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平成10年(ワ)第5715号A事件 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成13年11月19日
            判        決
      原      告     日亜化学工業株式会社
      訴訟代理人弁護士        品   川   澄   雄
      同               山   上   和   則
      同               吉   利   靖   雄
      同               野   上   邦 五 郎
      同               杉   本   進   介
      同               冨   永   博   之
      補佐人弁理士          豊   栖   康   弘
      同               青   山       葆
      同               河   宮       治
      同               石   井   久   夫
      同               豊   栖   康   司
      同               田   村       啓
      同               北   原   康   廣
被      告     豊田合成株式会社
      訴訟代理人弁護士        大   場   正   成
      同               尾   崎   英   男
      同               嶋   末   和   秀
      同               黒   田   健   二
      同               吉   村       誠
      補佐人弁理士          樋   口   武   尚
      同               糟   谷   敬   彦
      同               平   田   忠   雄
      同               岡   本   芳   明
            主        文
        1 原告の請求を棄却する。
        2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 原告の請求
   被告は,原告に対し,金2億5000万円及びこれに対する平成13年10
月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件の審理の経過等
  (1) 原告は,平成10年(ワ)第5715号事件において,①窒化ガリウム系
化合物半導体発光素子の特許権(特許番号第2735057号。以下「本件特許
権」という。)に係る明細書の【特許請求の範囲】請求項1記載の発明,②同請求
項14記載の発明(後記の「本件特許発明」),及び,③窒化ガリウム系化合物半
導体発光素子の実用新案権(実用新案登録番号第2566207号。以下「本件実
用新案権」という。)に係る明細書の【実用新案登録請求の範囲】請求項1の考案
に基づき,被告が製造・販売する合計5種の発光ダイオードチップ及びこれらを組
み込んだLED製品の製造・販売の差止等及び損害賠償を請求していた。
    このうち,本件実用新案権の請求項1の考案(上記③)に基づく請求につ
いては,弁論を分離した上で,特許庁平成10年異議第74857号実用新案異議
事件の決定が確定するまで訴訟手続が中止された(平成12年8月28日付け決
定)。また,本件特許権の請求項1の発明(上記①)に基づく請求についても,弁
論を分離した上,特許庁平成10年審判第35433号無効審判事件の審決が確定
するまで訴訟手続が中止された(平成13年6月18日付け決定)。そして,同特
許権の請求項14の発明(上記②)に基づく請求のうち,差止等請求に係る部分に
ついては原告の請求減縮(平成13年10月15日付け請求の趣旨変更の申立書
等。第16回弁論準備手続期日において被告が同意)により取り下げられた。この
結果,同特許権の請求項14の発明(上記②)に基づく損害賠償請求に係る部分の
みが,審理されている状況にあった。
  (2) 本件(標記平成10年(ワ)第5715号A事件)は,前記(1)記載の経過
が示すとおり,当初の平成10年(ワ)第5715号事件から,弁論が分離された上
で中止決定のされた請求及びその後に請求減縮された請求に係る部分を控除した請
求に係る部分であり,その内容は,本件特許権の請求項14の発明に基づく損害賠
償請求である。
    本件において,原告は,被告の製造・販売する別紙物件目録1ないし5記
載の各発光ダイオードチップ(以下,これらをそれぞれの目録番号に従い「被告チ
ップ1」などといい,総称して「被告チップ」という。),及び,同目録5記載の
LED製品(以下「被告LED製品」という。)は,いずれも,原告が有する本件
特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の【特許請求の範囲】請求項
14記載に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の技術的範囲に属してお
り,その製造・販売は同特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法102
条2項に基づく総額243億7995万9355円の損害のそれぞれ一部として,
被告チップ1ないし5につき各2500万円,被告LEDにつき1億2500万円
の合計2億5000万円の損害賠償を求めている。
2 前提となる事実関係
(1) 原告は,下記の特許権(本件特許権)を有している。
 特許番号    第2735057号
 発明の名称    窒化物半導体発光素子
 出願日    平成7年12月12日
 登録日    平成10年1月9日
 優先権主張番号  特願平6-320100
 優 先 日    平成6年12月22日
 優先権主張国   日本
(2) 本件特許権に係る明細書の請求項14の記載は,次のとおりである(以下,こ
の発明を「本件特許発明」という。本判決末尾添付の特許公報(甲4の4)参照。
なお,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし18(以下,それぞれ単に「請
求項1」などという。)記載に係る各発明については,特許異議手続において,平
成12年12月18日に,訂正を認めて各発明の特許を維持する旨の決定(甲6
1)がされて,確定しているが,本件(A事件)における請求の根拠である請求項
14については,訂正の対象となっていないので,訂正前の記載が掲載された前記
特許公報(以下「本件公報」という。)をそのまま添付する。)。
 「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面と
を有する活性層を有し,この活性層の第1の面に接して,活性層よりもバンドギャ
ップが大きく,かつn型InyGa1-yN(0<y<1)よりなる第1のn型クラ
ッド層を備え,該活性層の第2の面に接して,p型AlbGa1-bN(0<b<
1)よりなるp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子。」
  なお,前記(1)記載のとおり,本件特許発明については,国内優先権主張の基礎
となる平成6年12月22日付けの出願がなされているので,以下,この出願を
「本件優先権出願」といい,同出願時に添付された明細書(乙7)を「本件優先権
明細書」という。
(3) 本件特許発明の構成要件を分説すれば,次の①ないし④記載のとおりである
(以下,分説した各構成要件をその番号に従い「構成要件①」のように表記す
る。)。
① インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面と
を有する活性層を有し,
② この活性層の第1の面に接して,活性層よりもバンドギャップが大きく,かつ
n型InyGa1-yN(0<y<1)よりなる第1のn型クラッド層を備え,
③ 該活性層の第2の面に接して,p型AlbGa1-bN(0<b<1)よりなる
p型クラッド層を備えることを特徴とする
④ 窒化物半導体発光素子
(4) 本件特許発明は,従来技術との対比において,次のような作用効果を有する。
    従来の窒化物半導体発光素子においては,InGaNからなる活性層をA
lGaNからなるクラッド層で挟んだ構造(いわゆるダブルヘテロ構造)が一般的
であったが,AlGaNは結晶として硬い性質を有するため,発光特性を良くする
ために活性層を薄くすると,AlGaNクラッド層とInGaN活性層に多数のク
ラックが生じるという問題点があった。
    本件特許発明においては,上記InGaN活性層を,同層よりもバンドギ
ャップの大きいInGaN層で挟むことにより,発光出力が飛躍的に向上する。I
nGaNは結晶の性質として柔らかい性質を有しているので,AlGaNクラッド
層とInGaN活性層との格子定数不整及び熱膨張係数差から生じる結晶欠陥を吸
収する働きがあると考えられ,この働きによって,InGaN活性層の結晶性が飛
躍的に良くなって,発光出力が増大するものと考えられる。
(5) 被告は,平成10年2月20日から同12年1月31日までの間,被告チップ
1ないし4及びこれらを組み込んだ被告LED製品を製造・販売していた。また,
同年2月1日から平成13年4月30日までの間,被告チップ5及びこれを組み込
んだ被告LED製品を製造・販売していた。
  被告チップは,いずれも,InGaN層とGaN層を交互に重ねた多層膜構造
の層を,p型AlGaN層とn型InGaN層で挟んだ構成を有している。この多
層膜構造の層の両端にあるのは,いずれもGaN層であり,これら2つの最外層の
GaN層が,それぞれ,上記p型AlGaN層及びn型InGaN層と接してい
る。また,正孔と電子の再結合により実際に発光するのは,上記多層膜構造中の各
InGaN層である(別紙物件目録1ないし5の図面及び[構成の説明]欄の記載
参照。なお,同目録中の各発光ダイオード模式断面図における「活性層」「クラッ
ド層」の記載は,一応原告の主張に従って記載してあるが,各層の機能について
は,被告との間で争いがある。)。
3 争点
(1) 被告チップはいわゆる多重量子井戸構造(なお,ここでいう「多重量子井戸構
造」とは,半導体発光素子の活性層を形成する際に,InGaNを井戸層とし,G
aN層を障壁層として,これら2つの層を何層か交互に重ね合わせた構造のことを
指すものとする。)の活性層を有するところ,構成要件①ないし③の「活性層」に
は,このような多重量子井戸構造からなるものも含まれるか(争点(1))。
(2) 仮に,上記「活性層」に多重量子井戸構造のものも含まれる場合,被告チップ
のように最外層がGaN層であるものが,これに含まれるか(争点(2))。
(3) 本件特許発明には明白な無効理由があり,本件特許権に基づく原告の本訴請求
は,権利の濫用に当たるものとして許されないか(争点(3))。
第3 当事者の主張
1 前記争点(1)(構成要件①ないし③の「活性層」には,多重量子井戸構造からな
るものも含まれるか)について
(原告の主張)
ア 本件明細書の【特許請求の範囲】欄の請求項14には,「量子井戸構造」なる
文言そのものは存在しないが,量子井戸構造自体は本件優先権出願以前から周知で
あり,本件優先権明細書(乙7)には乙8(雑
誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登載のA外3名による論文)に記載された単
一量子井戸構造を有する発光素子に関する記載が含まれていた。請求項14は,本
