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平成26年10月30日判決言渡
平成26年(行コ)第156号損害賠償請求控訴事件
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1本件は,東京都立高校教員の職を定年退職した後,任期1年の一般職公務員
として再任用され,任期更新(更新1回目)を経て,高校教員として東京都立
a高等学校(a高校)に勤務していた被控訴人(原告)が,東京都教育委員会
(都教委)を設置する控訴人(被告)に対し,都教委が,平成23年度の再任
用選考において被控訴人を不合格とし,平成24年4月1日付けで再任用職員
として被控訴人を採用しなかった(任期の更新をしなかった)こと(本件再任
用不合格)が違法であり,これにより被控訴人は損害を被ったとして,国家賠
償法(国賠法)1条1項に基づく損害賠償として逸失利益(150万円)及び
慰謝料(300万円)並びにこれに対する不法行為時である平成24年4月1
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた
事案である。
2本件の争点は,本件再任用不合格に国賠法上の違法性があるか,被控訴人の
損害額であり,原審は,「本件においては,再任用の更新の申込みをした被控
訴人において,再任用期間満了後も任用が継続されると期待することが無理か
らぬ事情があり,そのような期待を抱いたことによる損害につき国賠法に基づ
く賠償を認める余地がある。再任用の更新を申し込んだ者についても合否の判
定及び採否の決定においては都教委に広範な裁量権があるが,本件再任用不合
格は,被控訴人について作成された推薦書(乙6。本件推薦書)及び面接評定
票(乙7の1・2。本件面接評定票)の判断に依拠していると理解できるとこ
ろ,本件面接評定票は,その作成経過からして再任用選考手続において要求さ
れている面接評定票とは評価し得ないものであって,本件再任用不合格は,そ
の判断のための重要な根拠資料を欠いていたと評価せざるを得ない。また,本
件推薦書についても,申込書を基に,本人と面談した上で記入されたものでは
ない点において,再任用(教育職員)採用選考推薦書(推薦書)の記入要領
(乙11。推薦書記入要領)にしたがって作成されたものとはいえない。そし
て,本件推薦書及び本件面接評定票において,a高校のb校長らがいずれもC
評定を行った根拠とするところの事実認識及びその評価は著しく合理性,社会
的相当性を欠くものと判断せざるを得ず,都教委には,裁量権の範囲の逸脱,
濫用があり,本件再任用不合格は,国賠法上違法と評価すべきである。」旨判
断し,1年間の得べかりし収入との差額50万円及び慰謝料20万円とこれに
対する遅延損害金の限度で被控訴人の請求を認容した。
これに対して,控訴人が控訴した。
4争いがない事実等,争点及びこれについての当事者の主張は,以下のとおり
改め,5に当審における控訴人の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び
理由」欄の「第2事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
(1)原判決5頁末行から同6頁1行目の「「平成24年度再任用教育職員の
配置に関する方針」」の次に「以下「再任用教育職員の配置に関する方針」
という。」を加える。
(2)同17頁25行目の「再任用教職員」を「再任用教育職員」と改める。
(3)同19頁18行目の「平成24年度」を削る。
5当審における控訴人の主張
(1)国家賠償責任に係る法律解釈の誤り
最高裁平成6年7月14日第一小法廷判決(裁判集民事第172号819
頁)は,任命権者が任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保
障するなど,期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬも
のとみられる行為をしたという特別の事情がある場合には,職員がそのよう
な誤った期待を抱いたことによる損害につき,国賠法に基づく賠償を認める
余地があり得るとするものである。これは,任命権者に広範な裁量が認めら
れる再任用選考における再任用に対する期待という,法的利益には当たらず,
