弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理    由
(罪となるべき事実)
 被告人は,以前から,両膝変形性関節症等を患っていた妻のA(当時82歳)を
介護していたところ,同人が前記症状により膝の痛みを訴え苦しんでいることに同
情し,殺害に関し真に同人の承諾はなかったものの,真に承諾があったものと誤認
して同人を殺害しようと決意し,平成15年1月12日午前1時ころ,山口県下関
市ab丁目c番d号B方1階6畳和室において,就寝中の同人に対し所携のタオル
を同人の頸部に巻き付けて絞めつけ,よって,そのころ,同所において,同人を頸
部圧迫により窒息死させて殺害したものである。
(証拠の標目)
  省略
(事実認定の補足説明)
 本件につき,Aから殺害に関し正常な判断能力に基づく真摯な承諾はなかったも
のの,被告人において,その承諾があったものと誤認して本件犯行を行ったと認定
した理由は,以下のとおりである。
 前掲関係各証拠によれば,Aは,日頃から両膝変形性関節症等により足腰の痛み
を訴えたり愚痴を述べたりしており,平成14年10月に行われた手術の後は,こ
うした訴えが特にひどくなり,「痛い。殺してくれ。」,「死にたい。」などと言
うようになっていたことが認められるが,周囲から痛み止めの座薬の使用を勧めら
れても使用しないなど,痛みの程度が真に耐え難い程度のものであったとは認めら
れないし,同居している親族らも,Aから「死にたい。」などと言われた際,同人
が本当に死にたがっているとは認識していなかった旨供述し,当時,Aの診察に当
たっていた医師は,本件犯行前において,Aには,退行期うつ病の症状や痴呆症状
がみられ,Aの「死にたい。」などという言葉についても,こうした同人の精神症
状が作用したものと
判断している(証人C)。これらの事実によると,本件犯行前,Aが日頃から死ぬ
ことを真摯に希望したり,認識,認容したりしていたものではないと推認される。
そうして,本件犯行時,Aは就寝中であり,被告人から頸部を絞められたところ,
もがいて逃れるような動作をし,長男の名を呼んだことが窺われる。以上の事実に
よると,被告人が本件犯行を実行した時点において,Aは,被告人から殺害される
ことを,正常な判断能力に基づいて真摯に死ぬことを承諾してはいなかったものと
認められる。
 しかしながら,被告人自身は,終始一貫して「Aは死ぬことを望んでいたと思
う」旨供述しており,Aから殺害に関し真摯な承諾があったものと誤認し,本件犯
行に及んだものと認めることができるから,殺人への承諾について,被告人には錯
誤があったというべきである。
(法令の適用)
 被告人の,Aから殺害に関し真に承諾はなかったものの,これがあったものと誤
認し殺害行為を行った判示所為は,刑法202条に該当し,所定刑中懲役刑を選択
し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,情状により同法25条1項
を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとし,訴
訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担さ
せることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
 弁護人は,被告人には本件犯行時,反応性うつ病による抑うつ状態,中等度の痴
呆症の影響,睡眠の断続的傾向及び精神安定剤の投与等により,一定程度のせん妄
が存在し,心神耗弱の状態にあった旨主張する。
 しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,妻であるAとともに長男夫婦と
同居し,同人の日常の世話を行っていたところ,本件犯行当時,中等度の痴呆が見
受けられ,また,始終痛みを訴える被害者の介護や,睡眠を断続的に障害されるこ
とによって,一定のストレスを受けていたことは容易に推察されるところである
が,犯行前,被告人に精神障害を窺わせるような異常な行動はなく,徘徊や暴言と
いった症状も特に認められず,むしろ十分な社会適応能力を維持していたものと認
められるのであり,加えて,被告人は,本件犯行について,「今回の事件のとき,
家内が『痛い,痛い』と言って,あまりにひどい発作だったため,見るに見かねて
家内を楽にしてやりたいと思った。」,「炊事場からタオルを持ち出し,枕の方を
頭にして仰向けにして
家内をベットに寝かせ,タオルを家内の首に1回巻き付けました。」などと検察官
に対し供述しており,その他本件犯行に至る経緯,動機及び犯行状況等についても