件優先権明細書における実施例4から本件特許発明の必須要件のみを抽出したもの
である。
    したがって,請求項の下位概念である単一量子井戸構造及び多重量子井戸
構造がそこに含まれていることは,明らかである。
イ 被告は,本件優先権明細書(乙7)には発光素子を構成する特定の層を多層構
造とすることが開示されていながら,活性層を多重量子井戸構造とすることについ
ては記載も示唆もされていないから,そこでは多重量子井戸構造が意識的に排除さ
れている旨を主張する。
  しかし,本件優先権明細書(乙7)に記載されているのは,発光素子の層内に
半導体層を積層した多層膜を光反射層として設けるという新規な構造であり,この
ような構成は窒化ガリウム系化合物半導体では全く知られていなかったため,本件
優先権明細書に記載されたのである。一方,多重量子井戸構造は周知の構成であっ
たのだから,このような構成を明細書に記載していなかったからといって,権利の
範囲から除外されるものではない。
ウ また,被告は,多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層のバンドギャッ
プエネルギー,障壁層のバンドギャップエネルギー,及び,いわゆる量子サイズ効
果によって形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャップエネル
ギーとが並存しており,バンドギャップの意義を一義的に決めることができず,構
成要件②の「活性層よりもバンドギャップが大きく」という文言の関係で構成要件
そのものが不明確になるから,その観点からも,「活性層」に多重量子井戸構造を
含むと解することはできない旨を主張する(後記(被告の主張)エ参照。)。
    しかしながら,B教授作成の平成13年3月16日付け鑑定書(甲64)
に記載されているとおり,発光素子の活性層が多重量子井戸構造である場合の活性
層のバンドギャップエネルギーとは,電子及び正孔が存在できる最も低いエネルギ
ー間隔であり,伝導帯側の量子準位と価電子帯側の量子準位の差のことと定義でき
る(甲64の図1のb参照)。
    したがって,被告の上記主張は当を得ていない。
 (被告の主張)
ア 本件優先権明細書(乙7)には,多重量子井戸構造で活性層を構成することに
ついての記載がない上に,本件優先権出願(平成6年12月22日)後,本件特許
権の出願(平成7年12月12日)前に,活性層を量子井戸構造でないものから同
構造のものに置換した発光素子に関する発明が公知になっている(前記乙8参
照)。
  したがって,出願人である原告が,本権優先権出願に基づく優先権を主張する
以上,本件明細書中の特許請求の範囲の請求項14に記載された発明(すなわち,
本件特許発明)の技術的範囲を画するにあたっては,多重量子井戸構造で活性層を
構成したものは,そこに含まれないと解すべきである。
イ 本件優先権出願当時,多層膜からなる光反射層を形成する技術は既に公知であ
り(乙47~50の各特許公開公報参照),また,InGaNからなる井戸層及び
障壁層を交互に積層し,2つの最外層を井戸層とする多層膜構造からなる多重量子
井戸構造の活性層も公知であった(乙12の公開特許公報参照)。
  しかるところ,本件明細書には,クラッド層とコンタクト層の間に多層膜構造
の光反射層を設けた発光素子の構成が具体的に記載されている(本件特許公報段落
【0026】)一方で,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子に関する具体
的な記載はない。
  したがって,そこでは,活性層を多重量子井戸構造とする技術的思想が積極的
に排除されていたとみるべきである。
ウ 本件特許発明における「活性層」は,「インジウムとガリウムとを含む窒化物
半導体よりな」る(構成要件①)ことが要件であるところ,被告チップにおける多
重量子井戸構造はInGaN井戸層とGaN障壁層とを交互に積層してなるもので
あり,このうちGaN障壁層は,正孔と電子が再結合して実際に発光するInGa
N井戸層において,いわゆる量子サイズ効果に基づく量子準位を形成するために必
要不可欠な層である。ところが,このように活性層にとって必須の層であり,活性
層の一部であるにもかかわらず,GaN層はインジウムを含んでいない。
  よって,被告チップが上記「インジウムとガリウムとを含む」との要件を充た
さず,本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
エ 本権優先権明細書のみならず,本件明細書中にさえ,量子井戸構造からなる活
性層のバンドギャップの数値を具体的にどう確定すればよいのかを示唆する記載は
見当たらない。
  そうである以上,「活性層」には多重量子井戸構造のものは含まれないと解す
べきである。そうでないと,構成要件充足性を判断するための要件である「バンド
ギャップ」(構成要件②)という文言の意味が不明確となり,本件特許発明に特許
法36条違反の無効理由が存することになってしまう。
 2 前記争点(2)(仮に,構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のものも
含まれる場合,被告チップのように最外層がGaN層であるものが,これに含まれ
るか)について
 (原告の主張)
  ア 本件特許発明の本質は,InGaN活性層をn型InGaNクラッド層と
p型AlGaNクラッド層で挟んだ構成を採ることにより,InGaN活性層をn
型AlGaNクラッド層とp型AlGaNクラッド層で挟んだ従来の構造に比し
て,活性層の結晶性が良くなり,発光出力が格段に向上する点にある。すなわち,
上記従来の構造においては,AlGaNクラッド層の結晶が硬いため,例えばIn
GaN活性層の厚さを200Å(オングストローム)未満にすると,AlGaNク
ラッド層とInGaN活性層に多数のクラックが生じて発光出力が低下するという
問題点があった。これに対し,本件特許発明においては,結晶として柔らかい性質
を有するInGaN層をクラッド層として挿入しているので,同層が活性層と外側
の層とのバッファ層として機能し,そのことによって,量子井戸構造を含む膜厚の
薄い活性層を実現することができ,発光波長の半値幅が狭くなって,発光出力も増
大するのである(甲61〔本件特許権に係る特許異議の申立についての決定〕参
照)。このような作用効果は,多重量子井戸構造の最外層を井戸層にしようが障壁
層にしようが変わるものではない。そのことは,原告が,InGaN井戸層とGa
N障壁層を積層した多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子について実施した
実験結果にも示されている(甲71〔原告作成の実験報告書〕参照)。したがっ
て,構成要件にいう「活性層」に含まれる多重量子井戸構造とは,被告が主張する
ように最外層が井戸層のものに限定されるものではない。
    被告は,本件明細書の【0017】段落に,「多重量子井戸構造とは,井
戸層と障壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両側
の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。」との記載があることをもっ
て,仮に構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のものが含まれるとして
も,それは,最外層が井戸層のものに限定されると主張する。
    しかし,本件明細書の上記記載は,多重量子井戸構造の好ましい実施形態
を記載したものにすぎず,その構成を限定したものではない。
  イ 被告は,被告チップにおける多重量子井戸構造の最外層にあたるGaN層
は,InGaN層よりもバンドギャップが大きく,クラッド層として機能するもの
であって,活性層の一部ではない旨を主張する。
    しかしながら,上記GaN層は4~19nm(ナノメーター)の膜厚しか
有しないところ,正孔を例にとると,前記膜厚は正孔の拡散長よりはるかに薄いの
で,正孔は,活性層内においては,いわゆるトンネル効果により隣のInGaN井
戸層に達するが,n型InGaN層側の最外層であるGaN層においては,隣にあ
る同InGaN層の方がバンドギャップが大きく,エネルギー準位的にみて禁制帯
内にあってトンネルすることができないので,上記最外層にとどまることになる。
したがって,クラッド層として機能しているのは,あくまで上記n型InGaN層
である。原告が,被告チップと同じ構造を有するLEDにつき,n型クラッド層の
上に第2のInGaN井戸層を設けたものと,同クラッド層の下に第2のInGa
N井戸層を設けたものとを作成し,それぞれについて電流を流して実験してみたと
ころ,前者については第2の井戸層の発光が明瞭に観測された一方で,後者につい
ては全く発光がなかった(甲80〔原告の実験結果報告書〕参照)。この実験結果
は,被告チップにおいてp層から供給された正孔を実質的にせき止める機能を果た
しているのは,多重量子井戸構造の最外層であるGaN層ではなく,その下側に隣
接してなるn型InGaN層であることを示している。さらにいえば,被告自身の
出願に係る発明においても(甲68の公開特許公報の段落【0023】【002
4】【0047】等参照),井戸層をInGaN層とし障壁層をGaNとする多重
量子井戸構造が形成された後,形成されたMgドープのp型AlGaN層がクラッ
ド層と認識されていることがうかがわれる。
    以上からすれば,被告の上記主張は誤りである。
  ウ また,被告は,被告チップにおける多重量子井戸構造の最外層をInGa
N層にすると,最外層がGaN層のものと比較して約60%の発光出力しか得られ
なかった旨の結果を記載した乙19(C教授作成の平成13年2月20日付け「見
解書」)を引用し,被告チップにおいて上記最外層をGaN層にすることには積極
的な意義があり,本件特許発明とは別個の技術思想が用いられている旨を主張す
る。
    しかし,乙19に記載された実験を原告が再現し,被告チップの多重量子
井戸構造において最外層にGaN層がある場合とない場合とのLEDチップの各発
光出力を比較してみたところ,発光出力に差異はない旨の結果が示されており(甲
71〔原告作成の実験報告書〕参照),被告による実験の結果は信用することがで
きない。
    また,本件明細書の特許請求の範囲請求項1以下をみればわかるとおり,
そもそも,そこでなされた発明の本質は,InGaNクラッド層を活性層に接して
形成することによって薄い膜厚の活性層を実現し,単一量子井戸構造や多重量子井
戸構造を用いて発光出力を向上させることにある。そして,請求項14記載の本件
特許発明においては,n型クラッド層の上にInGaNを含む活性層を積層し,さ
らにその上にp型AlGaNクラッド層を積層することにより,活性層の発光出力
を増大させているのである。しかるところ,被告チップは,現に,n型InGaN
クラッド層を形成することによってInGaNを含む活性層の結晶性を良くし,そ
の膜厚を薄くして量子井戸構造を採用することを可能にし,発光出力を向上させて
いるのであるから,仮に,前記最外層がInGaN層であるものに比べて発光出力
が60%であったとしても,被告チップが本件特許発明の作用効果を利用している
ことに変わりはない。
  エ なお,被告の議論は,おしなべて,各層の膜厚を捨象してなされており,
その点においても不正確である。
    例えば,被告チップ5についてみると,同チップの多重量子井戸構造にお
けるn型InGaN層側の最外層であるGaN層はわずか100Åにも満たない厚
さである一方,その外側の上記InGaN層は約1500Åの厚さがある(甲69
〔原告作成の分析結果報告書〕参照)。このn型InGaN層こそが,全体として
活性層の結晶性を良くし,AlGaN層とInGaNを含んでなる活性層との間の
