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平成16年12月3日判決言渡
平成16年(ハ)第9528号 損害賠償請求事件
 判       決
主       文
1 被告は,原告に対し,金7万2810円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請   求
  被告は,原告に対し,金33万6900円を支払え。
第2 事案の概要
1 平成13年7月8日午前11時ころ,原告と被告が従業員として勤務していた東京
都練馬区A所在のB(以下「勤務店」という。)の食事室付近の従業員専用の通用
口にある鉄製の防火用ドア(以下「本件ドア」という。)付近を,原告が本件ドアを閉
めて清掃していたところ,被告は,本件ドアの外側の狭い場所に足の不自由な原
告が立っているのを知りながら,「ちょっと待って。」と言う言葉も聞かず,食事室側
から無理やり本件ドアを押し開けて出たため,原告が転倒し,同人の左上腕部等
に加療2週間を要する打撲傷を負わせたとして,被告に対し,被告の違法行為によ
り生じた原告の次の損害に対する民法709条の不法行為による損害賠償金と精
神的慰謝料等合計33万6900円の支払を求めるものである。
 2 原告主張の損害額合計 金33万6900円
   内 訳 受傷部分 左上腕部打撲傷 全治2週間の通院加療
  (1) 通院治療費の原告立替分  合計金2万5900円
内訳
平成13年7月10日分      金4900円19日分      金
9800円
         21日分      金3700円
8月02日分      金2500円
   04日分      金2500円
 23日分      金2500円
(2) 通院交通費の原告立替分      金5000円
 (3) 診断書料の原告立替分     金6000円
 (4) 精神的慰謝料        金30万0000円
3 原告の主張
(1) 被告は,本件事件当日,勤務店に出勤時刻である午前11時直前に出勤して
きた後,勤務店内の従業員用食事室兼更衣室で着替えるため本件ドアを通過し
て更衣室へ入った。
(2) その際,原告が当時本件ドア付近で掃除機で掃除をしていたことを知っていな
がら,着替え後,原告が掃除のため本件ドアを閉めていたことを逆恨みし,原告
が被告に対し,「少し待って。」の声をかけていたにもかかわらず,聞き入れよう
とせず,原告が掃除していた場所は,本件ドアの外側の狭い場所であり待避場
所がないことを承知しながら,被告が無理矢理に本件ドアを押し開けたため,原
告が転倒し,左上腕部を強打し,打撲傷を負った。
(3) 被告の行為により転倒して左上腕部を打撲した原告に対し,被告は,一言も
謝罪することもなく,原告を無視し,転倒して仰向けになった足の悪い原告をころ
ばしながら,原告の体の上や顔をまたいで通っていった。
(4) 原告は,被告の前記違法行為により,前記2の治療費等の損害を負ったこと
に加え,その行為による精神的な苦痛や,原告への謝罪どころか,転倒の原因
を原告の不注意による自損事故だとして,一切の責任は原告にあるとし,職場
で押し倒して怪我をさせたことを喜んでいたなど等の行為を知るに及んで,原告
は多大な精神的苦痛を受けた。
(5) 原告は,本件受傷にいたる原因について,なんら責任を問われる行為はして
おらず,本件は,被告の原告に対する一方的な敵意をあらわにした暴挙による
違法行為により発生したものであり,情状の余地はまったくない。
4 原告の主張に対する被告の認否及び反論
(1) 第2の1の事実は否認する。同2のうち原告に(1)ないし(4)の各損害が生じ
たことはいずれも否認ないし争う。
(2) 本件は,被告が勤務店に出勤後,勤務店の持ち場へ急いで行く必要があるこ
とを知りながら,原告が故意に全身の力を込めて本件ドアを締め,被告が本件ド
アを少し開け,「いじわるしないで。」と懇請したにもかかわらず,原告が全身の
力を込め本件ドアを押さえつけて開けなかっため,やむを得ず本件ドアを少し開
けて出たのであり,その際原告は転倒もしていないし,怪我もしていない。
(3) 仮に怪我をしたとしても,原告は安全に気を付けて清掃しようとするなら,本件
ドアが開く場所に立ち止まらないとか,本件ドアを開け,見通しを良くしてすべき
であり,本件原告の怪我は,原告が本件ドアノブに腕を当てた位置で本件ドアを
強く押さえてできた「アザ」であり,原告の不注意による怪我であるから,被告が
した行為には違法性はない。
(4) 仮に被告の何らかの過失により,原告が怪我をしたとしても,翌日原告から見
せられた左上腕部の「アザ」は,通院しなくても自然治癒力で直る程度のもので
あり,病院等での治療を必要とするものではなかった。しかも原告は,その日の
うちに病院に行かず,3日後になって整骨院へ行き,2週間もの診断書が出たの
は不自然で納得がいかない。本件原告の受傷と被告の行為とは何ら因果関係
がない。