本来的には保護すべき必要性に乏しい,極めて抽象的な個人の心理的な状態
が満たされなかった場合について,一定の例外的な場合に限って保護の対象
とするものであることから,上記判決は,任命権者が,対象職員に対して,
任用予定期間満了後も任用を続けることを「確約」ないし「保障」するなど
といった,期間満了後も任用が継続されるとの期待を抱いても無理からぬよ
うな積極的な行為を行ったことを,国賠法に基づく賠償責任の要件としたも
のと解される。
原審は,都教委が,被控訴人に対して任用予定期間満了後も任用を続ける
ことを確約ないし保障するなどといった積極的な行為を行ったことは明確に
否定しつつも,①控訴人において再任用制度が導入された経緯や過去の合格
率実績,②再任用の選考手続が新規採用の場合より簡素化されていること,
③被控訴人が過去に再任用されていること,④被控訴人の過去の再任用期間
における業績評価が,総合評定はB(良好)以上で,A(優秀)と評価され
た項目もあり,これらの結果が再任用期間開始までに被控訴人に開示されて
いたことをもって,任用の更新の申込みをした被控訴人において,再任用期
間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬ事情があるとする。
しかし,上記①から④の各事情については,被控訴人に対して任用予定期
間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなどといった,期間満了
後も任用が継続されるものとの期待を抱いても無理からぬような積極的な行
為からはおよそ程遠いものであるばかりか,①や②のように,そもそも控訴
人が被控訴人に対して行った行為ですらないものまでが,被控訴人において
再任用期間満了後も任用が継続されるとの期待をすることが無理からぬ事情
として評価されている。また,③過去に再任用選考に合格したことは,その
後の再任用選考における合否とは無関係であるし,④再任用期間中の業績評
価は,その後の再任用選考における判断要素の一つにすぎず,その内容が本
人に開示されていたとしても,再任用選考の合否とは何ら関係がない。被控
訴人に対して任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障する
などといった,期間満了後も任用が継続されるとの期待を抱かせるような控
訴人による積極的な行為が存しない本件では,被控訴人において再任用期間
満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬ事情は存しない(保
護に値する期待権は存しない)のであり,本件は,被控訴人が再任用に対す
る期待を抱いたことによる損害について,国賠法に基づく賠償を認める余地
がない事案である。原審の判断は,上記最高裁判決が示した要件についての
解釈・適用を誤った違法がある。
また,雇用と年金との接続に関し,控訴人においても,再任用制度を改正
することにより年金との接続に配慮した高齢者の雇用確保を図ったところで
あるが,これは平成25年度選考(平成26年度任用)に至ってのことであ
り(乙28),また,雇用と年金の接続については,無年金期間が生ずるこ
とにどのように対処すべきかといった観点からの政策議論であることからす
れば,このような議論が存することは,定年退職に引き続いて年金を受給す
ることのできた平成24年度以前の再任用選考においては,むしろ再任用へ
の期待を保護すべきような事情がなかったことを裏付ける。
(2)都教委の裁量権の逸脱,濫用に関する判断の誤り
原判決は,本件推薦書及び本件面接評定票において,b校長らがいずれも
C評定を行った根拠とするところの事実認識及びその評価は著しく合理性,
社会的相当性を欠いており,本件推薦書及び本件面接評定票に依拠してされ
た都教委の本件再任用不合格もまた,著しく合理性,社会的相当性を欠くも
のと判断せざるを得ず,都教委には,裁量権の範囲の逸脱,濫用があり,本
件再任用不合格は,国賠法上違法と評価すべきであるとする。
しかし,原判決が,b校長による評定の根拠となる事実とした事実の認定,
評価には,以下のとおり重大な誤りがある。本件推薦書及び本件面接評定票
において,b校長らがいずれもC評定とした根拠とするところの事実認識に