格子不整合と熱膨張係数差から生じる歪みを緩和して,発光出力を向上させている
のだから,実際に発光するInGaN井戸層に,100Åにも満たない上記GaN
層が直接に接しているからといって,被告チップが本件特許発明の本質を利用して
いないかのようにいう被告の主張は誤りである。
 (被告の主張)
  ア 仮に構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造を有するものが含まれ
ると解したとしても,本件特許発明における「活性層」には,「インジウムとガリ
ウムとを含む窒化物半導体よりな」る(構成要件①)という明確な限定があるのだ
から,「活性層」に含まれるのは,単一のInGaN層又はインジウムの組成比の
異なる複数のInGaN層を積層したものに限られ,被告チップのようにInGa
N層とGaN層を積層したものは含まれないと解すべきである。
    また,たとえInGaN層とGaN層を積層したものを含むと解したとし
ても,本件明細書の【0017】段落には,「多重量子井戸構造とは,井戸層と障
壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両側の2つ最
外層は,それぞれ井戸層により構成される。」と明記されており,その一方で,井
戸層で始まり井戸層で終わる多層膜構造を有する活性層の両側に障壁層と同一組成
の層(GaN層)を形成することは,記載も示唆もされていないのだから,「活性
層」に含まれる多重量子井戸構造は,最外層がInGaN井戸層であるものに限定
されるというべきである。
  イ 被告チップの多層膜構造部分において,原告が「活性層」の一部であると
主張している2つの最外層(GaN層)は,その内側のInGaN井戸層より明ら
かにバンドギャップが大きく,n型InGaN層側のGaN層は正孔を,p型Al
GaN層側のGaN層は電子を,それぞれ内側のInGaN井戸層に閉じ込める機
能を有している。よって,これらのGaN層は,構成要件中の用語でいえば「活性
層」ではなく,「クラッド層」に該当するものである(平成13年2月20日付け
被告第8準備書面添付の各[バンド図]参照)。
    そうすると,原告が「第一のn型クラッド層」に該当すると主張する上記
n型InGaN層は,正孔を活性層に閉じ込める機能を果たしているものではない
から,「クラッド層」ではないことになり,同様に,原告が「p型クラッド層」に
該当すると主張している上記AlGaN層も,電子を活性層に閉じ込める機能を果
たしているものではないから,やはり「クラッド層」ではないことになる。また,
In(インジウム)を含む上記n型InGaN層は,多層膜中のGaN層よりバン
ドギャップエネルギーが小さいことが明らかであるから,「活性層よりバンドギャ
ップが大き」い(構成要件②)とはいえず,いずれにしても,被告チップは構成要
件を充足しないことになる。
  ウ 原告は,被告チップにおけるn型InGaN層と隣接する最外層のGaN
層の関係につき,p型AlGaN層側から注入された正孔は,トンネル効果により
上記GaN層まで達するものの,上記InGaN層の方がバンドギャップが大き
く,エネルギー準位的にみて禁制帯内にあってトンネルすることができず,そこに
とどまることになるから,クラッド層として機能しているのはn型InGaN層で
ある旨を主張している。
    しかしながら,仮にトンネル効果により正孔が上記最外層のGaN層に達
し,そこにとどまったとしても,正孔は最外層のGaN層をトンネルしておらず
(そのことは,原告も争わない。),したがって,正孔を直接に井戸層に閉じ込め
ているのは,あくまで同GaN層ということになる。したがって,最外層のGaN
層がクラッド層であることは明らかである。仮に,n型InGaN層がクラッド層
の役割を果たすことがあったとしても,最外層のGaN層が直接正孔(又は電子)
を井戸層に閉じ込めている第1のクラッド層であることに変わりはなく,n型In
GaN層はいわば第2のクラッド層として機能しているにすぎない。
    なお,原告は,上記最外層のGaN層の膜厚が6~18nmであり,n型
InGaN層よりかなり薄いことをもって,同層は障壁層であり,クラッド層では
ないと主張するかのようである。
    しかし,原告自身の出願にかかる複数の発明の明細書において,膜厚が1
nm以上(乙63),50Å(5nm。乙53,乙54),あるいは,特に限定し
ない(乙52)GaN層をn型クラッド層とする発光素子が開示されている。この
ことからわかるとおり,ある層がクラッド層であるか否かは,正孔又は電子を井戸
層に閉じ込める機能を有するか否かで決まるのであり,膜厚によって決まるもので
はない。したがって,被告チップにおける最外層のGaN層が,膜厚6~18nm
という薄い層であっても,正孔又は電子を井戸層に閉じ込めている以上クラッド層
なのであり,原告の上記主張は意味をなさない。
  エ 本件優先権出願(平成6年12月22日)から本件特許出願(平成7年1
2月12日)までの間の平成7年11月24日に出願された,原告自身の特許出願
にかかる明細書(乙32の公開特許公報参照)には,「InGaNからなる井戸層
と,井戸層よりもバンドギャップの大きいInGaNよりなる障壁層を積層した多
重量子井戸構造」を活性層とする半導体発光素子につき,「本発明の発光素子では
活性層に接して少なくともAlを含むp型の窒化物半導体,好ましくは三元混晶若
しくは二元混晶のAlZGa1-ZN(0<Z≦1)よりなるp型クラッド層が形成
されていることが望ましい。」,「このp型クラッド層を活性層に接して形成する
ことにより,素子の出力が格段に向上する。逆に活性層に接するクラッド層をGa
Nとすると素子の出力が約1/3に低下してしまう。これはAlGaNがGaNに
比べてp型になりやすく,またp型クラッド層成長時に,InGaNが分解するの
を抑える作用があるためと推察されるが,詳しいことは不明である。」との各記載
があり,原告が,InGaNの分解を抑止するためには,p型AlGaNクラッド
層とInGaN活性層とが接することが必要である旨を認識していたことが示され
ている。
    そして,原告は,このような認識に立った上で,本件特許権に係る無効審
判申立事件(特許庁平成10年審判第35433号)の答弁書(乙30)において
も,「本件明細書には記載していないが,p型のAlGaNは,活性層に接して形
成することにより,活性層の分解防止層として作用して,InGaN活性層のIn
Nの分解を防止して,結晶性を維持できる。請求項14に係る発明においてはIn
GaNクラッド層,InGaN活性層,p型AlGaN層を積層した構造におい
て,活性層にInGaN以外の窒化ガリウム系化合物半導体層,この場合AlGa
N層が必ず一か所ヘテロ接合している。」と述べ,本件特許発明においては,p型
AlGaNクラッド層とInGaN活性層が接していることが必要である旨を主張
して,本件特許権の維持を図った。
    以上の経緯に照らし,原告が,本件訴訟において,InGaN活性層に直
接に接するのがp型AlGaNクラッド層ではなく,GaN層である被告チップに
つき,このような層構成のものも本件特許発明の技術的範囲に属すると主張するこ
とは,著しく信義則に反し,許されないというべきである(禁反言の法理)。
 3 前記争点(3)(本件特許発明には明白な無効理由があり,本件特許権に基づく
原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか)について
 (被告の主張)
   本件特許発明には,下記のとおり明白な無効理由があり,本件特許権に基づ
く原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されない(平成13年10
月12日付け被告第20準備書面末尾添付の「無効理由一覧表」参照。以下,争
点(3)についての当事者双方の主張は,必ずしも十分に整理されているとはいえない
点もあるが,双方の主張内容をそのまま摘示する。)。
  ア 新規事項の追加(無効理由①)
    本件特許権は平成7年の出願であり,補正が厳格に制限されるいわゆる平
成6年改正特許法が適用されるところ,同法の下では,補正が許されるのは,当初
明細書及び図面に記載された事項そのものか,あるいは,その記載事項から当業者
が直接的かつ一義的に導き出せる事項に限られる(乙17参照)。
    しかるに,請求項14記載に係る発光素子,すなわち,インジウムとガリ
ウムとを含む活性層の第1の面に接してn型InGaNクラッド層を備え,活性層
の第2の面に接してp型AlGaNクラッド層を備える構成のみからなる発光素子
は,本件優先権明細書(乙7)には全く記載されておらず,かつ,同明細書の記載
から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でもない。
    したがって,上記請求項14に記載された事項(すなわち,本件特許発明
の内容)は,手続補正書(乙16)により追加された新規事項というべきである
(特許法17条の2第2項違反)。
  イ 明細書にサポートなし(無効理由②)
    本件特許発明の本質は,AlGaNクラッド層とInGaN活性層の間に
挿入されたInGaNクラッド層が,これら2つの層のバッファ層として機能する
ことにある。実際に,本件明細書記載の実施例1ないし6をみても,p型ないしn
型の少なくとも1つのInGaNクラッド層の外側にAlGaNクラッド層を設け
た構成が開示されている。
    しかるに,請求項14の記載そのものに対応した実施例,すなわち,In
GaN活性層を挟んでp型AlGaNクラッド層とn型InGaNクラッド層が存
在するのみで,InGaNクラッド層の外側にAlGaNクラッド層が存在しない
構成の発光素子は記載されていない。
    そうすると,請求項14記載に係る本件特許発明には,いわゆる明細書に
サポートなしの無効理由が存することになる(特許法36条違反)。
  ウ 記載不備ないし実施不能(無効理由③)
    多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層のバンドギャップエネルギ
ー,障壁層のバンドギャップエネルギー,及び,いわゆる量子サイズ効果によって
形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャップエネルギーとが並
存しており,バンドギャップの意義を一義的に決めることができない。
    したがって,仮に,構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のもの
も含むと解した場合には,構成要件②の「バンドギャップ」の意義が技術的に不明
瞭ないし実施不能となり,無効理由が存することになる(特許法36条違反)。
  エ 進歩性欠如その1(無効理由④)
    本件特許発明より先願の技術(乙33〔特開平4-68579号公報〕)
においては,n型InGaNを含んだ活性層をp型GaN層及びn型InGaNク
ラッド層で挟んだ構成の発光素子が開示されており,ここに記載された発明が本件
特許発明と実質的に相違するのは,p型クラッド層がGaN層であるかAlGaN
層であるかという点のみである。ところが,n型InGaN活性層上のp型GaN
クラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,本権優先権出願当時,
既に周知の技術であった(乙41ないし43の公開特許公報参照)。
    したがって,上記乙33記載の発明におけるp型GaNクラッド層をp型
AlGaNクラッド層に置換することは,当業者にとって容易想到であったという
ことができる(特許法29条2項違反)。
  オ 進歩性欠如その2(無効理由⑤)
    本件特許発明より先願の技術においては,本件で問題になっている窒化ガ