比較的詳細に供述し,犯行動機を含め,その供述に了解し難い部分は見受けられ
ず,被告人が反応性うつ病やせん妄等により是非弁別や行為制御に関する能力を著
しく欠いていたことを窺わせる事実は認められない。
 そして,捜査官からの嘱託により,被告人の精神鑑定を行った医師Dも,上記の
説示に副った意見を寄せており,「被告人は,中等度の痴呆症が認められるが,本
件に及ぼす痴呆の影響は極めて軽微である。被告人は,睡眠が断続傾向にあり,ま
た,犯行時には精神安定剤デパスが投与されており,これらは,せん妄の誘発要因
であるが,犯行時の殺害の意図は明確に想起可能であるため,せん妄は否定的であ
り,よって,本件犯行時,是非善悪の弁別能力,行動制御能力をともに有していた
と考える。」と判断している。
 以上によれば,被告人は本件犯行時,是非善悪を弁識し,これに従って行動する
能力を著しく欠いていてはいなかったものと認められ,完全責任能力を有していた
というべきであり,弁護人の主張は理由がない。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,妻である被害者から真に殺害の承諾を受けたものと誤認し,
被害者を絞殺したという事案である。
 被告人は,被害者の内助の功を得て,豆腐製造業を自営していたところ,家業を
やめた後,昭和51年ころから,長男夫婦宅で同居して生活するようになってい
た。被害者には,以前から両膝変形性関節症等による足腰の痛みがあり,被告人が
長年,被害者の日常の世話や介護を献身的に行っていたが,平成14年10月に被
害者が膝の手術を受けて以降,被害者は痛みを強く訴えるようになり,術後せん妄
等により「死にたい。」などの言葉も口に出すようになったことなどから,被告人
は,長年連れ添った妻を楽にしてやりたいと強く思うようになり,被害者も死んで
楽になることを望んでいると考え,本件犯行に及んだものである。こうした犯行動
機に同情の余地はあるものの,被害者が真に殺害を承諾したとはいえない客観的な
状況の下,自身や被害
者の介護に近親者の援助も得られるという比較的恵まれた環境にありながら,周囲
に何の相談もなく,安易に被害者の生命を奪うことを決意しており,あまりに短絡
的な犯行との誹りを免れるものではない。また,被害者の生命を奪ったという犯行
結果の重大さはいうまでもなく,タオルを頸部に巻き付けて,締め続け窒息死させ
るという犯行態様も,被害者の肉体的苦痛や絶望感を察すると残虐というべきであ
る。被害者自身,長年連れ添った被告人の手によって,必ずしも自らの望むところ
とはいい難い人生の終焉を迎えることは,予想だにしなかったことであろうし,本
件犯行により親族らの受けた精神的苦痛が大きいことも容易に推察できるところで
ある。これら諸事情を考慮すると,被告人の刑責は重大である。
 一方,被告人が日頃から献身的に被害者の介護に当たっていたことは,周囲の誰
しもが認めるところであり,本件犯行の動機も,前記のとおり,被害者を痛みから
解放し楽にさせてやりたいというものであって,先に説示した犯行に至る経緯に照
らし,被告人に同情の余地はある。また,本件犯行当時,被告人は,被害者が死を
望んでいると誤信して本件犯行に及んだものであり,被告人自身,反応性うつ症状
や痴呆症等の影響により,心神耗弱とまではいえないものの,かなりの程度,判断
力が衰えていたと窺われ,こうした点も有利に解すべき事情として指摘し得るとこ
ろである。その他,被告人が本件犯行を素直に認め反省の態度が認められること,
殊に自ら本件犯行を家族に告げ,これを契機として本件犯行の発覚に至ったこと,
被告人には前科がな
く,長年,正業に従事してきたこと,被害者の遺族らが減刑の嘆願を求めているこ
と,長男らが被告人の今後の監督,生活上の世話を行い,治療も受けさせる予定で
あること等の事情も見受けられるところであり,被告人は現在90歳に達する高齢
で懲役刑の執行を受けるのも容易ではないことを考慮すると,被告人に対しては,
人の生命を奪ったことに対する刑責の重さを明らかにしながらも,残された親族や
医師等の監護のもとで,長年の伴侶たる被害者の冥福を祈らせ余生を全うさせるこ
とが被告人の贖罪にも資するところと思料し,特にその刑の執行を猶予することと
した次第である。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年)
 平成15年11月26日
山口地方裁判所下関支部第2部
裁判長裁判官   大   泉   一   夫
   裁判官   高   島   義   行
   裁判官   松   井       洋

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