弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中被告人Aの有罪の部分を破棄する。
     被告人Aを懲役一年に処する。
     但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
     押収にかかる船舶一隻(昭和三十四年東地―東京地方検察庁―庁外領第
四四六八号の一漁船原簿登録番号KG○―○×△□、船名B丸、総トン数一四、九
七トン、所有者A)はこれを没収する。
     原審における訴訟費用中、証人C、同D(二回)に支給した分の全部、
証人E及び同Fに支給した分の各二分の一、証人Gに支給した分の四分の一及び証
人Hに支給した分の七分の一は、これを被告人Aの負担とする。
     検察官の本件控訴はこれを棄却する。
         理    由
 控訴趣意第四点について。
 所論は要するに、身分証明書が出入国管理令第六十条にいう旅券に該当するとの
明文がないのに、旅券法附則第七項に身分証明書の規定があることを以て、右身分
証明書を出入国管理令にいう旅券又はこれに代る証明書であるとして、原判決が被
告人Aの本件所為に対し同令第六十条第二項、第七十一条を適用、処断したのは法
令の適用を誤つたものであると主張する。
 よつて按ずるに、出入国管理令第一条には、この政令は本邦に入国し、又は本邦
から出国するすべての人の出入国の公正な管理について規定することを目的とする
とあつて、日本人たると外国人たるとを問わず本邦に出入国するものにはすべて同
令の適用があるものであるところ、右にいう本邦とは、同令第二条第一号によれ
ば、本州、北海道、四国及び九州並びにこれらに附属する島で法務省令(昭和二十
七年七月一日法律第二百六十八号を以て外務省令を法務省令と改正)で定めるもの
をいうとあつて、昭和二十六年十月三十日外務省令第十八号(出入国管理令施行規
則)第一条第四号にて、北緯三十度以南の南西諸島(口の島を含む)は右にいう
「これらに附属する島」から除外された。その後前記施行規則の一部改正(昭和二
十七年二月一日外務省令第三号)により北緯三十度以南を北緯二十九度以南の南西
諸島と改正され、更に昭和二十八年十二月二十四日施行規則の一部改正(法務省令
第八十九号)を以て北緯二十七度以南の南西諸島となり、結局沖縄諸島は出入国管
理令上は本邦外と規定されているのである。なるほど沖縄諸島は元来日本の領土で
あつて、我が国の敗戦後と雖もその領土権を喪失したものではなく、依然日本の領
土に属するものであることは所論のとおりであるが、平和条約に基き現在アメリカ
の管理下におかれて、立法、司法、行政の権限は我が国になく、従つて沖縄におけ
る我が国の領土主権は潜在的であるといわれる所以もここにあるのであるから、沖
縄は日本の領土であるとはいえ、出入国管理令の施行上は我が本邦ということはで
きないのである。
 しかして出入国管理令第六十条には、本邦外の地域におもむく意図をもつて出国
する日本人(乗員を除く)は、有効な旅券を所持し、その者が出国する出入国港に
おいて、入国審査官からその旅券に出国の証印を受けなければならない。前項の日
本人は、旅券に出国の証印を受けなければ出国してはならないと規定してをり、そ
の旅券の意義について、同令第二条第五号は、日本国政府、日本国政府の承認した
外国政府又は権限ある国際機関の発行した旅券又はこれに代る証明書(日本国領事
官等の発行した渡航証明書を含む)をいう、と規定しているから、本邦外の地域
(沖縄諸島を含むことは前記のとおりである)に出国する日本人は、日本国政府の
発行した旅券又はこれに代る証明書に出国の証印を受けなければ出国してはならな
いのである。しかして旅券法附則第七項において、北緯二十九度以南の南西諸島
(琉球諸島及び大東諸島を含む)嬬婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び
火山列島をいう)並びに沖の鳥島及び南鳥島に渡航する者に対しては、当分の間、
政令で定めるところにより身分証明書を発給するものとする、と規定され、これに
伴い南方地域に渡航する者に対して発給する身分証明書に関する政令(昭和二十七
年六月三十日政令第二百十九号)が制定せられているのであるが、その後昭和二十
八年十一月十六日法律第二百六十七号(奄美群島の復帰に伴う法令の適用の暫定措
置等に関する法律)第一条、第十条の委任に基き、同年十二月二十四日政令第四百