(5) よって,本件では被告には何らの非はなく,原告に対し不法行為に基づく損害
賠償義務はない。
第3 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
1 傷害事件の発生
 (1) 当事者双方は,平成13年7月8日午前11時ころ,勤務店に仕事のため店内
にいた。
 (2) 本件ドアは,従業員が勤務店内の食事室の奥にある更衣室に出入りするため
の従業員専用の通用口となっている唯一のドアである。
(3) 原告と被告とのトラブルは,上記ドア付近で発生した。
2 事件の現場となった更衣室に入るための本件ドアのある場所(踊り場)は,大変狭
く,鉄製ドアを開け閉めするための最低限のスペースしかなく,開けた時は人1人
が立つことができないくらいの広さ(約1平方メートル)しかなかった。
第4 争点
1 原告の怪我は,被告の行為によって生じたものであるか否か。
2原告の受傷について,本件被告の行為は違法性があったか否か。
3被告に違法性があったとしても,原告の受傷との間に因果関係が認められるか否
か。
4 原告の損害額はいくらであったか。
5 本件受傷について原告の過失はあるか否か。
第5 当裁判所の判断
1 証拠(甲1号証ないし第3号証,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨 によれ
ば,以下の事実が認められる。
 (1)争点1について
  ア 原告は,本件事件当時,勤務店で主に2階の厨房で皿洗いをしたり,従業員
のまかないや,店内の2階通路や1階の通路本件現場などの清掃の仕事
をしたりしていた。原告は,被告より数年前に勤務店に採用され,事件当
時,勤務店には午前9時出勤で,昼食時には従業員の食事を作ったりして
いた。
  イ 被告は,平成13年2月ころ勤務店にパートとして採用され,勤務時間は午前
11時から午後4時ころまでであった。原告と被告は直接一緒に仕事をした
ことはないが,被告が原告よりかなりあとから勤務店に採用されたのに,出
勤時刻がいつも11時ぎりぎりか,遅刻が多くて店長から注意を受けていた
ことなどを知っており,原告が用意した従業員用の昼食も取らないなど,平
素から被告の勤務態度や言動を良く思っていなかった。
  ウ  被告は,原告に対し,勤務店に採用された後も,これといった交渉はなく,特
別な感情は持っていなかったが,被告が出勤した際,被告が原告に挨拶を
しても,原告は挨拶をしなかった。
      被告は,事件当日,午前11時近くに出勤してきた際,1階の本件ドア付近で
原告が掃除機で掃除をしているのを認識したが,着替えるため更衣室に向
かって,その時点で開いていた本件ドアを通って更衣室で着替えた。
  エ  被告の供述によれば,同人が着替えたあと,2階の持ち場へ行くため,食事
室の通路を通って本件ドアのところまで来たが,本件ドアが閉まっており,
開けようとしたところ,反対側からドアノブを押しており,開かなかったので,
被告は,原告が被告が通ることを妨害するため押していると思い,本件ドア
を少し開けて,原告に対し「いじわるしないで。」と言ったが,原告は全身の
力を込めてドアノブを押して開けてくれなかったと述べる。
     しかしながら,原告及び被告の供述によれば,その当時,原告が掃除していた
場所が,人1人がやっと立てるほどの狭い踊り場であり,踊り場と通路に上
がる場所には階段1段ほどの段差があったため,容易に避けることはでき
なかったことなどは,当時勤務店の従業員である両人とも知っており,当時
原告は,本件ドアの横で掃除機を持ってかがみがちに掃除をしていたこと
を認めることができるところ,足の少し不自由な原告が掃除をしているとき,
食事室側からドアを無理に押し開けて出ようとすれば,押された原告が,逃
げ場がなく必然的にバランスを崩し,転倒することがあり得ることを被告は
容易に予見できた。
      被告は本件ドアは少し開けて通っただけで,原告が転倒したところを見てい
ないし,またあの状況で治療を要するような怪我もするはずがないと主張す
るが上記の状況からしても,到底合理的な理由にはならない。この点に関
する被告の主張は信用できず採用しない。
オ  よって,原告の本件受傷は,被告が本件ドアを無理に押し開けようとした行
為により,狭い場所で掃除をしていた原告がバランスを崩してその場に転
倒し,左上腕部を打撲したものであることを認めることができる。この認定
に反する被告の主張は採用しない。なお,原告は,被告が原告の顔を上か
らまたぐように,原告の体をころがすように通って行ったと述べるが,それを
認めるに足りる証拠はない。
2 争点2について
 上記状況を考慮すれば,本件事件当時,被告はその場所に原告がいたことは認
識していたからこそ,ドアが開かない原因が,原告が被告に対し,掃除を理由に,
被告が勤務店の持ち場へ行くのが遅くなるよう妨害していると思い込んだため,
「いじわるしないで。」との発言が出たものと推認することができるが,原告は被告