リウム系化合物半導体発光素子についてのものではないにせよ,(ア)電子と正孔の
オーバーフローを抑えるため,p型クラッド層とn型クラッド層を異なった材料で
構成する技術(乙44〔特開平1-217986号公報〕)や,(イ)電子のオーバ
ーフローを抑えるため,p型クラッド層をn型クラッド層よりバンドギャップエネ
ルギーの大きな材料で構成することにより,電子に対するヘテロバリアの増大を図
る技術(乙45〔特開平4-87378号公報〕)が開示されている。そして,平
成6年(1994年)に発行された文献(乙46〔D編著「Ⅲ-Ⅴ族化合物半導
体」〕)には,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子にも,他の材料系で開発され
た技術が応用されていく旨記載されている。
    そうすると,同発光素子においても,電子のオーバーフローを抑えるた
め,上記乙33記載の発明におけるp型GaNクラッド層を,よりバンドギャップ
の大きなAlGaNクラッド層で置換して本件特許発明に想到することは,当業者
にとって容易だったというべきである(特許法29条2項違反)。
  カ 新規性欠如または進歩性欠如その3(無効理由⑥)
    既に述べたとおり(前記1(被告の主張)ア),本件優先権出願(平成6
年12月12日)後,本件特許権の出願(平成7年12月12日)の前に,請求項
14の「活性層」を単一量子井戸構造の活性層で置換した発明(乙8〔雑
誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登載のA外3名による論文〕)が公知になっ
ている。この発明と乙11(雑誌「J.Appl.Phys.74,3911(1993)」登載のA外4名に
よる論文)または乙12(特開平6-268257号公報)記載の発明とを組み合
わせれば,上記単一量子井戸構造の活性層を,組成比を異にするInGaN層を重
ねた多層膜で置換して多重量子井戸構造にすることは当業者にとって容易だったと
いうべきである(特許法29条1項3号違反)。
    また,上記乙8記載の発明と本件特許権出願日前に公知であった別の発明
(乙6〔無効審判請求書添付の特開平5-235622号公報〕)とを組み合せれ
ば,上記単一量子井戸構造の活性層を,InGaN層とGaN層を重ねた多層膜で
置換して多重量子井戸構造にすることも当業者にとって容易だったというべきであ
る(同法29条2項違反)。
  キ 進歩性欠如その4(無効理由⑦)
    本件優先権出願当時,乙33(特開平4-68579号公報),乙6(無
効審判請求書添付の特開平5-291618号公報及び特開平5-235622号
公報)等に示されるように,発光素子の隣接する層同士を同一の材料または格子定
数の近い材料で構成し,格子定数をできるだけ整合させ,結晶欠陥を減少させて発
光効率を向上させる技術は周知であった。また,乙33の第3図,乙6〔無効審判
請求書添付の特開平5-235622号公報〕の図4等が示すとおり,ダブルヘテ
ロ構造を用いた発光素子も周知であった。すなわち,乙33等記載の各発光素子に
おいては,発光効率向上のために,格子整合化技術にさらにダブルヘテロ構造とい
う技術が重畳的に用いられていたのである。
    他方,本件特許発明の本質は,(ア)InGaN活性層とAlGaNクラッ
ド層との間に新たにInGaN層を挿入することにより,InGaN活性層とAl
GaNクラッド層との格子定数不整及び熱膨張係数差から生じる結晶欠陥を吸収
し,活性層の結晶性を良くして発光出力を向上させるとともに,(イ)ダブルヘテロ
構造を形成することにより,電子や正孔を活性層内に閉じ込めて発光効率を向上さ
せることにある。
    しかるに,上記(ア)は,格子整合化と思想的に共通する技術であるから,
結局,本件特許発明は,本件優先権出願当時にいずれも周知であった格子整合化技
術及びダブルヘテロ構造をそのまま利用したにすぎない(特許法29条2項違
反)。
  ク 進歩性欠如その5(無効理由⑧)
    前記エで述べたとおり,本件特許発明より先願の乙33(特開平4-68
579号公報)に記載された発明は,p型クラッド層がGaN層であるか,あるい
はAlGaN層であるかという点のみにおいて,本件特許発明と実質的に相違す
る。しかるに,乙23(特開平2-229475号公報)の第13図等が示すとお
り,半導体発光素子の形成に通常使用されるAlGaNの格子定数は,GaNの格
子定数とほとんど変わらないということができる。
    したがって,n型InGaN活性層上のp型GaNクラッド層をp型Al
GaNクラッド層に置換することは,乙33記載の発明の技術思想の範囲内にあっ
たというべきであり,本件特許発明は,この観点からも,当業者にとって容易想到
であったということができる(特許法29条2項違反)。
  ケ 新規性欠如または進歩性欠如その6(無効理由⑨)
    本件特許発明より先願の乙58(特開平6-21511号公報)記載にか
かる発明においては,活性層と成長基板との間に特定の構造の層を設けることや,
バンドギャップの大小関係が規定された特定の構造の層を接して設けることなどを
要件として,InGaN,AlGaN,InAlN及びInAlGaNの4種類の
窒化化合物の層を重ねて構成した半導体発光素子が開示されているところ,上記各
要件を充たしつつ,InGaN活性層の上にp型AlGaNクラッド層を,下にn
型InGaNクラッド層をそれぞれ設けて,請求項14記載にかかる構造と全く同
一の構造の発光素子を構成することが可能であるから,本件特許発明は,乙58記
載の発明と同一である(特許法29条1項3号違反)。
    仮に,乙58において,活性層の両側のクラッド層の組成を非対称に(す
なわち,片方をp型に,もう片方をn型にして,伝導型が異なるように)選択する
ことが記載されていないと解したとしても,前記オで述べたとおり,乙44,乙4
5及び乙61(E雄「工学選書4・半導体レーザと応用技術」)各記載の技術思想
に乙46の記載内容を総合して考えれば,本件優先権出願当時,窒化ガリウム系の
半導体発光素子においても,活性層を挟むクラッド層を非対称にすること,とりわ
けp型クラッド層をn型クラッド層よりバンドギャップが大きくなるようにAlG
aNを材料に選択して構成することは,当業者にとって容易想到であったといえる
(同法29条2項違反)。
  コ 新規性欠如または進歩性欠如その7(無効理由⑩)
    本件特許発明より先願の乙62(特開平4-242985号公報)の請求
項4記載に係る発明においては,Al,Ga及びInの組成比を一定の要件の下で
定めた窒化化合物で各層を形成することを前提とした上,このようにして形成され
た活性層の両側を,p型の層とn型の層とで挟んだ構造の接合を有する窒化ガリウ
ム系化合物半導体レーザーダイオードが開示されている。しかるところ,上記組成
比に関する要件の範囲内で,InGaN活性層の上にp型AlGaNクラッド層
を,下にn型InGaNクラッド層を設けた発光素子を構成することができる。し
たがって,本件特許発明は,上記乙62記載にかかる発明と同一というべきである
(特許法29条1項3号違反)。
    仮に,乙62において,活性層の両側のクラッド層の組成を非対称に選択
することが記載されていないとしても,前記ケで述べたのと同じ理由により,本件
優先権出願当時,窒化ガリウム系の半導体発光素子においても,活性層を挟むクラ
ッド層を非対称にすることは,当業者にとって容易に想到し得たというべきである
(同法29条2項違反)。
 (原告の主張)
 ア 無効理由①に対する反論
平成13年6月5日に特許庁がした無効不成立の審決(甲78)において
は,本件明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】及び段落【0005】には,
本件優先権明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】及び段落【0005】と同
様の記載があり,同明細書の段落【0003】【0011】の各記載にも照らす
と,そこには,活性層を挟むクラッド層のうち片方のみをInGaN層とし,もう
片方を従来用いられていたのと同じAlGaN層にしてもよいことが開示されてい
るから,InGaN活性層をn型InGaN層とp型AlGaN層で挟んだ請求項
14の構成も開示されているというべきであり,また,本件特許発明が第2のn型
及びp型クラッド層を必須の要件としていないことは,明細書の記載から明らかで
あるから,結局,請求項14記載にかかる本件特許発明の構成要件は,明細書にお
いて開示されていた旨の判断が示されている。
   本件特許発明が本件優先権明細書にも本件明細書にも記載されておらず,手
続補正書において新規に追加された事項である旨の被告の主張が誤りであること
は,上記特許庁の判断が示すとおりである。
 イ 無効理由②に対する反論
   既に述べたとおり(前記2(原告の主張)ア),本件特許発明の本質は,従
来のAlGaNクラッド層に代えて,結晶として柔らかい性質を有するInGaN
からなるn型クラッド層を構成することにより,InGaN活性層の結晶性を良く
し,発光出力を向上させることにある。他方,上記アの特許庁の判断においても触
れられているとおり,第2のn型及びp型クラッド層の存在は本件特許発明の必須
の要件ではない。
   したがって,本件特許発明の本質が,AlGaNクラッド層とInGaN活
性層の間に挿入されたInGaNクラッド層が,これら2つの層のバッファ層とし
て機能することにある旨の被告の理解は誤りであり,この点に関する被告の無効主
張は前提を欠いている。
 ウ 無効理由③に対する反論
   既に述べたとおり(前記1(原告の主張)ウ),多重量子井戸構造の活性層
においても,そのバンドギャップエネルギーとは,電子及び正孔が存在できる最も
低いエネルギー間隔であり,伝導体側の量子準位と価電子帯側の量子準位の差のこ
とであると定義することができる(甲64〔B教授作成の鑑定書〕参照)。
   したがって,構成要件の「バンドギャップ」の意義が技術的に不明瞭ないし
実施不能である旨の被告の主張には理由がない。
 エ 無効理由④に対する反論
   被告は,乙33(特開平4-68579号公報)においては,n型InGa
Nを含んだ活性層をp型GaN層及びn型InGaNクラッド層で挟んだ構成の発
光素子が開示されていると主張するが,被告の議論は,格子を完全に整合させたタ
イプの発光素子の一部を構成する3層のみを取り上げて,しかも,明細書に記載さ
れていない「クラッド層」,「活性層」という用語を用いてなすものであり,前提
において不正確である。その上,乙33の第5図記載の発光素子につき,各層の組
成に照らして,被告が「クラッド層」とする層のバンドギャップエネルギーが「活
性層」とされる層のそれより小さいという矛盾が存在する。
   そもそも,乙33記載の発明は,格子不整合をできる限り避け,格子を完全
に整合させたタイプの素子を実現することに技術思想の本質があるところ,GaN
よりも格子不整合性が大きくなることが明らかなAlGaNを,わざわざGaNに
代えて使用するようなことは当業者であれば行わない。したがって,InGaN活
性層上のp型GaNクラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,当
業者にとって容易想到であった旨の被告の主張は誤りであり,被告が主張するよう
な無効理由は存在しない。
 オ 無効理由⑤に対する反論
   被告は,また,電子のオーバーフローを抑えるため,乙33の第5図におけ
るp型クラッド層をバンドギャップエネルギーの大きいAlGaNクラッド層に置
換することも容易想到であったと主張する。
   しかしながら,上記エで述べたとおり,そもそも,乙33記載の発明は,格