は,何ら事実誤認はなく,その評価が著しく合理性,社会的相当性を欠くも
のではないことは明らかであるし,以下のとおり,これらは再任用選考に必
要とされる面接を踏まえて作成されたものである。それにもかかわらず,本
件推薦書及び本件面接評定票に依拠してされた本件再任用不合格が著しく合
理性,社会的相当性を欠くものとし,都教委には裁量権の範囲の逸脱,濫用
があるとした原審の判断は,事実を誤認し,誤った事実評価をするものであ
る。
ア分掌希望調査
原審は,被控訴人が,平成23年10月下旬頃及び平成24年1月中旬
頃に,分会長を務める教員とともに,b校長の下を訪れて平成24年度の
人事異動等について申入れをし,その際,分掌希望調査についてもよろし
くお願いしたい等の発言をした事実を認定しつつも,平成23年度のa高
校においては,分掌希望調査の内容を職員会議で公表したり,決定したり
するといった事象はなく,分掌希望調査の結果を受け取るか否か等につい
ても校長の判断に委ねられていたのであるから,平成23年度に実施され
た分掌希望調査とその結果の管理職への提出が,校長の人事権の実質的侵
害であるとはいえないとの評価をする。
しかし,このような評価は,都立学校においては,教員らによって人事
委員会などが学校経営の責任者である校長の意思とは全く無関係に組織さ
れ,校長による意思決定を阻害してきたという経緯があり,これを改善す
る取り組みが進められてきたことに鑑みると,教員らが行った分掌希望調
査を管理職に提出するという行為自体が,校長の人事権,ひいては学校運
営そのものに重大かつ不当な影響をもたらすものとなるという学校現場の
実態があることを軽視したものである。このような実情の下では,分掌希
望調査についてよろしくお願いしたいなどと申し入れて,人事の決定に調
査結果を反映させようとする被控訴人の行為は,校長の人事権を侵害する
に十分足りるものである。
イ海外修学旅行
原審は,平成23年9月1日の職員会議において海外修学旅行の決定に
は至らなかったとするが,同日の職員会議においてはb校長によって海外
修学旅行の実施の決定が宣言され,一度はその実施が決定されていた。
それにもかかわらず,被控訴人は,アンケート調査を提案する発言をし,
校長による意思決定を妨害してやむを得ずアンケートを実施せざるを得な
い状況を招き,海外修学旅行の決定をいたずらに遅らせ,円滑な校務運営
への支障を生じさせたものである。
原審は,被控訴人の行為について,職員会議を3,4回開催しても異論
が出ている状況下で,校長の意思決定を円滑にするための打開策として提
案したものであり,校長の意思決定権を侵害する意図によるものではなく,
また,意思決定権が侵害されたとは認められないとするが,海外修学旅行
の実施に否定的な意見を述べたのは被控訴人自身であり,一連の流れでみ
れば,被控訴人の行為が校長の意思決定を円滑にするというものであった
とは到底いい難い。被控訴人の行為が,校長による円滑な意思決定を妨げ
るものであったことは,被控訴人が,全教職員に対するアンケート調査と
いう方法を提案したことからも明らかである。都教委は,職員会議では挙
手や採決等の方法を用いて職員の意向をはかることを行わないように通知
しているところ,アンケート調査は,形式的に上記の通知によって禁じら
れた挙手や採決には当たらないものの,実質的には校長の意思決定に不当
な影響を与えるものとして禁じられている職員による採決と変わらないも
のだからである。
ウ50周年記念行事
被控訴人は,50周年式典の記念誌について,「提出しても都教委が修
正したりするので意味が無い」旨の発言をしており,このことはc副校長
の記憶(乙20)からも明らかであり,これが認められないとする原審の
認定は誤りである。
この事実は,被控訴人の発言が決して50周年記念式典の日程について
の懸念を表明するものにすぎなかったものではないことを示すものであり,
むしろ,被控訴人は,行事そのものの性格付けや,記念誌に対する都教委
の在り方に疑問を抱いており,企画調整会議での検討の上決定された50
周年式典に関する方針について異議を唱えることで,いたずらに校務の運
営を阻害していたものである。原審は,被控訴人の懸念は不相当とはいえ
ず,その懸念を職員会議で表明したからといって,校長の校務についての
権限や,企画調整会議を中心とした学校運営を阻害するものとは評価でき