に対し「ちょっと待って。」と述べたものの,掃除機の音で被告に伝わらなかった可
能性が強く,掃除機の音で互いの意思疎通が十分に図れなかったことも一因であ
ったことは推認できる。仮に,被告のドアを押し開けた動機が,被告の自己防衛の
気持ちが働いたためであったにせよ,そのような狭い場所で,被告がドアを無理矢
理押し開く行為に出れば,相手が怪我をする可能性が大きいことは容易に予見で
きたのであるから,被告にはその危険発生を回避すべき注意義務があり,被告は
その注意義務を怠ったというべきであるが,被告は,本件原告の受傷の事実を否
認し,原告が転倒した事実も当初はないと述べたが,はっきり覚えていないと述べ
るなど供述も変遷したり,かつ,一貫してかたくなに自己の非を認めようとせず,却
って本件は,原告の不注意によるものであるなどと主張するなど,被告の本件行為
の違法性は軽いものとは決して言えない。
3 争点3について
 前記事実によれば,被告の違法行為と原告が転倒して受傷したこととの間には
因果関係があることを容易に認めることができる。この認定に反する他の証拠はな
い。
4 争点4について
  以上の事実及び甲1号証ないし第3号証によれば,原告が本件受傷により,通院
2週間の加療を要する損害を受けたこと,通院治療費として合計金2万5900円
(内訳平成13年7月10日分,4900円,同月19日分,9800円,同月21日分,3
700円,8月2日分,2500円,同月4日分,2500円,同月23日分2500円)を要
する損害を生じた認めることができる。ただし,本件通院のため要した交通費500
0円は,全額認めることができるが,診断書料の原告立替分金6000円は,本件
損害との直接の因果関係は認められない。よって,本件原告が受傷により生じた
損害額合計は,金3万0900円であると認めるのが相当である。
  被告は,原告は受傷したその日に病院にかからず,3日後にそれも病院ではなく,
整骨院にかかっていることをもって,本件治療費の評価は正当でないと主張する
が,打撲傷の場合,受傷後2,3日後にひどくなることはなんら不自然ではなく,か
つ,打撲傷の場合,整骨院も相当な医療機関であると認められるから,被告の主
張は理由がない。
 本件により,原告が被告の行為により受けた精神的損害の評価は,双方が当
時,同じ店の従業員であったこと,その他諸般の事情を総合的に考慮して,金5万
円であると認めることが相当である。被告が本件事件後,勤務店の従業員に原告
が怪我をしたことを喜んで言ったことを認めるに足りる証拠はないから,本件傷害
慰謝料としては,上記の範囲内の限度で認めることが相当である。
5 争点5について
  本件は,被告の一方的な思い込みによる原告に対する違法行為と評価することも
可能であるが,他方で,原告は,被告より数年前に採用された先輩であったのであ
るから,採用されて半年も経たない原告を善導すべき立場にあったというべきであ
るところ,諸般の理由はあるというものの,被告が出勤時に原告に挨拶をしても,
当時挨拶すら返さないような個人的悪感情を原告が被告に対し抱いていたと認め
られる。
  事件当日も,被告がたとえ時間ぎりぎりに出勤してきたことが事実であったとして
も,裏返せばそのことを原告が当日一番先に認識していたのであるから,本来であ
れば,被告が店の持ち場に遅刻しないよう配慮してやることが相当であり,被告が
ドアを開けようとした時,狭い場所での掃除中のため,体を移動することが困難で
あったことは認められるにしても,被告がドアを開けてくれるよう原告に懇願してい
た事実が認められるから,原告は,一般客の立場とは明らかに異なり,勤務店の
スタッフの一員として,店内での事故及び危険発生を回避すべく自重した行動をと
るべき注意義務があったといえるから,原告に他意がないのであれば,掃除機をい
ったん止めて,ドアを開け,被告を通してから掃除を再開するなど慎重な行動をと
るべき注意義務があったというべきであるが,その配慮をせずドアを閉めたまま作
業を続け,被告の行為により倒れた後,被告に向かって「ばかやろう。」と罵声を浴
びせたことが認められる点は,自ら招いた危難とまではいえないが,その注意義務
を怠った点で原告にも過失があったと言わざるをえない。本件は,本件事故の態様
の危険性も考慮し,原告の過失割合は1割と評価するのが相当である。
6  以上の事実をもとに総合的に判断すると,前記過失割合によれば,本件で認定し
た原告の損害総額金8万0900円のうち,原告の過失1割分の金8090円を控除
した金7万2810円が,被告の責めに帰すべき部分となる。したがって,原告の請
求は,主文第1項に記載の限度で理由があるが,その余の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京簡易裁判所民事第3室
           裁 判 官  岡  崎  昌  吾 

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