は,長年空調機関係の工事等に従事している業者であり,アセチレン
ガスバーナー等の火気取扱いの知識も十分にあったのであるから,適切な防火措置
の必要性に容易に気付き得る立場にあり,かつ,本件防火措置は容易に実施可能で
あったのであるから,これを怠った過失は軽視できない。また,生じた火災は発生
から鎮火まで約17時間もかかるほどのもので,近隣住民にも不安や恐怖感を抱か
せたとともに,高額の機器などが存在した木造平家建倉庫を全焼させているのであ
って結果は重大といわざるを得ない。このような事情を考えると,被告人の刑事責
任は軽いとはいえないが,本件過失の内容・性質が悪質とはいえないこと,本件倉
庫は既に老朽化していたこと,建物本体を除いた損害分については,海上自衛隊a
航空基地隊とB株式会社との間で示談が成立していること,被告人には罰金前科1
犯があるだけであること,被告人の年齢,家庭状況など,被告人のために斟酌すべ
き事情も認められるので,これらの事情等を総合考慮し,主文のとおり科刑してそ
の罪責を明確にした上その刑の執行を猶予するのを相当と判断した。
(公判出席)検 察 官 片 野 真 紀
      私選弁護人 寺島秀昭,森本哲也
(求刑-禁錮2年)
平成14年3月20日
横浜地方裁判所第4刑事部4係
裁判官   廣  瀬  健  二

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