子整合型の発光素子の実現を目的としているのであり,電子のオーバーフローを抑
えることを目的にしているのではないから,この発明に被告が主張するような技術
思想を適用する契機が存在しない。また,同発明においては,その発明の目的に沿
うべく,格子不整合をできる限り避けるように各層が積層されているのであるか
ら,GaN層に代えて,同層よりも格子不整合が大きくなることが明らかなAlG
aN層を使用することなど,当業者にとって考えられない。
   よって,この点に関する被告の無効主張にも理由がない。
 カ 無効理由⑥に対する反論
   被告は,本件優先権明細書には量子井戸構造の活性層をもつ発光素子が開示
されていないことを前提に,本件優先権出願(平成6年12月12日)後,本件特
許権出願(平成7年12月12日)の前に,請求項14の「活性層」を単一量子井
戸構造の活性層で置換した発明(乙8〔雑誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登
載のA外3名による論文〕)が公知になっていると主張した上,この発明と他の幾
つかの技術とを組み合せて,容易想到等の無効論を展開している。
   しかしながら,量子井戸構造は,本件優先権出願当時には,活性層の膜厚が
一般に100Å以下であると認識されていた既に周知の構造であり,量子井戸構造
で構成したInGaN活性層も周知であった(乙11,乙12)。したがって,当
時の技術水準からすれば,200Å以下のInGaN活性層及びそれに含まれる量
子井戸構造の活性層は,優先権明細書に記載されていたに等しく,乙8記載の発明
は,本件特許発明を検討する上で先行技術になり得ない。被告の上記主張はその前
提において誤っている。
 キ 無効理由⑦に対する反論
   被告は,本件優先権出願当時,格子整合化技術とダブルヘテロ化技術はとも
に周知であって,乙33(特開平4-68579号公報)において重畳的に採用さ
れており,本件特許発明はこれらの技術をそのまま利用したにすぎない旨主張す
る。
   しかし,本件特許発明は,結晶として柔らかい性質を有するInGaNでク
ラッド層を形成することにより,格子不整からくる歪みを緩和し,InGaN活性
層の結晶欠陥を少なくして,発光出力を飛躍的に向上させるものであり,InGa
Nでクラッド層を形成する点に本質的な特徴がある。他方,乙33に開示された技
術思想は,基板から順次積層される各層間すべてについて格子整合化を図ることに
より,結晶性のよい層を形成し,発光効率を高めようとするものであって,本件特
許発明がこのような技術を利用していないことは明らかである。
   なお,被告がダブルヘテロ構造が採用されている例として引用する乙33の
当該部分は,InGaN活性層をZnO層とGaN層で挟んだ層構成をもつ実施例
に関する記載であり,InGaN活性層を挟む層としてのInGaN層は全く開示
されていない。したがって,上記実施例の発光素子につき,格子整合化技術とダブ
ルヘテロ化技術が重畳的に採用された素子であるとする被告の理解は誤りである。
 ク 無効理由⑧に対する反論
   被告は,通常使用されるAlGaNは格子定数がGaNとほとんど変わらな
いのだから,当業者にとって,格子整合型である乙33の第5図記載の発光素子に
おけるp型GaNをp型AlGaNで置換することは容易である旨主張する。
   しかしながら,前記エ等で既に述べたとおり,乙33記載の発明は,格子整
合型素子の実現を目的とするものであり,乙33の図5記載の素子において被告が
「クラッド層」とする層は「n型伝導層」と記載されていて,クラッド層であるこ
との記載も示唆もないばかりか,そのバンドギャップエネルギーは隣接する発光層
よりも小さく,「活性層よりもバンドギャップエネルギーが大きいn型InGaN
層」を構成要素とする本件特許発明とは相容れない構成を採っている。また,同図
のp型GaN層をp型AlGaNクラッド層に置換することは記載も示唆もされて
いないばかりか,格子不整合性が大きくなる方向に作用するこのような置換は,そ
もそも,乙33記載の発明の本質に反する。さらに,乙33及び本件明細書の各記
載からすると,本件特許発明を実施した発光素子は,乙33記載の発光素子の約6
0倍の光度を有すると認められるところ,あえて前記のような置換を行ったと仮定
しても,光度が約60倍も向上するような顕著な効果が,乙33から予想できるは
ずもない。
   以上によれば,被告の上記容易想到の主張は誤りというべきである。
 ケ 無効理由⑨に対する反論
   被告は,乙58(特開平6-21511号公報)の請求項2の記載に基づ
き,そこにはInGaN活性層をn型InGaNクラッド層とp型AlGaNクラ
ッド層で挟んだ構成の層が開示されているから,本件特許発明は乙58記載の発明
と同一である旨主張する。
   しかしながら,本件特許発明は,InGaN活性層に接してn型InGaN
クラッド層(及びp型AlGaNクラッド層)を設けることによって活性層の結晶
性を良くし,発光出力を向上させるものである。一方,乙58記載の発明は,発光
層と成長基板との間にGaN,AlGaN又はAlNのいずれかの層を設けること
によって発光層の結晶性を向上させ,発光特性を良くしようとするものである。し
たがって,発光層に接してn型InGaNクラッド層を設けることにより発光出力
を向上させるという本件特許発明の技術思想は,乙58には全く記載されておら
ず,これらが同一の発明でないことは明らかといわなければならない。
   また,被告は,仮に乙58において発光層の両側のクラッド層の組成を非対
称に選択することが記載されていないとしても,p型クラッド層のバンドギャップ
エネルギーがn型クラッド層のそれより大きくなるように,p型クラッド層の材料
としてAlGaNを選択することには何の困難性もなかったのであるから,本件特
許発明は乙58記載の発明から容易想到であると主張する。
   しかし,乙58に開示された技術思想に照らし,結晶性の悪いInGaN層
をInGaN活性層に接して設けることは開示されていないと解されるから,乙5
8の記載から活性層に接したInGaNクラッド層の存在を導き出す被告の議論
は,その前提において誤っている。
 コ 無効理由⑩に対する反論
   被告は,本件特許発明が乙62(特開平4-242985号公報)記載の発
明と同一であるか,又は同発明から容易想到であると主張するが,乙62記載の発
明は,電子線照射を行うことによりp型のAlGaNができたので,実施例に示さ
れたGaN活性層をAlGaNクラッド層で挟んだレーザーダイオードができたと
いうだけの発明であって,乙62の段落【0004】の記載からわかるとおり,ア
ルミニウムやガリウム(あるいはその両方)と組み合せて組成した窒化インジウム
は,半導体レーザを実現するための材料の候補の1つとして挙げられているにすぎ
ない。
   そうすると,そこには,青色,紫色領域あるいは紫外光領域での発光が可能
な半導体レーザダイオードとして,GaN活性層をAlGaNクラッド層で挟んだ
層構成の素子がかろうじて開示されているとはいえても,InGaNクラッド層を
InGaN活性層に接して設けることにより発光出力を増大させることを本質とす
る本件特許発明が,その技術思想の内容が実施できる程度に開示されているとは到
底いえない。したがって,被告の上記主張には理由がない。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
  ア 本件明細書を検討すると,まず,「現在実用化されている青色,青緑色L
EDの発光チップは,基本的には,サファイア基板の上に,n型GaNよりなるn
型コンタクト層と,n型AlGaNよりなるn型クラッド層と,n型InGaNよ
りなる活性層と,p型AlGaNよりなるp型クラッド層と,p型GaNよりなる
p型コンタクト層とが順に積層された構造を有している。」(段落【0003】)
と従来技術の代表的な実施例が紹介された上で,「短波長LDの実現,さらに高輝
度なLEDを実現するためには,さらなる発光出力の向上が望まれている」(段落
【0004】)ところ,「本発明者らは,窒化物半導体で形成されるダブルへテロ
構造においてInとGaを含む窒化物半導体よりなる活性層を挟むクラッド層につ
いて鋭意研究した結果,少なくとも一方の,好ましくは両方のクラッド層をInと
Gaとを含む窒化物半導体で形成することにより,発光素子の出力が飛躍的に向上
することを新たに見出し,本発明をなすに至った。」とされている。
    そして,上記「本発明」(ここでは,特許請求の範囲請求項1ないし18
各記載の発明を総称して用いられているので,以下,その例にならう。)によれ
ば,(ア)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有す
る活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大き
く,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備
えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項1ないし3参照),(イ)In
とGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有
し,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつIn
とGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特
徴とする窒化物半導体発光素子(請求項4ないし6参照),及び,(ウ)InとGa
とを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該
活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGa
とを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備え,該活性層の第2
の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むp型
窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導
体発光素子(請求項7ないし13参照)がそれぞれ提供されるとして,本発明を実
施した発光素子の基本的な構造が開示されている(段落【0006】ないし【00
08】)。
    その上で,図1に即して【本件特許発明の実施形態】が説明されており,
同図における活性層6(構成要件①ないし③の「活性層」に対応する。)につい
て,好ましい組成や膜厚に関する記載がされ(段落【0014】【0015】),
それに続いて,「ところで,活性層6を量子井戸構造(単一量子井戸構造または多
重量子井戸構造)とすることにより,発光波長の半値幅がより狭くなり,発光出力
も向上することがわかった。」(段落【0016】),「ここで,量子井戸構造と
は,ノンドープの活性層構成窒化物半導体(好ましくはInXGa1-XN(0<X
<1)による量子準位間の発光が得られる活性層の構造をいい,単一量子井戸構造
とは,井戸層が単一組成の1層よりなる構造を指す。すなわち,単一量子井戸構造
の活性層は,単一の井戸層のみにより構成される。また,多重量子井戸構造とは,
井戸層と障壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両
側の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。すなわち,多重量子井戸構
造の活性層は,例えばInGaN/GaN,InGaN/InGaN(組成が異な
る)等の井戸層/障壁層の組み合わせからなり,これら井戸層および障壁層を交互