ないとするが,被控訴人の行為が校務運営に及ぼした影響を不当に過小評
価するものである。
エ公募制人事
被控訴人は,平成23年10月12日の職員会議において,公募制人事
の対象者を職員会議で報告すべきであった旨の発言をしており,このこと
は,c副校長の記憶(乙20)からも明らかであり,これが認められない
とする原審の認定は誤りである。
また,他校からの教員の公募状況を明らかにすることは,特に,各教科
の教員数が少人数であるa高校においては,誰が他校への転校を希望して
いるかが明らかになる可能性が高く,個人のプライバシーに係るものであ
る。さらに,都立高校においてどの教科で他校から教員を公募するかは学
校運営の総合的な見地に基づいて校長が判断する事項であるところ,どの
教科において他校から教員を公募するかについては,教員らが使用するパ
ソコン端末で容易に知ることができる情報であり,このような事項につい
て,校長から教員に対して直接説明することを要求するという行為は,校
長の公募についての決定そのものに影響を与えようとする言動といわざる
を得ず,管理職の人事に関する決定に影響を及ぼすことを目的としてされ
たものに他ならない。原審は,このような事情を全く考慮することなく被
控訴人の言動が校長の意思決定に及ぼす影響を否定したものであり,事実
の評価を誤ったものである。
オ業務・服務監察
教職員の立替払について,「立替払を認めてくれなかったら生徒会活動
や学校行事ができない。」との被控訴人の発言について,原審は,指導に
基づく具体的な対処の方法を管理職に問うものであり,一概に学校運営を
阻害するものとはいえないとするが誤りである。
生徒会費の取扱手続は都教委作成の学校徴収金等事務手引を参照すれば
明らかであり,「立替払を認めてくれなかったら,生徒会活動や学校行事
ができない。」といった疑問や不満が生ずる余地はない。そもそも,生
徒・保護者から預かった金銭を適正に管理している校長の決定を経ずにし
た立替金について,後に立替払した金額を自らの財布に入れるという行為
は,上記手続を無視するものであり,私費会計の適正管理という点から到
底看過できるものではない。それにもかかわらず,上記のような発言をす
ることは,業務・服務監察の指摘やこれに対する改善案に従うことに反対
する意見を述べるものに他ならない。原審は,学校現場の実情を理解せず,
被控訴人の言動について学校運営を阻害するものとはいえないとしており,
その評価を誤ったものである。
カストライキ
被控訴人が,1時間ストライキについて,慣例により29分の遅参とす
るように申入れをしたことについて,原審は,校長の権限を不当に抑圧し
たとは評価できないとするが,被控訴人が,事実と異なる虚偽の取扱をす
るよう校長に要請したことは,それが職員団体の分会を代表していたか否
か,拒絶により申入れを終了したか否かに関わらず,公務員として服務規
律に反する行為であって,原審の判断はその重大性を見誤ったものである。
キ面接評定票
原審は,面接手続等を理由として,本件面接評定票は再任用選考手続に
おいて作成が要求されている面接評定票とは評価し得ないとするが,誤り
である。
すなわち,b校長は,平成23年9月27日の中間申告の面接において,
被控訴人から提出された自己申告書の「異動について」の申告欄で,「異
動を希望しない」という項目が選択されていたことから,異動を希望しな
い,すなわち翌年度もa高校で再任用されることを希望するという被控訴
人の意向を確認しており,再任用選考の面接(所属長面接)の際に確認が
必要な申込者の意欲及び意向の確認が取れたため,これをもって再任用選
考の面接としたものである。仮に平成23年度の選考方法等に大きな変更
が生じた場合には,その点を後日,被控訴人に伝える,あるいは必要に応
じて再度面接を実施するといった対応を行うことも可能であったことから,
上記のような形態で再任用選考の面接を実施したものであり,再任用選考
のための面接は実質的には行われていたのである。b校長が本件面接評定
票を作成したのは10月半ばか下旬頃であるが,面接日から評定票の作成
までに1か月程度の期間があったとしても,そのことによって評定票が面
接を踏まえて作成されたものではないということにはならない。また,再
任用選考においては,面接後に行われた行為については一切不問とされる
ものではなく,評定票作成に際して面接後の事情を考慮したとしても,そ