五号(奄美群島の復帰に伴う外務省関係法律の適用の暫定措置等に関する政令)第
二条により、右各法令の施行日たる昭和二十八年十二月二十五日以降は北緯二十七
度以南の前記諸島へ渡航する者に対しては身分証明書を発給するものとされている
のである。
 <要旨>以上の諸規定を総合して考えると、日木国の領土以外の地域に赴く場合に
は旅券を所持すべきであるが、特に前記の如く本来我が国の領土ではある
が、その主権が制限されている北緯二十七度以南の沖縄諸島を含む南西諸島等へ赴
く場合には旅券に代えて身分証明書を所持すべき旨を規定しているものと解するこ
とができるから、右の身分証明書は出入国管理令にいう旅券に代る証明書に該当す
るものと解するを相当とする。
 所論は、出入国管理令施行規則中第四条第二項、第十七条第二項、第十八条第二
項、第三十七条第二号の諸規定を挙げて、旅券に代る証明書とは外国人の無籍者の
渡航証明書を指称するものであると主張するも、前記出入国管理令第一条に規定す
る如く、同令は日本人たると外国人たるとを問わず本邦に出入国するすべての人に
適用があるのであり、又旅券法附則第七項の規定の文言、趣旨からしても、その者
の国籍の如何を区別していないことに徴すれば、所論の如く旅券に代る証明書は外
国人のみに発給されるものであるということはできない。
 又所論は、旅券法附則第七項には、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び
大東諸島を含む)―中略―に渡航する者に対して云々と規定されているところ、前
記出入国管理令施行規則によると、北緯二十七度以南の南西諸島は本邦外とされて
いるのであるから、身分証明書の発給は北緯二十七度線以南の本邦外の渡航者のみ
を対象として発給されるのではなく、本邦内である北緯二十九度以南への渡航者を
対象として発給されるものというべく、従つて身分証明書の発給は本邦外への渡航
者を前提とするものではない、と主張するが、旅券法附則第七項中の北緯二十九度
以南とあるは北緯二十七度以南と改正されていることは前段説示のとおりであるか
ら、同第七項に北緯二十九度以南とあるを前提とする論旨は理由がない。
 次に所論は、政令を以て法律を変更し得ないのに拘らず、旅券法附則第七項は昭
和二十七年政令第八号により改正されているから右附則第七項は法律にあらずして
政令たるの効力しか有しないものである。従つて右附則にいう身分証明書は到底出
入国管理令にいう旅券又はこれに代る証明書とは解し得られないと主張する。
 旅券法は昭和二十六年十一月二十八日法律第二百六十七号を以て制定されたもの
であるところ、所論昭和二十七年政令第八号は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する
命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号)に基き制定された政令であつ
て、その第二項において「旅券法(昭和二十六年十一月二十八日法律第二百六十七
号)の附則第七項中の一部を改正」したものであるが、右は平和条約発効(昭和二
十七年四月二十八日)前における改正であるから、所論政令は昭和二十七年四月十
一日法律第八十一号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関
する法律、平和条約の最初の効力発生の日から施行)第三項(この法律は昭和二十
年勅令第五百四十二号に基く命令により法律若しくは命令を廃止し又はこれらの一
部を改正した効果に影響を及ぼすものではない)により法律としての効力を有する
ことは明らかであるから、所論の如く旅券法附則第七項をたとえ右の如く政令で一
部改正したとしても同附則は法律としての効力を左右されるものでないから、同法
附則が法律でないとの前提に立つ所論は理由がない。
 然らば原判決が旅券法附則第七項にいう身分証明書は出入国管理令にいう旅券に
代る証明書に該当するものと判断し、被告人Aがこれに出国の証印を受けずして出
国した行為に対し出入国管理令第六十条第二項、第七十条等を適用処断したことは
正当であつて、何ら所論の如き法令適用の誤りは存在しない。論旨は理由がない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 三宅富士郎 判事 寺内冬樹 判事 金本和雄)

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