に積層した薄膜積層構造である。」(段落【0017】)との記載が存在する。
    以上からすれば,本件明細書においては,活性層を量子井戸構造にすると
発光出力向上に資するとの発明者の認識が示された上で,量子井戸構造の定義がな
され,同構造には,単一の井戸層から構成される単一量子井戸構造と,井戸層と障
壁層を交互に積層して構成される多重量子井戸構造の2種類があることが明確に示
されているということができる。
    しかも,上記記載に続いて,「活性層6を多重量子井戸構造とすると,単
一量子井戸構造の活性層よりも発光出力が向上する。」と,多重量子井戸構造が単
一量子井戸構造よりも望ましい活性層の構造であることが記載され,以下,多重量
子井戸構造を採った場合の井戸層及び障壁層の望ましい各膜厚について,数Åない
し数十Å(オングストローム)単位で具体的な数値が開示されている(以上,段落
【0017】)。
  イ 以上のような本件明細書の記載の体裁及び内容からすると,発明者らは,
本件明細書を記載した当時,活性層を構成する層構造としての量子井戸構造の存在
を明確に意識していただけでなく,量子井戸構造の中でも,多重量子井戸構造を,
本件特許発明の作用効果を高めるとりわけ望ましい構造として認識し,同構造の活
性層を実施する場合の井戸層及び障壁層の望ましい膜厚まで具体的に開示している
のであるから,そこには,活性層を構成する特定の層構造としての多重量子井戸構
造が,本件特許発明の技術思想を具体的に実施できる程度に開示されているという
ことができる。
    したがって,請求項14の記載においては,単に「活性層」という言葉が
用いられており,特許請求の範囲の記載自体からは,量子井戸構造からなる活性層
が「活性層」に含まれるか否かが必ずしも明らかでないにしても,上記のような
【発明の詳細な説明】欄の記載を斟酌すれば,当業者であれば,特許請求の範囲の
「活性層」に単一量子井戸構造及び多重量子井戸構造を有するものが含まれること
は容易に理解することができるというべきである。したがって,本件特許発明の構
成要件にいう「活性層」には多重量子井戸構造を有するものも含まれるものと認め
るのが相当である。
    なお,被告は,本件明細書には,クラッド層とコンタクト層の間に多層膜
構造の光反射層を設けた発光素子が具体的に開示されている(段落【0026】)
一方で,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子に関する具体的な構成は開示
されていないから,同構造で活性層を構成する技術思想は積極的に排除されていた
とみるべきである旨主張する(前記第3の1(被告の主張)イ)。
    たしかに,本件明細書には,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子
の図や実施例こそ存在しないが,上記アで摘示したとおり,多重量子井戸構造その
ものについては,十分に詳細な記載がされている上に,本件明細書の記載全体を子
細に検討すると,被告の指摘に係る上記の光反射層を設けた発光素子が素子全体の
層構成と共に採り上げられているのは,クラッド層とコンタクト層の間に半導体層
を積層した多層膜を光反射層として挿入することにより,活性層における発光を同
層内に閉じこめてレーザ発振を容易にするという当時新規な構造に関するものであ
ったからとも考えられる(前記第3の1(原告の主張)イ参照)。よって,被告の
上記主張を採用することはできない。
  ウ 被告は,仮に「活性層」に多重量子井戸構造のものが含まれると解したと
しても,本件特許発明における「活性層」には「インジウムとガリウムとを含む窒
化物半導体よりな」るという限定があるから,「活性層」に含まれるのは,単一の
InGaN層又は組成比の異なる複数のInGaN層を積層したものに限られ,被
告チップのようにInGaN層とGaN層を積層したものは含まれないと解すべき
であると主張する(前記第3の2(被告の主張)ア)。
    しかしながら,「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体」という要
件が,半導体発光素子の活性層を構成するすべての層が,インジウム,ガリウム及
び窒素の3種類の元素を含んでいることまで要請しているのかどうかは特許請求の
範囲の記載自体からは定かではなく,明細書の記載全体からすると,従来技術にお
いては,活性層の材料としてInGaNを用いるのが通常であったことを受けて,
単に本件特許発明においてもInGaNを主体として活性層を構成する趣旨である
と解する余地がある。そして,前記のとおり,【発明の詳細な説明】欄には,それ
と符合するように,「多重量子井戸構造の活性層は,例えばInGaN/GaN,
InGaN/InGaN(組成が異なる)等の井戸層/障壁層の組み合わせからな
り,これら井戸層および障壁層を交互に積層した薄膜積層構造である。」との記載
があるのだから,構成要件における「インジウムとガリウムとを含む窒化物化合物
よりな」るとの文言は,必ずしも,活性層を構成する全ての層がインジウム,ガリ
ウム及び窒素を含んでいなければならないことを意味するものではなく,活性層の
主たる組成要素が窒化インジウムガリウム(InGaN)であれば足りる趣旨をい
うものと理解することができる(なお,被告チップを含め,InGaNとGaNを
積層した多重量子井戸構造で活性層を構成する発光素子において,実際に正孔と電
子が結合して発光する層はInGaN層であり,そのことは被告も争わない。)。
    よって,被告の前記主張は採用することができない。
  エ また,被告は,本件優先権明細書のみならず,本件明細書にも,量子井戸
構造からなる活性層のバンドギャップを具体的にどのように確定すればよいのかを
示唆する記載は見当たらず,「活性層」に多重量子井戸構造のものも含まれると解
すると,「活性層よりバンドギャップが大き」い(構成要件②)という文言の意味
を確定できなくなってしまうから,この観点からも「活性層」に多重量子井戸構造
のものが含まれると解することはできないと主張する(前記第3の1(被告の主
張)エ)。
    たしかに,理論的には,多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層の
バンドギャップエネルギー,障壁層のバンドギャップエネルギーと,いわゆる量子
サイズ効果によって形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャッ
プエネルギーとが併存する可能性があり,バンドギャップの意義を一義的に定める
のは困難であるかのようにみえる。
    しかしながら,上記ウで触れたとおり,窒化物半導体発光素子の従来技術
においては,活性層の材料としてInGaNを用いるのが通常であったところ,I
nGaNとInGaN,InGaNとGaNを積層して構成する多重量子井戸構造
の活性層は,少なくとも材料選択の観点からは,上記従来技術の延長線上にあった
とみることができ,活性層の主要な組成要素は依然としてInGaNであると考え
ることが可能である。また,多重量子井戸構造において実際に発光するのはあくま
で井戸層であるInGaN層であり,障壁層であるGaN層はいわゆる量子サイズ
効果を導いて井戸層の発光効率を高める働きをしているにすぎない。以上からすれ
ば,多重量子井戸構造におけるバンドギャップエネルギーとは,実際に発光するI
nGaN層とその発光のメカニズムに着目して,井戸層内に閉じ込められた電子及
び正孔が存在できる最も低いエネルギー間隔(伝導体側の量子準位と価電子体側の
量子準位の差)のことと定義することが可能である(前記第3の1(原告の主張)
ウ参照。なお,弁論の全趣旨に照らせば,実際に,このようにして定義したバンド
ギャップエネルギーよりも,活性層を挟んでクラッド機能を果たす層のバンドギャ
ップエネルギーの方が大きければ,素子全体が発光素子として機能することに妨げ
はないものと認められ,被告もその点は争わない。)。
    よって,この点に関する被告の主張も採用の限りでない。
  オ 以上によれば,構成要件①ないし③の「活性層」には,多重量子井戸構造
からなるものも含まれると解するのが,相当である。
 2 争点(2)について
  ア 前記1アにおいて説示したとおり,請求項14においては,単に「活性
層」という言葉が用いられている一方で,本件明細書の【発明の実施の形態】欄に
おいては,図1の活性層6につき,「ところで,活性層6を量子井戸構造(単一量
子井戸構造または多重量子井戸構造)とすることにより,発光波長の半値幅がより
狭くなり,発光出力も向上することがわかった。」,「ここで,量子井戸構造と
は,ノンドープの活性層構成窒化物半導体(好ましくはInXGa1-XN(0<X
<1)による量子準位間の発光が得られる活性層の構造をいい,単一量子井戸構造
とは,井戸層が単一組成の1層よりなる構造を指す。すなわち,単一量子井戸構造
の活性層は,単一の井戸層のみにより構成される。また,多重量子井戸構造とは,
井戸層と障壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両
側の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。すなわち,多重量子井戸構
造の活性層は,例えばInGaN/GaN,InGaN/InGaN(組成が異な
る)等の井戸層/障壁層の組み合わせからなり,これら井戸層および障壁層を交互
に積層した薄膜積層構造である。」との各記載がある。
    【特許請求の範囲】から【発明の詳細な説明】にわたるこれらの記載を素
直に読む限り,発明者らは,活性層を構成する層構造として多重量子井戸構造をも
念頭に置いていたが,InGaN層とGaN層を積層した場合には,InGaN層
が井戸層として,GaN層が障壁層としてそれぞれ機能するものであることを前提
にして,同構造における両側の2つの最外層はInGaN井戸層で構成されると理
解していたとみるのが自然である。
    他方,本件明細書及び本件優先権明細書を精査しても,上記の事情を覆
し,構成要件にいう「活性層」に,InGaN層とGaN層を積層した多重量子井
戸構造からなり,かつ,最外層がGaN障壁層からなるものまで含まれると解すべ
き根拠となる記載は見当たらない。また,原告は,「両側の2つ最外層は,それぞ
れ井戸層により構成される。」との前記記載が,多重量子井戸構造の好ましい実施
形態を記載したものにすぎず,その構成を限定したものではないと主張するが(前
記第3の2(原告の主張)ア),そのように解すべき具体的な根拠を見出すことも
できない。
  イ 前記1アで摘示したとおり,本件明細書の段落【0006】ないし【00
08】においては,(ア)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第
2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンド
ギャップが大きく,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型
クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項1ないし3参
照),(イ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有
する活性層を有し,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大
きく,かつInとGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を
備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項4ないし6参照),及び,