れにより再任用選考手続において作成が要求されている面接評定票となら
ないとする理由はない。実際にも,記入日までの事情を踏まえて面接評定
票が作成されていたとしても,都教委が是正の指導等を行うことはない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,本件の事情の下においては,再任用の更新の申込みをした被控
訴人において,再任用期間満了後も任用が継続されると期待することが無理か
らぬ事情があり,そのような期待を抱いたことによる損害につき,国賠法に基
づく賠償を認める余地があるところ,本件面接評定票は再任用選考手続におい
て要求されている面接評定票とは評価できず,本件再任用不合格は,その判断
のための重要な根拠資料を欠いていたと評価せざるを得ず,本件推薦書も推薦
書記入要領にしたがって作成されたものとはいえないこと,本件推薦書及び本
件面接評定票において,b校長らがいずれもC評定を行った根拠とするところ
の事実認識及びその評価は著しく合理性,社会的相当性を欠くものであること
から,都教委には,裁量権の範囲の逸脱,濫用があり,本件再任用不合格は,
国賠法上違法と評価すべきものと判断する。その理由は,以下のとおり改め,
2に当審における控訴人の主張に鑑み付加するほかは,原判決の「事実及び理
由」欄の「第3当裁判所の判断」の1及び2に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
(1)原判決27頁8行目,同9行目及び同31頁4行目の各「平成24年
度」をいずれも「平成23年度」と改める。
(2)同27頁22行目の「面接を」を「所属長が面接を」と,同23行目の
「これに準ずる者」を「定年退職者に準ずる者」と,同24行目の「都教委
において」を「都教委による」と,それぞれ改める。
(3)同29頁15行目の「前記第2の」から同17行目の「ということがあ
る。)」までを「再任用教育職員の配置に関する方針と同様の方針」と改め,
同18行目の「(甲10)」を削る。
(4)同43頁3行目の「そして」から同11行目までを削る。
(5)同47頁21行目の「50周年の記念誌は意味がないとか,」を削り,
同23行目の「乙13」を「乙12」と改める。
2当審における控訴人の主張について
(1)控訴人は,原審が被控訴人において再任用期間満了後も任用が継続する
と期待することに無理からぬ事情があるとして挙げる事実(前記第2の5
(1)中の①ないし④)は,いずれも,被控訴人に対して任用予定期間満了後
も任用を続けることを確約ないし保障するなどといった,任期満了後も任用
が継続されるものとの期待を抱いても無理からぬような積極的な行為からは
およそ程遠いものばかりであり,上記のような控訴人による積極的な行為が
存在しない本件では,任用継続を期待することが無理からぬ事情はなく(保
護に値する期待権はない。),国賠法に基づく賠償を認める余地はないので
あって,原審の判断は,前記最高裁平成6年7月14日第一小法廷判決が示
した要件についての解釈・適用を誤った違法がある旨主張する。
しかし,被控訴人が求めた再任用は,控訴人における公立学校の職員の再
任用制度に基づくものであるところ,同制度は,公的年金におけるいわゆる
満額年金の支給開始年齢の引上げに合わせて,公的部門における再任用の機
会を設定し,高齢職員に雇用機会を提供するという考えに基づき導入された
ものであり,その合格者は,平成21年度から平成23年度まで,毎年,数
百人規模の申込者が92~96%の合格率で合格しており,その選考に試験
は実施されず,被控訴人のように再任用の更新の申込みをした者については,
所属における勤務実績を重視した簡素な手続による選考が実施されているば
かりでなく,現に,被控訴人においても,定年後,平成22年度,平成23
年度といずれも再任用され,しかも,再任用の更新は,再任用期間における
勤務実績が良好である場合に行うことができるとされているところ,被控訴
人の再任用期間の業績評価は,総合評価はいずれもB(良好)であったもの
で,その結果の一部は再任用期間開始までに被控訴人に開示されていたなど,
原審の挙げる事情の下においては,再任用の更新の申込みをした被控訴人に
おいて,再任用期間満了後も雇用が継続されると期待することが無理からぬ
事情があったものというべきことは,原判決の説示するとおりである。前記
最高裁平成6年7月14日第一小法廷判決は,期限付任用に係る非常勤の国
家公務員である日々雇用職員についての判断であり,本件とは事案を異にす
るものである。
控訴人は,控訴人が年金との接続に配慮した高齢者の雇用確保を図ったの
は平成25年度選考からであり,また,雇用と年金の接続は無年金期間が生
ずることにどのように対処すべきかといった観点からの政策議論であり,こ
のような議論が存することは,定年退職に引き続いて年金を受給することの
できた平成24年度以前の再任用選考においては,むしろ再任用への期待を
保護すべきような事情がなかったことを裏付ける旨主張する。しかし,平成
13年の再任用制度の導入に際しても,「新再任用制度は,基本的には,定
年退職者を65歳まで継続雇用するための制度である。」(甲4),あるい
は,再任用制度の導入は,「いわゆる「満額年金」の支給開始年齢の引上げ
に合わせて60歳台前半を「雇用と年金の連携」により支える」という問題
に対処するため,「公的部門における再任用の機会を設定し,高齢職員に雇
用機会を提供する。という基本的考えに基づ」くものである(甲3)として
説明されていたものであり,雇用と年金との連携を図りつつ60歳台前半の
者の雇用機会を保障することが目的であることは控訴人指摘の改正前の再任
用制度においても同様である上,本件においては,単に制度の性格・内容の
みならず,被控訴人に対するこれまでの再任用の実績やその間における被控
訴人に開示された成績等の事情をも考慮すれば,被控訴人において任期満了
後も任用が継続されるものとの期待を抱いても無理からぬ事情があったもの
というべきである(なお,任用期間を1年として更新することにしたのは,
「高齢職員の勤務意欲・能力は変化が大きいことから,任期を1年とし,任
期満了時点において,任命権者が勤務実績やその者の健康状態等を判断し,
働く意欲と能力があり,適当と認める」(甲4)かどうか判断できるように
したものであって,被控訴人には上記のような変化は認められず,任用が継
続されるとの期待を抱いたことは合理的である。)。
(2)控訴人は,b校長による評定の根拠となる事実(分掌希望調査,海外修
学旅行,50周年記念行事,公募制人事,業務・服務監察,ストライキ)に
ついての原審の認定,評価には重大な誤りがあり,本件推薦書及び本件面接
評定票において,b校長らがいずれもC評定とした根拠とするところの事実
認識には,何ら事実誤認はなく,その評価が著しく合理性,社会的相当性を
欠くものではないことは明らかであると主張する。また,これらは再任用選
考に必要とされる面接を踏まえて作成されたものであるにもかかわらず,本
件推薦書及び本件面接評定票に依拠してされた本件再任用不合格が著しく合
理性,社会的相当性を欠くものとし,都教委には裁量権の範囲の逸脱,濫用
があるとした原審の判断は,事実を誤認し,誤った事実評価をするものであ
る旨主張する。
しかし,以下のとおり,いずれも採用できない。
ア分掌希望調査について
控訴人は,都立学校においては,教員らによって人事委員会などが学校
経営の責任者である校長の意思とは全く無関係に組織され,校長による意
思決定を阻害してきたという経緯があり,これを改善する取り組みが進め
られてきたことに鑑みると,教員らが行った分掌希望調査を管理職に提出
するという行為自体が,校長の人事権,ひいては学校運営そのものに重大
かつ不当な影響をもたらすものとなるという学校現場の実態があり,原審
の判断はこのような実体を軽視したものである旨主張する。
しかし,平成23年度のa高校においては,分掌希望調査の内容を職員
会議で公表したり,決定したりするといった事象はなく,分掌希望調査の
結果を受け取るか否か等についても校長の判断に委ねられていたものであ
ることからすれば,控訴人主張のような経緯があることを踏まえても,分
掌希望調査とその結果の管理職への提出行為自体が,校長の人事権を実質
的に侵害するものとはいえないことは原判決の説示するとおりである。
イ海外修学旅行について
控訴人は,原審は,平成23年9月1日の職員会議において海外修学旅
行の決定には至らず,また,被控訴人の行為は職員会議を3,4回開催し
ても異論が出ている状況下で校長の意思決定を円滑にするための打開策と
して提案したものであるとするが,事実誤認であり,一度はその実施が決