(ウ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活
性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,
かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備え,
該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとG
aとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴と
する窒化物半導体発光素子(請求項7ないし13参照)という,本発明を実施した
発光素子に関する基本的な3種類の構造が開示されており,それらにおいては,い
ずれも,InとGaとを含むp型あるいはn型の窒化物半導体からなるクラッド層
が,同じくInとGaとを含む窒化物半導体からなる活性層に接する構成とされて
いる。
    また,本件明細書の段落【0011】の【作用】欄には,「従来の窒化物
半導体発光素子はInGaNよりなる活性層をAlGaNよりなるクラッド層で挟
んだ構造を有していた。一方,本発明では新たにこのInGaNよりなる活性層
を,その活性層よりもバンドギャップの大きいInGaNで挟むことにより発光出
力が飛躍的に向上することを見いだした。これは新たなInGaNクラッド層がI
nGaN活性層とAlGaNクラッド層との間のバッファ層として働いているから
である。InGaNは結晶の性質として柔らかい性質を有しており,AlGaNク
ラッド層とInGaNとの格子定数不整と熱膨張係数差によって生じる結晶欠陥を
吸収する働きがあると考えられる。このため新たに形成したInGaNクラッド層
が,これら結晶欠陥を吸収してInGaN活性層の結晶欠陥が大幅に減少するの
で,InGaN活性層の結晶性が飛躍的に良くなるので発光出力が増大するのであ
る。」と記載されており,新たに形成したInGaNクラッド層がInGaN活性
層の結晶欠陥を吸収することが,本件特許発明の本質的な作用効果であることが開
示されている。
    そして,本件明細書の段落【0050】には,【発明の効果】として「以
上説明したように,本発明の発光素子は,InGaN活性層の両側またはその一方
に接してInGaNクラッド層を形成することにより,活性層の結晶性が良化して
発光出力が格段に向上する。………従来では活性層のインジウム組成比を大きくす
ると結晶性が悪くなって,バンド間発光で520nm付近の緑色発光を得ることは
難しかったが,本発明によると活性層の結晶性が良くなるので,従来では困難であ
った高輝度な緑色LEDも実現できた。」と記載されている。
    以上の各記載に,本件優先権出願当時及び本件特許権出願当時,当業者
が,窒化物半導体発光素子の実用化に関して抱えていた技術的課題(弁論の全趣旨
から認められる。)を併せ考慮すると,本件特許発明が達成しようとした課題と
は,要するに,いかに薄く,かつ結晶性の良いInGaN活性層を形成するかとい
うことであり,そのために,本件特許発明は,InGaN活性層に接して同じ組成
のInGaNクラッド層を形成する構成を採用し,InGaN活性層の結晶性を良
くするとともに,活性層にかかる歪みを緩和したものと考えられる。したがって,
ここでのInGaN活性層は,その結晶性を良くするために形成されるInGaN
クラッド層に結晶レベルで接していることが必要である。言い換えれば,InGa
N活性層に接して形成される層は,機能的にクラッド層であることはもちろんのこ
と,活性層と同じInGaNから組成される(同じ組成からなる層同士が隣接して
いれば,少なくとも理論的には格子定数不整が生じない。)ことを要するものと考
えられる。
    そうすると,本件特許発明においては,発光素子中のInGaN活性層
が,InGaNという同じ物質からなる結晶のレベルにおいて,InGaNクラッ
ド層と直接に接していることが必要というべきである。すなわち,構成要件①ない
し③の「活性層」には,多重量子井戸構造のものも含まれるが,活性層の2つの面
のうち第1のn型クラッド層と接する第1の面,すなわち多重量子井戸構造の2つ
の最外層のうち「第1のn型クラッド層」(構成要件②)と接するものがInGa
N層であるものに限られると解するのが相当である。
 これに対して,被告チップにおいては,「第1のn型クラッド層」(構成要件
②)に該当するn型InGaN層に接している多重量子井戸構造の最外層は「In
GaN層」ではなく,「GaN層」である。
  ウ 原告は,被告チップの多重量子井戸構造において最外層にGaN層がある
場合とない場合とのLEDチップの各発光出力を比較してみたところ,差異はない
旨の実験結果(甲71)が出たとして,本件特許発明の作用効果は,多重量子井戸
構造の最外層をInGaN井戸層にしようがGaN障壁層にしようが変わるもので
はなく,「活性層」に含まれる多重量子井戸構造は,最外層がInGaN井戸層の
ものに限定されないと主張する(前記第3の2(原告の主張)ア)。
    しかし,上記実験結果については,実験の条件や手法・精度等の詳細が必
ずしも明らかでない上に,実験のための発光素子の改変が発光効率にどのような影
響を与えたのか,発光出力に関係する他の要因がどのように影響したのかなどの諸
条件が,証拠上一切不明であるから,原告が主張するように,被告チップの多重量
子井戸構造における最外層がInGaN井戸層であってもGaN障壁層であっても
発光出力は変わらないとの事実を,直ちに認めることはできない。また,仮に原告
による実験結果(甲71)を前提としても,そもそも特許発明は具体的な構成ない
し組成によって表された技術思想について成立するものであって,特定の作用効果
について与えられるものではないから,対象物件が特許発明と同一の作用効果を奏
しているということのみをもって,直ちに当該対象物件が特許発明と同一の技術思
想を用いているということはできない。したがって,本件においても,仮に多重量
子井戸構造の最外層がInGaN層である素子の発光出力が,最外層がGaN層で
ある素子のそれと同じであったとしても,そのことによって,本件明細書の特許請
求の範囲や発明の詳細な説明における記載内容にかかわらず,最外層がGaN層で
ある量子井戸構造のものが本件特許発明の技術的範囲に含まれるものと直ちに判断
することはできない。
    以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
  エ また,原告は,例えば,被告チップ5の多重量子井戸構造におけるn型I
nGaN層側の最外層であるGaN層は100Åに満たない厚さである一方,その
外側の上記n型InGaN層は10倍以上の約1500Åの厚さがあることをもっ
て,このn型InGaN層こそが,クラッド層として機能するとともに,活性層の
結晶性を良くし,AlGaN層と活性層との間の歪みを緩和して,発光出力を増大
させているのだから,実際に発光するInGaN井戸層に直接に接しているのが,
100Åにも満たない上記GaN層であるからといって,本件特許発明の本質を利
用していないかのようにいう被告の主張は誤りであるとする(前記第3の2(原告
の主張)エ)。
    しかしながら,被告の指摘するとおり(前記第3の2(被告の主張)
ウ),証拠(乙53,54,63)によれば,原告自身の出願に係る発明において
も,1nm(10Å)以上,あるいは50Åなどという薄い膜厚のGaN層がクラ
ッド層とされているものであり,このことからもわかるとおり,ある層がクラッド
層であるか否かは,正孔や電子を井戸層に閉じ込める機能を有するかどうかで決ま
るのであり,膜厚によって決まるものではないし,また,既に説示したとおり,本
件特許発明においては,InGaN活性層が直接InGaNクラッド層と接してい
ることにより格子定数不整及び熱膨張係数差によって生じる結晶欠陥を回避してい
るものであるから,上記被告チップにおいて,InGaN活性層に直接接する層と
して,膜厚が100Åに満たないとしても,GaN層が存在する以上,これを本件
特許発明と同視することはできない。
 3 結論
   前記1,2のとおり,構成要件①ないし③の「活性層」には,多重量子井戸
構造のものも含まれるが,活性層の2つの面のうち第1のn型クラッド層と接する
第1の面,すなわち多重量子井戸構造の2つの最外層のうち「第1のn型クラッド
層」(構成要件②)と接するものがInGaN層であるものに限られると解すべき
ところ,被告チップにおいては,「第1のn型クラッド層」(構成要件②)に該当
するn型InGaN層に接している多重量子井戸構造の最外層は「InGaN層」
ではなく,「GaN層」である(第2の1(6))。
   したがって,被告チップは,構成要件②にいう「第1の面」を備える活性層
を備えているとは認められないから,被告チップはいずれも本件特許発明の技術的
範囲に属しないものであり,したがって,被告チップ及びこれを組み込んだ被告L
ED製品は,いずれも本件特許権を侵害するものではない。
   以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由
がない。
よって,主文のとおり判決する。
  東京地方裁判所民事第46部
        裁判長裁判官 三村量一
           裁判官 村越啓悦
           裁判官 青木孝之
           (別紙)物件目録1
 下記のとおりの発光ダイオードチップ
[図面符号の説明]
  1  窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップ
  2  サファイア単結晶からなる基板
  3  AlNからなるバッファ層
 41  Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層
  4  Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層(n電極形成層)
 43  n型InGaNからなる層
  5  InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層
  6  MgがドープされたAlGaNからなる層
 7-1  Mgが高濃度でドープされたp型GaN層(p電極形成層)
 7-2  Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層
  8  V及びAlからなるn電極層
  9  Au及びCoからなる薄膜のp電極層
 10  Au及びNiを含む台座電極
 11  シリコン酸化物からなる膜
 12  保護レンズ
 13,14   リードフレーム
 81,101  ボール
 82,102  ワイヤー
[構成の説明]
  図面に示すとおり,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNか
らなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNか
らなる層41,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4,及び,n型
InGaNからなる層43を順次形成する。
  その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおり
の活性層5を形成し,さらに,MgがドープされたAlGaNからなる層6,Mg
が低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-2,及び,Mgが低濃度でドープ
されたp型GaNからなる層7-1を順次形成し,前記層4の表面にV及びAlから
なるほぼ矩形のn電極層8を設け,他方,前記層7-1のほぼ全面に透明かつ導電性