定されていたにもかかわらず,被控訴人自身が,海外修学旅行の実施に否
定的な意見を述べ,アンケート調査を提案する発言をし,校長による意思
決定を妨害し,やむを得ずアンケートを実施せざるを得ない状況を招いて
海外修学旅行の決定をいたずらに遅らせ,円滑な校務運営への支障を生じ
させたものである旨,被控訴人の行為が,校長による円滑な意思決定を妨
げるものであったことは,被控訴人が,全教職員に対するアンケート調査
という方法を提案したことからも明らかである旨主張する。
しかし,前記の職員会議において,被控訴人が海外修学旅行に反対する
意思を明示したことを認めるに足りる証拠はない。また,同会議において
は,被控訴人より前に,他の教員から,会議で発言しない教員の意見を徴
集してほしいとの発言がされていたものであり,さらにその後,実施学年
からも同様の意見が出され,被控訴人はこれらの発言の後にアンケート調
査の必要性がある旨の発言をしたものであることからしても,被控訴人の
発言が,校長による円滑な意思決定を妨げる目的でされたものとも,現に
これを妨げたものということもできないのであって,被控訴人の行為がb
校長の校務についての意思決定を侵害したとは認められないことは原判決
の説示するとおりである。
ウ50周年記念行事について
控訴人は,50周年式典の記念誌について,被控訴人が「提出しても都
教委が修正したりするので意味が無い」旨の発言をしており,被控訴人は,
行事そのものの性格付けや,記念誌に対する都教委の在り方に疑問を抱い
ており,企画調整会議での検討の上決定された50周年式典に関する方針
について異議を唱えることで,いたずらに校務の運営を阻害していたもの
である旨主張する。
被控訴人が,50周年記念誌に関し,都教委から後に修正されることに
言及してその意義を問題視する趣旨の発言をしたことは被控訴人の原審
における供述によっても認め得るところであるから,原判決を前記のと
おり訂正した(なお,アンケートをとるべき旨の発言をしたとの事実を
認めるに足りる的確な証拠がないことは原判決の説示するとおりであ
る。)。
しかし,上記の発言がされたことをもっていたずらに校務の運営を阻害
したものということはできない。むしろ,50周年記念行事に関する被
控訴人の発言の主旨はその日程に対する懸念にあったもので,上記の発
言はその中でされたものであるところ,その懸念は不相当なものではな
く,職員会議は,校長が所属の教職員の意見を聴取するための補助機関
であることや,被控訴人は,b校長から仮想予定表の提示等を受けた後
は特に異論を述べなかったことなど,原審の認定する事情の下において
は,被控訴人がした発言が,校長の校務についての権限や,企画調整会
議を中心とした学校運営を阻害するものとは評価できないことは原判決
の説示するとおりであり,このことは,50周年記念誌についての上記
のような発言があったとしても同様である。
エ公募制人事について
控訴人は,平成23年10月12日の職員会議において,被控訴人が公
募制人事の対象者を職員会議で報告すべきであった旨の発言をしているが,
公募状況を明らかにすれば,誰が他校への転校を希望しているかが明らか
になる可能性が高く,個人のプライバシーに係るものであるほか,都立高
校においてどの教科で他校から教員を公募するかは学校運営の総合的な見
地に基づいて校長が判断する事項であるところ,上記の公募内容は,教員
らが使用するパソコン端末で容易に知ることができる情報であり,このよ
うな事項について,校長から教員に対して直接説明することを要求すると
いう行為は,校長の公募についての決定そのものに影響を与えようとする
言動といわざるを得ず,管理職の人事に関する決定に影響を及ぼすことを
目的としてされたものに他ならない旨主張する。
しかし,被控訴人が控訴人主張のような公募制人事の対象者等を明らか
にすることを求める発言をしたことを認めるに足りる的確な証拠がないこ
とは原判決の説示するとおりである。また,機械科の公募状況を明らかに
したとしても,特に,これを機械科の主幹教諭及び主任教諭にあらかじめ
伝えたからといって,個人の異動の希望の有無等が直ちに判明するとはい
えず,また,プライバシーを侵害するものといえないことは原判決の説示
するとおりであり(控訴人自身,都立高校においてどの教科で他校から教
員を公募するかについては教員らが使用するパソコン末端で容易に知るこ
とができる情報であるとしている。),被控訴人の発言が個人のプライバ
シーに係るものと理解したとするbの認識(乙12)は前提を誤るもので
ある。また,公募状況について教員がパソコン末端で容易に知り得るとし
ても,その旨指摘すれば足りることであるが,これをしたとの事実は認め
られず,それにもかかわらず,上記の発言をしたことのみをもって,これ
が,校長の公募についての決定そのものに影響を与えようとする言動であ
ると評価することはできない。
オ業務・服務監察について
控訴人は,教職員の立替払について,「立替払を認めてくれなかったら
生徒会活動や学校行事ができない。」との被控訴人の発言について,原審
は,指導に基づく具体的な対処の方法を管理職に問うものであり,一概に
学校運営を阻害するものとはいえないとするが,誤りであって,生徒会費
の取扱手続は都教委作成の学校徴収金等事務手引を参照すれば明らかであ
り,それにもかかわらず,上記のような発言をすることは,業務・服務監
察の指摘やこれに対する改善案に従うことに反対する意見を述べるものに
他ならない旨主張する。
証拠(乙26)によれば,平成23年3月改訂に係る都教委作成の「学
校徴収金等事務手引」において,生徒総会における予算承認前は生徒会予
算を執行することが原則としてできないが,校長が総会前の支出が必要で
あると認める経費については,必要性に関する意思決定を経た上で支出し,
生徒総会で承認を得るものとされ,立替払いによって執行すべきではない
旨定められている。したがって,被控訴人がした発言は,少なくとも上記
の時点においては,取扱いが定められていた事項について対処方法がない
かのように捉えるものであって,その意味でも,被控訴人の発言が業務・
服務監察の指導に対する批判的表現を伴うものともいい得るものであるが,
その主旨は,指導に基づく具体的な対処の方法を管理職に問うものにすぎ
ないことは原判決の説示するとおりであり,上記のような取扱いが定めら
れていたのであれば,その旨指摘,教示すれば足りることであって(むし
ろ,管理職としては具体的にこれを指摘してその周知徹底を図るべきもの
である。),上記の発言をしたことのみをもって,被控訴人の発言が学校
運営を阻害するものということはできない。
カストライキについて
控訴人は,被控訴人が1時間のストライキについて慣例により29分の
遅参とするよう申し入れたことは公務員としての服務規律に反する行為で
あって,原審の判断はその重大性を見誤ったものである旨主張する。
しかし,被控訴人の要求する内容が公務員の服務規律に反する行為であ
るとしても,b校長にこれを拒絶されると申入れを終了していることから
しても,校長の権限を不当に抑圧したと評価できないことは,原判決の説
示するとおりである。
キ面接評定票について
控訴人は,原審が,面接手続等を理由として,本件面接評定票は再任用
選考手続において作成が要求されている面接評定票とは評価し得ないとし
たことは誤りであり,b校長は,平成23年9月27日の中間申告の面接
(9月27日面接)において被控訴人の意向を確認しており,所属長面接
の際に確認が必要な申込者の意欲及び意向の確認が取れたため,これをも
って再任用選考の面接としたものであり,再任用選考のための面接は実質
的には行われていた旨主張する。
しかし,再任用選考の面接については,面接要領において具体的手続内
容が定められているにもかかわらず,これに反して,再任用選考のための
面接であることが告げられることもなく,その聴取事項もおよそ面接要領
に沿ったものではない形で行われるなど,再任用面接として重要な手続が
履践されていない上,実質的にも,b校長が再任用選考において問題とし
た事項についての被控訴人の言動等についての確認もされていないことな
どからすれば,9月27日面接をもって再任用のための面接が実施された
ものと評価することが到底できないことは原判決の説示するとおりである。
3以上によれば,被控訴人の請求を70万円とこれに対する遅延損害金の限度
で認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官柴田寛之
裁判官齋藤憲次
裁判官小田靖子

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