を有し,Au及びCoからなる薄膜のp電極層9を設けて,その表面にAu及びN
iを含むワイヤボンディング用の台座電極10を形成する。
  そして,p電極層9からp電極形成層7-1の全面に電流が注入されるように構
成し,4ないし6,7-1,7-2,9及び10の各層をシリコン酸化物からなる膜1
1で覆い,前記p電極層9の側を発光観測面とする窒化ガリウム系化合物半導体緑
色発光素子。
  積層図図1、図4図2、図3
           (別紙)物件目録2
 下記のとおりの発光ダイオードチップ
[図面符号の説明]
  1  窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップ
  2  サファイア単結晶からなる基板
  3  AlNからなるバッファ層
 41  Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層
  4  Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層(n電極形成層)
 43  n型InGaNからなる層
  5  InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層
  6  MgがドープされたAlGaNからなる層
 7-1  Mgが高濃度でドープされたp型GaN層(p電極形成層)
 7-2  Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層
  8  V及びAlからなるn電極層
  9  Au及びCoからなる薄膜のp電極層
 10  Au及びNiを含む台座電極
 11  シリコン酸化物からなる膜
[構成の説明]
  図面に示すとおり,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNか
らなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNか
らなる層41,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4,及び,n型
InGaNからなる層43を順次形成する。
  その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおり
の活性層5を形成し,さらに,MgがドープされたAlGaNからなる層6,Mg
が低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-2,及び,Mgが低濃度でドープ
されたp型GaNからなる層7-1を順次形成し,前記層4の表面にV及びAlから
なるほぼ矩形のn電極層8を設け,他方,前記層7-1のほぼ全面に透明かつ導電性
を有し,Au及びCoからなる薄膜のp電極層9を設けて,その表面にAu及びN
iを含むワイヤボンディング用の台座電極10を形成する。
  そして,p電極層9からp電極形成層7-1の全面に電流が注入されるように構
成し,4ないし6,7-1及び7-2の各層をシリコン酸化物からなる膜11で覆い,
前記p電極層9の側を発光観測面とする窒化ガリウム系化合物半導体青色発光素
子。
  積層図
           (別紙)物件目録3
 下記のとおりの発光ダイオードチップ
[図面符号の説明]
  1  窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップ
  2  サファイア単結晶からなる基板
  3  AlNからなるバッファ層
  4  n型窒化ガリウム系化合物半導体層
 4-1  Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層
 4-2  Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層
 4-3  n型InGaNからなる層
 4-4  InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層
  5  p型窒化ガリウム系化合物半導体層
 5-1  Mgがドープされたp型AlGaNからなる層
 5-2  Mgがドープされたp型GaNからなる層
  6  V及びAlからなるn電極
  7  Au及びCoからなる薄膜の透光性電極
  8  Auを含む台座電極
 81,101  ボール
 82,102  ワイヤー
  9  シリコン酸化物からなる膜
[構成の説明]
  図面に示す窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップは,サファ
イア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,
次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-1,Siが高濃度で
ドープされたn型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を
順次形成する。
  その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおり
の活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-
1,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層5-2を形成する。
  そして,前記層5-2に,Au及びCoからなる薄膜の透光性電極層7,及び,
Auを含むワイヤーボンディング用の台座電極8を設ける一方で,層5及び層4の
一部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,V及びAlからなるn
電極6を形成する。
  金線からなるワイヤー102をボンディングした台座電極8と,金線からなる
ワイヤー82をボンディングしたn電極6との通電により,透光性電極7の下にあ
る層5-1及び5-2に均一に電流が広がるので,発光面において,ほぼ均一な青色発
光が観測されることになる。なお,前記電極8の上にあるボール101,及び,同
電極6の上にあるボール81は,いずれも,それぞれのワイヤーを電極にボンディ
ングする際にできるものである。
  積層図
           (別紙)物件目録4
 下記のとおりの発光ダイオードチップ
[図面符号の説明]
  1  窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップ
  2  サファイア単結晶からなる基板
  3  AlNからなるバッファ層
  4  n型窒化ガリウム系化合物半導体層
 4-1  Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層
 4-2  Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層
 4-3  n型InGaNからなる層
 4-4  InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層
  5  p型窒化ガリウム系化合物半導体層
 5-1  Mgがドープされたp型AlGaNからなる層
 5-2  Mgがドープされたp型GaNからなる層
  6  V及びAlからなるn電極
  7  Au及びCoからなる薄膜の透光性電極
  8  Auを含む台座電極
 81,101  ボール
 82,102  ワイヤー
  9  シリコン酸化物からなる膜
[構成の説明]
  図面に示す窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップは,サファ
イア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,
次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-1,Siが高濃度で
ドープされたn型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を
順次形成する。
  その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおり
の活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-
1,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層5-2を形成する。
  そして,前記層5-2に,Au及びCoからなる薄膜の透光性電極層7,及び,
Auを含むワイヤーボンディング用の台座電極8を設ける一方で,層5及び層4の
一部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,V及びAlからなるn
電極6を形成する。
  金線からなるワイヤー102をボンディングした台座電極8と,金線からなる
ワイヤー82をボンディングしたn電極6との通電により,透光性電極7の下にあ
る層5-1及び5-2に均一に電流が広がるので,発光面において,ほぼ均一な青色発
光が観測されることになる。なお,前記電極8の上にあるボール101,及び,同
電極6の上にあるボール81は,いずれも,それぞれのワイヤーを電極にボンディ
ングする際にできるものである。
  積層図
           (別紙)物件目録5
 下記のとおりの発光ダイオードチップ
[図面符号の説明]
  1  窒化ガリウム系化合物半導体発光ダイオードチップ
  2  サファイア単結晶からなる基板
  3  AlNからなるバッファ層
  4  n型窒化ガリウム系化合物半導体層
 4-2  Siがドープされたn型GaNからなる層
 4-3  n型InGaNからなる層
 4-4  InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層
  5  p型窒化ガリウム系化合物半導体層
 5-1  Mgがドープされたp型AlGaNからなる層
 5-2  Mgがドープされたp型AlGaNからなる層
     (層5-1よりもAlの含有量が少ない)
  6  n電極
  7  透光性電極
  8  電極
[構成の説明]
  図面に示す発光ダイオードチップは,サファイア単結晶からなる基板2の上
に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siがドープされたn
型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を順次形成する。
  その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおり
の活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-
1,及び,Mgがドープされた層5-1よりAlの含有量が少ないp型AlGaNから
なる層5-2を形成する。
  そして,前記層5-2に,透光性電極層7及び電極8を設ける一方で,層4の一
部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,n電極6を形成する。
  n電極6,透光性電極7及び電極8は,別紙模式平面図に示す位置関係にあ
り,n電極6と電極8の間に電流を流すことにより,波長が430~530nm付
近の青色ないし緑色を発光する。
  積層図
           (別紙)物件目録6
 前記物件目録1ないし5各記載の発光ダイオードチップを組み込んだ 「TG 
LEDシリーズ」製品

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